広島高等裁判所岡山支部 昭和25年(ラ)14号 決定
本件抗告の要旨は、抗告人町は、昭和一七年五月二六日從前の苫田郡加茂町、東加茂村、西加茂村(以下單に旧加茂町、旧東加茂村、旧西加茂村と称する。)が円満協議の結果対等條件で合併し設置せられたものであるが、旧加茂町住民の中から旧加茂町を抗告人町から分立して新加茂町を設置する運動が起り、右新加茂町分立は、昭和二三年法律第一七九号地方自治法附則(以下單に地方自治法附則と称する。)第二條に基き、昭和二四年三月一八日旧加茂町選挙人の投票に付せられたところ、有効投票の過半数の同意があり、次で翌二五年八月三〇日申立外岡山縣議会の可決確定を経て、相手方は、同年一二月二日抗告人町のうち旧加茂町を分けて新加茂町を設置し、昭和二六年一月一日から施行する旨の本件分町決定をなし、昭和二五年一二月四日岡山縣告示第六八一号を以てこれを告示した。
しかし、右の岡山縣議会の本件分町の議決には、次の如き違法の点がある。すなわち、
(一) 地方自治法附則第二條は地方自治法第七條の例外規定であつて、その立法趣旨は、戰時中の市町村の廃置分合や境界変更の行き過ぎを是正し、戰後の新事態による区域変更の目的喪失による不合理を救正するにあるから、抗告人町の如く関係町村が円満協議の結果対等條件を以て合併し設置せられたものについては、それがたとえ所定の戰時中の合併設置であつても、同附則第二條は、適用せらるべきでないと解すべきである。しかるに、岡山縣議会は、同條に基き本件分町を可決したものであるから、右議決には同條の解釈適用を誤つた違法がある。
(二) したがつて、同縣議会の本件分町議決は、同議会が本件分町の審議にあたり抗告人町設置当時の諸事情や本件分町の目的等につき十分調査檢討すべき義務があるにもかかわらず、これに違背し、右の調査を怠つたか又は調査粗漏のため事実を誤認してなされた違法がある。
(三) 次に、同縣議会の本件分町議決には、(イ)旧加茂町住民の本件分町請求が旧東西加茂村内に解放同盟があることに基因し人種平等の憲法の成文に反すること、(ロ)旧加茂町は、旧東西加茂村の中央部に位し、旧加茂町が分立すれば、自然旧東西加茂村も分立を余儀なくされる地理的関係にあること、(ハ)本件分町は、市町村の合併によつて地方自治を強化せんとする国の指導方針と岡山縣下の市町村合併の一般的傾向に背馳すること、(ニ)本件分町は、專ら旧加茂町の利益のためにのみなされるものであること、(ホ)岡山縣議会の本件分町議決当時の旧加茂町住民の意思は、さきの同町選挙人の本件分町同意投票当時と著しく変化していること等の客観事情に対する判断を誤つたか又はこれを無視した妥当性を欠く條理違反の違法がある。
(四) 本件分町の議決に賛成投票した同縣会議員の中には、所謂分町派幹部から金品の提供を受け、又分町派幹部の「分町派の顏を立てるため縣議会において分町の議決をしてもらえばいいので、縣議会の分町議決があつても、分町を行うものではなく、むしろ隣接二箇村を合併して大加茂町を作る意図である。」旨の非眞意の言に欺罔されて議決権を行使した者があるから、同縣議会の本件分町議決は、如上分町派幹部の不正行爲によつて左右せられた不公正な違法の議決である。
したがつて、敘上の違法の縣議会の議決を経てなされた相手方の本件分町決定は、違法な行政処分というべきで取消を免れない。そこで、抗告人町及び同町住民である抗告人田中岸夫は、昭和二五年一一月一四日岡山地方裁判所に相手方を被告として本件分町決定取消の本訴(同地方裁判所昭和二五年(行)第二五号事件)を提起したのであるが、本件分町決定が執行せられるにおいては、たとえ抗告人等が本訴に勝訴するも、次の如き本件分町決定の執行に因り償うことのできない損害を生ずる。
(1) 從來抗告人町使用の町役場は、旧加茂町の財産であつたから、本件分町決定が執行せらるときは、当然これを新加茂町に返還せねばならない。しかして、新町役場の建設は急速を要し、その経費は、抗告人町及その住民の莫大な負担となる。
(2) 隔離病舍の建設についても同様である。
(3) 本件分町決定が執行せらるときは、直ちにこれに伴う行政事務の分配によつて戸籍簿、土地台帳の新編成、各種登記登録事項の変更、農地委員会関係書類の新編成及びその他各種分町事務に伴う諸経費、人件費等の支出を要するのは明白であつて、これ等諸費用は、抗告人町並びに新加茂町及その各住民の負担に帰する。
(4) 又、分町の結果、更めて農地改革を実施しなければならない。そのため從來の在町地主であつた者の中には一轉して不在町地主となつて、その所有農地を失うことになる。
これ等諸費用の負担や所有農地の喪失は、まさに本件分町決定執行に因り生ずべき償うことのできない損害である。よつて、抗告人両名は、右損害を避けるため緊急の必要があるから、原裁判所に行政事件訴訟特例法第一〇條により本件分町決定執行停止の申立をしたところ、原裁判所は、昭和二五年一二月二一日その理由がないとしてこれを却下する旨の決定をした。しかし、原決定は、失当であるから、『原決定を取り消す。相手方が地方自治法附則第二條の規定に基き昭和二五年一一月二日町の設置を「苫田郡加茂町のうち從前の加茂町の区域(昭和一七年五月二六日直前の区域)を分けて、新加茂町を設置し、昭和二六年一月一日から施行する。」と定めた決定の執行を停止する。訴訟費用は、相手方の負担とする。』旨の裁判を求めるため、本件抗告に及んだ。というにある。
よつて、本件記録及び疏明資料によつて審案するに、
抗告人等主張の如く、地方自治法附則第二條に基き、本件分町につき、昭和二四年三月一八日旧加茂町選挙人の同意投票があり、次で翌二五年八月三〇日岡山縣議会の可決確定を経て、相手方は、同年一二月二日本件分町決定をし、同月四日その旨告示したことは、原審における抗告人町代表者本人木本利道及び抗告本人田中岸夫の各審訊の結果、相手方提出の意見書(昭和二五年一二月一一日地第二、四六〇号)、昭和二五年岡山縣告示第六八一号により明らかであり、昭和二五年一一月一四日抗告人等がその主張の如き本訴を岡山地方裁判所に提起し、現に該本訴が同地方裁判所に係属していることは、当裁判所に顕著なところである。
そこで、本件分町決定の執行停止申立理由の核心である本件分町決定の執行に因り生ずべき償うことのできない損害について考究するに、そもそも行政事件訴訟特例法第一〇條第二項の規定が、同條第一項の行政処分の執行不停止の原則に対し、裁判所が一定の要件のもとにその執行の停止を命ずることができる旨を定める所以は、行政処分の執行停止の原則を貫くときは、折角勝訴を得た者にはなはだ酷に過ぎる結果を招來するので、これを防ぐにあるものと解すべきであるから、右の損害の有無を判断するには、まず当該行政処分の取消又は変更を求める請求自体の疏明の有無を檢討すべきで、かりにその疏明ある場合にはさらに進んで該処分の執行に因り生ずべき償うことのできない損害の有無を判断すべきであるが、もしその請求自体の疏明がないときは、当該行政処分の執行に伴う通常の諸費用や権益の喪失は当然のことであつて、同條第二項の所謂損害とはなし難く、結局該損害につき疏明なきに帰するものとなすべきである。以下この見地から抗告人等主張の本件分町決定取消請求の原因である岡山縣議会の本件分町議決の違法事由につき案ずるに、
(一) 地方自治法附則第二條の規定が、地方自治法第七條の例外規定であつて、戰時中の市町村の廃止分合や境界変更の行き過ぎを是正し、戰後の新事態による区域変更の目的喪失による不合理を救正する趣旨に出ていることは、所論のとおりであるが、だからといつて、たとえ所定の戰時中なされた市町村の廃置分合や境界変更であつても、それが強制を伴わず関係市町村の円満協議の上対等條件を以てなされたようなものには、同附則第二條の適用がないとする論旨は、実定法上も理論的にも根拠に乏しく肯綮に値しない。故に、本件分町に同條の適用がないと主張する所論は、採用の限りでない。
(二) 次に、抗告人等は、岡山縣議会の本件分町議決は、同議会が抗告人町設置当時の諸事情や本件分町の目的等の事実調査を怠つたか又はこれを誤認してなされた旨主張するが、地方自治法附則第二條の解釈につき前段指摘の如き抗告人等の見解を前提とする主張部分の理由のないことは、別に説明を要しないところであり、その余の主張部分については、その疏明がなく、却つて、当審証人永井政一、同塩山壽の各供述や岡山縣議会議長から相手方宛の「議会の審議結果について」と題する書面(昭和二五年九月六日付岡議第七九一号)の記載を総合すれば、岡山縣議会は、分町の重要性に鑑み、加茂町分立に関する特別委員会を設け、本会議閉会中本件分町を同特別委員会の審査に付託し、同委員会は、その委員を派して現地調査をなさしめる等本件分町の審議には愼重を期したことが一應認められる。
(三) 又、抗告人等が岡山縣議会の本件分町議決は、その客観的事情に対する判断を誤つたか又はこれを無視したとして種々主張するところは、いずれもその事実について疏明が十分でない。
(四) さらに、本件分町に賛成投票をした同縣会議員中には分町派の幹部から金品の提供を受け、或はこれ等の者に欺罔せられて議決権を行使した者があるから、同縣議会の本件分町議決は、如上分町派幹部の不正行爲によつて左右せられた不公正なものである旨の抗告人等の主張もその疏明が十分でない。もつとも、抗告人等提出の疏明資料や当審における各審訊の結果を総合すると、本件分町については、分町派と反分町派との間に相当猛烈な運動が展開され、分町派幹部と目される者の中には、加茂町共和農業組合から多額の分町運動資金の貸出をなし、又縣会議員その他の有力者をその私宅等に歴訪して、本件分町の期成に狂奔したことを一應推認し得るが、しかしこれを以て直ちに同縣議会の本件分町議決が分町派幹部の不正行爲によつて左右せられた不公正なものであることの疏明となすことはできない。
果して然らば、本件分町決定の執行停止の申立は、抗告人等主張の本件分町決定の取消原因である岡山縣議会の分町議決の違法事由につきその疏明が十分でないから、本件分町決定の取消を求める請求自体の疏明がないというべきで、結局本件分町決定の執行に因り生ずべき償うことのできない損害についての疏明なきに帰するものとなさざるを得ない。したがつて、抗告人両名の本件分町決定執行停止の申立は、爾余の申立理由に対する判断を用いるまでもなく失当という外なく、これと結論を同じくし、本件分町決定執行停止の申立を却下(原決定のいう申請却下は、申立却下の意に解する。)した原決定は、相当であつて、本件抗告は、その理由がない。よつて、民事訴訟法第九五條第八九條を適用し主文のとおりに決定する。
(裁判官 植山日二 池田章 組原政男)