広島高等裁判所岡山支部 昭和26年(う)383号 判決
論旨は要するに本件は刑事訴訟法第二八九条に該当する事件であるから同法第三一条第一項により弁護士の中から選任した弁護士がなければ開廷することができない案件である。ところが原審第二回公判に弁護人として出頭した大山雄一は資格ある弁護士でなく偽弁護士である。従つて右公判手続は弁護人なくして審理したこととなり訴訟手続に法令の違反があるというにある。
よつて按ずるに本件被告事件が刑事訴訟法第二八九条に規定する必要的強制弁護事件であつて弁護人がなければ開廷することが出来ないこと、同法第三一条第一項により弁護人は弁護士の中から選任しなければならないことは所論の如くである。而して原審第二回公判期日には被告人の選任した弁護人弁護士大山雄一が出頭しているが他に弁護人のなかつたことは記録に徴して明かである。そこで右弁護人大山雄一が資格ある弁護士であるか否かについて審按するに当審で取調べた証人佐藤重政(岡山弁護士会長)の「私は昭和二十六年四月一日岡山弁護士会長に就任爾来会長をしている、岡山市上石井三十番地大山雄一は前会長時代から上石井に弁護士の看板を出して当地で訴訟事務を取扱つていていたことを聞いている、然し岡山弁護士会に入会していないので常議員徳田弁護士を通じて当弁護士会に入会するよう交渉したところ同人は第二東京弁護士会に所属しているので目下岡山に事務所移転の手続中だから暫時待つてくれということであつた、ところが或日今井検事から大山雄一は弁護士をやつているが偽者らしいという話があつたので私名義で第二東京弁護士会に照会したところその返事に大山雄一は昭和十七年九月二十二日本会に入会す、バツチは昭和二十五年十一月十三日交付したバツチの番号は第三五八九号である。備考として大山雄一は昭和十九年十月以降朝鮮に帰つた由にて所在不明なりし処昭和二十五年十一月十三日大山の代人と称する三十七、八歳身長五尺四、五寸痩型鮮人風の男来り大山は朝鮮より引揚げたるにつき大山の未納会費支払の依頼を受けたりとて全額支払たるものなり、と書いてあつて履歴書を見ると本籍は朝鮮慶尚南道統営部統営邑大和町二六五番地住所は釜山府州町明治二十一年九月二十四日生となつていた、岡山市上石井三十番地の大山雄一と称する人は只今述べた第二東京弁護士会から回答中大山の代人といつて未納会費を納めた三十七、八歳の者と全く同一人だと思う、生年月日からみても右の大山雄一は偽者であることははつきりしていると思うお示しの写真(証人大下定之進の証言により弁護士大山雄一の影像と認められる証第一号写真)と岡山市上石井で弁護士事務を執つていた大山雄一とは全然違つた人間であることは断言出来る」旨の供述。被告人の当公廷における「私の弁護人であつた大山雄一は背は高く眼鏡をかけており年令は三十五、六歳位であつた、私と同じく全羅南道済州島済州邑城内の生れだといつていた只今お示し(証第一号写真)の人物とは全然相違しており全く別人である」旨の供述。当審証人潮田朝之介、(第二東京弁護士会事務員)に対する証人尋問調書中同人の「私は二十二年二月十八日頃から第二東京弁護士会の事務員をしている、大山雄一という弁護士が第二東京弁護士会へ入会していることは相違はない、入会当時のことは知らないが当時の帳簿によると入会申込をしたのは昭和十七年九月二日で入会は同月二十二日となつている、弁護士会に入会するには入会申込書には履歴書並弁護士名簿登録請求書、戸籍抄本、資格を証する書面、弁護士法第二七条に牴触しない旨の証明書を添付する外紹介者を要する。会費は登録以来昭和十九年九月迄満二カ年支払つたのみでそれ以後の会費は未納となつていたが住所不明のため打切つていたところ昭和二十五年十一月十三日午前十一時頃大山雄一の代理人だと名乗る男が弁護士会に来て大山雄一は朝鮮から脱出して日本に来て岡山の知人方に落着いて居り又弁護士を内地で開業したいついては会費を納めるから調べて貰い度いと申出たから調べた結果未納会費やバツチ代合計二万九百二十三円となりその全額をその男が納めたので即日第三五八九号のバツチを渡した、その男の人相は年令三十七、八歳身長は五尺四、五寸色は浅黒く痩型で眼は鋭く黒色の背広服を着ていた言葉の中に朝鮮人のアクセントがあつて誰が聞いても朝鮮人たる事が判るようであつた、その男に岩下清、李下金雄、(何れも朝鮮の弁護士で行方不明の者)等と一緒かと聞いたら知らぬといつていた、ところが昭和二十六年二月頃大山として岩下、李下の会費を支払う旨の書類と同月二十日付で岩下、李下の履歴書写下附願を送つて来たけれども弁護士会としては履歴書は秘密書類であるから応じられないと返事を出したそれに対し重ねて同年三月二十日付で岡山市上石井三〇番地大山雄一気付岩下清李下金雄両名の連名で履歴書写下附願を送つて来た、本件記録(被告人張龍三に対する窃盜賍物収受被告事件)添付の大山雄一の弁護届中同人の署名と右岩下李下の会費支払の件に対して問合せの件と題する書面及昭和二十六年二月二十日付履歴書写下附願に各署名してある大山雄一の筆跡は何れも同一人の書いた筆跡と思われるし又各名下に押してある印も同一のものと思う、大山雄一の偽弁護士事件が新聞に出る迄はやいやい云つて来ていたが新聞記事が出てからは何も云つて来ない。大山雄一が入会した時入会申込書に添付した同人の写真が二葉出て来たので一葉(証第一号)提出する」旨の供述記載、同証人大下定之進(第二東京弁護士会弁護士)に対する証人尋問調書中同人の「私は昭和十七年九月頃大山雄一が第二東京弁護士会に入会するに際し紹介したことがある。私も大山雄一と共に法律第五二号による弁護士試験を受けていて試験中に知り合になつた試験に合格してから年月は忘れたが朝鮮釜山の大山から手紙が来て内地の弁護士会に入会したいから紹介者になつてくれということであり早速承諾して事務所を私の住所である東京都中野区新井町四四一番地に置き第二東京弁護士会に私が紹介者となつて入会したが同人は東京で実際に仕事をしたことは一回もなかつたと思う、大山は何故内地の弁護士会に入会したのか詳しくは知らないが当時大山は朝鮮釜山で弁護士をしていたが内地の事件をするには入会登録を受けねば出来ないから頼むと云つて来たように思う、大山は第二東京弁護士会へ入会後もやはり釜山で弁護士をやつていた、大山雄一の入会申込書の署名は本人の直筆に相違ない当時大山は相当の年令であつた、お示しの写真(証第一号)の人物は私が紹介してやつた大山雄一に相違ない、同人の身長は五尺四寸以上あり大柄な男で特徴としては顔面に菊石があつた、言葉には訛はなく日本流の言葉に馴れていた」旨の供述記載。検証の結果、(1)昭和十七年九月二日付大山雄一の履歴書、入会申込書、弁護士名簿登録請求書、証明願、合格証書写、等に夫々署名してある大山雄一の氏名の記載文字は全て同一人の筆跡であり、それらの各書類に押捺されている各名下の印影も同一印を使用したものと認められ、(2)岡山市上石井三〇番地大山雄一として第二東京弁護士会と往復した文書である会費支払の件に対して問合せの件、岩下清李下金雄履歴書写下附願に夫々署名捺印した筆跡及印影と本件記録中の弁護届に署名捺印した大山雄一の筆跡及名下の印影とはいづれも同一と認められ右(1)と(2)とはその筆跡印影共に相違していることが確認し得られる。
以上の各証拠を綜合考察すると原審第二回公判期日に被告人の弁護人として出廷した自称弁護士大山雄一は第二東京弁護士会所属弁護士であると称しているけれども同会所属弁護士大山雄一とは年令及容貌において著しい相違があるのみならず両者の筆跡印影を対照しても全く別人であることが明らかである思うに自称大山雄一は弁護士のバツチを入手する為め大山雄一の代理人なりと詐称して第二東京弁護士会へ同弁護士の未納会費及バツチ代を納入し以て同会事務員潮田朝之介を欺罔してバツチを騙取しこれを佩用して弁護士を装い弁護士大山雄一名義を冒称していたもので弁護士の資格を有しない偽者であることを推認し得られる。してみると原審第二回公判は弁護人なくして開廷審理したこととなり刑事訴訟法第二八九条第三一条第一項の規定に違背し訴訟手続に法令の違反があること洵に明白である而して右の違反は判決に影響を及ぼすこと勿論であるから原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。