広島高等裁判所岡山支部 昭和26年(う)866号 判決
論旨は原判決は被告人は斉藤公正所有の犬を窃取したと認定しているが、当時その犬は交尾期にあり牝犬を求めて判示川部八重子方へ出遊して居り何人の所有であるか判明しなかつたものを捕獲したのであるから被告人の所為は所謂占有を離れた遺失物を横領したものである、然るに之を窃盜と認定し刑法第二三五条を適用処断した原判決は事実誤認又は法律の解釈を誤つた違法があるというにある。
よつて按ずるに窃盜罪は不法に他人の所持を侵して其所有物を自己の所持に移すことによつて成立するものであり、其所謂所持とは物に対する事実上の支配関係を指称する、而して其の支配の行われる状態はその物の性質によつて同一ではない、必ずしも其物を握持、携帯其他事実上の支配を及ぼし得べき場所に存置することを要するものではない、家畜其他馴養された禽獣の如きは所有者において一定の場所に拘禁することなく自由の状態に放任する場合がある、かかる場合において時に或は所有者の事実上の支配を及ぼし得べき地域外に出遊することあるも彼等の習性として所有者即飼養者の事実上の支配に属する一定の棲息場所に復帰するのを常とし特に逃走して野性に復するとか或は他人が現実に之に対し拘束を加えない限り之が為めに所有者の支配関係を離脱するとはいえないから其の所持内にあるものというを妨げないのである。故に叙上の状態における他人の所有に属する家畜或は馴養された禽獣を捕獲して之を自己の所持に移す行為は窃盜罪に該当するものといわなければならない。本件について之を観るに判示斉藤公正所有の犬は所有者の支配を及ぼし得べき地域外である川部八重子方前まで出遊していたのであるがその一事を以て直に所有者の占有を離脱したものであるとはいえない。なお原審公判調書中被告人の供述記載、斉藤公正、川部薫、川部八重子の司法巡査に対する各供述調書中同人等の供述記載を綜合すると被告人は川部八重子や川部薫からその犬は雄神村の村長の犬だから連れて帰つてはいけないと制止されたに拘らず敢て之を連れ去つたことが窺われるので、所有者不明の犬を拾得したとの所論は到底採用し難く、されば被告人の所為を窃盜罪に問擬した原判決は正当であつて事実の誤認乃至法律の解釈適用を誤つた違法はなく論旨は理由がない。