大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所岡山支部 昭和26年(う)922号 判決 1953年6月25日

控訴人 被告人 武本隆司

検察官 今井和夫

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年六月に処する。

押収してある証第二十五号手形割引契約書、同第二十六号担保差入証、同第二十七号特別定期預金証書各一通はいずれも没収する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人藤井稔提出の控訴趣意書記載の通りであるから、ここにこれを引用する。

控訴趣意第一点法令違反の主張について

しかし原判決の掲げる証拠を綜合すれば、被告人は広島銀行笠岡支店の支店長代理として、同銀行所有の現金保管等の事務に従事中、同判決第一記載の日時場所において、既に同支店より限度額一杯の貸付を受け、または本来信用資力の関係等から、正規の手続によつては貸付を受けることの不可能ないしは困難な判示の者等に対し、いずれも正規の貸付手続を採らず、従つて銀行備付の帳簿等にも何等の記載をも止めず、その利息の如きも被告人個人の収入として天引処理するなど、全く被告人個人の計算において、保管中の行金を擅に貸付けたことを認めるに十分であつて、弁護人の所論及び引用にかかる証拠を中心に本件記録を精査して見ても、被告人が同支店の支店長代理たる地位において、同支店の事務処理として、換言すれば同支店の計算においてその貸付をしたものとは到底認められない。

して見れば被告人はただ単に他人の事務を処理するに当つてその任務に背いたというのではなく、自己の占有する他人の物を擅に自己の物として他人に貸付け、以つてこれを横領したものといわねばならない。原判決が右の如き事実関係を業務上横領罪に問擬したのはまことに正当であつて、所論のような違法はない。

同第二点事実誤認の主張について

所論払戻請求書二通が、いずれも小林五六名義を以つて作成せられ行使せられていることは論旨の指摘する通りである。

しかし原判決の挙示する証拠によれば、右小林五六なる名義は、笠岡市笠岡二一七六番地に居住し現に実在する藤木吾一が租税の点を考慮し、前記支店に対する預金その他の取引に使用していた別名であつて、同支店においても通用していたものであることが明らかである。従つてすくなくとも右支店との取引関係にあつては、小林五六なる名義は実在人である藤木吾一を指すのであつて、虚無人の名義として捨て去るわけにはゆかないものである。原判決が同名義を冐用して所論請求書を作成した被告人の所為を以つて、私文書偽造罪と認定処断したのは正当であつて、所論のような違法はない。論旨は理由がない。

同第三点量刑不当の主張について、

記録を精査し本件犯行の動機、被害回復の程度、被告人の弁償の努力、改悛の情その他諸般の情状を斟酌するときは、原判決の科刑は重きに過ぎるものといわねばならない。論旨は理由がある。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十一条に従い原判決を破棄し、同法第四百条但書によつてつぎの通り自判する。

原判決の認定した事実を法律に照すと、被告人の所為のうち、業務上横領の点は刑法第二百五十三条に、有印私文書偽造の点は同法第百五十九条第一項に、その行使の点は同法第百六十一条、第百五十九条第一項に、有価証券偽造の点は同法第百六十二条第一項に、その行使の点は同法第百六十三条第一項に、各該当し、右各偽造と各行使の間にはそれぞれ手段結果の関係があるので、同法第五十四条後段、第十条によつて、犯情の重い各行使罪の刑に従うべく、これ等の各牽連一罪と前記各業務上横領の罪とは、同法第四十五条前段の併合罪となるので同法第四十七条第十条に従い最も重い原判示第三の(一)の(2) の偽造有価証券行使罪の別に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年六月に処し、押収してある主文掲記の物件はいずれも偽造文書行使罪の組成物件で何人の所有にも属しないので刑法第十九条第一項第一号、同条第二項によりこれを没収する。

よつて主文の通り判決する。

(裁判長判事 宮本誉志男 判事 幸田輝治 判事 浅賀栄)

弁護人藤井稔の控訴趣意

第一点原判決は法令の適用に誤がありその誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであり破毀を免れぬものと信じます。

一、原判決は被告人は広島銀行(元芸備銀行)笠岡支店に勤務し支店長代理として支店長を補佐し同支店に於ける出納検査、手形の保管、諸伝票の点検、現金保管等の責に任じて居たものであるが昭和二十三年初頃から昭和二十五年七月頃までの間二十九回に亘り岡山県小田郡笠岡町所在右支店に於て栗家嘉一郎外十六名に対し自己の業務上保管せる同銀行所有に係る合計金五百三十八万六千四百円を正規の手続を経ないで擅に貸付け以てこれを横領したと判示し之に対し業務上横領罪として刑法第二百五十三条を適用して居り(第一及第二の(一)事実)ますが右は刑法第二百四十七条の背任罪を構成するものでありますからその誤は判決に影響を及ぼすこと明らかであり破毀を免がれぬものと信じます。

即ち被告人は支店長代理として自己の保管に係る行金を他人に貸付ける権限を有して居りましたから其の権限に基き之を貸付けたに過ぎないので決して擅に貸付けたと言う訳ではありません。唯支店としては金十万円以上の貸付については一応本店に禀議し其の承認を得た上でやらなければならなかつたものを予め禀議をせず直に貸付けたと言うことが銀行の為め其の事務を処理する支店長代理である被告人が借受人である第三者の利益を図る目的を以て其の任務に背いた行為をし銀行に財産上の損金を加へた結果になつたので全く背任行為の責を負うべきであり業務横領罪に問はれるべきものではありません。

二、被告人が金員を貸付けた相手方は何れも銀行の取引先であり既に本店の承認を得た限度近くまで貸出しをして居り夫れ以上の貸付が出来ないので得意先のことで断り兼ねて不当な貸出しをしたのでありますが被告人の原審公廷に於ける供述並証人栗家嘉一郎、小野善二郎、江木俊雄、高木丈司、藤井進、倉田万造、片岡一夫等の尋問調書によるも被告人は銀行の金を貸す積りであり借受人も亦銀行から金借する積りであつたので銀行に対し約束手形を差入れさせ之を銀行に保管して居り決して被告人個人の貸付として取扱つたのでないことが判ります。

此点から見ても背任行為はして居りますが業務上横領行為をして居らぬことが窺はれると思います。

(その他の控訴趣意は省略する。)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例