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広島高等裁判所岡山支部 昭和26年(ネ)118号 判決 1954年8月20日

控訴人 原告 東洋金融株式会社

代表者取締役 小沼敬三郎

訴訟代理人 薬師寺一 外二名

被控訴人 被告 株式会社中国銀行

代表者取締役 守分十

訴訟代理人 笠原房夫 外一名

主文

原判決を取り消す。

被控訴人は控訴人に対し金五〇〇万円及びこれに対する昭和二五年六月一七日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決並に担保を条件とする仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は本件控訴はこれを棄却する。控訴費用は控訴人の負担とするとの判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は

控訴代理人において

(一)控訴人の本訴請求原因として第一次に控訴会社の発起人組合が被控訴会社に預入れた払込株金五〇〇万円の払戻の請求をなし、第二次に右金五〇〇万円の預入なしとすれば、前記発起人と被控訴銀行との間にいわゆる預合がなされたものであり、被控訴銀行が払込株金の保管証明書を発行交付し、これによりて控訴会社の設立登記がなされた以上、被控訴銀行は商法第一八九条二項によつて預入が真実なされた場合と同一の責任を負うものであり、その責任による支払請求をなし、第三次に被控訴銀行は故意又は過失に因り控訴会社に損害を及ぼしたものであるから民法第七〇九条第七一五条により同額の損害賠償の請求をなすものである。

(二)控訴人が預合なりと主張する事実は次の如きものである。

即ち控訴会社の発起人である訴外日笠克巳、杉山巧及び小林為夫は共謀の上、控訴会社の払込株金を被控訴銀行に預入れをしていないのに拘らず、昭和二五年一月二三日被控訴銀行津山支店において、支店長代理である訴外岩村馨に依頼して同人と相謀り、右小林為夫の同支店当座預金より一時流用した金二〇〇万円及び右小林為一が同支店より一時借り受けた形式(正規の貸付手続を採らず)で金三〇〇万円を、控訴会社成立後直ちに右小林為夫に払出す約定の下に恰も株金金額の払込がなされ、右払込株金金額五〇〇万円について預入れがなされた如く、右岩村馨において同月二一日同支店備附の別段預金元帳に遡及記載し、これに基いて同日附金五〇〇万円の払込株金保管証明書を発行交付して預合をなしたものである。

(三)被控訴銀行が昭和二四年一月二四日控訴会社の創立総会終了後控訴会社発起人総代日笠克巳に払込株金の払戻をなしたとの事実は否認する。

仮りに右日笠克巳に対し被控訴銀行が払込株金の払戻をなしたとしても次の諸理由によつて預入金の払戻ないし預合の責任額の支払の効力はなく控訴会社に対抗するを得ない。

(四)即ち先づ、株式会社は創立総会の終了によつて成立するものではなく、設立登記によつて成立するものである。而して払込株金を取扱つた銀行(又は信託会社)は会社成立後、成立会社の法定代理人に最近の商業登記簿謄本を提出せしめ、それによつてはじめて預入の払込株金の払戻に応ずべきものである。

被控訴人は払込株金を保管する銀行は民法第四一二条第三項によつて発起人から払戻の請求があれば支払うべきであるかのように主張するけれども、払込株金の払戻は会社の成立と同時に履行期到来するものであつて、その後銀行が右成立を知つて遅滞の責に任ずるに至るのである。

商法の規定する募集設立について払込の取扱者を銀行又は信託会社に限り、発起人自らをしてこれを取扱わしめないのは(イ)募集設立においては一般株式引受人からの払込金の保管の安全及び払込の確実を期し、成立後の会社の資本充実に遺憾なからしむるにあつて、発起人から払込株金の預入れ銀行(又は信託会社)の預金は会社成立によつて法律上当然に成立会社の権利に帰属するものである。会社成立前に発起人において擅に払戻をなすことを許すのではない。従つて一旦払込んだ払込金を引出して他の銀行に預金し、あるいはその引出金を発起人において保管するが如きは、いわゆる払込金の保管替として商法第一七八条の規定により裁判所の許可を要するのであつて(その許可申請は非訟事件手続法第一三二条の二による)裁判所の許可なくして払込保管金の払戻をなし、又はこれを受けるが如きは許されない。

払込金の保管替についてさえ裁判所の許可を要するのであるから、ましてその払込金を発起人において使用するが如きは、たとえ正当な設立費用ないし設立登記登録税に充当する場合でも許さるべきではない(これ等の費用は会社成立前は発起人において立替え、会社成立後定款所定の設立費用の範囲内で償還せらるべきである)而もこの裁判所の許可は会社成立の時まで必要なのである。

右の趣旨は非訟事件手続法第一八七条第二項第一〇号において株式会社の設立登記申請書に、払込銀行または信託会社の払込金保管証明書の添附を要求していることからも明かである。

右は設立登記の際になお払込金が払込銀行または信託会社に現に保管されていることを要することを示すものである。もし創立総会の際に払込金保管の事実さえあれば足るというのであれば、払込完了の有無は創立総会において取締役及び監査役(または検査役)の調査事項であるから(商法第一八四条)、株式会社の設立登記申請書に非訟事件手続法第一八七条第二項第四号の調査報告書及びその附属書類の添附のみを以て足るものとなすべきである。然るに右の外前記払込金保管証明書の添附を要求しているのは前記の事実を肯定するによるものと解すべきである。

されば被控訴銀行が払戻をなしたとするも有効となすを得ない。

(五)被控訴人は払戻をなしたのは創立総会の終了後というけれども昭和二五年一月二四日午後四時頃は創立総会中であつて終了したのは同日午後五時である。又、被控訴人は発起人総代日笠克巳に対する払戻として有効なりと主張するもかかる払戻を受くる行為の如きは会社設立のためにする行為と云うことを得ないばかりでなく、およそ株式会社設立の発起人団体は民法上の組合に外ならないから業務の執行は発起人共同でこれをなすべきものであつて、発起人代表者の行為と雖も他の発起人の委任があるか、その資本が組合の利益に帰し、法規もこれを許した場合でなければ発起人組合及び他の組合員に対し効力を生ずるものではない。

(六)発起人代表日笠克巳が創立総会において専務取締役に選任せられたりとするも、会社が設立登記をなし成立するまでは、他の全部の取締役と共同してのみ業務執行をなすを要し、殊に払込株金引出の如き重大なる事項は公共性保持の要請からも会社成立後の代表取締役の権限とその行為を俟たねばならない。代表取締役に選任されたのは右日笠克巳ではなくて小沼敬三郎である。

而も日笠克巳が専務取締役に選任されたのは昭和二五年一月二四日午後五時以後であるから、その以前に被控訴銀行のなした払込株金の払戻は、専務取締役たる日笠克巳になしたものとは云うを得ない。

又商法二六二条は控訴会社成立前には適用がない。

(七)控訴会社の代表取締役小沼敬三郎が追認をなした事実はないし又民法第一一〇条第一一二条の表見代理の抗弁事実は否認する。

と述べ

被控訴代理人において

(一)控訴人が本訴において最終的に主張する請求原因は第一次に被控訴銀行に預入れた払込株金五〇〇万円の払戻しを請求し、第二次に預合なりとするも被控訴銀行が払込株金の保管証明書を発行交付し、これによりて、控訴会社が設立登記をなし成立した以上、被控訴銀行は商法第一八九条第二項による責任があるのでその責任に基く同額の請求をなすものであるとなし、預合の主張は第一審主張の請求原因を変更するものではないと主張する。

然しながら、控訴人が昭二八年二月一三日附準備書面においては第一次に被控訴人の預合に基く責任を追及し、第二次に預入れた払込株金の返還を請求しておるのであつて、右主張を昭和二八年一〇月二二日附準備書面において前記の如く訂正主張するに至つたものである。右の如く控訴人が訂正するに至つたのは、控訴人の主張に対し、被控訴人において預合の主張はそれ自体により請求の排斥を免れない旨抗弁したのでなされたものである。

預合なりと控訴人自ら断定し、且その立証を徹底的に為し、仮りに預合でなく現実の払込なりとするものと第二次に主張し来つたものを、第一次の請求を被控訴人において援用し主張自体排斥せらるべきであると主張したのを、控訴人に不利益であるので訂正するのは自白の撤回であつて、被控訴人において異議があり訂正は許されない。従つて預合の主張として控訴人の本訴請求は排斥せらるべきである。

(二)被控訴人は預合の事実を否認し、控訴会社の発起人から現実に払込株金五〇〇万円の預入がなされたことは認めるところであるが、右預入金は昭和二五年一月二四日控訴会社の創立総会終了後(右創立総会は午後四時頃に終了した。)控訴会社の発起人である日笠克巳に対し払戻しをなし、その責任を免れたものである。

(三)払込株金の保管銀行は右払込株金を会社の設立登記による会社の成立を俟たないで創立総会の終了後は払戻し得るものである。

(四)右の場合の払戻しは発起人に対してなさるべきである。株式会社設立の発起人は会社の設立を発起してから会社の成立に至るまで会社の設立のため必要な各種の行為をなし、株式引受人又はその他の第三者との間の各種の法律関係は会社の成立と同時に法律上当然総て会社に移転し、はじめて全くこれ等の法律関係から離脱する。発起人団体の目的は会社を成立せしむるに在つて会社が成立した以上目的の完了によつて発起人団体は消滅する。

他面取締役は会社が成立してはじめて会社の執行機関となるものであり、設立中は会社の執行機関たるものは発起人である。創立総会において取締役を選任するも、この取締役は会社成立前において監査役と共に監督機関としての作用をなすものであり、唯例外的に法定の行為をなし得るに止まるものである(従つて任期も当然会社成立の時から起算される)。

右の如く設立中の会社の執行機関は発起人であり、更に発起人総代は発起人を代表するものである。

従つて発起人総代日笠克巳に対し被控訴銀行が払込株金を払戻したのは有効な支払である。

(五)仮りに払込株金の払戻しは取締役に対しなさるべきものとするも、右日笠克巳は控訴会社の創立総会において専務取締役に選任せられたのであるから、同人に対する払戻は有効である。

(六)創立総会終了後は発起人に代つて取締役が設立中の会社を代表するものであるとすれば、その場合取締役に関する商法第二六二条が適用されることとなり、右日笠克巳において代表権限がないとするも、専務取締役であるから、同人が代表権を有しないとしても被控訴銀行は右事実を知らない(善意)のであるから右払戻は有効である。

(七)仮りに同条の適用がないとするも被控訴銀行は権限ありと信ずべき正当の事由があつたもの又は代理権消滅後の表見代理としてその払戻は有効である。

(八)仮りに右主張が容れないとするも控訴会社の代表取締役である小沼敬三郎は払戻の事実を認めておるからこれを追認したものであり、右追認により払戻は有効である。

(九)なお、乙第二号証の二の別段預金元帳は被控訴銀行のなした右払戻しが既に閉店締切後であつたので一旦払戻の翌日である一月二五日附で記帳したが、乙第一号証の払戻請求書の日附と一致せぬため後に一月二四日と訂正したものである。

と述べた外は原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

証拠として控訴代理人において甲第一ないし第一一号証、第一二号証の一ないし七、第一三号証の一ないし三、第一四号証の一ないし七、第一五、一六号証、第一七号証の一ないし四、第一八号証、第一九号証の一、二、第二〇ないし第二六号証、第二七号証の一ないし三、第二八号証を提出し、原審における証人日笠克巳、同小林為夫、同長瀬貞夫、同石村馨、同小川岩男の各証言、当審における控訴会社の代表者小沼敬三郎の尋問の結果(第一、二回)を援用し、乙第二号証の一の成立を認め、その余の乙号各証の成立を否認し

被控訴代理人は乙第一号証、第二号証の一、二を提出し、原審における証人二宮{文心}、同杉山巧の各証言及び、控訴会社の印顆の検証の結果を援用し甲号各証はいずれもその成立を認め、甲第三号証、同第一七号証の三、四を援用した。

理由

先づ被控訴人は控訴人が数次に亘り請求原因を変更し、最終的には預合の主張を第二次になし、現実に預入れをなした払込株金の払戻の請求を第一次とするに至つたが、右預合の主張を第二次的なものとするのは自白の撤回であるから異議があると争うけれども、控訴人主張の預合の事実は被控訴人において終始否認し来つたものであるのみならず(前記昭和二八年一〇月一六日附補充準備書面参照)本件においては右事実はむしろ被控訴人にとつて不利益な事実であるから控訴人の自白を云為すべきものではない(ただ控訴人が第一次の預金債権のみを主張する場合であれば、現実に預入がなかつたことを自認する点においていわゆる先行的自白に該るに過ぎない)。従つて未だ自白の拘束力を生ずるものでないから前記の如く請求原因を訂正したからと云つて自白を撤回したことにはならず、ただ控訴人の主張が民事訴訟法の規定する攻撃方法の提出時期の制限に反したり、請求原因たる事実が請求の基礎に変更を生じない限り許されるものといわねばならない。而も控訴人の主張は一時動揺変更したけれども、結局原審における請求原因に復帰したものであつて、その第一次の請求原因事実たる払込株金が現実に被控訴銀行に預入れられたことこそ被控訴人において終始自白したところであるから、控訴人において擅に撤回することは許されなかつたところのものである。控訴人はこの主張を撤回したこともないので(ただ第二次的の請求原因とすると訂正したのに止まる)請求の基礎に変更ある事実を主張するものとも、時機に遅れたものともなし得ないからこの点の被控訴人の主張は理由がない。

控訴会社は昭和二五年二月五日設立された一株の金額五〇円総株式数一〇万株、資本金五〇〇万円(発起人一五名、この引受株数三一、〇〇〇株、公募の株式引受人一四〇名、この引受株数六九〇〇〇株)の株式会社であつて、金融業及びこれに関連する動産及び不動産売買業を営むことを目的とする会社であること及び被控訴銀行津山支店は発起人総代日笠克巳から昭和二五年一月二一日現在控訴会社の株式一〇万株に対する払込金五〇〇万円を保管していたことは当事者間に争のないところであり、同銀行が右払込株金五〇〇万円の同日付保管証明書を作成交付し、控訴会社取締役は右証明書を添附して設立登記をなしたことは被控訴人の明かに争わないところであるからこれを自白したものとみなすべきである。

従つて控訴会社が右の如く成立したのであるから、発起人のなした前記預金債権は特別の事情がない限り控訴会社に法律上当然に移転するものと云うべきである。

被控訴人は昭和二五年一月二四日右預金は支払ずみであると抗弁するのでこの点について考察する。

(一)金五〇〇万円の払込株金の被控訴銀行えの預金は控訴会社の発起人総代であつた日笠克巳が昭和二五年一月二一日なし、被控訴銀行が同日これに対し、右払込株金五〇〇万円の保管証明書を作成交付し、右二月五日これを添附して控訴会社の設立登記がなされ控訴会社が設立されたことは前記認定の通りである。

而して、成立に争のない甲第一二号証の三ないし六、同第一三号証の三、同第一四号証の五、六、同第一六号証、同第一七号証の二、同第一八号証、同第一九号証の一、二、同第二二号証、同第二八号証、原審における証人長瀬貞夫の証言及び原審における検証の結果(控訴会社の印顆)によつて真正に成立したと認める乙第一号証、原審における証人二宮{文心}の証言によつて真正に成立したと認める乙第一号証の一、二、当審における控訴会社代表者小沼敬三郎の尋問の結果とこれによつて真正に成立したと認める甲第一七号証の二、原審における証人日笠克巳、同小林為夫、同石村馨、同小川巖、同杉山巧の各証言(但し右各証拠中後記認定に反する部分はいずれもこれを除く)を併せ考えると、控訴会社の発起人総代日笠克巳は控訴会社の株金五〇〇万円のうち七〇万余円しか現実に払込がなかつたので、その余の調達に苦慮した結果、発起人杉山巧、小林為夫等と相談の上被控訴銀行津山支店次長石村馨を通じ同支店長二宮{文心}等も諒解の下に右小林為夫からこれを借り受け、内金二〇〇万円は同く振出被控訴銀行津山支店支払の小切手で、内金三〇〇万円は右小林為夫が同支店から金三〇〇万円を借り受けることとし、同支店宛同く振出の金額三〇〇万円の約束手形で、合計金五〇〇万円被控訴銀行津山支店に控訴会社設立の払込株金として払込期日である昭和二五年一月二一日に預金したものであること(そのため右日笠克巳は払込ずみ株金の一部五五万円を右銀行の右小林為夫の預金口座に払込みをなし、別に訴外杉山司よりの借入金一三〇万円をも小林の要求により同様払込みをなしておる)、被控訴銀行津山支店次長である右石村馨は右の事情を諒解していたので右払込株金の保管証明書を交付する際、右日笠克巳の使者として来店した訴外長瀬貞夫をして控訴会社発起人総代日笠克巳の氏名を代署させ、その名下に控訴会社の印章の押捺してある預貯金払戻請求書(乙第一号証)を受領しておいたこと、控訴会社創立総会の日である同月二四日前記小林為夫から総会が終了し社長に小沼敬三郎が就任したから払込金を決済してくれとの電話があつたので、被控訴銀行津山支店では右の如くすでに払戻請求書を受領しておいたので、これによつて被控訴銀行に預入れられていた金五〇〇万円の払戻しの手続をなし、その一部二〇〇万円は右小林為夫の預金口座に振替え、残三〇〇万円は右小林為夫の前記金額三〇〇万円の約束手形債権の支払に当て、該手形を右小林為夫に返済したものであること、なお控訴会社の創立総会の終了は午後五時であることが認められ前記措信しない証言以外には右認定を左右するに足る証拠はない。そして右決済に関する銀行の記帳は閉店締切後であつたので一旦その翌日たる一月二五日附としたが、払戻請求書の日附と符合させるため一月二四日と訂正したことは被控訴人の自認するところである。

おもうに商法第一八九条が株金払込取扱銀行等に払込金の保管証明書を発行せしめ、保管証明書を発行した以上その証明した金額につき現実に払込がなかつたことまたはその返還に関する制限があることを以て会社に対抗し得ないものとし、他方非訟事件手続法第一八七条第二項第一〇号において右保管証明書を株式会社設立登記申請書に添附すべきものとしていることにかんがみれば、銀行等が前記証明書を発行した以上会社成立までは証明した金額につき保管の責を負わしめて成立した会社に帰属させ、以て会社の資本の充実を図るにあるものと解すべきである。

従つて銀行等が右証明書を発行後会社成立までの間に払戻してもこれを以て会社に対抗することができないことは右一八九条第二項に準じて容易に首肯できるわけである。然るに被控訴銀行津山支店のなした金五〇〇万円の払戻しは一応控訴会社発起人総代日笠克巳から払戻請求書を徴してなしたものであるけれども、現実には発起人総代日笠克巳の債権者である訴外小林為夫になされたものであること、従つて右払戻金が成立後の控訴会社の用途に使用せられるものでないことは知つてなされたと解せられる点は別問題としても控訴会社が昭和二五年二月五日成立する以前になされたものであるから適法な株式払込金の払戻しとなすことはできず、控訴会社に右払戻を対抗することはできない。

被控訴人は右払戻は控訴会社成立後会社代表取締役である小沼敬三郎が追認しておるから有効であると主張するけれども原審における証人二宮{文心}の証言のみによつてはこれを認めるに十分でないし他にこれを肯認するに足る証拠もないからこの点の被控訴人の主張は採用し難い。

被控訴人主張の(二)ないし(四)についてはいずれも前記説示によりその理由のないことは明らかであつて採用するに由がない。又(五)の主張は本件支払は発起人総代たる日笠克巳名義を以てなされてあるのであるから、採用することができないばかりでなく、日笠克巳が専務取締役に選任されても会社成立前には取締役(たとえ代表権限があつても)にも支払うことができないこと上叙の通りであるから結局この点の被控訴人の主張も亦理由がない。又(六)の主張の商法第二六二条は会社成立の後に専務取締役の行為に、而も代表権限を有するものであれば有効に会社の為になすことのできる行為について適用があり、右の要件に該る場合にはじめて問題となるところであり、(七)の主張は本件預金の支払は商法上の制限が加えられておるのであるからかかる制限のないものと信じて有無の判断を誤つてなした支払は表見代理の法理に服するものではないからこの点の主張も亦採用の限りではない。

そうするとその余の点の判断を俟つまでもなく被控訴人は控訴人に対し金五〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかである昭和二五年六月一七日から支払ずみに至るまで商法所定年六分の割合による損害金の支払義務があるのでその支払を求める控訴人の請求は正当としてこれを認容すべきである。

仮執行の宣言についてはこれを付せないことを相当とするので民事訴訟法第三八六条第九六条第八九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 三宅芳郎 裁判官 林歓一 数判官 浅賀栄)

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