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広島高等裁判所岡山支部 昭和27年(う)700号 判決 1953年7月14日

控訴人 検事 円藤正秀

被告人 池上熊男

検察官 今井和夫

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年六月に処する。

理由

本件控訴の趣意は検事竝びに弁護人小脇芳一提出の各控訴趣意書記載の通りであるから、ここにこれを引用する。

検事の控訴趣意第一点事実誤認の主張について

被告人が検事所論の通り内山和一より納付した罰金三万円、朴徳順より納付した罰金一万円を受取つて業務上保管中、擅にその金額を着服横領したことは、副検事及び原審裁判所の取調に対し、既に被告人の自白しているところであつて、検事の引用する証第二、第三号各納付済原符綴及び監査報告書等は右自白の補強証拠としてその真実性を担保するに十分である。従つて原判決が内山の納付した罰金の一部金一万円、朴徳順の納付した罰金の一部金二千六百円についてのみ、業務上横領罪を認定し尓余の金額を不問に付したのは、事実の認定を誤つたものといわざるを得ない。しかしながら右認定の誤りは各一個の業務上横領罪の内部における横領金額の誤認に止まり、同罪、そのものの成否については何等の影響を及ぼすものでもなく、またその誤認が回数において百五十数回、金額において七十数万円に達する多数、高額の併合罪のうち、最も重い罪にも当らない一、二罪に関するものであることに想到するときは量刑上影響を及ぼすものともいえないので、右誤認を以つて、判決に影響を及ぼすこと明らかなものとして原判決を破棄するわけにはゆかない。論旨は結局理由がない。

同第二点及び弁護人の控訴趣意量刑不当の主張について、

被告人が多数回に亘り多額の罰金、科料、訴訟費用等を着服横領し、これを飲食遊興に費消し、裁判の執行に関する威信を傷つけたことは、犯情においてまことに重いものといわねばならない。しかし他面、被告人が本件犯行後被害弁償に払つている異常の誠意と努力及び顕著な改悛の情その他諸般の事情を参酌するときは、原判決の量刑は重きに過ぎるものと認められる。

従つて右と主張を一にする弁護人の論旨は理由があり、これに反する検事の論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条、第三百八十一条に従い原判決を破棄し、同法第四百条但書によりつぎの通り自判する。

原判決の認定した事実を法律に照すと被告人の各所為は刑法第二百五十三条に各該当し、右は、刑法第四十五条前段の併合罪となるので、同法第四十七条、第十条に従い、犯情の最も重い原判示第一の(二)の罪の刑に併合加重をした刑期の範囲内において、被告人を懲役一年六月に処する。

よつて主文の通り判決する。

(裁判長判事 宮本誉志男 判事 幸田輝治 判事 浅賀栄)

岡山地方検察庁検事円藤正秀の控訴趣意

原審岡山地方裁判所は昭和二十七年十一月五日、被告人は昭和二十一年七月三十一日新見区裁判所検事局雇を拝命し、同二十二年七月三十一日検察事務官に任ぜられ岡山地方検察庁高梁支部兼高梁区検察庁勤務、同二十二年十二月十日岡山地方検察庁新見支部兼新見区検察庁勤務、同二十五年六月三十日牛窓区検察庁勤務を命ぜられ同二十六年九月二十日懲戒免官されたものであるが、

第一、前記の通り昭和二十五年六月三十日牛窓区検察庁勤務を命ぜられ且つ同時に同庁分任収入官吏、分任物品会計官吏、歳入歳出外現金出納官吏、資金前渡官吏を命ぜられ尓来罰金科料等の徴収事務を担当していたが(一)同年八月二十四日頃より同二十六年三月三十日頃までの間前後九十六回に亘り牛窓区検察庁において食糧管理法違反事件の納付義務者大森益外八十九名より納付した罰金、科料、訴訟費用等合計金四拾八万八百五拾貳円を受領し各業務上保管中正規の納入手続をなさずしていづれもその頃同庁においてほしいままに着服して横領し<別表省略>

(二)前記の通り牛窓区検察庁勤務を命ぜられ昭和二十五年七月八日同庁に着任した際、前任者検察事務官石堂正彦より予て同人が徴収保管中の罰金等合計金六万五千七百円の引継を受け業務上保管中その中金四万九千九百円をその頃同庁においてほしいままに着服して横領し

第二、前記の通り昭和二十二年十二月十日岡山地方検察庁新見支部兼新見区検察庁勤務を命ぜられその頃着任し、尓来罰金等の徴収事務を補助し、且つ同二十四年七月十五日より新見区検察庁分任収入官吏、分任物品会計官吏、歳入歳出外現金出納官吏、資金前渡官吏を命ぜられ罰金科料等の徴収事務を担当していたが、同二十三年二月七日頃より同二十五年六月二十五日頃までの間前後五十五回に亘り新見区検察庁において食糧管理法違反事件の納付義務者佐伯秀一外四十七名より罰金、科料、訴訟費用等合計十九万七千三百円を受領し各業務上保管中正規の納入手続をなさずしていづれもその頃同庁においてほしいままに着服して横領し<別表省略>したものである。

との事実を認定し刑法第二百五十三条、同第四十五条、第四十七条、第十条を適用して被告人を懲役二年に処する旨の判決を言渡したものである。併しながら第一点原審認定の判示第二事実の横領金額合計十九万七千三百円は合計二十二万四千七百円で事実の誤認があり第二点原審言渡の懲役二年の刑は軽きに失し量刑甚しく不当であると思料する。

先づ第一点事実誤認の点は即ち判示別表第二犯罪表中番号「四二」納付義務者内山和一の横領金額壱万円は参万円(記録五一丁裏昭和二十六年十月十二日附起訴状添付犯行一覧表中番号「四二」参照)前同「五一」納付義務者朴徳順の横領金額貳千六百円は壹万円(記録五二丁前同犯行一覧表中番号「五一」参照)である。原審は第二事実の認定については証第二号の納付済証原符綴(記録六五丁押収目録)中に納付義務者朴徳順に対する金貳千六百円の昭和二十五年四月二十八日収入印紙納付済の証及び証第三号の納付済証原符綴(前同押収目録)中に納付義務者内山和一に対する金壹万円の昭和二十五年三月十三日収入印紙納付済の証の各現存によつたものと思料されるが、終戦後諸物資が不足であつたことは顕著の事実で検察庁においても諸用紙等が極めて入手困難の時期があり為めに罰金等を納付した場合納付済証も最少限度に止め之を欲しないものに対しては発行せず欲するものに対しても正規の納付済証原符に依る納付済証を発行することが不能の場合もあつたものである。その事実は記録四二四丁裏の如く略式命令騰本の末尾に又同四二八丁、同四二九丁、同四三三丁の如く諸用紙を用いて領収証を発行して居るを見るも明かである。右両名はその後所在不明で之を確め得られないが納付義務者朴徳順に対する罰金の納付事実は前掲証第二号の金貳千六百円の納付済証の外に前記証第三号(記録六五丁押収目録)の納付済証原符綴中に金貳千円の昭和二十五年三月二十二日収入印紙納付済証が現存し、且又判示「証拠の標目」中に掲記にかかる検察事務官作成の昭和二十六年十月八日附監査報告書(記録三九〇丁)によるも昭和二十四年原簿第一三二号納付義務者朴徳順に対する煙草専売法違反罰金壱万円は昭和二十四年九月八日全額納入、同年原簿第一五一号納付義務者内山和一に対する物価統制令違反罰金三万円も昭和二十五年一月二十五日全額納入の各手入がありながら収入印紙も現存せず現金納入手続もして居らないことが明かであるのみならず被告人においても之ら全額横領の事実を認めて居るものである(朴徳順に対する部分は記録七六四丁裏、内山和一に対する部分は記録七六七丁)若し納付済証にある如く幾部分納のものなれば徴収金原簿に全額納入の記入をすることもなく被告人も全額横領の事実を是認する筈もないものである。尚、又前記証第二号の納付済証原符綴中の納付義務者朴徳順に対する金貳千六百円の納付済原符には欄外に「済」と記入し他の残額のあるものに対しては欄外に残金何円と記入して居る点等彼是綜合考覈するときは金額納入たることを認め得るものである。然るに原審においては前記の通り右監査報告書を判示証拠の標目中に挙示しながら内山和一の分を金壹万円朴徳順の分を金貳千六百円と認定したのは明かに誤りで要するに判示第二事実の横領金額は合計金拾九万七千三百円でなく合計金貳拾貳万四千七百円で事実の誤認であることを免れない。而して右は判決に影響を及ぼすものである。

次に第二点量刑不当の点は申すまでもなく官公吏は清廉潔白で責任を重んじ国民の公僕でなければならい。殊に検察庁職員は他の官公吏と異り人の非違を糺す地位にあるものなれば一層身を厳正に持し一般民衆より非難を受けるが如きことがあつてはならないのである。然るに被告人は検察事務官として罰金等を徴収する事務を担当中その徴収した罰金等を而も合計金七拾数万円もの多額を着服してその大半を遊興費に費消した(記録八八丁、同七八〇丁八項以下、同六七七丁裏五項以下)ものでその地位、横領金の性質、金額、使途、弁償不能(記録七四丁に父が三十万円程拵えて居るとか記録九〇丁に二十二、三万円の予定がある等陳述しているが、一文の弁償もして居らないものである)等何れの点より観るも犯情極めて重く検察庁の威信を失堕したことも洵に大で豪末も同情すべき点はないものである。斯る事案の被告人対し懲役二年の刑を言渡した原判決は量刑が甚だしく軽きに失するものと謂わなければならない。

以上の事由であるから刑事訴訟法第四百条に基き速かに原審判決を破棄して被告人に対し懲役五年の判決を言渡されたく刑事訴訟法第三百八十一条、第三百八十二条に依り控訴を申立てたものである。

弁護人小脇芳一の控訴趣意

第一点原判決が其認定事実を以て被告人を懲役二年に処したことは尚酌量の余地ありと信ずる。

被告人費消の金額が法律上被告人のみの責任に帰することは敢えて争わないけれども記録を仔細に検するときは決して被告人のみが費消したものでないことが窺われる。被告人の地位収入等からすれば本件で繰返された遊興は其額に於て度数に於て到底出来得るものではなし誰しも一応は不審の小首を傾けるものではないかと思う。即ち右の遊興は常に殆んど被告人のみ一人で為されたものではなくて同僚若くは長上の者が同席して居たという事実而して被告人が費用を支出して居たという事実を看過してはならない。次に被告人が検察庁員であるの故を以て特に刑責重しと観るは当らない。人としての弱点は官公吏なると否とを問わず共通である。而して官公吏たるの故を以て国家が普通人以上に其地位や生活を優遇保証して居れば格別であるが寧ろ却つて官公吏たるの故を以て特に重い義務のみを認めた感があつて特に現段階で必要な経済的保証は極めて薄いとせねばならない。殊に官公吏が本件の場合に直面せんか素より其地位を去つて更に司法処分を受け二重の制裁を甘受するのである。仮に被告人が刑の執行猶予を受けても検察庁員たるの地位は失うのである。被告人に執行猶予尚可なりとする所以である。

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