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広島高等裁判所岡山支部 昭和27年(ネ)85号 判決 1953年10月30日

控訴人 原告 堀家孝士

被控訴人 被告 岡山県知事

主文

原判決中賃貸人安東寿作に関する部分を取り消す。

岡山県知事が控訴人に対し昭和二二年五月二六日附同年六月七日交付の書面によつてした控訴人(賃貸人)安東寿作(賃借人)間の別紙目録第一の田に対する賃貸借についての解約不許可処分はこれを取り消す。

賃借人安東一作に関する部分の控訴はこれを棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分しその一を控訴人、その余を被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決を取り消す。岡山県知事が控訴人に対し(一)昭和二二年五月二六日附同年六月七日交付の書面によつて控訴人(賃貸人)と安東寿作(賃借人)間の別紙目録第一の田に対する賃貸借並に(二)昭和二二年五月一五日附同年六月七日交付の書面によつてした控訴人(賃貸人)と安東一作(賃借人)間の別紙目録第二の田に対する賃貸借についての解約不許可処分はこれを取消す。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は本件控訴はこれを棄却する。控訴費用は控訴人の負担とするとの判決を求めた。

当事者双方の事実の陳述は

控訴代理人において控訴人と安東一作との間の賃貸借解約不許可処分は昭和二二年五月一五日附の書面でなされたものであり、控訴人の耕作段別は現在は八反二、三畝歩であると述べ、被控訴代理人において右事実を認めた。

外は原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

証拠として控訴代理人は甲第一、二号証を提出し、原審における証人谷口一己、同新免喜助の各証言、当審における証人流王兵太郎、同堀家清子の各証言及び原審並に当審における控訴人の本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立を認め、

被控訴代理人は乙第一ないし第九号証を提出し、原審における証人安東一作、同児島元の各証言を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

控訴人がその所有にかかる別紙目録表示の農地のうち、(一)その第一を訴外安東寿作に、(二)第二を安東一作に賃貸していること、控訴人が昭和二一年八月一二日岡山県知事に対し所轄栗広村農地委員会を経て右各賃貸借につき、その賃貸小作地の自作を目的として解約の許可を申請し、それに対し、岡山県知事が(一)につき昭和二二年五月二六日附(二)につき同月一五日附いずれも控訴人に対し同年六月七日交付の書面で右解約不許可の処分をなしたことは当事者間に争がない。

よつて右賃貸借の解約につき正当の事由があるか否かについて審究する。

先づ控訴人側の事情について考察するのに成立に争のない乙第二号証によると右不許可処分当時控訴人はその居村において田畑合計約一町九反余りの農地を所有していることが認められ、なお当時控訴人が実際耕作していた段別は、そのうち田畑合計約七反五畝歩であることは当事者間に争がないところである。而して原審における証人谷口一己、当審における証人流王兵太郎、同堀家清子の各証言及び原審並に当審における控訴人の本人尋問の結果(但しいずれも後記認定に反し措信しない部分を除く)を綜合すると、控訴人が昭和一三年八月応召当時において控訴人方においては控訴人夫婦で一町一反位を耕作し、他の所有農地は小作に出していたが控訴人が応召になつた当時、控訴人の祖父柳平は既に老衰しており、叔父流王兵太郎は他出勝で而も目が不自由であつた為、控訴人の妻清子が独力で耕作を続ける外なかつたので、同年度の収獲後、右一町一反の内六反位を他人に小作せしめ残り約五反位は引き続き自作することになつたこと、控訴人は昭和一六年一〇月頃帰還し、親戚の者に小作せしめていた田畑三反位のみは順次返還を受けたが、控訴人は帰還当時身体も衰弱しており、且つ何時再度の応召があるかわからない情勢にあつたので、他人に耕作させていた田畑は引続き小作させ、自ら一時居村の収人役などをしたこともあるが、右不許可処分当時は農業を専業とし、前述の通り応召当時は一町以上も耕作していたことでもあり家族も多いので本件農地の返還を受け自作したいと切望しておることが認められ、右各認定を覆すに足る措信し得る証拠はない。

成立に争のない乙第六号証及び原審における証人児島元の証言の一部によると、本件不許可処分当時の控訴人方の家族は控訴人夫婦と一二才を頭とする六人の子供の八人家族で実際上の農耕従事者は控訴人夫婦のみであることが認められる。控訴人は控訴人夫婦の他に雇人二人があるので、前記七反五畝歩の耕作段別はその世帯人員に対して著しく過少であると主張するけれども、前記乙第六号証によると雇人二名は控訴人が、本件不許可処分後に雇入れたものであり、而も一名は子守女で農耕従事者でないことが認められ、原審における控訴人の本人尋問の結果も雇入時期についての右認定を覆すに足りない。

次に控訴人が訴外安東寿作に別紙目録第一の田を賃貸するに至つた事情について考察するのに、控訴人は昭和一三年八月控訴人の応召解除までと定めた一時賃貸であると主張し、被控訴人は控訴人の応召とは関係なく昭和一四年六月頃期間を定めず賃貸したものであると争うのであるが、当審における証人堀家清子、同流王兵太郎の各証言、原審並に当審における控訴人の本人尋問の結果(措信しない部分を除く)によると控訴人が前記応召し、控訴人方は耕作能力がなくなつたので止むなく、控訴人の留守家族は耕作段別を半減し、訴外安東寿作に対しては期間を定めず居村字佃田の一反弱の田及び字水谷の山田一反八畝歩位を賃貸するに至つたものであること、控訴人方(祖父柳平時代)は予て訴外小島弥太郎に別紙目録第一の田を小作させていたところ、同人が死亡し、田畑が返還されたので、訴外安東寿作が、代田に困つているから右字佃田の田を右第一の田と代えて貸してほしいと申出たので、控訴人の留守家族は当時の事情から自作地を増すこともできなかつたこととて昭和一四年六月頃たやすくこれに応じて右安東寿作に賃貸し、尓来同人が耕して来たものであることを認めることができる。前記認定に反し右賃貸借が控訴人の応召解除までの一時賃貸であるとの右証人流王兵太郎の証言部分、右賃貸借が控訴人の応召とは無関係のものであるとの原審における証人児島元の証言はいずれも措信できない。

よつて右訴外安東寿作の事情について考察するのに、成立に争のない乙第三号証によると本件不許可処分当時の安東寿作の居村における所有田畑は五反六畝一九歩位であることが認められ、同人の居村における耕作段別は田畑合計約一町歩であることは当事者間に争がなく、成立に争のない乙第七号証によると同人の本件不許可処分当時の家族は九人であつて、農耕従事者は同人夫婦の外子供四人及び長男の妻を合せて七人であることが認められ右認定を覆すに足る措信し得べき証拠はない。

然しながら当審における証人流王兵太郎の証言と控訴人の本人尋問の結果の各一部によると右安東寿作は本来屋根職が本業であり、右農業と併せて十分生活の安定を得ていることを認めることができてこれを覆す証拠はない(従つて訴外安東寿作の方が控訴人より農耕従事者の多いことは、本件解約理由の当否の判断にさほどの影響を及ぼさない)。

以上控訴人と訴外安東寿作との家庭の事情と本件農地の賃貸借が成立するに至つた経緯等諸般の事情を考慮するときは控訴人と右訴外人間の別紙目録第一の農地(九畝一八歩)の賃貸借解約は正当の事由があるものと解するを相当とする。被控訴人は控訴人が控訴人等の居村農家の平均耕作段別以上を耕作しておると主張し、成立に争のない乙第一号証によつてこれを認めることができるけれども、訴外安東寿作の耕作段別はこれまた右平均段別を遥かに超えており、本件農地を返還するも九段歩に余り控訴人の耕作段別に本件農地を加うるもなお同人の耕作段別の方が多い事情にあるからこの点を以て正当事由なしとはいえない。

従つて、控訴人が右安東寿作との間の本件賃貸借解約申請に対し岡山県知事が不許可処分をなしたのは違法であるからその取消を求める控訴人の請求は正当であつてこれを認容すべきである。

次に安東一作の家庭の事情を考察するのに成立に争のない乙第五号証による右不許可処分当時右訴外人は居村において約六反余りの田畑を所有しておることが認められ、同人が当時田畑合計八反六畝歩を耕作していたことは当事者間に争がなく成立に争のない乙第九号証と原審における証人安東一作の証言によると本件不許可処分当時の家族は同人夫婦及び子供五人の七人家族であつて、農耕従事者は同人夫婦と子供三人の五人であることが認められる。

次に控訴人方において訴外安東一作に別紙目録第二の田を賃貸するに至つた事情について考察するのに、右賃貸借のなされたのは控訴人の前記応召以前であり、従つて控訴人の応召とは無関係のもので賃貸借の期間を定めずなされたものであることは当事者間に争がない(もつとも控訴人は昭和六年一一月賃貸したと主張し、被控訴人は昭和元年であると争うが、原審における証人安東一作の証言は成立に争のない甲第二号証に対比して措信できず、右甲第二号証によれば昭和六年一一月賃貸借がなされたものであることが認められる)。

控訴人は右安東一作は堕農であつて、連年耕作地に堆肥を施さないので地力が減退しているのみならず、同人は昭和二〇年度以降の小作料が未納であると主張するけれどもこれに副う当審における証人堀家清子の証言及び原審並に当審における控訴人の本人尋問の結果の各一部は後掲の証拠に対比してたやすく措信し難いところであつて、原審における新免喜助、同児島元、同安東一作の各証言(前掲措信しない部分を除く)によると右安東一作は堕農ではなく、供出米も完納しておること、小作料については安東一作から控訴人に貸与した金四、〇〇〇円の貸金から差引き決済することの約定があり、本件不許可処分当時未納小作料は存しないことがいずれも推認できる。

以上の事実と前記控訴人側に存する諸般の事情とを対比判断すると控訴人と右安東一作との間の別紙目録第二の農地の賃貸借を解約せしめて控訴人に自作させる正当の事情はないものと認めるのを相当とするから岡山県知事が不許可処分をなしたのは相当であつて、控訴人主張のような違法はないというべきである。

よつて、民事訴訟法第三八六条、第三八四条、第九二条を適用し主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 三宅芳郎 裁判官 林歡一 裁判官 浅賀栄)

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