広島高等裁判所岡山支部 昭和29年(う)209号 判決
所論の要旨は本件の主犯は藤原信司であつて、被告人は同人から金借を申込まれ、その使途の何たるかについては深く考えずして金百万円を貸与したが、図らずも之が弗に換金されて外国に持ち出されたものである。被告人が本件違反行為を行つたと認むべき証拠は何一つ存しないというのである。
よつて訴訟記録を精査すると、被告人が自ら原判示第三の犯行を実行したと認むべき証拠のないことは所論のとおりである。
然しながら、被告人に対する検事調書(記録九六丁以下昭和二十四年十月十一日付)及び警察調書(記録九一五丁以下第四回)原審証人斎藤武雄の供述(記録七四九丁以下)によると、被告人は中華人李既欧、李棟梁、許炎亭等と面会して中国の温州視察の勧誘を受け、その結果藤原信司等が温州に行くことになり、物資買付資金として藤原信司に貸付けることにして、同人に責任を持たせて金百万円を出金して同人の密貿易を援助することとなつた事実は認めることが出来る。然しながら被告人は藤原信司等が温州に向けて密出国するに当つて右百万円を原判示の弗や金の地金に換えて持ち出すことについて、即ち外国為替管理法違反の所為について、被告人が自ら之を実行し、又は之を藤原信司等に指示し、或は又同人等と謀議したか乃至は少くともその情を知つたと認むべき証拠は見当らない。もつとも原審証人山本静男の供述(記録四二六丁以下)として、同人等が温州へ向けて出発する前、藤原信司から托された原判示のドル紙幣の包を被告人方に持ち帰り被告人に預けた旨、及び同藤原広茂の供述(記録四五四丁以下)としても同趣旨の記載があり、又被告人の原審第十七回公判期日に於ける、「金の地金を渡したことは、」との裁判官の問に対し「ありません、しかし相場で売つた様な事があつたかも知れません」との供述があることなどから考察すると、被告人が右の弗及び金の地金の密輸出に関与した疑は十分存するとしても、之等の証拠を以つて原判示外国為替管理法違反の所為を被告人一個の所為と断定することは困難といわねばならない。
次に原判決は被告人が藤原信司、山本静男等を使用して原判示の弗及び金の地金を温州に密輸出したとしているのであるが、「使用して」の意義は必ずしも明かでないので此の点について検討を加えると、それが若し藤原、山本等を被告人の手足の如く利用したとの意味とすれば、藤原、山本等は意思能力に何等の障害があるとも見えない成年者であり且犯行の内容もすべて承知している者であることは原判決挙示の証拠上明かであるから、情を知らないで、被告人に利用されたにすぎないものとも解せられない。又同人等が被告人の命令によつて絶対的服従関係の下に行つたものとも認むべき証拠は存在しない。
又若しそれが使者を意味するものとすれば、一般に使者とは本人の決定した意思を本人の指定した相手方に単に伝達するにすぎないか、又は本人の托したか或は指示に従つた物品を本人の指定した場所又は人に持参し手交するにすぎない関係にある者と解すべきであるのに、本件に於て原審で取調べた証拠にあらわれた事実は、前に説示したように藤原信司、山本静男等が温州へ密出国して密貿易をするについて、その情を知りながらその資金として金百万円を貸与したことは認め得るが、然し弗及び金の地金を密輸出するについて、本人たる被告人が藤原、山本等にそれらの物品を托したり、又は何等かの指示を与えたと認むべき証拠は存在しないから、被告人が同人等を使者として之等を密輸出したものとは解し難い。
もつとも被告人の第四回警察調書(記録九一八丁裏)によると、「若い者をやつて見てもよいと心を動かされ」とあるが、然し被告人がその如く若い者をやることについて何等かの指示をしたと認むべき証拠も見当らないし、又前記の藤原信司、山本静男等が被告人の此処にいうところの若い者に当るのかどうかも明かでない。
従つてそれをしも尚原審が判示する如く被告人が藤原、山本等を使用してとするならば、更にその審理を尽してその所以を明かにすべきであつた。
更に又被告人に対する罪責を問う根拠について、右藤原、山本等との関係が共犯関係にあるのか、或は又単なる幇助にとどまるかについても亦審理を尽すべき問題であつた。
(一) 然るに原審は審理を尽して之等の点を明かにしないで、藤原信司、山本静男等を使用して原判示の弗及び金の地金を密輪出したとして、被告人を単独の正犯と認定処断したことは、理由不備の違法を犯したか、又は審理不尽にもとづいて事実を誤認したかの違法を犯したものであつて、此の結果は判決に影響を及ぼすことが明かであるから、原判決は此の点に於て破棄を免れない。
次に職権を以て取調べるに本件関税法違反の所為は昭和二十四年一月頃から同年四月頃までの間に行われたものであることは原判決書に明かである。然して之に対し原審が適用した行為時の関税法(昭和二十三年七月七日法律第一〇七号による改正)第八十三条第一項に於て、同法第七十四条第七十五条第七十六条の犯罪に係る貨物、又はその犯罪の用に供した船舶にして犯人の所有又は占有に係るもの、同条第二項に於て犯人以外の者犯罪の後前項の物を取得した場合に於て、その取得の当時善意であつたことを認めることの出来ないものはいずれも之を没収する。同条第三項に於て前項の規定により没収すべきものの全部又は一部を没収することの出来ないときは、没収することの出来ない物の原価(船舶なるときはその価格)に相当する金額を犯人より追徴すると規定していることは今更此処に云うまでもない。
又右関税法の第七十四条第一項、第七十五条、第七十五条の二の第一項但書、第七十六条第一項但書、第七十六条の二の第一項但書の各規定によると、罰金刑の多額は違反貨物の原価を基準とする趣旨の規定を設けているから、右没収、追徴のためのみならず罰金刑を科するためにも必ず違反に係る貨物の原価(船舶についてはその価格)を確定し、之を判文上明かにすべきであることは之等の規定の趣旨よりして明かである。
然して右没収、追徴の規定は刑法第十九条第十九条の二の特別規定であつて、裁判官の裁量に任かされたいわゆる任意没収、任意追徴ではなくして、必要的没収、必要的追徴であるから、没収すべきものは必ず没収し、没収すべき場合であるのに没収することの出来ないときは、必ずその原価又は価格に相当する金員を追徴しなければならないわけである。
然るに原判決を見ると、判示第一の一、二及び同第二の一、二の密輸入の各事犯について何等の没収又は追徴の言渡をしていないし、又判示第一の一及び同第二の一(判文中別紙第二表とあるは恐らく別表第一号の誤りならん)の各密輸出の貨物(但別表第一号の六は除く)についてはその原価を確定して記載するところがない。
又記録を精査しても密輸出に係る貨物はともかくとして、密輸入に係る貨物については、いずれが押収され、いずれが押収することが出来なかつたものであるか、いいかえれば没収に係るものが存在したか否かも明かでなく、又密輸出入の用に供した船舶の価格はもとよりその行衛すら知る由もない。
更に又原判決の適用法条を見るに罰条としては前記関税法の第七十六条を掲げるのみで原価の如何によつて多額を異にした罰金刑を定めている同条の本文と但書のいずれの罰条を適用したのかも明かでない。
(二) 密輸出入貨物の原価(船舶についてはその原価)を確定して判文上に明記し、記録上押収貨物と然らざるものとの種類、数量を明かにすることは、右に説示した如く、没収、追徴の処分上絶対的に必要であり、特に貨物の原価は罰金に関する罰条を定める基準ともなるわけであるから、之等を確定して判文上に明かにし、没収すべきものは必ず之を没収し、没収すべき場合であるのに没収することの出来ないものについては、必ずその原価若くは価格に相当する金員をすべての犯人から各々その全額を追徴し、又罰金刑については如何なる多額の罰金額のものであるか、その適用法条を明かにすべきであつた。
然るにこと茲に出でなかつた原判決は理由不備、審理不尽の違法を犯したか、又は法令の解釈適用を誤つたもので、此の結果は判決に影響を及ぼすことが明かであり、原判決は此の点に於ても破棄を免れないから、双方のその余の各論旨(量刑不当)に対する判断を加えない。
(裁判長判事 宮本誉志男 判事 浅野猛人 判事 三好昇)