大判例

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広島高等裁判所岡山支部 昭和29年(う)218号 判決

論旨(検察官)は、原判決には判決に影響を及ぼすことの明かな事実の誤認があるとし、其の理由とするところは、原判決は、被告人今田が起訴状に記載してあるが如き職務に従事していたことは認められるが、被告人今田と同山口との間の金員授受の点に関する被告人両名の司法警察員、検察官に対する各弁解録取書及び各供述調書、(但各自白の記載あるもののみ)裁判官の被告人両名に対する各調書、被告人両名の各上申書の記載内容は容易に措信し難いとし、更に之に符合する青江嘉吉、物部忠一、長尾高明、依田豊、松岡茂、水島正雄、湯浅実などの各検察官調書等の供述記載をも排斥し、その他之を認めるに足る適格な積極的証拠がないものとして無罪の言渡をしたのであるが、その供述又は記載内容が措信し難いとして排斥さるべき相当な理由はなく、これらの証拠の排斥は恣意に基かざれば経験則その他の採証法則に違背し、延いては事実を誤認したものであるというにある。

よつて、訴訟記録を精査し、所論について検討を加えると、

第一に、被告人今田は司法警察員平尾清次作成の弁解録取書(記録四九一丁)検察官の昭和二十六年十二月十五日付供述調書(記録五三九丁以下)及び原審公判廷に於ける供述に於ては公訴事実をすべて否認しているのであるが、原判決が措信し得ないとして掲げている同被告人の第一乃至四回司法警察員調書、前記否認の分を除く各検察官調書及び弁解録取書、裁判官調書、各上申書に於ては被告人は本件犯行のすべてを自供又は自認している。

第二に、被告人山口は原審第一回公判期日に於ては本件犯行を否認しているが、同被告人の司法警察員及び検察官の各調書並に各弁解録取書、各上申書、裁判官調書、原審十回及び第十五回の各公判期日に於ける供述によると、同被告人も亦本件犯行のすべてを自供し、同被告人が各関係人から受領した金の中から起訴状記載の如き趣旨に於て、之に記載してある如き金員を、その都度被告人今田に手渡したことを認めている。

(右両被告人の自供の内容の要旨は検察官が論旨に於て列記しているところであるからすべて之等を省略する)

第三に、各関係人の供述するところを見ると、物部忠一、長尾高明、依田豊、松岡茂、水島正雄の司法警察員及び検察官の各調書、湯浅実の司法警察員及び検察官各調書、裁判官調書、始末書(記録四八六丁以下)及び上申書を綜合すると物部、長尾、依田、松岡、水島等が自動車の運転免許を得るについて湯浅実を通じて湯浅豊、被告人山口から自動車の運転免許の試験を受けるについて指導を受けたり、試験については被告人山口を通じて試験官に便宜の取扱方の運動をして貰うことについての謝礼や運動費の意味で分配の処分を任かされて一人に付各二回に合計八千円乃至一万円の金が右物部以下の各受験者からそれぞれ先づ湯浅実に手渡され、次いて同人から湯浅豊、被告人山口に(更に前段に記載した証拠によつて被告人今田に)分配手渡されている旨を自供し又は自認をしてをることが認められる。

然して之等の自白又は自認の記載がはたして措信するに足るものであるかどうかについて検討すると、

第一に、被告人山口は元警察部に勤務し、自動車の運転免許の試験官として、かつては被告人今田の先輩であり、師弟の関係もあつて、被告人今田に対しては同人の担当する自動車の運転免許の試験についても便宜の取扱を依頼し易い関係にあつたこと、

第二に、湯浅実は右物部以下の各受験者が試験準備の指導を受けるについて同人等を湯浅豊及び被告人山口に紹介したものであるが、他面被告人山口の前記の関係を知り、同人を通じて試験官に試験について便宜の取扱をして貰う趣旨に於てその間を斡旋したものと認められること、(記録四四〇丁裏九項同四五一丁裏参照)

又事実に於ても右物部以下の受験者以外の者についても、同様の関係に於て便宜の取扱方の斡旋をしていること、(青江嘉吉の検察官調書)

第三に、物部以下の各受験者が証人として原審公判廷に於て供述したところによると、いずれも試験官に対する依頼と運動費の贈賄の意思を否認しているのであるが、前記の金員を湯浅実に手渡すとき、金を入れた封筒に住所氏名を書き又は紙片に之を書いて渡した理由を如何に解すべきであらうか。即ち、湯浅実、湯浅豊、被告人山口に対する日当謝礼のみの意味であるならば、殊更住所氏名を記載して渡す必要がいずこにあるであらうか。

これ未知の試験官に便宜な取扱を受けるために、特に住所氏名を知つておいて貰う必要があるからによるものと解し得ないであらうか。更に又金を受験直前と試験合格後との二回に半分宛に分割して渡した意味はどうであらうか。同人等が公判廷に於て云うが如く指導を受けたことに対する日当や謝礼であるとするならば、合格不合格に拘らず支払うべきものではあるまいか。又特に試験直前と合格決定の後とに分割すべき理由は見当らないのではあるまいか。これ即ち試験合格のための関係者への運動費(指導のための日当謝礼をも含めて)と合格に対する成功謝礼の意味に解し得ないであらうか。

松岡茂の検察官調書(記録四九〇丁裏八項)に「一回目に落ちた時私は湯浅が金を試験官に渡さずに勝手に使つてしまつたのではないか、騙されたなあと思いましたが、二回目に合格しましたので最初の話通り試験後の四千円を湯浅の所へ持つて行つたのです」とある点は右の推測を裏付ける一つの証左とはならないであらうか。

かく証拠を検討すると前記物部以下の受験者即ち贈賄者と目せられる者が司法警察員及び検察官の面前に於て、いずれも試験官に頼んで貰うため、一部は試験官に渡るものであることを意識しながら金を湯浅実に渡したとして贈賄の意思のあつたことを明かにしている供述は、公判廷に於ける之に反する供述に比してより信用すべき特別の情況があるということができる。

更に又之等の証拠と被告人今田、同山口の前にあげた自白調書及び自認の記載並に之に符合する湯浅実に関する原判決引用の各供述調書及び調書とを対照して検討すると、いずれもその主要な部分に於てそれぞれ符合して間然するところがなく等しく措信するに足る特別の情況にあるものと認められる。

被告人今田の弁護人は同被告人等に対する司法警察員の取調べは過酷を極め且誘導尋問によつて自白せしめられたものの如く主張しているのであるが、斯くの如き事実の存在したことを認め得べき証拠は発見し難いのみでなく、前記の如く諸般の証拠と対照するときは被告人等の自白が真実に反し、任意になされたものではないと認むべき根跡は発見することはできない。

彼是綜合すると本件公訴事実は之を認定して有罪の判断をなし得るのではあるまいか。

然るに原判決は前記所論の如く被告人の各自白調書、自認の各上申書などの記載はすべて措信し得ないとして排斥し、更に之等の自白に主要な部分に於て符合する物部、長尾、依田、松岡、水島、湯浅(実)等の各供述調書及び調書によつても到底金員授受の事実は認め難いとして無罪の言渡をしてをることは原判決書に明かである。

もとより、証拠の取捨選択並に価値判断は原審裁判官の自由なる心証によるべきところではあるが、然し裁判官の専断恣意に任かされているわけではなくして条理、経験則その他の採証の法則に違背することは許されない。

従つて公訴事実を認定し得べき一応の形式的証拠が存在するも之を排斥する場合に於ては、之を排斥して採用し得ない所以について説示し、以て採証の法則に違背しないものであることの合理的根拠を明かにすべきである。

若し之を単に措信し得ないとして排斥するのみで、之を排斥するに至つた所以について説示を必要としないとするならば、勢い裁判官の専断恣意を容れ易いのみでなく、当事者主義を基調とする刑事訴訟手続の現在の構造の下に於ては訴訟の当事者は遂には立証責任を果すことを得ないであらう。

かく解すると原審が公訴事実を認めて有罪の判決をなし得べき多くの形式的証拠が前記の如く存在するに拘らず、之を単に措信するに足らずとして排斥するのみで、如何なる理由によつて排斥したのか、その由来するところを明かにせずして直に無罪の判決をしたのは理由不備の違法を犯したか、はた又証拠の取捨選択並に価値判断を誤つて事実を誤認したかの違法を犯したものであつて、此の結果は判決に影響を及ぼすことが明かであるから、原判決は破棄を免れない。

検察官の論旨は理由がある。

(裁判長判事 宮本誉志男 判事 浅野猛人 判事 三好昇)

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