広島高等裁判所岡山支部 昭和30年(う)200号 判決
所論の要旨は原判決は罪となるべき事実を認定するについて検察官に対する被告人の第一回乃至第三回供述調書及び塩山寿の第五回及び第六回供述調書の各謄本を証拠として採用しているけれども、之等の供述調書の謄本を証拠とすることに対しては、弁護人に於て異議の申立をしているのである。検察官に対する供述調書の謄本は当事者に異議のない場合でなければ証拠能力はないのであるから、原判決には証拠能力のない謄本を証拠に供した違法があるというのである。
記録を取調べるに原判決が所論の供述調書の各謄本を証拠として採用していること、被告人の検察官に対する第一回乃至第三回供述調書の謄本に対しては原審第三回公判期日に於て検察官より取調べを請求したのに対し(刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号に該当するものとしたのは誤りと認む)弁護人はその内容に於て任意性がないとして証拠とすることに対して異議の申立をしてをり、塩山寿の検察官に対する第五、六回供述調書の各謄本に対しては原審第九回公判期日に於て検察官より同人が死亡した故を以つて刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号に該る書面として取調べを請求したのに対し、弁護人は何等の意見を述べることなく証拠調がなされてをることを知ることが出来る。そこで先づ右のような供述調書の謄本に対する証拠調について同意あれば格別、異議の申立があつた場合に於ては之等は証拠能力を有しないものであるかどうかについて検討を加えると、前記被告人の検察官に対する供述調書の原本は刑事訴訟法第三百二十二条第一項の書面に該り、塩山寿の同上供述調書の原本は刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号の書面に該るものであることはいうまでもない。然して之等に該当する書面はいずれも供述者の署名若しくは押印のあることが要件とされている。然るに論旨指摘の右供述調書の謄本にはいずれも供述者の署名もなければ押印もないのであるから、形式上は前記条項に該当する書面ではないかの如き観がある。
然しながら前記の謄本はいずれも作成権限のある検察事務官がそれぞれの原本にもとづいて作成し、之に謄本である旨の奥書をして署名捺印した書面であるから、一私人の作成した書面と異つて反対の証明がない限り原本と同一の内容の書面であることについては公信力を有してをり、しかも右各謄本によると、その原本にはいずれも各供述者の署名捺印のあることも明記してをるのであるから、被告人の供述調書の原本については刑事訴訟法第三百二十二条に、塩山寿の供述調書の原本については同法第三百二十一条第一項第二号にそれぞれ定められている他の要件を具えている場合に於ては、それぞれ証拠能力を有してをるものであるから、之等の原本と実質的に何等異るところのないそれぞれの謄本も亦証拠能力を有するものと解するを相当とする。
そこで、被告人の右供述調書の内容を検討すると、それは被告人の自白を記載したものであり且それが任意になされたものでないとは認め難く、又塩山寿の供述調書は同人が死亡したというからには、同法第三百二十一条第一項第二号に定める要件を具えているから同規定にもとづいて証拠能力があることとなるから、仮りに之等の取調べに当つて弁護人が異議を述べたとしてもそれは何等の効力もなく、原審が之等の謄本の供述記載をとつて以つて証拠としたとしても何等違法の点はない。
従つて原判決摘示の事実は原判決挙示の証拠によつて優に之を認定することが出来るから所論のような違法もなく又その証拠の取捨選択に採証の法則に違背する点も認められない。
論旨は採用し難い。
(裁判長判事 宮本誉志男 判事 浅野猛人 判事 菅納新太郎)