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広島高等裁判所岡山支部 昭和30年(ナ)2号 判決 1955年10月14日

原告 木村躬年

被告 岡山県選挙管理委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「昭和三十年四月三十日施行の岡山県児島郡郷内村議会議員一般選挙における原告の当選の効力に関する訴外谷田強志の訴願に対し、昭和三十年七月十四日被告のなした裁決はこれを取消す、前項の選挙における原告の当選は有効なることを確認する、訴訟費用は被告の負担とする、」との判決を求め、

其の請求の原因として、原告は請求の趣旨記載の選挙において有効得票百十九票を得、訴外谷田強志は有効得票数百十八票を得た結果、昭和三十年五月一日原告は当選、右谷田強志は落選と決定告示された。ところが、右谷田強志は得票の計算に誤があるとして昭和三十年五月四日郷内村選挙管理委員会に対して原告の当選の効力に関する異議の申立をしたが、同月二十日同委員会からこの申立棄却の決定を受けたのでこの決定を不服として更に同月三十一日被告に訴願した結果、被告は谷田強志の有効得票数を百二十票、原告の有効得票数を百十七票と算定し、同年七月十四日前記決定を取消し、原告の当選は無効なる旨裁決し、同月二十二日告示した。

しかしながら、被告のなした右裁決は左記の理由によつて不当である。

(一)  原告の得票中

(1)  「藤」又は「茅」の字を書きかけてこれを抹消して「木」と書いたものは原告に投票する意思で「木村」の「木」を書いたものと認めるべきであり

(2)  「シ」と書いたものは原告は通称を「ミト」と呼ばれているからこれは原告に投票されたものと認めるのが正当であるからいずれも原告の有効得票としなければならないのにかかわらず、被告はいずれもこれを無効としている。

(二)  右谷田強志の得票中

(1)  「たにた。」と書いたものは普通に慣行せられている句点と違つて左側に寄つて附せられているのであるからこれはいわゆる他事記載に当るのにかかわらず被告はこれを右側に附せられた普通慣行の句点であるかのように解している。

(2)  「クニタ」か「リニタ」か判読に苦しむものがあるのに被告はこれを「タニタ」と記載するところを「クニタ」に誤記したものと認めるのが相当であると認めて以上をいずれも右谷田強志の有効得票としている

しかし、右裁決はいずれも公職選挙法第六十八条第一項第五号ならびに第七号の規定の解釈適用を誤つたものであつて、右の如く原告の有効得票数は百十九票であり、右谷田強志の有効得票数は百十八票となることは明かであるから原告は前記選挙において当選したことは確実といわなければならない。

そこで、原告は被告に対して、前記裁決の取消と原告の当選の有効確認とを求めるため本訴に及んだ。と述べ被告の答弁に対して、前記選挙の候補者中に古市歳太郎というものがいたこと及び「クニタ」と称するものがいなかつたことは認める、と述べた。

被告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁として、原告の主張の如き経過でその主張のような裁決がありこれが告示されたことは認めるが、投票の効力に関する原告の主張は否認する。

(一)、原告の得票中、(1)原告が「藤」又は「茅」の字を書きかけてこれを抹消して「木」と書いたと主張するものは、ほぼ「」のように記載されていて如何なる文字を記載したか全然不明で到底判読できない故無効の投票である。(2)「シ」と書いたものは「ミト」とは認められないし、これを「トシ」と解しても候補者中に古市歳太郎というものがいるので右投票は両者のうちいずれに投票したものかを確認し難いから無効の投票である。

(二)、谷田強志の得票中、(1)原告主張の「たにた。」と書いた投票はなく、ただ、「たにた。」と書いたものがある。しかも、「たにた。」と書いたものは普通慣用の句点を誤つて記載したにすぎず他事記載とは認められない。(2)原告が「クニタ」か「リニタ」か判読に苦しむものと主張するものは明かに「クニタ」と記載され、「リニタ」ではなく、しかも候補者中にも一般選挙人中にも「クニタ」と称するものはないから「タニタ」の誤記と認められる。故に右二票は谷田強志の有効投票とすべきである。

以上の次第であるから原告の有効得票数は百十七票、右谷田強志の有効得票数は百二十票と算定せられるから被告のなした前記裁決には誤りはない。と述べた。

(証拠省略)

理由

原告が其の主張のような経緯で被告から原告主張のような裁決を受けてこの裁決が告示されたことは当事者間に争がないから、原告には百十七票、訴外谷田強志には百十八票の各有効投票があつたこととなるわけである。

そこで本件係争の四票について有効か無効かを判断する。

(一)(1)  本件係争の投票であることに争がない検甲第一号証によると、この投票は「」とあつて、全く文字の体をなしていないので「藤」「茅」を書きかけてこれを抹消して「木」を書いたものとはとうてい認められない。従つてこれは公職選挙法第六十八条第一項第七号によつて無効といわなければならない。

(2)  同検甲第二号証によると、この投票は「シ」と書くつもりであつたことは推測されなくもないが、「トシ」の左文字又は「ミト」の逆字とは到底認められない。しかるに本件選挙の候補者中古市歳太郎なる者がいたことは当事者間に争がないから、結局右投票も亦前記第六十八条第一項第七号によつて無効といわなければならない。

(二)(1)  同検甲第三号証によると、この投票は「たにた。」と書いてあるのではなく、「たにた。」と書いてあることが認められる。しかも右「。」は其の位置、形状、筆勢等から見て氏を書き終つた際下部に打たれる習慣上の句点と認めるのを相当とするからいわゆる他事記載には当らない。従つてこの投票は右谷田強志の有効投票と認むべきである。

(2)  同検甲第四号証によると、この投票は明かに「クニタ」と書いたもので「リニタ」と書いたものでないことが認められる。しかも、前記選挙の候補者中には「クニタ」なる氏を称する者がいなかつたことは当事者間に争がなく、成立に争のない乙第一号証、証人尾崎熊男の証言によると選挙人中にも「クニタ」又は「リニタ」という者がいないことが認められるから、右投票は選挙人が谷田強志に投票する意思で「タニタ」と書く際誤つて「クニタ」と書いたものと認め同人の有効投票と解するのを相当とする。

そうすると、前記選挙における原告の有効得票数は前述の百十七票に止るのに反して、谷田強志の有効得票数は前述の百十八票に右二票の有効投票を加えれば計百二十票となるから原告が落選することとなることは明白といわなければならない。従つて前記裁決は相当であつて原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅芳郎 高橋雄一 三好昇)

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