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広島高等裁判所岡山支部 昭和31年(ナ)1号 判決 1956年11月30日

原告 藤沢鹿太郎 外二名

被告 岡山県選挙管理委員会

主文

昭和三十一年三月三日被告が昭和三十年十月二十四日施行の金光町議会議員一般選挙についてした裁決はこれを取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨。

主文と同旨の判決を求める。

第二、請求の原因および被告の主張事実に対する認否。

一、昭和三十年十月二十四日岡山県浅口郡金光町町議会議員一般選挙が施行されたが、訴外中島保一、大橋薫雄、井上三佐雄の三名はこれに関し同年同月二十八日同町選挙管理委員会(以下町選管と略称する)に「当選は無効であるから再選挙せられたい」との異議の申立をしたところ、同年十一月十九日、異議申立棄却の決定を受けたので、その決定の取消を求めるため、同年十二月六日、被告に対し訴願を提起し、昭和三十一年三月三日、被告は右決定を取り消し、右選挙を無効とする旨の裁決をして、同月九日、その告示をした。

二、しかし右裁決には次に述べる様な違法があり、取消を免れない。

(イ)、右裁決の対象は町選管がした異議申立棄却決定において判断された事実、換言すれば町選管に対する異議申立事実であるべきことは多言を要しない。ところで、右異議申立の内容は、町選管が金光教学院生徒のうち親許から離れて金光町に来ている堤正俊外七十八名につき金光町に住所があると認め補充選挙人名簿登録申請期間経過後の登録申請を許容して右名簿に登録したことの違法を主張する趣旨である。

即ち、選挙の管理執行に関する手続規定の違背を主張するものではなく、投票数も明であるところからこれは当選の効力に関する異議の申立と解すべきであつて、選挙の効力に関する異議の申立と解すべきではない。従つて原裁決は当選人の範囲に異動を及ぼすかどうかを判断すれば事足りたのに、これを逸脱して本件選挙それ自体を無効と判断した。即ち申立以外の事項について判断した違法がある。

(ロ)、原裁決に依れば、被告は本件訴願を受理するやその理由に示す如く、「書記をして町委員会委員長及び書記その他関係人の供述並びに本件選挙に関する書類につき調査せしめ」たのであるから、この調査の結果が選挙を無効と断じた資料となつたことは明瞭である。ところが公職選挙法(以下法と略称する)第二百十六条訴願法第十三条によると、訴願の審理は訴願庁が必要と認める場合を除き原則として書面審理であるものと解されるから、右の様に関係人の供述を徴したり、関係書類を調査することは訴願の審理および証拠収集として法律の規定するところを逸脱した方法である。ましてそれが被告自ら行つたのではなく、被告がその書記をして行わしめたというに至つては、権限のない者の証拠調として違法の度は更に甚しい。か様にして違法の審理に依る資料に基く原裁決は違法たるを免れない。

(ハ)、本件選挙の補充選挙人名簿はこれを町選管が昭和三十年十月二十二日調製した。ただその書記をして調製に事実上助力させただけである。即ち町選管は右名簿調製現在期日を同年十月十四日、登録申請期日を同月十六日、名簿調製期限を同月十八日、縦覧期間を同月十九日から二十日まで、異議決定期限を同月二十二日、確定期日を同月二十三日と定めて告示した。町選管は右登録申請期間内に二十七名の登録申請を受理したが、故らこれについて名簿を調製期限までに調製しなかつた。というのは、調製しても、それに洩れた者は十月二十日までに異議の申立ができ、異議の申立が理由あればいちいち名簿を修正しなければならない煩雑さがあつたからである。しかし、その代りに、右二十七名分とその後二十日までに申請のあつた分とを一括して、基本選挙人名簿(登録数六千九百五十一名)、衆議員議員選挙の際の補充選挙人名簿(登録数九十九名)、県議会議員選挙の際の補充選挙人名簿(登録数七十二名)、町長選挙の際の補充選挙人名簿(登録数二十六名)と共に前示縦覧期間中縦覧に供し、以て名簿を調製して縦覧に供したと同じ効果を挙げた。この様にして、十月二十日を最後に受理し、かつ、縦覧に供した登録申請書に基き同月二十二日名簿を作成し、翌二十三日確定したのである。か様な取扱は、選挙制度における登録申請期間および名簿縦覧の有する意味に鑑み、敢て違法と目すべき程の瑕疵ではない。それを原裁決は(1)右名簿を以てその調製権限のない町選管書記の調製にかかるものとして、(2)登録申請期間経過後の申請を受けつけたもので右補充選挙人名簿が期限内に調製されない、(3)したがつてそれは縦覧に供されなかつたもので違法であるとしたことは誤りである。

(ニ)、仮に如上(ハ)の主張が理由がないとするも、それによつて本件選挙の結果に異動を及ぼすおそれがないから、選挙を無効とすべきではない。即ち登録申請期間経過後の登録申請者は総て選挙権を有する者であつたので、たとい町選管が登録申請を受理しなかつたとしても、それに異議を申し立て、申立が理由があれば名簿に載せることとなり、当然投票ができることとなるのであつて、本件の様に登録申請を受理したことと同じ結果になるからである。この点でも原裁決は違法である。

(ホ)、尚本件選挙における立候補者、当選者、落選者の氏名および各その得票数が被告の主張のとおりであることは争わない。

第三、被告の答弁。

一、「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求める。

二、原告主張事実第二、一はこれを認める。

三、同第二、二、(イ)に対し。

本件異議申立の内容が原告主張の如くであることは認めるが、それは結局選挙の執行が公正を欠く趣旨であつて、特定の者が当選人と決定されたことを無効とするというのでもなく、当選人でないと決定された者が当選人であるというのでもないから、選挙の効力に関する異議の申立であつて、当選の効力に関する異議の申立ではない。仮に当選の効力に関する異議の申立であるとするも、異議申立棄却の訴願に対する裁決において選挙を無効とすることは法第二百九条により許されるところである。孰れにせよ原裁決には原告主張の違法は存しない。

四、同第二、二、(ロ)に対し。

本件訴願の裁決に当り、被告委員会の書記をして原告主張の如き調査をさせたことは認めるが、それは選挙事件が公益的性質を有するところから、職権で相当の手段を尽して証拠を収集し、事実の判断をする必要があるからにほかならず訴願法第十三条に規定する訴願審理の方法を逸脱するものではない。被告がそれ等を資料として裁決したからといつて、その裁決が違法であるということはない。

五、同第二、二、(ハ)に対し。

本件補充選挙人名簿が、原告主張の如き経過で作成されたことは認めるが、ただ町選管が名簿調製の事務をその書記に一任し、委員会を開いて調製につき審議したことがないのみならず、登録申請期間経過後の申請を受けつけて作成したことにつき原告主張の様な事情があつたとしても、公益上の立場から形式を重んずる法の趣旨に反するものと言わなければならない。従つて右名簿は法第二十六条第一項に違反して権限のない者の作製にかかる不適法のものであり、又、町選管の右措置は選挙の管理、執行に関する規定の違反であるから、この点に関する原裁決に違法はない。

六、同第二、二、(ニ)に対し。

本件登録申請期間経過後の登録申請者数は百七十四、登録申請書に日附のないもの、従つて期間経過後の申請であるかどうか不明のものは八十五あるから、これに期間内に申請した者の数二十七を加えて、合計二百八十六名分については町選管が適法に補充選挙人名簿を調製しないこととなる。このうち二百六十六名が投票したけれども、これを本件選挙の立候補者二十八名の各得票数および当落が別紙のとおりであること、ならびに、最下位当選者と次点者との得票数の差が七票に過ぎないことを彼此考量するときは、町選管の前示違法は選挙の結果に異動を及ぼす虞のあることが明瞭である。

第四、立証。<省略>

理由

原告主張の第二、一の事実は被告の認めるところである。そこで本件裁決に同第二、二の(イ)ないし(ニ)の違法があるかどうかについて判断する。

(イ)、本件裁決の申立以外の事項につき判断した違法性の有無。

法第二百九条によれば当選の効力に関する異議の申立または訴願の提起があつた場合においても、その選挙が法第二百五条の場合に該当するときは、当該選挙管理委員会は、その選挙の全部又は一部の無効を決定しまたは裁決しなければならないのであるから、たとえ本件異議の申立または訴願の提起が当選の効力を争うものであつたとしても、被告が本件選挙を無効と裁決したことには原告主張の如き違法はない。

(ロ)、本件裁決の事実認定資料の違法性の有無。

選挙争訟の訴願の審理に関しては法第二百十六条により訴願法第十三条が準用されるところ、同条によれば、訴願の審理は訴願庁が必要と認める場合を除き原則として口頭審問をすることなく、書面審理に依るべきことを規定しているだけで証拠調の範囲や限度などについて何等規定するところがないけれども、行政事件訴訟が民事訴訟の原則に従つて口頭弁論主義により審理されることと対比すれば、訴願の手続では職権審理主義により裁決庁が職権を以て処分庁に対し必要な書類の提出を求め、又は、参考人の供述を徴する等の方法により証拠資料を収集し得るものと解するのを相当とする。本件訴願の審理に当り被告がその書記をして町選管委員長、書記、その他の関係人から事実を聴取しまたは関係書類を調査せしめこれを資料として裁決したからといつて何等違法ではない。

(ハ)、本件補充選挙人名簿の効力。

町選管が右名簿調製現在期日、登録申請期間、名簿調製期限、縦覧期間、異議決定期限、名簿確定期日をそれぞれ原告主張のとおり定めて告示したが、右登録申請期間中に登録申請のあつた二十七名についても名簿を調製しなかつたことは当事者間に争がない。原告は補充選挙人名簿はこれに関する異議決定期限である昭和三十年十月二十二日調製されたというのである。したがつて本件補充選挙人名簿は告示の期限である同年十月十八日までに調製されず、告示の期間に縦覧に供されることもなかつたわけである。これに対し原告は、告示の期限までに名簿を調製しても脱漏や誤載を理由として同月二十日までに異議の申立ができ、それが理由があればその都度名簿を修正しなければならない煩雑さがあるので、これを避けるため右二十七名分とその後二十日までに申請のあつた分とを一括してその申請書を、告示した期間の十月二十日までの間縦覧に供し、これによつて名簿を調製して縦覧に供したと同じ効果を挙げたと主張する。しかし選挙人名簿というからには法施行規則第一条所定の様式に則り市町村選挙管理委員会が調製したものであることを要し、たとえ暫時の間にもせよ単なる選挙人名簿登録申請書の綴を以てこれに代えることはできないものといわねばならぬ。そして選挙管理委員会が調製するとは、名簿の事実上の作成は書記がこれにあたつても、その最後の決定は委員会の審議を経ることを要するものと解すべきである。いま本件の場合をみると、町選管が右名簿を調製したことを認め得る証拠はない。却つて、当裁判所が真正に成立したと認める乙第九号証に証人吉田静夫、渡辺真一の各証言を綜合すると、町選管は本件選挙の施行に当りその所管事務について昭和三十年九月三日、十月十日の二回に亘り委員会を開き、前者においては、前記告示の諸要件を定め、後者においては、投票管理者や投票事務従事者等を決め、委員長吉田静夫からこれ等の者に対し投票および開票に関する注意事項を指示したにすぎず、町選管主任書記渡辺真一は十月二十一日頃右吉田静夫に対し二十日までに申請された登録申請書を見せ、委員山田信治に対してはその頃右申請の実状を告げ、委員瀬良利忠吉に対しては選挙の前日までに一、二回右登録申請書を見せたこと、委員長吉田静夫は右委員両名が登録申請書を査閲していることと思い、名簿の調製および確定に関する委員会を敢て開くに及ぶまいと思つたため、名簿の調製および確定を書記に一任し、前示期日以後名簿の調製および確定を審議すべき委員会を開いたことがなく、わずかに十月二十三日に至り名簿が書記により作製されていたのでこれを確定する意味で巻末に所定の押印をしたことを認め得る。従つて右名簿は調製権限を有する町選管の調製にかかるものとはいい難く、無効のものと解せざるを得ない。かりにそれが各町選管委員の審議を経、したがつて、町選管において調製された名簿であるとしてもそれは期限までに調製されなかつたのみならず縦覧にも供されなかつたのであるから法第二十六条第三項第二十七条第一項に違反し、本件補充選挙人名簿はその効力がない。

(ニ)、本件選挙の効力。

法第二百五条によれば「選挙の規定に違反することがあるときは選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合に限り」、選挙を無効とすべき旨が定められている。そして無効と定まれば再選挙が行われるのであるから、「選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合」とは選挙の規定違反と選挙の結果との関連が不明であつて、再選挙の方法によるのでなければその結果を是正できない場合をいうものと解するのを相当とする。ところが本件選挙の場合においては前記乙第二号証によれば本件無効の補充選挙人名簿による投票数は二百六十六で、その数は確定しているのであつて、しかも当事者間に争のない全有効投票総数六千三百九十の約四パーセントにすぎないのであるから、かような場合にはいわゆる潜在無効投票として、当選訴訟の原因となるのは格別、選挙無効の原因とはなりえないものと解するのを相当とする。したがつて本件選挙が無効であるとする原裁決は違法であつて取消を免れない。

されば原告の本訴請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅芳郎 高橋雄一 菅納新太郎)

(別紙省略)

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