広島高等裁判所岡山支部 昭和32年(ネ)3号 判決 1958年3月17日
控訴人 被告 常森高美
訴訟代理人 植木昇
被控訴人 原告 牧田幸一
訴訟代理人 河原太郎
主文
原判決を左のとおり変更する。
控訴人は被控訴人に対し金三十万円およびこれに対する昭和三十二年十二月二十一日から支払のすむまで年五分の割合による金員を支払うこと。
被控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は一、二審を通じこれを十分し、その一を被控訴人の、その九を控訴人の負担とする。
この判決は金十万円の担保を供するときは右第二項にかぎり仮に執行することができる。
事実
控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する」との判決を求めた。
当事者双方の主張と立証は
被控訴代理人において
一、控訴人、被控訴人間の本件建物に関する売買契約成立当時、本件建物は訴外川上村の所有であり、控訴人の所有ではなかつたもので、被控訴人もそのことを知りながら之を買受けたものであるが、控訴人において訴外村に対し買受代金の支払をとどこつたため、訴外村は昭和二十九年三月十六日控訴人に到達した意思表示で、同月二十五日を期限とする代金支払、ならびにその不払を条件として契約を解除すべきことを告げたが、控訴人がこれに応じなかつたので、右期限の経過と共に売買契約が解除され控訴人は訴外村から本件建物の所有権を取得してこれを被控訴人に移転することができなくなつたものである。従つて控訴人の被控訴人に対する所有権移転の不能は、控訴人の責に帰すべき事由によるから、被控訴人は民法第五六一条本文並びに同法第五四三条により本訴――昭和三十二年十二月二十日の口頭弁論――で控訴人との間の売買契約を解除する。
二、被控訴人は
(イ)、右解除による原状回復としてさきに控訴人に支払つた売買代金十七万五千円の返還
(ロ)、控訴人から本件建物の所有権の移転を受け得なかつた結果、訴外西尾建夫から受け取るべき本件建物の売却代金三十万円と控訴人に支払つた前示十七万五千円との差額十二万五千円の「得べかりし利益」を失つたが、控訴人は被控訴人との売買契約成立当時、被控訴人が転売するかも知れないことを予見し得た状態であつたので、その損害の賠償
を求める。
三、被控訴人は、本件建物が控訴人の所有に属しない(訴外川上村の所有に属する)ことを知つて、これを控訴人から買い受けたが、しかし、控訴人において被控訴人から受領した十七万五千円の代金を訴外村に支払えば、訴外村から本件建物の所有権を取得して、これを被控訴人に移転することができた筈であるのに、控訴人はそれをしないため訴外村から売買契約を解除せられ、結局被控訴人をして訴外西尾建夫に本件建物の所有権を移転することを不能ならしめた。このような事情は被控訴人に民法第五六一条但し書の適用を排除するものである。
四、乙第一、二号証の成立を認める。
と述べ、
控訴代理人において、
一、(イ)、控訴人は訴外川上村から金十七万円で本件建物を買い受けた昭和二十八年九月十六日その内金五万七千円を、同年九月二十四日その内金五万円を、支払い、残額六万三千円については、訴外村から同年十月二十二日通称鷲ケ仙山林の杉立木を落札して買い受けた際、落札保証金七万八千円を訴外村に差し入れており、昭和二十九年二月二十七日、村との話し合いにより、この七万八千円中六万三千円を右売買代金残額の支払に振り替え、則ち、七万八千円の返還請求権と村の六万三千円の請求権とを対当額で相殺し、もつて売買代金全額を支払つた。そして、右昭和二十八年九月二十四日、そうでないとするも、おそくとも右昭和二十九年二月二十七日、本件建物の所有権を取得した。
(ロ)、一方、控訴人は被控訴人に対しおそくとも売買代金全額の支払を受けた昭和二十九年三月一日訴外村から取得した本件建物の所有権を移転した。
(ハ)、控訴人の訴外村に対する売買代金未払はないから、訴外村の控訴人に対する売買契約解除の意思表示は効力を生じない。
仮に然らずとするも、訴外村は未払残代金は十一万三千円あるとして支払催告したものであるがこれは前示二十八年九月二十四日支払つた五万円の支払を故意に無視してなした催告であるから、その催告に基く解除は解除権の乱用で無効である。
(ニ)、従つて、被控訴人の民法第五六一条本文もしくは同法第五四三条による解除は無効である。
二、仮に、民法第五六一条本文による解除が有効とするも、被控訴人は契約締結当時本件建物が控訴人の所有でなかつた(訴外村の所有であつた)ことを知つていたから、同条但し書により損害賠償請求権を有しない。
三、仮に、控訴人が訴外村から本件建物の所有権を取得してこれを被控訴人に移転することができないとするも、控訴人は被控訴人との売買契約締結当時本件建物が控訴人の所有に属しないことを知らなかつた(控訴人の所有に属すると信じていた)のであるが
(イ)、被控訴人はこれを控訴人から買い受ける当時控訴人の所有でないこと(訴外村の所有であること)を知つていたから、控訴人は民法第五六二条第二項に基き被控訴人に対し単に右建物の所有権を移転することができない旨を本訴――昭和三十三年一月三十一日の口頭弁論――で通知し、売買契約を解除する。それゆえ、控訴人が受け取つた売買代金は返還するが、損害賠償を求められる筋合はない。
(ロ)、又、被控訴人が控訴人との売買契約締結当時本件建物が控訴人の所有に属しないことを知らなかつた(控訴人の所有に属するものと信じていた)とすれば、控訴人は同法第五六二条第一項に基き被控訴人に損害を賠償することを条件として本訴――前示口頭弁論の日――で売買契約を解除する。それゆえ、受け取つた代金を返還し、かつ損害の賠償をする。
四、乙第一、二号証を提出する。当審証人戸田正、法華暉良の各証言および当審における控訴人本人の供述を援用する。
と述べ、
たほか、原判決事実摘示と同じであるから、これを引用する。
理由
岡山県真庭郡川上村川上中学校校舎一棟がもと同村の所有に属していたこと、同村が昭和二十八年九月十六日これを金十七万円で控訴人に売り渡したこと(以下、第一売買と略称する)、ならびに控訴人が昭和二十九年二月二十七日これを金十七万五千円で被控訴人に売り渡し、同年三月一日その代金の支払を受けたこと(以下、第二売買と略称する)は当事者間に争がない。
そこで、控訴人が訴外村から本件建物の所有権を取得してこれを被控訴人に移転することができなかつたかどうか、について判断する。
成立に争のない甲第三号証に当審証人戸田正の証言の一部を綜合すれば、第一売買契約では、控訴人がおそくとも昭和二十八年十月末日までに代金全額を支払うべく、代金全額を支払つた場合に、建物に関する所有権を取得し、之を取壊することができる、というとり決めであつたことを認め得る。この証言中、右認定に反する部分は措信し難い。右第三号証には、昭和二十八年十月末日までに右建物を全部取り除くべく、その期限経過後は理由の如何を問わず建物は無条件で売主に帰属する旨の記載があり、一見、契約成立と同時に控訴人に建物の所有権が移転するとの趣旨なのではないかと、疑わしめる点もあるけれども、右甲号証のその他の記載文言及前掲戸田証人の証言に照し前示記載が、契約成立と同時に控訴人に本件建物の所有権が移転することを特に現わした趣旨とは解し難く、従つて、如上認定と牴触するものではない。そして、右甲第三号証、成立に争のない乙第一、二号証、当審証人戸田正の証言、当審における控訴人本人の供述を綜合すると、控訴人は本件建物買受代金として訴外村に対し、昭和二十八年九月十六日、内金五万七千円、同年九月二十四日、内金五万円、を支払つたこと、ならびに控訴人は昭和二十八年十一月頃訴外村から通称鷲ケ仙山林の立木を落札して買い受け、落札保証金七万八千円を訴外村に差し入れたことを認め得るけれども、昭和二十九年二月二十七日、控訴人と訴外村との話し合いにより、右七万八千円の返還請求権がありその中売買代金残額六万三千円に相当する部分を、売買代金残額の支払に振り替え、もつて、売買代金全額支払済とした旨の控訴人の主張は、一切証拠によるもこれを認め得ない。されば、前段認定の約定期限たる昭和二十八年十月末日までにはもちろん、第二売買成立の日たる前示昭和二十九年二月二十七日(代金完済の日は三月一日)までにも、控訴人は訴外村に対し第一売買の代金全額の支払をしたことは認められない。従つて、右昭和二十九年二月二十七日(または三月一日)当時は、控訴人は訴外村から本件建物の所有権を取得していたことは認められず、換言すれば、本件建物の所有権はいぜんとして訴外村に属していたのである。当審における控訴人本人尋問で、控訴人は、前示昭和二十八年九月二十四日訴外村から本件建物の所有権を取得した旨供述するが、この供述は当審証人戸田正の証言に対比し措信し難く、かつ、右所有権取得の時期が昭和二十九年二月二十七日であるとの控訴人の主張は、これを認めるべき証拠がない。もつとも、当審における控訴人本人の供述によると、控訴人は、第一売買後、第二売買までの間に、右第一売買の目的物である建物の一部を取りこわしたことを認め得るが、当審証人戸田正の証言によれば、訴外村ではやがて控訴人から代金全額の支払を受け得ることを期待し、寛容な態度でこの取りこわしを放任していたに過ぎないことが察知し得られるから、この取りこわしは控訴人が建物の所有権を取得したことの証左とはならない。このような次第で、第二売買成立当時(または代金完済の当時)、訴外村から本件建物の所有権を取得していなかつた控訴人としては、被控訴人に対しその所有権の移転ができるはづはなかつたのである。この認定に反する原審の控訴人本人の供述は措信し難い。そして、総ての証拠によるも、第二売買成立(または代金完済)後になつて、その移転が行われたことは認められない。もつとも、後記のように、被控訴人は第二売買の後に至り本件建物を訴外西尾建夫に転売したが、その際の契約書(甲第二号証)には、本件建物が被控訴人の所有である旨記載されているけれども、単に被控訴人がそのように思つていたに過ぎないものと解すべきであるから、右記載は被控訴人が所有権を取得しないという前段認定と牴触するものではない。ほかに以上の判断を動揺させる資料はない。
そして原審及び当審証人戸田正、原審証人亀山乾の各証言によれば、訴外川上村は第一売買の代金支払約定期限が経過した後も、控訴人が同村の住民であるところから、その期限を特に猶予して待つていたところ、その支払がないので、昭和二十九年三月十六日頃控訴人に対し残代金を同月二十五日までに支払うべく、支払はないときは右売買契約を解除するという通知をしたが、尚も支払はないので同月三十一日村役場の議会協議会の席に控訴人を呼び寄せ、右売買契約を解除する旨を告げて解除し、更に之を他に売却して取りこわしたことを認めることができる。もつとも訴外村は右売買代金の未払残額は十一万三千円であるとするに対し、控訴人は昭和二十八年九月二十四日に支払つた五万円を無視した催告であつたと主張し、しかも右五万円の支払のあつたことは前記認定の如くこれを認めることができるのであるけれども、この程度の誤りは未だ控訴人主張の如くその催告を全部無効とし、これに基く契約の解除を無効ならしめるものとすることはできない。
従つて控訴人と被控訴人との間の第二売買契約成立当時は、本件建物の所有権は訴外川上村に属していたものであり、訴外川上村と控訴人との間の第一売買契約は、控訴人の責に帰すべき事由に因り有効に解除せられ、控訴人は本件家屋の所有権を取得して、これを被控訴人に移転することができなくなつたものといわなければならぬ。
尚控訴人は訴外川上村との第一売買契約が解除せられても、本件家屋の所有権は既にそれより以前に第二売買に因り控訴人から被控訴人に移転しているから、民法第五四五条第一項但書により被控訴人の所有権には何らの影響はないと主張するが、本件家屋の所有権は未だ第一売買によつては訴外村から控訴人に移転せず、従つて被控訴人にも移転していないことは前記認定した通りであるから右主張は採用に値しない。
それゆえ、控訴人被控訴人間の第二売買契約は、民法第五六一条本文第五四三条により、被控訴人が昭和三十二年十二月二十日の口頭弁論でした解除の意思表示に基き、同日かぎり解除されたものである。
進んで、右解除に基く原状回復請求と損害賠償の請求を審按するに、
(イ)、控訴人は被控訴人から受け取つた前掲十七万五千円を返還する義務があることはいうまでもない。
(ロ)、原審証人西尾建夫の証言により成立を認め得る甲第二号証、同証言、原審における被控訴人本人の供述を綜合すれば、被控訴人は昭和二十九年六月十日訴外西尾建夫に対し本件建物を金三十万円で、代金は建物の所有権移転と引換に(甲第二号証の建物引取というのは、建物の所有権の移転と建物の引渡とを含む意味に解される)全額の支払を受ける約旨で、売り渡したこと、ならびに被控訴人はその所有権移転ができないため代金の支払を受けないでいることを認め得る。もし、被控訴人が控訴人から本件建物の所有権移転を受けるならば、被控訴人は控訴人に対しても右不履行をすることはなく、代金の支払を受け得ないことにはなるまいから、被控訴人が代金の支払を受け得ないことは、結局、控訴人の債務不履行に帰するのであつて、被控訴人は、それに因り、訴外人から受け取るべき三十万円と控訴人に支払つた十七万五千円との差額十二万五千円の「得べかりし利益」を失つたわけであり、それだけの損害を被つたことになる。この損害はいわゆる特別事情による損害であつて、債務者がその事情を予見し得べきであつた場合に、その賠償責任を負うものであるところ、原審における控訴人本人の供述によると、控訴人は第二売買の当時被控訴人が本件建物を他に転売するかも知れないことを予見し得た状況にあつたことを認め得るから、控訴人は右損害を賠償する責に任ずることとなるのである。ところが、買主たる被控訴人において、第二売買の契約成立当時、本件建物が控訴人の所有でなかつた(訴外川上村の所有であつた)ことを知つていた事実が、当事者間に争のないところから、民法第五六一条但し書により、被控訴人に損害賠償請求権がないようにも見える。果して、そうであるかどうかを案ずるに、いつたい民法第五六一条本文は、他人の物(権利)の売主の担保責任を定めた規定であつて、ほんらいは、売主がその所有権を取得してこれを買主に移転できないとき、そのことにつき、売主の責に帰すべき事由がなくても、売主は買主から契約を解除され、かつ、損害を賠償する義務を負担していることを定めた規定であるが、ただ買主において、目的物が売主の所有に属していないことを知つていた場合(以下、悪意の場合と略称する)には、買主において履行不能になる可能性も当然予測している筈なので、買主を保護する必要なしとし、売主に損害賠償義務のないことを特に同条但し書で定めたものと解すべきである。従つて買主が善意である場合には、売主に何らの過失かくして履行不能になつたような場合でも売主において損害を賠償する義務を負担することとなるのであるが、しかしその履行不能が売主の責に帰すべき事由に因る場合においては、たとい買主が悪意があつても一般原則である同法第四一五条により売主においてやはり買主に被らしめた損害を賠償する責を負うものと解するのを相当とする。しかして控訴人において本件家屋の所有権を被控訴人に移転することができないのは、前記認定の通り控訴人の責に帰すべき事由に因るものであるから、控訴人はこの不履行により被控訴人に被らしめた前示十二万五千円の損害を、前記五六一条但書の規定にかかわらず、賠償する責に任ずることとなるのである。
更に控訴人は、被控訴人との第二売買契約当時、本件家屋の所有権が控訴人に属しているものと信じていたものであり、被控訴人は売主たる控訴人の所有に属せず訴外村の所有に属していることを知つていたのであるから、民法第五六二条第二項に則り控訴人に損害賠償の責任はないと主張するが、この点に関する当審における控訴人本人の供述は後記証拠に照したやすく措信し難いのみらず、その他の控訴人の立証によつては未だ之を認めるに十分でなく、却て前掲甲第三号証、原審における証人蔵富伊世造の証言、原審における控訴人本人の供述に徴すると、本件第二売買契約当時控訴人も本件家屋の所有権が未だ自己に属しないことを知つていたものと認めるのを相当とするばかりでなく、仮に控訴人主張の如く控訴人が善意であり、被控訴人が悪意であつたとしても右第二売買が履行不能となつたわけが、前掲説示の如く売主である控訴人の責に帰すべき事由によるものである以上、前記五六一条但書の規定につき説示したと同様の理由に基き、民法第五六二条第二項にかかわりなく同法第四一五条に従い控訴人は被控訴人に対しその損害を賠償しなければならない義務があるものと解するから、右主張は採用できない。
又民法第五六二条第一項の規定に基く控訴人の主張は、その主張自体よりして採用に値しないことが明かである。
以上の次第で、被控訴人の本訴請求中前示(イ)(ロ)合計三十万円およびこれに対する契約解除の翌日たる昭和三十二年十二月二十一日から支払のすむまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があり、これを認容すべきであるが、その余の部分は理由がなく、これを棄却すべきである。これと異る原判決はこのように変更されることを免れない。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条本文、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高橋英明 裁判官 有地平三 裁判官 高橋雄一)