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広島高等裁判所岡山支部 昭和38年(ナ)1号 判決 1964年2月24日

原告 井手巳樹夫

被告 岡山県選挙管理委員会

主文

原告の、被告委員会がなした裁決に対する取消し請求を棄却する。

原告の当選確認を求める訴はこれを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「昭和三八年四月三〇日執行の岡山県和気郡佐伯町議会議員一般選挙における当選の効力に関する原告の審査申立てに対し、同年七月二七日被告委員会のなした裁決はこれを取り消す。右選挙における原告の当選を確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

昭和三八年四月三〇日執行された岡山県和気郡佐伯町議会議員一般選挙において、別紙記載の原告ほか三〇名が立候補したのであるが、開票の結果原告の得票数は一一九票、最下位当選者である訴外小田近次郎の得票数は一二〇票ということで、原告はその差一票で落選した。

しかしながら後記のように投票の効力について疑義が少なくないので、原告は佐伯町選挙管理委員会に当選の効力に関する異議の申立てをしたが、同委員会はこれを棄却する旨の決定をしたので、更に被告委員会に審査の申立てをしたところ、被告委員会は昭和三八年七月二七日これを棄却する旨の裁決をした。

一、原告の得票には更に次の二票の有効票を加えなければならない。

(1)、別紙写真Aの「井手<編注:原文は手書き文字>」と記載された投票。 原告は終戦直後より現在にいたるまで佐伯町において乾物等の販売業をしているものであるが、右営業をするについて井手という商号を用い、また選挙運動に使用した自動車の車体にもこれと同一の記号を使つていたので、右「井手<編注:原文は手書き文字>」の氏名の右側に記載した「――」は、傍線であつて他事を記載したものと言うよりも、むしろ原告が右のように使用しているという商号を記載しようとして、「――」と書いたもので、原告の有効票とみるべきである。

(2)、別紙写真Bの「イハフ<編注:原文は手書き文字>」と記載された投票。 「ハフ<編注:原文は手書き文字>」は「手<編注:原文は手書き文字>」の字を崩したものと解しうるので、「イ手<編注:原文は手書き文字>」として原告に対する有効票とみるべきである。

二、小田近次郎の得票中次の八票は無効である。

(1)、別紙写真1の「」、同4の「オダチカジ<編注:原文は手書き文字>」、同5の「小田ちカ<編注:原文は手書き文字>」、同8の「小田近<編注:原文は手書き文字>」と記載された各投票。 右各投票はその記載自体からみて真面目に投票する意図があつたかどうかが疑わしいので、いずれも無効である。

(2)、別紙写真2の「ちカい<編注:原文は手書き文字>」と記載された投票。 右投票はこれを近次と判読することすらも疑問であつて、小田近次郎の有効票とすることはできない。

(3)、別紙写真3の「」と記載された投票。 右投票の「」の部分が当初書きかけた文字を抹消したのであるか、或いは他事を記載したのであるかが明らかでないので無効票と言うべきである。

(4)、別紙写真7の「小田近ち郎<編注:原文は手書き文字>」、同9の「小田近二郎<編注:原文は手書き文字>」と記載された各投票。 右各投票は小田近次郎の氏名の記憶違いか、或いは間違つた文字を使用しているもので、他の立候補者である訴外福円武士の有効票、同焔硝岩富太の無効票と比較して、小田近次郎の無効票と認めるべきである。

そうすると有効得票数が、原告は一二一票であるのに対し、小田近次郎は一一二票となるから、当選者は小田でなくして原告である。そこで原告は被告委員会に対し請求の趣旨記載の判決を求めるため本訴に及ぶと述べ、

被告委員会の「井'文は手書き文字>」と記載された投票に関する主張事実を否認した。

(証拠省略)

被告委員会訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として原告主張の事実は投票の効力に関する部分を除いてすべてこれを認める。原告主張の「井手<編注:原文は手書き文字>」と記載された投票は、他事を記載したものとして、また「イハフ<編注:原文は手書き文字>」と記載された投票は、何人に投票したかを確認しがたいものとして、いずれも無効であると述べ、

原告の有効得票中、「井'書き文字>」と記載された投票は、他事を記載したものとして無効であると主張した。

(証拠省略)

理由

昭和三八年四月三〇日執行された岡山県和気郡佐伯町議会議員一般選挙において、別紙記載の原告ほか三〇名が立候補したのであるが、開票の結果原告の得票数は一一九票、最下位当選者である訴外小田近次郎の得票数は一二〇票であり、原告が次点となつて当選を得なかつたことは当事者間に争いがない。

第一、そこで先ず原告の被告委員会がなした裁決の取消しを求める請求について判断する。

一、原告は前記有効得票一一九票のほかに、次のような有効票二票があると主張する。

(1)、別紙写真A(検証写真Aと同一)の「井手<編注:原文は手書き文字>」と記載された投票。 原告本人尋問の結果によつてその成立が認められる甲第一ないし第三号証、原告方において平素使用のゴム印を押捺したものであることにつき争いのない同第四、五号証、証人岡崎重弘の証言、原告本人尋問の結果を綜合すると、原告は乾物その他の食糧品の販売を業としているものであつて、その営業にという商号を用い、また選挙運動に際しても右の商号を付した自動車を使つていたことが明らかであるが、この投票は、候補者の一人である原告の名を仮名ではなく漢字で明瞭に記載したもので、これに傍線を付したその記載態様よりして、とうてい原告主張のように(カネイ)のを表わすべく不用意に書き誤つたものと認めることができない(なお本件選挙に現われた投票中、または(カネイ)<編注:原文は手書き文字>と表示した投票は一例も見当たらない)し、また氏名の右側に「――」の傍線を記載することは、普通一般の事例でもないので、右投票は公職選挙法第六八条第五号に定める公職の候補者の氏名の外他事を記載したものに該当し無効と解すべきである。

(2)、別紙写真B(検証写真Bと同一)の「イハフ<編注:原文は手書き文字>」と記載された投票。 右投票は、その文字が稚拙であることを斟酌しても、字形上、とうてい原告の主張するように「イ手<編注:原文は手書き文字>」の文字が崩れたものと解しえない。更に氏または名が右投票に記載された「イ<編注:原文は手書き文字>」ではじまる候補者は、石原通雄・入江励事・井手巳樹夫の三人であるが、その下の「ハフ<編注:原文は手書き文字>」と合わせた「イハフ<編注:原文は手書き文字>」の全体につき、これを字形音感の両者の点からみても、右三人のみでなく他の候補者のいずれに対する投票であるかを確認することができない(<イ>シ<ハ><ラ>に最も近いというべきかも知れないが、しかく断定することもできないであろう)。従つて右投票は同法第六八条第七号に定める公職の候補者の何人を記載したかを確認し難いものに該当し無効と言うべきである。

二、原告は小田近次郎の前記有効得票二〇票のなかに、次のような無効票があると主張する。

(1)、別紙写真1(検証写真1と同一)の「」、同4(検証写真4と同一)の「オダチカジ<編注:原文は手書き文字>」、同5(検証写真5と同一)の「小田ちカ<編注:原文は手書き文字>」、同8(検証写真8と同一)の「小田近<編注:原文は手書き文字>」と記載された各投票。 右1、4、5の各投票は、その文字がいささか稚拙であつて、いずれも文字に不馴れな選挙人により記載されたことが窺われる。しかし、右1、4、5及び8の各投票が、その記載自体からみて、原告の主張するように真に選挙権を行使する意思を欠き、不真面目な態度で書かれたものと認めることができないので、無効であると言いえない。

(2)、別紙写真2(検証写真2と同一)の「ちカい<編注:原文は手書き文字>」と記載された投票。 立候補制度をとる現行選挙法のもとにおいては、選挙人は候補者中の何人かに投票するのを通常と認めるべきであるから、投票に記載された氏または名に誤字脱字があつてこれを正確に記載していない場合にも、投票記載の氏または名に近似した候補者が存在する等、その記載自体によつて右候補者に投票する意思のあることを明認しうる限り、同候補者に対する有効投票と解すべきである(同法第六七条後段参照)。右の見地に立つてみるのに、右2の投票に記載された文字は頗る稚拙であつてやや明瞭を欠くが、「ちかい」または「ちかじ」と読みうるところ、別紙候補者の氏または名のうち、「小田近次郎」の名である「近次郎」と音感の点で最も近似し、他にこれに類似する氏またたは名が存しない事実を考慮すれば、右2の投票は原告の主張するようにいずれの候補者の氏名を記載したかを確認し難いものとして無効票とするよりは、むしろ同法第六七条後段の趣旨に従つて投票者の意思を可及的に尊重し、候補者小田近次郎に対してなされた有効票とみるのを相当とする。

(3)、別紙写真3(検証写真3と同一)の「」と記載された投票。 右「小<編注:原文は手書き文字>」の字の左側にある「」の記載部分は、その位置態様からみて、誤字或いは書き損じた文字を抹消した(「」という文字を書いたがこれに「=<編注:原文は手書き文字>」を付して抹消した)もので、原告の主張するように有意な他事記載と認めることができないので、右投票は無効であると言いえない。

(4)、別紙写真7(検証写真7と同一)の「」、同9(検証写真9と同一)の「小田近二郎<編注:原文は手書き文字>」と記載された各投票。 右各投票は、選挙人が「小田近次郎」に投票しようとしてその氏名を記載するにあたり、その名のうちの一文字「次」を「ち<編注:原文は手書き文字>」または「二<編注:原文は手書き文字>」と誤記したものと認められるから、無効であるとなしえない。

三、被告委員会は、原告の前記有効得票一一九票のなかにある「井'中選管指摘の無効票とあるもの)(検証写真中右の記載があるもの)が無効であると主張する。

右「井<編注:原文は手書き文字>」の字の右側にある「'方向からみて、不なれな筆の誤りで不用意に記載されたものと認めることができないし、また文字の右側に「'

四、そうすると小田近次郎の有効得票数は一二〇票であり、原告の有効得票数は前記一一九票より右

「井'オ<編注:原文は手書き文字>」の一票を減じた一一八票となるから、小田近次郎をもつて最下位当選者、原告をもつて最高位落選者となすべく、選挙会の決定した当選者に何らの異動を生じない。

従つて原告の審査の申立てを棄却した被告委員会の裁決に違法がなく、右裁決の取消しを求める原告の本訴請求は理由がないものとしてこれを棄却すべきである。

第二、次に原告の当選確認を求める請求について判断する。

行政事件訴訟の裁判において、裁判所は行政庁のなした処分の適否を審査し、これが違法である場合にその取消しを命じうるにとどまり、行政庁に代つてその権限を行使し、自らその行政処分をなすのに等しい裁判の如きは、法律上明文をもつて特に許容されている場合を除き、これをなしえないものと解すべきである。ところで選挙における当選者の決定は、選挙会の専権に属し、選挙会が有効投票の最多数を得た候補者につき(同法第九五条)、被選挙資格その他の要件を実質的に審査したうえその決定をなすべきものと定められ、裁判所において右決定をなしうることを認めた規定が存しないので、原告の当選確認を求める訴は、裁判所の審判権に属しないものとして不適法であり、却下を免れない。

第三、よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 柴原八一 西内辰樹 可部恒雄)

(別紙写真省略)

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