広島高等裁判所岡山支部 昭和47年(う)194号 判決 1973年9月11日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、記録編綴の新見区検察庁検察官事務取扱検事鈴木芳一作成名義の控訴趣意書記載のとおり(但し、八丁表九行目ないし一〇行目に「刑事裁判所における証人尋問の方法」とあるのを「地方自治法第一〇〇条第二項、第七項に照らして民事訴訟法第二七一条以下の証人尋問の方法」と訂正したうえ陳述した。)であり、これに対する弁護人富田力太郎の答弁は、同弁護人作成名義の答弁書記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。
これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
検察官の所論は、要するに、原判決は、新見市議会が同議会の議決に基づき設置されたし尿汲取り問題調査特別委員会(以下本件委員会と略称する)に対し、地方自治法第一〇〇条第一項所定の強制力を伴なう関係人の出頭及び証言の請求をなしうる特別の権限を委任する明確な決議がなされたとの事実を認めるに足りる証拠はないとして、被告人に対し無罪を言渡したが、右は証拠の取捨選択ないしは価値判断を誤った結果事実を誤認したもので、その誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかである。すなわち、本件委員会設置に関する決議を記載した「し尿汲取り問題調査特別委員会設置に関する決議」と題する議決書によると、その2項に「議会は、し尿汲取り問題調査特別委員会に対し地方自治法第一〇〇条第一項の規定により次の事項の調査を付託する。(1)し尿汲取り料金が市清掃条例第16条に基づく適正な徴収であるかどうかを調査する。」と、またその3項に「し尿汲取り問題調査特別委員会は、調査のため必要があるときは関係人の意見を聴取することができる。」とあり、右2、3項の各記載文言を併せて考察すれば、新見市議会が本件委員会に対し同法第一〇〇条第一項に規定する証人の出頭及び証言請求の権限を委任したことは明瞭である。のみならず、更にこのことは、昭和四六年九月二一日開催の新見市議会定例会における右決議案についての審議内容、ことに質疑応答と採決の状況、本件委員会が証人喚問にあたりとった手続措置、被告人を同法第一〇〇条第九項によって告発するかどうかを審議した同年一二月開催の同市議会定例会における審議内容など一連の過程を総合してみると一層明確である。原判決の見解は、本件委員会設置の目的、その後の活動経過等を実質的に考察することなく、前記決議の文面に専らとらわれて断片的、形式的に判断した不当なものというべきである。しかして、被告人が本件委員会の出頭及び証言請求に対し、いずれも正当な理由がなく出頭せず、また出頭したものの証言を拒んだことも明らかであるから、本件公訴事実はその証明十分である、というにある。
よって検討するに、≪証拠省略≫を総合すると、昭和四六年九月二一日開催の新見市議会定例会において、同市議会議員定岡正一が発議者、同市議会議員田井剛ほか三名が賛成者となって、「し尿汲取り問題調査特別委員会設置に関する決議」と題し、「1、本議会にし尿汲取り問題調査特別委員会を設置し、10名の委員をもって構成する。2、議会は、し尿汲取り問題調査特別委員会に対し地方自治法第一〇〇条第一項の規定により次の事項の調査を付託する。(1)、し尿汲取り料金が市清掃条例第一六条に基づく適正な徴収であるかどうかを調査する。3、し尿汲取り問題調査特別委員会は、調査のため必要があるときは関係人の意見を聴取することができる。4、し尿汲取り問題調査特別委員会の本件調査に要する経費は20万円以内とする。5、し尿汲取り問題調査特別委員会は、議会の閉会中も調査を行なうことができるものとし、議会が本件調査終了を議決するまで継続して調査を行なうものとする。」なる急施議案が文書を以て提出され、直ちに同市議会の審議に付された結果、同日右議案は賛成多数で原案どおり可決成立し、これに伴ない前記定岡正一を委員長とする同人ほか九名の同市議会議員が本件委員会委員に選任されたこと、右急施議案の審議にあたり、一部議員より「まず市執行部に調査させるべきで、本件委員会の設置は時期尚早である。かりにこれを設置するとしても、地方自治法第一〇〇条所定の調査権を発動して強制的に証人を喚問する等の方法をとりうることまで予定するのは穏当でない。」等の反対意見が出たが、これに対し前記定岡議員より「市執行部の調査によっては強制的に関係人を出頭させたり書類の提出を命じたりすることはできないので、一〇〇条調査権によって徹底的に調査をして真相を究明したい。」等の事情説明があり、しかるうえ採決に至ったものであること、本件委員会は、前叙調査事項に関し、関係各戸に対するアンケート調査および一部家庭に対する実地調査を行なったが、更に関係市民三五名および市執行部の関係者五名ならびに被告人ほか二名のし尿汲取り業関係者を証人として喚問することを決定し、同市議会規則第六八条(委員会は、法第百条の規定による調査を委託された場合において、証人の出頭又は記録の提出を求めようとするときは議長に申し出なければならない、旨の規定)所定の手続を経て、同市議会議長より右証人らに対し地方自治法第一〇〇条第一項の規定により証人として出頭を求める旨の証人出頭請求書が発せられたうえ、同年一一月一六日同委員会において、右関係市民および市執行部関係者らに対し、同法第一〇〇条第二項によって準用される民事訴訟法第二七一条以下の規定に従い証人尋問が行なわれたこと、被告人に対しても、前同様の手続を経て、同市議会議長より同月二〇日午前一〇時三〇分同市議会第2委員会室に証人として出頭するよう求めたが、被告人は右日時に右場所に出頭しなかったため、同市議会議長より再度同月二二日午前一〇時三〇分に同委員会室に証人として出頭するよう求めたのに対し、被告人は同日午前一二時ころ同所に出頭したものの、証言を拒んだこと、かくして、同年一二月二一日開催の同市議会定例会において、前記定岡議員ほか八名より「し尿汲取り問題調査事務に関する告発について」と題し、被告人を地方自治法第一〇〇条第九項により告発する旨の動議が提出され審議に付されたが、その際同市議会議員石垣堅固より「本件委員会が証人を喚問するためには『関係人の意見を聴取することができる。』との決議だけでは不十分で、関係人の出頭、証言を求める権限を特に委任したものである旨明確な決議をしておくべきではなかったか」等の質疑が出され、これに対し前記定岡議員より「『関係人の意見を聴取することができる。』との決議があればこれによって関係人の出頭、証言を求めることができると考える。」等の見解が述べられ、しかるのち右動議は賛成多数で原案どおり可決成立し、これに基づき昭和四七年一月六日付で同市議会議長名義をもって新見区検察庁検察官に対し告発がなされたことが明らかである。ところで、普通地方公共団体の議会は、地方自治法第一〇〇条第一項により議会の権限とされている同条項所定の調査を、本会議で行なうことが適当でないと認められるときは、常任委員会に調査を付託し、または特別委員会を設けてこれに調査を付託することができ、更に調査のため必要と認めるときは、同条項所定の強制力を伴う選挙人その他の関係人の出頭及び証言並びに記録の提出を請求する権限を右委員会に委任することができると解されるが、右調査の付託をしあるいは権限を委任するについては、それが単に議会内部のみに止まるのではなく、選挙人その他の第三者にかかわる事柄である以上、議会においてそれぞれその旨の明確な議決を要するものと解すべきところ、本件委員会に対し右調査の付託がなされたことは前記「し尿汲取り問題調査特別委員会設置に関する決議」と題する議決書の文言自体に徴し明瞭であるが、更に「関係人の出頭及び証言を請求する」権限までも委任されたといえるかどうかについては、検察官所論のごとくしかく明白なものとはいえない。もとより本件委員会の設置から被告人に対する告発に至るまでの一連の経過に徴すれば、少くとも本件委員会設置に関する急施議案に賛成した議員らが前叙「関係人の意見を聴取することができる。」との決議があれば、これによって地方自治法第一〇〇条第一項所定の「関係人の出頭及び証言を請求する」権限も当然本件委員会に委任されるとの見解のもとに、右権限の委任を意図して右議案の審議にあたったものであることは十分推認できるのであり、また決議の内容はできる限り決議の趣旨にそうよう解釈すべきであることもいうまでもない。しかしながら、いやしくも一たん議会がある事項について決議した場合においては、その決議の何たるかは、外部的に表示され客観化されたその文言によるべきが当然であり、決議を恣意的に解釈し、その文言を離れて拡張して運用することは許されないものと解すべく、強制力を伴う調査権が委任されたか否かの如きについては殊に然りであるところ、これを本件についてみるに、「証言」は、証人が自ら体験した事実のありのままの報告であり、単なる意見や想像の表明とは異るのであって、民、刑各訴訟法においても右両者の取扱いは厳に区別されていること(民事訴訟規則第三五条第五号、刑事訴訟規則第一九九条の十三第二項第三号)、また「出頭あるいは証言を求めることができる」場合と、単に「意見を聴くことができる」場合とは、地方自治法その他の法規上も明らかに区別して規定されていること(地方自治法第七四条の三第三項、第一〇九条第四項、議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律第一条以下、国会法第五一条第一項、衆議院規則第五三条、第八五条の二第一項)、更に「意見の聴取」にしても、原判決もその理由中において説示しているとおり、必ずしも強制的に出頭を求める手段によらないでも、たとえば任意の出頭を求め、あるいは書面によって意見を提出させる等の方法によっても目的を達する場合もありうること(出頭を求めて意見を聴く必要がある場合は、衆議院規則第八五条の二第一項のようにその旨明確に規定しておくべきである。)等の諸点を考慮すると、前叙「関係人の意見を聴取することができる」との決議からは、とうてい地方自治法第一〇〇条第一項所定の「関係人の出頭及び証言を請求することができる」権限が本件委員会に委任されたものとは解しえないのであって、これと見解を異にする検察官の所論は、当裁判所としてはにわかに同調しえないところである。されば、本件委員会が右権限を有することを前提として、被告人が同委員会への出頭及び証言を拒んだことを理由に被告人の処罰を求める本件公訴事実は、その余の点につき判断を加えるまでもなく、有罪の証明はないものというべく、これと同旨の理由により被告人に対し無罪の言渡をした原判決の判断は正当であり、原判決には何ら事実の誤認はない。論旨は理由がない。
よって、刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 干場義秋 裁判官 谷口貞 大野孝英)