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広島高等裁判所岡山支部 昭和47年(う)69号 判決 1972年8月03日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

職権をもつて検察官の控訴の適否につき判断する。

本件控訴申立書を検すると、「控訴申立書」なる表題のつぎに「強盗殺人、死体遺棄、有印私文書偽造同行使、詐欺教唆、詐欺未遂、詐欺、窃盗、暴行、銃砲刀剣類所持等取締法違反、今井注、右被告人に対する頭書被告事件につき、昭和四十七年三月十六日岡山地方裁判所が言渡した判決に対し控訴を申立てる。昭和四十七年三月二十九日 岡山地方検察庁検察官検事 浅井昭次 広島高等裁判所岡山支部殿」と記載され、右庁名の上に岡山地方検察庁之印なる庁印が押捺され、右「浅井昭次」名下に「浅井昭次検事印」なる角印が、また、同日付岡山地方裁判所刑事部の受付印がそれぞれ押捺されており、右「浅井昭次」なる氏名表示は記名印により記載されたものであることが明らかである。

検察官の作成する控訴申立書の方式については刑事訴訟規則五八条の適用をうくべきことはもちろんであるが、同条一項によると「官吏その他公務員が作るべき書類には、特別の定のある場合を除いては、年月日を記載して署名押印し、その所属の官公署を表示しなければならない」と規定され、控訴申立書は自己の氏名を自署したと認められる署名なきに帰し、同条項に定める方式に違背しているといえる。

しかるところ検察官は当審に提出した意見陳述書において、同条の規定は、効力規定ではなく訓示規定であり、本件控訴申立書には控訴申立権者たる検察官の署名を欠くとはいえ、その所属庁名が明記され、庁印並びに控訴を申立てた検察官の職印が押捺されているので、控訴申立の意思が優に認められ、その有効性を否定する理由はないと主張するのである。

案ずるに、右条項に違背した書類をすべて無効とするかどうかについては、旧旧刑事訴訟法(明治二三年法律第九八号)二〇条一項のごとくその書類を無効とする旨の規定がないから、ひつきようその書類の性質、方式違背の程度等、各場合の状況を参酌して決すべきものと解されるところ、元来刑事訴訟規則五八条一項が、官吏その他の公務員に対し、その作成する書類につき、特別の定のある場合を除き、作成者の署名を要求しているのは、その署名者である官吏その他の公務員の同一性を明らかにして責任の帰属を明確ならしめ過誤のないようにするとともに、署名者に対し、責任のある厳正かつ誠実な行為を期待するためであると考えられ、また、刑事訴訟法三七四条が「控訴をするには申立書を第一審裁判所に差し出さねばならない」としてこれを要式行為としているのは、手続を厳格丁重にして過誤のないようにするためであると解されるから、方式に違背があつても控訴申立の意思が認められる以上その有効性を否定しえないとする検察官の主張にはにわかに賛成し難いのである。けだし控訴申立書における署名は書類としての方式中最も重要な部分をなすものであつて、これの欠缺は決して軽微な瑕疵に止まるものと見ることはできないし、控訴の申立は、裁判の確定を遮断し、訴訟を控訴審へ移審させる重要なる訴訟行為であることに鑑みると、いちがいに刑事訴訟規則五八条の規定は単なる訓示規定にすぎずとして、本件の控訴申立書に検察官が署名押印せず記名押印したに止めたことは、その瑕疵の程度、書類の性質に照らし重大な瑕疵というべく、またその瑕疵は治癒が許される性質のものとは解されないから、本件控訴はその申立が法令上の方式に違反し無効なものと断ぜざるを得ない。

よつて、刑事訴訟法三九五条により主文のとおり判決する。

(藤原啓一郎 三宅卓一 谷口貞)

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