広島高等裁判所岡山支部 昭和48年(く)2号 決定 1973年4月09日
被告人 宮本哲
主文
本件抗告を棄却する。
理由
一、被告人の抗告申立の趣旨および理由の要旨は、次のとおりである。
岡山地方裁判所は、昭和四八年二月二一日、被告人につき刑事訴訟法六〇条一項三号所定の事由ありとして、被告人を勾留する決定をした。しかし、被告人は、昭和四七年九月中旬以降、岡山市西中島三の九貞光方に居住し、同住所地宛に公判期日召喚状等が支障なく送達されており、また、被告人は昭和四八年一月以降同市鹿田本町七の二三において、スナック「じやんきい」を友人数名と共同経営し、勾留の前日まで同店に勤務していたうえ、昼間は岡山大学学生として同大学に登校していたものであるから、逃亡するおそれは全くないのである。よつて速やかに勾留を取消されたい、というにある。
二、よつて検討するに、一件記録(勾留理由開示請求事件記録を含む)によつて明らかな原裁判所における公判審理の結果からみると、被告人が、昭和四八年二月二一日付原裁判所が発した勾留状記載の罪(公務執行妨害、傷害)を犯したと疑うに足る相当な理由があるものと認められる。そして右記録によると、被告人は第五回公判後の昭和四七年二月二三日私選弁護人を解任したが、右解任書には住所として「岡山市富町二の一の一〇森田アパート」とあつたこと、原裁判所は直ちに弁護人選任に関する照会書を右住所地宛に発し、同月二六日同居者森田金弥に送達されたが、被告人から回答のないまま同年三月三日の第六回公判を迎え、同日被告人は出頭しなかつたこと、原裁判所はさらに同年三月一五日付書面にて前記照会に対する回答方催告したが、被告人からはなんの応答もなかつたこと、同年五月六日に至り被告人が本籍地(大分市大字勢家八六一番地)に居住している模様であることが判明したので、原裁判所は同月九日本籍地宛に再度前記照会書を発送したが、宛所に尋ねあたらず返戻されたこと、同年五月一八日前記森田アパートに居住する被告人の友人につき捜査したところ、同人方に被告人の身廻り品はあるが被告人の所在は判明せず、ただ時に被告人からの連絡が来ることはある由判明したので、原裁判所は右森田アパート宛三たび前記照会書を発送したところ、同年五月二六日同居者森田金弥が代理受領したものの依然被告人から回答がなかつたこと、同年八月二四日原裁判所は国選弁護人を選任したのち、公判期日を同年一一月一七日と指定し、同年九月六日召喚状を前記森田アパート宛発送したが、転居先不明で送達不能となつたこと、そして所在捜査の結果本籍地に帰住している模様であることが判明したので、同所宛に前記召喚状を発したが、宛所に尋ねあたらず送達不能となつたこと、そこで再度捜査の結果、ようやく被告人が「岡山市西中島町三の九貞光方」に居住していることが判明し、同所宛前同召喚状を発したところ、同年一一月八日同居者貞光敏江によつて受領されたものの、被告人は同月一七日の第七回公判に出頭しなかつたこと、次いで昭和四八年二月八日の第八回公判期日召喚状は昭和四七年一二月九日岡山中央郵便局窓口において被告人に送達されたが、右第八回公判にも被告人は出頭せず翌二月九日今後も出頭する意思のない旨裁判所係書記官に電話したこと、そこで同日原裁判所は勾引状を発し、同月二一日前記貞光方において執行されて同日原裁判所に引致され、同日刑事訴訟法六〇条一項三号所定の事由ありとして勾留状が発せられて執行されたこと、その間において被告人は同月一六日原裁判所係書記官に電話し、今後も出頭する意思のないことを告げたこと、同年三月一日開かれた勾留理由開示公判においても、公判期日に出頭する意思がない旨意見陳述をしていること、が認められるのである。
ところで、刑事訴訟法六〇条一項三号にいう「逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき」とは、勾留がそもそも公判期日への被告人の出頭を確保するための制度であることに鑑みると、被告人が刑事訴追を免れる意思で裁判所にとつて所在不明となるおそれがある場合をいい、被告人が居所を転々と変え、勾引状による公判期日への被告人の出頭確保が困難となるおそれがあることが相当な蓋然性をもつて肯定される場合を含むと解するのが相当であるところ、これを本件についてみるに、既に詳細摘示した昭和四七年二月下旬以降の被告人の住居の不安定、公判期日に正当な理由なくして出頭しないこと、今後も出頭する意思がない旨揚言していること、これらの言動よりうかがえる被告人の本件刑事訴追そのものを否定せんとする態度等に徴すると、今後の原裁判所による公判審理にあたり、公判期日の召喚ないし勾引に際して、被告人がそのつど所在を裁判所に不明ならしめ、これに応じないおそれが極めて強いと認められ、右のおそれは、原裁判所が勾留の裁判をした時点において存し、かつ、現在においてもなお消滅していないと認められるのである。
三、したがつて、原裁判所が被告人につき刑事訴訟法六〇条一項三号所定の事由ありとして被告人を勾留したのは正当であり、現段階においても右裁判は維持されるべきものと思料されるから、右勾留の取消を求める本件抗告は理由がない。
よつて、刑事訴訟法四二六条一項により本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。