広島高等裁判所松江支部 事件番号不詳〔2〕 判決
主文
被告人尾原順三、同堀奏の各控訴を棄却する。
原判決中被告人小笠原義治に関する部分を破棄する。
同被告人を罰金四万円に処する。
右罰金を完納することができないときは金四百円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。
同被告人に対する選挙権及び被選挙権停止の期間を二年に短縮する。
訴訟費用は全部同被告人の負担とする。
理由
弁護人森安敏暢の被告人尾原順三、同堀奏の両名に関する控訴趣意は同弁護人名義控訴趣意書記載のとおりであり、検察官の被告人小笠原義治に関する控訴趣意は検察官前野光好名義控訴趣意書記載のとおり、これに対する同被告人の弁護人森安敏暢の答弁は同弁護人名義答弁書記載のとおりであるから、いずれもここにこれを引用する。
これに対する当裁判所の判断は左のとおりである。
弁護人の控訴趣意第一点について、
所論は要するに(一)被告人尾原順三及び同堀奏の両名は全食糧労働組合島根支部の第六回定期大会の趣旨に従い、正当なる組合活動として選挙運動資金を同組合邑智分会委員を兼ねる各出張所長に配分したに止まり白井勇候補に当選を得しむる目的を以てその選挙運動の報酬並びに費用として金員を供与したものではない。(二)右島根支部大会においては参議院全国区候補者として白井勇を、推薦する旨の決議がなされただけでなく、同時に参議院地方区については佐野広を、又衆議院議員候補者としては中村英男をそれぞれ推薦する旨の決議がされているにも拘らず原裁判所が右被告人両名において白井候補のみの当選を目的として金銭を供与した旨認定したのは失当であると謂うのである。
しかしながら原判決挙示の証拠なかんずく上田一麿、森積政登、卯中与吉、寺本豊信、桑野房二、井上小太郎、久佐義夫、吉迫実、上田義衛の検察官に対する各供述調書、被告人堀奏、同小笠原義治の裁判官に対する各供述調書、被告人尾原順三の検察官に対する各供述調書の記載を綜合すれば被告人尾原順三、同堀奏の両名は前記組合支部大会の決議の趣旨に従い正当なる組合活動の限界を超えて島根食糧事務所邑智支部管内の各出張所長に対し一町村当り五百円の割合で管轄町村数の割合に応じた金額を支出供与し白井候補のため投票並びに投票取纒めの選挙運動を依頼することを謀議して原判示の如く同支所川本出張所長森積政登外六名に対し金員を供与し以て他面白井候補を支持する目的を以て政治的行為をした事実を肯認するに十分である。原判決が被告人尾原、同堀の両名に対する公訴事実につき認定した事実は真相に合致するものと認められるから所論の如き事実の誤認があるとすることはできない。
弁護人の控訴趣意第二点の一について、
森積政登、卯中与吉、寺本豊信、桑野房二、井上小太郎、久佐義夫、吉迫実、上田義衛の検察官に対する各供述調書(謄本)が原判示犯罪事実認定の証拠に供せられていること及び原審第七回公判調書においては右各供述調書が刑事訴訟法第三二一条第一項第二号本文後段の供述録取書として取調べられたのか同法第三二八条の証明力を争うための証拠として取調べられたかが明かにされていないことはまことに所論のとおりである。しかしながら右各供述調書は原審第三回公判期日に検察官から提出せられ原審第七回公判期日において取調べられたものであるが原審第三回公判調書に添付せられた検察官(事務取扱)の証拠調請求書(本件記録一一六、一一七丁)によれば右森積政登の各供述調書は訴因第一、七の事実を、卯中与吉の各供述調書は訴因第二、四の事実を、寺本豊信の供述調書は訴因第三の事実を、桑野房二の供述調書は訴因第四事実を、井上小太郎、久佐義夫の各供述調書は訴因第五事実を吉迫実の供述調書は訴因第六事実を、上田義衛の供述調書は訴因第七事実をそれぞれ証明するために提出せられたものであることが明かであつて検察官の立証趣旨は明白であり、右各供述調書は供述者が公判期日に取調を受けた後(森積、卯中、寺本、桑野は昭和二八年一〇月二九日第二回公判期日、井上、久佐、吉迫、上田は同年一一月二六日第三回公判期日において)提出せられたものであるから刑事訴訟法第三二一条第一項第二号本文後段の供述録取書として提出されたものであることが極めて明白である。証拠の提出せられた日とそれが取調べられた日が異なる場合において証拠の提出にあたり立証の趣旨が明白にされている限り後日の取調のなされた日の公判調書においても改めて立証趣旨が明白にされなければならないと謂うことはできない。原審訴訟手続に法令の違反があるとする論旨は採用の限りでない。
弁護人の控訴趣意第二点の二について
所論は要するに森積政登外前記七名の検察官に対する供述調書は同人等の公判廷における各証言に比し信用すべき特別の状況がないにも拘らず右各供述調書を採つて被告人尾原、同堀の有罪認定の資に供したのは採証法則に違背したものであると謂うのである。公判廷における供述と検察官に対する供述調書の記載のいずれが信用すべき価値があるかは供述者と被告人との社会的な諸関係、供述の態度その経過、供述内容が理路整然として前後矛盾せず且つ経験則に合致するか否か、供述内容の精疎並びに具体性、供述内容が他の証拠に符合するか否か等各般の事情が仔細に検討された上決せられるのであるが、同人等の公判廷における各供述記載とその検察官に対する供述調書を対比し本件記録に現れた他の証拠を併せ検討するとき、同人等は被告人等と同僚であつて本件公訴事実に対応する公職選挙法違反事件につき公訴を提起せられているものであるが、公判廷における証人尋問に際しては異口同音に全食糧労働組合島根県支部においては参議院議員全国区候補者白井勇を推薦することとなり、被告人等から現金の交付を受けたが、右金は組合の選挙闘争資金として交付せられた旨供述しているけれども、一人として検察官に対する供述調書の記載が何故に真実に反するかにつき首肯すべき理由を示した者がないにも拘らず、右各供述調書の記載によれば同人等は検察官に対してはいずれも右金員は白井候補に当選を得しめる目的を以て投票及び投票取纒めの選挙運動の報酬並びに費用の趣旨の下に供与せられ又は供与を取次いだ旨供述した外それぞれその使途につき説明をしたことが明かであり、原判決挙示のその他の証拠の記載によく吻合し、同人等の検察官に対する供述調書の記載は公判廷における供述よりも信用すべき特別の情況にあるものと認められる。然らば原審が右各検察官調書を刑事訴訟法第三二一条第一項第二号本文後段に該当するものと認めて被告人尾原、同堀の有罪認定の証拠として採用したのは正当であつて所論の如き採証法則の違背に当るものとすることはできない。
よつて弁護人の控訴趣意はいずれもその理由がないから刑事訴訟法第三九六条によりこれを棄却することとする。
検察官の控訴趣意について、
原裁判所は被告人小笠原義治が被告人尾原順三、同堀奏と共謀の上被告人尾原、同堀の両名に関する原判示犯罪事実をしたとの公訴事実に対し、被告人小笠原が被告人尾原、同堀の両名と共謀したとの点について犯罪の証明が十分でないとし、証拠として提出された各供述調書中公訴事実に符合する供述記載は被告人三名の公判廷における供述並びに被告人尾原の検察官に対する供述調書の記載に対比検討するとき真実性に乏しい旨説明している。
本件訴訟記録を精査すれば
(イ) 原審第一回公判調書の記載によると被告人尾原、同堀の両名は被告人小笠原と共謀した事実はない旨供述し、被告人小笠原は「自分は白井勇の選挙運動者ではなく、公訴事実第一乃至第七の金銭交付は被告尾原、同堀の両名が相談の上したことであつて自分は全然関知せず共謀の事実はない」との旨供述し、
(ロ) 原審第七回公判調書の記載によると同公判廷において被告人堀は「森積、卯中等に交付した金は尾原委員から云われて川本町農場から借りて持つていた金であるが、この金は上田一麿に借りて貰つたものである。同人には組合に要る金だからと話した。右金借については他の人に相談したことはない。被告人小笠原と相談したことはないが、警察の取調の際誰かと相談したろうと追求され、役所のことで常に所長に伺を立てていたのでその時も相談したのではないかと思い左様に云い、検察庁でも別段取消さなかつたのである。昨年(昭和二八年)四月六日被告人小笠原が支所長会議に出張したことがあり、同被告人はその翌日か翌々日会議の模様を話したことがあるけれども、その際白井の選挙運動のことについて話したかどうかは覚えない。検察官の取調に際し被告人小笠原から本部の方でも白井候補を推すようになつているから皆も白井に投票し家族や親戚等に対して違反にならないように選挙運動をして貰いたいとの話があつた旨述べたことになつているのは森脇検事がそのように云われたろうと云つたので、はいはいと答えたのである。原裁判官に対し証人として取調を受けた際も同様に述べているのは同裁判官が検事が問うたことを尋ねたのでそうですと答えたのである。小笠原が右のようなことを云つた記憶はない。検察官の取調の際には小笠原に対し尾原が白井候補の運動資金として三万円貸してくれと云つているがどうしたらよいかと尋ねたら小笠原は心配してやつてくれと承諾した旨述べているけれどもそれは嘘である。三万円借りて貰い受取つてから小笠原には報告していない。検察官の取調に際し尾原と共に小笠原の所へ行き報告した旨述べたことがあるけれどもそれは事実に反している。」との旨供述し
(ハ) 被告人小笠原は「昨年(昭和二八年)四月頃堀奏から金を借りることについて相談を受けたことはない。被告堀と同尾原が自分の所で金三万円を借りたいからと申入れ自分がそれを承諾したことはない。被告人堀と同尾原が金を借りて分会に配分した事実を自分が知つたのは昨年五月二〇日頃であつて、上田一麿が自分に対し同人の名義で金三万円を借りているが早く整理して貰いたいと申したので自分は堀に聞いてみてやると答え、翌日堀にその旨を尋ねてみたところ堀は尾原が後で労組支部から貰う金で返すからと云つたので上田一麿に頼んで借りて貰つてやつた旨及び更に右三万円の内一万五千円は各出張所に配分し残一万五千円は数回に亘り尾原に渡したと答えた。裁判官や検察官に述べたことは嘘である。始め警察で調べられた際自分はそんなことは知らぬ知らぬと答えていたが、途中取調官が何処かへ行つた際隣室の堀の所へ煙草を貰いに行つたところ同人が自分に対し公文書偽造とか、背任罪でやつてやると云われたので自分の承認を得てしたと述べた旨話したので自分は堀と口を合わせぬといけないと思い左様な嘘を云つたのである。堀が森積、卯中等に金を分配した事実は知らない。尾原からその金のことについて何も聞いたことはない。白井勇のために選挙運動は全然していない。昨年四月初頃尾原から白井の選挙運動は町村農協がやることになつたからわれわれは応援するだけだとの話があつた。検察官調書に自分が尾原に対し選挙運動は一切君に委すと云つた旨を述べたこととなつているのは何かの間違と思う。四月六日の支所長会議の後支所に帰り係り長を集めて会議の模様を話したが選挙の話は全然していない。但し堀にだけは同人が労組分会委員長である関係上、右話の後労組が選挙運動をするなら、選挙違反はして貰いたくないとの注意はした。」との旨供述し
(ニ) 被告人尾原は「金三万円を借入れるに際り堀と一緒に小笠原の承認を受けた事実はない。堀と自分と二人で協議したのである。検察官の取調の当時自分は結核で入院しており、三八度位の熱で医師は一時間の面会しか許されないと云うのに午前十時から午後二時頃まで食事抜きで取調べられ、森脇検事が自分に対しお前は何もしやべらんでも決つている。ああだろう。こうだろうと云つて書いたのである。それで自分は終始否定し印判は押さぬと頑張つていたが同検事は俺は三十年もこの仕事をして来ているのだ、お前如き若僧に馬鹿にはされないと云つて怒るし、自分も難儀なのでそれでは好きなようになさいと云つて印判を渡した。金借のことでは全然小笠原に会つたこともない。出張所に対する金の配分方法について小笠原と相談したことはない。」との旨供述し
(ホ) 原審第一回公判期日に被告人は「自分は昨年(昭和二八年)六月六日警察で数回調書を取られたが、その日警官が自分に対しあなたが一人逮捕されれば各出張所長は皆出せると云つたので自分は心ならずも自分一人で罪を背負う考えで違反を認めたのである。同月九日逮捕の際の弁解録取書には好きなように書いてくれと云つたように記憶するが或いは六日に堀からの連絡があつたので金の借受の時期等に相談を受けたことがある旨述べたのではないかとも思う。自分は堀から連絡があるまでは事実知らなかつたので知らぬ知らぬと云つていたが警察官は知つている筈だと云つて聴き入れないので自分は知らぬことでも知つたように云わねばならぬなら、好いように書いてくれと申したら重田警部補はそんなことはできないと云つて逃げたこともある。六月九日の取調の際警察官が本件については内外部とも非常にやかましいし君が逮捕されれば出張所長も留置場から出られると話した。それで自分は出張所長等が自分一人のために浮び上られるならと思つて自分のあやまつた考えから投げて出て嘘を云つたのである。弁解録取書中の金借の相談を受けたと云うのは嘘を云つたのである。」との旨供述し
(ヘ) 昭和二八年六月一三日附被告人尾原の検察官に対する供述調書によると同被告人の供述として「本年(昭和二八年)四月二日午後職組委員会が終つた後支所の二階の堀庶務係長の室に行つて同人に対し選挙闘争資金として金が要るが良い機会だから金を借りて貰えないかと相談すると堀はいくら位要るかと云うのでできれば三万円位借りたいと話した。堀は何時も上田名義で農協から借りているから農協から借ろうかと云うので自分はそれがよかろうと答えた。その時堀は小笠原所長にそのことを話したかどうか知らないが自分は所長に会つた記憶はない。
その翌三日午前中堀から川本農協から上田一麿名義で金三万円を借りて来たとの話があつたが、その日はその配分方法は決めずその後二、三日してから堀と二人で同人の机の所で配分方法につき町村単位に一村当り五百円宛配分することと相談して取り決めた」旨の記載があり
(ト) 昭和二八年六月二五日附被告人尾原順三の検察官に対する供述調書によると同被告人の供述として「堀は分会委員長であるので金を各出張所に配分することは同人とは当然協議しなければならないのでした訳であるが、この運動は組合運動の一環と思う故組合執行部でない支所長とは何等協議する必要なく、話合つていない」旨の記載があつて被告人小笠原義治が被告人尾原、同堀の両名と原判示の事実を共謀したことを否認し又は共謀の事実を証する証拠の信憑性を疑わせる如き証拠がないではない。
しかしながら
(イ) 被告人小笠原義治の裁判官に対する尋問調書によれば同被告人の供述として「(島根食糧事務所)邑智支所では毎月二日、十二日、二十二日に定例出張所会議を開くが(昭和二八年)四月二日の同会議は午前中で終り午後は職組の委員会が尾原執行委員堀執行委員長等の司会で開催された。自分はその会議には出席しなかつたが、後で尾原からその会議では各出張所長に対し白井候補の応援、選挙運動をして貰いたいと話した旨聞いた。四月三日の午前中のことと思うが堀奏と尾原順三が揃つて自分の部屋に来て先ず堀から自分に対し、尾原が白井候補の運動資金三万円貸してくれと云うがどうしたらよいかと云いい尾原もその金は後で職員組合から貰われる金で返すから頼むと云つた。同人の頼みと云うのは運動資金三万円を川本農協から借り出す計画でその承認を自分に求めた訳である。と云うのは後日その金の返済が問題になつた時所長である自分の承認を得ておけば堀や尾原が自らの責任が軽くなると云う考えからその申出をしたものと思う。その時には既に川本農協の組合員である食糧事務所の職員上田一麿の名義で借り出すことに定つていた。自分としては運動資金は結局何処から出るものか知らなかつた、その点は職組の県執行委員である尾原がよく知つていると思い同人の云うとおり後から職組の方で出して貰い自分達の自腹を切るような事はないと思つたので自分も暫く考えた末堀に対し心配してやつてくれと右三万円を川本農協から借りることを承諾した。その三万円の金がどういう事に使われるかという事は尾原も堀も話さなかつたので分らなかつた。暫くしてから堀並びに尾原からその金を借り出した事の報告があつた。その後で尾原から邑智郡に三十ケ町村あるから一村当り五百円宛の割合で各出張所長を通じて部下職員に配分するよう申出があつた。選挙運動については尾原が職組の役員として自分が一切責任をもつてやると云つていたので同人の申出たとおりを承認し又同席した堀もこの尾原の申出に賛成した。その金は堀が持つていたようであるが堀はその金を持つているのは嫌だと云つたけれども自分はその金を全然見ていない。又一銭も貰つていない。右の三万円を部下職員に配ることは尾原、堀の両名に委せてあり又町村単位で五百円と定めていたので、そして各出張所に出すことにして、邑智支所内部の職員の個人個人にはその金を配ることは取りきめはしていなかつたから支所職員には分配されていないと思う。その後堀から各出張所に対し右の取りきめに従つて各管轄している町村の数に応じて一町村当り五百円の割合で邑智郡三十ケ町村合計金一万五千円が七つの出張所に出されたことの報告を受けた。そして残りの一万五千円は尾原が数回に亘つて堀から受取りこの金を選挙運動のため選挙人等と飲食したと云う話を堀から聞いたその時尾原が飲食費の領収証を堀に渡しているのを自分に見せた。自分はその飲食費の領収証を手にとつて見たが一見しただけで詳しく見ていないので飲食店の名前や金額等は覚えない。その時堀君がこんなものを尾原君から受取つているけれども具合が悪いから焼いて了おうと思うがと云つた。自分もこれに賛意を表した。それは五月二〇日過頃であつたと思う。丁度その頃江津で食糧事務所の選挙違反事件が検挙された頃であつて堀君があわててこの領収証を自分に見せたのである。」旨の記載がある外同被告人が白井勇が立候補し、全食糧労働組合島根支部において同候補を推薦することを知つた次第、他より同候補の推薦を受けた事実、選挙運動について被告人尾原と話合つた事実等について詳細の記載があり、
(ロ) 被告人小笠原義治の検察官に対する供述調書によると同被告人の供述として右証人訊問調書の記載と同趣旨の記載あり
(ハ) 被告人堀奏の裁判官に対する証人訊問調書によれば同被告人の供述として「(昭和二八年)四月二日に(島根食糧事務所)邑智支所で管内の出張所長の定例会議があつたがその時の模様は自分の事務の関係以外は列席しなかつたのでどんな話があつたか分らない。その日の夕方か翌三日の昼頃であつたと思うが尾原順三から白井候補の運動資金が要るから三万円程貸してくれと云われた。自分は選挙運動に使う金ではあるし、大金であるので自分に金はないが、川本農協ででも借りてやる積りで一応小笠原所長の承認を得て置く必要があると思い尾原と同道して所長室に入り所長に対し尾原が白井候補の運動資金として三万円貸してくれと云うがどうしたらよいかと尋ねると尾原も傍らから自分が何とかして後から返すから頼むと云つていた。所長は暫く考えていたが、まあ心配してやつてくれと云つた。自分が小笠原所長にこの相談をしたのは後日を慮つてやつたものである。所長には金を借りることの承認を求めただけで、その支出方法については何も話していない。そこで自分は尾原と相談の上で川本農協からこの三万円を借りることにしたが自分も尾原も川本町の住民でないので農協から借りることができないので丁度自分の部下でいる上田一麿が川本農協の組合員でありかねて同人の名前で同農協から金を借りた事もあるので上田に事情を明さずして金三万円の借受方を頼んだ。上田は本人名義で借用証書を入れて金三万円を借りて来たので上田からこの金を自分が受取り尾原と共に所長の所に行つて川本農協から三万円借りた事を報告し同時に尾原からこの金の配分方法について邑智郡三十ケ町村に一村当り五百円宛で各出張所の担当村数に応じて分配してはどうかと提案し小笠原所長も自分もこれに賛成した。以上のとおり一町村当り五百円の割合で配分することは小笠原所長の承認を得たが配分方法の詳細についてはその二、三日後支所事務室で尾原と自分が相談の結果一応郡内七つの出張所長に渡しそれから下は出張所長を通じて各職員に配分し適当に選挙運動の費用並びに報酬として使つて貰うように定めた。尾原に渡した一万五千円についても領収証をくれと云うと、尾原はこの金を飲食費に費消したらしく飲食店の領収証を四、五枚自分にくれた。この領収証はその後五月末頃と思うがこんな領収証を持つていてもし万一の事があつてはと心配し所長に相談した結果支所事務室の火鉢で全部焼いてしまつた」旨の記載があり
(ニ)被告人堀奏の検察官に対する第一回供述調書によると同人の供述として「会議(出張所長定例会議)のあつた(昭和二八年四月)二日の夕方であつたかその翌三日の昼頃であつたか日時の点ははつきりしないが尾原から白井候補の運動資金が要るから三万円程貸してくれと云われた。尾原は二階の自分の所に来て右の如く三万円貸してくれと云つたので選挙に使う金ではあるし、大金であるので、金はないが農協ででも借りてやろうかと思い同人と一緒に隣の所長室に行き小笠原所長に対し尾原が白井候補の運動資金として三万円貸してくれと云つているがどうしたらよいかと尋ねると尾原は傍から自分が後から何とかして返すから頼むという風に云つていた。所長はそれはできぬとは云わなかつたが暫く考えた末心配してやつてくれと承認をした。その時は金が借れるかどうかはつきりしないので川本農協から借りる事だけ承認を求めその支出方法については別に話していない。右のようにして所長の承認を得たので所長名で川本農協から三万円借りるため部下の上田一麿を同農協にやつたところ上田はその日午後二時か三時頃三万円借りて来た。しかしそれは本人名義で借用証書を入れて借りて来たが所長は川本の住民でないから便宜上上田の名義にしただけである。自分は上田から右三万円を受取つて尾原と共に所長の所に行き農協から三万円借りたことを報告し、尾原がその配分方法につき邑智郡三十ケ町村に一村当り五百円宛で各出張所職員の担当村数に応じて分配してはどうかと云う提案をし、小笠原所長も自分もこれに賛成した。左様な訳で右五百円は職員一人当りではなく職員の担当する村単位に割出したのである。そして右の金は一応郡内七つの出張所長に渡しそれから下は同所長を通じて各職員に配分し適当に選挙運動の費用並びに報酬として使つて貰うことに定つたのである。そこで右三万円は一応所長室で尾原に全部渡したが同人はその金を出すこまかい計画は自分が立てるからこの金は自分に預つていてくれと云つたので自分は一応いやだと断つたが是非ともと云うので自分で保管して置いた。自分が直接、間接出張所長に向け出した金は一万五千円であるが残り一万五千円は四月五、六日頃から二〇日頃迄の間に前後六回位に尾原に対して渡している。その使途については尾原から聞いていないが一応領収書を出すように云つて置いたので領収証を貰つたが五月末頃違反事実が発覚してはと心配し、所長と相談して事務所の火鉢で領収書を全部焼いた。尚右の農協で借りた三万円の内二万円は五月末頃職員組合で尾原に心配して貰つた砂糖の売上代金が一万九千円余りあつたので、本人は不在であつたが足らない所は自分が出して支払つた。併しまだ一万円は未払のままであるがその支払は尾原が払わなければ自分か所長が払わなければならないことになる。小笠原所長が松江の支所長会議で白井候補の選挙運動につきどんな指示を受けたか自分は聞いていないが尾原から三万円運動資金を借りてくれと相談があつた際に所長が反対しなかつたことは事実である。自分も公務員であるから選挙運動したり選挙運動の費用や報酬名義で金等渡してならぬことは知つていたが尾原は県職組の執行委員であり、又小笠原所長も相談の結果承認したので自分一人が反対できなかつたので賛成して右のように違反をしたのである」旨の記載があり
(ホ) 被告人堀奏の検察官に対する第二回供述調書によると同人の供述として「白井候補の運動費を上田名義で川本農協から借りて貰つたのは(昭和二八年)四月三日であるが、その話は前日出張所長会議があつた後で前回申述べた如く尾原から三万円借りてくれと云う話があり、支所長から許可を得たので、上田に対し川本農協から三万円を白井の選挙運動の費用に要るから借りて来てくれと頼み、同人は借りに行くと云つて出掛け今日は堀井組合長が居ないので借りられなかつたと云つて帰つて来たので、それなら明日でも行つてみてくれと云つて置いた。その翌三日十時過上田が現金三万円を借りて来たと云つて自分に出したので前述のとおり一旦それを尾原に渡し同人から更に自分が保管していたのである。尾原が自分と共に四月二日支所長室で支所長に三万円を借りて貰うように話した時その後は後で職組の方から出すように云つていたが、事前に本部の方と連絡があつたかどうか知らず尾原の云うことを信用して借りてやつたのである」旨の記載があり
(ヘ) 被告人小笠原義治の司法警察員に対する第三回供述調書によると同人の供述として「確か本年(昭和二八年)初頃であつたと思うが自分が事務所の二階の自分の席で執務中堀奏君、尾原順三君の二人が自分の席に来て白井さんの選挙運動資金として川本町の農協から借りようと思うがとの話であつたので、自分も県下の労組が白井を推していることでもあり、反対する訳にも行かないのでまあそうするより外に仕方があるまいと返答している」旨の記載があり
(ト) 被告人小笠原義治の司法警察員に対する第四回供述調書によると同被告人の供述として「本年(昭和二八年)四月初頃と思うが午前十一時頃自分の所で職員で職員組合の委員長堀奏と副委員長の尾原順三君の二人が事務所の階上の自分の執務中の机の前に立つて堀君が代表で選挙運動資金を借りなければ金の出場所がないのでと云うので自分はそれは何とかせにやいけまいと返事した。その後その日の午後堀君が再び自分の事務室に来て川本の農協から借りようと思うが、三万円程を、と云うので自分はそれは借りなければやれまい、と返答したので堀君や尾原君は自分の承認を得たものと思つたに違いない。三万円の金を農協から借り受けて帰つたのは自分では誰かわからないし又借りて帰つたことについて一応報告はあつたが現金は見ていない。又誰が保証人になつたか自分は知らない。自分に対し斯様に再三に亘つて堀、尾原が話しに来たのは自分が支所長であるからに外ならない。又自分も職員組合の一員でもある。四月上旬頃川本農協より選挙運動資金として借り受けた三万円の金は堀君と尾原君の二人が相談の上処分している。自分も当然その金が白井候補の選挙運動費に使われたことも承知していた。五月初旬と思うが邑智支所の職員組合として何処からか自分は知らないが白砂糖の共同購入をしたことがあつて自分も二回に亘り六斤程を配つて貰つて代金二六八円位を支払つており、夫々他の職員も買受けたものであり丁度日時は分らないが自分の執務中堀君が来て農協から金を借りると大変利子が高いので砂糖を斡旋した代金の内二万円を弁済したらと云つて来たので自分もそうした方がよかろうと返答した。そのようなことで農協には二万円だけ返済してあり、当然一万円だけが残つている筈である」旨の記載があつて
以上の各証拠はその大綱において相互に符合し、被告人小笠原義治、同堀奏の両名が何故に裁判官、検察官又は司法警察員に対し自己又は上司の刑事責任を生ずる虞ある事実につき真実を曲げて供述しなければならなかつたかについては、前記公判廷における供述はその理由を首肯せしめるに足るものとなし難く、被告人尾原順三の検察官に対する供述調書は同被告人が疾病のため入院中に録取せられたものであるためその要領を記載したに止まるものと認められるのであるが同被告人の供述記載は原判決の挙示する証拠に照らせば真実に吻合しているものとなし難い。そうすると右に列記した被告人小笠原義治、同堀奏の各供述記載は信用するに足るとするの外なく、而して右供述記載によれば被告人小笠原義治は被告人尾原、同堀の両名と共謀して右両被告人に関する原判示事実を犯したものと認めるに十分である。従つて被告人小笠原に関して共謀の証明なしとして同被告人に対し無罪を言渡した原判決は事実を誤認しその誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであると謂うべきであるから刑事訴訟法第三九七条第一項第三八二条に則り原判決を破棄し、但し訴訟記録並びに原裁判所において取り調べた証拠によつて直ちに判決をすることができるものと認めるから当裁判所において更に次のとおり判決する。
(罪となる事実)
被告人小笠原義治は島根県邑智郡川本町所在島根食糧事務所邑智支所長として勤務していたところ昭和二八年十月本件により休職となつた農林技官であるが、島根食糧事務所従業員の組織する全食糧労働組合島根支部の第六回大会において昭和二八年四月二四日施行の参議院議員通常選挙の全国区議員候補者として白井勇を推薦する旨の決議が行われたので当時同支部邑智分会の副委員長であり同大会において同支部執行委員に選任された相被告人尾原順三及び当時邑智分会委員長であつた相被告人堀奏と共謀の上白井勇の当選を目的とする選挙闘争をすることを企て同分会員上田一磨に依頼して川本町農業協同組合から借受けた闘争資金から邑智分会委員を兼ねている同支所管内の各出張所長に対し一町村当り五百円の割合で管轄町村数に応じた額を支給供与して白井候補のため投票並びに投票取纒めの選挙運動を依頼することとし、相被告人堀において正当な組合活動の限界を超えているにも拘らず白井勇に当選を得しめる目的を以て
第一、同年四月五、六日頃前記邑智支所において同支所川本出張所長選挙人森積政登に対し白井候補のため投票及び投票取纒めの選挙運動を依頼しその報酬並びに費用等として現金二千五百円を供与し以て他面国家公務員であるにも拘らず特定の候補者を支持する目的を以て人事院規則所定の政治的行為である投票の勧誘運動をし
第二、同日頃同所において同支所粕淵出張所長選挙人卯中与吉に対し前同趣旨の依頼をし前同趣旨の下に現金二千五百円を供与し以て他面前同様特定の候補者を支持する目的を以て政治的行為をし
第三、同月八日頃同支所川戸出張所において同出張所長選挙人寺本豊信に対し前同趣旨の依頼をし前同趣旨の下に現金二千五百円を供与し以て他面前同様特定の候補者を支持する目的を以て政治的行為をし
第四、同月九日頃同支所矢上出張所において同出張所長選挙人桑野房二に対し前記卯中与吉を介し前同趣旨の依頼をし前同趣旨の下に現金三千円を供与し以て他面前同様特定の候補者を支持する目的を以て政治的行為をし
第五、同月一一日頃同支所阿須那出張所において同出張所長選挙人井上小太郎に対し久佐義夫を介し前同趣旨の下に現金千円を供与し以て他面前同様特定の候補者を支持する目的を以て政治的行為をし
第六、同月一二日頃前記邑智支所において同支所都賀出張所員選挙人吉迫実に対し前同趣旨の依頼をし前同趣旨の下に現金二千円を供与し以て他面前同様特定の候補者を支持する目的を以て政治的行為をし
第七、同月一三日頃同支所出羽出張所において同出張所長選挙人上田義衛に対し前記森積政登を介し前趣旨の依頼をし前同趣旨の下に現金千五百円を供与し以て他面前同様特定の候補者を支持する目的を以て政治的行為をした。
(証拠の標目)(省略)
(法律の適用)
公職選挙法第二二一条第一項第一号国家公務員法第一〇二条第一項第一一〇条第一項第一九号人事院規則一四―七第五項第六項第八号刑法第六〇条第五四条第一項前段第一〇条第四五条前段第四八条第一八条公職選挙法第二五二条第三項刑事訴訟法第一八一条第一項
よつて主文のとおり判決する。(昭和三一年一月二三日広島高等裁判所松江支部)