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広島高等裁判所松江支部 平成12年(ネ)89号 判決 2002年3月29日

主文

1  原判決中,控訴人Aに関する部分を次のとおり変更する。

(1)  被控訴人は,控訴人Aに対し,10万円及びこれに対する平成11年6月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  控訴人Aのその余の請求を棄却する。

2  控訴人鳥取地区生コンクリート協同組合の本件控訴を棄却する。

3  訴訟費用中,控訴人Aと被控訴人間に生じた分は,第1,2審を通じこれを10分し,その1を被控訴人の負担とし,その余を同控訴人の負担とし,控訴人鳥取地区生コンクリート協同組合と被控訴人間に生じた控訴費用は同控訴人の負担とする。

4  この判決の第1項(1)は仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

(控訴人A)

1  原判決中控訴人Aに関する部分を取り消す。

2  被控訴人は,控訴人Aに対し,1000万円及びこれに対する平成11年6月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人は,控訴人Aに対し,原判決別紙二記載のとおりの謝罪広告を,株式会社新日本海新聞社発行の「日本海新聞」社会面に,原判決別紙四記載のとおりの条件で1回掲載せよ。

4  被控訴人は,平成11年6月15日付け被控訴人発行の「建設通信」を,その配布先から回収せよ。

5  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

(控訴人鳥取地区生コンクリート協同組合,以下「控訴人組合」という。)

1  原判決中控訴人組合に関する部分を取り消す。

2  被控訴人は,控訴人組合に対し,1000万円及びこれに対する平成11年6月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人は,控訴人組合に対し,原判決別紙三記載のとおりの謝罪広告を,株式会社新日本海新聞社発行の「日本海新聞」社会面に,原判決別紙四記載のとおりの条件で1回掲載せよ。

4  被控訴人は,平成11年6月15日付け被控訴人発行の「建設通信」を,その配布先から回収せよ。

5  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,控訴人A及び同控訴人が理事長を務める控訴人組合が,平成11年6月15日付けで被控訴人が発行した新聞「建設通信」における原判決別紙一記載の記事(以下「本件記事」という。)の掲載により名誉を毀損されるという不法行為があったと主張して,被控訴人に対し,それぞれ慰謝料1000万円及びこれに対する遅延損害金,謝罪広告の掲載並びに上記「建設通信」(以下「本件「建設通信」」という。)の配布先からの回収を請求したところ,原審は,控訴人らの請求をいずれも棄却する旨の判決を言い渡したので,控訴人らからそれぞれ控訴がなされた事案である。控訴人Aは,当審において,後記2のとおり,予備的主張を追加した。

その他は,次のとおり補正するほか,原判決「事実及び理由」中の第二の一ないし四記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決5頁11行目の次に改行して次のとおり加える。

「控訴人組合は,本件記事が同控訴人の名誉を毀損すべき主要部分として次の各点を指摘した。

ア 本件記事本文第3段2行目の「生コン市場」から同8行目の「状態である。」まで(以下「1の記述」という。)

イ 本件記事本文第5段9行目の「公共工事」から同12行目の「むさぼっている。」まで(以下「2の記述」という。)

ウ 本件記事本文第7段37行目の「生コンの」から同41行目の「けである。」まで(以下「3の記述」という。)

エ 本件記事本文第8段4行目の「相次ぐダンピング」から同13行目の「城であろう。」まで(以下「4の記述」という。)

控訴人Aは,本件記事が同控訴人の名誉を毀損すべき主要部分として次の各点を指摘した。

ア 本件記事本文第7段5行目の「A」から同12行目の「ある。」まで

(以下「5の記述」という。)

イ 本件記事本文第7段15行目の「最近」から同18行目の「せている。」まで(以下「6の記述」という。)

ウ 本件記事本文第7段24行目の「山」から同31行目の「動きだけだ。」まで(以下「7の記述」という。)

エ 本件記事本文第8段4行目の「相次ぐダンピング」から同22行目の「ている。」まで(以下「8の記述」という。)

オ 本件記事の「Aだけがええ目をしている」との見出し(以下「本件見出し」という。)」

(2)  原判決6頁5行目の「る。」の次に「また,摘示事実ないし意見,論評の前提となった事実につき真実性の証明があり,また真実と信ずるについて相当な理由があったものである。」

(3)  原判決6頁6行目の「本件記事は、」の次に「公共の利害に関する事実に係り,」を加える。

(4)  原判決6頁13行目の「責任」の前に「不法行為」を加える。

(5)  原判決6頁13行目の次に改行して次のとおり加える。

「3 謝罪広告及び本件「建設通信」の配布先からの回収の請求の当否

4 損害額」

2  控訴人Aの当審における予備的主張

仮に,被控訴人に控訴人Aの名誉を毀損する行為がなかったとしても,本件記事中の,「A氏は時として不動産事業でも顔を出す完全な政商である。」との表現,控訴人組合のビルを「建設業者の生き血を吸った摩天楼でありこれからも吸い上げる悪魔の牙城」と喩えたうえでの「理事長A氏は独占支配の吸血鬼のようにこの城の屋上から建設業者を見下ろす。」との表現,「Aだけがええ目えをしている」との表現及び本件見出しなどは,刑法上の侮辱罪にあたる,控訴人Aの名誉感情を害する表現であることは明らかである。

第3当裁判所の判断

当裁判所は,控訴人Aの本訴請求は主文第1項(1)掲記の限度で正当と判断し,控訴人組合の本訴請求は棄却すべきものと判断するが,その理由は,次のとおり補正するほか,原判決「事実及び理由」中の「第三 争点に対する判断」記載のとおりであるから,これを引用する。

1  原判決8頁1行目,16頁11行目の「立法メートル」をいずれも「立方メートル」と改める。

2  原判決17頁13行目から20頁7行目までを次のとおり改める。

「(一) 本件記事は,特に2,4の記述をみると,控訴人組合が,独占的に生コンの販売価格を吊り上げて利益をむさぼり,その利益で4階建ての立派なビルを建設しているとの印象を一般読者に与えるものであって(控訴人組合主張のように,控訴人組合があたかも独占禁止法に違反する違法行為を行っているかの印象を一般読者に与えるものとまでは認め難い。),控訴人組合の品性,信用に対する社会的評価を低下させるものを含むといいうる。

(二) 本件記事は,特に5ないし8の記述(とりわけ,5の記述のうち「完全な政商である。」との部分,7の記述のうち「聞こえて来るのは政治権力を盾に県政を揺るがし,自己の関連する民営事業を優勢に運んでいく動きだけだ。」との部分,8の記述のうち「ちまたでは「Aだけがええ目えをしている」との怒りの声が沸き上がっている。」との部分,本件見出し)をみると,控訴人Aが,県議会議員としての政治権力を盾にこれを利用し,控訴人組合の理事長として控訴人組合に影響力を行使してこれを牛耳り,生コンの販売価格を独占的に吊り上げ,経済的利益をむさぼっているとの印象を一般読者に与えるものであって,控訴人Aの品性,信用に対する社会的評価を低下させるものを含むといいうる。」

3  原判決20頁8行目の「責任」の前に「不法行為」を加える。

4  原判決20頁9行目から37頁5行目までを次のとおり改める。

「1 証拠(甲A1)によれば,本件記事は次のような構成となっていることが認められる。まず,「第3の生コン工場誕生!」との大見出し,「苦しむ業者が勇断」「独占組合にかざ穴を」との見出しに続いて,本文で,競争のない独占価格で建設業者を苦しめ続ける生コンと記したうえ,控訴人組合に対抗して,東部建設業界に新たな生コンプラントを設立する動きがあること及びその狙いを記載している。そして,生コン市場が控訴人組合の独占価格に支配され,建設業者が自由な選択肢をもぎ取られたこと,建設業協会東部支部と控訴人組合とが緩和策を練ったが,平行線を保ったままであることなど,控訴人組合の言い分も交え,主として事実経過を記載したあと,不公平な実態の打開のため,建設業者が生コン市場の競争性に活路を求め,「大和生コン」が創業し,東部業界に熱い視線で迎えられていることの紹介がなされている。それから,控訴人組合が最近4階建てビルを完成させたことに触れ,その理事長である控訴人Aを批評し,同ビルが建設業者の生き血を吸った摩天楼であり,控訴人Aが独占支配の吸血鬼であるなどと述べたあと,同控訴人に支配されぬよう第3の生コン工場をつくろうとの有志の集まりがあることを具体的に紹介し,これにより生コン市場が活性化することは確定的になろうとの意見で結ばれている。

すなわち,本件記事は,業界紙とはいえその表現からみてやや客観性,冷静さを欠くと言われても仕方がない部分もあるけれども,全体としてみると,控訴人らを批判的にとらえつつも,控訴人組合に対抗して,公共工事も行う建設業界の支援のもとに,新たな生コン工場を誕生させ,生コン市場を活性化させようとの具体的な動きがあることに力点が置かれた記載になっており,そうすると,本件記事は,公共の利害に関する事実に係るものであり,かつその目的は専ら公益を図ることにあったといえるから,被控訴人の民事上の責任を判断するにあたっては,このことにも配慮すべきである。

2 控訴人らは,控訴人らの主張1のとおりの各点をあげて本件記事がその名誉を毀損すると主張しているので,次にこれらの点を中心に,真実性ないし真実であると信ずるについての相当性の有無について検討する。

(1)  控訴人組合について

前記一の認定事実に証拠(甲B4の1ないし3,乙2,3,12,証人B)及び弁論の全趣旨を総合すると,控訴人組合は,昭和54年から共同受注,共同販売を開始したが,その後員外が誕生して値下げ競争が過熱し,従来1万3000円台くらいであった生コン1立方メートル当たりの単価が8000円台にもなり原価割れを強いられるような事態となったため,平成8年12月に員外5社が控訴人組合に加入して,控訴人組合は,平成9年に入って以降,完全な共同受注,共同販売体制と1万3000円台の統一価格を打ち出したこと,その結果,鳥取県東部地区では,本件記事掲載のころまで,控訴人組合以外に生コンを供給できる者はなく,同地区の建設業者は,事実上,控訴人組合が設定した統一価格でしか生コンを購入することができず,また控訴人組合の指定する生コン業者の生コンを購入せざるを得ない状況であったこと,平成9年11月5日,控訴人組合と建設業協会東部支部との協議会が開催され,同協会側から,生コンの単価問題につきもともと価格を上げる前に相談があってしかるべきであるとの意見や,取引関係や品質管理の問題につき買う側の意思を全く無視して売りつけているとの意見などが出され,平成11年2月2日の協議会でも,同協会側から,執行部が会員から「物を買う側が弱くて,売る方が強いというこんなばかげたことがどこにある」と言われているとの意見が出されたりしたこと,鳥取県の生コンの積算単価は,市場の実勢価格を反映させており,後者は控訴人組合の提示する価格にほぼ匹敵していること,本件記事が掲載された当時,広島県の広島市や福山市では,生コン1立方メートル当たり8000円ないし9000円台の出荷価格であったこと,控訴人組合は,平成11年4月に本件建物を銀行から3億円の融資を受けて取得したが,その返済原資に各組合員からの手数料の一部を充てていること等の事実が認められ,これらの事実によると,1ないし4の記述に関し,その摘示に係る事実ないし論評の前提としている事実の重要な部分について真実性の証明がなされたか,被控訴人においてこれを真実と信じるについて相当の理由があったものというべきである。なお,4の記述中の論評部分には,いささか断定的でどきつい表現があり,軽率な点がないではないが,上記諸事実に前記1で述べた本件記事の全体的構成等も併せ考えると,業界紙としての論評の域を超えたものとまでは言い難い。

そうすると,被控訴人が本件記事を掲載したことは,控訴人組合の社会的評価を低下させるものではあるけれども,民事上免責され,名誉侵害の不法行為は成立しないというべきである。よって,その余の点につき判断するまでもなく,控訴人組合の本訴請求はいずれも理由がない。

(2)  控訴人Aについて

前記のとおり,本件記事は,特に5ないし8の記述をみると,控訴人Aの品性,信用に対する社会的評価を低下させるものを含むといいうるところ,7の記述のうち「聞こえて来るのは政治権力を盾に県政を揺るがし,自己の関連する民営事業を優勢に運んでいく動きだけだ。」との部分,8の記述のうち「ちまたでは「Aだけがええ目えをしている」との怒りの声が沸き上がっている。」との部分(同部分は,5ないし7の記述や直前の記述等と相まって,一般読者をして,控訴人Aが,政治権力を盾に,これを利用し,控訴人組合を牛耳って経済的利益を吸い上げているとの事実があると受け取らせるに足る記述といえる。)及び本件見出しについては,これを真実であると認めるに足りる証拠はなく(なお,記事が風評等伝聞表現の掲載でも,事実の真実性の証明は,伝聞の内容である事実自体の真否であると解される。),また被控訴人において同事実を真実であると信ずるについて相当の理由があったと認めるに足りる証拠もない。

そうすると,被控訴人が本件記事を掲載したことは,控訴人Aに対する名誉侵害の不法行為を構成するというべきである。

四 謝罪広告及び本件「建設通信」の配布先からの回収を求める請求について

本件記事の内容,前記三,1で述べた本件記事の全体的構成等に鑑みると,本件記事の掲載によって控訴人Aが被った損害を回復するために謝罪広告や本件「建設通信」の配布先からの回収を命じるまでの必要はないというべきである。控訴人Aのこれらを求める請求は理由がない。

五 控訴人Aの損害額

本件記事の内容,その他本件に顕れた一切の事情を併せ考慮すると,控訴人Aが本件記事の掲載により被った精神的苦痛に対する慰謝料としては10万円が相当である。」

第4結論

よって,控訴人Aの本訴請求は上記五の慰謝料10万円及びこれに対する不法行為後の平成11年6月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容すべきであるが,その余は失当として棄却すべきであるから,これと異なる原判決中同控訴人に関する部分を上記のとおり変更することとし,控訴人組合の本訴請求は棄却すべきであるから,原判決中同控訴人に関する部分は相当であり,同控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮本定雄 裁判官 吉波佳希 裁判官 植屋伸一)

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