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広島高等裁判所松江支部 平成13年(ネ)31号 判決 2003年1月29日

主文

1  本件控訴及び附帯控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。

(1)  控訴人は,被控訴人に対し,1208万7422円及びこれに対する平成8年2月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  被控訴人のその余の請求を棄却する。

2  訴訟費用は第1,2審を通じこれを2分し,その1を控訴人の負担とし,その余を被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

第2附帯控訴の趣旨

1  原判決を次のとおり変更する。

2  控訴人は,被控訴人に対し,1604万9896円(請求の減縮)及びこれに対する平成8年2月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は,第1,2審とも控訴人の負担とする。

第3事案の概要

1  本件は,控訴人病院(以下「本件病院」という。)に通院していた被控訴人が,同病院の医師には,糖尿病性足壊疽に対する適切な治療措置を講ずべきであったのにこれを怠り,エックス線撮影やインスリン投与を行わず,転院や入院を勧めなかったことなどの注意義務違反があり,そのため,他の病院で左足関節部の切断を余儀なくされるに至ったと主張して,不法行為(当審において請求を追加)ないし債務不履行に基づく損害賠償として合計1604万9896円及び遅延損害金の支払を求める事案である。

控訴人は,当審において,後記2のとおり主張を付加した。その他は,次のとおり補正するほか,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決3頁14行目と同15行目の間に次のとおり加える。

「(4) 寄与度,過失相殺」

(2)  原判決11頁16行目と同17行目との間に次のとおり加える。

「(3) 争点(4)(寄与度,過失相殺)について

(控訴人の主張)

仮に,A医師の処置,対応に過失があり,これと被控訴人の損害との間に相当因果関係があったとしても,糖尿病性壊疽が高度かつ不可逆的な糖尿病性血管障害の一部分症でしかない以上,被控訴人が健康な場合に比較して被っている経済的及び精神的損害の全部について控訴人に責任を負わせることは公平の原則に反する結果となるというべきであり,控訴人には,A医師が損害の発生に関与した範囲を超えて責任を負わされる理由はない。

さらに,被控訴人の損害の算定に当たっては,公平の原則上,被控訴人の以下の過失が斟酌され,過失相殺がなされるべきである。

ア 被控訴人が控訴人医院に通院する前に,永年にわたり血糖値の自己管理を怠っていたこと

イ 被控訴人が,ゴム長靴の使用をやめて,創傷部の安静と清潔を保つよう指導していたA医師の注意,指導を無視したこと

ウ 被控訴人が,A医師の入院の勧めを無視したこと

エ 被控訴人が,松江生協病院に入院中,間食をすることなどにより自己管理を怠っていたこと」

2  当審における控訴人の主張

本件では,骨髄炎の発症について控訴人に責任があるかという点と骨髄炎を発症した結果,被控訴人が切除術を受けざるを得なかったこと又は切除範囲が拡大したことについて控訴人に責任があるかという点が争点となっているところ,骨髄炎は,控訴人医院の初診時に既に発症していた可能性があるから,骨髄炎の発症について控訴人に責任はない。また,骨髄炎が確認された場合は,保存的治療では対応できず,骨髄炎の拡大を防ぐために切除術で対応せざるを得ないのであるから,A医師が被控訴人通院時にエックス線撮影を行っていたとしても,骨髄炎をより早く確認することができたにとどまり,切除範囲を縮小できた可能性は否定できないものの,切除そのものは回避できなかったといえる。そして,A医師がエックス線撮影を行わなかったため,骨髄炎の確認が遅れ,その結果切除範囲の拡大に影響があった可能性があるとしても,どの範囲で影響があったかの因果関係が明らかではなく,切除範囲の拡大の影響を与えた要因としては,松江生協病院におけるインスリン取扱上の過誤,同病院における外科手術のおくれ,被控訴人の自己管理の欠如なども存在するから,結局,A医師の医療行為に適切を欠く部分が存在するとしても,被控訴人との損害との間の因果関係が明らかでなく,本件においては,因果関係の有無に関係なく,被控訴人が当時の平均的医療水準に基づく適正な医療を受けられるという期待が裏切られたこと自体に基づく慰謝料請求が認められるかどうかという問題が残るだけである。

第4当裁判所の判断

当裁判所の判断は,次のとおり補正するほか,原判決「事実及び理由」中の「第3 争点に対する判断」記載のとおりであるから,これを引用する。

1  原判決24頁25行目から32頁2行目までを次のとおり改める。

「3 争点(1)(A医師の注意義務違反の有無),(2)(同注意義務違反と被控訴人の左足関節部切断との因果関係の有無)について

上記の医学的知見によれば,糖尿病性足壊疽の治療を行う医師としては,壊死組織の細菌感染から,発赤や腫脹等がなくとも,見かけ以上に細菌感染が深部に容易に進行し,骨髄炎等重篤な症状に至って足指やさらにその上部の切断を余儀なくされる可能性を考慮にいれつつ,慎重に患者の容態ないし壊死組織の状態の変化等を観察し,細菌感染の進行が疑われたならば,これに対する適切な措置を講じて,重篤な症状に至ることを予防すべき注意義務を負うものといわなければならない。

前記事実関係によれば,本件病院での初診時において,被控訴人の左足尖部は,第1足指が黒く変色し,第4,第5足指の腱と思われる部分が露出するなどし,創液浸潤があったし,当日ないし翌日実施した検査の結果血糖値が測定不能で白血球の数も通常の約2倍もあったこと,1月24日の検査でのヘモグロビンA1Cの値(13.5パーセント,基準範囲は4.3ないし5.8パーセント)からその約1か月くらい前からの血糖値も恒常的に高かったことが窺われることなど,被控訴人の左足尖部はかなり深部まで細菌感染が進行していることを疑わせる症状が出現していたのであるから,A医師としては,前記のような重篤な症状に至る可能性を考慮して,細菌感染の進行の程度,特に骨髄炎の有無等を確認するためエックス線撮影を実施し,血糖値を下げるとともに免疫力を強化してさらなる感染を防御するためインスリンを使用し,また,局所の安静・免荷を強力に指導するなどして,細菌感染による重篤な症状に至ることを予防すべき注意義務があったものというべきである。しかるに,A医師は,これを怠り,被控訴人の創傷部の表面的な状態から,また,血糖値が投薬等により下がりつつあったこともあって(なお,証人Bの証言によれば,血糖値が投薬等により低下の傾向にあったとしても,必ずしも細菌感染が進展していないということにはならないといえることが認められる。),患部のエックス線撮影を実施せず,インスリンの投与もせず,局所の安静・免荷についても十分な指導をしなかった過失があるというべきである。そして,前記事実関係に証人Bの証言を総合すると,A医師にこのような注意義務違反がなければ,初診時の段階で仮に既に骨髄炎が発生していたとしても,本件のような左足関節部までの切断は回避することが可能であったというべきであるから,A医師の過失と被控訴人の左足関節部までの切断との間には相当因果関係があると認めるのが相当である。

そうすると,控訴人は,被控訴人に対し,債務不履行ないし不法行為に基づき,A医師の過失により被控訴人が被った損害を賠償すべき責任を有しているものというべきである。」

2  原判決32頁3行目の「5」を「4」と改める。

3  原判決33頁1行目から同19行目までを次のとおり改める。

「(3) 寄与度,過失相殺

ところで,前記のとおり,糖尿病性壊疽は血糖コントロールの不良な比較的高齢の糖尿病患者に発症することが多い,糖尿病の最終段階に発症する合併症といえるものであるところ,控訴人のこれまでの長年にわたる糖尿病歴,本件病院での初診時の症状,容態等にかんがみると,A医師による適切な診療を受けたとしても,少なくとも足指の切断を免れなかった可能性も全く否定できないこと,被控訴人は,1月17日ころから,左足に若干痛みが出始め,それを庇って不自然な歩き方をするようになり,また,ときどき熱が出て寒気がするようになったが,そのことをA医師に告げることがなかったこと(被控訴人本人尋問の結果)等の事情が認められ,これらの事情は損害賠償法の基礎にある公平の原則に立脚すると被害者側の事情として考慮すべきであり,その他本件にあらわれた諸般の事情を総合勘案し,過失相殺の法理を適用ないし類推適用して,被控訴人の損害額からその4割を減額すべきものと認めるのが相当である。

そうすると,被控訴人が控訴人に請求しうる逸失利益,慰謝料の合計額は,次の計算式のとおり,1098万7422円となる。

(計算式)

(931万2370円+900万円)×0.6=1098万7422円」

4  原判決33頁23行目の「140万円」を「110万円」と改める。

5  原判決33頁25行目を「1208万7422円」と改める。

第5結論

以上の次第で,控訴人は,被控訴人に対し,1208万7422円及びこれに対する不法行為の後であり,控訴人における最終診療日の翌日である平成8年2月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払う義務を負担しているというべきであるから,被控訴人の本訴請求は上記の限度で正当としてこれを認容し,その余を失当として棄却すべきである。

したがって,これと一部異なる原判決はその限度で不当であるから,本件控訴及び附帯控訴に基づき,原判決を本判決主文第1項(1)(2)のとおり変更することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮本定雄 裁判官 吉波佳希 裁判官 植屋伸一)

<以下省略>

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