広島高等裁判所松江支部 平成14年(ネ)78号 判決 2004年2月27日
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の,当審における補助参加によって生じた訴訟費用は補助参加人の各負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第1,2審を通じて被控訴人の負担とする。
第2事案の概要
本件は,鳥取県東伯郡a町b地区の住民等によって構成される権利能力なき団体である被控訴人が,控訴人に対し,被控訴人と控訴人の前身である動力炉・核燃料開発事業団との間で平成2年8月31日に締結された協定に基づき,同地区内の土地上に存在するウラン鉱帯にかかる堆積残土の撤去を求めた事案である。
1 争いのない事実等(なお,証拠により認定した事実を含む場合は,末尾に当該証拠を掲記する。)次のとおり訂正するほかは,原判決2頁11行目から同8頁13行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決3頁22行目の「乙15の1及び2」の次に「,乙128,129」を加える。
(2) 原判決4頁3行目の「堆積されていた」の次に「(その位置関係は,原判決別紙図面1記載のとおり)」を加える。
2 争点
(1) 本件協定書11項「ウラン残土の撤去は,関係自治体の協力を得て,『米』『梨』等の収穫期までに着手し,当協定書(覚書,確認書を含む)を遵守の上,一日も早く完了するものとする。」の解釈
(2) 被控訴人の撤去請求が信義則違反ないし権利の濫用として許されないか否か
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)について
原判決8頁17行目から同15頁6行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。
(2) 争点(2)について
(控訴人)
ア 本件ウラン残土は,もともとb地区に天然に存在していたものが探鉱活動により掘り出された捨石であって,当初の借地契約においては土地の原状復帰は行わないことが契約書上明記されており,その所有権は附合により土地所有者に帰属すると解せられ,鉱山保安法令の改正により控訴人に立ち入り制限措置等によりこれを管理する義務が課せられたものであるところ,控訴人は,本件協定により被控訴人に対しこれを撤去することを約し,約するに当たり,「関係自治体の協力を得て」「撤去先を特定」したうえで撤去することとしたもので,控訴人が関係自治体に対して協力を要請しているにもかかわらず,撤去先も決まらないのに本件ウラン残土の撤去を無条件に訴求することは,撤去先の住民をはじめ関係自治体の同意を得ないままに強行搬入を強いるものであって,信義則に反するものである。
イ 控訴人は,本件ウラン残土について鉱山保安法並びに鳥取県及びa町との間で結んだ環境保全協定に基づいて管理等を実施しているが,環境測定の結果や検査結果で環境への安全は確認されており,また,控訴人が提示した和解案は本件ウラン残土を撤去したと同等の良好な状態を実現できるものであるにもかかわらず,被控訴人が控訴人の措置案の安全性等についてのb区住民への説明の申し入れも拒絶し,かたくなに和解案を拒絶し,撤去先も決まらないのに本件ウラン残土全量の撤去を無条件に訴求するのは,撤去先の住民をはじめ関係自治体の同意を得ないままに強行搬入を強いることになるものであって,権利の濫用である。
(被控訴人)
ア 控訴人の前記主張は,控訴審の審理が終結直前に至った段階でなされたもので,故意又は重大な過失により明らかに時機に後れたものであり,訴訟の完結を遅延させるものであるから,民事訴訟法157条1項により却下されるべきである。
イ 仮に,主張が許されるとしても,①b捨石堆積場の設置経緯,②その管理の状況,③控訴人提案の和解案の内容のいずれにかんがみても,被控訴人の本件請求が信義則違反ないし権利の濫用となるものではない。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)(本件協定書11項「ウラン残土の撤去は,関係自治体の協力を得て,『米』『梨』等の収穫期までに着手し,当協定書(覚書,確認書を含む)を遵守の上,一日も早く完了するものとする。」の解釈)について
次のとおり訂正するほかは,原判決15頁10行目から同25頁21行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決15頁13行目の「乙」の次に「1の1及び2,」を加える。
(2) 原判決20頁25行目の「締結された。」の後に,改行して次を加える。
「シ 本件協定締結当時は,動燃人形峠事業所のヒープリーチング施設は稼動中であり,ウラン残土処理に関し施設の改造・補修を必要としなかったために,岡山県,c村と動燃との間で締結されていた昭和54年7月28日付け「動力炉・核燃料開発事業団人形峠事業所周辺環境保全等に関する協定書」(以下「環境保全協定」という。)5条(施設の新増設の計画,その変更については岡山県及びc村の了解を得るものとする旨の規定)の適用はなく,鳥取県側からのウラン残土の同事業所へのヒープリーチング目的の搬入・処理について岡山県側が難色を示していたものの,上記協定の約定からは,それにつき岡山県及びc村の了解は必要としなかったものである。
しかし,その後同事業所のヒープリーチング施設の運転は休止され,同施設の再稼動には,前記協定書5条及び同協定覚書2条に基づく施設の新増設に関する協議・了解が岡山県との間で必要となった。」
(3) 原判決21頁23行目から同22頁9行目までを,次のとおり改める。
「 動燃及び対策会議のこのような共通認識(その時点においては,双方がウラン残土の受入先として想定していた動燃人形峠事業所の存する岡山県が受入れに難色を示していたことから,速やかに岡山県の同意を得て,ウラン残土を撤去することは困難な状況にあるが,いずれは岡山県側との交渉によってウラン残土の搬入受入れへの同意が得られるであろうとの共通認識)と前記のとおり当時はウラン残土の動燃人形峠事業所へのヒープリーチング目的の搬入・処理について環境保全協定の約定からは岡山県等の了解は必要ではなかったこと及び本件協定書の全条項の文言からすると,本件協定書11項は,b堆積場からのウラン残土の搬入受入れについて,受入先として想定されていた動燃人形峠事業所の存する岡山県をはじめとする関係自治体の協力(同意)が得られない限り,動燃(現控訴人)の本件協定書1項に基づくウラン残土の撤去義務は生じない,すなわち,動燃のウラン残土撤去義務は関係自治体の協力(同意)が得られることを停止条件として発生するものと解することはできないし,また,関係自治体の協力(同意)が得られない限り撤去義務の履行期は永久に到来しないと解することもできず,被控訴人と動燃の双方ともにそのような認識のもとに本件協定を締結したとは認められない。
本件協定書11項は,動燃にウラン残土撤去義務があることを前提に,これを円満に実施するためには,当時受入先として想定していた動燃人形峠事業所の存する岡山県等関係自治体の協力(同意)を得ることが必要であるとの認識のもとに,動燃のウラン残土撤去義務の履行期を岡山県等関係自治体の協力(同意)が得られたときと定め,仮に,この協力(同意)が得られない場合には,相当の期間の経過によりウラン残土撤去義務の履行期が到来するものとする不確定期限を定めたものと解すべきである。」
(4) 原判決22頁11行目の「主張する」の次に「ので,更に付言する。」を加え,同12行目の「しかし,」を削除する。
(5) 原判決22頁16行目の「(現に,」から同21行目の「である。)」までを削除する。
(6) 原判決23頁24行目の「本件協定書」から同25行目の「検討する。」までを,「ウラン残土撤去義務の履行期の到来の有無について検討する。」と改める。
(7) 原判決24頁22行目の「同月9月」を「同年9月」と改める。
(8) 原判決25頁3行目の「功を奏さず」を「効を奏さず」と改める。
(9) 原判決25頁5行目の「認められる。」の後に,改行して次を加える。
「 前記ウラン残土のh町内の県有地での保管案,a町qのiでの保管案等は,前記のとおり動燃人形峠事業所のヒープリーチング施設の運転が休止され,同施設の再稼動には,環境保全協定5条及び同協定覚書2条に基づく施設の新増設に関する協議・了解が岡山県との間で必要となり,その了解が得られないため,代替案として検討が進められたものであり,そのことは本件協定の前記解釈に影響を及ぼすものではない。
また,控訴人は,ウラン残土撤去義務を履行することができない理由として,ウラン残土はウラン鉱物(放射性物質)を含むものであり,我が国民の原子力に関する意識からして,しかるべき管理が可能な一定の敷地を必要とし,しかも,地元住民はじめ関係自治体の搬入についての同意がなければ,およそその撤去は社会通念上不可能なものである旨主張するのであるが,本件協定書11項の義務は本来動燃が本件協定に基づき負っている義務であり,ウラン残土の現時点における放射線量等からすると,ウラン残土の搬入について,これを円満に実施するためには地元住民等の同意が事実上必要であることは推認し得るところではあるが,これが法的な制約となるとまでは認めるには至らないし,撤去義務の履行が法的ないし社会通念上不能であるとまでは認めるには至らない。」
(10) 原判決25頁6行目の「以上」から同19行目の「べきである。」までを次のとおり改める。
「 以上認定のとおり,動燃による働きかけにもかかわらず,結果として,岡山県等関係自治体の協力(同意)は得られておらず,これを得られる見込みがあるともいえない状況に至っており,本件協定締結時点では,動燃と被控訴人とは,撤去作業に1年以内に着手することを念頭においていたことも考慮すると,本件協定締結後10年経過した時点では,本件協定書11項により定められたと解される相当期間は経過したものというほかないのであって,控訴人のウラン残土撤去義務の履行時期は既に到来しているというべきである。
また,撤去対象の特定の点については,本件協定当時において動燃と被控訴人との間では共通の理解が存しており,本件訴訟における厳密な意味での特定が原審における審理中になされたとしても,撤去義務に関する前記判断を左右するものではない。」
2 争点(2)(被控訴人の撤去請求が信義則違反ないし権利の濫用として許されないか否か)について
被控訴人は,控訴人の当該主張を時機に後れたものとして却下すべきであると主張するが,同主張は訴訟の完結を遅延させるものとは認められないから,被控訴人の同主張は採用できない。
被控訴人は控訴人に対し,本件協定によるウラン残土の撤去請求権を有しているのであり,前記のとおり同請求権の履行期は既に到来しているのであるから,控訴人の主張を考慮するとしても,本件請求が信義則違反あるいは権利の濫用に該当するものではないことは明らかである。
3 よって,本件控訴は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 廣田聰 裁判官 吉波佳希 裁判官 植屋伸一)
file_2.jpg別紙