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広島高等裁判所松江支部 平成15年(う)21号 判決 2004年1月26日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役3月に処する。

この裁判が確定した日から2年間その刑の執行を猶予する。

理由

1  本件控訴の趣意は,検察官遠藤太嘉男名義の控訴趣意書記載のとおりであるから,これを引用する。

2  所論は,要するに「被告人は,酒気を帯び,呼気1リットルにつき0.25ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態で,平成13年8月31日午前1時32分ころ,島根県平田市a町b番地付近道路において,普通貨物自動車(軽四)を運転したものである。」との公訴事実について,犯罪の証明があるのに,これがないとして無罪を言い渡した原判決には,判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があるというものである。

原判決は,被告人が公訴事実記載の日時・場所で普通貨物自動車(軽四)(以下「本件車両」という。)を運転していた事実を現認したとする司法警察員Aの原審公判廷における供述(原審第3回及び第7回公判)(以下「A供述」という。)について,「民事裁判が証拠の優越で足り刑事裁判は合理的疑いを超える証明が必要と説かれる理由を考えると,供述により公訴事実を認定するためには,単に裁判官がこの供述は信用できると考えるだけでは不十分であり,客観的証拠により同供述が裏付けられることを認定することが要求されると理解される。」とし,結局同供述を裏付ける客観的証拠は見当たらず,犯罪の証明がないとして,被告人は無罪であるとしたものである。

そこで,所論にかんがみ,記録を調査し,当審における事実取調べの結果を参酌して検討する。

まず,被告人が,平成13年8月31日午前1時32分過ぎころ,被告人方駐車場において,本件車両に乗っていてA警察官から職務質問を受け,酒気帯び運転の嫌疑でB警察署に任意同行することを求められ,これに応じ,B警察署に同行し,午前1時45分から午前2時35分までの間に,B警察署で受けた酒気帯び検査により呼気1リットルにつき0.35ミリグラムのアルコールが検知されたこと,Aの職務質問の開始からB警察署で酒気帯び検査を実施し,被告人が検知されたアルコールの数値を確認した上で,アルコール検知管を入れた封筒に被告人が署名するまでの間は被告人がAらに対し異議を述べたり,飲酒運転はしていない旨本件犯行を否認したりすることはなかったことが認められ,この間の経緯については,被告人も職務質問を受けたのが本件車両から降りた後であり,酒気帯び運転の嫌疑で任意同行を求められたことは分からなかった旨述べるほかはこれを認めるところである。

そこで,A供述について検討するに,同供述の概要は,Aは,平成13年8月30日午後11時過ぎころ,B警察署で当直勤務中,平田市c町で交通事故(物件事故)が発生したとの通報を受け,一人でパトカーを運転して同事故現場に赴き,事件の処理をした後帰庁する前に平田市内をパトロールすることにして,国道431号線を出雲市方面から松江市方面に向けて走行していたところ,平田市a町d番地先のe交差点付近の道路において本件車両が走行しているのを発見し,同車両がf交差点手前(同町b番地先・本件公訴事実における犯行現場)で信号待ちのため停止した後,対面信号が青色に変わってもすぐに発進せず,4,5秒経過してから発進し,同交差点を右折進行して行ったことから,飲酒運転の疑いもあると考えて,職務質問を実施することとし,本件車両を追尾し,パトカーの赤色灯を点灯させて,マイクで,2,3回停止するよう呼び掛けたが同車両はすぐには停車せず,被告人方の駐車場に入って停車したため,パトカーから降車して本件車両の運転席側に赴き,その運転席にいた被告人に声を掛け,免許証の提示を求めたところ,被告人から酒臭がしたため,飲酒量を検知するためにB警察署まで同行を求め,B警察署において前記のとおり検知管による酒気帯び検査をし,酒気帯び鑑識カードへの署名指印及びアルコール検知管を入れた封筒に署名に加えて指印を求めたところ,被告人がこれを拒絶し,同日被告人から事情聴取したAによる被告人の供述調書にも署名指印を拒絶したというものである。

A供述はそれ自体何ら不自然,不合理な点はなく,本件を他の事件における捜査体験と混同しているような様子もないうえ,Aが本件に至るまで面識のなかった被告人を陥れなければならない事情は全く窺えないのであって,A供述の信用性を否定しなければならない事情は見出せない。これについて原判決が種々指摘する点は,その当否はさておいたとしても,A供述の信用性を否定しなければならない事情とはいえない(なお,A供述による当日の行動の時間的経過については,当審において提出された司法警察員作成の平成15年6月30日付け実況見分調書及び同月25日付け捜査報告書によりその真実性が裏付けられてもいる。)。

これに対し,被告人は,自宅で焼酎の水割りで晩酌した後に,自宅前に駐車していた本件車両の中で寝ており,起きてから自宅に戻ろうとして車から降りたところで警察官にばったり会って職務質問され,警察官の言われるままにB警察署に行き,飲酒検知を受けたものであって,公訴事実記載の日時・場所において本件車両を運転したことはない旨弁解するのであるが,被告人方駐車場における職務質問の開始からB警察署での酒気帯び検査までの状況からすれば,被告人が酒気帯び運転の嫌疑でB警察署まで同行を求められたことを認識していたことは明らかであり,この間,本件車両内で寝ていただけで走行はしていない旨の弁解は何らしなかったことも併せ考慮すると,被告人の前記弁解は信用し得ないものである。

また,原判決が,供述証拠により公訴事実を認定する場合には,同供述に客観的な裏付けが必要である旨いう点は,その趣旨が不分明ではあるものの,供述証拠の信用性については慎重に検討する必要がある旨をいうとすれば相当であるが,裁判官が,その供述証拠に信用性が認められるとの心証を抱いたとしても,更にそれを裏付ける客観的証拠がなければ,公訴事実を認定することができない旨を述べるものであるとすれば,自由心証主義に法の定めるところではない制約を加えるものであって,到底採用し得ない。

以上のとおりであって,A供述は信用することができ,これと酒気帯び鑑識カード等の証拠により本件公訴事実は優にこれを認定することができるのであって,本件公訴事実の証明がないとした原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある。論旨は理由がある。

3  よって,刑事訴訟法397条1項,382条により原判決を破棄し,同法400条ただし書により直ちに当裁判所において自判すべきものと認め,更に次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は,酒気を帯び,呼気1リットルにつき0.25ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態で,平成13年8月31日午前1時32分ころ,島根県平田市a町b番地付近道路において,普通貨物自動車(軽四)を運転したものである。

(証拠の標目)

・当審における証人Aの公判供述

・原審第2回公判調書中の証人Cの供述部分

・原審第3回及び第7回公判調書中の証人Aの各供述部分

・司法警察員作成の平成13年12月28日付け実況見分調書

・酒気帯び鑑識カード(不同意部分を除く)

(法令の適用)

被告人の判示所為は,平成13年法律第51号(道路交通法の一部を改正する法律)附則9条により同法による改正前の道路交通法119条1項7号の2,65条1項,同法施行令44条の3に該当するところ,所定刑中懲役刑を選択し,その刑期の範囲内で被告人を懲役3月に処し,情状により刑法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から2年間その刑の執行を猶予し,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して原審及び当審における訴訟費用は被告人に負担させないこととして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 廣田聰 裁判官 吉波佳希 裁判官 植屋伸一)

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