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広島高等裁判所松江支部 平成16年(行コ)2号 判決 2005年7月27日

主文

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1  控訴の趣旨

主文と同旨

第2  事案の概要

1  事案の要旨

被控訴人は,鳥取県情報公開条例(平成12年鳥取県条例第2号,以下「本件条例」という)に基づき,本件条例の実施機関である控訴人に。対し,鳥取県警本部警務課ほかの食糧費及び出張旅費に関する支出負担行為書・支出仕訳書並びに鳥取県警本部捜査第一課の出張旅費に関する支出負担行為書・支出仕訳書のうち鳥取(県警本部)から米子に出張している部分について,公文書の開示請求をした。これに対し,控訴人は,鳥取県警察職員のうち警部補及び同相当職以下の職にある者の氏名及び印影は,公にすることにより,当該警察職員の権利利益を不当に侵害するおそれがあり,本件条例9条2項2号ウ,鳥取県情報公開条例施行規則(平成12年鳥取県規則第8号,以下「本件規則」という。)6条1項3号に該当するとして,上記部分につき非開示処分をした。そこで,被控訴人は,控訴人が非開示処分の根拠とした本件規則6条1項3号は本件条例に反し無効であり,上記非開示部分は本件条例所定の非開示情報に該当しないなどとして,非開示処分の取消しを求めた。

2  訴訟経緯

原審裁判所は,本件条例9条2項2号ウについて,同条項により非開示とされる情報は,当該公務員等の権利利益を不当に侵害するおそれのある情報であり,かつ,規則に定める情報であることが必要であると解した。そして,本件条例9条2項2号ウの委任を受けた本件規則6条1項3号は同条例に反するとはいえないが,同条例9条2項2号ウの「当該公務員等の権利利益を不当に侵害するおそれ」については,権利利益の侵害の具体的な危険性を要するところ,非開示部分の情報について,控訴人は上記具体的な危険性につき主張・立証をしていないから,控訴人の非開示処分は違法であるとして,同処分を取り消した。

これに対して,控訴人が本件控訴を提起した。したがって,当審における審判の対象は,被控訴人の非開示処分取消請求の当否(上記非開示部分が本件条例所定の非開示情報に該当するかどうか。)である。

3  前提事実(当事者間に争いがない。)

原判決2頁10行目から同4頁21行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,次のとおり補正する。

(1)  原判決2頁13行目から14行目にかけての「鳥取県情報公開条例(平成12年鳥取県条例第2号。以下「本件条例」という。)」を「本件条例」に改める。

(2)  原判決3頁15行目の「規則に定める」を「規則で定める」に改める。

(3)  原判決3頁20行目から21行目にかけての「鳥取県情報公開条例施行規則(平成12年鳥取県規則第8号。以下「本件規則」という。)」を「本件規則」に改める。

(4)  原判決4頁18行目の「印影部分」の次に「(以下「本件情報」という。)」を加える。

4  争点

本件情報が本件条例所定の非開示情報に該当するか(本件規則6条1項3号の規定は,本件条例の委任の範囲を超えたものとして,無効か。)。

5  争点に関する当事者の主張

原判決5頁12行目から同8頁2行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,次のとおり補正する。

(1)  原判決6頁10行目の次に改行して次のとおり加える。

「(5) なお,仮に本件規則6条1項3号が無効でないとしても,本件情報は,当該公務員の権利利益を不当に侵害するおそれのある情報に該当しないから,本件処分は本件条例9条2項2号ウに違反するものであり,非開示情報に該当しない。」

(2)  原判決8頁2行目の次に改行して次のとおり加える。

「(4) 本件条例9条2項2号ウの「当該公務員の権利利益を不当に侵害するおそれがある情報であって,規則に定めるものを除く。」とあるのは,「当該公務員の権利利益を不当に侵害するおそれがあるものとして知事が認め,規則で定めるもの」と解すべきである。そして,本件規則6条1項3号はこれを受けて定められたものである。したがって,これが本件条例9条2項2号ウに違反すると解する余地はない。」

6  当審における当事者の補充主張(原判決批判を含む。)

(1)  控訴人

ア (本件条例9条2項2号ウと本件規則6条1項3号の関係)

原判決は,本件情報が非開示情報であるというためには,本件規則で規定する非開示情報であるとともに,本件条例9条2項2号ウの「当該公務員等の権利利益を不当に侵害するおそれ」があることを要するとしている。

しかし,本件条例9条2項2号ウの「当該公務員等の権利利益を不当に侵害するおそれがある情報であって」の文言は,規則への委任範囲を明らかにしたものである。よって,上記委任の範囲で適法に規則が制定されれば,その規則の文言により非開示情報の範囲が明確に定まることになる。原判決のように,本件規則が規定する非開示情報に該当するか否かを判断した後,同規則に委任した本件条例に遡り,具体的かつ個別的に非開示情報に該当するかをあらためて判断することになると,むしろ非開示情報の範囲が不明確になる。控訴人は,公務員の職務・地位に照らし,個別具体的な事情を検討した上,情報開示制度における予見可能性,法的安定性に配慮しつつ,本件規則において可能な限り明白に非開示情報の範囲を定めたものであって,本件規則6条1項3号は本件条例に反しない。

イ (本件条例9条2項2号ウの「権利利益を不当に侵害するおそれ」の解釈)

原判決は,本件条例9条2項2号ウの「当該公務員等の権利利益を不当に侵害するおそれ」について,権利利益の侵害の具体的な危険性を要するとしている。そして,上記解釈によると,原判決は,本件条例9条2項2号ウの「権利利益」を当該警察職員又はその家族に対する危害,嫌がらせ等生命,身体及び財産等にかかわる権利であると限定的に解していると推測される。

しかし,本件条例及び本件規則の他の規定に照らすと,上記「権利利益」は,直接的には個人識別情報すなわち個人の自己情報管理の権利利益の保護であり,生命,身体及び財産等に対する危害は間接的な事情にすぎない。そして,本件条例9条2項2号ウの「権利利益」が個人の自己情報管理の権利利益である以上,個々の公務員又はその家族に対する危害,嫌がらせ等何らかの不利益が及ぶ危険性は抽象的危険性で足りるとすべきである。なお,本件情報を開示することにより,「警部補及びこれに相当する職以下の職にある警察職員」に対して危害等不利益が生ずる具体的な危険性もある。

(2)  被控訴人

ア (本件条例9条2項2号ウと本件規則6条1項3号の関係)

原判決は,非開示情報の該当性について,本件規則で規定する情報であることと本件条例9条2項2号ウの「当該公務員等の権利利益を不当に侵害するおそれ」があることの両要件を充足することを要するとしている。

しかし,本件条例9条2項2号ウは,公務員等の職務の遂行に係る情報に含まれる当該公務員等の職の名称その他職務上の地位を表す名称及び氏名並びに当該職務遂行の内容は原則開示としているのであるから,「当該公務員等の権利利益を不当に侵害するおそれ」がある情報でない以上,そもそも本件規則で非開示情報として規定することはできないはずであり,原判決の上記解釈は誤りである。

イ (本件条例9条2項2号ウの「権利利益を不当に侵害するおそれ」の解釈)

情報公開請求権は,憲法21条の「知る権利」に由来する権利であるから,本件条例の解釈・適用については,憲法の民主主義,基本的人権の尊重の要請に適った解釈をすべきである。ところで,本件条例1条,3条1項が情報の公開が原則であると規定していることからしても,その例外である非開示情報を規定する本件条例9条2項2号ウの「当該公務員等の権利利益を不当に侵害するおそれ」は,具体的かつ差し迫ったものであることを要すると解釈すべきである。

第3  当裁判所の判断

1  本件条例9条2項2号ウと本件規則6条1項3号の関係及び本件規則6条1項3号の趣旨

(1)  前提事実によれば,本件条例及び本件規則の規定は以下のとおりである。

ア 本件条例の規定

本件条例は,県政に対する県民の知る権利を尊重し(1条),上記権利を具体化するため,県民等開示請求権者が控訴人等実施機関の保有する公文書の開示を請求する権利を保障し(5条),公文書は原則として開示しなければならないと規定する(9条1項)。

他方,本件条例は,個人の秘密その他の通常他人に知られたくない個人に関する情報がみだりに公にされることのないよう最大限の配慮をすることとし(3条2項),個人に関する情報中,個人識別情報及び個人識別情報ではなくとも,個人の権利利益を侵害するおそれがあるものについては非開示として,一定の要件が認められる場合にのみ開示することとしている(9条2項)。

そして,公務員等の職務の遂行に係る情報に含まれる当該公務員等の職の名称その他職務上の地位を表す名称及び氏名並びに当該職務遂行の内容は,個人識別情報及び個人の権利利益を侵害するおそれがあるものであっても,原則に戻って開示することとしている。しかし,当該公務員等の権利利益を不当に侵害するおそれがある情報であって,規則に定めがあるものについては,例外的に非開示とすることとしている(9条2項2号ウ)。

イ 本件規則6条1項の規定

本件規則6条は,本件条例9条2項2号ウの規則で定める非開示情報として,①給与,勤務成績その他の通常他人に知られないことが相当であると認められる情報(1号),②開示することにより,当該公務員等に対する暴行,脅迫等を招く明白かつ差し迫った危険が予見される情報(2号)及び③警部補及びこれに相当する職以下の職にある警察職員の氏名(3号)を規定する。

(2)  本件条例9条2項2号ウが非開示情報として,「当該公務員等の権利利益を不当に侵害するおそれがある情報であって,規則で定めるもの」と規定していることからすると,本件条例は,当該公務員等の権利利益を不当に侵害するおそれがあり,非開示とすべき具体的情報についての定めを本件規則に委任したと解するのが相当である。すなわち,個人識別情報及び権利利益侵害情報は,公開情報の例外であるところ,公務員の職務の遂行に関しては,これらも公開するとした上,さらに,一定の場合には,当該公務員の権利利益が不当に侵害されるものとして非開示とするが,その具体的情報の定めを規則に委任するとしているのである。そうすると,本件条例9条2項2号ウは,権利利益を不当に侵害するおそれの要件の判断も含めて,その定めを規則に委任していると解さざるを得ない。そうではなく,上記要件の判断を規則に委任していないというのであれば,条例において,上記要件に該当する場合を具体的に挙げた上で,その範囲で規則に委任する趣旨を明確に記載したはずである。

仮に当該情報が非開示情報であるというためには,本件規則で規定する非開示情報であることのほかに本件条例9条2項2号ウの「当該公務員等の権利利益を不当に侵害するおそれ」があることを要すると解すると,当該情報が非開示情報であるか否かの判断において,当該個々の情報につき「当該公務員等の権利利益を不当に侵害するおそれ」があるか否かをあらためて判断することになって,開示請求権の範囲を不明確にして法的安定性を損なうとともに,本件条例が本件規則に委任した趣旨を没却することになるから,上記解釈は相当ではない。

(3)  本件規則6条1項1号は「給与,勤務成績その他の通常他人に知られないことが相当であると認められる情報」を,同2号は「開示することにより,当該公務員等に対する暴行,脅迫等を招く明白かつ差し迫った危険が予見される情報」を各非開示情報としている。そして,同3号がこれらとは別個の非開示情報として規定されている以上,同号は,公務員等が通常他人に知られないことが相当である個人情報の保護あるいは公務員等の生命,身体及び財産等に対する明白かつ差し迫った危険から当該公務員等を保護することを目的としたものではないといわざるを得ない。そうすると,同号は,警察職員のうち,警部補及びこれに相当する職以下の職にある職員に関しては,個人の氏名に関する情報を開示することによって,2号に規定するような生命,身体,財産等に対する明白かつ差し迫った危険にまで至らないとしても,当該職員の権利利益が不当に侵害されるおそれが一般的に認められるとして,当該職員をそのような侵害から保護しようとしたものであると解するのが相当である(この場合,主として生命,身体への危険が想定されていると解される。個人の情報管理の観点からは,すでに同1号において公務員等一般に関して規定されているのであり,そのほかに,警部補及びこれに相当する職以下の職にある警察職員についてのみ,氏名について個人情報管理の利益を保護すべき理由は見いだし難いからである。)。したがって,本件規則6条1項3号は,上記のような判断を内在して規定されたものというべきであるから,それ以外の要件(例えば生命,身体への具体的な危険性の存在)を必要とすると解することはできない。

なお,被控訴人は,情報公開条例に基づく情報開示請求権が憲法21条の「知る権利」に由来するものであり,本件条例を解釈する際には,憲法の民主主義,基本的人権の尊重の要請に合致するよう解釈すべきであるから,情報公開請求権を制限することになる本件条例9条2項2号ウの「侵害するおそれ」は,具体的かつ差し迫ったものである必要がある旨主張する。しかし,上記情報開示請求権は,憲法21条の「知る権利」の内容に関連するものであるものの,同権利に基づき直接具体的な請求権が導き出されるものではなく,情報公開条例により規定されて初めて具体的な請求権が認められるものであり,情報開示請求権を無制約に尊重すべきであるとの解釈をすることはできない。

2  上記のとおり,本件規則6条1項3号の規定は,本件条例の委任によって,定められたものである。そして,本件情報は,同号の規定に該当する情報であるから,本件条例所定の非開示情報に該当するというべきである。

もっとも,同号の規定の趣旨は上記のとおりであるところ,同号に規定する情報(本件情報)がおよそ「当該公務員等の権利利益を不当に侵害するおそれ」のない情報であり,その意味で合理性のないものであれば,本件条例の委任の範囲を超えていることとなり,同号が本件条例に違反するものとして無効となり,本件情報が本件条例所定の非開示情報に該当しないと解する余地があるから,この点を検討する。

(1)  警察職員は,犯行現場や警察規制の現場で,直接被疑者や被規制者と対峙し,逮捕や規制の結果を直接かつ強制的に実現する職務に当たることからして,その職務は,その相手方個人又はその者が所属し警察に敵対する過激派若しくは暴力団等の組織から反発や反感を招きやすい性質を有している。実際,鳥取県警の警察職員においても,被疑者や被規制者から脅迫的言動を受けるなどの事案が発生している(乙61の1ないし36)。そうすると,被疑者や被規制者及びその者が属し警察に敵対する組織によって,氏名を開示された警察職員が特定され,警察職員本人やその家族に脅迫や嫌がらせ等の危害が及ぶ危険性があり,とりわけ被疑者や被規制者と直接対峙する機会の多い警部補及びこれに相当する職以下の職にある警察職員については,その氏名を非開示情報として規定することに一応の合理性が存在すると認められる。なお,警部以上の警察職員についても,警部補及びこれに相当する職以下の職にある警察職員と同様,氏名の開示により警察職員本人やその家族に脅迫や嫌がらせ等の危害が及ぶ危険性があるものの,上記のとおり,被疑者や被規制者と直接対峙する機会は警部補及びこれに相当する職以下の職にある警察職員の方が格段に多く,また,警部以上の警察職員は警部補以下の警察職員を監督する責任を負担するとともに組織的な説明責任を果たす立場にあることを考慮すれば,情報の開示を求める利益との調整の観点から,警部以上の警察職員の氏名を開示し,警部補以下の警察職員と区別することには合理性が存する。

(2)  被控訴人は,平成12年3月まで警部補及びこれに相当する職以下の職にある警察職員を含む鳥取県警職員の人事異動が新聞等で公表されるなどしていたところ,上記公表により警察職員に対する危害等が加えられた実例が発生した事情は窺われない旨主張する。しかし,上記人事異動の公表は,当該警察職員がどの課に所属しているかが判明するに止まるのに対し,本件各文書の氏名が開示された場合,当該警察職員が上記課内においてどのような活動に従事しているかを把握される可能性があり,危害が及ぶ危険発生の可能性に相違があり,同様に解することはできない。

被控訴人は,警部補及びこれに相当する職以下の職にある警察職員が名札や識別証を着用して活動したり,交番や駐在所に勤務する多くの警部補以下の警察職員が自ら広報紙などを作成・発行して地域住民との交流を図り,そもそもその氏名を秘匿しようとしていない旨主張する。しかし,名札や識別証の着用や広報紙の作成・発行は,職務範囲の地域に限定されるのに対し,本件条例により氏名が開示される場合,範囲が地域的に限定されない上,事後において当該警察職員がどの課に属しているかが判明するものであり,同様に解することはできない。

被控訴人は,警察職員に危害を加えようと企てる者が本件条例に基づき情報開示請求をすることはあり得ないと主張する。しかし,必ずしもそのようにいえるかは疑問であり,また,警察職員に危害を加えようと企てる者が第三者を介して情報開示請求する可能性は存在するというべきである。

被控訴人は,警部補及びこれに相当する職以下の職にある警察職員を含めた警察職員の氏名が開示されることにより旅費や食糧費等が適法に支出されているのかを確認できるのであって,これを非開示とすることはその確認方法を閉ざすことになる旨主張する。しかし,支出の適法性の問題は,本来,監査の強化等により図られるべきものであり,警部補及びこれに相当する職以下の職にある警察職員の権利利益の侵害のおそれを理由とする情報開示制限とは直接の関連を有するものではない。したがって,警部補及びこれに相当する職以下の職にある警察職員の氏名開示によって,被控訴人が主張するようなメリットがあるとしても,そのことから,本件規則6条1項3号の規定が合理性を欠くということはできない。

3  以上のとおり,本件情報は本件条例に規定する非開示情報に該当するといえるから,本件情報を非開示とした本件処分に違法性はない(警部補及びこれに相当する職以下の職にある警察職員の氏名が非開示情報とされている以上,その印影についても同様に解すべきである)。なお,被控訴人は,仮に本件規則6条1項3号が無効でないとしても,本件処分が本件条例に違反して違法である旨を主張するが,根拠が明らかではなく採用することはできない。その他,本件処分に違法性が存することを窺わせるような事情は認められない。

第4  結論

以上のとおりであり,被控訴人の請求はいずれも理由がないから棄却すべきである。これと結論を異にする原判決を取り消し,被控訴人の請求をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 赤西芳文 裁判官 橋本眞一 裁判官 次田和明)

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