広島高等裁判所松江支部 平成17年(ネ)67号 判決 2006年8月30日
東京都中央区<以下省略>
控訴人
東京穀物商品取引所
同代表者理事長
A
上記同所
控訴人
委託者保護会員制法人日本商品委託者保護基金
同代表者理事長
B
控訴人ら訴訟代理人弁護士
増岡由弘
同
青田容
島根県<以下省略>
被控訴人
Y
同訴訟代理人弁護士
加瀬野忠吉
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決中,控訴人ら敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
第2事案の概要
1 事案の要旨
被控訴人は,アイコム株式会社(以下「アイコム」という。)に商品先物取引を委託したが,アイコムの詐欺行為によって損害を受けたと主張して,アイコムとの和解契約によりアイコムに対する560万円の和解金債権を取得した。そして,同債権は,商品取引所法の一部を改正する法律(平成16年5月12日法律第43号)による改正前の商品取引所法(以下「法」という。それ以前の改正前の法律についても同様とする。)97条の3第1項の「委託により生じた債権」及び同条の11第3項の「受託に係る債務」に当たるとして,各条項に基づき,控訴人らに対して,和解金債権残額336万円(以下「本件債権」という。)の支払を求め,さらに,控訴人らが同債権を上記各条項の債権,債務に該当しないとして,弁済から除外したことが不法行為に該当するとして,慰謝料50万円及び弁護士費用30万円並びにこれらに対する訴状送達の日の翌日である平成15年11月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めた。また,被控訴人は,手続要件の欠缺により,本件債権の支払請求が認められない場合に,予備的に,手続要件の欠缺が控訴人らの不法行為によって生じたとして,不法行為に基づく損害賠償として本件債権と同額の支払いを求めた。控訴人らは,被控訴人が上記「委託により生じた債権」及び「受託に係る債務」支払いの手続要件を履践していない,本件債権は「委託により生じた債権」及び「受託に係る債務」に該当しないなどと主張して争った。
2 訴訟経緯
原審裁判所は,被控訴人の社団法人商品取引受託債務補償基金協会(原審における訴訟承継前の被告)に対する請求手続には瑕疵はないが,控訴人東京穀物商品取引所に対する請求手続については,申出での様式を履践していない部分があるが,同控訴人の審査経緯等から,同控訴人は,申出手続の欠缺を主張できないと解した。
原審裁判所は,また,本件債権は,「委託により生じた債権」及び「受託に係る債務」に該当すると判断し,控訴人らに対し,本件債権及びこれに対する遅延損害金の支払いを命じたが,控訴人らの行為が不法行為を構成することは否定し,慰謝料請求及び弁護士費用の請求は棄却した。
これに対して,控訴人らが本件控訴を提起した。したがって,当審における審判の対象は,被控訴人の控訴人らに対する本件債権及びこれに対する遅延損害金請求の当否である。ただし,控訴人らは,当審において,もっぱら,本件債権が実体的に「委託により生じた債権」及び「受託に係る債務」に該当しないことを主張しているから,この点が実質的な争点である。
3 争いのない事実等(証拠の掲記のない事実は,当事者間に争いがない。)
原判決2頁22行目から同6頁9行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,次のとおり補正する。
(1) 原判決3頁8行目の「(以下「本件債権」という。)」を「(本件債権)」に改める。
(2) 原判決3頁10行目の「受託業務補償金制度」を「受託業務保証金制度」に改める。
4 当審における争点
(1) 委託者債権請求の手続要件
(2) 委託者債権請求の実体要件(本件債権が委託者債権に該当するか。)
第3争点に関する当事者の主張
原判決添付の別紙25頁ないし72頁までに記載のとおりであるから,これを引用する。
第4当審における当事者の補充主張の概要(争点(2)について)
【控訴人ら】(以下1~3の主張は,乙第7号証の記載により,4,5の主張は乙第8号証の記載により,6,7の主張は乙第9号証の記載による)
1 法97条の3第1項の「その委託により生じた債権」の用語の趣旨
(1) 上記文言は,委任と相当因果関係にある債権を指すが,その相当性の判断は,当該文言のみではなく,規定の趣旨,立法の趣旨,関連規定等から解釈されるべきである。なお,「により」の用語は,「に関して」よりも狭い範囲を表す用語である。
(2) 「その委託により生じた」の用語は,商品取引員が問屋であることの性格に照らし,委託によって商品取引員が自己の名で委託者の計算によって取得した金銭等を表すものである。また,委託者資産の分離保管義務を定めた法136条の15の「受託等業務により生じた債務」も同様である。すなわち,受託業務保証金の払渡しの対象となる債権は分離保管の対象債権と同一である。
(3) 法38条5項は,「その委託により生じた債権」に関して,当該会員の会員信認金について,他の債権者に先立って弁済を受ける権利を有する旨を定め,84条1項は,会員が商品市場における取引に基づく債務の不履行により他の会員又は取引所に損害を与えたときは,その損害を受けた会員の当該取引に係る商品市場における取引についての取引証拠金について他の債権者に先立って弁済を受ける権利を有すると定めている。このように法は,「その委託により生じた債権」と債務不履行による損害賠償債権を用語上も明確に区別している。さらに法136条の22の商品取引責任準備金の規定は,「先物取引又はその委託を受け,若しくはその委託の取次ぎを引き受けることに関して生じた事故であって主務省令で定めるものによる」と規定して,損害賠償債権については,「その委託により生じた債権」とは別の用語を使用している。
(4) 以上から,「その委託により生じた債権」は,商品先物取引にとって基本的な制度である委託者資産の分離保管制度を前提とした委託者の資産の返還債権を指すものである。
2 実質的観点
(1) 損害賠償債権は,委託者の委託資産及び建玉と直接関係がない。
(2) 損害賠償債権の元本は,委託者資産とは無関係に,損失の適正公平な補填の法理によって認定,算定される。
(3) 委託者が委託者資産の返還を求める権利は,委託の際に行われた債務不履行,不法行為に基づく損害賠償債権と比較すれば,保護の必要性が高い。
(4) 商品取引員の違法行為による損害賠償債権については,商品取引責任準備金制度(法136条の22)が定められている。
(5) 受託業務保証金は,固定部分と流動部分から構成されているが,固定部分は僅かであり,基本的には,預かり資産に対応したものとなっている。
3 以上のとおり,受託業務保証金制度は,分離保管制度を前提とし,これと相まって,委託者資産の担保,保全を強化する制度であり,委託者債権は,委託者が商品取引員に委託した取引の結果生じた委託者の資産の返還を請求する権利であると解することが,委託者債権の内容,規定の趣旨,法の趣旨,委託者債権の保護の必要性,委託証拠金との関係,分離保管制度の趣旨,分離保管制度との関係に最も適合している。
4 商品委託者保護基金制度は,商品取引に関する紛争調停ないし紛議処理機関ではなく,証券市場ないし商品先物市場の市場機能を守るためのセーフティネットである。平成16年の商品取引所法改正によって,委託証拠金の商品取引所に対する直接預託が原則形態となったことで,受託業務保証金制度が廃止になったことは,受託業務保証金制度自体が商品取引所での売買処理のための資金であることを物語っている。
本件債権のような債権をこれによって賄うことを認めれば,商品市場の最後のセーフティネットとしての同基金は,業者の不法行為責任を業者に代わって履行する保証人としての機能を強いられることになるが,このようなことは,理論的にも実質的にも上記制度は予定していない。
5 証券取引法上,投資者保護基金によって補償されるべき補償対象債権の意義は厳密に規定されている(79条の20第3項)。これは,いずれも正常な証券取引に伴って預託を受けた資産である。
このような証券取引法の理解は,平成16年改正前の商品取引所法の委託者債権についても妥当する。
6 受託業務保証金は,多数の委託者に対して公平な払渡しを行うため,公示をした上で一定の期間,申出でを受けつけ,申出額のうち委託により生じた債権と認定された額の合計額を分母とし,受託業務保証金の額を分子として配当率を算出し,この配当率を各申出者の認定債権額に乗じて各委託債権者に対する払渡額を算出する。ところで,債務不履行や不法行為による損害賠償に関しては,損害との因果関係や損害額について争いとなることが避けられないところ,このような払渡債権額に争いがある者が一人でもいれば,配当を行うことができない。これでは,債権に関する紛争の解決を待って数年間払渡手続が遅延することになりかねず,大多数の正常な取引の委託債権者が救済を受けられないという極めて不合理な結果となる。
7 損害賠償債権を委託者債権として,受託業務保証金の払渡対象とすれば,取引所の調査によって,債権の存否や額を裁定することが避けられない。しかし,そのためには,証拠資料の収集などの調査や裁定権能,手続が規定されていなければならないが,関係法令にはそのような規定はない。したがって,損害賠償債権を委託者債権とすべきではない。
【被控訴人】-反論
1 乙第7号証の記載について
(1) 成文法の解釈において,第一に重視すべきは規定の文言であり,その他の点を文言と同一レベルで総合考慮するのは,解釈方法として,明らかに誤りである。
(2) 商品取引員が問屋であるからといって,「その委託により生じた」との用語を委託によって商品取引員が自己の名で委託者の計算によって取得した金銭等を指すと解する必然性はない。また,法136条の15の規定は,「受託等業務により生じた債務」の弁済を確保するために,委託者から預託を受けた金銭等を分離保管することを義務づけているだけであり,同債務の内容を限定しているものではない。
(3) 法84条1項の損害賠償債権は,委託者の商品取引員に対する委託によって生じた損害賠償債権のことではないから,法が「委託により生じた債権」と損害賠償債権を用語上も明確に区別していることにはならない。また,法136条の22の商品取引責任準備金の対象債権には,取引員の無断売買によって生じた委託証拠金の返還請求権も含まれているのであり(商品取引所法施行規則50条1,2号),これは当然,委託業務保証金の払渡請求の対象ともなるのであるから,商品取引責任準備金が損害賠償債権のみを対象としているというのは誤りである。
(4) 受託業務保証金制度が昭和42年の法改正で創設されたものであるのに対し,分離保管制度は,平成2年の法改正によって導入されたものであり,分離保管制度を前提として受託業務保証金制度が存在しているとの指摘は明らかな誤りである。
(5) その他の指摘について
ア 委託資産や建玉との関係が問題となるのは,分離保管制度である。
イ 債務不履行ないし不法行為による損害賠償請求権の対象となる損害金の大部分は,委託者が商品取引員に交付した証拠金等の資産相当の金員によって構成されているから,委託と密接に関係する。
ウ 委託者資産の返還請求権は損害賠償請求権に比較して保護の必要性が高いというのは,全く根拠のない主観的主張であり,両者は,それほど明確に区別できるものではない。
2 乙第8号証の記載について
(1) 受託業務保証金制度は,昭和42年の法改正によって,委託者債権保護の強化のために,従来の仲買保証金制度を拡充強化したものであり,商品先物取引市場におけるセーフティネットとしての投資者保護基金であるとの認識は全くなかった。これに対し,証券取引法の投資者保護基金は,金融システム改革の一環として,平成10年の証券取引法の改正により成立したものであり,証券会社の破綻から証券投資者を保護するためのセーフティネットとして設立されたものであり,補償対象債権を顧客資産に係るものに明文で限定している(同法79条の56,57)。したがって,証券取引法上の投資者保護基金の補償対象債権と委託者債権を全く同一に解する理由はない。
(2) 受託業務保証金制度がセーフティネットとしての役割を果たすとしても,その補償対象債権の範囲をどうするかは,一種の立法政策の問題である。
(3) 平成16年の法改正により,委託者が商品取引員を介して,取引証拠金を直接取引所に預託する制度に変更されるとともに,委託業務保証金制度が廃止され,新たに委託者保護基金制度が創設され,同基金の補償対象債権が「一般委託者の委託資産に係るもの」に限定された(改正法306条1項)。改正法が補償対象債権を明文で限定したことの反対解釈として,改正前の法97条の3第1項の受託業務保証金の対象債権である委託者債権には損害賠償債権を含むと解するべきである。
第5争点(1)(委託者債権請求の手続要件)に対する当裁判所の判断
当裁判所も,被控訴人の委託者債権の申出手続は控訴人らに対する関係で有効であると判断する。その理由は,原判決6頁23行目から同10頁8行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。
第6争点(2)(委託者債権請求の実体要件)に対する当裁判所の判断
1 当裁判所も,本件債権は,委託者債権の範囲に含まれると判断する。その理由は,原判決10頁10行目から同23頁25行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。
2 控訴人らの当審における補充主張について
(1) 受託業務保証金制度は,従来の仲買保証金制度を吸収,拡充したものであるところ,仲買保証金制度当時,他には,委託者保護制度は存在しなかった。そして,同制度において,優先弁済権を有するとされる債権は「その委託により生じた債権」とされ,何らの限定が付されていなかったことからすれば,同債権には,債務不履行あるいは不法行為に基づく損害賠償債権かどうかを問わず,当該委託と相当因果関係のある債権すべてを含むと解するのが相当であること,受託業務保証金制度における委託者債権の範囲も「その委託により生じた債権」と規定されており,仲買保証金制度当時と全く同一文言であること及び受託業務保証金制度創設経緯からすれば,委託者債権の範囲も同様に当該委託と相当因果関係にある債権すべてを含むと解するのが相当であることは原判決の説示するとおりである。上記説示とは異なり,法が委託者債権の範囲を限定する明文規定を置いていないにもかかわず,委託者債権には損害賠償債権を含まないと解すべきであるとすれば,法の趣旨や構造,沿革から,そのように解すべきである(そのように解するほかない)ということがいえなければならない。
控訴人らは,この点,受託業務保証金制度は,分離保管制度を前提とし,これと相まって委託者資産の担保,保全を強化する制度であり,委託者債権は,委託者の資産の返還を請求する権利であると解することが法の趣旨に合致する,また,法も,「その委託により生じた債権」と債務不履行により生じた損害賠償債権を用語上区別している等と主張する。
(2) 控訴人らは,法38条5項の規定と84条1項の規定を対比させて,法は,上記のとおり,用語を区別していると主張する。しかし,84条1項は,「会員が商品市場における取引に基づく債務の不履行により他の会員又は取引所に損害を与えたとき」の規定であり,特定の場合に限定した規定であって,この規定があるからといって,文言上特別の限定が付されていない「その委託により生じた債権」の内容が限定されるべきであるという根拠にはならない。控訴人らは,また,法136条の22の商品取引責任準備金の規定は,「その委託により生じた債権」との用語を用いていない旨主張する。しかし,商品取引責任準備金制度が明確に損害賠償債権のみに対応し,受託業務保証金制度と明確にその範囲を分かつような制度とはなっていないことは,原判決の説示するとおりであるから,控訴人らの上記主張は当を得ない。
(3) 控訴人らは,受託業務保証金制度は,委託者資産の分離保管制度を前提とした制度であり,委託者が商品取引員に委託した取引の結果生じた委託者の資産の返還を請求する権利であると解することが法の趣旨に合致すると主張する。しかし,原判決が説示するとおり,受託業務保証金制度は,委託証拠金の分離保管機能を有するが,完全な分離保管とはなっていなかった。そして,平成2年の法改正により,委託者資産の保全を充実強化し,商品取引員の営業姿勢の健全化及び経営の近代化を図るために完全分離保管制度が導入されたものであり,商品取引員が委託者から預託を受けた資産について,その所在を明確化し,商品取引員の自己資産との混同,流用を防止することを目的としているものである。したがって,受託業務保証金制度が当初から,分離保管制度を前提として設けられたものではない。もっとも,分離保管の対象となる資産から,商品取引所に預託される受託業務保証金の流動部分等が除かれている(施行規則41条)ことからすれば,上記法改正後は,受託業務保証金制度が分離保管制度と相まって委託者資産の保全を強化する制度となっているとの控訴人らの指摘は誤っているものではない。しかし,そのことから,当然に,受託業務保証金の支払対象である委託者債権の範囲を,委託者が商品取引員に委託した取引の結果生じた委託者の資産の返還債権に限定すべきであるとまではいえない。
(4) 以上のとおり,控訴人らの補充主張を検討しても,委託者債権の範囲を限定する明文規定がないにもかかわらず,法の趣旨や構造,沿革から,委託者債権には損害賠償債権を含まないと解すべきであるとの根拠は見い出せない。控訴人らのその他の主張は,いずれも,原判決の認定・判断を左右するに足りるものではない。
第7結論
以上のとおりであり,本件債権は委託者債権に含まれるから,控訴人らに対し,本件債権額である336万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成15年11月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めた被控訴人の請求は理由があるから認容すべきである。これと同旨の原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 赤西芳文 裁判官 橋本眞一 裁判官 次田和明)