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広島高等裁判所松江支部 平成18年(行コ)5号 判決 2007年10月17日

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

2  被控訴人P1株式会社は,米子市に対し,11億4072万円及びこれに対する平成14年4月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人米子市長が被控訴人P1株式会社に対し上記第2項の支払を求める請求を怠る事実が違法であることを確認する。

4  控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。

5  訴訟費用は,第1,2審を通じて,控訴人らと被控訴人P1株式会社との間で生じた費用については,これを4分し,その1を控訴人らの負担とし,その余を同被控訴人の負担とし,控訴人らと被控訴人米子市長との間に生じた費用は同被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人P1株式会社は,米子市に対し,15億2571万3000円及びうち14億2590万円に対する平成10年6月6日から,うち9981万3000円に対する平成12年8月19日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人米子市長が被控訴人P1株式会社に対し,15億2571万3000円の支払を求める請求を怠る事実が違法であることを確認する。

4  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。

第2事案の概要

1  事案の要旨

鳥取県米子市の住民である控訴人らは,米子市が発注した米子市新清掃工場建設工事(以下「本件工事」という。)の指名競争入札において,被控訴人P1株式会社(当時の商号はP2株式会社,以下「被控訴人会社」という。)が他の入札参加者と談合を行い,その結果,落札価格が不当に高額となり,米子市が損害を被ったと主張して,①被控訴人会社に対し,平成14年法律第4号による改正前の地方自治法(以下「法」という。)242条の2第1項4号に基づいて,不法行為による損害賠償請求を代位して,談合による損害金14億2590万円(契約金額の10%相当額)及び弁護士費用9981万3000円(談合による損害金の7%相当額)の合計15億2571万3000円並びにうち上記談合による損害金14億2590万円に対する本件工事の請負契約締結日の翌日である平成10年6月6日から,うち弁護士費用9981万3000円に対する訴状送達の日の翌日である平成12年8月19日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を米子市に支払うよう求めるとともに,②被控訴人米子市長について,法242条の2第1項3号に基づき,上記損害賠償請求権の行使を怠る事実の違法確認を求めた。

2  訴訟経緯

原判決は,本件工事の指名競争入札において,被控訴人会社を含む大手5社の間では談合行為があったと認められるが,いわゆるアウトサイダー4社との間では談合があったとは認められないと判断して,控訴人らの請求をいずれも棄却した。

これに対して,控訴人らが本件控訴を提起した。

3  前提事実(証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)原判決3頁9行目から同7頁8行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,次のとおり補正する。

(1)  原判決6頁1行目の「甲ア1~3」を「甲ア1~4」に改める。

(2)  原判決6頁18行目の「別紙」を「原判決別紙(これを「別紙1」とする。)」に改める。

(3)  原判決6頁23行目の末尾に改行の上,次のとおり加える。

「エ 公正取引委員会は,平成18年6月27日,大手5社の談合を認定する審決を行い,これに対し,被控訴人会社を含む大手5社は,上記審決を不服として,東京高等裁判所に対し,審決取消訴訟を提起した。」

4  控訴人らの主張する損害賠償請求についての請求原因の要旨原判決7頁10行目から20行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

5  争点

(1)  訴訟物の特定の有無

(2)  本件工事における談合の有無

(3)  米子市の被った損害

ア 談合自体による損害

イ 弁護士費用相当額の損害

(4)  被控訴人米子市長の本件損害賠償請求権の不行使が違法に財産の管理を怠るといえるか。

6  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)(訴訟物の特定の有無)について

次のとおり付加するほかは,原判決8頁6行目から20行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

(被控訴人会社)(原判決批判)

原判決は,訴訟物の特定について,談合の対象となった個別工事を特定し,その受注予定者が入札参加者間の合意により事前に決定されたことを主張すれば,他の談合行為に関する事実と識別することが可能となり,被控訴人らの防御に特に不利益があるわけではなく,また,談合行為が入札参加者間で秘密裡に行われるのが通常であり,その性質上会合に関する資料等が残されることも少ないという事情を考慮すると,控訴人らにおいて個別合意の具体的な日時,場所についてまで特定することは,実際上,不可能又は著しく困難であることを理由に,本件の訴訟物は,控訴人らの主張する請求原因事実の内容によって特定されているというべきであると説示する。

しかし,民事訴訟における請求原因事実は,訴訟の主題たる訴訟物を構成するものであり,当事者双方にとっては主張・立証の両面にわたる攻撃防御の対象として,また,裁判所にとっては審理の対象として,明確に特定されることが必要不可欠なものである以上,これを主張する責任を負う当事者において具体的に特定して事実を摘示する必要がある。しかるに,控訴人らの主張する請求原因事実は,談合行為の日時について「入札前」とだけ主張し,場所及び連絡方法については一切主張しておらず,このような極めて抽象的かつ広範囲な主張では,「個別に受注予定業者を決定するための話合い」の最低限の特定がされているとは到底いえない。

(2)  争点(2)(本件工事における談合の有無)について

次のとおり付加するほかは,原判決8頁22行目から同12頁7行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

(控訴人ら)

本件工事において,談合が行われたことは,以下の事実から明らかである。

ア 他の工事での談合事例の存在

別紙1記載の工事に含まれるP3組合第2清掃工場工事について,受注予定者であるP4は,アウトサイダーであるP5,P6,P7及びP8に協力を求め,受注調整が行われた。また,同じく別紙1記載の工事に含まれる東京都中央地区清掃工場工事について,大手5社のほか,アウトサイダーであるP5,P6,P7及びP9株式会社の9社が入札に参加し,大手5社間においてはP10が受注予定者となっていたところ,P9株式会社が上記工事の受注を強く希望したため,バーター取引によって,同社が上記工事の受注希望を取り下げる代わりに,P4が受注予定者となっていた東京都足立工場工事を受注し,P4が東京都中央地区清掃工場工事を受注することとする受注調整が行われた。このように,大手5社は,アウトサイダーとの間でも受注調整を行っており,アウトサイダーが入札に参加した本件工事においても同様の受注調整が行われたものである。

イ 談合の目的

ストーカ炉の建設工事についての談合は,地方公共団体が発注する受注価格の維持を図る目的もある。仮にアウトサイダーが大手5社の決定した受注予定者に協力せず,当該工事について,いわゆる「タタキ合い」になった場合,誰が受注するにせよ受注価格は下がることになる。したがって,アウトサイダーも,大手5社の決定した受注予定者に協力することになるのである。

ウ P5及びP6への協力要請に係る数値の算出

大手5社は,アウトサイダーのうち,P5とP6については,受注予定者が協力要請をする機会が多いことから,上記2社との関係を継続的に数値化していた。すなわち,大手5社が受注予定者を決定した工事について,大手5社とともにP5とP6が入札に参加するか,大手5社のいずれかと上記2社が入札に参加した工事のうち,大手5社又は上記2社のいずれかが受注した工事について,入札における協力結果が確認できた後,各社ごとに受注した工事のトン数と入札に参加した工事のトン数を積み上げ,前者の数字で後者の数字を除した数値を算出していた(甲査106,107)。これは,大手5社とP5及びP6との間で受注調整が行われていたことを示すものである。

エ 複数回の入札が行われた工事の入札で落札業者が最も低い価格の札を入れ続ける確率

平成6年4月から平成10年9月17日までの間に全国の地方自治体が行った全連及び准連ストーカ炉の建設工事に関する指名競争入札等(別紙1)のうち,受注者を決定するために複数回の入札が行われた工事は,別紙2記載の29件の工事であり,そのうち,28件の工事についての合計77回の入札で,落札業者が最も低い価格の札(以下「一番札」という。)を入れ続けた。28件の工事についての77回の入札において,落札業者が一番札を入れ続ける確率は極めてわずかにしか起こり得ないほど低いものであって,もはや偶然では説明できない数字である。このような事態は,アウトサイダーを含めた入札参加者が受注調整を行っていたことを前提としなければ絶対に起こり得ないものである。そして,上記28件の工事の入札については,大手5社はもちろんのこと,本件工事のアウトサイダーであるP5(13件),P6(13件),P8(3件)及びP7(3件)も含まれているのである。

本件工事は上記28件の工事に含まれていないものの,上記28件には,本件工事と全く同じ9社が入札に参加したP3組合第2清掃工場工事や本件入札後の工事が含まれていること,上記28件の平均落札率は99.18%であるところ,本件工事の落札率もほぼ同じ99.84%と高いことなどによれば,本件工事についても,大手5社及びアウトサイダーとの間で談合が行われたと強く推認されるべきものである。なお,上記のとおり,落札業者が一番札を入れ続けているのに対し,別紙2のとおり,落札業者以外の入札業者の順位は変動しているが,これは,談合が疑われないように落札業者以外の入札業者の順位を敢えて変更しているものにすぎない。

(被控訴人会社)

ア 5社間の談合(原判決批判)

(ア) 原判決は,大手5社において,平成6年4月から公正取引委員会の立入検査のあった平成10年9月17日までの間,全国各地の地方自治体が指名競争入札等により発注するストーカ炉について,営業担当者による会合を開催し,その情報を交換した上,処理能力の規模に応じて区分し,各社がその中から受注希望を表明して受注予定者を決定するという方法で談合行為を行っていたと認定した。

しかし,原判決の上記認定は,その認定の基礎となった証拠の評価を誤っている上,大手5社の基本合意の拘束力や受注手続の詳細については明確にしておらず,事実を誤認している。

(イ) 本件工事が基本合意の対象に含まれていなかったことを示す証拠の存在

a P11のP12が本件入札の約2か月前である平成10年3月26日に同社のP13からの連絡内容を記載したとされるメモ(甲査96)には「P13K:3/26日.file_3.jpg会合で中国5県の話はでなかった。引き続き,営業強化宜しく」と記載されており,同社の上記P12及びP14は上記記載に沿う供述をしている(甲査102,103)。このことからすれば,仮に大手5社の基本合意なるものが存在し,「file_4.jpg会合」が大手5社による受注調整のための会合であったとしても,当該会合においては,「中国5県」すなわち米子市が発注した本件工事を含む中国地方5県内の工事物件についての話は出なかったのであり,中国地方5県内の工事物件については,P11としても,他社との競合を前提として「引き続き,営業強化」が必要な状況にあった。したがって,仮に大手5社の基本合意なるものが存在していたとしても,平成10年6月に入札が実施された本件工事は上記基本合意の対象に含まれていなかったものである。

b 甲査第179号証添付の資料(平成10年4月15日付け「秘10年度受注達成予想」と題する書面)には,P11の平成10年度上期の主要織込み案件として本件工事が記載されている。この記載によると,本件工事の入札間近の平成10年4月15日の時点において,P11が本件工事を受注すると予想していたことが窺われる。しかし,実際には被控訴人会社が本件工事を受注しているのであって,このことは大手5社による受注調整の存在と明らかに矛盾する。

イ アウトサイダーが受注調整に協力することがあり得ないこと

(ア) 他の工事での談合事例について

アウトサイダーは,大手5社の基本合意に参加していないから,ライバルメーカーであるアウトサイダーが上記基本合意に基づく談合に協力するか否かは個別の工事物件ごとに異なるのである。したがって,仮に他の工事について受注調整が行われ,そこに本件工事のアウトサイダーが加わっていたとしても,それとは別の本件工事でアウトサイダーが受注調整に協力したことを推認させるものではない。

(イ) アウトサイダーが協力する余地の不存在

本件工事において,受注価格の維持を目的とする受注調整が行われたことを裏付ける証拠はない。また,控訴人らの主張を前提とすると,大手5社は,「アウトサイダーが入札参加業者にならないよう,発注者に対し大手5社のみを指名するよう働きかける」ということになるが,仮にそうであるならば,アウトサイダーを入札から排斥しようとしている大手5社に対して,いかなる目的であれ,アウトサイダーが協力するとは到底考えられない。

(ウ) P5及びP6との受注調整の不存在

控訴人らは,大手5社がP5及びP6との関係を継続的に数値化していた旨主張する。しかし,上記数値が記載された社内資料(甲査106,107)は,いずれも既に入札が行われた工事について記載されたものであり,入札前に「受注調整結果」等を前提に記載されたものではなく,有力他社と自社との受注状況の差を数値化した上で把握することは何ら不自然なことではない。また,上記社内資料は,大手5社のうち2社のものにすぎず,5社が共通のルールとして上記数値を算出していた証拠はない。

本件工事について,大手5社とP5及びP6との間の個別の連絡状況を直接裏付ける証拠はない。それどころか,アウトサイダーであるP5及びP6が,大手5社から協力要請を受けた事実も協力に応じた事実もなく,また,大手5社の協力を得て受注に成功した事実もないことについては,弁護士法に基づく照会手続によって得られた上記2社の回答書(乙審C5の1・2,6の1・2)から明白である。

(エ) 落札率について

a 仮に本件入札における落札率が高率であったとしても,これは,9社の競争に基づく適正な入札が行われたことを前提として結果的に生じたものにすぎない。予定価格については積算ソフトを用いることで,地方公共団体等の発注者が決定する予定価格とメーカーが算出する価格が近似する状況にあり,各社の価格積算精度が向上し競争が激化する中で,いかに予定価格に近い金額で,かつ,予定価格をオーバーせずに一番札を入れるかはまさしく営業担当者の経験と手腕によるのであって,落札率が高率であることは受注調整の存在を裏付けるものではない。

b 本件工事については,平成10年3月22日付けP15新聞で,本件工事の「全体の事業費は新年度から約148億0424万円」,入札のわずか2週間前である同年5月19日付けの同新聞で,本件工事の「事業費は全体で約148億円」とそれぞれ報道されており,本件工事のおおよその予算は公表されていた。このため,被控訴人会社を含む入札参加者は,予定価格についてある程度の目安を知ることができたのであるから,予定価格に近似した金額の入札が行われたとしても何ら不自然ではない。

(オ) 甲査第128号証の評価

原判決は,被控訴人会社の作成した「米子市の件」と題する手書きの書面(甲査128)について,甲査第123号証に記載された参考見積価格に比較的近いことを根拠に,被控訴人会社において,各社が米子市に提出することを検討していた参考見積価格を把握し,これを記載したものとした上,被控訴人会社は,P16に対し,参考見積価格として米子市に提出すべき灰溶融炉の金額を指示していたことが窺われると説示する。

しかし,甲査第123号証と甲査第128号証の数字は一致しておらず,「比較的近い」などという曖昧なことを根拠に,原判決の上記推認はできないはずである。また,甲査第128号証2枚目記載の数字が現実の各社の入札価格といずれも一致しないことからしても,甲査第128号証が本件工事に関する受注調整を推認させる証拠とはならない。

(カ) 控訴人ら主張の確率論に対する反論

控訴人らは,複数回の入札が行われた工事の入札で落札業者が一番札を入れ続ける確率は極めてわずかにしか起こり得ないほど低いと主張するが,同主張は,各入札参加者の受注意欲等が均等であることを所与の前提としている。しかし,各業者ともに全国各地のすべての入札案件を受注できるほどの生産体制や能力を有しているわけではなく,自ずと受注に向けて注力する物件とそうでない物件があるなど各業者ごとに当該工事の受注意欲は当然異なるのであって,控訴人らの上記主張はその前提を欠くものである。また,1回目の入札において一番札を入れた「競争力の高い」業者が2回目以降の入札でも一番札を入れて他の業者に競り勝つことは何ら不自然ではない。

(3)  争点(3)(米子市の被った損害)について

ア 談合自体による損害

次のとおり付加するほかは,原判決12頁9行目から17行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

(控訴人ら)

平成17年の独占禁止法改正による課徴金の引上げに関し,公正取引委員会は,過去の違反事例について実証的に不当利得を推計したところ,平均して,売上額の16.5%程度,約9割の事件で売上額の8%以上の不当利得が存在するという結果が得られたため,少なくとも不当利得は売上額の8%程度存在することなどを考慮して,課徴金算定率を原則売上額の10%まで引き上げることとした旨の見解を表明している。したがって,本件工事についても,少なくとも予定価格の8%の損害は発生したと考えられる。

(被控訴人会社)

ストーカ炉建設工事は,汎用品の取引と異なり,その仕様,設備内容,処理能力,附帯施設及び立地条件等工事価格の算定基礎となる条件が物件ごとに異なるのであって,特注品の取引というべきである。そして,各地方公共団体等が入札に当たって定める予定価格は,予め当該地方公共団体等が多数の業者に見積を提出させるなど慎重な手続を経て決定されるのが通例である。したがって,予定価格自体がもともと入札の対象となる建設工事の工事費として一定の合理性を有する価格であるといえる。なお,発注者である地方公共団体等において,その予算が潤沢に確保できることはほとんどなく,むしろ緊縮財政の下で極めて厳しい予算枠の制約によって見積価格の削減要求が業者に対してされることが多く,予定価格が受注者に有利なように高めに設定されるようなことは通常考えられない。本件工事の落札価格は,このような予定価格以下であることから,そもそも本件工事の工事費として合理的な価格の範囲内にあり,これをもって発注者に不当な損害を与えたとまでいえないことは明らかである。

上記のとおり,本件工事について,米子市に損害が発生したとは認められないから,「損害が生じたと認められる場合」であることを前提とする民訴法248条を適用する余地もない。

イ 弁護士費用相当額の損害

原判決13頁15行目から同14頁2行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

(4)  争点(4)(被控訴人米子市長の本件損害賠償請求権の不行使が違法に財産の管理を怠るといえるか)について

次のとおり付加するほかは,原判決12頁21行目から同13頁13行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

(被控訴人会社)

そもそも「怠る事実」の違法性の判断基準は,遅くとも住民監査請求に対する判断がされた時であり,その時点で違法な「怠る事実」の存在が認められなければ,その後に生じた事由いかんにかかわらず,住民訴訟は棄却されるべきである。そして,米子市監査委員が監査を行った平成12年7月10日時点は公正取引委員会の審判手続が開始されて間もなくのころであり,同時点において,被控訴人米子市長が審判手続の帰趨を現時点よりも更に予測できない状況にあったことは明らかであるから,被控訴人米子市長が上記審判手続の成行きを見守るという対応をとったとしても,何ら違法な「怠る事実」と評価されるものではない。

(被控訴人ら)

法242条の2第1項3号又は4号所定の訴えが認容されるためには,普通地方公共団体の有する債権の行使を「違法に」怠っていることが必要であることはいうまでもなく,例えば,不法行為による損害賠償請求権についていえば,第三者の行為がそもそも不法行為を構成するか否かについて考え方が分かれ得るような場合には,その損害賠償請求権を行使していなくとも違法とはいえない。本件においては,公正取引委員会が被控訴人会社に対して排除勧告を行い,更に審決開始決定を行い,談合を認定して審決を行っていることからすれば,被控訴人会社が本件工事について談合を行った疑いがあるといわざるを得ない。しかし,他方,被控訴人会社は排除勧告を拒否し,審判手続においても談合を全面的に争い,審決に対して取消訴訟を提起しているのであるから,上記疑いはあくまで疑いの域を出ず,被控訴人米子市長において不法行為による損害賠償請求権の発生要件たる事実を把握できる状況にはない。現に,原判決も,公正取引委員会の本件審決案を考慮した上で,被控訴人会社の不法行為を認定できないと判断している。このような状況からすれば,本件は,まさに第三者(被控訴人会社)の行為が不法行為を構成するか否かについて考え方が分かれ得るような場合であり,被控訴人米子市長が被控訴人会社に対して損害賠償請求権を行使していないからといって,それを違法ということはできない。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(訴訟物の特定の有無)について

(1)  当裁判所も,控訴人らが代位する被控訴人米子市長の被控訴人会社に対する不法行為による損害賠償請求としての訴訟物は,控訴人らの主張する請求原因事実(前記第2の4)の内容によって特定されていると判断する。その理由は,後記のとおり被控訴人会社の原判決批判について判断するほか,原判決14頁7行目から19行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決14頁10行目の「前記第2の3」を「前記第2の4」に改める。

(2)  被控訴人会社の原判決批判について

被控訴人会社は,攻撃防御の対象あるいは審理の対象として,請求原因事実は明確に特定されることが必要不可欠であるところ,控訴人らの主張する請求原因事実は,談合行為の日時について「入札前」とだけ主張し,場所及び連絡方法については一切主張しておらず,このような極めて抽象的かつ広範囲な主張では,「個別に受注予定業者を決定するための話合い」の最低限の特定がされているとは到底いえない旨主張する。

しかし,原判決が説示するとおり,控訴人らが代位する被控訴人米子市長の被控訴人会社に対する不法行為による損害賠償請求としての訴訟物は,談合の対象となった工事及び当該工事の受注予定者が入札参加者間の合意により事前に決定されたことを主張すれば,他の談合行為に関する事実と識別することが可能となり,請求原因事実として特定しているといえるものである。被控訴人会社の主張のように,請求原因事実として,本件入札に関する個別談合の日時・場所あるいは連絡方法等を明確に主張することが可能であるならば,同主張に対応して,被控訴人会社の防御方法も容易になるとともに,審理の対象がより明確にはなるとはいえるが,談合行為が入札参加者間で秘密裡に行われるのが通常であることなどに照らせば,控訴人らが個別談合の日時・場所あるいは連絡方法を具体的に特定して主張することは極めて困難であるし,仮に上記特定がなかったとしても,被控訴人会社において,本件入札に関して受注調整がなかったことを示す間接事実などを主張することによって防御方法とすることは可能であるから,被控訴人会社に不利益を強いるとはいえない。

したがって,被控訴人会社の主張は採用できない。

2  争点(2)(本件工事における談合の有無)について

(1)  全国各地のストーカ炉建設工事での談合行為

ア 証拠とその評価

原判決15頁1行目から同27頁14行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。但し,原判決15頁19行目の「求めていること,」の次に「また,かなりの回数指名業者となり,大手5社による受注予定者が受注できるように協力させていたアウトサイダーには,時には物件を受注させる必要が生じ,そのような場合は,大手5社による受注予定者が会合に諮って了承を受けた後,アウトサイダーに受注させていること,」を加える。なお,後記のとおり,原判決の証拠評価について誤りはない。

イ 事実認定

原判決27頁16行目から同28頁15行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

(2)  本件工事に関する談合行為の有無

ア 証拠とその評価

原判決28頁18行目から同33頁6行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

イ 大手5社による談合行為の有無について

(ア) 当裁判所も,本件入札に先立ち,大手5社が本件工事について談合を行い,本件工事の受注者を被控訴人会社に決定していたと認めるのが相当であると判断する。その理由は,被控訴人会社の原判決批判について後記のとおり判断するほか,原判決33頁9行目から21行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決33頁9行目の「a」を削る。

(イ) 被控訴人会社の原判決批判について

a 被控訴人会社は,原判決の上記認定について,その認定の基礎となった証拠の評価を誤っている上,大手5社の基本合意の拘束力や受注手続の詳細については明確にしておらず,事実を誤認している旨主張する。

しかし,証拠の評価については,原判決の説示のとおりであって,その評価には誤りはない。特に,P13供述については,公正取引委員会の立入検査が実施された当日のものであって,第三者に相談したり,第三者から指示等を受けることができない状況の下における供述であるから,その供述に信用性があると認められる。そして,上記引用にかかる原判決の認定のとおり,P13は,談合の対象物件について,受注予定業者が大手5社を含めた相指名業者に対し,各業者の入札価格を電話で連絡して協力を求めており,また,P13が会合に出席するようになった平成6年4月以降,P11が受注予定者となった物件はほぼ予定どおり受注した旨供述している。P13の上記供述に照らせば,大手5社の基本合意は大手5社間において拘束力が相当程度あったと推認されるし,確かに,大手5社間において,本件工事の受注予定業者が決定された会合の時期や本件入札についての連絡方法等を明確に裏付ける客観的な証拠はないものの,談合行為が入札参加者間で秘密裡に行われるのが通常であることからすれば,やむを得ないのであって,本件工事について,P13の上記供述に従った受注予定業者の決定や本件入札に関する連絡が行われたと推認するのが相当である。

したがって,被控訴人会社の上記主張は採用できない。

b 被控訴人会社は,本件工事が基本合意の対象に含まれていなかったことを示す証拠が存在する旨主張する。

確かに,上記引用にかかる原判決の認定のとおり,P12メモ(甲査96)には,「P13K:3/26日.file_5.jpg会合で中国5県の話はでなかった。引き続き,営業強化宜しく」と記載されており,上記3月26日は平成10年3月26日であって,本件入札の2か月余り前である。しかし,上記「中国5県の話」に本件工事が含まれていると推認する事情は窺われない。また,上記認定のとおり,P11環境装置第一部作成の平成10年4月15日付け「秘10年度受注達成予想」と題する書面(甲査179)には,P11の平成10年度上期の主要織込み案件として本件工事が記載されており,上記作成時期は本件入札の1か月半前である。しかし,上記書面には,P11が平成10年度に受注した津島市ほか十一町村衛生組合のストーカ炉工事が記載されておらず,その記載自体が受注予想を正確に記載したものとはいえない。

したがって,被控訴人会社の上記主張は採用できない。

c 被控訴人会社のその余の主張も上記認定を左右するものではない。

ウ アウトサイダーとの談合の有無について

(ア) 本件工事については,大手5社のほか,P5,P6,P8及びP7の4社(以下「アウトサイダー4社」という。)が指名業者として本件入札に参加している。

ところで,上記認定のとおり,P13は,アウトサイダーが指名競争入札等に指名された場合には,受注予定者は当該アウトサイダーに接触し,自社が受注できるよう協力を求めており,また,受注調整に協力したアウトサイダーには,時には物件を受注させている旨供述し,P17は,大手5社のほかに,P5,P6,P7又はP8が参加して指名競争入札が行われ,被控訴人会社が受注予定者となっている場合には,その4社とも話合いを行う旨供述するとともに,P17メモ(甲査35)には,大手5社が中核メンバー,P5とP6が準メンバーで,P7とP8等は話合いの余地がある旨の記載がある。上記認定のとおり,P18ノート(甲査106)の2枚目には,大手5社にP5及びP6を加えた7社の受注割合を分析した記載があるとともに,その記載からして,その分析の対象工事には本件工事も含まれていること,被控訴人会社の作成した「米子市の件」と題する手書きの書面(甲査128)には,大手5社にP5を加えた6社の参考見積価格(あるいはその基礎となった価格)と推認される記載があることなどは,本件工事について,少なくともP5及びP6との間で受注調整が行われたことを窺わせる事情といえ,上記P13供述やP17供述を裏付けるものである。そして,別紙1記載の工事中,本件工事と同様,大手5社のほかアウトサイダー4社が指名業者として入札に参加したP3組合第2清掃工場工事において,P8が大手5社及びP8以外のアウトサイダーと受注調整を行っていたことを窺わせる文書が存在する(甲査109)。これらの事情に加えて,上記のとおり,平成6年4月から平成10年9月17日までの間,大手5社が基本合意に基づいて,全国各地の地方公共団体が指名競争入札等により発注するストーカ炉につき談合行為を行っており,本件工事も上記期間に入札が行われた工事であることや本件入札の落札率が99.84%と極めて高く,被控訴人会社の他の入札参加者8社の入札価格が予定価格を超えていたことなどの事情に照らせば,本件工事について,大手5社とアウトサイダー4社との間においても談合行為があったと認めるのが相当である。

(イ) 被控訴人会社の主張に対する検討

a 他の工事での談合事例について

被控訴人会社は,アウトサイダーは大手5社の基本合意に参加していないから,上記基本合意に基づく談合に協力するか否かは個別の工事物件ごとに異なり,他の工事において,アウトサイダーが入札に加わっていたとしても,それとは別の本件工事でアウトサイダーが受注調整に協力したことを推認させるものではない旨主張する。

確かに,本件工事とは別個のP3組合第2清掃工場工事において,大手5社とアウトサイダー4社との間で受注調整が行われていたことを窺わせる文書が存在することは,本件工事において,大手5社とアウトサイダー4社との間で受注調整が行われたことを直接推認させるとはいえない。しかし,本件工事とP3組合第2清掃工場工事はいずれも大手5社が基本合意に基づいてストーカ炉につき談合を行っていた期間に入札が行われた工事であって,入札参加者も大手5社とアウトサイダー4社と全く同一であるとともに,P13供述及びP17供述等において,大手5社とアウトサイダー4社との間では受注調整の余地があることを認めていることなどの事情を総合考慮すれば,P3組合第2清掃工場工事において,大手5社とアウトサイダー4社との間で受注調整が行われたことは,本件工事においても,同様に受注調整が行われたことを推認させる事情と評価できるものである。

したがって,被控訴人会社の上記主張は採用できない。

b アウトサイダーが受注調整に協力することはあり得ないことについて

被控訴人会社は,本件工事において,受注価格の維持を目的とする受注調整が行われたことを裏付ける証拠はないし,控訴人らの主張によるならば,大手5社の基本合意に基づいて,大手5社が入札参加者からアウトサイダーを排除しようとしているのに,アウトサイダーが受注調整に協力することはあり得ない旨主張する。

確かに,本件工事において,受注価格の維持を目的とした受注調整が存在したことを直接裏付ける証拠はないものの,談合は,業者間の受注機会の調整とともに,本来の自由競争によって生じる受注価格の下落の防止を目的とすることも一般に認められるのであり,その目的のために,ストーカ炉の受注を目指すアウトサイダーが受注調整に協力することも十分にあり得るものである。

また,基本合意は,大手5社が発注者に対し大手5社のみを指名するよう働きかけることを内容とするものであるが,指名参加者を大手5社に限定することができなかった場合には,次の段階として,大手5社間で指名予定者と合意された業者が指名参加者となったアウトサイダーに受注調整の協力を求めることは何ら不自然ではない。そして,アウトサイダーに受注調整の協力を求めたにもかかわらず,その協力を得られなかった場合において,P17供述のとおり「タタキ合い」になるにすぎない。

したがって,被控訴人会社の上記主張は採用できない。

c P5及びP6との受注調整の不存在について

被控訴人会社は,大手5社がP5及びP6との関係を数値化した社内資料は,入札前に「受注調整結果」等を前提に記載されたものではなく,有力他社と自社との受注状況の差を数値化した上で把握することは何ら不自然なことではないし,アウトサイダーであるP5及びP6が大手5社から協力要請を受けた事実も協力に応じた事実もなく,また,大手5社の協力を得て受注に成功した事実もないことについては,弁護士法に基づく照会手続によって得られた上記2社の回答書から明白である旨主張する。

確かに,上記認定のとおり,P18ノート(甲査106)の作成時期は明確ではないものの,P5とP6の受注割合を大手5社と同様の方法で数値化していることは,上記2社との間でも受注調整が行われていたことを推認させるものである。

また,P5及びP6は,弁護士法に基づく照会手続に対して,大手5社から協力要請を受けた事実や協力に応じた事実はないし,大手5社の協力を得て受注に成功した事実もない旨回答している(乙審C5の1・2,6の1・2)が,上記回答は,P5及びP6が大手5社との間で受注調整を行っていたことを窺わせる証拠の存在に照らして,にわかに採用することはできない。

したがって,被控訴人会社の上記主張は採用できない。

d 落札率について

被控訴人会社は,仮に本件入札における落札率が高率であったとしても,積算ソフトを用いることなどによって予定価格が近似することはあり得るし,本件工事についても,入札前に本件工事の事業費が新聞報道されており,予定価格に近似した金額の入札が行われたとしても何ら不自然ではない旨主張する。

しかし,積算ソフトの使用や本件工事の事業費についての新聞報道を知り得たことは,被控訴人会社に限らず,その余の入札参加者についても同様であることに照らせば,被控訴人会社以外の入札参加者8社の入札価格が予定価格を超え,被控訴人会社の落札率が極めて高いことは不自然といわざるを得ない。

したがって,被控訴人会社の上記主張は採用できない。

e 甲査第128号証の評価について

被控訴人会社は,同社の作成した「米子市の件」と題する手書きの書面(甲査128)について,甲査第123号証の数字と一致していないし,上記書面2枚目記載の数字が現実の各社の入札価格といずれも一致しないことからしても,甲査第128号証が本件工事に関する受注調整を推認させる証拠とはならない旨主張する。

確かに,甲査第128号証2枚目の被控訴人会社の金額は,甲査第123号証に記載された見積価格とは異なっている。しかし,甲査第128号証2枚目の大手5社及びP5の各金額は参考見積価格あるいはその基礎となった価格を記載したものと推認され,被控訴人会社が大手5社にP5を加えた6社の参考見積価格あるいはその基礎となった価格を把握するとともに,P16に対し,本件工事のうち灰溶融炉の参考見積価格の金額を指示していたことに加え,P13供述やP17供述等と併せ考慮すれば,甲査128号証の記載内容は,本件工事について受注調整が行われたことを推認させる事情といえる。

したがって,被控訴人会社の上記主張は採用できない。

f 被控訴人会社のその余の主張も上記認定を左右するものではない。

3  争点(3)(米子市の被った損害)について

(1)  談合自体による損害

ア 上記認定・説示のとおり,談合は,業者間の受注機会の調整とともに,本来の自由競争によって生じる受注価格の下落の防止を目的とするものであって,本件工事について,参考見積価格の段階で,被控訴人会社が一部の入札参加者に本件工事のうち灰溶融炉の参考見積価格の金額を指示していたことや,本件入札の落札率が99.84%と極めて高いことなどの事情を総合考慮すれば,本件工事について,談合がなく適正な競争入札が行われていた場合には,実際に締結された契約金額を下回る金額で契約が締結されたと認めるのが相当である。

そして,平成17年法律第35号による改正後の独占禁止法による課徴金の引上げに関し,公正取引委員会は,過去の違反事例について実証的に不当利得を推計したところ,平均して売上額の16.5%程度,約9割の事件で売上額の8%以上の不当利得が存在するという結果が得られたとしていることが認められる(弁論の全趣旨)。本件工事において,談合行為がなく適正な競争入札が行われていた場合の落札価格や契約金額を明確に推認することは困難であるところ,公正取引委員会の上記推計結果に照らせば,本件工事について,被控訴人会社には少なくとも8%の不当利得があったと推認するのが相当である。

そうすると,前提事実のとおり,本件工事の請負契約の契約金額は142億5900万円であるから,その8%である11億4072万円が談合による損害金と認められる。なお,本件工事の請負契約に基づく代金は平成14年4月19日に完済されたこと(弁論の全趣旨)に照らせば,上記損害金に対する附帯請求の起算日は上記同日と認めるのが相当である。

イ 被控訴人会社は,予定価格自体がもともと入札の対象となる建設工事の工事費として一定の合理性を有する価格であるから,米子市に損害はない旨主張する。

しかし,予定価格は,参考見積価格を斟酌した上で決定されるものであるところ,参考見積価格の提出の時点で既に受注調整が行われていれば,予定価格自体が高額になる可能性があり,上記認定のとおり,本件工事についても,参考見積価格の段階で,被控訴人会社が一部の入札参加者に本件工事のうち灰溶融炉の参考見積価格の金額を指示していたことに照らせば,本件工事についての談合によって,予定価格自体が高額になった蓋然性が高いと認められる。

したがって,被控訴人会社の上記主張は採用できない。

(2)  弁護士費用相当額の損害

控訴人らは,本件訴訟の提起及び追行を控訴人ら訴訟代理人に委任し,その弁護士費用を支払う旨約したところ,不法行為による損害賠償請求訴訟においては,弁護士費用相当額が損害として認められ,これは法242条の2第1項4号による住民訴訟であっても同様であり,法242条の2第7項の規定があるからといって,その請求を妨げられないとして,談合行為による損害額の7%相当額である9981万3000円を弁護士費用相当額の損害として主張する。

控訴人らは,本件訴訟の提起及び追行を控訴人ら訴訟代理人に委任した上で,米子市の被控訴人会社に対する不法行為による損害賠償請求権を代位して請求しているが,米子市が控訴人らとの間で本件訴訟の弁護士費用について負担する旨の合意をした等の事情は何ら窺うことはできないことに照らせば,現時点において,米子市に上記弁護士費用相当額の損害が生じているとは認められない。なお,法242条の2第7項(平成14年法律第4号による改正後の地方自治法242条の2第12項)は,法242条の2第1項の規定による訴訟を提起した者が勝訴した場合,弁護士費用相当額を当該地方公共団体に請求することができるとしているが,上記請求は勝訴が確定して初めて請求できるものにすぎない。

したがって,控訴人らの上記主張は採用できない。

4  争点(4)(被控訴人米子市長の本件損害賠償請求権の不行使が違法に財産の管理を怠るといえるか)について

(1)  本件は,控訴人らが米子市の被控訴人会社に対する不法行為による損害賠償請求権を代位して請求しているところ,普通地方公共団体の債権については,その長が行使すべき義務を負い,行使するか否かについての裁量の余地はほとんどないものと解される(法施行令171条以下)。したがって,普通地方公共団体の長が,法施行令171条の5に定める場合でないのに,相当期間債権を行使しないときは,それを正当とする特段の事情のない限り,違法というべきである。

被控訴人らは,被控訴人会社が公正取引委員会の排除勧告を拒否し,審判手続においても談合を全面的に争い,審決に対して取消訴訟を提起していることから,被控訴人米子市長において不法行為による損害賠償請求権の発生要件たる事実を把握できる状況にはなく,また,独占禁止法25条に基づく損害賠償請求権を行使することは主張・立証上容易であることからすれば,審決が確定するまで,被控訴人米子市長が被控訴人会社に対する不法行為による損害賠償請求権を行使しないことは違法に財産の管理を怠るとはいえない旨主張する。

しかし,独占禁止法違反の行為によって自己の法的利益を侵害された者は,当該行為が民法上の不法行為に該当する限り,これに対する審決の有無にかかわらず,別途,損害賠償請求をすることは妨げられないところ,前提事実のとおり,本件工事については,公正取引委員会による本件審決案で談合があったと認定されるとともに,審決においても同様の認定がされており,被控訴人米子市長においても,本件審決案や上記審決の資料に基づいて,被控訴人会社に対する不法行為による損害賠償請求権を行使することが困難とはいえない。また,被控訴人会社を含む大手5社が上記審決取消訴訟を提起していることに照らせば,上記審決が確定するまでには相当長期間を要し,それまでの間,米子市に損害の回復が図られない状況となることを併せ考慮すれば,被控訴人米子市長が上記請求権を行使しないことに特段の事情があるとはいえず,これは,独占禁止法25条に基づく損害賠償請求が可能であることを斟酌したとしても同じである。

また,被控訴人会社は,「怠る事実」の違法性の判断基準は,遅くとも住民監査請求に対する判断がされた時である旨主張する。しかし,本件訴訟は,監査請求に対する判断の適否を審理の対象とするものではないから,「怠る事実」の違法性の判断は,事実審の口頭弁論終結時と解すべきであって,被控訴人会社の上記主張は採用できない。

(2)  控訴人らは,法242条の2第1項3号に基づき,被控訴人米子市長が被控訴人会社に対する不法行為による損害賠償請求を怠る事実が違法であることの確認を求めるところ,上記違法確認は,法242条の2第1項4号に基づく代位請求訴訟と併合提起されていたとしても,不適法となるものではない。

第4結論

以上のとおりであって,控訴人らの請求は,損害賠償代位請求について,被控訴人会社に対し,11億4072万円及びこれに対する請負代金完済日である平成14年4月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を米子市に支払うよう求める限度で理由があるから認容し,その余の請求は理由がないから棄却すべきであり,また,被控訴人米子市長が被控訴人会社に対し上記損害賠償請求を怠る事実が違法であることの確認請求は理由があるから認容すべきである。これと結論を異にする原判決を上記の限度で変更することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古川行男 裁判官 橋本眞一 裁判官 三島恭子)

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