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広島高等裁判所松江支部 平成19年(ネ)92号 判決 2008年4月16日

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

2  控訴人は、被控訴人に対し、320万5334円及びうち245万4000円に対する平成19年2月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は、第1、2審を通じてこれを5分し、その3を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

5  この判決は、第2項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。

第2事案の概要

1  事案の要旨

被控訴人は、控訴人との間で、原判決別紙(以下「計算書Ⅰ」という。)記載のとおり、借入れ及び弁済を繰り返していたところ、利息制限法所定の制限利率を超えて利息として支払われた部分を借入金債務に充当すると、404万9856円が過払いとなり、かつ、控訴人は民法704条の悪意の受益者に当たると主張して、控訴人に対し、不当利得返還請求として、上記過払金404万9856円及び平成19年2月2日までの法定利息130万1687円の合計535万1543円並びに上記過払金404万9856円に対する同月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による法定利息の支払いを求めた。

これに対して、控訴人は、計算書Ⅰの取引経過を認めた上で、控訴人が民法704条の悪意の受益者であることを争うとともに、消滅時効を主張した。

2  訴訟経緯

原判決は、控訴人は民法704条の悪意の受益者に当たると認定した上で、過払金が発生しても、その後の借入金債務に充当される場合があり、以前に発生した過払金がそのまま充当されずに10年間が経過したとはいえないし、控訴人と被控訴人間の取引は包括限度額内の継続的な一連取引であるから、不当利得返還請求権の消滅時効の起算日は上記継続的な取引の最終日と解するのが相当であるとし、控訴人主張の消滅時効は認められないと判断して、被控訴人の請求を全部認容した。

これに対して、控訴人が本件控訴を提起した。

3  前提事実(争いがない)

(1)  控訴人は、平成18年法律第115号による改正前の貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業法」という。)3条所定の登録を受けた貸金業者である。

(2)  被控訴人は、昭和59年12月12日、控訴人との間で、金銭消費貸借契約(基本契約)を締結し、利息について、利息制限法所定の制限利率を超える利率を合意して、上記同日以降、計算書Ⅰの「年月日」欄記載の日に、「借入金額」欄記載の各金員を借り入れ、あるいは「弁済額」欄記載の各金員を弁済した(以下「本件取引」という。)。

4  争点

(1)  控訴人は民法704条の悪意の受益者に当たるか。

(2)  控訴人主張の消滅時効の成否

5  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)(控訴人は民法704条の悪意の受益者に当たるか。)について

【被控訴人】

控訴人は、被控訴人から支払われた利息が利息制限法所定の制限利率を超えることを認識していたから、民法704条の悪意の受益者に当たる。

【控訴人】

被控訴人の上記主張は争う。

(2)  争点(2)(控訴人主張の消滅時効の成否)について

【控訴人】

過払金債権はその発生と同時に行使できるから、本件訴え提起時から10年遡った平成9年2月2日以前の弁済によって発生した過払金債権は、10年の期間満了により時効消滅した。

控訴人は、平成19年4月23日の原審第1回弁論準備手続において、被控訴人に対し、上記消滅時効を援用する旨の意思表示をした。

【被控訴人】

本件取引のように、包括限度額内で継続的な取引が予定されている金銭消費貸借契約の場合、借入れと弁済が多数回繰り返して行われるものであるから、その取引によって個別に発生した過払金債権は、当然にその後の増減と通算されるのが公平である。そして、被控訴人の過払金債権は、控訴人が上記のような継続的な取引に応じることを終了ないし中断し、本件取引の清算が開始された時点で初めて行使されるものである(なお、商法の交互計算と解釈上同視されるべきである。)。また、被控訴人が実際に過払金債権の行使ができるのは、弁護士や司法書士に依頼するなどし、控訴人から取引履歴が開示され、過払金の請求が可能であることを知った時である。したがって、過払金債権の消滅時効の起算日は、本件取引の最終取引日又は取引履歴が開示された日と解すべきである。

仮に上記主張が認められなかったとしても、本件訴え提起時から10年遡った平成9年2月2日以降、控訴人の被控訴人に対する貸付けがされており、同貸付けは、過払金債務の承認と信義則上同視できるから、民法147条3号の承認に当たり、時効は中断されている。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(控訴人は民法704条の悪意の受益者に当たるか。)について

貸金業者が利息制限法所定の制限利率を超える利息を受領したが、その受領について、貸金業法43条1項の適用が認められない場合には、貸金業者は、同項の適用があるとの認識を有しており、かつ、そのような認識を有するに至ったことについてやむを得ないといえる特段の事情があるときでない限り、法律上の原因がないことを知りながら過払金を取得した者、すなわち民法704条の悪意の受益者であると推定すべきところ、本件において、控訴人は、貸金業法43条1項の適用があることについて何ら主張・立証していないし、上記特段の事情を認めるに足りる証拠もないから、控訴人は民法704条の悪意の受益者に当たると認められる。

2  争点(2)(控訴人主張の消滅時効の成否)について

(1)  本件取引における弁済は、各貸付けごとに個別的な対応関係をもって行われることが予定されているものではなく、基本契約に基づく借入金の全体に対して行われるものと解されるから、同契約に基づく借入金債務に対する弁済金のうち利息制限法所定の制限利率を超えて利息として支払われた部分(以下「制限超過部分」という。)を元本に充当した結果、過払金が発生した場合には、その後に発生する新たな借入金債務に充当する旨の合意を含んでいると解される(最高裁平成18年(受)第1887号同19年6月7日第一小法廷判決)。

そうすると、被控訴人が本件訴えを提起したのは平成19年2月2日であるところ(弁論の全趣旨)、上記訴え提起時から10年遡った平成9年2月2日以前の弁済によって発生した過払金債権も、その後に発生する新たな借入金債務に充当して計算することができるから、同日時点における過払金債権(計算書Ⅰ記載のとおり、元本165万0347円及び同日までの過払利息)がその後もそのまま存在しているわけではない。

しかし、計算書Ⅰ記載のとおり、本件取引においては、平成9年2月2日以降の借入金は合計30万5000円にすぎず、上記同日以前の弁済によって発生した過払金債権をその後に発生する新たな借入金債務に充当したとしても、その全額が消滅するものではない。ところで、被控訴人の控訴人に対する平成9年2月2日以降の弁済金合計額は、別紙計算書(以下「計算書Ⅱ」という。)記載のとおり245万4000円にすぎないから、被控訴人の請求額のうち、上記245万4000円に民法704条の法定利息(年5分)を加えた金額(320万5334円及びうち245万4000円に対する平成19年2月3日から支払済みまで年5分の割合による法定利息)を超える部分は、明らかに平成9年2月2日以前の弁済によって発生した過払金債権ということができる。

そして、消滅時効は、権利を行使することができる時から進行し(民法166条1項)、制限超過部分を元本に充当した結果、過払金が発生した場合、その過払金債権は、発生時点において行使することができるから、上記のとおり、明らかに平成9年2月2日以前の弁済によって発生した過払金債権については、同日から10年の期間満了により、時効消滅したと解すべきである。

(2)  被控訴人は、本件取引の清算が開始されるまで、あるいは、控訴人から取引履歴の開示を受けるまで、過払金債権を行使することはできなかった旨主張するが、本件取引の継続中であっても、自ら弁済を停止し、取引履歴の開示を請求するなどして、過払金債権を行使することは十分に可能であり、権利行使につき法律上の障害は認められない(なお、被控訴人は、本件取引については、商法の交互計算と解釈上同視される場合であるとして、清算段階に入るまで、消滅時効は進行しない旨主張するが、本件取引において、一定の期間内の取引から生ずる債権債務の総額について相殺することを約したり〔商法529条〕、その期間を定めたり〔同法531条〕されていないのは明らかであって、交互計算と同視すべきであると解することはできない。)。

また、被控訴人は、控訴人による新たな貸付けは、過払金債務の承認と信義則上同視できるから、民法147条3号の承認に当たり、時効は中断されている旨主張するが、控訴人による新たな貸付けがこのような趣旨でされたことを認めるに足りる証拠はない。

したがって、被控訴人の上記主張はいずれも採用できない。

(3)  よって、被控訴人の過払金債権は、計算書Ⅱ記載のとおり、320万5334円及びうち245万4000円に対する平成19年2月3日から支払済みまで年5分の割合による法定利息となる。

第4結論

以上のとおり、被控訴人の請求は、上記の限度で理由があるから認容すべきであり、その余の請求は理由がないから棄却すべきである。これと結論を異にする原判決は相当ではないから、上記の限度で変更することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古川行男 裁判官 三島恭子 裁判官橋本眞一は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 古川行男)

(別紙)計算書<省略>

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