広島高等裁判所松江支部 平成23年(ネ)105号 判決 2012年11月14日
控訴人(原告)
社会福祉法人X
同代表者理事
A
同訴訟代理人弁護士
寺垣琢生
同
本田幸則
被控訴人(被告)
国
同代表者法務大臣
B
同指定代理人
大原高夫
同
小橋博志
同
難波康志
同
杉田隆夫
同
広江博
同
板持裕二
同
百目鬼宏
同
原弘樹
同
松田渉
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴人の当審における追加請求をいずれも棄却する。
3 当審における訴訟費用はすべて控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、1億円及びこれに対する平成22年9月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 事案の骨子
(1) 原審における請求
控訴人は、社債、株式等の振替に関する法律(平成13年法律第75号。平成16年法律第88号による改正前の名称は、「社債等の振替に関する法律」。以下、法律名変更の前後を問わず、「法」という。)の適用を受ける利付国庫債券(5年)(第49回)(以下「本件国債」という。)を、日本銀行から振決国債の振替を行うための口座(参加者口座)の開設を受けた株式会社a銀行(以下「a銀行」という。)を通じて買い付け、a銀行に振決国債の振替を行うための顧客口座(振替口座)を開設したが、その償還期限前にa銀行に対して他の口座管理機関への振替の申請をしたものの、a銀行が控訴人に対する債権があることを理由にこれを拒否したため、被控訴人が日本銀行に対して本件国債の償還手続を行ったとしてもそれは無効であって、控訴人は本件国債の発行者である被控訴人に対して直接控訴人が買い付けた国債(以下「控訴人国債」という。)の償還を求める権利を有するなどと主張して、被控訴人に対し、控訴人国債の額面金額である1億円の支払を請求した。
これに対し、被控訴人は、本件国債には法の適用があるところ、法は本件国債を買い付けた顧客がその元利金を被控訴人に対して直接請求することを認めていないから、控訴人の請求は失当である旨主張して争った。
(2) 原判決
原判決は、上記の被控訴人の主張を認めて控訴人の請求を棄却した。
(3) 当審における請求
控訴人は、原判決を不服として控訴するとともに、当審において、請求を拡張し、控訴人国債1億円に対する償還期限の翌日である平成22年9月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払請求を追加し、さらに、振決国債の償還については振替機関又は口座管理機関を通じて個々の顧客に償還すると規定し、個々の顧客が被控訴人に対して直接償還請求する旨の規定をおいていない法は、憲法29条1項、2項に違反して違憲無効であって、被控訴人は、このような違憲無効な法令に基づいて控訴人からの控訴人国債の償還請求を拒否したものであるから、被控訴人が控訴人国債の元利金の支払に応じないことは控訴人に対する不法行為及び債務不履行に当たるなどと主張して、国家賠償法1条1項又は民法415条に基づく損害賠償金1億円及びこれに対する償還期限の翌日である同日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める訴えを予備的に追加した(なお、控訴人の訴えの予備的追加的変更は、法に基づかずに本件国債の元利金を請求することはできない旨の被控訴人の上記主張を前提とするものであるから、許されると解される〔最高裁昭和39年7月10日第二小法廷判決・民集18巻6号1093頁〕)。
2 関連法令等の内容
(1) 定義
ア 「振替機関」とは、法3条1項の規定により主務大臣の指定を受けた株式会社をいう(法2条2項)。
イ 「加入者」とは、振替機関等が法12条1項又は44条1項若しくは2項の規定により社債等の振替を行うための口座を開設した者をいう(同条3項)。
ウ 「口座管理機関」とは、法44条1項の規定による口座の開設を行った者及び同条2項に規定する場合における振替機関をいう(同条4項)。
エ 「振替機関等」とは、振替機関及び口座管理機関をいう(同条5項)。
オ 「直近上位機関」とは、加入者にとってその口座が開設されている振替機関等をいう(同条6項)。
(2) 振替機関
ア 主務大臣は、次に掲げる要件を備える株式会社を、その申請により、法の定めるところにより法8条1項に規定する業務(以下「振替業」という。)を営む者として、指定することができる(法3条1項)。
1号ないし7号 略
イ 主務大臣は、日本銀行が次に掲げる要件を備えるときは、法3条1項の規定にかかわらず、日本銀行を、その申請により、法の定めるところにより振替業(国債に係るものに限る。以下法50条までにおいて同じ。)を営む者として、指定することができる(法47条1項)。
1号ないし4号 略
(3) 国債の振替等
ア 法の規定の適用を受けるものとして財務大臣が指定した国債で振替機関が取り扱うもの(以下「振替国債」という。)についての権利(法98条に規定する利息の請求権を除く。)の帰属は、法第5章の規定による振替口座簿の記載又は記録により定まるものとする(法88条)。
イ 特定の銘柄の振替国債について、振替の申請があった場合には、振替機関等は、4項から8項までの規定により、当該申請において3項の規定により示されたところに従い、その備える振替口座簿における減額若しくは増額の記載若しくは記録又は通知をしなければならない(法95条1項)。
ウ 前項の申請は、振替によりその口座(法91条2項2号規定の顧客口座を除く。)において減額の記載又は記録がされる加入者が、その直近上位機関に対して行うものとする(法95条2項)。
エ 同条1項の申請をする加入者は、当該申請において、次に掲げる事項を示さなければならない(同条3項)。
1号ないし4号 略
オ 同条1項の申請があった場合には、当該申請を受けた振替機関等は、遅滞なく、次に掲げる措置を執らなければならない(同条4項)。
1号ないし4号 略
カ 同条4項2号の通知があった場合には、当該通知を受けた振替機関等は、直ちに、次に掲げる措置を執らなければならない(同条5項)。
1号ないし4号 略
キ 振替国債の質入れは、法95条1項の振替の申請により、質権者がその口座における質権欄に当該質入れに係る金額の増額の記載又は記録を受けなければ、その効力を生じない(法99条)
(4) 日本銀行が営む国債の振替業務(国債振替決済業務規程(乙2。以下「規程」という。)
ア 規程は、法47条1項の指定を受けた日本銀行が営む国債の振替に関する業務(法44条2項に規定する場合を除く。以下「日本銀行の振替業」という。)の実施に必要な事項を定める(規程1条)。
イ 定義
(ア) 「国債振替決済制度」とは、日本銀行の振替業に係る国債の振替の仕組みをいう(規程2条1号)。
(イ) 「振決国債」とは、国債振替決済制度において取り扱う国債をいう(同条2号)。
(ウ) 「参加者口座」とは、日本銀行が次に掲げる者のために開設する振決国債の振替を行うための口座をいう(同条3号)。
イ 法44条1項1号から12号までに掲げる者又は法2条2項に規定する振替機関(法48条の規定により振替機関とみなされる日本銀行を除く。)
(以下略)
(エ) 「顧客口座」とは、参加者口座以外の振決国債の振替を行うための口座をいう(同条4号)。
(オ) 「参加者」とは、日本銀行から参加者口座の開設を受けた者をいう(同条5号)。
(カ) 「顧客」とは、参加者等から顧客口座の開設を受けた者をいう(同条9号)。
ウ 顧客との契約
参加者等は、顧客口座を開設する際に、顧客との間で、次に掲げる事項を含む契約を締結しなければならない。ただし、日本銀行が別に定める者のための顧客口座の開設にあっては、この限りでない(規程20条1項)。
1号 当該顧客口座は、国債振替決済制度に基づき開設されるものであって、当該顧客口座の取扱いについては、この契約に定めるところによるほか、法その他の法令及び規程その他の日本銀行が国債振替決済制度に関し定めた事項に従うこと。
(中略)
7号 当該顧客口座に記載又は記録されている振決国債(中略)の元金および利子は、当該参加者等が当該顧客に代わって受領し、これを当該顧客に配分すること。
(以下略)
エ 他の口座への振替
(ア) 参加者は(日本銀行を除く。)は、自己の参加者口座に記載又は記録がされている振決国債(中略)について、日本銀行が別に定めるところにより、日本銀行に対し、他の参加者口座又は顧客口座(中略)への振替(中略)の申請をすることができる(規程34条1項)。(以下略)
(イ) 顧客は、自己の顧客口座(中略)に記載又は記録がされている振決国債(中略)について、当該顧客口座を開設している参加者等に対し、参加者口座又は他の顧客口座への振替の申請をすることができる(規程35条1項)。(以下略)
オ 元利金の配分
(ア) 日本銀行は、振決国債(中略)の償還期日又は利子支払期日に、国からその元金又は利子を一括して受領したうえ、日本銀行が別に定めるところにより、これを参加者に配分する(規程73条1項)。
(イ) 参加者は、前項の規定により当該参加者が開設している顧客口座に記載又は記録がされている振決国債の元金又は利子の配分を受けた場合には、これをその顧客に配分しなければならない(同条2項)。
3 前提事実
本件の前提となる当事者間に争いのない事実並びに証拠(個別に掲記する。)及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実は、次のとおりである。
(1) 利付国庫債券(5年)(第49回)(本件国債)の発行について
被控訴人(財務省)は、平成17年9月30日、本件国債を発行し、その発行条件等について、法の規定の適用を受けること、その振替機関は日本銀行とすること、償還期限を平成22年9月20日とすること、元利金支払場所は日本銀行とすることなどを告示した(財務省告示第383号。乙1)。
(2) 控訴人による控訴人国債の買付け等
控訴人は、日本銀行から参加者口座(規程2条3号)の開設を受けた者(参加者)である(同条5号)a銀行から、振決国債の振替を行うための別紙1記載の顧客口座(同条4号。以下「控訴人口座」という。)の開設を受けて顧客(同条9号)となり、a銀行(本店営業部)に対し、本件国債を単価9万9120円で1000口申し込み、本件国債の払込期日である平成17年9月30日までに、その対価である9912万円を払い込み、a銀行は、同年11月2日、控訴人口座に別紙2のとおり控訴人国債に関する記録をした(甲1)。
このため、控訴人国債については、a銀行が控訴人の直近上位機関(法2条6項)となる。
(3) その後の経過
ア 控訴人は、平成22年8月10日ころ、a銀行に対し、控訴人国債について、保護預り規定兼振替決済口座管理規定10条1項に規定される他の口座管理機関への振替の申請をするので、同条2項に規定される「振替口座依頼書」を送付するよう求めた(甲2の1)。
イ a銀行は、同月12日ころ、控訴人に対し、鳥取地方裁判所で係属中の訴訟においてa銀行の控訴人に対する貸金返還請求権の存否が争われていることなどを理由に、控訴人国債の引渡しを拒む権利があると主張して、「振替口座依頼書」の送付を拒否した(甲2の2)。
ウ 控訴人は、同月20日ころ、財務省及び日本銀行に対し、振替口座を株式会社b銀行の控訴人名義口座に変更するように求めた(甲3の1)。
エ 財務省は同月25日ころに、日本銀行は同月26日ころに、控訴人に対して上記要求には応じられない旨それぞれ回答した(甲3の2、3)。
オ 控訴人は、同年9月6日ころ、a銀行に対し、控訴人口座を解約する旨通知した(甲4)。
(4) 本件国債の元利金の償還
日本銀行は、本件国債の償還期限である同月20日の直後の銀行営業日である同月21日、被控訴人から、利付国庫債券(5年)(第49回)の元利金2兆5012億1200万円を受領した(乙4、5)。
4 当事者の主張
(1) 主位的請求について
ア 控訴人の主張
本件国債は、本来、法の適用を受けるものである。しかし、本件においては、a銀行が日本銀行から本件国債の元利金の償還を受ける前に、控訴人が、a銀行に対して、振替口座の変更の申請をしたにもかかわらず、a銀行は、「遅滞なく」あるいは「直ちに」振替先の変更手続をとらなければならないとの法95条4項、5項に反し、上記手続を拒否した。法、規程等関連法令(以下「法等」という。)においてこのような事態を想定した規定がないため、控訴人は、法等に則って控訴人国債の償還手続を行うことができない。そうである以上、債権債務関係の原則に立ち返り、控訴人国債の債権者である控訴人が、本件国債の発行者である被控訴人に対し、法等の規定に基づかず、直接控訴人国債の償還を求めることができると解すべきである。
この点、法95条2項は、振替の申請については加入者が直近上位機関に行うと規定しているが、この規定は、権利者保護という法の目的(法1条)に鑑みて、単に振替の手続を定めたにすぎず、控訴人が被控訴人に対して直接償還請求することを否定するものではないと解すべきである。また、本件において控訴人が被控訴人に対し直接控訴人国債の償還を求めることができると解さなければ、控訴人に対する貸金返還請求権が存在する旨主張するa銀行は、控訴人からの振替口座の変更の申請を拒否した上で、日本銀行から償還された控訴人国債の元利金を控訴人に配分する債務について、控訴人に対する上記債権と対当額で相殺することによって、法99条の規定に則った記載又は記録を受けずに、質入れを受けたのと同じ効果を得ることになり、不当である。
このように、本件においては、法の適用がないのであるから、法等に則ってされた被控訴人の日本銀行に対する控訴人国債の償還手続は無効である。
よって、控訴人は、被控訴人に対し、控訴人国債の元利金1億円及びこれに対する償還期限後である平成22年9月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
イ 被控訴人の主張
国債振替決済制度において、国債の償還について、元利金は、発行者である被控訴人から振替機関たる日本銀行に支払われ、その後、日本銀行から参加者等へ、参加者等から顧客へ順次配分される仕組みとなっており、また、振替の申請についても同様に、段階的な仕組みが採用されている(法95条2項、規程34条、35条)。また、控訴人は、本件国債が振決国債であり法等の規律を受けることを了解した上で、控訴人国債を買い付けた。
そうすると、被控訴人は、法等に基づいて、本件国債の元利金を日本銀行に償還したことにより、控訴人国債を含む本件国債の償還義務を果たしており、控訴人は、国債発行者である被控訴人に対して、直接、控訴人国債の元利金の償還を求めることができない。
そして、控訴人は、控訴人の振替口座の変更手続に応じないといったa銀行の対応が不当であるというのであれば、a銀行に対してその旨主張するなどして、被控訴人から日本銀行を通じて控訴人国債の元利金を受け取ったa銀行に対して、控訴人国債の元利金の配分を求めるべきである。
(2) 予備的請求について
ア 控訴人の主張
(ア) 国家賠償法1条1項に基づく請求(法令違憲を前提として)
国債とは、被控訴人が個々の加入者に対し、一定の期間経過後、一定の金員を支払うことを約するもので、被控訴人と個々の加入者との間で債権債務を発生させる契約である。
それにもかかわらず、被控訴人が主張するように、国債振替決済制度において、国債の償還手続が法等によって限定されているとすれば、振替機関又は口座管理機関が明らかに正当な理由なく加入者からの振替口座の変更の申請に応じない場合には、当該加入者が国債償還を受ける手段がなく、結果的に国債が無価値に帰することになる。そうすると、法等は、国債の償還手続を限定することによって加入者の財産権を侵害することになるから、このような法等の定めは憲法29条1項、2項に違反するものとして無効である。
したがって、被控訴人が違憲無効な法等を根拠に控訴人に控訴人国債の直接償還することを拒否したことは違法であり、被控訴人の上記違法行為により、控訴人は、本来被控訴人から償還を受けることができるのと同額の1億円の損害を被った。
よって、控訴人は、被控訴人に対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償金1億円及びこれに対する不法行為後である平成22年9月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(イ) 国家賠償法1条1項又は民法415条に基づく請求(適用違憲を前提として)
法等が憲法29条1項、2項に違反しないとしても、振替機関又は口座管理機関が明らかに正当な理由なく加入者からの振替口座の変更の申請に応じない場合には、法等の適用に例外を認めた上で債権債務関係についての一般法である民法が適用されると解すべきであるから、法等の適用に例外を認めず、国債の債権者である加入者が、その債務者である被控訴人に対して償還請求することができないと解釈することは、憲法29条1項、2項に違反する。
したがって、被控訴人が本件においても法等を適用すべきであると誤った解釈をして控訴人に対して控訴人国債の元利金の支払を拒否したことは、被控訴人の違法行為であるとともに債務不履行にも当たり、これにより、控訴人は、本来被控訴人から償還を受けることができるのと同額の1億円の損害を被った。
よって、控訴人は、被控訴人に対し、国家賠償法1条1項又は民法415条に基づく損害賠償金1億円及びこれに対する不法行為又は償還期限後である平成22年9月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
イ 被控訴人の主張
(ア) 国家賠償法1条1項に基づく請求(法令違憲を前提として)について
国債振替決済制度において、個々の加入者が国に対して直接支払を請求することができないこととした最大の目的は、決済制度の安全性、迅速性を確保するためにあり、その目的は合理的である。
そして、国債振替決済制度において、国債の発行体である被控訴人は、国債権者の個別の情報を把握していないから、個々の国債権者からの償還請求に応じなければならないとすると、その都度、国債権者ごとの権利の内容等について調査をする必要が生じ、償還手続が滞ることになる上、過誤払いの危険性も生じ得る。このため、被控訴人が、日本銀行に対し、一括して元利金の支払をすることとしたのである。そして、国債権者は、元利金の支払について、顧客口座開設時に直近上位機関が代理受領する旨を含む契約を締結することにより、直近上位機関に元利金の受領を授権しており、直近上位機関への授権は、顧客口座を開設する際の契約内容としなければならないとされている(規程20条1項7号)から、国債権者は、国債を取得する前提として、国から直接支払を受ける権利を放棄しているといえる。
そうすると、国債権者が直接国に対して請求することができないとしても、国債権者の財産権に対する過度の制約にならないことは明らかである。
以上によれば、法等により被控訴人に直接償還請求できないとされていることが財産権を過度に制約するものとして憲法29条1項、2項に違反するとはいえず、被控訴人が控訴人国債の償還に応じないことに国家賠償法上の違法性はない。
また、控訴人として、控訴人の振替口座の変更手続に応じないといったa銀行の対応が不当であるというのであれば、a銀行に対し、その旨主張するなどして控訴人国債の元利金の配分を求めるべきであることは、前記(1)イのとおりであるから、控訴人に何らの損害も生じていない。
(イ) 国家賠償法1条1項又は民法415条に基づく請求(適用違憲を前提として)について
控訴人の適用違憲の主張は、必ずしも明確ではない上、適用違憲を認めた最高裁判例もない。そもそも、本件において、被控訴人は、控訴人とa銀行との法律関係について了知する立場にはないから、被控訴人が控訴人国債の償還に応じないことに国家賠償法上の違法性はなく、また、控訴人に何らの損害も生じていないことは、前項のとおりである。
さらに、控訴人は、被控訴人が日本銀行に対して控訴人国債の元利金を支払うことを了解して控訴人国債を取得したものであり、被控訴人は、償還期日である平成22年9月20日の直後の銀行営業日である同月21日に、日本銀行に対し、控訴人国債の償還手続を行っているのであるから、被控訴人には、民法415条に基づく債務不履行はない。
第3当裁判所の判断
1 主位的請求について
控訴人は、a銀行が、日本銀行から控訴人国債を含む本件国債の元利金の支払を受ける前に、控訴人から振替口座の変更の申請を受けたにもかかわらず、法95条4項、5項の規定に則った対応をしなかったところ、法等にはこのような事情を想定した規定がないため、控訴人が法等に基づき控訴人国債の元利金の支払を受ける手続をとることができず、また、a銀行が、振替口座の変更手続を拒否すれば、日本銀行から償還された控訴人国債の元利金を控訴人に配分する債務について、控訴人に対する貸金返還請求権と対当額で相殺することができることになるのは、法99条の規定に照らして不当であることからすれば、国債権者である控訴人が、国債発行者である被控訴人に対し、法等に基づかず、直接控訴人国債の償還を求めることができると解すべきであると主張する。
しかし、本件国債は法等の適用を受けるものであって、その振替機関は日本銀行とされ、控訴人国債の元利金は被控訴人から振替機関である日本銀行を通じて参加者であるa銀行へ支払われ、a銀行が顧客である控訴人に配分することとされており(規程73条1項、2項)、振替の申請手続についても、控訴人は、被控訴人に対して直接行うのではなく、参加者であるa銀行に対して行うこととされている(法95条2項等、規程34条1項、35条1項)。また、控訴人は、控訴人口座の開設の際に、a銀行との間で、控訴人口座が国債振替決済制度に基づき開設されるものであり、控訴人口座の取扱いについては、法その他の法令及び規程その他日本銀行に国債振替決済制度に定めた事項に従うこと、控訴人口座に記載又は記録されている振決国債の元利金を、a銀行が控訴人に代わって受領し、これを控訴人に配分することなど規程20条1項1号、7号の内容を含む契約を締結したことが認められる。そうすると、顧客である控訴人は、法等に基づいて、控訴人国債の元利金を、参加人であるa銀行に対して請求できるのであるから、控訴人が控訴人国債の元利金の支払を受ける手続をとることができないものではない。
控訴人が主張する上記事情は、控訴人とa銀行との間の控訴人国債とは別個の債権債務関係から派生した問題であって、a銀行の対応等が違法、不当であれば、控訴人は、a銀行に対し、控訴人国債に係る償還金の支払を請求する訴訟を提起するなどして民事的な救済を求めることが可能である。したがって、控訴人とa銀行との関係が本件国債ないし控訴人国債について控訴人と被控訴人との間を規律する法等に基づく法律関係に影響を与えるものではなく、控訴人の主張する上記事情があるからといって、控訴人が被控訴人に対して直接控訴人国債の償還を求める権利が発生するということはできない。
以上によれば、控訴人の上記主張は、採用できず、控訴人の主位的請求は、理由がない。
2 予備的請求について
(1) 控訴人は、国債振替決済制度において、国債の償還について法等によって限定されているとすれば、振替機関又は口座管理機関が明らかに正当な理由なく加入者からの振替口座の変更の申請に応じない場合には、当該加入者が国債償還を受ける手段がなく、結果的に国債が無価値に帰することになり、そうすると、法は、国債の償還について限定することによって加入者の財産権を侵害しているから、憲法29条1項、2項に違反するものとして無効であり、また、上記のような場合に、法等の適用に例外を認めず、国債の債権者である加入者がその債務者である被控訴人に対して償還請求することができないと解釈することは、憲法29条1項、2項に違反すると主張する。
しかし、控訴人は、a銀行に対し、法等に基づき控訴人国債の元利金の請求をすることができるのであるから、控訴人が法等に基づいて控訴人国債の元利金の支払を受ける手続をとることができないといえないことは、前記1で説示したとおりである。そうすると、控訴人が控訴人国債の元利金の支払を受ける手段がないとは認められず、控訴人には何らの財産的損害も発生していないというべきであるから、控訴人の上記主張は、その前提において失当である。
(2) したがって、法等が憲法29条1項、2項に違反しており違憲無効であること又は被控訴人が法等の解釈を誤って上記憲法に適合する解釈をとらなかったことを前提とする控訴人の国家賠償法1条1項又は民法415条に基づく予備的請求は、いずれも理由がない。
第4結論
以上によれば、控訴人の原審における控訴人国債の元利金1億円の償還請求は理由がないから、これを棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がなく、これを棄却すべきであり、また、控訴人が当審において追加した上記請求についての付帯請求(遅延損害金請求)並びに国家賠償法1条1項又は民法415条に基づく損害賠償請求は、いずれも理由がないから、これらを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 塚本伊平 裁判官 小池晴彦 髙橋綾子)
(別紙1)
金融機関 a銀行
支店 本店営業部
種類 普通
口座番号 <省略>
(別紙2)
債券取引口座番号(CIF-NO) <省略>
銘柄 利付国庫債券(5年)(第49回)
利率 年0.600パーセント
額面金額 1億円
約定単価 9万9120円
約定金額 9912万円
受渡金額 9919万0684円
約定日 平成17年10月28日
受渡日 平成17年11月2日
払込日 平成17年9月30日
償還日 平成22年9月20日