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広島高等裁判所松江支部 平成26年(ネ)12号 判決 2014年9月10日

控訴人(被告)

Y信用保証協会

同代表者理事

同訴訟代理人弁護士

吾郷計宜

丑久保和彦

西村信之

被控訴人(原告)

X信用金庫

同代表者代表理事

同訴訟代理人弁護士

野口浩一

川中修一

渡邉大智

中永淳也

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

第2事案の概要

1  本件は、①信用金庫である被控訴人が、Cに貸付け、後日株式会社aが免責的債務引受をした貸金債務及び②被控訴人が、株式会社aに貸し付けた貸金債務について、信用保証協会である控訴人が被控訴人との間で、それぞれ締結した保証契約に基づき、保証債務金409万9172円(①上記①の取引につき残元金206万4000円、及びこれに対する約定利払日である平成24年4月21日から同年7月21日まで92日間の約定利息である年利1.8%の割合(年365日の日割計算)による遅延損害金9364円、②上記②の取引につき残元金200万7072円、及び預金相殺前の残元金221万9000円に対する約定利払日である平成24年4月21日から同年7月21日まで92日間の約定利息である年利3.35%の割合(年365日の日割計算)による遅延損害金1万8736円)及び上記残元金合計407万1072円に対する平成25年1月23日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

2  原審は、Cが暴力団員であったことに基づき各保証契約は錯誤無効であるとの控訴人の抗弁を排斥し、被控訴人の請求を全部認容した。

3  本件の争いのない事実、争点及び争点に関する当事者双方の主張は、以下のとおり補正し、次項において当審における主張を付加するほか、原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の2、3に記載されたとおりであるから、これを引用する。

原判決2頁18行目の「訴外a社」の前に「Cが代表取締役であった」を加える。

4  当審における主張

(控訴人の主張)

(1) 原判決は、本件保証において、Cが暴力団員でないという動機が黙示に表示されていたと認定したものの、錯誤無効のリスクを表意者である控訴人から被控訴人に転嫁することになった場合に限り、動機が「法律行為の内容」になるという見解を採用したが、これは動機を事前に契約書等において明文化することを要求する見解にほかならず、動機の錯誤の成立を著しく限定するもので法令解釈の誤りがあり、従来の最高裁判例に反する。

(2) 原判決は信用保証委託契約書において、委託者が反社会的勢力の場合に、事前求償権を行使することができる旨の条項があるにもかかわらず、本件保証の約定書、信用保証書には、反社会的勢力の排除条項を置いていないことを動機の錯誤のリスクを被控訴人に転嫁する明確な意思がないことの理由の一つとして掲げている。しかしながら、事前求償権条項は、委託者が融資実行後(保証委託契約締結後)において、反社会的勢力の一員になった場合や個別的に何か特別の事情があって控訴人がリスクを負わざるをえない場合の例外的措置を規定しているにすぎず、本件の如き場合を想定したものではない。本件の如き場合、公的性格を有する控訴人にとって、保証の対象者が反社会的勢力であるということは到底許されないのであって、信用保証制度の悪用をけん制し、反社会的勢力が受ける利益を剥奪する方法として本件約定書、信用保証書に反社会的勢力の排除条項の明文がなくとも錯誤無効の主張をすることは当然予定されていたというべきである。

(3) 本件保証は、いわゆる金融機関斡旋型の保証であり第1取引及び第2取引は、被控訴人独自の経営判断によるものである。仮に、本件のような金融機関斡旋型の保証の場合に、回収のリスクを金融機関である被控訴人が負担することになっても、それは被控訴人の独自の経営判断による自己責任であり、回収のリスクを被控訴人が負担することになったとしても、不公平とはいえず、中小企業の金融の円滑化(信用保証協会法1条)にも反しない。また、信用保証協会が回収リスクを負担することになれば、反社会的勢力が無資力の場合に、その資金需要が公的資金で担保することになり、反社会的勢力の排除という社会的要請に反する。したがって、本件において控訴人が回収リスクを負担しなければならないとするのは、信用保証契約である保証制度の趣旨に反する。

(4) 金融機関斡旋型の場合には、第1次的審査を行うのは金融機関であり、信用保証協会は、その結果を前提に第2次的審査を行う。信用保証協会は、多数の同種案件を処理する中で、特段疑わしい事情がなければ、案件を持ち込んだ金融機関の第1次的審査結果を信頼して、判断を行っているのが実態である。したがって、金融機関斡旋型の場合には、第1次的には金融機関がリスクを負担すべきであり、金融機関からの信用保証の依頼には主債務者の属性を積極的に表明する意味合いがある

(被控訴人の主張)

(1) 判例も、動機の錯誤について、客観的な表示の有無だけではなく、その動機が意思表示の内容になったかどうかを問題としており、原判決の解釈が動機の錯誤の成立を著しく限定するものであるとか、従来の判例に反するとの控訴人の主張には理由がない。

(2) 本件のようなケースを念頭に置いた保証債務履行前の事前求償権条項が存在する以上、金融機関である被控訴人は当然に控訴人から保証債務の履行を得られると期待していたものであって、控訴人の錯誤無効の主張が当然に予定されていたということはできないし、錯誤無効のリスクを金融機関である被控訴人に転嫁することが予定されていたということはできない。したがって、控訴人に錯誤無効のリスクを被控訴人に転嫁する意思、被控訴人にそのリスクを引き受ける意思があったということもできない。

(3) 金融機関斡旋型の保証の場合であっても、信用保証協会である控訴人も自身の判断で反社会的勢力該当性を審査して保証しているのであるから、被控訴人の自己責任というのは単なる責任転嫁といわざるを得ない。

(4) 反社会的勢力排除のためのリスクは、社会全体、国民全体で負担すべきであって、一金融機関に負担させるのは極めて不合理であるといわざるを得ない。信用保証協会が金融機関に保証債務を履行しても、反社会的勢力に何ら利益を与えるものではない。本件のようなケースにあっては、信用保証協会から保証債務の履行が受けられることを前提に、金融機関が積極的に期限の利益を喪失させて反社会的勢力から利益を剥奪していくことが、反社会的勢力排除の社会的要請、中小企業の金融の円滑化という信用保証制度の目的、いずれにも応える結果となるのである。決して、信用保証協会がリスクを負担することが、信用保証契約である保証制度の趣旨に反することにはならない。

(5) 信用保証委託契約書の事前求償権条項(5条1項7号)のとおり、後に委託者が反社会的勢力であることが判明した場合に、保証債務履行請求に応じることを前提とした規定を置いている。そして、信用保証契約締結以前に、控訴人から被控訴人に対し、本件のようなケースでは錯誤を主張して保証債務の履行を拒むことを予定しているなどと伝えられたこともなかった。加えて、反社会的勢力排除の社会的要請や、中小企業の金融の円滑化という信用保証制度の目的等を考慮すれば、仮に錯誤が認められたとしても、控訴人が錯誤無効を主張することは信義に反して許されないというべきである。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

各項所掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。

(1)  内閣総理大臣が主宰し、閣僚を構成員とする犯罪対策閣僚会議は、同幹事会申合せとして、平成19年6月19日付けで「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」を公表した。この指針は、企業にとっても、その社会的責任の観点から必要かつ重要なことであるとの認識の下に取りまとめられたものであって、反社会的勢力による被害を防止するための基本原則の1つが「取引を含めた一切の関係遮断」であり、平素からの対応として、相手方が反社会的勢力であるかどうかについて、常に、通常必要と思われる注意を払うとともに、反社会的勢力であるとは知らずに何らかの関係を有してしまった場合には、相手方が反社会的勢力であると判明した時点や反社会的勢力であるとの疑いが生じた時点で、速やかに関係を解消することが定められている。(甲11)

(2)  金融庁及び中小企業庁が平成20年6月に策定した「信用保証協会向けの総合的な監督指針」(以下「本件監督指針」という。)は、「反社会的勢力による被害の防止」について、①反社会的勢力との取引を未然に防止するための適切な事前審査の実施や必要に応じて契約書や取引約款に暴力団排除条項を導入するなど、反社会的勢力が取引先となることを防止すること、②いかなる理由であれ、反社会的勢力であることが判明した場合には債務保証を行わないことなどが定められている。(甲11)

(3)  社団法人全国信用保証協会連合会(以下「連合会」という。)は、本件監督指針を踏まえ、平成21年5月、信用保証の委託者と信用保証協会との間で作成される信用保証委託契約書の書式について、反社会的勢力の排除を定める旨の改訂を行った。本件の信用保証委託契約書(乙1の1、2)には、委託者又は保証人が保証契約後に反社会的勢力であることが判明した場合、被控訴人に対する代位弁済前に、委託者又は保証人に事前求償権を行使し得る旨が規定されている(同契約書5条1項7号、3条)。(甲11、乙1の1、2)

(4)  連合会は、上記のとおり、平成21年5月、信用保証委託契約書に暴力団排除条項を設ける旨の書式の改訂を行い、一般社団法人全国銀行協会(以下「全銀協」という。)は、連合会の依頼を受けて、会員行に対し、同月20日付け書面により、上記改訂がされたことを連絡したが、その際、上記改訂は、信用保証の委託者と信用保証協会との間の信用保証委託契約書に関する改訂であり、金融機関と信用保証協会との間の信用保証協会約定書を変更するものではないことを連合会に確認している旨を併せて連絡した。(甲11)

(5)  連合会と一般社団法人全国信用金庫協会との間で、反社会的勢力の排除のため、どのような協議がなされてきたのか、証拠上、不明であるが、従前から用いられている約定書(甲10)には、反社会的勢力の排除条項は規定されていない。(甲10)

(6)  約定書(甲10)及び信用保証書(甲4ないし6)には、後日、主債務者や保証人が反社会的勢力であったことが判明した場合について、免責条項が規定されていない。

2  争点(1)(動機の錯誤)について

(1)  上記1のとおり、反社会的勢力排除の社会的要請があり、金融取引の分野では、活動の原資を与えないという意味で反社会的勢力との関係遮断が特に強く求められていたこと、金融庁及び中小企業庁により本件監督指針が定められ、信用保証協会においても主債務者が反社会的勢力に当たることが判明していれば債務保証を行わないこととされ、これを踏まえて、連合会において暴力団排除条項を設けた信用保証委託契約書の書式の改訂が行われ、全銀協を通じ、会員行にその旨連絡されるなどしていたこと、他方、被控訴人においても、金銭消費貸借証書に反社会的勢力の排除条項を定めていたこと(甲1、3)に鑑みれば、本件においても、契約締結前に主債務者であるC(a社)が反社会的勢力に当たることが判明していれば、控訴人が保証に応じなかったことは明らかであり、被控訴人においても、そのことを認識していたものと認められる。

(2)  もっとも、このように動機が表示されても、それが当然に法律行為の内容になるものではなく、当事者の意思解釈上、動機が法律行為の内容とされていないと認められる場合には、動機に存する錯誤は法律行為を無効ならしめるものではないというべきである(最高裁昭和35年(オ)第507号昭和37年12月25日第三小法廷判決・集民63号953頁)。これに反する控訴人の解釈は採用できない。

(3)  そこで、本件において、動機すなわちC(a社)が反社会的勢力でないことが、当事者の意思解釈を踏まえ、本件保証の内容になっていたかについてさらに検討する。

この点、主債務者が反社会的勢力でないことは、控訴人が保証する上での、動機ないし前提・条件となっていたのみならず、被控訴人の主債務者に対する貸付けにおいても、前記のとおり反社会的勢力の排除条項が定められるなど、その動機ないし前提・条件となっていたものと認められ、翻って、主債務者が反社会的勢力であることは、控訴人及び被控訴人の共通の信用リスクであったと認められる(仮に主債務者であるC(a社)が反社会的勢力に当たることが判明していれば、そもそも被控訴人は貸付け自体行わなかったものと推認される。)。そして、保証は、主債務の信用リスクを保証人が引き受けることを内容とする契約であり、例えば当事者にとって契約時に未知の貸倒原因が存在するリスクは原則として保証人が負担すべきと解される。これに本件においては、前記認定のとおり、控訴人と主債務者との間の信用保証委託契約書には、委託者が反社会的勢力の場合に、保証契約が有効であることを前提として事前求償権を行使することができる旨の条項があること、他方、控訴人と被控訴人間の本件保証の約定書、信用保証書には、反社会的勢力との取引に関し免責条項を置いていないこと等を併せ考慮すると、金融機関である被控訴人において必要な注意を怠り、あるいは被控訴人が真実を知りながら信用保証協会である控訴人に告げなかったなど控訴人の誤信の原因が被控訴人側にあったような特段の事情がない限り、主債務者が反社会的勢力でないことは、保証契約の内容にならず、その錯誤は意思表示の効力に影響を及ぼさないと解すべきである。

(4)  控訴人は、信用保証協会が公的資金を運用していることから、保証の対象者が反社会的勢力であるということは到底許されないとして、明文なくとも錯誤無効の主張が当然予定されている旨主張をするが、金融機関と信用保証協会の関係が保証契約当事者として私法上規律されるものである以上、信用保証協会の公的性格を考慮しても主債務者についてのリスクを一方的に民間の金融機関に押し付けてよいとする法理はないし、被控訴人など金融機関が、主債務者が反社会的勢力であった場合のリスクを常に自ら引き受けなければならないものとすると、貸付けに消極的になったり、主債務者が反社会的勢力に該当するか否かの調査コストをかけなければならず、ひいては、そのリスクを踏まえて貸付金利を高く設定せざるを得ない事態になることも予想され、このような事態は、中小企業の金融の円滑化を目的とする控訴人の目的(信用保証協会法1条)に適合しないというべきである。

また、契約締結段階で反社会的勢力と関係を持たないことと、それが看過されて既に反社会的勢力に融資が実行されてしまった後の処理の問題は区別されるべきであり、反社会的勢力とは無関係の当事者間における信用保証契約を無効にしても、主債務者からの融資金が回収されるわけではなく、反社会的勢力との関係は切断されない。むしろ、一旦融資が実行されてしまった場合には、反社会的勢力の下に残る利益が可及的に速やかに最小化されるように、金融機関と信用保証協会が相互に協力し、金融機関において、信用保証協会から保証債務の履行を受け得ることを前提として、反社会的勢力による返済状況に拘わらず、積極的に期限の利益喪失条項を適用して、反社会的勢力である借主から金融の利益の剥奪に努め、他方、信用保証協会においても、保証契約の有効性を前提に求償権及びその連帯保証債務の履行請求権を通じ、反社会的勢力からの利益の収奪を行うことがより反社会的勢力の抑制に資するというべきである。

(5)  さらに、控訴人は、金融機関斡旋型の場合には、第1次的には金融機関がリスクを負担すべきであり、金融機関からの信用保証の依頼には主債務者の属性を積極的に表明する意味合いがあるとするが、取引の端緒を与えたことをもって、主債務者の属性まで保証しているとまでみるのは飛躍に過ぎ、金融機関斡旋型であることは、金融機関が第1次的調査を担当し、信用保証協会はその調査結果を信頼して、金融機関ほどには綿密な調査をする必要がないという限度で考慮されるにとどまるというべきである。

3  小括

そうすると、本件においては、原判決の「事実及び理由」欄の第2の2(7)のとおり、被控訴人は、平成23年12月28日、新聞報道によって、Cが暴力団員であることを知ったと認められる上、証拠上、被控訴人が、第1取引及び第2取引において必要な注意を怠った、あるいは被控訴人が真実を知りながら信用保証協会である控訴人に告げなかった等の特段の事情はうかがわれないから、Cが暴力団員でないという控訴人の動機が、本件保証の内容となっていたとは認められない。よって、控訴人において、この点に錯誤があったことは、本件保証の効力に影響を及ぼさない。

第4結論

以上のとおりであるから、被控訴人の請求は理由があり、これを認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。

よって、本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塚本伊平 裁判官 内田貴文 堀田匡)

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