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広島高等裁判所松江支部 平成26年(ネ)47号 判決 2015年3月18日

1審原告

X1

1審原告

X2

1審原告ら訴訟代理人弁護士

岩城穣

林裕悟

中森俊久

1審被告

Y1組合

同代表者管理者

1審被告

Y2

1審被告

Y3

1審被告ら訴訟代理人弁護士

高階貞男

向井太志

主文

1  1審原告ら並びに1審被告Y2及び1審被告Y3の各控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

(1)  1審被告Y1組合は、1審原告X1に対し、3081万8745円及びこれに対する平成19年12月10日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。

(2)  1審被告Y1組合は、1審原告X2に対し、6929万3745円及びこれに対する平成19年12月10日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。

(3)  1審原告らの1審被告Y1組合に対するその余の請求並びに1審被告Y2及び1審被告Y3に対する請求をいずれも棄却する。

2  1審被告Y1組合の控訴を棄却する。

3  訴訟費用は、1審原告らと1審被告Y1組合との間においては、第1、2審を通じ、1審原告らに生じた費用の3分の1と1審被告Y1組合に生じた費用を3分し、その2を1審被告Y1組合の負担とし、その余を1審原告らの負担とし、1審原告らと1審被告Y2及び1審被告Y3との間においては、第1、2審を通じ、全部1審原告らの負担とする。

4  この判決の1項(1)及び(2)は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

(1審原告ら)

1  原判決を次のとおり変更する。

2  1審被告らは、1審原告X1に対し、連帯して1億0525万6130円及びうち8861万4158円に対する平成23年1月29日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。

3  1審被告らは、1審原告X2に対し、連帯して1億0525万6130円及びうち8861万4158円に対する平成23年1月29日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。

(1審被告ら)

1  原判決中1審被告ら敗訴部分を取り消す。

2  1審原告らの請求をいずれも棄却する。

第2事案の概要等

1  本件の原審は、1審原告らが、1審被告らに対し、1審被告Y1組合(以下「1審被告組合」という。)の運営する病院に医師として勤務していた1審原告らの子Bが、同病院における過重労働や上司らのパワーハラスメント(以下「パワハラ」という。)により、遅くとも平成19年12月上旬には、世界保健機構(WHO)の国際疾病分類第10回修正(以下「ICD-10」という。)「F32 うつ病エピソード」(従来診断によるうつ病。以下「本件疾病」という。)を発症し、自殺に至ったとして、債務不履行又は不法行為に基づき、1審原告1人につき、①死亡慰謝料等の損害元金8861万4158円(損益相殺処理後の金額)及び②損害元金(相続及び損益相殺処理前のX1の損害額合計2億1220万3317円)に対する同自殺日である平成19年12月10日から後記前提事実(5)アの遺族補償一時金の支払日である平成23年1月28日までの民法所定の年5%の割合による確定遅延損害金1664万1972円並びに③上記①の金額に対する同支払日の翌日である同月29日から支払済みまでの同じく年5%の割合による遅延損害金の各支払を求めた事案である。

原判決は、1審被告組合の債務不履行及び不法行為責任(709条、715条)、並びに1審被告Y3及び1審被告Y2の不法行為責任(709条)を認めて、1審被告らに対して、それぞれ1審原告X1に対し、連帯して2000万2268円及びこれに対する平成19年12月10日から支払済みまで年5%の割合による金員、1審原告X2に対し、連帯して6012万7268円及びこれに対する平成19年12月10日から支払済みまで年5%の割合による金員の各支払を命じ(1審原告らの金額の違いは、遺族補償一時金給付分の損益相殺の違いによる。)、1審原告らのその余の請求をいずれも棄却したため、双方が各敗訴部分を不服として控訴した。なお、1審原告らは、当審において、仮定的に1審被告組合に対し、国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条に基づく損害賠償請求を追加した。

2  前提事実は次のとおり補正するほか、原判決の「事実及び理由」欄の第2の1に記載のとおりであるから、これを引用する

(1)  原判決3頁26行目の「本件病院を運営している一部事務組合であり、」を「地方自治法286条に基づいて昭和32年に設置された兵庫県養父市並びに美方郡香美町で構成する一部事務組合であり、本件病院を運営しており、」と改める。

(2)  同4頁2行目の「「被告Y2」という。)は、」の後に「平成15年10月1日本件病院に採用され、」を加える。

(3)  同4頁4行目の「う。)は、」の後に「平成13年4月1日本件病院に採用された」を加え、同行末尾に「亡B勤務時の本件病院整形外科所属の医師(研修医を除く。)は、亡Bを含め上記3名のみであった。(証拠<省略>)」を加える。

(4)  同5頁7行目の「以下の記載があるメモ」の後に「(以下「本件メモ」という。)」を加える。

3  争点及び争点に関する当事者の主張は、次のとおり補正し、4のとおり当審における当事者の主張を追加するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の第2の2及び第3の1ないし5に記載のとおりであるから、これを引用する

(1)  原判決10頁18行目の「電子カルテに」から21行目の「べきである。」までを「電子カルテは、ログインの際には本人にしか分からないパスワードの入力が必要となるが、ログアウトの際にはパスワードの入力が不要であって、他の者がログアウトすることもできるもので、亡Bがログアウトしないまま退勤し、ログイン状態で放置されていることに気付いた他のスタッフがログアウトを行うことも可能であって、ログアウトの記録から亡Bが勤務していたと判断することは誤りである。」と改める。

(2)  同10頁25行目の末尾に「救急業務簿等、本人が申告した記録が存するのであるから、公正に考えるなら、これが第一義的なものと評価させるべきものである。」を加える。

(3)  同12頁3行目末尾に「本件病院における業務が不法行為を構成する程に過多であったといえるためには、亡Bを判断基準とするのは不当であり、一般通常の医師を基準に考えられなければならない。この点事故調査委員会におけるヒアリングで、労働相談センター相談員のI委員も、外来患者のうち1日に25名程度診察するのは、決して業務多寡とはいわないという認識を表明しているところである。なお、一般社団法人日本外科学会など13の学会が行った、外科医勤務医を対象とした労働環境に関するアンケートと対比しても、税込み年収は30歳未満の平均額(年額)で695.2万円に対し亡Bは約1300万円(34歳であったがキャリアが短いので30歳未満の医師と比較するのが合理的)と全国平均を上回る一方、週平均労働時間については、30歳未満の平均が99.8時間(超過勤務時間59.8時間)であるのに対し、亡Bは週平均労働時間は83.7時間から91.7時間(超過勤務時間は、51.7時間から53.7時間)であり、全国平均を下回っている。」を加える。

(4)  同14頁19行目の「病院後」を「病院赴任後」と改める。

(5)  同14頁20行目に改行の上、次を加える。

「自殺の直接の原因を探るうえで、本件メモの内容は唯一の遺書として重要である。本件メモには「人間として不適合者」「社会参加すると迷惑をかける」「居場所がない」といった自殺の動機が語られている。」

(6)  同14頁24行目冒頭から15頁9行目末尾までを次のとおり改める。

「亡Bは、本件病院に赴任以来、ハローベスト(頸部の骨折部固定を行う機器)の装着について患者での目線で説明ができておらず、患者から批判・叱責された、ガラスで臀部を大きく切った救急患者の処置に当たり、研修医でも発見できたガラス片を見落とした、転倒して膝痛のひどい患者が変形性膝関節症の既往症があったのに膝蓋骨脱臼と誤診し、間違ったギプス固定を行った、比較的容易な入門的な手術である大腿骨転子部骨折のガンマネイルによる内固定術に研修医以上の時間を要した、その後も同じ手術で誤った皮膚切開をしようとした、肋骨骨折があり外傷気胸により緊急措置が必要な高齢患者に対し、直ちに外科の医師に緊急処置を依頼すべきなのに、呼吸器科内科の医師に処置を依頼した、骨内異物除去術の手術を行った際、事前に容易をしておくべき機材を準備していなかった、平成19年11月25日に学会で発表が予定されていたのに、演者や報告方法が変わり、変更に自分で対応ができず、結局演者から降ろされたことがあったし、また、患者や看護士・スタッフからも批判、酷評されることが多数あり、これらは、本件メモの記載と整合するものである。その他、亡Bの支えとなっていたD医師が11月一杯で整形外科を外れたこと、自殺直前の忘年会において、亡Bと同い年の医師から、多くの病院スタッフのいる中で「今の仕事ぶりでは駄目だ、もっとしっかり仕事しろよ。」と面罵されたことなどが自殺の原因となったとみるべきである。」

(7)  同17頁6行目の「同Y3」を「同Y3」と改め、同行末尾に「公立病院の医師について、民間病院の医師と区別して不法行為の個人責任を負わないとすることは憲法14条にも違反する。」を加える。

(8)  同18頁14行目末尾に「もともと亡Bが何ら問題なく業務をこなせていたのに、途中からそれができなくなったなどという事情があれば、病院関係者も皆それ(異変)に気付いたはずである。しかしながら、亡Bは当初から必要な指示が抜けたり、大切なことができなかったりし、それが継続していたもので、病院関係者の誰も、亡Bの異変に気付いていなかった。また若手の独身勤務医が病院で寝泊まりすることは決して珍しいことではなく、1審被告組合が亡Bの異変に気付いて休養させることは不可能を強いるものである。」を加える。

(9)  同19頁3行目末尾に「かえって、亡Bは、それまでにも仕事上上手くいかないことが多い中で、業務から外されたということになれば、ショックを受け、さらに亡Bの派遣元のe大病院にその事実が知れるところとなると、亡Bの経歴にも傷が付くことになるもので、1審被告らにはそうした配慮も要求されていた。」を加える。

(10)  同20頁17行目末尾に次を加える。

「1審被告Y3及び同Y2らも過重な業務に従事し、自らもその改善を求めるなどしていたことは、本件病院における恒常的・構造的な長時間労働を示すもので、1審被告組合の責任を減少させるものではないし、医師の確保は大学病院等の派遣に限られるものではなく、広く一般の医師に働きかけて非常勤医師という形態をとって、医療を提供している施設はいくらでもあり、本件病院はこのような努力も怠っており、人事上の制約は1審被告らの責任を軽減するものではない。また、うつ病の判断は専門医でも困難であることや、1審被告Y3及び同Y2は精神科医でなかったこと、亡Bは医師でありながら、自ら本件疾病の発症可能性を軽減する行動を取っていないことがあったとしても、労働者にとって過重な業務が続く中でその体調の悪化を看取することは可能である反面、このような場合には労働者本人からの申告は期待し難いものであるし、その他、亡Bの赴任はe大病院が決定したものであり、本件病院には、亡Bの能力や性格等を知るものがなく、体調の変化等を把握するのが困難であったこと、知人や地縁のない土地にある本件病院への赴任等環境の変化もうつ病の原因となったこと等があったとしてもこれを被害者側に不利に考慮することが公平とはいえず、原判決が過失相殺の類推適用により損害額を2割に減額したのは不当である。」

(11)  同22頁12行目「遅延損害金」を「確定遅延損害金」と改める。

4  当審における当事者の主張

(1)  1審被告組合に対する予備的請求原因

(1審原告らの主張)

仮に国賠法の適用がある場合には、1審被告Y3及び同Y2に違法行為(整形外科部長及び整形外科医長として、亡Bの業務に関し指揮監督すべき立場であったのに、亡Bの健康状態悪化を認識しながら、その精神的負荷を軽減させる措置を怠った。また、社会通念上許容される指導又は叱責の範囲を超えるパワハラを行った。)が認められ、自殺との間にも相当因果関係が存することから、1審被告組合には、国賠法上の責任が生じる。

(2)  葬祭費の損益相殺額

(1審原告らの主張)

原判決は葬祭費として150万円を認めたが、これは1審原告X1と1審被告X2相続分を合わせた合計額である。1審原告X1の相続分はうち75万円にとどまるから、1審原告X1が受給した葬祭補償209万8500円のうち、1審原告X1の損害填補がなされたと認められるのも75万円に限られる。

(1審被告らの認否)

否認する。1審原告X1は、葬祭補償209万8500円の支払を受けたのだから、その全額が損益相殺されるべきである。

(3)  遺族補償一時金の遅延損害金負担ないし確定損害金への充当の適否

(1審原告らの主張)

地方公務員災害補償基金から支給された遺族補償一時金3497万5000円については、亡Bの死亡した平成19年12月10日から3年以上が経過した平成23年1月28日に支給されたものであり、制度の予定するところと異なってその支給が著しく遅滞した場合にあたるから、同一時金の遅延損害金も1審被告らは負担すべきである。

また、逸失利益の金額の算定にあたっては死亡日からの中間利息を控除しているが、公平の見地から、遅延損害金が付されていない遺族補償一時金は元金ではなく、まず死亡日から支給日までの遅延損害金に充当されるべきである。

(1審被告らの主張)

特段の事情がない限り、不法行為時を基準に遺族補償一時金がなされたものと解すべきところ、本件について特段の事情は認められず、遺族補償一時金は不法行為時に逸失利益の元本に充当されたとみるべきである。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

各争点判断の前提となる認定事実(事実経過等)は、次のとおり補正するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の第4の1に記載のとおりであるから、これを引用する。

(1)  原判決24頁の25行目末尾に改行の上、次を加える。

「本件病院整形外科では、亡Bの前任者として、平成15年10月から平成17年3月までJ医師(なお、同医師は、それ以前に平成13年10月から1年間a県立k病院、平成14年10月からl病院で臨床経験があった。)、平成17年4月から同年9月までK医師(同医師も、それ以前に平成16年4月からa県立k病院での臨床を経験していた。)、平成17年10月1日から平成18年9月30日までL医師、平成18年10月から平成19年3月までM医師、同年4月から同年9月までN医師が赴任し、1審被告Y3及び同Y2の下で勤務しており、また亡Bの在勤中である同年10月から2か月間は、研修医のD医師が研修を受けていた。」(証拠<省略>)

(2)  同28頁17行目の「別紙1」から20行目末尾までを次のとおり改める。

「別紙「B医師電子カルテ端末使用時間一覧」のとおりであり、所定勤務時間外や休日のログイン、ログアウトが多く見られるほか、一つの端末部署でログインしたまま、他の端末部署でもログインしたり、あるいは一つの端末部署でのログイン時間が1000分以上に上るものが複数見られる。(証拠<省略>及び弁論の全趣旨)

(3)  同28頁25行目の「また、亡Bは」から29頁6行目末尾までを次のとおり改める。

「当直のうち10月10日には、午後10時20分にじんましんの患者まで5人を診察したあとは、翌11日午前8時15分に後頭部打撲の患者を診察、同月14日は、3名の診察で午後11時以降の診察はなし、同月24日は、2名診察で午後7時15分の指切創の治療が最終、11月1日は3名診察で、午後5時45分腹筋痛、午後9時5分表皮剥離、午前1時10分じんましんの各患者を治療、同月10日は2名診察で午後11時50分に脳出血(主に他の医師が診察)及び午前0時30分に上腕骨折(主に研修医が担当し、他院へ搬送)の各患者、同月18日は5名診察で、午後6時15分の後は翌朝7時25分の診察、同月30日は2名診察で午後5時40分犬咬傷の治療の後は午前3時20分頃腹痛の患者を診察、12月2日は、6名診察で午後9時35分が最終の患者であった。(証拠<省略>)」

(4)  同29頁22行目末尾に「診察患者数は、月曜日と金曜日に概ね30人前後、火曜日と木曜日に10ないし20人程度であり、うち初診の患者は、主に火曜日に6ないし8人程度であった。」を加える。

(5)  同30頁末行の「D1医師」を「D医師」と改める。

(6)  同31頁6行目の「原告X1」の前に「整形外科医である」を加える。

(7)  同33頁3行目の「姉である」を「姉であり医師の」と改める。

(8)  同34頁21行目の「証人Y3」を「1審被告Y3」と改める。

2  争点1(過重労働並びに1審被告Y3及び同Y2によるパワハラの存否)について

(1)  亡Bの時間外勤務時間

ア 本件病院における医師の出退勤時間の管理は、本件出退勤記録によってなされており、亡Bについては記録がない日も多いが、記録が残された日については、亡B自身が出退勤時間として申告をしている以上、これに従って労働時間を算定すべきである。そして、同記録がない部分については、救急業務記録簿の記録及び電子カルテのログイン・ログアウト時間を参考とするが、このうち救急業務記録簿は、これに基づいて時間外勤務手当の計算がなされていたことから一定の信頼はできるものの、医師らは前月分をまとめて記載したり(人証<省略>)、亡Bについての11月分以降の記載は、本件病院の事務職員が1審被告Y3及び同Y2の退勤記録を参考に推測したものであることを差し引いて考える必要がある。電子カルテについても、ログインには本人のIDが必要であることから、少なくともその時間に出勤していたことは推認できるが、ログアウトについては、別紙「B医師電子カルテ端末使用時間一覧」のとおり、一つの端末部署でログインしたまま放置されていたと推認される日が存し、ログアウトにはID等は不要であって他人もログアウトが可能と推認されること(1審原告らはこれをあり得ないと主張するが、同主張を裏付ける的確な証拠はない。)等に鑑みると、その信用性は慎重に行う必要があるものの、1つの端末部署におけるログインとログアウトが数分から概ね2時間以内に行われている場合には、亡B自身がログアウトを行ったものと推認することができ、この限度で電子カルテのログアウト時間は少なくともその時間までは稼働していたことを示す資料として、救急業務記録簿の記載よりも信用することができる。

イ なお、1審原告らは、亡Bは日中休憩時間が全くなかった旨主張するが、亡Bの日直、当直時の患者数や診察時間からすると仮眠や休憩を全く取り得ない状況であったとはいえず、日中の勤務についても、亡Bの勤務時間が連日12時間以上にわたっており、飲食等のために昼、夜とも一定時間の休憩を全くとらないで継続し得たとは考え難い上、証拠(証拠<省略>)によれば、亡Bが昼食をとれない日もあった一方で、D医師や看護師と飲食したり、休憩をとっていたことも認められる。そうすると、日中勤務(日直を含む)については、休憩時間1時間を差し引き、また当直時には、前記認定(本判決1(3))のとおりの当直担当時の各診療内容に鑑みて別紙「亡B労働時間」の「当直非稼働」欄の時間を差し引いて算定するのが相当である。

ウ 他方、1審被告らは、亡Bが一時帰宅したり、自己研鑽や研究のために本件病院の図書室で文献を調べたりしていた時間は勤務時間から控除されるべきであると主張するが、本件の全証拠によっても、上記を超えて勤務時間から控除されるべき時間を認めるに足りない。

エ 以上を踏まえて亡Bの労働時間をまとめると、別紙「亡B労働時間」の「日中労働時間」欄及び「当直労働時間」欄記載のとおりとなる。よって、亡Bの時間外勤務時間は、10月は205時間50分、11月は175時間40分、自殺前3週間では121時間36分、自殺前4週間では167時間42分に及んでいたもので、いずれも臨床上、心身の極度の疲弊、消耗を来たし、うつ病等の原因となる場合に該当するとされる状況であったと評価し得る。

(2)  亡Bの業務の過重性について(パワハラの有無を含む。)

ア 亡Bは、認定事実のとおり、本件病院赴任初日に午後3時頃までかけて21名を、翌日には午後5時30分以降までかけて初診患者10名を含む26名を診察し、以後も再来担当日(月、金曜日)は各日30名前後を、初診担当日(火曜日)は各日6名ないし8名の新患を含め10名ないし20名程度の患者を診察している。同診察数は、赴任の翌週から予約数の調整を受けた後の数であること、本件委員会の外部委員が再診につき1日平均25名程度であればさほど忙しいことにならないと思うと発言していること(証拠<省略>)に照らすと、それ自体としても、また、1審被告Y3及び同Y2の診察件数(本件病院における整形外科の平均1日延べ外来数が60人程度であったことから推認される。)と比しても、特に過重と評価すべき件数ではないともいい得るが、亡Bは本件病院赴任前に外来診察の経験が乏しかったことや、そのために現実に診察に長時間を要していたことを考慮すると、同人に相当程度重い心理的負荷が生じるに十分な診察患者数であったといわざるを得ない。

イ そして、(ア)11月12日に1審被告Y2が本件暴行をなしたこと、及び、その頃、1審被告Y3がC院長よりこれにつき指導するように言われたにもかかわらずしなかったこと、(イ)11月28日の手術の際に、1審被告Y3が「田舎の病院だと思ってなめとるのか」と言ったこと、並びに、(ウ)12月5日、1審被告Y2が亡Bに対し、その仕事ぶりでは給料分に相当していないこと及びこれを「両親に連絡しようか」などと言ったことなどについては、各行為の前後の状況に照らしても、社会通念上許容される指導又は叱責の範囲を明らかに超えるものである(これに反する1審被告らの主張は採用できない。)。

ウ この点に関連し、亡Bの前任までの医師らのうち、J、K及びMの各医師及び研修医のD医師らは、揃って、本件病院整形外科での勤務は、専門医としての経験が1年ないし2年といった者には負担が大きかったこと、1審被告Y3や同Y2に相談すると怒鳴られたり、無能として攻撃されたりするので、質問するのを萎縮するようになったこと、同被告らから患者や看護師らの面前でも罵倒されたり、頭突きや器具で叩かれるなど精神的にも相当追い詰められたこと等を供述し(証拠<省略>)、実際にK、M及びNは半年で本件病院を去っていること等を考慮すると、1審被告Y3や同Y2は、経験の乏しい新人医師に対し通常期待される以上の要求をした上、これに応えることが出来ず、ミスをしたり、知識が不足して質問に答えられないなどした場合に、患者や他の医療スタッフの面前で侮辱的な文言で罵倒するなど、指導や注意とはいい難い、パワハラを行っており、また質問をしてきた新人医師を怒鳴ったり、嫌みをいうなどして不必要に萎縮させ、新人医師にとって質問のしにくい、孤立した職場環境となっていたことは容易に推認することができる(L医師のように1審被告Y3及び同Y2と良好な関係を築けた者もいたが(証拠<省略>)、たまたまL医師の能力が標準以上であったための例外とみるのが自然である。)。亡Bについても、上記イに限らず、友人に送った「整形の上司の先生2人、気が短くよく怒られてるわ。」等のメールや11月中旬頃からは1審被告Y3や同Y2を避けるようになっていたこと等に鑑みると、前任者らと同様、度々、1審被告Y3及び同Y2から患者や看護師らの面前で罵倒ないし侮蔑的な言動を含んで注意を受けていたことは容易に推測され、このような状況の下で亡Bは一層萎縮し、1審被告Y3及び同Y2らに質問もできず1人で仕事を抱え込み、一層負荷が増大するといった悪循環に陥っていったものと認められる。

エ 以上に加え、亡Bは、所定の勤務時間外や休日に月に12回の待機当番を担当して業務関係の電話を受けることもあり(なお、いわゆるオンコール待機と評価できるほどの頻度、態様であったと認めるに足りない。)、また、月に三、四回程度は処置のため呼び出されたり自ら出勤するなどして、本来は予定されている休息をとり得ないこともあったことが認められる。

オ なお、1審被告Y3及び同Y2なりに11月中旬くらいからは、亡Bの勤務負担の軽減やより基本的な内容についても指導を行うなどの配慮を示していたものの、なおも同月28日の手術の際に、1審被告Y3が「田舎の病院だと思ってなめとるのか」と言ったり、12月5日に1審被告Y2が亡Bに対し、その仕事ぶりでは給料分に相当していないこと及びこれを「両親に連絡しようか」などと言っていたこと等に鑑みると、1審被告Y3及び同Y2らは上記指導や配慮に付随して、なおも亡Bに対し威圧ないし侮蔑的な言動が継続していたもので、亡Bを精神的・肉体的に追い詰める状況が改善・解消したものとは認められない。

カ 以上を総合すると、本件病院において、亡Bが従事していた業務は、それ自体、心身の極度の疲弊、消耗を来たし、うつ病等の原因となる程度の長時間労働を強いられていた上、質的にも医師免許取得から3年目(研修医の2年間を除くと専門医として1年目)で、整形外科医としては大学病院で6か月の勤務経験しかなく、市井の総合病院における診療に携わって一、二か月目という亡Bの経歴を前提とした場合、相当過重なものであったばかりか、1審被告Y2や同Y3によるパワハラを継続的に受けていたことが加わり、これらが重層的かつ相乗的に作用して一層過酷な状況に陥ったものと評価される。

3  争点2(1審被告らの行為と本件疾病及び本件自殺との相当因果関係)について

(1)  本件疾病の罹患の有無ないし時期

1審原告らは、亡Bが遅くとも12月上旬には本件疾病を発症したと主張するのに対し、1審被告らは、亡Bが本件疾病に罹患していたこと自体や同罹患が本件病院赴任後か明らかでないと主張する。

そこで検討するに、精神疾患の罹患の有無については、ICD-10ガイドラインに基づき、複数の専門家の合議により診断されるべきとされているところ、その方法によりなされたものと認められる地公災基金理事長が委嘱した複数の専門医は12月上旬に本件疾病の発症を認めており、同診断の前提となる事実も前提事実の各事実にほぼ添っている。そして、亡Bに本件病院赴任前に精神疾患の既往歴がなく、e大病院での研修や勤務時、問題なく研修を終え、他の研修医らと円満な関係を築いていたことからすれば、亡Bが本件病院赴任前に何らかの精神疾患に罹患していたとは到底考え難いこと、G医師も時期は特定しないものの本件疾病の発症を認めており、その他の医師らも亡Bのうつ病的な症状を認めていること、亡Bにつき、11月中旬ないし下旬頃から従前と異なる行動が目立つようになったといえること等からすると、亡Bは、遅くとも12月上旬に本件疾病を発症したと認めるのが相当である。

なお、1審被告らは、亡Bが11月18日頃に七輪を購入していたことから、亡Bの本件疾病の発症が本件病院赴任前である可能性がある旨主張するが、専門医らは、11月中旬頃には亡Bの行動に異常が見られるようになったことを踏まえて、遅くとも12月上旬の本件疾病の発症を診断を下しているものであり、上記七輪の購入が仮に自殺を動機とするものであったとしても必ずしも上記診断と矛盾するものとはいえないし、亡Bについてe大病院での勤務時に何らの問題も認められなかった上、同人の赴任から1か月半の間の肉体的・精神的に相当追い詰められた状況に鑑みれば、その短い期間内に本件疾病に罹患したとみることも十分に可能というべきである。他に、本件疾病の発症が本件病院赴任以前に遡ることをうかがわせる医学的所見や的確な証拠もなく、1審被告らの主張は採用できない。

(2)  本件疾病の罹患及び本件自殺との相当因果関係の有無

ア 精神疾患の発症については、平成23年報告書(証拠<省略>)及びこれに引用されている平成11年の同報告書(証拠<省略>)の内容等からして合理的な医学的知見であると認められる「ストレス-脆弱性」理論、すなわち、精神疾患は客観的な心理的負荷要因と個体側の脆弱性の相関関係により発症するとの理論に基づいて判断するのが相当であり、発症した精神障害と業務との間に相当因果関係が認められるか否かは、環境由来のストレス(業務による心理的負荷と業務以外の心理的負荷)と個体側の反応性、脆弱性とを総合考慮し、業務による心理的負荷が、当該労働者と職種、職場における立場、経験等の点で同等の者にとって、社会通念上客観的にみて精神障害を発症させる程度に過重であったといえるか否かによって決すべきである。

また、上記各報告書の内容によれば、自殺が精神障害の症状として発現したと認められる場合には、精神障害によって正常な認識、行為選択能力が著しく阻害され、又は自殺を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺が行われたものと推定されるため、原則として、その結果発生した死亡等についても相当因果関係を認めるのが相当である。

イ 1審被告らは、亡Bが、希望しない本件病院に赴任し、能力不足を自覚し、自信を喪失して向上心を減退させ、ミスを繰り返す悪循環に陥り、周囲の役に立てない絶望感から本件自殺に至ったと主張し、本件病院の業務や1審被告Y3及び同Y2の各行為と本件疾病及び本件自殺との相当因果関係はないと主張する。

しかし、亡Bの時間外労働は、それ自体で本件疾病の発症を余儀なくさせ、亡Bのストレス対応能力の低下やそれによる負荷もより強く感じさせる程度のものであり、前記1審被告Y3及び同Y2のパワハラに相当高い精神的負担を感じていたことが認められる。そして、1審被告Y3及び同Y2らの亡Bに対する威圧ないし侮蔑的な言動は、自殺の直前まで継続し、亡Bを精神的・肉体的に追い詰める状況が改善・解消したものとは認められないことからすれば、過重業務やパワハラが亡Bに与えた心理的負荷は非常に大きく、同人と職種、職場における立場、経験等の点で同等の者にとっても、社会通念上客観的にみて本件疾病を発症させる程度に過重であったと評価せざるを得ないから、これらの行為と本件疾病との間には優に相当因果関係が認められる。そして、本件疾病のエピソードとして自殺観念や行為が挙げられ、本件の全証拠によっても亡Bが本件疾病と無関係に本件自殺に至ったことを認めるに足りないことからすれば、本件自殺は本件疾病の精神障害の症状として発現したと認めるのが相当であり、上記各行為と本件自殺との間の相当因果関係も認めることができる。

ウ 1審被告らは、亡Bが医師としての能力が劣っており、その自信喪失が自殺の原因になったかの如く主張をし、そのエピソードとして、①ハローベストについて患者での目線で説明ができておらず、患者から批判・叱責される(10月12日)、②ガラスで臀部を大きく切った救急患者の処置にあたり、研修医でも発見できたガラス片を見落とし(10月16日)、③転倒して膝痛のひどい患者が変形性膝関節症の既往症があったのに膝蓋骨脱臼と誤診し、間違ったギプス固定を行った(10月21日)、④比較的容易な入門的な手術である大腿骨転子部骨折のガンマネイルによる内固定術に研修医以上の時間を要した(10月24日)、その後も同じ手術で誤った皮膚切開をしようとした、⑤肋骨骨折があり外傷気胸により緊急措置が必要な高齢患者に対し、直ちに外科の医師に緊急処置を依頼すべきなのに、呼吸器科内科の医師に処置を依頼していた(11月2日)、⑥骨内異物除去術の手術を行った際、事前に容易をしておくべき機材を準備していなかった(11月27日)、⑦学会で発表が予定されていたのに、演者や報告方法が変わり、変更に自分で対応ができず、結局演者から降ろされた(11月25日)、⑧その他患者や看護士・スタッフからも批判、酷評されることが多数あったことなどを指摘をしているが、このうち②については、ガラス片をレントゲン写真から発見することは必ずしも容易とは認められないし(証拠<省略>)、④についてはこれを認めるに足る的確な証拠はない。⑤について、1審被告Y3は同日、亡Bの処置について厳しく注意をしたというのであるが(証拠<省略>)、同患者の容態や亡Bの処置内容の有無等詳細は不明であって(証拠<省略>)、亡Bの処置がミスであったのか否か確定できない。⑥についても、11月28日に同手術は行われたものと推認されるが、器具の準備不足が問題になったことは証拠上うかがえないし(証拠<省略>)、またロッキングスクリューの口径を確認して抜釘機材をオーダーすることが一般的かは疑問があり(証拠<省略>)、亡Bのミスと断ずることはできない。⑦について演者の変更は、主催学会側からの発表形式変更の連絡が遅れたことが原因であったこともうかがわれ(証拠<省略>)、これを亡Bの能力の欠如とみなすことはできない。また、亡Bは、整形外科医としては大学病院で6か月の勤務経験しかなく、市井の総合病院における診療に携わって一、二か月目という状況であったことや、本件病院に赴任以来、診察患者数は、月曜と金曜に概ね30名前後、火曜と木曜にも10名ないし20名程度担当し、うち初診の患者は、主に火曜に6名ないし8名程度診察をこなしていたほか、30件前後の手術に関与し、うち8件を執刀するなどしていたことに鑑みると、1審被告らの指摘する上記①や③等の事実があったとしても、同程度の職務経験を有する医師と比べて、特別にミスが多いとか、格別能力が劣っていたとまで推認することはできないし、また11月中旬以降は、亡Bは相当精神的にも肉体的にも疲弊していた状況がうかがえ、このことが余計にミスを誘発させたもことも容易に推察できる。そして、そのようなミスが重なっていく中で、亡Bが医師としてやっていく自信を喪失し、自らの将来を絶望し、本件メモに記載したように「人間として不適合者」「社会参加すると迷惑をかける」といった心境で亡Bは自死を選ぶに至った側面があることは否定できないが、これは本件病院における新人医師にとって質的にも量的にも過重な労働環境の中で、1審被告Y3及び同Y2から患者らの面前で罵倒等されたり、質問も萎縮してできないような状況の中で精神的に追い込まれ、本件疾病を発症した結果にすぎないというべきであって、本件メモの記載等は、1審被告らの行為と自殺との相当因果関係の判断を動揺させるものではない。1審被告らの上記主張は採用できない。

4  争点3(1審被告らの責任原因)について

(1)  国賠法の適用の有無

国賠法1条1項の「公権力の行使」とは、国又は地方公共団体の作用のうち、純然たる私経済作用及び同法2条の営造物の設置管理作用を除く全ての作用が含まれるところ、1審被告組合は、特別地方公共団体(一部事務組合。地方自治法284条2項)であり、亡Bら医師を含む職員は地方公務員の身分を有し、1審被告組合との関係は雇用ではなく任用関係にあったもので、これを民間の雇用と同様に私経済関係とみることはできない。この点、公立病院における病院と患者との診療関係は、民間病院における診療契約と何ら異ならない単発的、偶発的な対価的サービスとして、これを私経済行為とみることが可能であるとしても、公立病院における医師を含めた職員の継続的な任用関係は、特別職を含め全体の奉仕者として民主的な規律に服すべき公務員関係の一環をなすもので、民間の雇用関係とは自ずと異なる法的性質を有するというべきであり、これら公務員に対する指揮監督ないし安全管理作用も国賠法1条1項にいう「公権力の行使」に該当するというべきである。

そして、国賠法1条に基づく損害賠償責任は、民法709条、715条に基づく不法行為責任に対し特別法に位置づけられるから、1審被告組合が国賠法1条に基づく責任を負う場合には民法709条、715条に基づく不法行為責任は問題とならず、他方、1審被告組合は特別地方公共団体として、その職員である公務員が職務遂行するにあたって、生命及び健康等を危険から保護するように配慮すべき義務(安全配慮義務)を負っているものと解されるところ(最高裁昭和50年2月25日第三小法廷判決・民集29巻2号143頁)、この安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任は、国又は地方公共団体が不法行為規範のもとにおいて私人一般に対し負っている責任とは別個の責任と解されるから、国賠法1条に基づく責任と請求権競合の関係に立つものと解される。

よって、以下、1審被告組合の安全配慮義務違反に基づく責任及び国賠法1条に基づく責任をまず検討する。

(2)  1審被告組合の責任について

ア 予見可能性

国又は地方公共団体の負う安全配慮義務の具体的内容は、公務員の職種、地位及び安全配慮義務が問題となる具体的状況によって異なるものであるが、公立病院における医師に対する安全配慮義務に関しては、長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、当該医師の心身の健康を損なう危険がある点では、一般の使用者と労働者との雇用関係の場合と格別区別すべき合理的な理由はないから、1審被告組合は、その任用する医師に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負担等が過度に蓄積して、その心身の健康を損なうことがないように注意する義務を負うと解するのが相当であり、また1審被告組合に代わって当該医師に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、上記注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである(最高裁平成12年3月24日第二小法廷判決・民集54巻3号1155頁参照)。そして、上記注意義務を尽くす上で、結果の予見可能性があることが必要であるところ、精神疾患の発症など専門的な判断を要する事項まで予見し得なくても、その労働環境等に照らし心身の健康を損なう恐れがあることを具体的かつ客観的に認識した場合には、結果回避措置を取ることを期待することができ、その履行が義務づけられるというべきである。

1審被告組合においては、認定事実のとおり、内科及び整形外科の医師の負担が大きいことを認識し、平成17年11月には、1審被告Y2が、本件病院に対し、時間外労働の改善を求める嘆願書を提出していたほか、平成17年9月には1審被告Y3及び同Y2の下で勤務に耐えかねてK医師が異動を願い出る事態が発生し(証拠<省略>)、本件病院の労働安全衛生委員会においても、平成17年11月には職場でのパワハラの事例を耳にすることが多く、外部委託のカウンセラーの設置が提言されたり、平成19年5月には、他病院で過労による自殺者があったことをきっかけとして医師の時間外労働の現状把握のため調査をすることになったこと、外来や手術室での医師のパワハラが話題となったこと、亡Bを本件病院に派遣してもらうにあたっては、亡Bのそれまでの経歴(整形外科医としては大学病院での6か月の診療経験しかないこと)も当然に把握していたと認められること、時間外勤務手当の支給をしている以上、亡Bが赴任直後の10月に、一般に心身の疲労を増加させ、ストレスに対する対応能力を低下させる要因と評価される月100時間を超える時間外勤務をしていることも認識しており、その後の勤務時間等も電子カルテ等により認識し得る状況であったこと、11月12日の本件暴行についてはC院長に報告され、同院長は1審被告Y3に1審被告Y2の指導をするように依頼していること、11月中旬頃には1審被告Y3及び同Y2も、亡Bの変化を認識していたこと等に鑑みれば、1審被告組合は、遅くともその頃にはその就労環境が過酷であり、亡Bが心身の健康を損なうおそれがあることを具体的かつ客観的に認識し得たものと認められる。この点、1審被告らは、亡Bは当初から必要な指示が抜けたり、大切なことができなかったりし、それが継続していたもので、病院関係者の誰も亡Bの異変に気付いていなかった旨主張するがおよそ採用しえない。

イ 1審被告組合の安全配慮義務違反について

そもそも1審被告組合においては、亡Bの赴任以前から、新人医師の労働環境が過重であることや1審被告Y3及び同Y2のパワハラを認識していたのであるから、本件自殺後の12月21日開催の労働安全衛生委員会で提言されている諸方法(医師赴任時の各部署紹介、新人紹介、歓迎会などの復活。3ないし5年目の医師の診療科を超えた横の繋がりを持つ機会の提供。長時間労働者に対する医師による面接指導を確実に実施するために、対象者を労働安全衛生委員会へ報告し、また、労働者が自己の労働時間数を確認できるシステムを作る。事業場内産業保健スタッフによる面接指導や相談を受ける体制・方法の整備。労働安全衛生法に則った指針等の作成。職員に対する啓蒙活動。産業医や健康センター保健師らによるメンタルヘルス専門部会を作り、カウンセラーからの相談、休職者、復職リハビリ対象者などの検討を随時行う。証拠<省略>)など新人医師らの労働環境整備に努めておくべきであった上、上記アのとおり、遅くとも11月下旬頃には亡Bの勤務時間、及び1審被告Y3や同Y2との関係も含めた勤務状況を把握し、まず1審被告Y3や同Y2に対し、新人医師に対する教育・指導とはいい難いパワハラの是正を求めるとともに、亡Bについては、派遣元のe大病院とも連携を取りつつ、ひとまず仕事を完全に休ませる、あるいは大幅な事務負担の軽減措置を取るなどした上、新たに看護師、1審被告Y3や同Y2らがそれぞれの個別的裁量で行っていた予約の調整、担当替え等をより効率的かつ広範に行うなどの方法により、亡Bの業務から生じる疲労や心理的負荷の軽減を図るべきであった。そして、本件疾病の発症が12月上旬であることに鑑みると、これらが行われていれば、亡Bの本件疾病及びそれによる本件自殺を防止し得る蓋然性があったものと認められる。

この点、1審被告組合は、診療を行う時間は医師の裁量に任されていること、業務量を左右する患者数や傷病内容のコントロールが不可能又は困難な中で、本件病院は病診連携等のシステムを導入し、可能な限りの医師不足の解消や個々の勤務医の負担軽減を図り、一定の成果を上げるなど、できる限りの対応をしてきたから、適正管理義務違反はないと主張しており、証拠(証拠・人証<省略>)によれば、1審被告組合が、亡B勤務以前から、勤務医の負担軽減のための施策をとり一定の成果を上げていたこと、及び、医師確保に一定程度努力していたことは認められる。しかしながら、他方で、1審被告組合は、亡Bの赴任直前の9月の段階においても、適正管理義務を適切に行使するためになすべき医師らの時間外勤務時間の把握自体が不十分であり、また、本件病院においては、亡Bの前にも、K、M及びNの各医師が半年で本件病院を去っているにもかかわらず、何らの対策もなされた形跡がないこと等を考慮すると、新人医師にとって本件病院での勤務が過酷であることや1審被告Y3及び同Y2のパワハラを認識しながら、何らの対策を講じることなく、新人医師に我慢してもらい、半年持ってくれればよい、持たなければ本人が派遣元の大学病院に転属を自ら申し出るだろうとの認識で放置していたことすらうかがわれる。

よって、1審被告組合には亡Bの心身の健康に対する安全配慮義務違反が認められる。

ウ 1審被告組合の国賠法1条の責任

そして、上記ア、イによれば、亡Bの心身の健康に対する安全配慮義務違反については、本件病院のC院長及び整形外科部の部長であった1審被告Y3は、1審被告組合に代わって当該医師に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者であったと認められ、上記注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきであったのに、これを怠り、また1審被告Y3及び同Y2が職場で亡Bに対して行ったパワハラは、注意や指導の範疇を超えた違法行為であって(なお、国賠法1条1項にいう「職務を行うについて」との要件については、客観的に職務執行の外形をそなえる行為をいい(最高裁昭和31年11月30日第二小法廷判決・民事判例集10巻11号1502頁)、1審被告Y3及び同Y2のパワハラは外形上職場における上司の注意・指導として行われたもので、これに該当する。)、結果として亡Bに本件疾病ないしこれに基づく自殺という損害を被らせるものであるから、1審被告組合は国賠法1条に基づく責任も免れないというべきである。

(3)  1審被告Y3及び同Y2の責任について

公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国又は地方公共団体はその被害者に対して賠償の責を負い、公務員個人はその責を負わないものと解すべきである(最高裁昭和53年10月20日第二小法廷判決・民集32巻7号1367頁)。この点、1審原告らは、公立病院の医師について、民間病院の医師と区別して不法行為の個人責任を負わないとすることは憲法14条にも違反する旨主張するが、国又は地方公共団体を責任主体とし、かつ全体の奉仕者としての公務員の職務遂行の円滑を図る上で上記国賠法の取扱いには合理的な理由があり、このことは一部事務組合である公立病院においても異ならないというべきである(一部事務組合が解散した場合には、その事務ないしこれに付随する権利義務は母体となった構成地方公共団体に承継されることが予定されているというべきである。)。上記(2)ウのとおり、1審被告Y3及び同Y2の亡Bに対するパワハラはその職務を行うについて行ったものであり、1審被告組合には国賠法1条に基づく責任が認められることから、1審被告Y3及び同Y2は個人としての不法行為責任を負わないというべきであり、上記両名に対する不法行為に基づく請求は理由がない。

5  争点4(過失相殺又は素因減額の適否)について

(1)  1審被告組合は、仮に1審被告らの行為と亡Bの自殺との因果関係が認められるとしても、亡Bは赴任からわずか2か月余りで自殺行為に及んでおり、1審被告らがこれを予見することは困難であったこと、亡B自身、医師でありながら、本件疾病について治療やカウンセリングを受けたり、本件病院の関係者に悩みを打ち明けるなどの対応をとっていないこと、母親への過度の依存や精神の脆弱さがうかがえること、亡Bの自信喪失には亡B自身の能力不足や極めて真面目な性格も影響していること等から、大幅な過失相殺若しくは素因減額がなされるべきである旨主張する。

(2)  しかしながら、公共団体や企業等に雇用される労働者の性格が多様のものであり、ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が業務の過重負担に起因して当該労働者に生じた損害の発生又は拡大に寄与したとしても、そのような事態は使用者として予想すべきものというべきであるから、労働者の性格が前記の範囲を外れるものでない場合には、業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり、被害者の性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を心因的要因としてしんしゃくすることはできないというべきである(最高裁平成12年3月24日第二小法廷判決・民集54巻3号1155頁)。

亡Bは、本件病院への赴任前の大学病院の勤務時には格別問題なく職務に従事しており、整形外科医として大学病院で半年間の臨床経験しかなかった医師として、格別能力が劣っていたとは認められないこと、特に精神的な脆弱を示す精神科への通院や胃潰瘍等といった既往歴もなかったこと、転勤の際に母親が引っ越しの手伝いに来たことは、家族であればごく普通にあり得ることであって、他の証拠を考慮しても、格別亡Bが母親に過度に依存していたと認めるに足りないこと、亡Bについては家族等プライベートでも問題があったことはうかがわれないこと、1審被告らは亡Bの医師としての経験も十分認識した上で迎え入れたものであること等に鑑みると、亡Bの能力や性格等の心因的要素が通常想定される範囲を外れるものであったとは認められない。

(3)  また、亡Bは、本件病院赴任後、本件病院の関係者に悩みを打ち明けたり、前任者のように派遣元の大学病院に対し転属を願い出るといった対応をしていないのであるが、使用者は、必ずしも労働者からの申告がなくても、その健康に関する労働環境等に十分注意を払うべき安全配慮義務を負っており、労働者にとって過重な業務が続く中でその体調の悪化が看取される場合には、体調の異変等について労働者本人からの積極的な申告は期待し難いものであって、このことを踏まえた上で、必要に応じた業務軽減などの労働者の心身の健康への配慮に努める必要があるものというべきであるから(最高裁平成26年3月24日第二小法廷判決・集民246号89頁参照)、前任者がそうであったからといって、亡Bが本件疾病を発症する以前に、責任感から自ら職務を放棄したり、転属を願い出る等しなかったことを捉えて、亡Bの落ち度ということはできない。

(4)  さらに、本件病院において、医師の確保が大学病院等の派遣人事により制約されるという現実の中で、医師の負担軽減のために一定程度の努力はしてきたものの、1審被告Y3及び同Y2のパワハラについては、従前からその問題点は認識し得たにもかかわらず何らの対策をしていなかったもので、安全配慮義務を尽くしていたとはいい難いし、上記派遣人事等の制約等の問題は被害者側のあずかり知らぬ事項であって、上記医師の負担軽減のための努力をもって亡Bないし1審原告らの賠償額を減じるのが公平とはいえない。その他、1審被告Y3や同Y2が過重な業務を従事していたことについても、1審被告組合の安全配慮義務違反の認定を補強する事情ではありえても、その責任を減じる事情とはいえないこと、本件疾病の診断については、専門医ですら意見が分かれるなど困難なものであったとしても、安全配慮義務の前提となる予見可能性は、精神疾患の発症まで予見することは不要であって、労働者が心身の健康を損なうおそれがあることを具体的かつ客観的に認識し得えれば足りるものであって、1審被告Y3や同Y2が精神科の専門でなかったことは、過失相殺の理由たり得ないというべきである。

(5)  なお、1審被告らの指摘する判決例(証拠<省略>)は、仕事が本件程度に過重ではなく、パワハラ等の要因がなかった上、従前から自身の体調や家族等のことで悩みを抱えており、使用者の注意義務違反は様々な自殺の動機の1つにすぎなかった事案であり、本件とは事情を異にしており、参考にできない。

(6)  以上より、1審被告組合の賠償責任につき、過失相殺又は素因減額は認められず、1審被告組合の主張は採用できない。

6  争点5(損害。なお、以下、円未満は切捨て。)

以上を前提とする本件の損害は以下のとおりとなる。

(1)  死亡慰謝料 2500万円

亡Bの年齢や身上等、本件に現れた一切の事情を考慮すると、上記の額が相当である。

(2)  死亡逸失利益 1億0098万7491円

(計算式)1147万3700円×(1-0.45)×16.003

ア 基礎収入額1147万3700円

この点、1審原告らは、将来父親の個人病院を継ぐ予定であったとして、小規模病院の男性医師平均賃金を基準とすべき旨主張するが、証拠(証拠・人証<省略>、1審原告X1、同X2、弁論の全趣旨)によれば、本件自殺時、亡Bは独身であり、近い将来婚姻の蓋然性が高い状況であったとも認められないこと、亡Bがいずれj整形外科病院にて勤務する意思を持っていたことは認められるものの、本件自殺時には未だ開業医が務まる程の経験・力量を有していたとは認められず、当面、1審原告X1による上記外科医院の経営が続いたと認められるし、本件自殺の数か月後からは、1審原告らの娘であり、非常勤医師として勤務している訴外Eが1審原告らと同居していることが認められることからすると、亡Bが父親の個人病院を継ぐことが具体化していたとは認められず、亡Bの死亡時点では、未だ漠然とした主観的願望にとどまっていたというべきである。

亡Bの死亡時の職務経験等からすると、亡Bの逸失利益を算定するに際しては、少なくとも平成19年賃金センサス第1巻第4表、企業規模計、全年齢男子、医師の金額である年1147万3700円(証拠<省略>)の収入を得られたとするのが相当である。

イ 生活費控除率 45%

前項のとおり、亡Bの身上等に照らすと、生活費控除率は45%とすべきである。

ウ 就労可能年数33年間(ライプニッツ係数16.003)

亡Bは死亡時34歳であり、67歳までの33年間就労可能であったと考えられる。

(3)  葬祭費用

損害額としては、150万円を相当と認める。もっとも、1審原告らは、平成25年12月20日付けで訴えを拡張した際に、1審原告ら相続前の亡Bの損害分である葬祭費用150万円と地公災基金による葬祭補償との損益相殺を自白していた上、そもそも葬祭費用等は、死者がその支出を余儀なくされるというものではないから、本来現実に葬祭費用等を支出した親族が固有の損害として請求すべきものである。この点、葬祭費用等が死者の預金や現金等の遺産から支出されることも多く、実質的な負担者が明確にされないまま処理されることも少なくないことから、便宜的に被害者である死者に発生した損害として請求することも裁判実務上認められているものの、この場合でも親族が固有の損害として請求を行ったか、上記のとおり便宜的に被害者である死者の損害として請求したかによって損益相殺の扱い等に差を認めるべき実質的理由は認められない。この点、遺族給付につき形式的に法律上の受給権者である相続人の損害賠償債権からだけ控除すべきとした最高裁昭和50年10月24日第二小法廷判決(民集29巻9号1379頁)は、上記のとおり、便宜的に葬祭費用等を死者の損害として計上した場合等まで想定したものではなく、本件にその判旨は及ばないというべきである。よって、平成23年2月25日付けで地公災基金から1審原告X1に対し、葬祭補償209万8500円の給付がなされているところ、1審原告X1は自らが葬祭を行ったものとして同給付申請を行っていたものであるから、上記認定にかかる葬祭費用150万円は実質的に1審原告X1の固有の損害とみるのが相当であり、上記葬祭補償によりその限度で既に損益相殺済みのものとして扱うの相当である。よって、本件の損害として改めて計上をしない。

(4)  小計 1億2598万7491円

(5)  相続

1審原告X1、同X2はそれぞれ上記(4)の額を2分の1ずつ相続した。

ア 1審原告X1 6299万3745円

イ 1審原告X2 6299万3745円

(6)  損益相殺

ア 1審原告X1 2801万8745円

(計算式)6299万3745円-3497万5000円

1審原告X1は、平成23年1月28日付けで遺族補償一時金3497万5000円及び同年2月25日付けで葬祭補償209万8500円の給付を受けているところ、上記(3)のとおり、葬祭費用としては150万円が相当と認められ、これについては既に亡Bの損害額から控除がなされている上、この150万円を超えて控除することは、同超過分を同一の事由である葬祭費用以外の項目から控除することになり、許されないというべきである(最高裁昭和62年7月10日第二小法廷判決参照)。

イ 1審原告X2 6299万3745円

前記(3)のとおり、葬祭費用について既に亡Bの損害額から控除されており、その他に1審原告X2から損益相殺すべき項目はない。

(7)  弁護士費用

本件事案に鑑みると、弁護士費用は、1審原告X1につき280万円、1審原告X2につき630万円とするのが相当である。

(8)  1審原告らの損害元金合計

ア 1審原告X1 3081万8745円

(計算式)2801万8745円(上記(6))+280万円(上記(7))

イ 1審原告X2 6929万3745円

(計算式)6299万3745円(上記(6))+630万円(上記(7))

(9)  確定遅延損害金

損害の元本に対する遅延損害金に係る債権は、飽くまでも債務者の履行遅滞を理由とする損害賠償債権であるから、遅延損害金を債務者に支払わせることとしている目的は、遺族補償一時金の目的とは明らかに異なるものであって、遺族補償一時金による填補の対象となる損害が、遅延損害金と同性質であるということも、相互補完性があるということもできない。したがって、被害者が不法行為によって死亡した場合において、その損害賠償請求権を取得した相続人が遺族補償一時金の支給を受け、又は支給を受けることが確定したときは、損害賠償額を算定するに当たり、上記の遺族補償一時金については、遺族補償年金を補完するものとして、その填補の対象となる被扶養利益の喪失による損害と同性質であり、かつ、相互補完性を有する逸失利益等の消極損害の元本との間で、損益相殺的な調整を行うべきものと解するのが相当である。また、遺族補償年金(ないし、これを補完する遺族補償一時金)が労働者の死亡による遺族の被扶養利益の喪失の填補を目的とする保険給付として、法令に基づき定められた額が定められた時期に支給されている限り、その支給分については当該遺族に被扶養利益の喪失が生じなかったとみることが相当である。したがって、被害者が不法行為によって死亡した場合において、その損害賠償請求権を取得した相続人が遺族補償一時金の支給を受け、又は支給を受けることが確定したときは、制度の予定するところと異なってその支給が著しく遅滞するなどの特段の事情のない限り、その填補の対象となる損害は不法行為の時に填補されたものと法的に評価して損益相殺的な調整をすることが公平の見地からみて相当である(最高裁平成24年(受)第1478号平成27年3月4日大法廷判決参照)。そして、遺族補償一時金の取得には、地公災基金による公務災害認定を経た上で、受給資格を有する者が所定の請求手続(地方公務員災害補償法施行規則30条、地方公務員災害補償基金業務規定20条等)を行い、支給決定がなされるものであるところ、証拠(証拠<省略>)及び弁論の全趣旨によれば、亡Bについては公務災害請求は平成20年11月12日に行われ、平成22年8月24日に公務災害認定、同年10月8日に遺族補償一時金支給請求、平成23年1月17日に同支給決定がなされたことが認められるところ、公務災害認定にやや時間を要しているものの、被災者が医師という専門職の自殺事案であることや、そもそも遺族補償一時金が被災者と受給資格者との間に生前扶養関係になかった場合に支給されるものであること(地方公務員災害補償法36条、32条)を考慮すると、本件について、制度の予定するところと異なってその支給が著しく遅滞するなどの特段の事情があったものとは認められない。

よって、1審原告らの確定遅延損害金の負担に関する主張は採用できない。

第4結論

以上によれば、1審原告らの請求のうち、1審被告Y3及び同Y2に対する請求はいずれも理由がなく棄却すべきであるから、これを一部認容した原判決は相当でなく、また1審被告組合に対する請求は、1審原告X1については3081万8745円及びこれに対する平成19年12月10日から支払済みまで年5%の割合による金員支払の限度、1審原告X2については、6929万3745円及びこれに対する平成19年12月10日から支払済みまで年5%の割合による金員支払の限度で理由があるので一部認容されるべきところ、いずれもこれより少額で請求を一部認容した原判決はその限度で相当でないから、いずれも変更することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塚本伊平 裁判官 内田貴文 裁判官 堀田匡)

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