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広島高等裁判所松江支部 平成27年(ネ)10号 判決 2015年6月03日

控訴人

被控訴人

株式会社Y

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

髙木茂太市

里井義昇

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

(1)  被控訴人は、控訴人に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成二五年六月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(2)  控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、一審、二審を通じ、これを一〇分し、その一を被控訴人の負担とし、その余は控訴人の負担とする。

三  この判決は、第一の(1)に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

一  原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、一一七〇万円を支払え。

三  被控訴人は、控訴人に対し、別紙掲載要領に基づき別紙謝罪記事一記載の謝罪記事を掲載せよ。

四  被控訴人は、控訴人に対し、別紙掲載要領に基づき、被控訴人が運営するニュースサイト「○○」に別紙謝罪記事二記載の謝罪記事を掲載せよ。

第二  事案の概要

本件は、行政書士である控訴人が、被控訴人が発行する新聞紙「△△」及び被控訴人が運営するニュースサイト「○○」に掲載された記事によって控訴人の名誉が毀損され精神的損害を被った旨主張して、被控訴人に対し、不法行為に基づき慰謝料一二〇〇万円及びこれに対する不法行為日より後の日である平成二五年六月一五日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払と、民法七二三条に基づき被控訴人が発行する新聞紙「△△」及び被控訴人が運営するニュースサイト「○○」上への謝罪記事の掲載を求める事案である。

原審は、名誉毀損の成立を認め、被控訴人の真実性の抗弁を排斥した上で、控訴人の請求を慰謝料三〇万円及びこれに対する平成二五年六月一五日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余の請求を棄却したので、控訴人が、敗訴部分を不服として控訴した。

一  争いのない事実等

争いのない事実等は、原判決四頁四行目「同日」を「同月一四日」と改めるほかは、原判決の「事実及び理由」欄の第二の一のとおりであるからこれを引用する。

二  争点及びこれに対する当事者の主張は、原判決七頁二一行目の「被告のもとには」を「控訴人のもとには」と改め、次項のとおり当審における控訴人の主張を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の第二の二のとおりであるから、これを引用する。

三  当審における控訴人の主張

原判決は、①本件報道以後に判明した事実(控訴人が大阪弁護士会に対して提起した判決、控訴人に対する起訴猶予処分)を考慮して、控訴人の社会的評価の低下も自業自得といえる側面が多々あるとし、②被控訴人の報道はもっぱら公益を図る目的でなされた公共の利害に関する事実についての報道と解されること、③控訴人の経験した逮捕の恐怖に怯える生活は最大六日程度であり、漸次減弱していた、被控訴人の報道は逮捕の方針であることを伝えたにとどまり、逮捕状が発布されたと報道された訳ではないこと等から慰謝料額を三〇万円が相当であると判断し、また、④謝罪記事の掲載について被控訴人が平成二五年五月三〇日の報道を行ったこと等から、謝罪記事の掲載を認めることは相当ではないとして謝罪記事を認めなかったが、上記①について、本件報道以後に判明する出来事を、被控訴人の本件報道の真実性、違法性の軽重及び控訴人の責任に結びつけることは論理的に破綻しており、本件報道の違法性の軽重及び控訴人の社会的評価の低下とは関連がない、上記②についても、公益を図るためならば逮捕状の請求がなされてからでもよく、被控訴人は他新聞社より先んじて報道することを第一に重要視していたのであって、その動機は私益である、③についても控訴人の恐怖が漸次減弱したという根拠が何ら示されていないし、控訴人・被控訴人共にそのような主張はしておらず、証拠も提出されていない上、時間の経過によって逮捕されるという恐怖が漸次減弱されることはあり得ない、「逮捕へ」と報道されれば一般読者は確定的に逮捕されると認識をするもので原判決は評価を誤っている、④についても、被控訴人の平成二五年五月三〇日の報道は、逮捕されていないという情報が含まれておらず訂正報道とはいえないのに、原判決はこれを訂正報道と同等に扱っており不当であり、あらためて訂正報道がなされる必要がある、その他、被控訴人は、誤報が明らかになった後もこれを放置し、逮捕に怯える控訴人にその旨連絡することもなかったのは故意であって、悪質極まりなく、慰謝料の算定においても考慮されるべきである。

第三  争点に対する判断

一  争点(1)(本件報道の名誉毀損性について)及び(2)(本件報道の真実性、相当性について)に対する判断は、原判決一〇頁一五行目の「被告は、」を「控訴人は、」と改めるほかは、原判決の「事実及び理由」欄の第三の一、二のとおりであるから、これを引用する。

二  争点(3)(慰謝料の額)について

(1)  原判決の「事実及び理由」欄の第二の一(5)及び(6)のとおり、本件報道に先行して、他社全国紙及び控訴人のホームページにおいて、大阪弁護士会が控訴人を弁護士法違反(非弁活動)により告発した事実が公表されていたこと、同(10)及び(11)のとおり、控訴人については非弁行為を前提として起訴猶予処分がなされ、また、控訴人の大阪弁護士会を被告とした民事訴訟の第一審、控訴審判決において、控訴人の非弁行為が認定され、同判決は最高裁で確定しており、控訴人が非弁行為を行ったこと自体は真実と認められ、本件報道の誤報部分は、大阪地検が控訴人を逮捕する方針であるという爾後の捜査方針の部分に限局されるところ、行政書士(隣接法律専門職)として法律に携わる仕事をしながら、非弁行為という犯罪行為を行ったという、上記誤報部分以外の事実によって、控訴人の社会的評価は相当に低下したというべきである。

なお、控訴人は、本件報道以後に判明する出来事を、被控訴人の報道の真実性、違法性の軽重、控訴人の責任に結びつけることは論理的に破綻している旨主張しているが、摘示された事実が客観的な事実に合致し真実であれば、行為者の認識如何にかかわらず、名誉毀損行為自体の違法性は否定されることになるから、裁判所は、摘示された事実の重要な部分が真実であるかどうかについては、事実審の口頭弁論終結時において、客観的に判断すべきであり、その際に名誉毀損行為の時点では存在しなかった証拠を考慮することも当然に許されるというべきである(最高裁平成一四年一月二九日第三小法廷判決集民二〇五号二三三頁)。また、慰謝料は、一般に裁判所が諸般の事情をしんしゃくして裁量によって算定するもので、この諸般の事情の中には不法行為後・口頭弁論終結までの事情も含まれるというべきであり、名誉毀損による慰謝料の額も、事実審の口頭弁論終結時までに生じた諸般の事情をしんしゃくして裁判所が裁量により算定することも許されるというべきである(最高裁平成九年五月二七日第三小法廷判決・民集五一巻五号二〇二四頁参照)。そうすると控訴人の主張は独自の見解に立つものであって採用の限りでない。

(2)  しかしながら、本件報道のように「逮捕へ」あるいは「逮捕する方針を固めた」という報道は、情報の受け手である一般の読者をして、控訴人の行った行為が犯罪行為として、より重大かつ悪質で、重い刑事処罰が相当な事案であるとの印象を与えるものであり、控訴人の受けた精神的打撃の程度も大きかったことは容易に想像できる。また、被控訴人は、不特定多数の社会一般を情報の受け手とする全国紙を発刊する新聞社であり、このようなマスメディアによる報道は、情報伝搬が広範に及ぶことや、その内容に対する社会一般の信頼において、個人による表現行為とは比較にならないものがあり、それ故、一旦誤報によって名誉毀損の言論がなされた場合、被害者の社会的評価の低下は一般により重大で、被害者の受ける精神的打撃も大きいということができる。また、被控訴人は、自身の運営するニュースサイトにも、本件報道を掲載しているところ、これらインターネットによる報道は、被控訴人の新聞購読者以外の者も無料で容易に閲覧することができたり、甲第四号証のように、個人が同記事を引用してブログを残したり、あるいはいわゆる検索サイトの存在により、誤報か一層広範に伝搬され、被害者の受ける社会的評価の低下や精神的打撃も一層大きいものがあったというべきである。よって、本件報道は、いわゆる犯罪報道であり、公益を図る目的でなされた公共の利害に関する事実についての報道と解されること(なお、控訴人は、この点について他社に先駆けて報道をした被控訴人は私益目的で本件報道を行った旨主張するが、そもそも新聞社を始め報道機関は公的機関等が任意に発表する事実のみを媒介的に報道するのに止まらず、独自取材によって未公表の事実を曝き、他社に先駆け、いち早く報道することで国民の知る権利に応える社会的使命を担っているもので、他社と横並びで報道しない限り私益目的であるとする控訴人の主張は支持し得ない。)、本件報道は、控訴人の実名を出していないことや、「大阪地検特捜部が近く、弁護士法違反(非弁活動)容疑で逮捕する方針を固めた」ということに止まっており、逮捕状が発付されたとか逮捕されたという内容ではないこと、被控訴人は本訴提起後である平成二五年五月三〇日、△△新聞の社会面に、「大阪地検は行政書士について昨年、起訴を見送る『起訴猶予処分』とした。」と記載した記事を掲載したこと、控訴人は、原判決の「事実及び理由」欄の第三の二(1)イ及びオのとおり、平成二二年五月一九日の朝、本件報道を知ったものの、同月二四日夜には、弁護士から「大阪地検から本件報道は誤りである旨の連絡があった。」「控訴人が逮捕される可能性は相当低い。」旨伝えられており、この時点で控訴人の逮捕されることへの恐怖も相当低減したと認められること(控訴人は、この点について弁論主義違背と思われる主張等をしているが、慰謝料の算定につき、裁判所が諸般の事情をしんしゃくして裁量によって算定しうることは前記のとおりであるし、原判決の説示するとおり、弁護士からの上記連絡があったことは証拠上認定できる事実であり、控訴人の主張は理由がない。)、その他本件に顕れた一切の事情を総合考慮すると、本件の慰謝料額は一〇〇万円が相当である。

(3)  控訴人は、上記の点に加えて、被控訴人が、誤報が明らかになった後もこれを放置し、逮捕に怯える控訴人にその旨連絡することもなかったのは故意であって、悪質極まりなく、慰謝料の算定においても考慮されるべきである旨主張するところ、被控訴人が、平成二五年五月三〇日に△△新聞の社会面に、「大阪地検は行政書士について昨年、起訴を見送る『起訴猶予処分』とした」との報道は、控訴人が逮捕されなかったという内容を含むものではなく、これをもって誤報に対する訂正報道と同視することはできないのであるが、前記のとおり、控訴人が非弁行為を行ったこと自体は真実であり、本件報道の誤報部分(「逮捕へ」あるいは「逮捕する方針を固めた」部分)のみによる社会的評価の低下は、控訴人の行った行為が逮捕相当であり、犯罪行為としても重大かつ悪質であるとの印象を与える点に限られており、平成二五年五月三〇日付けの起訴猶予処分の報道により、上記誤った印象は相当部分払拭されたと認められること、及び控訴人は、平成二二年五月二四日夜には、弁護士から「大阪地検から本件報道は誤りである旨の連絡があった。」「控訴人が逮捕される可能性は相当低い。」旨伝えられていたこと等の事実を併せ考慮すれば、本件報道後に被控訴人が訂正報道や控訴人への謝罪等の措置を取っていないことをもって、その不作為が当初の名誉毀損行為とは別個の新たな不法行為を構成するものとはいえず(逆に、これらの措置を取っていれば、それ自体を慰謝の措置として慰謝料額を減額する事由とはなり得ることはあっても)、前記算定にかかる慰謝料額を更に増額する事情とはいえない。

三  控訴人は、民法七二三条所定の回復処分として謝罪記事を求めているので、その適否についても検討するに、名誉毀損について回復処分を命じ得ることの趣旨は、加害者に対して制裁を加えたり、また加害者に謝罪等をさせることにより被害者に主観的な満足を与えたりするためではなく、金銭による損害賠償のみでは填補されえない、毀損された被害者の人格的価値に対する社会的、客観的な評価自体を回復することを可能ならしめる点にあり(最高裁昭和四五年一二月一八日第二小法廷判決・民集二四巻一三号二一五一頁)、回復処分が認められるためには、当該回復処分が名誉を回復する手段として相当であり(手段の有効適切性)、かつ、名誉毀損状態が口頭弁論終結時において現存していること(名誉毀損自体の現存)が必要というべきである。

そうすると、前記のとおり、控訴人による非弁行為は真実であり、本件報道の誤報部分は、「逮捕へ」あるいは「逮捕する方針を固めた」という爾後の捜査方針を記載した部分のみに限られているところ、本件報道(平成二二年五月一九日)から既に五年が経過し、その間の平成二四年三月三〇日には起訴猶予の終局処分が出され、平成二五年五月三〇日にはその旨の報道もなされていることに鑑みると、被控訴人による上記名誉毀損状態が現存しているとは認められず、金銭賠償に加えて、回復処分としての謝罪記事を課すことは相当とはいえない。

第四  以上によれば、控訴人の請求は、慰謝料一〇〇万円及びこれに対する不法行為後の平成二五年六月一五日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、より少額の慰謝料しか認めなかった原判決は相当でなく、本件控訴に基づきこれを変更することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塚本伊平 裁判官 内田貴文 堀田匡)

別紙 掲載要領

・別紙 謝罪記事一を△△新聞全国版朝刊一面に一回掲載すること。

・別紙 謝罪記事二を○○サイトのTOP画面>の上部右側(下記<省略>の「トップ・ラージレクタングル」とされる位置)に一週間にわたり掲載すること。

別紙 謝罪記事一

お詫び

平成二二年五月一九日付△△新聞朝刊の「鳥取の行政書士逮捕へ」「大阪地検非弁活動容疑」と題する記事は誤りでした。当該記事に記載された「鳥取の行政書士」が逮捕される予定も事実もありませんでした。当社は該当記事が誤りであることを認識しながらも現在に至るまで記事の訂正及び、関係者への謝罪を怠っておりました。ご迷惑をお掛けした関係者に深くお詫び申し上げます。

別紙 謝罪記事二

お詫び

平成二二年五月一九日に○○サイトにおいて掲載された「鳥取の行政書士逮捕へ」「大阪地検非弁活動容疑」と題する記事は誤りでした。当該記事に記載された「鳥取の行政書士」が逮捕される予定も事実もありませんでした。当社は該当記事が誤りであることを認識しながらも現在に至るまで記事の訂正及び、関係者への謝罪を怠っておりました。ご迷惑をお掛けした関係者に深くお詫び申し上げます。

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