広島高等裁判所松江支部 平成8年(う)7号 判決
1 被告人は,平成7年10月3日,同棲していた仲田に対する覚せい剤取締法違反等の容疑で発布された捜索差押許可状に基づき自宅の強制捜索を受けた際に,整理棚の引出しの中にあった黒色のがま口状の小物入れ(以下「本件小物入れ」という。)に覚せい剤が入っているのを発見され,それを所持していた容疑で現行犯逮捕された。そして,尿の任意提出を求められたが,これに応じなかったため,翌4日,捜索差押許可状が発布され,これに基づき,鳥取市の山藤病院で強制採尿をする旨を告げられ,更に任意提出を説得され,漸くこれに応じた。提出した尿の鑑定の結果,覚せい剤が検出されたため,覚せい剤使用の容疑が追加されて勾留され,平成7年9月30日ころに覚せい剤を使用したとして,本件公訴を提起された(所持は不起訴)。
2 弁護人は,次の理由から,右強制捜索及び現行犯逮捕手続は違法であり,尿の鑑定嘱託書及び鑑定書並びに被告人の捜索段階の供述調書は違法収集証拠として証拠能力がないと主張する。
① 被告人は右捜索に際し捜査員らの女性蔑視の態度等への怒りと羞恥心で気分が悪くなり意識を失ったのに,捜査員らは,このような被告人を6時間も放置する人権侵害をし,その間に立会人なく違法に捜索をした。
右違法な捜索の結果,発見されたとされる覚せい剤は被告人のものではなく,捜査員らが持ち込んだ可能性すら否定できないのに,捜査員らは,違法に被告人を右覚せい剤の所持容疑で現行犯逮捕した。
② 被告人は右違法な逮捕手続の結果発布された強制採尿令状で病院に連行されやむなく尿を任意提出したものであるから,右尿の鑑定嘱託書及び鑑定書は,違法収集証拠であり証拠能力はない。また,右違法な逮捕勾留手続中に作成された被告人の供述証拠も,任意性に疑いがあり証拠能力がない。
3 そこでまず,右①(捜索及び現行犯逮捕手続の違法性)につき判断する。
(1)平成7年10月3日の被告人宅(被告人が仲田と同棲していた大阪市中央区のウイークリーマンション以下「本件マンション」という。)の家宅捜索は,鳥取警察署の山本警部補(以下「山本警察官」という。)指揮のもと,同署藤田巡査部長(以下「藤田警察官」という。),同署浅田巡査(以下「浅田警察官」という。)及び同署落合婦人警察補導員(以下「落合補導員」という。)により行われている。
同日午前7時35分ころ,被告人宅のドアチェーンを被告人がはずし,右鳥取警察署の4名が入室した。しかし,捜索差押許可状を示され立会いを求められた被告人は頑なに捜索を拒否する態度を取り,知り合いの弁護士や110番に電話をし,着ていたパジャマとショーツを全て脱ぎ,全裸になるなどしたため,男性警察官3名は,同日午前8時過ぎころ一旦退室し,落合補導員が服を着るよう被告人の説得に当たった。被告人がようやく赤色の上下のトレーナー(下は半ズボン)に着替え,男性警察官3名が再び入室することができたのは同日午前11時25分のことであるが,その後も,被告人は,捜索立会いの説得に応じようとしなかった。
同日午後1時40分ころ,ベッド横の白色の整理棚の引き出しの2段目に入っていた本件小物入れの中に,紙片に包まれた白色結晶・粉末が約10本の注射器等とともに発見された。そして,覚せい剤シモン試験で右白色結晶に青藍反応がみられたため,同日午後2時15分,被告人は覚せい剤所持の現行犯として逮捕された。
(2)―(中略)―
(3)次に,弁護人は,本件捜索は被告人がうつ伏せになって意識を失っていた間に立会人なくなされたもので,これは憲法35条,刑事訴訟法222条1項,114条2項に明らかに反する違法な捜索であり,これに基づく右覚せい剤所持容疑での被告人の現行犯逮捕も違法であると主張する。
そして,浅田警察官の作成した被告人の現行犯人逮捕手続書(検甲1)には,「午後1時40分,被告人の寝ていたと認められるベッドの横の白色整理棚の2番目の引き出しに本件小物入れを発見し,中を確認したところ,白色結晶・粉末や注射器等を発見し,被告人が使用しているものと認め,立会人の被告人に確認を求めたが,被告人は玄関先の床にうつ伏せになったまま,質問にも答えず,確認させることができない状態であった。これにより本職らは本件マンションの支配人石川に捜索の立会いを依頼し,これに応じた同人立会いのもと,白色結晶・粉末や注射器等の発見場所を確認し」という趣旨の記載があり,これによれば,右捜索は,石川が立ち会う前に開始された疑いがある。浅田警察官は当審公判廷における証人として,右は単なる誤記であると供述し,山本警察官,藤田警察官も当審公判廷における証人として,石川立会前の捜索など一切していないと供述するが,現行犯人逮捕手続書は当時の状況を最もよく記録しているはずの書面であり,右書面に,白色結晶・粉末を発見後確認のために石川に捜索立会いの依頼をしたと記載してあることを単なる誤記として看過することはできない。
右記載からは,警察官らは,被告人を捜索の立会人と考えていたようにも読めるが,被告人は在室していたとはいえ,当初から一貫して強制捜索の立会いを拒否していたのであるから,被告人を立会人とみることはできず,そうすると,本件強制捜索は立会人なしに始められたといわざるを得ず,刑事訴訟法222条1項,114条2項に反し,この点で違法性を帯びるものである(ただし,仲田に対する容疑で適法に発布された令状に基づきなされたものであるから,これが憲法35条に違反するとの弁護人の主張は理由がない。)。そして,被告人の現行犯逮捕手続は,右違法な捜索により発見された覚せい剤の所持容疑によるものであるから,右の点の違法性を承継したものであることは否定できない。
(4)―(中略)―
(5)―(中略)―
(6)以上要するに,本件強制捜索は立会人なしに開始された点で違法なものであり,これに引き続いてなされた現行犯逮捕手続も右の瑕疵を継承した点で違法性を帯びたものといわなければならない―(中略)―。
4 そこで,右②(被告人の尿の鑑定書等の証拠能力)につき判断する。
(1)―(中略)―
(2)弁護人は,被告人に対する捜索差押許可状(強制採尿令状)は前記違法な逮捕手続の結果発布されたものであり,これに基づき医院に連行され,やむなく任意提出した被告人の尿の鑑定嘱託書及び鑑定書は違法収集証拠であり証拠能力はないと主張する。
本件の採尿手続は,被告人宅の強制捜索差押手続により覚せい剤が発見されたことに基因するものであり,被告人宅の強制捜索差押手続から採尿に至る手続は犯罪捜査のための一連の手続として密接な関係にある。そこで,右採尿手続の適法違法については,採尿手続前の右一連の手続における違法の有無・程度をも十分考慮してこれを判断するのが相当である。そして,そのような判断の結果,採尿手続が違法であると認められる場合でも,それをもって直ちに採取された尿の鑑定嘱託書及び鑑定書の証拠能力が否定されると解すべきでなく,その違法の程度が令状主義の精神を没却するような重大なものであり,右鑑定書等を証拠として許容することが,将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められるときに,右鑑定書等の証拠能力が否定されるというべきである。
これを本件についてみるに,採尿手続前に行われた前記一連の手続には,前記3(3)認定のとおり,立会人のないまま警察官らが強制捜査を始めていた点及び右違法な捜索により発見された覚せい剤の所持容疑で被告人を現行犯逮捕した点において違法が存することを考慮すると,これに引き続いて行われた本件採尿手続も違法性を帯びるものと評価せざるを得ない。
しかし,そもそも本件捜索差押は被告人の同棲相手の仲田に対し適法に発せられた令状に基づくものである。しかも,捜査員らは,覚せい剤発見直後に支配人の石川に立会いを求め,発見場所と覚せい剤シモン試験の青藍反応を確認させている。とすれば,本件捜索差押から採尿手続に至る手続の違法性は,それによって得られた鑑定書等の証拠能力を否定しなければならないほどに令状主義の精神を没却した重大なものであったとはいえない。
(3)弁護人はまた,右違法な逮捕と勾留手続中に作成された被告人の供述調書は任意性に疑いがあり証拠能力がないと主張する。しかし,逮捕手続が違法性を帯びているからといって直ちに身柄拘束中に得られた自白の任意性が一律に否定されると解することは相当でない。
被告人の供述調書は,覚せい剤の使用については認めるが,逮捕の理由となった覚せい剤の所持については,本件小物入れの中になぜあったのか身に覚えがないという内容で一貫しており,自白が強制されたものとは到底いえず,被告人の供述調書の任意性には合理的疑いを容れない。