広島高等裁判所松江支部 昭和26年(う)191号 判決 1952年2月11日
控訴人 被告人 島根文化産業株式会社 外一名
弁護人 原定夫
検察官 中野和夫関与
主文
本件各控訴を棄却する。
理由
弁護人原定夫の控訴趣意は末尾に添附した別紙記載のとおりでこれに対する当裁判所の判断は、次のとおりである。
第一点の一、について。労働基準法第百二十一条はいわゆる両罰主義を採用した者であるところ、同条第一項は違反行為者として事業主のために行為した代理人、使用人その他の従業者と規定し、法人の機関たる代表者で違反行為者である場合を掲げていないので同条項の解釈上事業主が法人である場合にその機関たる代表者が違反行為をした時には事業主を処罰することができないような外観を呈しているけれども、違反行為者が代表者である場合とその他の場合を区別すべき根拠がないばかりでなく、同条第二項は事業主が法人である場合におけるその代表者が違反の計画を知りその防止に必要な措置を講じなかつた場合、違反行為を知りその是正に必要な措置を講じなかつた場合又は違反を教唆した場合においてはその代表者も行為者として処罰する旨明定し、この場合においては法人の代表者は自ら違反行為をしないにもかゝわらず「行為者」として直接違反行為をした代理人、使用人その他の従業者と共に処罰され、更に同条第一項の適用により事業主たる法人に対しても制裁を及ぼすことを予期しているのであるから、更に一歩を進めて法人の代表者が直接違反行為をした時は一層強い理由で法人を処罰する必要があり従つてこの場合に法人を処罰することは当然言うを待たないこととしてこれを明示しなかつたものと解するを相当とする。されば、原判決が直接違反行為をした被告会社代表者たる被告人勝部を処罰すると共に労働基準法第百二十一条第一項を適用して事業主たる被告会社をも処罰したのは正当であつて、法令適用の誤はない。論旨は理由がない。
第一点の二、について。労働基準法第二十四条違反の罪における保護法益は個々の労働者の有する同条所定の方法による賃金支払請求権であるから、支払期日が同一であつても個々の労働者毎に、また同一労働者についても各支払期日毎に一個の独立した賃料不払の罪が成立し、その間に包括一罪又は一所為数法の関係が成立するものではなく、刑法第四十五条前段の併合罪の関係があるものと解すべきである。されば、原判決が原判示第一の罪について併合罪に関する刑法の規定を適用したのは正当であつて、所論のように法令の解釈を誤つた違法はない。論旨は理由がない。
第一点の三、について。労働基準法第二十六条違反の罪における保護法益は個々の労働者の有する法定の休業手当支払請求権であるから、各労働者毎に独立した一個の休業手当不払罪が成立し、その間に刑法第四十五条前段の併合罪の関係が成立して包括一罪又は想像的競合罪の関係は生じないと解すべきである。されば、原判決が原判示第四の罪について併合罪に関する刑法の規定を適用したのは正当であつて、法令適用の誤はない。
第二点について。原判示事実は原判決挙示の証拠を綜合しこれを認定するに充分であつて訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠を精査するに論旨一、に指摘する事由により本件賃金の不払が被告人の責に歸すべからざるものであることを首肯せしめるに足る証拠が充分でなく、また論旨二、において主張する田中邦夫は被告会社が工員として雇入れたものでなく被告人勝部が一時身元保護のため預かつたものであるとの事実を認めるに足る証拠も充分でなく、これらの点に関する原判決の示した判断は正当である。なお、仮に、本件労働者の勤務成績が多少不良であり、また製品粗悪の一因が本件労働者の技能の拙劣未熟にあつたとしても、被告会社はこれに藉口して賃金の支払を免れることはできないと解すべきである。所論は要するに原審の職権に属する証拠の取捨判断事実の認定を徒らに攻撃するに帰し、採用することはできない。
第三点について。所論に鑑み、訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠を精査し、本件犯罪の罪質犯情を検討するに、原審の科刑は相当であつて量刑不当の点は認められない。論旨は理由がない。
よつて、刑事訴訟法第三百九十六条に従い、主文のとおり、判決する。
(裁判長裁判官 平井林 裁判官 久利馨 裁判官 藤間忠顕)
弁護人原定夫の控訴趣意
第一点原判決は判決に影響を及ぼすことが明らかなる法令の適用に誤がある。
一、原判決が本件につき被告人島根文化株式会社を罰金一万円に処したのは労働基準法第百二十一条第一項の解釈を誤つたものである同条項の規定は事業主が法人である場合には違反行為者が法人の従業員であるときに限り適用がある趣旨であつて本件の如く違反行為者が法人の機関たる代表者自身である場合には適用がないと解すべきである。けだし同条の明文上からも又法人処罰に関する法理上からも当然であつて本件行為者たる被告人勝部が被告会社の代表取締役であることは原判示の通りであるから本件につき被告会社をも処罰した原判決は法令の適用を誤つた違法がある。
二、原判決が本件第一事実につき法令の適用として各労働者の各月分につき一箇の犯罪が成立するものとしそれぞれ併合罪の規定を適用したのは法令の解釈を誤つたものである。本件は被告人勝部が被告会社の業務に関し判示賃料の不払を為したと謂うにあるから同人は一個の不払の犯意に基き一個の不払なる不作為行為を為したものに過ぎない。而して之が被害法益は単なる労働者個々の個人的法益ではなく国家の労働力の保護なる公共的法益であるから本件は全事実につき包括的に一個の犯罪が成立するものと解すべきである。たとへ仮に被害法益が労働者個々の個人的法益であつて各労働者毎に一罪が成立するとするも本件は刑法第五十四条第一項前段第八条の適用によりせいぜい各支払日毎に一個の犯罪が成立するに過ぎないと認むべきである。
三、原判決が本件第四事実につき法令の適用につき各労働者毎に一個の犯罪が成立するものとして併合罪の規定を適用したのは法令の解釈を誤つたものである。之は前記二の理由と同一であつて包括的一罪或は想像的競合罪が成立するに過ぎないと認むべきである。
第二点原判決は判決に影響を及ぼすことが明らかなる事実の誤認がある。
一、原判決第一事実は左記の事由によるもので被告人の責に帰すべからざるものであるから其の責任を阻却されるべきであるに拘らず原判決が之が事由を看過したのは畢竟するに事実を誤認したものである。(一)本件不払は労働者が勤務を怠り或は抛棄外出し又製品粗悪で不合格品が多かつた為である(記録一九〇丁裏より一九一丁、一九四丁裏、二一四丁裏)。(二)被告会社は昭和二十四年八月十五日の所謂白潟大火により相当の被害があり之が基因を為して経営も不能に陥つたものである(記録一五一丁)。(三)被告人は賃料支払のため製品の販売、資金の借入等経営者としての最善の努力をして居り(記録一九二丁)本件賃料を措きて他の不急債務を優先支払つた事実はない。
二、原判決第二事実につき被告会社が判示の頃田中邦夫を工員として雇入れた旨認定したのは誤認である。(一)田中は被告人が後藤シマに就職先のあつせんを依頼され他に大体決定したが結局不採用に終つた為め被告人勝部が一時身元保護のため預かつたもので労働者として雇入れたものではない(記録一一一丁裏、一五六丁、一四丁)。(二)被告会社は当時は生産を中止し人員整理中であつたから労働者を新規雇入れる状況ではなく其の必要はなかつた(記録一八八丁。)
第三点原判決は刑の量定が不当である。仮に本件につき前記各主張事実が認められずとするも本件は前記のような事情情況にあり畢竟経済界不況に基因する案件であつて被告人等の責任のみに因るものではなく被告会社及被告人勝部は資産の見るべきものなく目下破産にひんする窮状にあるから(記録一八五丁裏、二〇五丁)更に寡額の罰金額となし且それぞれその刑の執行を猶予すべきを相当とする故に原判決が本件につき被告会社を罰金一万円被告人勝部を罰金二万円に処したのは量刑不当である。