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広島高等裁判所松江支部 昭和26年(う)243号 判決 1952年1月30日

控訴人 被告人 三橋寛治

弁護人 君野順三

検察官 中野和夫関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人君野順三の控訴趣意は末尾に添附した別紙記載のとおりで、これに対する当裁判所の判断は、次のとおりである。

第一点について。原判決挙示の証拠を綜合すれば原判示第一乃至第三の事実を認定するに充分であつて、訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠を精査するにその間事実の誤認は認められない。而して原判示によれば、被告人は末恒村議会議員選挙に際し立候補し、自己の当選を得る目的を以て、中野春美等数名の選挙人に対し三回に亘り自己のため投票並に投票取纒の選挙運動を依頼しその報酬として一人前約金百十円乃至百三十六円に相当する飲食の饗応をなしたというのであるから、たとい、所論の如く、被告人から飲食の饗応を受けた中根春美等数名の選挙人が被告人と親族の関係にありしかも進んで選挙参謀に加わるべき立場にあつて、右の饗応が被告人を村議会議員候補者に推薦するための会合或いは情報交換、選挙対策協議のための集合の席上においてなされたものとしても、いやしくも、議員候補者が自己の当選を得る目的を以て選挙人に対し自己のため投票並に投票取纒の選挙運動を依頼しその報酬として前示金額程度の飲食の饗応をすることは選挙の公正を害するに至るから、これを単純な社交的儀礼として不問に附することはできない。されば、原判決が被告人の原判示第一乃至第三の所為に対し公職選挙法第二百二十一条第一項第一号を適用処断したのは相当であつて、所論のような法令適用の誤は認められない。論旨は要するに、原判決の採用した証拠の一部を捉えて独自の見解を立て、原判決が適正になした証拠の取捨判断、事実の認定及び法律判断を徒らに批難するに帰し、到底採用できない。

第二点の(イ)について。公職選挙法第二百二十一条第一項第五号にいわゆる選挙運動者には議員候補者の為に投票取纒方の依頼を受けた者を包含しその者において右の依頼を承諾したと否とを問わないと解すべきは同法条の法意殊に同法条が交付の申込をも処罰していることに徴し疑を容れないところである。ところで、原判決は被告人は「田中富蔵方において選挙運動者たる同人に対し自己のため投票取纒方を依頼し」と判示しているから、田中富蔵が被告人の選挙運動者であることは原判文上明らかである。論旨は理由がない。

第二点の(ロ)について。原判決の措辞は簡略に過ぎ、杜撰のそしりを免れないけれども、原判示第四の事実を挙示の証拠と対照して読めば、原判示選挙に立候補した被告人は自己の当選を得る目的を以て田中富蔵方において選挙運動者たる同人に対し自己のため投票取纒方を依頼し同人に託して他の選挙人数名に供与せしめる意味にてその投票報酬に充てるべき金五千円を同人に交付した事実を認定判示したものであることが認められるから、結局所論のような理由不備の違法はない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法第三百九十六条に従い、主文のとおり、判決する。

(裁判長裁判官 平井林 裁判官 久利馨 裁判官 藤間忠顕)

弁護人君野順三の控訴趣意

右公職選挙法違反事件につき控訴趣旨を陳述すること左の如し。

第壱点原判決は事実を誤認した瑕疵ある原判決は公訴事実第一、第二、第三、を其儘容認したのであるが之れは社交的儀礼の限界に在る飲食を公職選挙法第二百二十一条第一項第一号の饗応なりと誤認したる結果同条を適用したる違法に陷りたるものである。

第一事実の昭和二十六年三月十五日被告方に集合した中根春美外七名は何れも被告人と親族関係ある人々で三橋恒治の提唱により被告を村会議員候補に推薦する為め会合したものであることは原審公廷に於ける列席者の各証言により明かであつて此等の人々は進んで被告を推挙した親族で被告に頼まれて始めて投票をするような間柄でないのみならず進んで選挙参謀に加わるべき立場に在る人々であるから被告が投票並に投票取纒めの依頼をする必要はないのである。従て当日供せられたる飲食は三橋恒治の証言中に食事時分には食事洒呑みには洒と云う具合に有合せの物を出すのが部落の儀礼に過ぎないものである。従て一人前百拾円に相当する洒食は現今の経済状態から之を饗応と称するが如き全く非常識と云わざるを得ぬ。証人中中根春美及び検察庁に於て各証人の証言は之れを選挙違反なりとの先入感により誘導せられ之れに迎合したる供述なりと認めざるを得ない。

第二、第三事実もまた同様であつて若し真に投票並に投票取纒めの為めの飲食ならば同一人を三回に亘り饗応するの要はないので殊に親戚と云う紐帯に結ばれて居る間柄に於ては素よりである。寧ろ新なる有権者に向うて同一行動が展開されてこそ選挙の為めと称し得べきである。之れは畢竟幹部に相当する親族が情報の交換や選挙対策協議の為め集合したものと見るべきである。原判決認定の如きは選挙の実状に透徹せず農村社会生活の在り方に無知識で単に形式に拘泥して皮想的断定を下し真相を逸したるものと云わざるを得ない。

第二点原判決は理由不備の違法がある。原判決第四事実の認定は三月五日頃鳥取県気高郡末恒村大字小沢見田中富蔵方において選挙運動員たる同人に対し自己のため投票取纒方を依頼しその資金として金五千円を交付したと云うのである。此認定には左の理由不備がある。

(イ)田中富蔵が選挙運動者なりと判示したのであるが同人は何人の運動者であると云うのであるか明かでない。被告が運動員たることを依頼したりとするも同人は之れを拒絶したのであるから同人を被告の運動員なりと云うことは出来ない。又同人は他の候補者の運動員たることの証明もない。だから同人を選挙運動者なりと前提したる原判決は失当である。

(ロ)投票取纒めの資金として金五千円を田中富蔵に交付したとの認定は一応之れを肯認するとしても此資金交付が公職選挙法第二百二十一条第一項第五号の違反となる為めには同条第一項第一号から第三号までに掲げる行為をさせる目的に出ずることを要する。然るに原判決は此目的に対する判示を欠如するから理由不備であることは明瞭である。或は投票取纒方を依頼すると云うのがそれであるとの説があるかも知れぬが投票取纒め其ものは非合法ではなく之れに対し利益を供与又は其申込約束等が禁ぜられているのであるから投票取纒めの為めの資金とのみでは未だ法禁行為を説示したとは云い得ない。蓋し投票取纒めに費用を要することは法定限度内の費用支出が認められているによりて之れを見るも明かで其資金交付が直に違反となるとは云い得ないからである。

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