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広島高等裁判所松江支部 昭和26年(ナ)1号 判決 1952年2月29日

原告 和田年行

被告 島根県選挙管理委員会

訴訟代理人 片山義雄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「昭和二十六年五月十日執行の島根県那賀郡江東村長選挙の当選の効力に関する原告の異議申立について同村選挙管理委員会が同年六月二十一日附を以てなした決定及び該決定に対する原告の訴願について被告が同年十月二十五日附を以てなした裁決はいづれもこれを取消す。昭和二十六年五月十日執行の江東村長選挙における山口良造の村長当選を無効とする」との判決を求めその請求の原因として、次のとおり、陳述した。

一、昭和二十六年五月十日島根県那賀郡江東村長選挙が執行されたが原告はその選挙人である。

二、右選挙に際し江東村長職務執行者山口良造は同年四月二十日職業を江東村長職務執行者と記載した立候補届を提出し江東村選挙長はこれを受理して即日その旨の告示をなし、その選挙の結果、右山口は当選した。

三、しかし山口良造の当選には、次のような無効原因がある。山口良造は現職のまゝ立候補することのできない公務員の職にありながら、立候補の届出をしたのであるから、江東村選挙長は、右届出は公務員の立候補を制限した公職選挙法第八十九条第一項に違反する無効の届出としてこれを却下すべきであつたのにかゝわらずこれを受理し、即日その旨の告示をしたことは違法である。

ところで、山口良造は現職のまゝでは立候補できないことに気付いて同月二十五日夕刻江東村長職務執行者を辞する旨の退職願を提出し、右退職願は翌二十六日朝受理されたが、本件の如く現職のまゝ立候補することのできない公務員の立候補届出に存する違法は原始的に存在するものであるから、選挙長のする立候補届出の告示並びに立候補者の選挙運動開始前ならばともかく、立候補届出当日より既に六日を経過し、一般選挙人は山口良造が立候補した旨の告示を閲覧し山口良造もまた右届出当日選挙事務所を設置し、出納責任者選任届を了し、百枚のポスターに検印を受け、これを同日村内各所に貼付して親族知己の戸別訪問をなし、他の各候補者も共に選挙運動を継続している段階においては山口良造の立候補届出に存する瑕疵はもはや同人の辞職によつて治癒されるわけのものではない。かかる場合には、山口良造は同月二十六日改めて立候補の届出をすべきものであり、江東村選挙長としても、同人をしてその手続をなさしむべきである。そして前記山口良造の立候補届出の告示は他の立候補者森信美、上垣温の立候補届出の告示と共に一枚の用紙に併記されしかも受付順に右三名の候補者の氏名職業が連記されているのであるから右告示中山口良造の部分を理由を附して抹消し、他の候補者森信美、上垣温の部分の告示はそのまゝ掲示順位を保持し、新たに同月二十六日附を以て山口良造が立候補した旨の告示を第三順位で掲示すべきであつた。しかるに、江東村選挙長は、山口の立候補届出に存する瑕疵が有効に補正せられ得るものと考え、同月二十六日、先に提出された立候補届書の職業欄を農業と訂正することを許した上同日前記立候補届出の告示用紙全部を撤去し、新たに同月二十日附で山口候補者の職業を農業と書き代えた外は前の告示と同一内容の告示を掲示し宛かも同候補者の職業が同月二十日掲示のときから農業と記載せられていたかの如く装い且つ同候補者の掲示順位を保全し、その反面、他の候補者森信美、上垣温の掲示順位を侵したのである。次に、山口良造は本件江東村長選挙と選挙区域の相共通する同年四月三十日執行の島根県知事及び同県議会議員選挙における江東村開票区の開票管理者として同月二十日より同年五月一日朝までその職にあつたものである。開票管理者は選挙の執行上極めて重要な事務を扱う者でその職務の性質上至公至正の立場を必要とするから、在職中その関係区域内においては当該選挙であると否とを問わず一切の選挙運動を禁止せられているものと解すべきである。しかるに、山口良造は開票管理者として在職中その地位を利用してその関係区域内において選挙運動をなし、江東村選挙長もこれを知りながら放任していたものである。かくの如く、江東村選挙長は公職の候補者となることのできない山口良造を公職の候補者として放置したため、また同人が開票管理者の職にあるのにかゝわらず選挙運動をするのを禁止しなかつたため結局最後的に有効な当選人となり得ない者を徒らに選挙の競争場裡において選挙人の耳目をまどわしその思考を混乱させ著しく選挙の自由公正を害したので選挙の結果に異動を及ぼす虞があつたといえる。即ち山口良造の当選は同人が有効に公職の候補者となることができない者である点において無効であるばかりでなく、本件選挙もまた選挙の規定に違反し、そのため選挙の結果に異動を及ぼす虞があつて無効であるから、山口良造の当選はこの点からするも無効である。

四、そこで、原告は同年五月二十三日江東村選挙管理委員会に対し異議の申立をしたが同年六月二十一日異議棄却の決定があつたので更に被告に訴願したところ、同年十月二十五日附を以て訴願棄却の裁決があり同年十一月二日裁決書の交付を受けた。

五、しかし、山口良造の当選は前述の理由により無効であるので請求の趣旨記載の判決を求めるため本訴に及んだ。

証拠として原告は甲第一、第二号証、第三号証の一乃至五、第四乃至第十五号証を提出した。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として次のとおり陳述した。

原告主張の一、二、四の各事実はこれを認める。

原告主張の三の事実中山口良造が原告主張の日、出納責任者選任届をしたこと、同人が原告主張の日時、江東村長職務執行者を辞する旨の退職願を提出し、右退職願が原告主張の日時受理せられ、立候補届の職業欄が農業と訂正せられたこと、原告主張の日、その主張の如き方法で立候補届出の告示が訂正せられ、訂正せられた告示の内容が原告主張のとおりであること、山口良造が原告主張の島根県知事及び同県議会議員選挙における江東村開票区の開票管理者であつたことはいづれもこれを認めるが、その他は争う。山口良造は法規上差支えないものと考え、昭和二十六年四月二十日江東村長職務執行者という現職のまゝ立候補届を提出したが、同月二十五日に至り江東村選挙管理委員会より注意を受けたゝめ同日直に辞職願を提出し、これに基いて翌二十六日先に提出した立候補届の職業欄が訂正せられ、告示もまた同日新しい告示に取替えられたのである。この際山口良造が先に提出した立候補届を一旦取下げ、新たに立候補届を提出したとすれば、この新たな立候補届が有効であることは疑いない。而して両場合を比較すれば、何等実際上の差異はない。即ち選挙の結果に影響を及ぼすものではないから右のような便宜的取扱は法律上差支ないものと認められる。

証拠として、被告訴訟代理人は証人山中昇、島田金友、青木広行、山口良造の各証言を援用し、甲第十二、第十三号証の各成立は不知、その余の甲各号証の成立はこれを認めると述べた。

理由

原告主張の一、二、四の各事実は当事者間に争いがない。

右争いのない事実によれば、山口良造は立候補届出をなした昭和二十六年四月二十日当時現職のまゝ立候補することのできない江東村長職務執行者の職にあり、しかも職業を江東村長職務執行者と記載した立候補届を提出したのであるから、山口良造の立候補届出は公務員の立候補を制限した公職選挙法第八十九条第一項に違反することが届出の形式上一見明瞭であるというべきである。従つて江東村選挙長が右山口の立候補届出を却下しないでこれを受理し即日その旨の告示をしたのは違法である。ところで山口良造は同月二十五日夕刻江東村長職務執行者を辞する旨の退職願を提出し、右退職願が翌二十六日朝受理されたことは当事者間に争いがなく、証人山中昇、島田金友、青木広行、山口良造の各証言を綜合すれば、江東村選挙長は山口良造が立候補届出をした際その届出が公職選挙法に違反することに気付かずこれを受理したのであるが、同月二十五日夕刻右の届出が同法第八十九条第一項に違反することを知つたので、直ちにその旨を山口良造に通知したところ、同人は前記の如く辞職するに至つたことを窺うことができる。よつて、山口良造の立候補届出及び受理に存する瑕疵は同人の辞職によつて治癒せられたものといえるかどうかを判断する。

公職選挙法第八十九条第一項の規定する公務員の立候補制限は公務員に対し本来日本国民として有する立候補の資格を公務員在職中に限り一時停止するに過ぎないものと認めるべきであるから、公務員がその職を辞したときは立候補の資格を回復するものというべきである。それ故公務員が在職のまゝなした立候補の届出及び受理に存する違法は辞職によつて補正せられるものと解するを相当とする。されば、江東村選挙長が山口良造の立候補届出を受理したことに存する瑕疵は同人の辞職によつて治癒せられ、同人は以後有効に公職の候補者となることができたものというべきである。次に、江東村選挙長が同月二十六日山口良造の立候補届の職業欄を農業と訂正することを許したこと江東村選挙長が同日原告主張の如き内容の立候補届出の告示全部を撤去し新たに同月二十日附で原告主張の如き内容の訂正告示を掲示したことは当事者間に争いがない。ところで山口良造の立候補届出及び受理に存する瑕疵が同人の退職によつて以後治癒せられたことは既に説明したところであるが、かかる場合に如何なる方法で違法の告示の訂正をなすべきかについては、これを明示した法規はないのであるが、江東村選挙長のなした告示訂正の手続は宛かも山口候補者の職業が四月二十日掲示のときから農業と記載せられていたかの如く装う結果となる点において、少くとも、違法のそしりを免れ得ないものである。しかし、前顕各証人の証言に徴すれば四月二十日より同月二十五日まで違法の告示が掲示せられていたこと、右違法の告示の訂正をするにあたり更に違法の措置を重ねたことは選挙事務従事者の単なる過失によるもので、何等選挙の自由公正を害する目的を以て行われたものでないことを認め得るばかりでなく、山口良造の立候補届出の告示に存する右の違法が特に本件選挙の結果に異動を及ぼす虞のあるものであつたことは本件に現われた全証拠資料によるもこれを認めるに充分でない。次に証人山口良造の証言によれば、山口良造は四月二十日より同月二十五日までのあいだに公職の候補者としてたまたま道路上で面接した選挙人に対し自己のため投票を依頼し或いは選挙のビラを貼付するなどの選挙運動をしたことを窺うことができる。そして、山口良造がこのような選挙運動をしたことは江東村選挙長が同人の立候補届出を違法に受理したことによるものであるが、本件に現われた全訴訟資料によるも、山口良造が右の期間内にこの程度の選挙運動をしなかつたならば本件選挙につき異なる結果が生じたであろうとは到底考えられないのである。更に山口良造が同年四月三十日執行の島根県知事及び同県議会議員選挙における江東村開票区の開票管理者であつたことは当事者間に争いがない。しかし、開票管理者などの選挙事務関係者は公職選挙法第百三十五条によつて唯当該選挙における選挙運動を禁止せられるだけであつて、たまたま当該選挙と選挙区域を同じくする他の選挙が当該選挙に近接して執行せられた場合に開票管理者が他の選挙において選挙運動をすることは同法条の関知するところではないと解すべきであるから山口良造が右の開票管理者であつた事実は本件選挙の効力及び山口良造の当選の効力に何等の消長を及ぼすものではない。

(因みに、原告は本訴において主として本件選挙が無効であるとする事実を主張して、山口良造の当選を争つているが、本件の如き当選訴訟においてはその請求の原因として選挙無効の事由を主張することは許されないものであつて、唯裁判所はたまたま訴訟における全資料に基いて当該選挙自体が無効であることを認めたときは公職選挙法第二百九条に従い例外的に特に当事者の主張をまたず、すゝんで選挙の無効を宣言する判決をすべきものである。当裁判所が本件において原告の主張する本件選挙が無効であるとする事実についてわざわざその事実の存しないことを判断したのは、原告の右主張が請求原因として適法であることを認めたからではなく、本件はいまだ公職選挙法第二百九条を適用すべき場合にあたらないことを明らかにする趣旨に出でたのに過ぎないものであることを附言する)

以上の次第で本件選挙における山口良造の当選が無効であるとする原告の本訴請求はその理由がなく、これを棄却すべきである。よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり、判決する。

(裁判長裁判官 平井林 裁判官 久利馨 裁判官 藤間忠顕)

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