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広島高等裁判所松江支部 昭和27年(ラ)1号 決定 1952年2月01日

抗告人 畑電気鉄道株式会社

訴訟代理人 草光義質

相手方 島根県地方労働委員会

主文

本件抗告を却下する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨及び抗告理由は末尾に添附した別紙抗告状と題する書面記載のとおりであるが、先づ本件抗告が適法か否かについて判断する。

労働組合法第二十七条第五項に則り受訴裁判所が当該労働委員会の申立によりなしたいわゆる緊急命令に対しては使用者は抗告の申立をすることができないものと解するを相当とする。蓋し、労働組合法上かかる緊急命令に対し抗告権を認めた規定がないばかりでなく、前記条項によれば受訴裁判所は審理の経過に鑑み適当と認めるときは何時でも当事者の申立により若しくは職権で一旦発した緊急命令を取消し若しくは変更することができ、従つて、特に抗告の申立を認める必要がないからである。

よつて、本件抗告は不適法であるから、これを却下すべく、抗告費用は抗告人の負担とし、主文のとおり、決定する。

(裁判長裁判官 久利馨 裁判官 藤間忠顕 裁判官 山崎林)

抗告状

右当事者間の松江地方裁判所昭和二十六年(行モ)第一号緊急命令申立事件につき、同裁判所が昭和二十七年一月八日為したる決定は不服であるので、更に審理の上相当の裁判を求む。

原審決定の主文

被申立人は当庁昭和二十六年行第三号解雇取消命令取消、解雇確認、職場立入禁止請求事件の判決が確定するまで申立人が昭和二十五年島労委不第十一号一畑電鉄不当労働行為事件について昭和二十六年六月十四日なした「被申立人は、服部繁美に対する昭和二十五年十月二十九日附解雇を取消し、原職に復帰せしめ、解雇の日から服部繁美が原職復帰の日迄の期間に受くべかりし諸給与相当額を支払済の退職金を差引き復帰の日から一週間以内に支払わなければならない」との命令に従わなければならない。

抗告の趣旨

原審決定はこれを取消し相手方の申立は却下する。

抗告理由

一、抗告人は島根県及び広島県に於て電気鉄道及び自動車運輸業を営み服部繁美は抗告人の従業員であり 又日本共産党の同調者であるが 常に職場規律を破壊したり徒らに抗告人に対し悪意を以て反抗し恰も仇敵の如く悪罵したりして会社業務の秩序を紊り業務の円滑なる運営を阻害するが如き行動に出で 全く会社事業の生命とする公共性を無視して居たものである而して抗告人会社大津町転轍手で列車の運行につき極めて通曉して居るので如何なる暴挙を敢行し 列車の乗客及び貨物に多大なる損害を与うるや計り難く殊に共産党がコミンフォルム批判以来非合法的行動を命題とする活動を開始し居て秩序を乱し 虚偽煽動その他の手段によりて企業を混乱に陷れ社会不安を生ぜしむることが社会的評価となり居るので 今にしてこれを予防する手段を講ぜなければならぬ危険は緊急必至のものであるので 抗告人と服部との間の松江地方裁判所昭和二十五年(ヨ)第二十四号仮処分命令申請事件に於て同年十月二十日同裁判所は服部が抗告人の 事務所変電所車庫信号所諸工場その他の諸施設に立入つてはならないとの仮処分命令があつた。然るに相手方委員会は昭和二十六年六月十四日抗告人と服部との間の昭和二十五年島労委不第十一号事件に於て「抗告人は服部繁美に対し昭和二十五年十月二十九日為したる解雇を取消し 原職に復帰せしめ解雇の日から同人が原職に復帰の日迄の期間に受くべかりし諸給与相当額を支払済の退職金を差引き 復帰の日から一週間以内に支払わなければならない」 との命令を為したが該命令は前記松江地方裁判所の仮処分決定と全然矛盾するのみならず 後者より優先すべきものでないから行政事件訴訟特例法第十条第二項乃至第四項及び第七項に基き前記命令の執行を停止すべきものである。

二、抗告人は右相手方の命令に対し 松江地方裁判所に行政訴訟を提起し昭和二十七年一月九日抗告人敗訴の言渡はあつたが未だその判決書が送達せられぬので未だ控訴手続して居らぬけれども必ず控訴する決意である。それで相手方委員会の右命令は左の理由により当然右判決が確定するまでその執行を停止さるべきものである。

第一、服部の相手方委員に対する不当労働行為申立には唯単に抗告人が服部に対する解雇は 労働組合法第七条第一号に該当するものとして無効であるとのみ主張して居るに拘らず 相手方委員会は服部が何等申立せざる同人が原職復帰の日までの期間に受くべかりし諸給与相当額の支払を命令して居るのは民事訴訟法の規定を準用して居る。

右審問手続に於ては全く違法であるから右命令の執行は停止さるべきものである。

第二、相手方委員会の命令には左の如き疑義あつてその命令を執行することが出来ない。

一、「解雇を取消し原職に復帰せしめ」とあるは雇傭関係の遡及継続を意味するも原職復帰の日までは事実上就労をしていないし又松江地裁昭和二十五年(ヨ)第二四号事件決定により仮処分をもつて立入禁止を命令されていたものである。

二、右不就労期間に対し「受くべかりし諸給与相当額を」支払えとあるはその諸給与相当額はいわゆる「賃金」なりや否や。

1、賃金なりとするならば所得税法第三十八条による源泉徴集の方法はどうか (イ)支給せよとの決定の日をもつて一括計算徴集すべきか (ロ)解雇の日に遡つて毎月分割し当時の税率に基いて徴集各年毎の年末再調整を行うべきか、この場合の扶養親族控除の取扱は如何 (ハ)既払「退職金を差引き」支払えと命令あるので当該退職金に対する既徴集源泉税は還付申請すべきか又は先の徴集源泉税分に充当すべきか (ニ)分割徴集するとすれば源泉徴集簿等の事務的取扱いは如何。

2、労働者災害補償保険法に謂う第二十五条の保険料算定基礎となる「賃金総額」の賃金として取扱い得るか、即ち「労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのもの」とある賃金定義に対する取扱い不明にして若し賃金とするならば、 (イ)保険料の算定及び納付は如何になすべきや (ロ)労働災害の発生が全く生じないことが明確なる場合の保険関係における保険料納付義務ありや。

3、失業保険法第四条に謂う「賃金」として取扱い得るか、若し賃金とするならば、(イ)算定及び納付は如何に取扱うべきか(ロ)若し昭和二十六年(行)第三号事件控訴により 解雇取消命令取消解雇確認が確定した場合は解雇確認の日(昭和二十五年十月)に遡つて再び保険給付があるか(給付済の保険金は本人が返済することになつている)又は事件確定までに支払つた保険料に基いて新たに保険給付があるか、前者とすれば保険継続が六ケ月未満の場合は継続納付保険料はどうなるか(ハ)過去六ケ月間に十一日以上出勤がない場合には保険給付がないことになつているがこの結果前(イ)(ロ)の関係はどうなるか。

三、「受くべかりし給与相当額」は不就労期間中にベースアップを二回行つておりその当時における本人の給与を如何に算定すべきか。

1、本人も共にベースアップしたものと仮定して本人との協定が必要となると思われる

2、この場合仮処分による「不就労」事実に対する取扱いはどう考えるべきか

四、「原職復帰の日から一週間以内に支払へ」との命令はこの間において右諸事情を満足に定めることは不可能のようである。

五、「諸給与相当額」とあるは如何なる意味か。

1、支払うべき金額の算出根拠をなすもの

2、支払金は (イ)不当労働行為に依る労働者の生活救済の意をもつ (ロ)右労働者に対する慰藉的意味をもつ (ハ)使用者に対し作為命令をもつてする罰金的な意味をもつ等如何様にも考えられるが何れにしても支払うべき金はいわゆる賃金ではないように考えられる。

第三、相手方委員会の命令の執行に因り抗告人に対し生ずべき償うことのできない損害があるから それを避ける為め執行の停止を命ずべき緊急の必要がある。

(一)疏乙第一号証の如く相手方服部は退職金四千百八十五円解雇予告手当金四千二百十五円を 昭和二十六年三月二十七日に受取り疏乙第二号証の如く同人は 昭和二十五年十一月十四日より昭和二十六年五月十二日までの失業保険給付金一万六千二十円の給付を受け

(二)又疏乙第三号証の如く同人は漬物の処理販売等を営み生活に何等困難して居らぬ。

(三)前記松江地方裁判所の仮処分命令により 職場復帰を禁止せられ抗告人も服部の解雇により給与を為すべきものでないので今更相手方委員会の命令が効力ありとは謂い難い。

(四)服部は勿論その両親も何等資産を有せず 服部が抗告人の従業員たる間の身元引請人も存在しないから前記行政事件判決に於て服部の解雇が確認されたる場合には相手方委員会の命ずる給与を回収することが出来ないから 抗告人は償うことのできない損害を避けることが出来ず 今にして右給与せざることの緊急且必要なる右命令執行停止を決定せらるべきものである。

(五)服部は疏乙第四号証の如く表面温厚なるも 内面的に極めて粗暴惨酷なる性格を有し同人の退職金等受領の際抗告人よりの購買品代金抗告人共済会の貸付金の支払を拒みたる為め多大の困難を生じたので 仮りに服部が右抗告人よりの給与を返還すべき能力ありとするも容易にその給与の回収を為すこと能わざるものである。

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