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広島高等裁判所松江支部 昭和42年(ネ)82号 判決 1970年11月27日

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら訴訟代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠の関係は左に附加するのほか原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する(但し原判決事実摘示中(請求原因)(6)の四行目「八分の一ずつの金員とこれに対する」とあるのを「八分の一ずつの金員に対する」と、同(証拠関係)1の二行目に「証人清水高一」とあるのを「証人清水高二」と訂正する)。

一、控訴人らの主張

(一)  控訴人河口得易知は、本件において無権代理人たる亡河口市助に対する本人であり、且つ同人の相続人であるところ、本人が無権代理人の相続人である場合には被相続人である無権代理人が無権限で法律行為をなしたことによつて相手方に対して負う損害賠償債務は相続の対象とならないものと解すべきである。蓋しもしそう解するのでなければ本人の追認拒絶権が害される結果となるからである(最高裁判所昭和三七年四月二〇日判決)。しかして控訴人らは亡河口市助の共同相続人であるが、控訴人河口得易知のみが右の理によつて債務の承継を免れ、その他の控訴人らがこれを承継するとすれば、法律行為についてなんらの利害関係をもたない相続人のみが債務を負担することとなつて不合理な結果となるから、唯一の合理的な解釈は本件の如く無権代理人の相続人に本人が含まれている場合には、単独相続と共同相続たるとを問わず無権代理人の損害賠償債務は相続の対象とならないとするのほかはない。従つて本件において控訴人らは被控訴人に対しなんら債務を負わないものというべきである。

(二)  被控訴人は銀行であつて金銭貸借業務について精通し、業務に関連ある法規についても習熟している筈であるから、金銭貸借について要求される注意義務は一般通常人に比して高度のものであるというべきところ、被控訴銀行の係員は本件取引の接衝当初亡河口市助を控訴人河口得易知本人と誤認しており中途で河口得易知の父であることを知つたのであるが、親が子の印鑑等をほしいままに使用する例は極めて多いのであるから、その際当然本人たる河口得易知に通知または問合わせをなすべきは当然であり、このことは代理行為の内容が連帯保証契約にとどまらず、物上保証行為にも及ぶ本件においては尚更のことというべきである。しかるに被控訴銀行は控訴人河口得易知に対しなんらの照会、問合わせをもなさずして亡河口市助が控訴人河口得易知の代理権を有するものと誤信したのであるから、右代理権のないことを過失によつて知らなかつたものというべくそれ故亡河口市助が無権代理人としての責を負ういわれはない。そしてその結果控訴人らもまた無権代理人の責を相続することもないのである。

よつて被控訴人の本訴請求は失当である。

理由

控訴人らの先代河口市助(以下市助という)が昭和三四年四月二三日に死亡し控訴人らが各八分の一の割合で市助を相続したことは当事者間に争いがない。

いずれも成立に争いのない甲第九号証、第一〇号証の三ないし七、第一五号証、市助が無権限で控訴人河口得易知(以下控訴人得易知という)作成名義部分を作成したことについて当事者間に争いがない甲第一一ないし第一四号証、同第一六号証、原審証人清水高二、同西橋喜代雄の各証言を総合すれば、被控訴人は昭和三一年一一月一三日訴外西橋喜代雄に対し手形貸付の方法で合計金九九万円を弁済期同三二年一月一一日、期限後の損害金日歩五銭と定めて貸付けた(但し一部準消費貸借を含む)こと及び市助は控訴人得易知の代理人であるとして右同日被控訴人に対し右貸付に基づく右訴外人の被控訴人に対する債務について連帯保証をしたことが認められこれに反する資料はない。

しかして市助が右貸借の連帯保証につき控訴人得易知の代理権を有したことを証明し得なかつたことは当事者間に争いがなく、前掲甲第九号証、第一〇号証の三、原審における控訴人得易知本人尋問の結果によれば、市助は右控訴人の追認をも得ることができなかつたことを認めることができる。

控訴人らは、被控訴人が市助と前記の連帯保証契約を締結するとき、市助に控訴人得易知を代理する権限がなかつたことを過失によつて知らなかつたものであるから市助に無権代理人としての責任はないと主張するので按ずるに、原審証人清水高二、同西橋喜代雄の各証言と原審における控訴人得易知本人尋問の結果を総合すれば、本件連帯保証契約の締結にあたり、被控訴銀行の貸付係員清水高二は当初市助が控訴人得易知本人であると思つていたところ、手続を進めるうちに市助が主債務者西橋は娘婿で控訴人得易知は息子であるが西橋の事業再建のためにこの手続をお願いするという趣旨のことを述べたのと、印鑑証明に記載された生年月日が市助の年令とかけはなれていたことから市助が控訴人得易知の実父であり同控訴人を代理して契約をするものであることを知るにいたつたが、市助が同控訴人の印鑑、印鑑証明書、担保物件の権利証等の書類一切を携さえ且つ主債務者たる娘婿の西橋を同道して手続を依頼したので市助に控訴人得易知の代理権があると信じ同控訴人にその旨確かめないまま同人との間の連帯保証契約を締結したこと及び右契約に際し当初市助自身もその所有にかかる更地を目的物として物上保証をするとの意思を表明したが、被控訴人から更地は後日他人が無断で建物を建てたりして紛争の種を残すから出来れば建物を目的物として欲しいと要請されたので、結局建物(控訴人得易知の所有である)を担保とすることにしたため、市助自らは西橋の前記消費貸借についてなんらこれを保証する立場にたたなかつたこと並びに被控訴銀行における金銭貸付の取扱として保証人たるべき者の代理人として他人が契約の接衝にあたる場合には直接保証人にその真意を確かめるけれども接衝者が親又は子の間柄にある場合には必らずしも保証人に直接真意を確認していなかつたことをそれぞれ認めることができるから、右に認定した本件契約締結にいたる経緯、締結時の状況等を考えれば、いまだ被控訴人が、市助において控訴人得易知の代理権を有しなかつたことを知らなかつたことにつき過失あるものというを得ない。控訴人らのこの点に関する主張は採用の限りではない。

次に控訴人らは本件の如き無権代理人の責任は相続の対象となるものではないと主張するが既に被相続人について無権代理人としての損害賠償責任が発生している以上財産権に属する損害賠償債務は当然相続の対象となるものであつて、このことは相続人の一人または全員が無権代理人たる被相続人に対する関係で本人の立場にあることによつてなんら影響を受けるものではない。控訴人らが引用する最高裁判決は、本人が無権代理人を相続した場合被相続人の無権代理行為が当然有効となるものではない旨判示したにとどまり無権代理人として被相続人が負うべき責任に基づく損害賠償債務の相続性を否定したものでないこと判文に徴し明らかである。それ故この点に関する控訴人らの主張もまた採用し得ない。

そうすると控訴人らはその各相続分に応じて被控訴人らに対しその請求にかかる金員支払義務あるものというべく、これと同趣旨に出た原判決は相当で本件各控訴はいずれもその理由がないからこれを棄却し控訴費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

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