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徳島地方裁判所 平成10年(行ウ)5号 判決 1999年1月29日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告が、原告に対し、平成八年八月二一日付けでした公文書公開請求書の不受理処分を取り消す。

第二  事案の概要

本件は、原告が、被告に対し、県条例に基づき、一定期間における食糧費等の執行に係る支出負担行為決議書兼支出命令書等の文書の開示請求をしたところ、被告が、県条例の対象とする公文書に該当しないとして右請求を不受理とする処分をしたため、原告が、右処分の取消しを求めた抗告訴訟の事案である。

(争いのない事実)

一  当事者

1 原告は徳島県に居住する住民である。

2 被告は徳島県知事の職にある者で、徳島県情報公開条例(以下「本件条例」という。)二条三項にいう実施機関である。

二  本件不受理処分の存在等

1 原告は、被告に対し、平成八年八月七日、本件条例五条、七条に基づき、次のとおり請求した(以下「本件請求」という。)。

(一) 公文書公開の実施方法

閲覧及び写しの交付

(二) 請求に係る情報の内容

県議会議員及び職員に対する平成七年八月一日から平成八年七月三一日までの一年について

① 食糧費及び議長交際費に係る支出負担行為決議書兼支出命令書、支出伺、懇談の相手方など、支出に係る一切の書類

② 旅行命令簿兼旅費請求書、支払伺、復命書など旅費に係る一切の書類

2 これに対し、被告は、平成八年八月二一日付けで徳島県議会は、実施機関でないとの理由で、本件請求を不受理とする処分(以下「本件不受理処分」という。)をし、平成八年八月二三日、原告はその旨の通知を受けた。

3 原告は、被告に対し、同年九月三〇日、本件不受理処分について行政不服審査法六条に基づき異議申立てを行った。

被告は、平成九年一月一七日、徳島県公文書公開審査会を通じ、原告に本件不受理処分に関する理由説明書を郵送し、原告は、同年三月七日、同説明書に対する意見書を提出したところ、被告は、同月九日、請求に係る公文書は本件条例二条一項に規定する「公文書」に該当しないとして、右異議申立てを棄却する旨決定し、同月一〇日、その決定書を原告に郵送した。

三  本件請求に係る文書

本件請求に係る文書は、平成七年八月一日から平成八年七月三一日までの一年間における県議会議員及び議会事務局職員に係る食糧費及び議長交際費の支出等の関係文書であるが、これに該当し得る文書を具体的に特定すると、右期間における食糧費等の執行に係る「経費支出伺」、「支出負担行為決議書兼支出命令書」、「旅行命令簿兼旅費請求書」及び「復命書」となる。

四  本件条例上の定義

本件条例二条一項は「この条例において『公文書』とは、実施機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書、図面及び写真(これらを撮影したマイクロフィルムを含む。)であって、決裁、供覧等の手続が終了し、実施機関が管理しているものをいう。」と規定し、同条三項は「この条例において『実施機関』とは、知事、教育委員会、選挙管理委員会、人事委員会、監査委員、地方労働委員会、収用委員会、海区漁業調整委員会、内水面漁場管理委員会及び公営企業管理者をいう。」と規定している。

(争点)

本件不受理処分の適否を判断するに当たって主要な争点となるのは、本件請求に係る公文書が本件条例二条一項の「公文書」に該当するか否かである。

(当事者の主張)

一  原告

1 旅行命令簿兼旅費請求書は、旅費の支出と領収を兼ねる一体となった文書である上に、歳出予算の執行権は議長にも議会事務局長らにもなく、知事部局の職員に併任された者のみが執行できる文書であるので、「公文書」に含まれる。

2 復命書は、知事部局の職員に併任され、実施機関(被告徳島県知事)を補助執行する議会事務局その他の職員が職務上作成し管理するもので、「公文書」に含まれる。

3 経費支出伺は、歳出予算の執行に係る文書であるから、知事部局の職員に併任された者でなければ決裁権がなく、したがって、知事部局に専属するものとして「公文書」に含まれる。

4 支出負担行為決議書兼支出命令書は、まさしく歳出予算を執行するための文書で、財務会計上の書類であり、知事部局の併任吏員でなくては作成かつ補助執行できない文書といえるので、「公文書」に含まれる。

二  被告

1 旅行命令簿兼旅費請求書は、県議会議員又は議会事務局職員に対して旅行命令を発するための文書であるが、議員及び議会職員に対する旅行命令は、地方自治法一〇四条に規定する議長の事務統理権に属する行為であり、当該旅行命令権自体が県知事にはないことから、併任事務吏員の専決権限外の事項に属する文書であり、「公文書」ではない。

2 復命書は、県議会の旅行命令を受けて旅行した者が、その用務について議長に復命するために作成した文書であって、同様に併任事務吏員の専決権限外の事項に属する文書であるから「公文書」ではない。

3 経費支出伺は、県議会における経費の支出に関連する文書であると認められるものの、その趣旨は経費の支出を伴う県議会の事務に関し、事前に議会としての意思決定を行うための文書であって、直ちに併任事務吏員の専決事項である支出負担行為又は支出命令の権限行使を意味するものではなく、併任事務吏員の作成に係るものとはいえないので、「公文書」に含まれない。

4 支出負担行為決議書兼支出命令は、支出負担行為及び支出命令に関する権限を行使するため併任事務吏員が作成した文書といえるが、議会事務局に回付後は、議会がその公的責任において保管管理する文書であるから、「公文書」ではない。

第三  当裁判所の判断

一1  本件条例の対象とする「公文書」に該当しない文書は、本件条例に基づく公開請求権の範囲外ということになり、当該文書の公開請求があったとしても、これを受理することはできないものである。そして、本件条例二条一項にいう公文書とは、実施機関の職員が職務上作成し、かつ、実施機関が管理している文書を指すところ、議会は右実施機関に含まれていない(同条三項)。もっとも、地方自治法上、県予算の調整権及び執行権は知事に専属しており、他の執行機関には原則としてその権限が与えられていないが、知事と他の執行機関との間には、同法一八〇条の二により、委任や補助執行という形で、予算執行等に関する手続が定められているから、議会の職員(事務局)といえども、知事の併任事務吏員として知事の権限(専決事項)を補助執行しているときは、例外的に右実施機関に含まれることになる。

2  徳島県では、知事の併任事務吏員として議会事務局の事務局長、同総務課長及び同総務課課長補佐の職にある三名の者を発令し、当該事務吏員は徳島県事務決裁規程(昭和四二年徳島県訓令第一六〇号、以下「決裁規程」という。)一二条において限定列挙された専決事項を補助執行している(甲四、六、乙二)。そして、予算の支出面についてみると議会事務局及び同総務課長の専決事項は、県議会に属する事務に関し、地方自治法二三二条の三による支出負担行為及び徳島県会計規則(昭和三九年徳島県規則二三号、以下「会計規則」という。)二六条による支出命令に関する権限が金額に応じて定められ、同総務課課長補佐の専決事項は、決済規程一九条により総務課長の専決事項に係る代決権限として定められている(乙二)。そうすると、議会の予算の支出に関し、右支出負担行為及び支出命令以外の事務は、併任事務吏員の補助執行に係る事務とはいえない。

二  そこで、以下では、右のような観点から、本件請求に係る文書の「公文書」該当性を検討することとする。

1  旅行命令簿兼旅費請求書について

旅行命令簿兼旅費請求書は、県議会議員又は議会事務局職員に対して旅行命令を発するための文書であるが、議員及び議会職員に対する旅行命令は、地方自治法一〇四条に規定する議長が有する議会の事務統理権に属する行為であり、当該旅行命令権自体が県知事にはないことから、併任事務吏員の専決権限外の事項に属する文書ということができる。したがって、当該文書は、併任事務吏員が作成したものではなく、県議会議員又は議会事務局職員がその立場において作成したものであるから、実施機関の職員が作成した文書とはいえず、「公文書」には該当しない。

2  復命書について

復命書は、県議会の旅行命令を受けて旅行した者が、旅行終了後、議長に旅行内容を復命するために作成した文書であって、併任事務吏員の専決権限外の事項に属する文書ということができる。したがって、当該文書は、前同様に、実施機関の職員が作成した文書とはいえず、「公文書」には該当しない。

3  経費支出伺について

経費支出伺は、県議会における経費の支出に関連する文書であると認められるものの、その趣旨は、経費の支出を伴う県議会の事務に関し、事前に議会として意思決定を行なうための文書であって、これが直ちに併任事務吏員の専決事項である支出負担行為又は支出命令の権限行使を意味するものではなく、併任事務吏員の作成に係るものとはいえない。したがって、当該文書は、前同様に、実施機関の職員が作成した文書とはいえず、「公文書」には該当しない。

4  支出負担行為決議書兼支出命令書について

(一) 会計規則二四条の二第二項は「支出負担行為として整理する時期を支出決定のとき又は請求のあったときとされるものについては、支出負担行為決議書兼支出命令書(様式第二二号)により支出負担行為を行うことができる。」と規定し、同規則二六条は「支出命令しようとするときは、…支出命令書(様式第二六号)又は支出負担行為決議書兼支出命令書により行なわなければならない。」と規定しており、「支出負担行為決議書兼支出命令書」は、支出負担行為決議書と支出命令書が一体となったものということができる。したがって、当該文書は、支出負担行為及び支出命令書に関する権限を行使するため併任事務吏員が作成した文書である。

(二) もっとも、前記のとおり、「公文書」に該当するには、実施機関の職員が職務上作成したというだけでは足りず、実施機関が管理していることが必要となる。そこで、支出負担行為決議書兼支出命令書の管理権限をみると、決裁規程には、併任事務吏員の専決に係る事務の執行に伴い発生した文書の管理につき特段の規定が存しない(乙二)が、その一方で、徳島県議会事務局規程(昭和三九年徳島県議会規程第一号)二四条によれば、「処理の完結した文書は、別に定めるところにより編さんし、及び保管しなければならない」ものとされ(甲六、乙三)、支出負担行為決議書兼支出命令書文書のような県議会の予算執行に係る会計文書についても、徳島県議会事務局文書編さん保存規程(昭和三五年徳島県議会規程第二号)二条二項別表、四条ただし書及び五条ただし書において、県議会の管理の対象となる文書として明確に位置付けられている(甲六、乙四)。また、当該文書の管理の実態としても、予算執行手続が終了すれば当該文書は議会事務局に回付され、その後は、県議会の他の文書と同様に、県議会事務局職員が、議会事務局の文書保管庫において、保管・管理している(甲六)。

右によれば、当該文書は、議会が管理する文書ということができる。

(三) 以上のとおり、当該文書は、併任事務吏員がその職務上作成しているものの、実施機関が管理しているとはいえないから、「公文書」に該当しない。

三 以上検討したところによれば、本件請求に係る文書のうち、旅行命令簿兼旅費請求書、復命書及び経費支出伺については、実施機関の職員が作成していないことにより、また、支出負担行為決議書兼支出命令書については、実施機関の職員として作成していることは認められるものの、実施機関が管理していないことにより、いずれも「公文書」に該当せず、本件不受理処分は適法というべきである。

第四  結論

以上の次第で、原告の請求は理由がないから、主文のとおり判決する。

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