徳島地方裁判所 平成12年(ワ)208号 判決 2005年8月29日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
髙田憲一
同
小巻真二
同
竹原大輔
被告
徳島県
同代表者知事
飯泉嘉門
同訴訟代理人弁護士
後藤田芳志
同
徳島市
同代表者市長
原秀樹
同訴訟代理人弁護士
岡田洋之
同
Y1院
同代表者代表役員
A
(ほか2名)
同訴訟代理人弁護士
津川博昭
同
吉成務
同
久保和彦
主文
1 被告Y1院、被告亡Y2相続財産及び被告Y3は、原告に対し、連帯して金4006万0500円及びこれに対する平成9年9月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、原告に生じた費用の5分の1と被告Y1院に生じた費用を被告Y1院の負担とし、原告に生じた費用の5分の1と被告亡Y2相続財産に生じた費用を被告亡Y2相続財産の負担とし、原告に生じた費用の5分の1と被告Y3に生じた費用を被告Y3の負担とし、原告に生じた費用の5分の2と被告徳島県及び被告徳島市に生じた費用を原告の負担とする。
4 この判決は、1項及び3項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
被告らは、原告に対し、連帯して4706万0500円及びこれに対する平成9年9月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は、原告が、徳島市八万町中津山(砂防法上の砂防指定地)において住宅地造成事業に関する法律(昭和39年7月9日法律第160号。昭和43年6月15日法律第100号により廃止。以下「旧住造法」という。)に基づき施行された住宅地造成事業の施行地区内の別紙物件目録記載1の土地(以下「本件土地」という。)を購入し、同土地上に同目録記載2の建物(以下「本件建物」という。本件土地及び本件建物を併せて「本件土地建物」という。)を建築した後に、本件土地建物の西側山腹斜面に設置された擁壁が損壊し、崩落した土砂等により本件建物が損壊するなどの事故が発生したことについて、<1> 上記造成事業の工事を施工した亡Y2及び被告Y3に対しては、旧住造法、砂防法、上記認可の条件や計画等に違反し、ずさんな造成の工事をしたとして、<2> 被告Y1院に対しては、上記造成事業の事業主がすべき亡Y2及び被告Y3に対する指導や監督を怠ったとして、<3> 被告徳島県(以下「被告県」という。)に対しては、徳島県知事(以下「県知事」という。)において、上記造成事業の変更認可をしたこと、旧住造法や砂防法に基づく監督等の権限を行使しなかったこと及び上記建築物の建築許可をしたことがいずれも国家賠償法上違法であるとして、<4> 被告徳島市(以下「被告市」という。)に対しては、同市の建築主事において、本件建物の建築確認をしたことが国家賠償法上違法であるとして、これらの共同不法行為により上記崩落事故が発生して本件土地建物を喪失するなどの損害を被ったと主張し、承継前被告亡Y2、被告Y3及び被告Y1院に対しては、共同不法行為に基づき、被告県及び被告市に対しては、国家賠償法1条1項に基づき、損害(合計4706万0500円)の賠償を求めた事案である。なお、承継前被告亡Y2は、本件訴え提起後に死亡し、被告亡Y2相続財産(以下「被告Y2相続財産」という。)が訴訟手続を承継した。
1 関連法令
(1) 旧住造法
ア 目的(1条)
人口の集中に伴う住宅用地の需要の著しい都市及びその周辺の地域において相当規模の住宅地の造成に関する事業が行われる場合に、当該事業の施行について災害の防止及び環境の整備のため必要な規制を行い、あわせて、その適正な施行を促進するため必要な事項について規定することにより、良好な住宅地の造成を確保し、もって公共の福祉の増進に寄与することを目的とする。
イ 住宅地造成事業の施行の認可(4条)
住宅地造成事業規制区域(3条)内において行われる住宅地造成事業については、事業主(住宅地造成事業に関する工事の請負契約の注文者又は請負契約によらないでみずからその工事をする者。2条3項)は、建設省令(住宅地造成事業に関する法律施行規則。以下「旧住造法施行規則」という。)で定めるところにより、その住宅地造成事業に関する工事に着手する前に、事業計画及び工事施行者(住宅地造成事業に関する工事の請負人又は請負契約によらないでみずからその工事をする者。2条4項)を定め、都道府県知事の認可を受けなければならない。
ウ 事業計画(5条)
前記イの事業計画においては、建設省令(旧住造法施行規則)で定めるところにより、施行地区、設計及び資金計画等を定めなければならず(1項)、災害を防止し、及び環境の整備を図るため必要な事項が、以下に従って定められていなければならない(2項)。
(ア) 道路、広場等が、<1> 施行地区の規模、形状及び周辺の状況、<2> 施行地区内の土地の地形及び地盤の性質、<3> 施行地区内に予定される建築物の敷地の規模及び配置を勘案して、災害の防止上及び通行の安全上支障がないような規模及び構造で適当に配置されていること(2号)。
(イ) 施行地区内の土地が地盤の軟弱な土地、がけくずれ又は出水のおそれが多い土地その他これらに類する土地である場合においては、地盤の改良、擁壁の設置等安全上支障がないように必要な措置が講ぜられていること(4号)。
エ 認可の基準等(8条)
都道府県知事は、以下の場合のいずれにも該当しないと認める場合でなければ、前記イの認可をしてはならない(1項)。都道府県知事は、前記イの認可に、住宅地造成事業の適正な施行を確保し、並びに当該住宅地造成事業を廃止する場合に工事によってそこなわれた公共施設の機能を回復し、及び工事によって生ずる災害を防止するため必要な条件を附することができるものの、その条件は、当該認可を受けた者に不当な義務を課するものであってはならない(2項)。
(ア) 事業計画の内容が、旧住造法又は同法に基づく命令に違反しているとき(1号)。
(イ) 施行地区内に建築基準法(昭和25年法律第201号)第39条1項の災害危険区域、地すべり等防止法(昭和33年法律第30号)第3条1項の地すべり防止区域等内の土地が含まれているとき。ただし、施行地区及びその周辺の地域の状況等により支障がないと認められる場合を除く(2号)。
(ウ) 事業主に当該住宅地造成事業を遂行するため必要な資力及び信用がないとき(3号)。
(エ) 工事施行者に当該住宅地造成事業に関する工事を完成するため必要な能力がないとぎ(4号)。
オ 事業計画等の変更(10条)
事業主は、事業計画又は工事施行者を変更しようとする場合においては、建設省令(旧住造法施行規則)で定めるところにより、都道府県知事の認可を受けなければならない。ただし、建設省令(旧住造法施行規則)で定める事業計画の軽微な変更をしようとする場合においては、この限りでない(1項)。この認可については前記エを準用する(2項)。
(旧住造法施行規則15条)
軽微な変更とは、以下のものをいう。
(ア) 街区の境界又は道路、広場、排水施設等の位置若しくは形状の軽微な変更(1号)
(イ) 工事の仕様を変更する設計の変更(2号)
カ 工事完了の検査等(12条)
(ア) 事業主は、前記イの認可を受けた住宅地造成事業の施行地区の全部について工事を完了した場合においては、遅滞なく、建設省令(旧住造法施行規則)で定めるところにより、その旨を都道府県知事に届け出なければならない(1項)。
(イ) 都道府県知事は、前記(ア)の届出があった場合においては、遅滞なく、その工事が事業計画に適合しているかどうかについて検査し、その検査の結果、工事が事業計画に適合していると認めたときは、建設省令(旧住造法施行規則)で定める様式の検査済証を事業主に交付しなければならない(2項)。
(ウ) 都道府県知事は、前記(イ)の検査済証を交付した場合においては、遅滞なく、建設省令(旧住造法施行規則)で定めるところにより、当該施行地区について工事が完了した旨を公告しなければならない(3項)。
キ 建築制限(13条)
前記イの認可を受けた住宅地造成事業の施行地区内の土地においては、前記カ(ウ)の公告があるまでの間は、事業主等以外の者が権原に基づき建築物を建築するとき(2号)などを除き、建築物を建築してはならない。
ク 事業主等に対する監督(17条)
(ア) 都道府県知事は、規制区域内において施行されている住宅地造成事業で、前記イ若しくはオに違反して認可を受けず、前記イ若しくはオによる認可に附した条件に違反し、若しくは前記イ若しくはオによる認可を受けた事業計画に従っていないもの、又は前記キの規定に違反する建築工事については、当該事業主若しくは事業主であった者、当該建築主若しくは建築主であった者又は当該工事の請負人若しくは現場管理者に対して、当該工事の停止を命じ、又は相当の猶予期限をつけて、違反を是正するため必要な措置をとることを命ずることができる(1項)。
(イ) 都道府県知事は、前記(ア)により処分をし、又は必要な措置をとることを命じようとする場合においては、あらかじめ、当該処分をし、又は当該措置をとることを命ずべき者について聴聞を行わなければならない(2項)。
(2) 平成12年5月19日号外法律第73号による改正前の都市計画法施行法(昭和43年6月15日号外法律第101号。以下「都市計画法施行法」という。)
昭和44年6月3日号外法律第38号による改正前の都市計画法(昭和43年6月15日号外法律第1冊号。以下「昭和43年都市計画法」という。)の施行の際、現に旧住造法3条1項(ただし、同項の「都市計画法(大正8年法律第36号)2条」を「昭和43年都市計画法第4条2項」に読み替える。)の規定により住宅地造成事業規制区域として指定されている土地の区域における住宅地造成事業に関しては、当該土地につき、昭和43年都市計画法7条1項の市街化区域及び市街化調整区域に関する都市計画が定められるまでの間(徳島県においては、昭和46年5月6日に同都市計画が定められた。)は、旧住造法を適用する(7条1項)。
(3)平成11年7月16日号外法律第87号による改正前の砂防法(以下「砂防法」という。)
ア 指定土地(2条)
主務大臣は、砂防設備を要する土地又は砂防法により治水上砂防のため一定の行為を禁止し、若しくは制限すべき土地(以下「砂防指定地」という。)を指定する。
イ 行為の禁止等(4条)
地方行政庁は、砂防指定地において治水上砂防のため一定の行為を禁止若しくは制限することができる(1項)。
ウ 地方行政庁の責任(5条)
地方行政庁は、その管内において、砂防指定地を監視し、及びその管内の砂防設備を管理し、その工事を施行し、その維持をする義務を負う。
エ 違反事実の更正等(30条)
法律、命令若しくは許可の条件に違背した者は、行政庁の命ずるところに従い、その違背によって生ずる事実を更正し、かつその違背によって生ずべき損害を予防するために必要な設備を設置しなければならない。
(4) 徳島県砂防指定地等管理親則(以下「県砂防管理規則」という。)
ア 許可を要する行為(4条)
砂防指定地内において、土地の掘削、盛土又は切土その他土地の形状の変更(1号)等の行為をしようとする者は、県知事の許可を受けなければならない。ただし、県知事が治水上砂防のため支障がないものとして別に定めた行為については、この限りではない。
イ 許可に係る事項の変更(9条)
前記アの許可を受けた者は、当該許可に係る事項を変更しようとするときは、県知事の許可を受けなければならない。
ウ 監督処分(12条)
県知事は、次の1に該当する者等に対して、県砂防管理規則によって与えた許可若しくは承認を取り消し、その効力を停止し、若しくはその条件を変更し、又は工作物の改築若しくは除却、原状回復若しくは工事その他の行為若しくは工作物により生ずべき損害を予防するために必要な施設の設置その他の措置をとることを命ずることができる(1項)。
(ア) 県砂防管理規則の規定若しくはこれに基づく処分に違反した者、その者の一般承継人若しくはその者から当該違反に係る工作物等を譲り受けた者等(1号)。
(イ) 県砂防管理規則の規定による許可又は承認に付した条件に違反している者(2号)。
2 争いのない事実等(認定事実については、末尾に証拠等を掲記する。)
(1) 当事者等
ア 原告は、本件土地建物を所有し、後記崩落事故が発生するまで本件建物に居住していた者であり、現在は徳島県営住宅に居住している。
イ 被告Y1院は、昭和27年11月17日に宗教法人として設立された宗教団体である(〔証拠略〕)。
ウ 亡Y2は、a不動産を経営していた亡B(平成10年2月9日死亡。以下「亡B」という。)と内縁関係にあった者であり、平成13年1月19日(推定)に死亡し、その相続財産について平成14年6月1日に相続財産管理人が選任され、被告Y2相続財産は、本件訴訟手続を承継した(弁論の全趣旨)。
エ 被告Y3は、亡Bの長男であり、a不動産の業務に従事していた者である(弁論の全趣旨)。
オ 被告県は、土木部住宅課建築開発指導室(現県土整備部建築開発指導課)において旧住造法に係る事務を担当し、砂防防災課において砂防法に係る事務を担当している。
カ 被告市は、建築基準法6条1項に基づく建築確認の事務を担当し、建築主事が上記確認の権限を有している。
(2) 住宅地造成事業の経過等
ア 砂防指定地の指定
建設大臣(当時)は、昭和42年12月ころ、徳島市八万町(字)中津山を砂防法2条の砂防指定地に指定した(〔証拠略〕)。
イ 旧住造法に基づく認可申請(〔証拠略〕)
被告Y1院は、自らを事業主、亡Y2を事業主代理人として、県知事に対し、昭和45年2月4日付けで、旧住造法4条に基づき、以下の概要の住宅地造成事業(以下「本件造成事業」という。)について認可の申請をし(以下「本件当初認可申請」という。)、同月10日、受理された。
(事業の概要)
(ア) 工事施行者 b株式会社(以下「b社」という。)
(イ) 設計者 c社
(ウ) 地域の名称 徳島市八万町中津山、同所中津浦
(エ) 施行地区の面積 6万9446平方メートル
(オ) 工事着手予定 昭和45年4月1日
(カ) 工事完了予定 昭和48年3月31日
ウ 施行地区の売買
被告Y1院は、亡Bとの間で、昭和45年3月15日、被告Y1院所有の本件当初認可申請の施行地区の土地を代金1億5000万円で亡Bに対して売却する旨の契約を締結した(〔証拠略〕。以下「施行地区等売買契約」という。)。
エ 砂防指定地内行為許可(〔証拠略〕)
被告Y1院は、昭和45年4月14日、同日から昭和46年4月13日までを許可期間として、本件当初認可申請の施行地区について、県知事から、砂防指定地内行為許可を受けた。
オ 旧住造法に基づく当初の認可(〔証拠略〕)
被告県は、昭和45年4月18日、以下の条件を付した上で、本件当初認可申請を認可した(建第7号。以下「本件当初認可」という。)。本件当初認可における施行地区の範囲は、別紙図面1―1の赤線の内側部分である(以下「本件当初認可地区」という。)。本件土地部分は、本件当初認可地区内にあり、本件当初認可における街区等の計画(以下「本件当初認可計画」という。)上、人工法面(切土等により形成された傾斜地形の斜面)部分に位置していた。
(本件当初認可の条件)
(ア) 盛土施行に際しては、すべり防止のため、段切りを行い、施行すること。
(イ) 切土、がけの施行に際して、軟岩以外の土質が生じた場合には、法面勾配を変更し、40°から30°までの勾配として施行すること。
(ウ) 徳島県砂防指定地取締規則による許可条件を遵守し、施行すること。
(エ) 工事施行に際して、下流ため池に土砂が流入しないよう十分注意するとともに、仮に流入した場合には完全に取り除くこと。
カ 砂防指定地内行為変更許可等(〔証拠略〕)
(ア) 被告Y1院は、県知事から、昭和46年6月4日、同日から昭和47年6月3日までを許可期間として、砂防指定地内行為変更の許可を得た。
(イ) 亡Bは、県知事から、昭和50年5月28日、同年6月1日から昭和51年11月30日までを許可期間として、本件当初認可地区について、本件造成事業の計画のとおり、砂防指定地内行為(宅地造成)の許可(徳島県指令砂第122号)を受けた後、定期的に許可期間(最終の許可期間:平成3年12月31日まで)の変更の許可を受けてきた。
キ 旧住造法に基づく変更認可(〔証拠略〕)
(ア) 被告Y1院は、県知事に対し、旧住造法10条1項に基づき、本件造成事業について、以下のとおり、平成2年8月20日付けで、施行地区を拡大するなどの事業の変更を認可するよう申請し、同申請は、同年12月6日、受理され、同年11月26日、工事施行者の変更を認可するよう申請し、同申請は、同日、受理された(以下、これらの変更申請を併せて「本件変更認可申請」という。)。
(事業の概要)
a 工事施行者 a不動産 亡B
b 設計者 d社
c 地域の名称 徳島市八万町中津山、同所中津浦
d 施行地区の面積 10万0646平方メートル
e 工事着手予定 平成3年5月
f 工事完了予定 平成4年10月
(イ) 被告県は、被告Y1院に対し、平成3年4月10日、以下の条件を付した上で、本件変更認可申請について認可した(住第355号。以下「本件変更認可」という。)。本件変更認可における施行地区の範囲は、別紙図面1―1の青線の内側部分であり(以下「本件変更認可地区」という。)、本件土地部分は、本件変更認可地区にあり、本件変更認可における街区等の設計(以下「本件変更認可計画」という。)上、人工法面部分に位置していた。
(本件変更認可の条件)
a 盛土の施行に際しては、すべり防止のため、段切りを行うこと。
b 切土、崖の施行に際して、軟岩以外の土質が生じた場合には、法面勾配を変更し、30°から40°までの勾配として施行すること。
c 徳島県砂防指定地取締規則(以下「県砂防取締規則」という。)による許可条件を遵守し施行すること。
d 徳島県風致地区内における建築等の規則に関する条例による許可条件を遵守し施行すること。
e 工事施工に際して、下流溜池に土砂が流入しないよう十分注意するとともに、仮に流入した場合は完全に取り除くこと。
ク 砂防指定地内行為変更許可(〔証拠略〕)亡Bは、県知事に対し、平成2年8月29日、本件変更認可申請(同月20日付け分)をしたことに関連し、本件変更認可地区について、本件変更認可計画のとおり、砂防指定地内行為変更許可の申請をし、県知事から、平成3年4月8日、上記申請の許可を受けた(徳島県指令徳土第2487号。以下「本件砂防許可」という。)。亡Bは、平成3年11月29日、許可期間を平成4年1月1日から平成5年12月31日までとする変更許可(徳土第7185号)を、平成5年11月30日、許可期間を平成6年1月1日から平成7年12月31日までとする変更許可(徳土第7184号。以下「本件最終砂防変更許可」という。)をそれぞれ受けた。
ケ 本件土地の造成
本件土地及びその左右周辺の土地(以下「本件土地等」という。)は、本件変更認可後、本件変更認可計画上では人工法面部分に位置していたものの、その山側の斜面にコンクリート建造物(以下、本件土地の西側の山腹斜面に設置されたコンクリート建造物を「原告宅西側擁壁」という。)を設置するなどして宅地として造成された。
コ 原告による本件土地の取得(〔証拠略〕)
原告は、亡Bとの間で、平成8年11月19日、本件土地について代金1437万円で購入する旨の契約を締結した(以下「本件土地売買契約」という。)。原告は、亡Bに対し、本件土地売買契約に基づき、同日に手付金100万円を、同年12月24日に残金1337万円をそれぞれ支払い、同日に本件土地について所有権移転登記手続を受けた。
サ 建築制限特例許可(〔証拠略〕)
原告は、県知事に対し、平成9年2月6日、旧住造法13条2号に基づき、本件造成事業の施行地区内の本件土地上に本件建物を建築することの許可を求める建築制限特例許可の申請をし(以下「本件建築特例許可申請」という。)、県知事は、同月18日、同申請について許可をした(建築第27号。以下「本件建築特例許可」という。)。
シ 建築確認(〔証拠略〕)
原告は、被告市に対し、平成9年2月3日、建築基準法6条1項に基づき、本件建物について建築確認の申請をし、徳島市の建築主事は、同月21日、上記建築確認をした(第2156号。以下「本件建築確認」という。)。
ス 本件建物の建築(〔証拠略〕)
(ア) 原告は、株式会社e(以下「e社」という。)及び有限会社fとの間で、平成8年11月ころ、本件建物の新築工事(追加工事を含む。)について代金1869万0977円(消費税込み)の約定で請負契約を締結し(以下「本件建物請負契約」という。)、平成9年6月25日までに、e社に対し、本件建物請負契約に基づき、上記代金全額を支払った。
(イ) e社は、本件建物請負契約に基づき、本件建物を完成させ、原告に対し、本件建物を引き渡し、原告は、平成9年5月21日、本件建物について所有権保存登記手続をした上、同年6月29日、本件建物に入居した。
(3) 崩落事故の発生
本件土地建物の西側山腹斜面や原告宅西側擁壁は、平成9年9月19日、崩落や倒壊をし、土砂等が本件土地建物に崩落するという事故が発生し(以下「本件崩落事故」といい、本件崩落事故が発生した斜面を「本件事故現場斜面」という。)、原告は、本件建物から避難した。
(4) 本件崩落事故後の経過等(〔証拠略〕)
被告県は、行政代執行法に基づき、平成10年5月12日、本件事故現場斜面について、旧住造法による行政代執行を開始し、仮設防護柵を設置するなどし、同年8月31日、上記行政代執行を完了した(以下「本件行政代執行」という。)。
3 争点
(1) 本件崩落事故の発生原因
(2) 被告Y2相続財産及び被告Y3の責任
亡Y2及び被告Y3に、本件造成事業の工事の施行者として、旧住造法や砂防法等に違反する不適切な工事をした過失があるか否か。
(3) 被告Y1院の責任
被告Y1院に、亡Y2及び被告Y3に対する指導や監督を怠った過失があるか否か。
(4) 被告県の責任
ア 県知事が本件変更認可をしたことは違法であるか否か。
イ 県知事が旧住造法17条、砂防法5条及び30条等に基づく監督等の権限を行使しなかったことは違法であるか否か。
ウ 県知事が本件建築特例許可をしたことは違法であるか否か。
(5) 被告市の責任
被告市の建築主事が本件建築確認をしたことは違法であるか否か。
(6) 被告らの責任と原告の損害との間の因果関係
(7) 原告の損害
4 争点についての当事者の主張
(1) 本件崩落事故の発生原因
【原告の主張】
本件崩落事故は、亡Y2及び被告Y3が、本件変更認可計画上、本件土地付近を法面とする計画であったのに、宅地として違法に造成した上、その造成工事において、本件変更認可に付された「切土、崖の施行に際して、軟岩以外の土質が生じた場合には、法面勾配を変更し、30°から40°までの勾配として施行すること。」という条件に明らかに違反して、本件土地の西側斜面末端部を急勾配(68°から73°)で切土し、法面を不安定にさせるという危険極まりない違法な工事を実施したことに根本的な原因がある。亡Y2及び被告Y3が自認しているとおり、原告宅西側擁壁の設計や施工に欠陥があったこと、原告宅西側擁壁の上部法面において安全対策工事に不備があったことなどの原因も重なり、台風による降雨で原告宅西側擁壁が損壊し、本件土地建物に土砂等が流出したものである。
【被告県の主張】
本件事故現場斜面は、その北側の斜面がほぼ単一の塩基性片岩の地層となっているのと異なり、泥質片岩、塩基性片岩及び珪質片岩の3種類の地層が複雑に交叉している上、その地層中に4本の断層が走っており、その周辺の斜面の中でも特殊な地層となっているから、安定した斜面にするには慎重な対応が必要である。本件造成事業の工事施工者である亡Y2及び被告Y3は、上記のように本件事故現場斜面の地質がその周辺の斜面の地質と違うことを認識することができたはずであり、ボーリング調査をするなどして慎重に対応すべきであったにもかかわらず、本件事故現場斜面の上記のような複雑な地質を見誤り、慎重に対応せずに、その北側の単一な地層の斜面において実施した工法と同様の工法により、本件事故現場斜面も施工した。本件崩落事故においては、原告宅西側擁壁が崩落したのではなく、山腹斜面全体が地すべりの状態で崩落していることから、本件事故現場斜面の地質そのものが脆弱であったことは明らかである。本件崩落事故の原因は、亡Y2及び被告Y3が本件事故現場斜面の複雑な地質を見誤り、慎重に対応せず、その北側の斜面と同様の工法で施工したことにある。
【被告Y1院の主張】
本件崩落事故は、本件事故現場斜面に4つの断層があり不安定な状態であったこと、風化が非常に深部まで及んでおり、亀裂沿いに風化による粘土が形成されているという地質的な特性があったことを主たる原因として、亡Y2及び被告Y3が本件事故現場斜面の末端部を中心に大規模かつ急勾配で切土したことにより風化部を中心に応力の解放を伴って全体に弛みが生じるとともに斜面を不安定化させたこと、弛み部分を中心に台風による豪雨が浸透して粘土部分等で強度が著しく低下したことなどが誘因となって発生した。本件崩落事故の原因は、亡Y2及び被告Y3が本件事故現場斜面の地質を考慮せずに不適切な工事を施工したことにある。
【被告Y2相続財産及び被告Y3の主張】
本件崩落事故は、本件事故現場斜面の山腹の雑木が大木化して、強風のたびに地盤を弛めて雨水を地盤に浸透させ、その雨水の異常な浸透が岩石の風化を早めて破砕帯を生じさせ、その浸透のために法面深部から崩落し、その崩落した土砂の土圧で原告宅西側擁壁が倒壊したというものである。本件崩落事故は、本件事故現場斜面の設計に欠陥があったことに原因があるということができるものの、人智の限界を超えた不可抗力に近い事故である。
(2) 被告Y2相続財産及び被告Y3の責任
亡Y2及び被告Y3に、本件造成事業の工事の施行者として、旧住造法や砂防法等に違反する不適切な工事をした過失があるか否か。
【原告の主張】
亡Y2は、亡Bとともに、本件造成事業の工事施工業者であるa不動産を共同経営しており、被告Y3も、亡Bの長男であり、a不動産の業務に従事していたのであるから、亡Y2及び被告Y3は、共同して本件造成事業の工事を施工したということができる。亡Y2及び被告Y3は、前記(1)【原告の主張】のとおり、<1> 本件変更認可計画では法面として残すべき本件土地等について、被告県による変更認可を受けることなく宅地として造成する違法な乱開発をし、<2> 本件変更認可で付された条件に明らかに違反して、本件事故現場斜面の末端部を急勾配(68°から73°)で切土して造成し、<3> 原告宅西側擁壁についても不適切な工事をしたものであり、これらにより本件崩落事故を惹起し、原告に損害を与えた。被告Y2相続財産及び被告Y3は、原告に対し、共同不法行為(民法719条、709条)に基づき、損害賠償責任を負う。
【被告Y2相続財産及び被告Y3の主張】
前記(1)【被告Y2相続財産及び被告Y3の主張】のとおり、本件崩落事故は、人智の限界を超えた不可抗力に近い事故である。本件造成事業は、その事業主が被告Y1院、工事施行者がb社ないしa不動産であり、亡Y2及び被告Y3は、単なるa不動産の従業員であるにすぎない。亡Y2及び被告Y3は、原告に対し、不法行為責任を負うものではない。
(3) 被告Y1院の責任
被告Y1院に、亡Y2及び被告Y3に対する指導や監督を怠った過失があるか否か。
【原告の主張】
ア 被告Y1院は、本件当初認可申請において自らを本件造成事業の事業主として申請したのであるから、自らが事業主であることを認識し、少なくとも、亡Y2に対し、本件造成事業の事業主となることを了承していたということができる。被告Y1院の現代表役員であるAは、平成3年2月21日ころ、弁護士とともに、被告県を訪れた際、被告県の職員から、本件造成事業が被告Y1院を事業主として実施されていること、本件変更認可申請が被告Y1院名義で申請されていることなどの説明を受けていた。それにもかかわらず、被告Y1院は、被告県に対し、亡Y2や被告Y3に対する行政指導を求めたり、本件変更認可申請を取り下げたり、旧住造法に基づく事業廃止届を提出したりすることをせずに放置し、亡Y2や被告Y3に対し、本件造成事業の実施の中止を求めることもなく、本件造成事業の継続を黙認していたのであるから、自らが本件造成事業の事業主であることを承諾ないし追認したということができる。
イ 被告Y1院は、本件造成事業の事業主として、本件造成事業が終了するまでの間、その工事施工者である亡Y2や被告Y3に対し、適切な指導や監督をし、違法かつ危険な住宅地の造成を阻止する義務があったにもかかわらず、亡Y2や被告Y3に対し、何ら指導や監督をせずに、同人らによるずさんな工事の施工を放置し、上記義務を怠った。被告Y1院は、原告に対し、亡Y2や被告Y3とともに共同不法行為者として、損害賠償責任を負う。
【被告Y1院の主張】
ア 旧住造法は、形式的に認可申請書において事業主とされている者を事業主とするのではなく、住宅造成事業に関する工事の請負契約の注文者又は請負契約によらないで自らその工事をする者を事業主としている。被告Y1院は、自らを事業主として本件当初認可申請をし、被告県から本件当初認可を受けたものの、本件当初認可申請から認可を受けるまでの間に、亡Bに対し、本件造成事業の施行地区の土地を売却しており、その後、亡Bが本件造成事業を遂行したものであって、被告Y1院は、実質的に本件造成事業にまったく関与していない。原告も、本件造成事業の事業主がa不動産こと亡Bであると認識していた。被告県も、亡Bに対して昭和50年以降に本件造成事業の施行地区を対象として砂防指定地内行為許可を与えてきたこと、亡Bが県知事に対して提出した平成元年11月2日付けの上申書には、亡Bが被告Y1院から本件造成事業の施行地区の土地を購入したことなどが記載されており、被告Y1院が上記土地の所有権を喪失し、亡Bが本件造成事業を遂行していることを承知していたということができること、本件変更認可申請が亡Y2及び被告Y3によって被告Y1院に無断で行われており、Aが被告県に対してこのことを説明していることなどからすれば、亡Y2及び被告Y3を本件造成事業の事業主として取り扱ってきたということができる。本件造成事業の事業主は、亡Y2及び被告Y3であり、被告Y1院は、本件造成事業の事業主でないことが明らかである。
イ 本件事故現場斜面の造成工事や原告宅西側擁壁の設置工事は、亡Y2及び被告Y3が平成7年8月以降に本件変更認可に基づき実施したものである。前記(1)【被告Y1院の主張】に記載した本件崩落事故の原因によれば、本件崩落事故について責任を負うべき者は、本件事故現場斜面について不適切な造成工事を施工した亡Y2及び被告Y3である。被告Y1院は、本件造成事業の工事を自ら施工する能力を有せず、土木業者との間で請負契約を締結して、同業者に施工してもらうしかない。民法716条は、請負契約の注文者が請負人の行為について原則として責任を負わず(本文)、請負人に対してした注文又は指示に過失がある場合にのみ責任を負う(ただし書)旨規定しており、同規定は宅地造成事業における事業主と工事施工者との関係においても適用されるから、被告Y1院は、本件造成事業の事業主であるか否かにかかわらず、亡Y2及び被告Y3による本件造成事業の工事について監督管理する義務を負わない。
ウ 被告Y1院は、亡Y2及び被告Y3が勝手に遂行していた本件造成事業には一切関わっておらず、その工事の状況をまったく把握することはできなかったから、同工事の問題点について認識することはできなかった。被告県の専門資格を有する職員においてでさえ、本件崩落事故の発生を予見することができなかったというのであるから、被告Y1院においては、本件事故現場斜面を確認していたとしても、本件崩落事故の発生を予見することができたはずがなく、本件崩落事故の発生について予見可能性はない。被告Y1院には、本件造成事業を遂行する知識や経験がなかったのであるから、本件崩落事故について結果回避可能性もない。
エ 以上のとおりであるから、被告Y1院は、原告に対し、本件崩落事故について不法行為責任を負わない。
(4) 被告県の責任
ア 県知事が本件変更認可をしたことは違法であるか否か。
【原告の主張】
(ア) 亡Y2及び被告Y3は、被告Y1院の代表役員Cに無断で、偽印を用いて本件変更認可申請をした。被告Y1院の現代表役員であるAは、平成3年初めころ、被告県の住宅課を訪れ、亡Y2及び被告Y3の乱開発の実情を訴えたものの、聞き入れられなかったため、同年2月21日ころ、弁護士とともに被告県の土木課を訪れた際、本件変更認可申請がされていることを知り、住宅課の職員に対し、被告Y1院が本件変更認可申請をしたことはなく、亡Bが被告Y1院の代表役員Cを名乗って、偽印を用いて申請したものであると訴えた。このため、被告県の職員は、本件変更認可申請が事業主である被告Y1院の意思に基づくものではなく、亡Y2等が本件変更認可申請の申請書を偽造して申請したものであることを認識していた。また、被告Y1院は、平成3年当時、亡Y2と係争中であったため、亡Y2らによる本件変更認可申請について承諾するはずはなく、被告県の職員も、このことを当然に認識していた。
(イ) 亡Y2及び被告Y3は、本件当初認可地区の範囲を超えて、施行地区の変更の認可を受けないままに、違法に宅地を造成するという乱開発をしており、本件変更認可により施行区域が3万1200平方メートルも拡大している。本件変更認可申請書の添付図面中には本件当初認可において認可された施行区域外に建物が建築されていることが記入されていること、被告県は、亡Y2から、平成3年2月5日付けで被告Y1院代理人名義の「今後計画変更は行わない、特に範囲の拡大等は絶対に行わない」旨の誓約書を徴していることからすれば、被告県は、亡Y2及び被告Y3による上記乱開発を認識しながら、現状に合わせて本件変更認可申請をさせ、上記乱開発を追認したものであると認めることができる。
(ウ) 以上の事情によれば、被告県は、事業主である被告Y1院に対し、本件変更認可申請をする意思があるか否かを確認するとともに、本件造成事業の工事の状況や現場等を十分に調査すべきであったのであり、これらの確認や調査をすれば、本件変更認可申請が認可されることはなかったはずである。被告県は、上記の確認や調査をしないまま、本件変更認可申請を認可する合理的な理由もないにもかかわらず、亡Y2や被告Y3の強圧に屈して、本件当初認可以降にされた違法な乱開発を追認する形で本件変更認可をした。そうである以上、被告県が本件変更認可をしたことは国家賠償法上違法である。
【被告県の主張】
(ア) 被告県は、本件変更認可申請の申請書が提出された当時において、同申請が偽印を用いて行われたものであるとの訴えがあったか否かについて、現時点において確認をすることはできない。原告は、被告Y1院に対しては、被告Y1院自身が本件造成事業の事業主であると主張しながら、被告県に対しては、被告Y1院が本件変更認可申請の申請者ではないとの矛盾する主張をすることは許されない。本件造成事業において、被告Y1院と亡Y2及び被告Y3とは、共同事業主であって、被告Y1院は、自らが本件造成事業の事業主ではなく、本件変更認可申請について認識していなかったと主張し得る立場にはない。本件変更認可申請は、共同事業主の一人である亡Y2及び被告Y3から申請されたものであるから、正当な事業主から申請されたものということができる。本件変更認可について手続上の不備はない。
(イ) 本件変更認可の施行地区の面積は、本件当初認可の施行地区の面積より約3万1200平方メートル拡大しているものの、その拡大部分には、<1> 被告市が発注した浚渫工事が行われた際に埋め立てられた区域が宅地として造成された部分(別紙図面1―2及び1―3参照)であって、本件造成事業の施行区域と隣接するので、本件造成事業に取り込んで不適切な開発を防止しようと指導した約4600平方メートル、<2> 亡Y2及び被告Y3が本件当初認可の施行地区外で青石を採取する事業を実施しており、その採取跡地を宅地として造成する計画を有していた部分(別紙図面1―2及び1―3参照)であって、本件造成事業の施行地区と隣接していたことから、本件造成事業に取り込むために指導した約1万0600平方メートル、<3> 法面工法の変更によって拡大した部分(別紙図面1―2及び1―3参照)であって、法面の拡大を防止するべく本件造成事業に取り込むよう指導した約1万4200平方メートルである。被告県としては、本件造成事業の施行地区外の合法的な開発であるとはいっても、本件造成事業と一体化させることによって指導することが可能となるとの配慮から、本件変更認可申請において施工地区の範囲の追加をさせたにすぎない。被告県は、亡Y2及び被告Y3による乱開発を追認したものではない。
(ウ) 以上によれば、被告県が本件変更認可をしたことは国家賠償法上違法でないことは明らかである。原告の主張では、被告県が本件変更認可をしたことがいかなる理由で違法となるのかが不明である。
イ 県知事が旧住造法17条、砂防法5条及び30条等に基づく監督等の権限を行使しなかったことは違法であるか否か。
【原告の主張】
(ア) 本件崩落事故の予見可能性
本件変更認可地区においては、平成5年ころにD邸及びE邸の各敷地が地盤沈下し、平成6年夏ころにF邸上方の擁壁が崩落し、平成8年にG邸東方の擁壁が崩落し、平成8年9月ころにも法面から落石があるなどの事故が相次ぎ、被告県の職員も、住民から抗議や陳情を受け、現場に赴くなどしていた。亡Y2及び被告Y3は、本件変更認可計画上、本件土地部分については法面として開発することとし、宅地として造成することが認可されていたわけではないのにもかかわらず、本件土地を宅地として造成するなどの違法な乱開発をした。亡Y2及び被告Y3は、本件変更認可の条件に違反して、法面を急勾配(68°から73°)で切り上げ、法面の施工に際してすべり防止のための段切り等の安全策を講じないといった危険極まりない工事をした。これらの事情によれば、被告県としては、本件崩落事故のような事故が発生し、住民に対する被害発生の危険が切迫していることを予見することができたはずである。
(イ) 旧住造法17条に基づく権限不行使
県知事は、旧住造法17条に基づき、本件造成事業の事業主である被告Y1院や亡Y2及び被告Y3に対し、旧住造法4条や10条1項の規定に違反して許可を受けておらず、本件当初認可や本件変更認可の条件に違反し、本件当初認可や本件変更認可の事業計画に従っていない場合には、工事の停止や是正措置を命じ、亡Y2及び被告Y3がこれに従わないのであれば、行政代執行法に基づく代執行措置を採る権限を有する。前記(ア)のとおり、亡Y2や被告Y3は、本件変更認可の条件や事業計画に従っていない違法な工事をしていたのであるから、県知事は、亡Y2や被告Y3に対し、上記監督権限を行使し、工事の停止や是正措置を命じるなどし、本件崩落事故の発生を未然に防止すべきであった。県知事は、上記監督権限を行使せずに、亡Y2及び被告Y3の違法な工事を放置したのであり、このような監督権限の不行使は著しく合理性を欠くばかりか、同人らに強要されて違法な工事を追認し、違法工事に加担したといわざるを得ない。旧建設省は、本件崩落事故と同様の土砂流出災害が発生したことを受けて、同様の災害を防止するため、都道府県知事等に対して「宅地造成に伴うがけくずれ又は土砂の流出による災害の防止について」と題する通達を発して、違法行為の早期発見や違反是正措置の強化等を図っているにもかかわらず、被告県は、本件造成事業が昭和45年の本件当初認可から長期間続行されていたものである上、多くの違法・違反工事がされていることを知っていながら、是正措置を採った形跡がない。被告県には、旧住造法17条に基づく権限を行使しなかった違法がある。
(ウ) 砂防法5条の監督義務違反及び30条等に基づく権限不行使
本件造成事業の施行地域は砂防指定地であるから、亡Y2及び被告Y3は、本件造成事業を実施するに当たって、県知事から、砂防指定地内行為(砂防設備占有)の許可を得た上、2年ごとに更新をする必要があり、かつ、許可を得た砂防指定地内行為(砂防設備占有)の内容を変更するのであれば、その変更の許可を得る必要がある。亡Y2及び被告Y3は、平成8年1月1日以降、砂防指定地内行為(砂防設備占有)の許可を受けずに本件造成事業を継続した上、それ以前に許可を得ている砂防指定地内の許可内容に違反し、法面とすべき本件土地を宅地として造成したばかりか、本件事故現場斜面を急勾配で切り上げるなどしたのであるから、二重の意味で砂防法及び県砂防管理規則に違反する違法な工事をした。
被告県は、砂防法5条に基づき、砂防指定地である本件造成事業の施行地域を監視し、砂防設備を維持管理する義務を負うにもかかわらず、亡Y2及び被告Y3による上記の違法な工事を認識しながら、砂防法30条及び県砂防管理規則12条に基づく条件違背工事の停止や原状回復命令を発するなどの権限を適切に行使しなかった。被告県には、砂防法5条の監督義務に違反し、同法30条等に基づく権限を行使しなかった違法がある。
【被告県の主張】
(ア) 本件崩落事故の予見可能性
本件事故現場斜面については、その法面の工事が一般的な切土勾配において施工され、その最下部には法面を保護するためのコンクリート建造物である原告宅西側擁壁が設置され、原告宅西側擁壁の天端には1メートル程度のステップが設けられ、そのステップの一部分には水叩きコンクリートで表面水がステップ面から切土法面に浸透しないように保護されていたほか、落石対策のための防護柵も設置されていた。本件事故現場斜面については、上記のとおり法面工事が一般的な切土勾配により施行されており、法面の安定性を目視等で判断するのが困難であること、本件土地周辺の状況や本件造成事業の施工地区内において完成後の法面が崩落する事故は発生していないことなどからすれば、本件事故現場斜面の法面に特段の変状が存在するなどの崩落の前兆現象がない限り、斜面を目視するだけでは、崩落の危険性を認識することはできない。本件事故現場斜面については、崩落の危険性が切迫していたとは認められず、被告県が本件崩落事故の発生を予見することは不可能であった。
(イ) 旧住造法17条に基づく権限不行使
旧住造法17条の監督権限については、県知事に、その行使の可否、時期、内容等について広範な裁量権が認められていること、旧住造法は民間の自由な経済活動を助成する側面が強く、これを規制する側面が弱いことにかんがみると、同条の規定する事業や工事の中止を命ずる権限については、容易にこれを行使することはできず、住民に対する被害発生の危険が切迫し、その危険を予測することができる場合において、その行使を期待することが相当である場合に限って、これを行使することができるにとどまると解するのが相当である。県知事は、上記監督権限等を行使しなかったとしても、旧住造法の目的等に照らして、著しく不合理であると認められない限り、国家賠償法1条1項の適用上違法となることはない。被告県は、本件造成事業について必要に応じて現地に赴き、行政指導をするなど適切に対応してきた上、本件事故現場斜面については、本件崩落事故の発生の危険が切迫していたということはできず、被告県も本件崩落事故の発生を予見することは不可能であったのであるから、被告県が、本件造成事業について、旧住造法17条の規定する監督権限を行使せず、多額の費用を要する行政代執行をしなかったとしても、著しく不合理であるとはいえず、国家賠償法1条1項の適用上違法とはいえないことは明らかである。
(ウ) 砂防法5条の監督義務違反及び30条等に基づく権限不行使
砂防法は、山腹崩壊の防止を目的とするものではなく、渓流や河川に土砂が流入し、これにより土砂流等を発生させて沿岸、下流域の住民の生命、財産に危険が及ぶことを防止するという治水上砂防を目的としている。砂防法上の監督権限については、土砂等の流出により、治水上危険が生じる場合でなければ行使することができない。本件事故現場斜面は、治水上砂防とおよそ関係がなく、砂防法上の権限行使の要件を充足することはない。本件崩落事故後も、本件事故現場斜面において砂防法上の行政代執行は実施されていない。亡Y2及び被告Y3は、砂防指定地内行為許可の期限内である平成7年12月31日までに、治水上砂防のために比較的支障が大きいと判断される山腹掘削工事を完成していたものと考えられ、同人らが平成8年1月1日以降に砂防指定地内行為をしたことは確認することができない。被告県は、山側掘削工事が完了し、擁壁設置工事の一部が残った状態又は同工事が完了した状態においては、砂防法30条の監督処分として、工作物の改築又は予防設備の設置を命令することが考えられるだけである上、前記(ア)のとおり、本件崩落事故の発生を予見することが不可能であったことからすれば、上記命令をすることも到底不可能である。被告県には、本件造成事業について、砂防法5条の監督義務違反はなく、同法30条等の権限を行使しなかったことも国家賠償法1条1項の適用上違法とはいえない。
ウ 県知事が本件建築特例許可をしたことは違法であるか否か。
【原告の主張】
(ア) 旧住造法に基づき認可された事業の施行地区内の土地は、本来、事業がすべて完了して検査済証の交付や工事完了公告がされた後に同土地上に建物を建築することが可能となるのに対し(同法12条)、同法13条の建築特例許可は、上記建築制限を個別的に解除するものであるから、その申請地が旧住造法に基づく規制や認可の条件に違反せずに造成された安全で良好な土地であることを当然の前提として許可されるべきであり、その申請地が旧住造法の規制や許可条件に違反する危険な土地である場合には許可されるべきではない。当該申請地が宅地として造成する認可を受けていない土地である場合には、同条本文の「4条の認可を受けた住宅地造成事業の施行地区内の土地」には該当しないから、建築特例許可をすることはできないというべきである。当該申請地は、宅地として造成する認可を受けていないのであれば、事業の完了後であっても建築物を建築してはならない土地であるにもかかわらず、事業の途中であれば、売却することにより建築物を建築することが可能となるというのは極めて不合理であり、旧住造法による規制は無意味となり、違法な乱開発が放置される状態となる。建築特例許可の申請を受けた都道府県知事は、当該申請地について法令や認可の条件に違反していないか、安全で良好な土地であるか否かなどについて慎重に調査して審査した上で許可すべきである。
(イ) 前記イ【原告の主張】(ア)のとおり、本件土地は、本件当初認可及び本件変更認可において法面として開発することが認可されていたにすぎず、旧住造法に基づく許認可を受けずに違法に宅地として造成された土地である。本件土地の西側の本件事故現場斜面については、本件変更認可に付された条件に違反して急勾配に造成されたものである上、原告宅西側擁壁については建築確認を受けていない。前記イ【原告の主張】(ウ)のとおり、本件土地は、砂防指定地内にあるのに、平成8年1月1日以降には砂防指定地内行為(砂防設備占有)の許可を受けておらず、それ以前の許可内容に違反して違法に造成された土地でもある。本件造成事業は、本件変更認可において認可された事業計画に適合していないのであるから、その完了後も、工事完了検査、検査済証の交付や工事完了公告がされる見込みはなく、本件土地上に建築物を建築することはできない(旧住造法12条、13条1項)。被告県は、旧住造法や砂防法上の許認可の権限を有するのであるから、本件土地が上記のように違法に造成されたことを認識することができた上、本件土地について適切に調査していたならば、本件崩落事故の現場斜面に崩落の危険性があることを十分に認識することができたはずである。このことは、本件崩落事故前に本件造成事業の施行地区内において地盤沈下、擁壁や斜面の崩落が多発し、被告県は住民から抗議や陳情を受けていたことからも明らかである。被告県は、本件土地について法令や認可の条件に違反していないか否かなどについて審査しないまま、漫然と本件建築特例許可をしたのであるから、本件建築特例許可は違法である。被告県は、亡Y2が本件造成事業の施行地区内の土地について、土地取得者に代わって建築特例許可申請をしたのに対し、当初、同申請を許可しない方針を示していたのであり、その後亡Y2の抗議に屈して許可するようになったものの、無条件で許可をしたのではなく、安全性を調査し、危険箇所を指摘し、是正させた上で許可をしていた。
(ウ) 被告県は、本件土地が本件変更認可における事業計画では法面とされていたのに宅地として造成されていることについて、事業計画の軽微な変更(旧住造法10条1項ただし書)にすぎないから、新たな変更認可を必要としないと主張する。しかしながら、旧住造法に基づき造成事業を実施するには、事業計画の認可や変更の認可を受ける必要があり、そのためには施行地区内に予定される建築物の敷地の規模、配置等を事業計画として定め、土地利用計画や街区の設定計画等を記載した設計説明書及び図面を提出しなければならない(旧住造法5条、旧住造法施行規則5条、14条)。旧住造法10条1項ただし書は、事業計画の軽微な変更をしようとする場合は変更認可を要しないと規定し、旧住造法施行規則15条は、事業計画の軽微な変更として、街区の境界又は道路、広場、排水施設等の位置若しくは形状の軽微な変更、工事の仕様を変更する設計の変更を挙げている。本件当初認可及び本件変更認可の事業計画において山腹法面、崖、擁壁地等となるはずの本件土地やその付近の多くの土地に限っても、新たな変更認可を受けることなく、約1500平方メートル(道路部分等を含む。)を超えて宅地として造成されており、本件変更認可の事業計画は、宅地部分の拡大を中心として建築物の敷地の規模、配置等が大幅に変更されたのであるから、軽微な変更にとどまるものではないことは明らかである。被告県は、亡Y2及び被告Y3の違法な開発を黙認ないし追認した上、本件建築特例許可をしたのである。
(エ) 以上によれば、被告県の知事による本件建築特例許可が国家賠償法上違法であることは明らかである。
【被告県の主張】
(ア) 旧住造法13条2号は、事業主以外の第三者による権原に基づく建築行為について建築制限を解除すると規定している。立法論としては、旧住造法に基づき認可された住宅地造成事業については、工事完了検査が終了するまでの間、土地の分譲を一切禁止することが考えられるものの、このような制度を採用するためには事業主等から第三者への土地の譲渡行為を無効とする法的措置を採らなければならず、その前提として旧住造法に基づく住宅地造成事業の施行地区であることを公示しなければならない。旧住造法は、正当に土地を取得した第三者を保護する必要があること、住宅地造成事業が上記の法的措置を採らなければならないほどの公共性を有するものではないことなどの理由から、事業主が建築物を建築することを制限するにとどめ、事業主以外の第三者による建築物の建築については建築制限を解除することにしたものである。都道府県としては、事業主以外の第三者が住宅地造成事業の施行地区内の土地を取得し、旧住造法13条2号に基づき建築特例許可の申請をした場合には、これを許可せざるを得ないのであり、これを不許可とすることは当該申請者の権利を不当に制限することになりかねない。旧住造法12条は、造成事業が完了した場合、事業主に工事完了届を提出する義務を課し、同届出を受けた都道府県知事が当該工事が事業計画に適合したものであるか否かを検討するものとしているのであって、上記届出が提出される以前には、原則として進行中の工事について逐一監督する義務を負わないのである。敷地や建築物の安全性等については、建築基準法等により確保されるべきである。その結果、旧住造法に基づく住宅地造成事業については、最終的な完了検査を受けずに土地を分譲することが可能となり、当該分譲地は旧住造法の規制から離脱することになるのであり、住宅地造成事業の施行地区を全体的に規制することは事実上不可能となっている。このことが一因となって旧住造法に基づき認可された事業のうち未完了のままに放置されている事業が全国で少なくとも114件にも上っている。被告県は、旧住造法13条に基づく建築特例許可の申請があった場合、本件造成事業について行政指導をする機会とするため、担当者が現地に赴き、可能な限りの検分をした上、上記許可をしていたものの、これは本来的には無条件で許可せざるを得ない申請について、少しでも行政指導をしようと努力していたにすぎないものである。
(イ) 旧住造法13条の建築特例許可については、当該申請地が認可された計画上では法面であったとしても、当該申請を不許可とすることはできない。旧住造法10条1項ただし書は、事業計画の軽微な変更については変更認可を要しないと規定し、旧住造法施行規則15条は、街区の境界等の変更については軽微な変更であると規定しており、その街区とは、一般的に、区画された建築物の敷地となる一団の土地の区域であり、住区の構成単位となるべきものであると理解されている。本件土地部分については、本件変更認可計画では宅地としての街区とする計画ではなく、宅地としての街区の境界が拡大され、宅地として造成されているものの、本件当初認可の施工地区内に存在すること、本件変更認可計画における法面設計よりも、本件事故現場斜面の法面設計の方が緩やかに安全に造成されていること、拡大された街区の面積も全体に比較すると小さいことなどからすれば、上記街区の拡大については旧住造法10条1項ただし書の軽微な変更に当たるというべきである。本件当初認可及び本件変更認可については、個々の宅地の造成自体を認可したものではなく、本件造成事業の施行地区内における全体的な開発計画を認可するものである上、その開発計画も変更があることが予定されているものである。本件造成事業が完了した場合、被告県としては、工事完了届を受けて、その工事が本件変更認可の事業計画に適合したものであるか否かを検査するものであり、本件変更認可以降の変更事項については、完成図の提出を受けた上で、法に照らして適合していると判断されれば、検査済証を交付するのである。
(ウ) 旧住造法13条の建築特例許可は、砂防法上の申請や許可とは無関係であり、これらに遺漏があったとしても不許可にすることはできない。前記イ【被告県の主張】(ウ)のとおり、亡Y2及び被告Y3が平成8年1月1日以降に本件土地周辺において砂防指定地内行為をしたことを確認することができない上、被告県としては、砂防法上の砂防指定地内行為許可の権原を有するものの、行為者による申請がないかぎり、砂防指定地内行為について確認することは困難である。本件変更認可地区については、平成8年以降に申請がされなかったことからすれば、行為者において許可を得る必要がないと判断したとみるのが合理的であり、亡Y2及び被告Y3が無許可で砂防指定地内行為をしたとはいえない。
(エ) 以上のとおりであるから、県知事による本件建築特例許可が国家賠償法上違法でないことは明らかである。
(5) 被告市の責任
被告市の建築主事が本件建築確認をしたことは違法であるか否か。
【原告の主張】
被告市の建築主事は、<1> 前記(4)【原告の主張】のとおり、本件造成事業では無認可・無許可で造成をするなどの継続的な違法行為が行われていたこと、<2> 被告Y1院が被告市の土木部に対して平成8年8月に上記違法行為等の危険性を訴えていたこと、<3> 原告宅西側擁壁は、高さが9メートルであり、建築確認を要する(建築基準法88条、同法施行令138条)にもかかわらず、亡Y2や被告Y3が上記擁壁について建築確認を申請した形跡がないことなどの事情に加え、建築確認においては敷地が法令に適合するか否かについても審査するのであるから(同法6条1項本文)、本件建築確認の際、原告から提出された資料だけを形式的に審査するにとどまることなく、関係者から事情を聴取したり、被告県から資料の提出を受けて検討したり、現地を調査したりする義務があったというべきである。被告市の建築主事は、上記義務を尽くしたならば、本件土地が無認可・無許可の違法な造成地であり、本件土地上に本件建物を建築することの危険性を容易に認識することができ、本件建物の建築確認を拒否することができたはずである。被告市の建築主事が、上記義務を怠り、本件建築確認をしたため、原告は、本件建物を新築し、本件崩落事故により被害を被った。
以上によれば、被告市は、亡Y2や被告Y3とともに、共同して不法行為をした者として、損害賠償責任を負う。
【被告市の主張】
建築主事は、建築確認の審査をする際、提出書類により建築主の申請に係る建築計画が関係法令に適合するか否かを判断すれば足り、現地調査をする義務を負わない。原告から提出された本件建物に係る本件建築確認申請の申請書や添付書類等によっては、本件土地が前面道路より30センチメートル高いことが判明するだけで、原告宅西側擁壁は記載されておらず、本件土地が山腹法面に当たる危険な土地であることもうかがわれない。被告市の建築主事は、本件建築確認申請について審査をする際、本件土地を現地調査する義務を負わず、本件建築確認をしたことに何ら違法はない。
(6) 被告らの責任と原告の損害との間の因果関係
【原告の主張】
<1> 前記(2)【原告の主張】のとおり、亡Y2及び被告Y3が違法な工事をしなければ本件崩落事故は発生せず、原告が本件土地建物を喪失するという損害を被ることはなく、<2> 前記(3)【原告の主張】のとおり、被告Y1院が亡Y2及び被告Y3に対して適切な監督、指導をしていたならば、本件崩落事故は発生せず、<3>前記(4)ア【原告の主張】のとおり、被告県が違法な本件変更認可をしなければ、亡Y2及び被告Y3が本件造成事業を続行して本件土地を造成することはなく、前記(4)イ【原告の主張】のとおり、被告県が亡Y2及び被告Y3に対して旧住造法17条、砂防法5条及び30条等に基づく監督等の権限を適切に行使していたならば、本件崩落事故を防止することができ、前記(4)ウ【原告の主張】のとおり、被告県が本件建築特例許可をしなければ、原告は、亡Bとの間の本件土地の売買契約を解除するなどし、本件建物を建築することもなく、本件崩落事故によって本件土地建物を喪失するという損害を被ることもなく、<4> 前記(5)【原告の主張】のとおり、被告市が本件建築確認をしなければ、原告が本件建物を建築することはなく、本件崩落事故によって本件土地建物を喪失するという損害を被ることはなかったのであるから、被告らの責任と原告の損害との間にはいずれも相当因果関係がある。
【被告Y1院の主張】
否認ないし争う。
【被告県の主張】
原告は、被告県による前記(4)アないしウの各行政処分等がなければ、原告が損害を被ることはなかったと主張するにとどまる。原告の主張は、行政機関があらゆる行政処分を中止すれば、国民が被害に遭うことはなくなるという論法と同じであって、被告県による行政処分と本件崩落事故との間の因果関係を具体的に主張するものとはいえない。原告の主張が失当であることは明らかである。
【被告市の主張】
建築確認は、申請に係る建築計画が関係法令に適合することを認定するものにすぎず、建物を建築するか否かは申請人の意思によるから、本件建築確認と本件崩落事故による本件建物損壊との間に相当因果関係はない。
(7) 原告の損害
【原告の主張】
原告は、被告らの不法行為により、以下のとおり、合計4706万0500円の損害を被った。
ア 本件土地建物の購入費用相当額 3306万0977円
原告は、本件崩落事故により、本件土地建物が損壊するなどし、経済的に無価値となるという損害を被った。
イ 本件建物及び物品の修理費用 399万9523円
ウ 慰謝料 1000万円
原告は、長年の夢を実現して本件土地建物を購入した後、わずか3か月で本件崩落事故により本件土地建物を失い、現在、徳島県営住宅に移り住み、不便な生活を強いられるとともに、本件土地建物のために住宅ローンの支払を余儀なくされているのであって、悲惨極まりない状況に陥っている。これにより原告が被った精神的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料の額は1000万円を下らない。
【被告らの主張】
否認ないし争う。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
前記争いのない事実等並びに〔証拠略〕によれば、以下の事実が認められる。
(1) 本件当初認可に至る経過等
ア 建設大臣は、昭和42年12月ころ、砂防法2条に基づき、徳島市八万町(字)中津山を砂防指定地に指定した(〔証拠略〕)。
イ 亡Y2は、昭和43年ころ、b社の代理人として、被告Y1院に対し、被告Y1院所有の土地(徳島市八万町中津山〔番地略〕)及びY1院が用益処分権を有する被告市所有の土地(同所1―2)において霊園事業(以下「徳島霊園事業」という。)を実施することを提案した。被告Y1院は、壇家を増やし、経済的基盤を確立することを目的として、これを承諾した。亡Y2は、昭和44年8月10日、被告Y1院の責任役員に就任し、徳島霊園事業を取り仕切るようになった。被告Y1院は、b社との間で、徳島霊園事業の造成工事について請負契約を締結した。
ウ 被告Y1院は、亡Y2の提案により、本件造成事業を実施することにし、昭和44年10月1日付けで、b社との間で、本件造成事業の造成工事について、代金を1億5000万円とし、b社が同代金として造成地の10分の4を取得する約定で、請負契約を締結した上、自らを事業主、亡Y2を事業主代理人として、県知事に対し、昭和45年2月4日付けで、旧住造法4条に基づき、以下の概要の本件造成事業の認可を求める本件当初認可申請をし、同月10日、受理された(〔証拠略〕)。
(事業の概要)
(ア) 工事施行者 b社
(イ) 設計者 c社
(ウ) 地域の名称 徳島市八万町中津山、同所中津浦
(エ) 施行地区の面積 6万9446平方メートル
(オ) 工事着手予定 昭和45年4月1日
(カ) 工事完了予定 昭和48年3月31日
エ 被告Y1院は、徳島霊園事業の造成工事の代金を捻出するため、亡Y2及びその内縁の妻である亡Bの提案により、被告Y1院が所有する本件当初認可地区等を亡Bに対して売却し、亡Bと亡Y2とが本件当初認可地区等において宅地造成事業を遂行し、同事業による利益をもって上記売買代金の支払をし、これにより徳島霊園事業の造成工事の資金に充てることにした。被告Y1院は、亡Bとの間で、昭和45年3月15日、被告Y1院が亡Bに対して、本件造成事業について被告Y1院の名義を使用することを許諾する約定で、本件当初認可地区を代金1億4000万円で売却するとの施行地区等売買契約を締結し、同年5月4日、施行地区等売買契約に基づき、所有権移転登記手続をした(〔証拠略〕)。
オ 被告Y1院は、県知事から、昭和45年4月14日、同日から昭和46年4月13日までを許可期間として、本件当初認可地区について、本件当初認可計画のとおり、砂防指定地内行為許可を受けた。
カ 県知事は、昭和45年4月18日、以下の条件を付した上で、本件当初認可申請について本件当初認可をした(建第7号)。本件当初認可地区は、別紙図面1―1の赤線内側部分である(〔証拠略〕)。
(本件当初認可の条件)
(ア) 盛土施行に際しては、すべり防止のため、段切りを行い、施行すること。
(イ) 切土、がけの施行に際して、軟岩以外の土質が生じた場合には、法面勾配を変更し、40°から30°までの勾配として施行すること。
(ウ) 徳島県砂防指定地取締規則による許可条件を遵守し、施行すること。
(エ) 工事施工に際して、下流ため池に土砂が流入しないよう十分注意するとともに、仮に流入した場合は安全に取り除くこと。
キ 被告Y1院は、亡B及びCとの間で、昭和45年6月2日、徳島霊園事業の造成工事について、亡Bが造成工事代金を立て替えて支払い、同立替金を霊園の売却代金から回収する約定で、委託する契約を締結した(〔証拠略〕)。亡B及び亡Y2は、徳島霊園事業を実施したものの、被告Y1院に対し、その状況を報告しなかった。
(2) 本件当初認可後の経過等
ア 被告Y1院は、県知事から、昭和46年6月4日、許可期間を同日から昭和47年6月3日までとする砂防指定地内行為変更の許可を受けた(〔証拠略〕)。
イ 被告Y1院の包括団体であった黄檗宗g寺(以下「本山」という。)は、昭和47年ころ、b社の働きかけにより、Aを僧籍削除処分にし、Aは、同年3月20日、被告Y1院の代表役員を解任された。このため、Aは、被告Y1院の代表役員の地位を確認するための仮処分事件を申し立て、同事件を含む訴訟等の遂行については、亡Y2が取り仕切った(〔証拠略〕)。
ウ 亡Y2及び亡Bは、b社が昭和47年6月ころに本件造成事業の工事から撤退したことから、a不動産として、本件造成事業の工事を実施することにした。亡Y2は、亡Bの子である被告Y3とともに、平成3年ころまでに、本件当初認可地区内において、住宅地造成工事を実施した。亡Y2及び亡Bは、本件当初認可地区外においても、別紙図面1―3の各時期までに、別紙図面1―2の黄色部分の区域(約4600平方メートル)の被告市発注の浚渫工事跡地について宅地として造成したり、別紙図面1―2の赤色部分の区域(約1万0600平方メートル)の亡Y2及び亡Bによる青石採取跡地について宅地として造成したり、別紙図面1―2の紫色部分の区域(約1万4200平方メートル)について法面工法の変更による造成工事をしたりした(〔証拠略〕)。
エ 亡Bは、県知事から、昭和50年5月28日に、同年6月1日から昭和51年11月30日までを許可期間として、本件当初認可地区について、本件当初認可計画のとおり、砂防指定地内行為(宅地造成)の許可(徳島県指令砂第122号)を受けた後、昭和51年11月5日に、変更期間を同年12月1日から昭和53年5月31日まで)とする変更許可(丁13。徳島県指令砂第194号)を、昭和53年5月31日に、変更期間を同年6月1日から昭和54年12月31日までとする変更許可(丁14。徳島県指令砂第105号)を、昭和54年12月22日に、変更期間を昭和55年1月1日から昭和56年6月30日までとする変更許可(丁15。徳島県指令砂第202号)を、昭和56年6月23日に、変更期間を同年7月1日から昭和57年12月31日までとする変更許可(丁16。徳島県指令砂第120号)を、昭和57年12月23日に、変更期間を昭和58年1月1日から昭和59年6月30日までとする変更許可(丁17。徳島県指令砂第276号)を、昭和59年6月18日に、変更期間を昭和58年1月1日から昭和60年12月31日までとする変更許可(丁18。徳島県指令徳土第2769号)を、昭和60年12月18日に、変更期間を昭和61年1月1日から昭和62年12月31日までとする変更許可(丁19。徳島県指令徳土第5893号)を、昭和62年12月14日に、変更期間を昭和63年1月1日から昭和64年12月31日までとする変更許可(丁20。徳島県指令徳土第6322号)を、平成元年12月12日に、変更期間を平成2年1月1日から平成3年12月31日までとする変更許可(丁21。徳島県指令徳土第7143号)を、それぞれ受けた。亡Bは、上記各変更許可の申請の際には、県知事に対し、許可条件を遵守することなどを記載した誓約書や工事遅滞理由説明書を添付していた。被告Y1院の現代表役員であるAは、亡Bが上記各変更許可の申請をしていることを認識していなかった。
(3) 亡Y2と被告Y1院との間の関係
ア 亡Y2は、本山の被告Y1院に対する介入を排除することを目的として、昭和53年3月6日、被告Y1院を本山から独立させて単立の宗教法人とし、包括宗教団体の定めを廃止した(〔証拠略〕)。
イ 亡Y2は、昭和54年12月16日ころ、Aを被告Y1院の代表役員から辞任させ、Cを被告Y1院の代表役員に就任させるとともに、懇意にしていたHを責任役員に就任させ、それ以後、被告Y1院の責任役員会を主導的に運営するようになった。
ウ Cは、亡Y2が昭和58年ころから代表役員の印章を用いて被告Y1院の財産を処分する行動をとるようになったため、被告Y1院の代表役員の印章を変更した。亡Y2は、昭和59年2月ころ、Cに対し、被告Y1院の代表役員の地位を譲るよう求めるようになったものの、Cはこれに応じなかった。このように亡Y2が自らの思うままに被告Y1院を運営するなどした結果、亡Y2とAとの関係は悪化した(〔証拠略〕)。
エ 被告Y1院の責任役員会は、平成元年11月19日、亡Y2について、責任役員としての善管注意義務違反及び寺院財産の私消等の非行を理由として、被告Y1院の責任役員を罷免する旨の決議をし、Cは、被告Y1院の代表役員として、亡Y2に対し、同月21日付けの内容証明郵便により、上記決議を通知した(丁1)。
オ 亡Y2は、平成2年1月18日、被告Y1院及びCを被告として、亡Y2が被告Y1院の責任役員であることなどの確認を求める訴えを徳島地方裁判所に提起した(平成2年(ワ)第8号責任役員地位確認等請求事件。丁2。以下「地位確認等請求事件」という。)。
カ 徳島地方裁判所は、平成10年3月18日、地位確認等請求事件について弁論を終結し、同年9月10日、亡Y2の請求をいずれも棄却する旨の判決をし(丁3)、同判決は、高松高等裁判所が平成11年7月19日に亡Y2の控訴を棄却し(丁4)、最高裁判所が同年11月26日に亡Y2の上告を棄却したことにより(丁5)、確定した。
キ 亡Y2は、被告Y1院の責任役員を罷免された後も、徳島霊園事業や本件造成事業を自ら遂行していた。
(4) 本件変更認可に至る経過等
ア 被告県土木部長は、被告Y1院(代表役員A、責任役員亡Y2)に対し、昭和59年5月31日、本件造成事業について、本件当初認可の事業計画どおりに施行されていない箇所があるとして、事業計画の変更認可を申請することなどを勧告した(乙58)。
イ 亡Bは、被告Y1院(代表役員C)に対し、昭和63年8月8日付けの内容証明郵便により、本件造成事業の変更手続等をするため、被告Y1院の名義を使用することを承諾するように求めたのに対し(乙55)、被告Y1院は、亡Bに対し、同月18日付けの内容証明郵便により、亡Bが求める内容を明らかにするように求めた(丁29)。
ウ 亡Bは、県知事に対し、平成元年11月2日付けの上申書を提出し、被告Y1院と亡Y2との間に紛争が生じ、本件造成事業において被告Y1院の名義を使用することが不可能となった旨を報告した(〔証拠略〕)。
エ 被告県(土木部住宅課建築開発指導室)は、前記(2)ウのようにa不動産が本件当初認可地区外において宅地を造成したり、法面工法の変更により造成工事を実施したりしていたため、これらの宅地造成等について本件造成事業と一体化させて指導監督の範囲に含めるため、亡Y2及び亡Bに対し、本件造成事業の事業計画について、施行地区を上記造成区域を含めて拡大することなどの変更認可の申請をするように促した。亡Y2及び亡Bは、被告Y1院名義で、改印前の代表役員の印章を用いて、県知事に対し、旧住造法10条1項に基づき、平成2年8月20日付けで、本件造成事業について、以下のとおり、施行地区を拡大するなどの事業の変更を認可するように、同年11月26日付けで、工事施行者の変更を認可するように、本件変更認可申請をした(〔証拠略〕)。
(事業の概要)
(ア) 工事施行者 a不動産 亡B
(イ) 設計者 d社
(ウ) 地域の名称 徳島市八万町中津山、同所中津浦
(エ) 施行地区の面積 10万0646平方メートル
(オ) 工事着手予定 平成3年5月
(カ) 工事完了予定 平成4年10月
オ 亡Bは、県知事に対し、平成2年8月26日付けで、徳島県風致地区内における建築等の規制に関する条例2条1項に基づき、目的を宅地造成・分譲とし、土地の形質の変更の原因となる行為を本件当初認可に係る行為とすることなどを内容とする風致地区内土地形質変更許可の申請をした(丁25)。
カ 亡Y2は、被告Y1院の代理人として、平成2年12月2日付けで、被告県の土木部住宅課長に対し、本件変更認可申請(同年8月20日付け申請分)が受理されていない旨抗議し(甲22)、同申請は、同年12月6日、受理された。
キ 亡Bは、県知事に対し、平成2年8月29日、本件変更認可申請(同年8月20日付け申請分)をしたことに関連して、本件変更認可地区について、本件変更認可計画のとおり、砂防指定地内行為変更許可の申請をし、県知事から、平成3年4月8日、本件砂防許可(徳島県指令徳土第2487号)を受けた(〔証拠略〕)。
ク Aは、徳島霊園事業の用地の更に北側の山腹が亡Y2により造成され始めたので、平成3年ころ、被告県の土木事務所や土木部住宅課を訪れた際、被告Y1院名義で本件変更認可申請がされていることを知り、上記住宅課の職員に対し、本件変更認可申請は被告Y1院が申請したものではないことなどを告げた。しかしながら、Aは、被告Y1院が本件造成事業の事業主であることを認識しながら、これを廃止する申請等はしなかった。
ケ 亡Y2は、本件変更認可申請の申請名義人である被告Y1院の代理人として、県知事に対し、平成3年2月5日付けで、本件造成事業の事業計画について、今後完成検査に際して行う土木事業一般の修正以外に計画変更を行わず、特に、範囲の拡大等を絶対に行わない旨の誓約書を提出した(〔証拠略〕)。
コ 県知事は、被告Y1院に対し、平成3年4月10日、以下の条件を付した上で、本件変更認可申請について本件変更認可をした(住第355号)。なお、本件変更認可地区は、別紙図面1―1の青線の内側部分である(〔証拠略〕)。
(本件変更認可の条件)
(ア) 盛土の施行に際しては、すべり防止のため、段切りを行うこと。
(イ) 切土、崖の施行に際して、軟岩以外の土質が生じた場合には、法面勾配を変更し、30°から40°までの勾配として施行すること。
(ウ) 県砂防取締規則による許可条件を遵守し、施行すること。
(エ) 工事施工に際して、下流ため池に土砂が流入しないよう十分注意するとともに、仮に流入した場合は安全に取り除くこと。
(5) 本件変更認可後の経過等
ア Aは、亡Y2及び亡Bが平成3年9月ころに被告Y1院が被告県に対して砂防用ダムの用地として売却した土地上に石垣を築き始めたため、被告県に対し、上記築造を確認するように要請した。
イ 亡Bは、平成3年11月29日、県知事から、本件砂防許可について、許可期間を平成4年1月1日から平成5年12月31日までとする変更許可(徳土第7185号)を受けた。亡Bは、平成5年10月28日、県知事に対し、本件砂防許可について、許可期間を平成6年1月1日から平成7年12月31日までとする変更許可申請をした。亡Y2は、平成5年11月1日付けの告知書により、被告県土木事務所河川管理係係長に対し、上記変更許可申請の受理を拒もうとしたとして、同申請を受理するように抗議し(甲19)、亡Bは、県知事に対し、同月10日付けの誓約書により、違法行為をした場合にはいかなる処分を受けても異議はない旨を誓約し(甲20)、さらに、亡Y2は、上記係主査に対し、同月22日付け書面で、上記申請を受理するよう抗議した(甲21)。亡Bは、同年11月30日、許可期間を平成6年1月1日から平成7年12月31日までとする本件最終砂防変更許可(徳土第7184号)を受けた(丁24)。
ウ 亡Y2は、県知事に対し、平成6年5月30日付けの被告Y1院代表役員A名義の報告書を提出して、本件造成事業の現況について、軽微な変更として、本件変更認可の施行地区の範囲内で、道路、区画の一部を変更することが予測され、その時点で、変更図面を提出することなどを報告した(乙59)。
エ 亡Y2及び被告Y3は、本件変更認可後、本件変更認可計画上では人工法面部分であった本件土地等について北側方面から宅地として造成していき、山腹斜面にはコンクリート擁壁を設置するなどしており、宅地として造成された本件土地等の合計面積は約1500平方メートルである。亡Y2及び被告Y3は、平成7年8月25日以降、本件土地部分について、宅地として造成し、同部分の裏山である西側の山腹斜面にその北側方面の斜面におけるのと同様の方法により前面勾配を1:0.3とするコンクリート建造物である原告宅西側擁壁を設置し、その天端には約1メートルのステップと落石対策の防護柵を設けた。本件土地、その西側山腹等についての本件造成事業による造成工事前の地盤線、本件変更認可計画上の人工法面の地盤線、本件崩落事故前の地盤線は別紙図面2のとおりである(〔証拠略〕)。
(6) 本件建築特例許可等
ア 原告は、亡Bとの間で、平成8年11月19日、亡Y2を亡Bの連帯保証人として、本件土地を代金1437万円で購入する旨の本件土地売買契約を締結した。原告は、亡Bに対し、本件土地売買契約に基づき、同日に手付金100万円を、同年12月24日に残金1337万円をそれぞれ支払い、同日、本件土地について所有権移転登記手続をした(〔証拠略〕)。
イ 原告は、県知事に対し、平成9年2月6日、旧住造法13条2号に基づき、本件造成事業の施行地区内の本件土地上に本件建物を建築することの許可を求める本件建築特例許可申請をした(〔証拠略〕)。
ウ 被告県(土木部住宅課建築開発指導室)は、本件造成事業について、台風の時期等には、現地を確認しに行くなどしていたほか、本件造成事業について旧住造法13条2号に基づく建築物の建築特例許可の申請があった場合には、被告県の職員が現地に行き、目視により申請地の安全等を確認するなどし、申請地等に問題があった場合には、亡Y2と協議の上、改善等をするように指導するなどしてきた。被告県の職員は、本件建築特例許可申請についても、安全を確認するために本件土地に赴き、目視により特段危険がないと判断することができたので、県知事は、平成9年2月18日、本件建築特例許可(建築第27号)をした(〔証拠略〕)。
エ 原告は、被告市に対し、平成9年2月3日、建築基準法6条1項に基づき、本件建物について建築確認の申請をし、被告市の建築主事は、同月21日、本件建築確認(第2156号)をした(〔証拠略〕)。
オ 原告は、e社及び有限会社fとの間で、平成8年11月10日、本件建物の新築工事(追加工事を含む。)について代金1869万0977円(消費税込み)で本件建物請負契約を締結し、平成9年6月25日までに、e社に対し、同契約に基づき、上記代金全額を支払った。e社は、同契約に基づき、本件建物を完成させ、原告に対し、本件建物を引き渡し、原告は、平成9年5月21日、本件建物について所有権保存登記手続をした上、同年6月29日、本件建物に入居した。(〔証拠略〕)。
(7) 擁壁倒壊事故等の発生
ア D邸及びE邸(別紙図面1―1の1地点)は、平成3年ころから、地盤沈下が発生し、その外壁に亀裂が生じるようになった。Dは、このことについてa不動産と交渉したものの、取り合ってもらえなかったため、被告県に相談するなどし、平成5年6月11日には、Iの立会いの下、被告県の関係職員がD邸等の調査に訪れたものの、その際に亡Y2が介入し、Iを恫喝するなどした(〔証拠略〕)。
イ J邸の上方(別紙図面1―1の2地点)の擁壁は、平成6年夏ころ、設置工事施工中に倒壊した。このため、被告県は、亡Y2及び被告Y3に対し、復旧工事を指導し、亡Bは、県知事に対し、同年10月13日付けの誓約書により、上記擁壁の復旧工事を施工する旨誓約し、亡Y2及び被告Y3は、同復旧工事を完成し、亡Bは、同年11月14日、県知事に対し、同工事を完了した旨通知した(〔証拠略〕)。
ウ G邸の東側(別紙図面1―1のG区域)の擁壁は、平成8年8月ころ、その一部が倒壊した。このため、被告県は、亡Y2及び被告Y3に対し、復旧工事等を指導した。
エ 本件土地建物の北側(別紙図面1―1のC区域)において、同年9月ころ、落石が生じた。このため、被告県は、亡Y2及び被告Y3に対し、対策をとるよう指導し、亡Y2及び亡Bは、被告県に対し、同月9日付けの誓約書により、落石の除去、落石ネットの設置等を誓約した(乙7)。
(8) 本件崩落事故の発生とその後の経過
ア G邸の東側(別紙図面1―1のG区域)の擁壁は、平成9年9月16日に崩壊した。翌17日ころから台風の影響で徳島県内に大雨が降ったため、同月19日、原告宅西側の山腹斜面に地すべりが生じ、原告宅西側擁壁が崩落するという本件崩落事故が発生し、崩落した土砂等により本件建物が損壊するなどした。原告は、本件建物から避難した後、本件建物について代金373万1038円(消費税込み)で修繕工事をするとともに(甲8)、本件建物内の下駄箱について代金26万8485円(消費税込み)で取替工事をした(甲9)ものの、本件建物には居住せず、徳島県営住宅に居住している。
イ 被告県は、平成10年5月12日、行政代執行法に基づき、本件事故現場斜面等について、旧住造法による本件行政代執行を開始し、仮設防護策を設置するなどし、同年8月31日、本件行政代執行を完了した。本件事故現場斜面について、砂防法による行政代執行は行われていない(〔証拠略〕)。
2 本件崩落事故の発生原因(争点(1))について
(1) 前記1の認定事実並びに証拠(〔証拠略〕)及び弁論の全趣旨によれば、<1> 本件事故現場斜面付近に対するボーリング調査の結果、別紙図面3のとおり、本件事故現場斜面の北側の斜面は、ほぼ塩基性片岩の地層となっているのに対し、本件事故現場斜面は、泥質片岩、塩基性片岩及び珪質片岩の3種類の地層が交叉し、その地層中に4本の断層が走っている状態であり、脆弱な地層であったことから、斜面の造成工事をするに当たっては、山腹斜面の崩落等を防止するために付近斜面と比較して慎重な配慮が必要であると考えられること、<2> 亡Y2及び被告Y3は、本件事故現場斜面について、上記<1>の地層の違いを認識することなく、その北側の斜面と同様の工法により山腹を切土した上で原告宅西側擁壁を設置したこと、<3> 原告宅西側擁壁は、法面の浸食、風化防止の機能を有するにとどまり、土圧を支える機能を有していなかったこと、<4> 本件崩落事故は、最初に原告宅西側の山腹斜面に地すべりが生じ、原告宅西側擁壁が崩落して発生したものであること、<5> 原告宅西側の山腹斜面については、別紙図面2のとおり、原告宅西側擁壁が本件変更認可計画上の地盤線とほぼ同様の勾配(1:0.3)で設置されているほか、本件崩落事故前の地盤線が本件変更認可計画上の地盤線と比較して全体として緩やかな勾配で造成されており、原告宅西側擁壁の天端には約1メートルのステップと落石対策の防護柵が設けられていたこと、<6> 本件事故現場斜面については本件崩落事故が発生したものの、他の付近法面については崩落事故が発生しなかったことが認められる。
以上の本件事故現場斜面の地層の状況、本件事故現場斜面の造成方法や原告宅西側擁壁の安全対策、本件崩落事故の発生状況、本件事故現場斜面付近の状況等からすれば、本件崩落事故は、本件事故現場斜面がその周辺の斜面と比較して複雑な地層になっており、地層そのものが脆弱であったことから、同斜面の造成工事をするに当たっては、その崩落を防止するために慎重な配慮が必要であったにもかかわらず、亡Y2及び被告Y3が、そのような配慮をすることなく、本件事故現場斜面についてその周辺の斜面と同様の工法により原告宅西側擁壁を設置するなどして本件事故現場斜面を造成したことが直接の発生原因であり、本件崩落事故の数日前からの大雨がきっかけとなり、本件事故現場斜面において地すべりが生じて原告宅西側擁壁も倒壊したものと認めるのが相当である。
(2) 原告は、本件崩落事故について、亡Y2及び被告Y3が本件事故現場斜面の造成工事において本件変更認可に付された「切土、崖の施行に際して、軟岩以外の土質が生じた場合には、法面勾配を変更し、30°から40°までの勾配として施行すること。」という条件に明らかに違反して、本件土地の西側斜面末端部を急勾配(68°から73°)で切土し、法面を不安定にさせるという危険極まりない違法な工事を実施したことに根本的原因がある上、亡Y2及び被告Y3の原告宅西側擁壁の設計や施工に欠陥があったこと、原告宅西側擁壁の上部法面において安全対策工事に不備があったことなどの原因も重なり、台風による降雨で原告宅西側擁壁が損壊し、本件土地建物に土砂等が流出した、と主張し、被告県土木部とh株式会社(旧商号。現商号は「i株式会社」という。以下、新旧商号を通じて「h社」という。)との本件造成事業の安全確認調査の報告書(乙4の1。以下「h社調査報告書」という。)や原告の陳述書(甲10)や供述(以下「原告の供述等」という。)中にもこれに沿う部分がある。
しかしながら、h社は、h社調査報告書中で本件崩落事故前の本件土地の西側斜面末端部を68°から73°の急勾配で切土したと推定したことについて、その後の調査で、本件土地の西側斜面末端部が切土斜面と原告宅西側擁壁との間に空間を設けて、同空間を盛土で埋め戻す方法で構築されている可能性があり、この場合には切土斜面の勾配が68°よりも緩い勾配であるため、本件事故現場斜面の勾配が本件崩落事故の発生原因であるとすることはできない、とのh社調査報告書の報告を見直す見解を示していること(〔証拠略〕)に照らすと、h社調査報告書の記載を直ちに採用することはできず、他に本件事故現場斜面が68°から73°の勾配で切土されたことについては、これを認めるに足りる証拠はない。また、原告宅西側擁壁については、その天端に約1メートルのステップと落石防止対策の防護策が設けられたことは既に認定したとおりであり、このことに照らすと、上記各証拠から、直ちに原告宅西側擁壁の安全対策が不十分であり、これが本件崩落事故の発生原因となったと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
原告の本件崩落事故の原因に係る上記主張は採用することはできない。
3 被告Y2相続財産及び被告Y3の責任(争点(2))について
(1) 前記1の認定事実によれば、本件造成事業の工事の施工業者はa不動産こと亡Bであるものの、亡Bの内縁の夫である亡Y2は、自ら実質的に本件造成事業の造成工事を施工し、亡Bの長男である被告Y3も、a不動産の業務に従事し、亡Y2とともに上記造成工事を施工していたのであるから、亡Y2及び被告Y3も、本件土地や本件事故現場斜面の造成をした施工業者に当たるということができる。本件造成事業は山腹を切土して宅地を造成する事業であるため、その実施により、本件崩落事故のような山腹斜面等が崩落する事故が発生する危険性を内在しており、山腹が崩落する事故が発生したならば、土地建物が損壊し、その住民の生命身体や財産に多大な被害を生じさせかねないのであるから、本件造成事業の工事の施工業者である亡Y2及び被告Y3は、上記工事を行うに際しては、地質を慎重に調査するなどして細心の注意を払って安全対策を講じて人工法面、擁壁、宅地等を造成すべき注意義務を負っていたというべきである。前記2に説示したとおり、本件事故現場斜面の地層は、泥質片岩、塩基性片岩及び珪質片岩の3種類の地層が交叉し、その地層中に4本の断層が走っている脆弱な状態であり、亡Y2及び被告Y3は、本件造成事業の工事の施工業者として、本件事故現場斜面を切土するなどの工事を施行した際に、本件事故現場斜面の上記特殊な地層の状態を認識することができたと認められる(〔証拠略〕)から、本件事故現場斜面の地層を詳しく調査するなどして、法面の崩落を防止するために付近斜面と比較して慎重な配慮をすることが必要であった。亡Y2及び被告Y3は、本件事故現場斜面の地層について調査等をしないままに、その地層の状態に注意を払うことなく、本件事故現場斜面の付近斜面においてしたのと同様の工法により法面を造成し、原告宅西側擁壁を設置する工事を施工した結果、本件崩落事故が発生したということができるから、上記注意義務を怠ったというべきである。
そうである以上、亡Y2及び被告Y3は、本件崩落事故について共同不法行為者としての責任を免れない。
(2) 以上によれば、被告Y2相続財産及び被告Y3は、原告に対し、共同不法行為(民法719条、709条)に基づき、損害賠償責任を負う。
4 被告Y1院の責任(争点(3))について
(1) 被告Y1院は、自らを事業主として本件当初認可申請をし、被告県から本件当初認可を受けたものの、本件当初認可申請から本件当初認可までの間に、亡Bに対し、本件造成事業の施行地区の土地を売却し、その後、a不動産が本件造成事業を遂行したのであって、被告Y1院は、実質的に本件造成事業にまったく関与していないのであるから、亡Y2や亡Bが本件造成事業の事業主であり、被告Y1院は事業主ではない、と主張する。
前記1の認定事実によれば、<1> 被告Y1院は、壇家を増やし、経済的基盤を確立するため、b社の代理人であった亡Y2による徳島霊園事業の提案を受け入れ、<2> 亡Y2は、被告Y1院の責任役員に就任して徳島霊園事業を取り仕切るようになり、被告Y1院は、徳島霊園事業の遂行を亡Y2に任せ、<3> 被告Y1院の現代表役員であるAが本山から僧籍削除処分を受けて被告Y1院の代表役員を解任された際には、亡Y2は、Aの被告Y1院の代表役員の地位を確認するための仮処分事件等の遂行を取り仕切り、<4> 被告Y1院は、亡Y2の提案を受け入れて本件造成事業を実施することにし、自らを事業主として本件当初認可申請をし、<5> 被告Y1院は、徳島霊園事業の造成工事の資金を捻出するために、亡Y2等の提案により、本件当初認可地区等を亡Bに対して売却し、a不動産が本件当初認可地区等において本件造成事業を遂行し、その利益をもって徳島霊園事業の造成工事の資金に充当し、上記売買代金に代えることにし、施行地区等売買契約を締結するなどしていたのである。被告Y1院は、経済的基盤の確立という自らの利益のために徳島霊園事業の開始を決断し、その遂行を亡Y2に委ね、さらに、亡Y2等の提案を受け入れて、自ら事業主となって本件当初認可申請をするとともに、本件造成事業による利益を徳島霊園事業の工事の資金に充てる仕組みを組成し、徳島霊園事業や本件造成事業を遂行していくことを自ら決定したということができる。被告Y1院の現代表役員であるAは、少なくとも本山から住職を解任された当時においては、亡Y2の協力を得て仮処分事件を遂行するなど、亡Bや亡Y2と密接な協力関係にあったものである。そうすると、被告Y1院は、a不動産を経営していた亡Bや亡Y2らと一体となって、共同して徳島霊園事業や本件造成事業を遂行していた事業主であるということができる。
前記1の認定事実によれば、亡Y2は、自らの思うがままに被告Y1院を運営するなどした結果、亡Y2とAとの間の関係が悪化し、被告Y1院は、亡Y2を責任役員から解任し、亡Y2が被告Y1院等を被告として地位確認訴訟を提起するに至って、その関係の悪化が決定的になり、亡Y2は、その後、徳島霊園事業や本件造成事業等を独断で遂行するなどしていたものである。しかしながら、このために、被告Y1院が、これらの事業による利益を得ることができず、多大な損失を被る結果となっているとしても、それは、結果的に、被告Y1院が自ら決断して実施した亡Y2等との共同事業が失敗し、期待する結果にならなかったにすぎないというべきである。被告Y1院は、いったんは亡Y2等と共同して徳島霊園事業や本件造成事業を遂行することにし、自ら事業主として本件当初認可申請をし、本件当初認可を受けるなどしたのであるから、本件造成事業の事業主として、本件造成事業の廃止を申請するなどしないかぎり、本件造成事業を実施する亡Y2等とともに、本件造成事業の遂行の際に亡Y2等の責任により生じた被害等に対する責任を免れることはできないというべきである。前記1の認定事実によれば、被告Y1院は、本件変更認可申請がされていることを認識していたにもかかわらず、被告県に対し、本件変更認可申請をしていないことなどを告げたにとどまり、本件造成事業の廃止を申請するなどしていないのであるから、亡Y2等との共同事業である本件造成事業における責任を免れることはできないというのが相当である。被告Y1院が事業主ではないとの上記主張は採用することはできない。
そうである以上、被告Y1院は、共同事業主である亡Y2が本件事故現場斜面の造成工事の施工に際して注意義務を尽くさなかったために発生した本件崩落事故について、亡Y2と共に、共同不法行為者としての責任を負うというべきである。
(2) 被告Y1院は、本件事故現場斜面の造成工事や原告宅西側擁壁の設置工事は、亡Y2及び被告Y3が平成7年8月以降に本件変更認可に基づき実施したものであって、被告Y1院は本件造成事業の工事を自ら施工する能力を有しないのであり、民法716条により、被告Y1院が本件造成事業の事業主であるか否かにかかわらず、亡Y2及び被告Y3による本件造成事業の工事について責任を負うものではない、と主張する。
しかしながら、既に認定説示したとおり、被告Y1院は、亡Y2等とともに共同して本件造成事業を開始したものであり、その遂行を亡Y2等に委ねて実質的に関与していなかったとしても、亡Y2等と一体として本件造成事業を遂行した者ということができるから、その過程において亡Y2等の責任により生じた事故等についての責任を免れないというべきである。被告Y1院は、亡Y2等と一体として本件造成事業を遂行した以上、請負契約における工事施工者と同視すべきものであり、単なる注文者にすぎないということはできないから、民法716条を根拠に責任を免れることはできない。
また、被告Y1院は、亡Y2及び被告Y3による工事の状況をまったく把握することはできなかったのであるから、本件崩落事故の発生を予見することができない、として、被告Y1院が本件崩落事故について不法行為責任を負わない、とも主張する。
しかしながら、既に認定説示したとおり、被告Y1院は、亡Y2等と一体として、本件造成事業の工事施工者と同視されるべきものであるから、被告Y1院が実際上これを把握することができたか否か、本件崩落事故等の崩落事故の発生を予見することができたか否かにかかわらず、本件崩落事故についての責任を免れることはできないと解するのが相当である。
被告Y1院の上記主張はいずれも採用することができない。
(3) 以上によれば、被告Y1院は、本件崩落事故について、原告に対し、被告Y2相続財産及び被告Y3と共に、共同不法行為(民法719条、709条)に基づき、損害賠償責任を負う。
5 被告県の責任(争点(4))について
(1) 県知事が本件変更認可をしたことは違法であるか否かについて
ア 原告は、亡Y2等が被告Y1院の代表役員であったCに無断で、偽印を用いて本件変更認可申請をしたこと、被告Y1院の現代表者であるAが平成3年初めころに被告県の住宅課に対して亡Y2等による乱開発の実情や亡Bが被告Y1院の代表役員Cの偽印を用いて申請したものであると訴えていたことなどからすれば、被告県は、本件変更認可申請が被告Y1院の意思に基づくものではないことを認識していたということができるから、事業主である被告Y1院に対し、本件変更認可申請をする意思があるか否かを確認すべきであったのに、これを怠り、本件変更認可をしたものであり、同認可をしたことは国家賠償法上違法である、と主張する。
しかしながら、仮に、この点において本件変更認可の手続に瑕疵があり、被告県が本件変更認可をしたことを違法と評価する余地があったとしても、このことが直ちに本件崩落事故により被害を受けた原告との関係で国家賠償法上違法と評価されることになるわけではないことは明らかであるから、原告の上記主張は失当である。そもそも、前記1及び4に認定説示したとおり、被告Y1院と亡Y2等とは、共同して本件造成事業を実施していたということができるのであるから、被告Y1院の内部において亡Y2とAとの間に争いが生じている状況の下で、対立する当事者の一方から本件変更認可申請がされたとしても、これを直ちに権限に基づかない申請であるとは評価し難い上、被告Y1院において、本件変更認可申請がされていることを認識しながら、被告県に対して本件造成事業について廃止の申請をしていなかったことなどからすれば、被告県が、被告Y1院の意思を改めて確認しないまま、本件変更認可をしたことを、直ちに手続上違法であると評価することもできない。
また、原告は、被告県において、亡Y2等が本件当初認可地区の範囲を超えて、施行地区の変更の認可を受けないままに、違法に宅地を造成するという乱開発をしていることを認識していたのであるから、本件造成事業の工事の状況や現場等について十分に調査をすべきであったのに、これを怠り、違法な乱開発を追認したものとして本件変更認可をしたのであるから、本件変更認可をしたことは、国家賠償法上違法である、と主張する。
しかしながら、前記1の認定事実によれば、亡Y2等は、本件当初認可地区外において、別紙図面1―2の黄色部分の区域(約4600平方メートル)の被告市発注の浚渫工事跡地について宅地として造成工事をしたり、同赤色部分の区域(約1万0600平方メートル)の亡Y2及び亡Bによる青石採取跡地について宅地として造成工事をしたり、同紫色部分の区域(約1万4200平方メートル)について法面工法の変更として造成工事をしたりしていたものの、これらの造成工事が本件当初認可地区外で行われたことをもって直ちに違法な工事であると認めるに足りる証拠はない上、本件変更認可の時点において、上記各造成工事がずさんな工事であるために災害等の発生の具体的危険性が生じていたなどの事情も認めるに足りないから、上記工事が違法な乱開発であると評価することはできず、被告県において、本件造成事業の工事の状況や現場等を調査することを怠ったということもできない。被告県は、これらの本件当初認可地区外の造成区域についても、本件当初認可地区と同様に旧住造法による規制を及ぼそうとして、本件変更認可をしたものであるということができるのであるから、このような被告県による対応が不適切であったということはできない。
原告の上記主張はいずれも採用することはできない。
イ 上に述べたところによれば、被告県が本件変更認可をしたことは国家賠償法上違法であるとはいえない。
(2) 県知事が旧住造法17条、砂防法5条及び30条等に基づく監督等の権限を行使しなかったことは違法であるか否かについて
ア 原告は、<1> 本件変更認可地区内において、地盤沈下、擁壁崩落等が発生し、被告県の職員も、住民からの抗議や陳情を受けて現場に赴くなどしていたことや、亡Y2等が、本件変更認可計画上、法面となるはずの本件土地部分について宅地として造成するなどの違法な乱開発をしたり、本件変更認可の条件に違反して法面を急勾配で切り上げ、安全対策も講じないという危険極まりない工事をしたりしていたことからすれば、被告県としては、本件崩落事故のような事故が発生することを予見することができたはずであり、<2> 県知事は、旧住造法17条に基づき、本件造成事業の事業主である被告Y1院や亡Y2及び被告Y3に対し、工事の停止や是正措置を命じ、亡Y2及び被告Y3がこれに従わないのであれば、行政代執行法に基づく代執行措置を採る権限を有するのであるから、上記<1>のとおり、本件変更認可の条件や本件変更認可計画に従わない違法な工事をした亡Y2や被告Y3に対し、上記監督権限を行使し、工事の停止や是正措置を命じるなどして、本件崩落事故の発生を未然に防止すべきであったにもかかわらず、上記監督権限を行使せずに、亡Y2及び被告Y3の違法な工事を放置したのであり、<3> 被告県は、砂防法5条に基づき、砂防指定地を監視し、砂防設備を維持管理する義務を負うにもかかわらず、亡Y2等が、平成8年1月1日以降には砂防指定地内行為(砂防設備占有)の許可を受けずに本件造成事業を継続した上、それ以前の許可を得ている砂防指定地内の許可内容に反し、法面とすべき本件土地を宅地として造成するなど、二重の意味で砂防法及び県砂防管理規則に違反する違法な工事をしたことを認識しながら、砂防法30条及び県砂防管理規則12条に基づく条件違背工事の停止や原状回復命令を発するなどの権限を行使しなかったのであるから、違法である、と主張する。
イ 行政庁の規制権限の不行使については、行政庁の権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使により被害を受けた者との関係において、国家賠償法1条1項の適用上違法となるというべきである(最高裁平成元年11月24日第二小法廷判決・民集43巻10号1169頁参照、最高裁平成7年6月23日第二小法廷判決・民集49巻6号1600頁参照)。
(ア) 本件において県知事が旧住造法17条に基づく工事の停止等の監督権限を行使しなかったことが国家賠償法1条1項の適用上違法となるか否かについて検討する。
旧住造法は、住宅地造成事業の施行について災害の防止及び環境の整備のため必要な規制をするとともに、その適正な施行を促進することにより、良好な住宅地の造成を確保し、もって公共の福祉の増進に寄与することを目的とし(1条)、住宅地造成事業の施行の際に災害等が発生することを防止することを目的の一つとして掲げている。旧住造法は、上記目的を達成するため、上記事業の施行に際して事業計画等を定めて認可を受け、事業計画に変更があった場合には変更認可を受けることを要求するほか(4条、5条、10条)、県知事に、上記事業が認可の条件、認可を受けた事業計画等に従っていない場合には、工事施工者等に対して工事の停止を命じたり、必要な措置を採ることを命じたりする権限を付与しているものの(17条)、旧住造法や関連法令中には、災害を防止するなどのための技術的な基準等については一切設けられていない。このような旧住造法の規定等にかんがみれば、旧住造法は、その目的の一つとして災害防止を掲げるものの、その目的を達成するための規制については不十分であるといわざるを得ないものである。旧住造法17条の監督権限については、いかなる場合にどの程度の権限を行使すべきであるかの基準等がなく、県知事の判断に委ねられているということができる上、工事施工者等に対して必要な措置を採ることを命じるという新たな義務を課したり、工事の停止まで命じたりするという極めて強い効果を生じさせる権限であるから、県知事としては、災害防止という旧住造法の目的等を勘案しつつも、上記監督権限を慎重に行使する必要があるということができる。このような旧住造法の趣旨、目的、監督権限の性質や内容等にかんがみれば、上記監督権限の行使については、住宅地造成事業の施行上、災害の発生の危険が具体的に切迫し、これを予測することが可能であり、県知事において上記権限を行使することが期待することができるにもかかわらず、これを行使しなかったという場合に限り、国家賠償法1条1項の適用上違法となるというべきである。
前記1の認定事実によれば、亡Y2及び被告Y3は、昭和45年の本件当初認可後、本件当初認可地区外において宅地造成をしていたほか、平成3年の本件変更認可後も、本件変更認可計画では人工法面となるはずの本件土地等の部分を宅地として造成していた。また、本件変更認可地区内外において、D邸及びE邸(別紙図面1―1の1地点)が平成3年ころから地盤沈下したり、J邸の上方(別紙図面1―1の2地点)の擁壁が平成6年ころに設置工事施工中に倒壊したり、G邸の東側(別紙図面1―1のG区域)の擁壁が平成8年8月ころに一部が倒壊したり、本件土地建物の北側(別紙図面1―1のC区域)で平成8年9月ころに落石が発生したりするなどしたため、被告県の職員が、現地を訪れて確認をしたり、亡Y2等に対して復旧工事を指示したりしていた。しかしながら、本件当初認可地区外において宅地造成がされたことや、本件変更認可計画上では法面となる部分が宅地として造成されたことなどの事情から、被告県が、直ちに亡Y2等による宅地造成工事が山腹の崩落等の災害を発生させるようなずさんな工事であると認識することができたとは認められない。上記D邸及びE邸の地盤沈下については、山腹斜面に造成された土地の盛土部分が不同沈下現象を起こしたことによるものと考えられるから、本件崩落事故のような山腹の崩落と関連があると認めることはできない。上記擁壁の倒壊についても、設置工事の施工中に工事途中の擁壁が倒壊したものであり、本件崩落事故における山腹の崩落とは全く異なるものである。上記落石についても、これが本件崩落事故における山腹の崩落と同様の現象であると認めるに足りる証拠はない。平成15年8月ころの本件変更認可地区内の写真(甲29)では、同地区内の地盤や建物に亀裂等が生じていることがうかがわれ、その以前から上記亀裂等が生じており、このことが亡Y2等による本件造成事業の工事にずさんな面があったことを少なからず推測させるような事情となり得るとしても、上記亀裂等が本件事故現場斜面や本件土地等が造成されたころまでに生じていたことを認めるに足りる証拠はないばかりか、本件崩落事故のような山腹の崩落と関連があると認めることはできない。上に述べたところによれば、被告県において、本件崩落事故が発生するまでに、本件事故現場斜面等の本件変更認可地区内において本件崩落事故のような災害が発生する危険が具体的に切迫していることを認識することができたと認めることはできず、亡Y2等が本件造成事業の工事を遂行する能力をおよそ有しない者であったともいえないから、県知事において亡Y2等に対して旧住造法17条に基づく権限を行使することを期待することができるような状況があったということはできない。
そうである以上、県知事が上記権限を行使しなかったことは、国家賠償法1条1項の適用上違法とはいえない。
(イ) 次に、県知事が砂防法30条等に基づく工事の停止等の権限を行使しなかったことが国家賠償法1条1項の適用上違法となるか否かについて検討する。
砂防法は、砂防指定地において治水上砂防のため一定の行為を禁止し、若しくは制限するものである(4条)。砂防法は、被告県に、管内の砂防指定地を監視し、その管内の砂防設備を管理する義務を課すとともに(5条)、砂防法等に違反した者に対して違反を更正することなどを命じる権限を付与しているものの(30条)、この権限は、山腹崩壊の防止を目的とするものではなく、渓流や河川に土砂が流入し、これにより土砂流等を発生させて沿岸、下流域の住民の生命、財産に危険が及ぶことを防止するという治水上砂防のために行使されることが期待されるものであるから、上記権限等の不行使については、被告県において上記治水上砂防のために必要な措置等を採ることが期待することができるにもかかわらず、上記権限等を行使しなかった場合に限り、国家賠償法1条1項の適用上違法になるというべきである。
本件事故現場斜面や本件土地等については、渓流や河川への土砂流入のおそれはなく、治水上砂防とは無関係であると認められるから(〔証拠略〕)、被告県において、治水上砂防のために必要な措置等を採ることを期待することができるとはいえない。前記1の認定事実によれば、本件事故現場斜面や本件土地が造成されたのは平成7年8月以降であり、仮に、亡Bが県知事から得ていた本件最終砂防変更許可の許可期限内である平成7年12月31日を超えて上記造成工事が実施されたとすれば、砂防法に定められた手続上は違法であるとはいえても、上記のとおり、本件事故現場斜面や本件土地等が治水上砂防と無関係であると認められる以上、被告県としては、亡Bに対して追加の許可を得るように指示するなどして対応することは考えられるとしても、このことによって治水上砂防のために必要な措置を採ることを期待することができるような状況であるとはいえないことは明らかである。亡Y2は、砂防指定地内行為許可の範囲である人工法面とする計画のところに本件土地の宅地造成工事をしているものの、このことをもって被告県が治水上砂防のために必要な措置を採ることを期待することができるような状況であるといえないことも、上に述べたところから明らかである。
そうである以上、県知事が砂防法30条等に基づく上記権限を行使しなかったことは国家賠償法1条1項の適用上違法とはいえない。
ウ 以上のとおりであるから、県知事が旧住造法17条、砂防法5条及び30条に基づく監督等の権限を行使しなかったことが国家賠償法1条1項の適用上違法であるとはいえない。
(3) 被告県が本件建築特例許可をしたことが違法であるか否かについて
ア 原告は、旧住造法13条の建築特例許可について、当該申請地が法令や認可の条件に違反していないか、安全で良好な土地であるか否かなどについて慎重に調査して審査した上で許可すべきであり、本件土地については、本件変更認可において法面として開発することが認可されていたにすぎないにもかかわらず、旧住造法に基づく許認可を受けずに違法に宅地として造成された土地である上、本件事故現場斜面については、本件変更認可に付された条件に違反して急勾配に造成されたものであり、原告宅西側擁壁については建築確認を受けていないほか、砂防法上も違法に造成されたものであるから、本件建築特例許可は違法である、と主張する。
イ しかしながら、旧住造法は、造成事業が完了した場合、事業主に工事完了届を提出する義務を課し、同届出を受けた都道府県知事が当該工事が事業計画に適合したものであるか審査することとしながら(12条)、事業主以外の第三者による権原に基づく建築行為について建築制限を解除すると規定しており(13条2号)、その解除に当たっての審査基準等については何ら規定していない。このような旧住造法の規定にかんがみるならば、旧住造法は、その目的とする災害防止等を達成するために、住宅地造成事業の完了後に審査することとしながら、完了前に正当に住宅地造成事業の施行地区内の土地を取得した事業主以外の第三者を保護するため、上記完了後の審査前であっても建築制限を解除することにしたものと解するのが相当である。そうすると、上記解除の申請を受けた県知事としては、当該申請地が認可の条件や計画に従わず造成されていたり、当該申請地がずさんな工事により造成された土地であることがうかがわれたりする場合であっても、上記申請に際して当該申請地を調査する権限を有せず、又は調査する義務を負うものではなく、上記申請を許可せざるを得ないと解され、当該申請地の不備等については災害発生の危険が具体的に切迫しているような場合に旧住造法17条の権限等を行使することにより対応することがあり得るにすぎないというべきである。このような旧住造法13条2号の建築制限の解除により、事業主等は、不適切な宅地造成工事をしたとしても、都道府県知事の検査等を受けることなく、当該造成地を売却することができることになってしまうことがあり得るものの、これば、旧住造法が造成地の早期活用の利益を優先させた結果であり、上記事態が生じ得ることは旧住造法上の規定上やむを得ないものというべきである。
前記1の認定事実によれば、被告県としては、旧住造法13条に基づく建築特例許可の申請があった場合、担当者が現地に赴き、可能な限りの検分をした上、上記許可をしていたものの、このような検分については旧住造法上は予定されていないものである。本件土地部分が本件変更認可計画上では法面となるはずであったにもかかわらず、宅地として造成された土地であり、その本件変更認可計画の変更が旧住造法10条1項ただし書が規定する事業計画の軽微な変更に該当しないと解する余地があるとしても、県知事としては、そのことを理由として本件建築特例許可申請を不許可とすることはできないというべきである。上記のような事態に対しては、被告県として、亡Y2等に対して変更認可申請するように促したり、上記造成地について災害発生の危険が具体的に切迫しているような場合に、旧住造法17条に基づく規制権限を行使したりすることがあり得るにとどまる。
そうである以上、県知事が本件建築特例許可をしたことは国家賠償法上違法といえない。
(4) 以上のとおりであるから、被告県は、本件崩落事故について、原告に対し、国家賠償法に基づく損害賠償責任を負わない。
6 被告市の責任(争点(5))について
(1) 原告は、<1> 本件造成事業が無認可・無許可で造成をするなどの継続的な違法行為であったこと、<2> 被告Y1院が被告市の土木部に対して平成8年8月に上記違法行為等の危険性を訴えていたこと、<3> 原告宅西側擁壁は、高さが9メートルであり、建築確認を要する(建築基準法88条、同法施行令138条)にもかかわらず、亡Y2や被告Y3が原告宅西側擁壁について建築確認を申請した形跡がないことに加え、建築確認においては敷地が法令に適合するか否かについても審査するのであるから(同法6条1項本文)、被告市の建築主事は、本件建築確認の際、原告から提出された資料だけを形式的に審査するだけでなく、関係者から事情を聴取したり、被告県から資料の提出を受けて検討したり、現地を調査したりする義務があったにもかかわらず、同義務を尽くさずに本件建築確認をしたのであるから、亡Y2や被告Y3とともに、共同して不法行為をした者として、損害賠償責任を負う、と主張する。
しかしながら、建築基準法上、建築確認を受けようとする者は、政令で定める様式の申請書を建築主事に提出して確認を求めるものとされていること(建築基準法6条1項、7項)、建築確認の審査期間が比較的短期間とされていること(同法6条4項)、建築主事は、申請に係る計画が建築基準関係規定に適合しないことを認めたとき、又は申請書の記載によっては建築基準関係規定に適合するかどうかを決定することができない正当な理由があるときは、その旨及びその理由を記載した通知書を上記の期間内に申請者に交付しなければならないとされていること(同法6条5項)、建築主事が申請書の審査に当たり、関係者から事情を聴取したり、現地調査をしたりする権限ないし義務を定めた規定は存しないことなどにかんがみれば、建築主事は、建築確認の審査をする際、提出された申請書類に基づき、建築申請に係る建築計画が建築基準関係規定に適合するか否かを判断すれば足り、関係者から事情聴取をしたり、現地調査をしたりする義務はないというべきである。原告の主張する前記<1>ないし<3>の事情は、いずれも確認申請書類には現れない事情であることは建築基準法及び同法施行規則の規定から明らかであるから、被告市の建築主事が上記の点について審査する義務を負うとはいえない。被告市の建築主事が本件建築確認申請を審査する際に本件土地について現地調査等をせずに本件建築確認をしたことに何ら違法はない。
原告の上記主張は採用することができない。
(2) 以上のとおりであるから、被告市は、原告に対し、本件崩落事故について、不法行為責任を負わない。
7 被告らの責任と原告の損害との間の因果関係(争点(6))について
前記3に説示したとおり、亡Y2及び被告Y3が本件造成事業の工事施工者としての注意義務を怠らず、適切に本件事故現場斜面を造成していたならば、また、前記4に説示したとおり、被告Y1院が本件造成事業について亡Y2及び亡Bとの共同事業主としての注意義務を怠らなければ、本件崩落事故が発生しなかったということができるから、亡Y2、被告Y3及び被告Y1院の共同不法行為と本件崩落事故による原告の損害との間には相当因果関係がある。
8 原告の損害(争点(7))について
(1) 前記1の認定事実によれば、本件崩落事故の結果、本件建物は、崩落した土砂等により損壊し、原告は、本件建物から避難しており、本件建物について修繕工事をしたほか、本件事故現場斜面について被告県により本件行政代執行工事が実施され、仮設防護柵が設置されるなどしているものの、現在も徳島県営住宅において生活しており、原告は、本件尋問において、本件事故現場斜面には崩落等の危険があるとして、今後も本件建物において生活するつもりはない、と供述している。本件事故現場斜面については、本件崩落事故が発生した後、根本的な安全対策が講じられたことを認めるに足りる証拠はなく、今後再び崩落事故の発生する危険があるということができるから、本件崩落事故により本件土地及び本件建物の財産的価値は皆無になったということができる。そうだとすれば、原告が支払った本件土地の購入費用相当額である本件土地売買契約の代金額1437万円及び本件建物の新築費用相当額である本件建物請負契約の代金額1869万0977円の合計額である3306万0977円は、亡Y2、被告Y3及び被告Y1院の共同不法行為と相当因果関係にある損害であるということができる。
(2) 前記1の認定事実によれば、原告は、本件崩落事故後、本件建物の修繕工事の費用及び同建物内の下駄箱の取替工事の費用として合計399万9523円を支出しているのであって、本件崩落事故後の上記修繕工事等をした当時においては、本件建物に居住するために上記修繕工事等をすることは相当であるということができるから、上記費用相当額は、亡Y2、被告Y3及び被告Y1院の共同不法行為と相当因果関係にある損害であるということができる。
(3) 前記1の認定事実並びに〔証拠略〕によれば、原告は、ローンを組んで本件土地及び本件建物を取得し、本件建物で生活を始めた平成9年6月29日から3か月が経たないうちに本件崩落事故が発生し、避難生活を余儀なくされている上、ローンの支払を継続しているのであって、その生活や将来に対する不安を感じて生活することを強いられていることが認められる。これらの事情によれば、原告は、多大な精神的苦痛を被ったということができ、これを慰謝するに足りる慰謝料の額は300万円を下らない。
(4) (1)ないし(3)の原告の損害額の合計は4006万0500円となる。
9 以上のとおりであるから、原告は、被告Y1院、被告Y2相続財産及び被告Y3に対し、共同不法行為に基づき、損害の合計額である4006万0500円の賠償を求めることができる。
第4 結論
以上によれば、原告の請求は、被告Y1院、被告Y2相続財産及び被告Y3に対して4006万0500円及び本件崩落事故の発生日である平成9年9月19日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度でいずれも理由があるから認容することとし、その余はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法61条、64条1項本文、65条1項本文を、仮執行の宣言について同法259条1項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 阿部正幸 裁判官 池町知佐子 髙橋信慶)