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徳島地方裁判所 平成12年(ワ)473号 判決 2004年1月14日

主文

1  被告は,別紙施設目録記載の産業廃棄物中間処理施設の稼働または操業をしてはならない。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文と同じ。

第2事案の概要

本件は,被告が設置した別紙施設目録記載の産業廃棄物中間処理施設(以下「本件施設」という。)の周辺に居住する原告らが,本件施設から排出される高濃度のダイオキシン類等有毒物質により,周辺の環境が汚染され,原告らの健康が害されるおそれがあるとして,人格権に基づく妨害排除又は妨害予防請求として,被告に対し,本件施設の操業の差止めを求める事案である。

1  前提事実(争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実)

(1)  原告らは,いずれも本件施設から約2キロメートル以内に居住する住民である。(甲12の1,2)

(2)  被告は,産業廃棄物の収集,運搬,再処理業等を目的とする株式会社であり,平成8年10月ころから,産業廃棄物中間処理施設の設置計画を進め,徳島県知事に対し,その事業計画書を提出した上で,平成9年ころ,株式会社Aの焼却炉(「A式焼却炉」。以下「本件焼却炉」という。)を設置し,その後,本件焼却炉にB株式会社の排ガス処理装置(「湿式洗浄ろ過逆洗連続スクラバー」。以下「本件排ガス処理装置」という。)を取り付けて本件施設を完成させた。(甲4,乙9,乙11の1ないし7)

(3)  本件施設は,家屋解体により発生する木くずを主体とした産業廃棄物を1日1回一括投入する固定バッチ炉形式の本件焼却炉において焼却し,その際発生する燃焼ガス(排ガス)を本件排ガス処理装置において処理した上で排出するという構造となっている。(甲1ないし3)

(4)  ところで,近時,産業廃棄物処理施設は,人体に極めて有毒なダイオキシン類を排出するおそれがあることが確認されたため,平成9年に廃棄物処理及び清掃に関する法律(以下「廃棄物処理法」という。)関係法令(同法施行規則及び同法施行令)が改正され(以下「平成9年改正」という。),同改正により,産業廃棄物処理施設におけるダイオキシン類排出削減のための技術上の基準(同規則4条1項7号,12条の2第5項。以下「構造基準」という。)及び維持管理上の基準(同規則4条の5第1項,第2項,12条の7第5項。以下「維持管理基準」という。)が強化された。そして,平成9年改正に係る上記基準は,平成9年12月1日以降に新設された産業廃棄物焼却施設に適用され,それ以前に設置された施設(以下「既存施設」という。)については,同規則附則の定める経過措置により段階的に適用される。

(5)  被告は,本件施設設置後,平成10年6月ころ,徳島県知事に対し,廃棄物処理法14条4項による産業廃棄物処分業の許可を申請したが,未だ同許可を受けていない。

なお,本件焼却炉は,平成9年6月ころ設置されたものであるため,上記許可申請手続において,既存施設として取り扱われている。(甲18,甲45)

(6)  本件施設の設置に当たり,原告らをはじめとする付近住民らは「C会」を結成し,本件施設は,高濃度のダイオキシン類等有害物質を排出する危険のある欠陥施設であって,その操業により付近住民の健康が害されるおそれがあるとして,本件施設の設置,操業に対し,反対運動を繰り広げている。

2  争点

本件の争点は,本件施設が高濃度のダイオキシン類等有毒物質を排出し,付近住民の原告らに健康被害をもたらす危険性の高いものか否かである。

(原告らの主張)

(1) 本件施設は,後記アのとおり,その設置に許可を要するにもかかわらず,被告は,行政機関に虚偽の事実を申告して設置許可を受けずに本件施設を設置した上,後記イないしエのとおり,平成9年改正後の廃棄物処理法施行規則がダイオキシン類排出削減のために設けている廃棄物処理施設の構造基準及び維持管理基準,その他安全基準を満たしていないため,高濃度のダイオキシン類等有害物質を排出するおそれが高く,最低限満たすべき安全性すら欠いている欠陥施設である。

ア 本件施設設置の許可の要否

平成9年改正前の廃棄物処理法施行令7条によれば,1日当たり処理能力が5トンを超える廃棄物処理施設は,都道府県知事より廃棄物処理法15条1項の設置許可を受けなければならないと定められていたところ,被告は,本件施設を設置するに当たり,徳島県知事に対して提出した事業計画書において,本件焼却炉の1日当たりの処理能力を最大4977キログラム(73.92立方メートル(1次燃焼室の容積)×0.65(有効容積率)×0.7(空間容積率)×0.148(嵩比重)×1000)と申告し,同処理能力5トン未満の許可を要しない産業廃棄物焼却施設として,徳島県知事の許可を受けることなく本件施設を設置した。

しかし,上記1日当たりの処理能力の数値のうち,嵩比重0.148は小さすぎる上,空間容積率0.7は,不要な数値であって,その算定方法は誤っており,空間容積率を外すだけでも,本件焼却炉の1日当たりの処理能力は,7.11トンとなり,5トンを大きく上回る。

したがって,本件施設は,本来であれば,設置に当たり,徳島県知事の許可を要する施設であったにもかかわらず,被告は,1日当たり処理能力の算定に当たり,不当な操作をすることにより,同許可を受けることなく,本件施設を設置したものであり,かかる違法な手続により設置された本件施設は,危険な施設であると推定される。

イ 本件焼却炉の問題点

(ア) 1次燃焼室は,その上蓋に8個の通気口が設けられているほか,炉蓋の周りに平均3.5センチメートルの隙間が設けられており,外気と接する構造になっている上,本件焼却炉には空気供給設備(送風機)が設けられていない。しかも,本件施設の試運転の際に,本来排ガス処理装置に流入すべきはずの燃焼ガスが逆流して上記燃焼室の通気口及び隙間から発生していることが確認された。したがって,本件焼却炉は,上記燃焼室の通気口及び隙間から何らの処理過程も経ていない高濃度のダイオキシン類を含む燃焼ガスが排出されるおそれの高いものであり,「外気と遮断されたものであること」「燃焼に必要な量の空気を供給できる設備が設けられていること」という構造基準を満たしていない。

(イ) 1次燃焼室の焼却方法は,バーナー等による強制燃焼ではなく,通風口から流入する空気に任せた自然燃焼であり,燃焼温度の安定性が期待できないものであって,「燃焼ガスの温度が摂氏800度以上の状態で産業廃棄物を燃焼することができるものであること」という構造基準及び「燃焼室の燃焼ガスの温度を摂氏800度以上に保つこと」という維持管理基準を満たしていない。また,1次燃焼室には,温度計すら設置されておらず,「燃焼室中の燃焼ガスの温度を連続的に測定し,かつ,記録するための装置が設けられていること」という構造基準も満たしていない。

(ウ) 本件焼却炉において,燃焼温度を摂氏800度に維持できるのは2次燃焼室のみであるが,2次燃焼室は,その容積,煙の速度に加えバーナー稼働による燃焼ガス増加量等を考慮すると,同室に1秒しか燃焼ガスが滞留しない構造となっている。

他方,2次燃焼室の燃焼ガスは,その温度にばらつきがあり,バーナー付近を除き800度の燃焼が確保されていない。被告は,これを解決するために,同室内に煉瓦を積んで通過する燃焼ガスに絞りをかけてミキシングする改造計画を立てたが,これだけでは,撹拌効果が十分に期待できず,送風機を設置して,外部から空気を送る必要があるものの,そうすると,同室内における燃焼ガスの滞留時間がますます短くなり,不完全燃焼を起こすことになる。したがって,本件焼却炉は,改造によっても燃焼ガスをまんべんなく800度以上の高温で焼却させる基本的な性能が期待できないものであり,「燃焼ガスが,摂氏800度以上の温度を保ちつつ,2秒以上滞留できるものであること」という構造基準を満たしていない。

(エ) 本件焼却炉には,一酸化炭素濃度計・記録計は設置されておらず,「焼却施設の煙突から排出される排ガス中の一酸化炭素の濃度を連続的に測定し,かつ,記録するための装置が設けられていること」という構造基準を満たしていない。

ウ 本件排ガス処理装置の問題点

(ア) 本件排ガス処理装置は,試運転の際に排ガスが十分に冷却されず,ダイオキシン類の再合成がみられる温度領域に近い摂氏250度から300度もの高温の排ガスが活性炭吸着塔を通過していることが判明し,「集じん器に流入する燃焼ガスの温度をおおむね摂氏200度以下に冷却することができる冷却設備が設けられていること」という構造基準及び「集じん器に流入する燃焼ガスの温度をおおむね摂氏200度以下に冷却すること」という維持管理基準を満たしていない。

(イ) 本件排ガス処理装置に設置されている活性炭吸着塔は,前記のとおり通過する排ガスが高温すぎる上,塩の付着により,ダイオキシン類の吸着除去能力が低下する可能性があり,「焼却施設の煙突から排出される排ガスによる生活環境保全上の支障が生じないようにすることができる排ガス処理設備が設けられていること」という構造基準を満たしていない。

(ウ) 本件排ガス処理装置に設けられたプレコート濾過装置は,その濾過能力が稼働中に循環する洗浄水量を大幅に下回っているため,洗浄水のうち濾過しきれないダイオキシン類等の有害物質濃度が高まり,湿式スクラバーにおいて,このように汚染された洗浄水で排ガスを洗浄したとしても,かえって排ガスの汚染を加速させる結果となるだけである。このように性能の劣る濾過器しか設けられていない本件排ガス処理装置は,「焼却施設の煙突から排出される排ガスによる生活環境保全上の支障が生じないようにすることができる排ガス処理設備が設けられていること」という構造基準を満たしているものとはいえない。

(エ) 本件施設は,本件焼却炉設置後,当初予定していなかった本件排ガス処理装置が接続された,稼働前例のない合体施設である。しかも,同焼却炉内には送風装置は設けられておらず,同焼却炉内に発生した燃焼ガスは,本件排ガス処理装置内に設けられた吸引ブロアにより,同装置内に吸引される構造となっているところ,本件焼却炉内における発生ガスの総量が上記吸引ブロアの吸引力を上回るため,上記吸引ブロアのみでは,発生ガスを吸引できず,その結果,燃焼ガスの逆流が生じて本件焼却炉の上蓋からダイオキシン類等有毒ガスを含む燃焼ガスが外部に漏れ出るおそれがある上,1次燃焼室において不完全燃焼が生じて最悪の場合は爆発が生じるおそれもある。このように本件焼却炉と適合していない本件排ガス処理装置は,「焼却施設の煙突から排出される排ガスによる生活環境保全上の支障が生じないようにすることができる排ガス処理設備が設けられていること」という構造基準を満たしているものとはいえない。

エ 一酸化炭素濃度及び黒煙の発生について

(ア) 本件施設は,試運転の際に190ppm(ppmは,100万分の1である。)もの高濃度の一酸化炭素を含む排ガスを排出したものであり,「排ガス中の一酸化炭素の濃度が100ppm(100万分の100)以下になるように産業廃棄物を焼却すること」という維持管理基準を満たしていない。

(イ) 本件施設は,試運転の際に煙突の先端から,不完全燃焼の証というべき黒煙,淡黒煙,白煙が断続的に排出されていたのが認められており,「煙突の先端から火炎または黒煙を出さないこと」という処理基準に違反している。

(2) ダイオキシン測定値について

被告は,本件焼却炉及び同種の焼却炉の試運転を実施した際に測定されたダイオキシン数値は,そのほとんどが本件施設に適用される規制基準値の1立方メートル当たり10ng(ナノグラム。1ナノグラムは10億分の1グラムである。)を大きく下回るものであると主張する。しかし,焼却施設におけるダイオキシン類の測定結果は,測定条件・方法等によって大きく変動するところ,上記試運転はいずれも第三者による抜き打ち検査でなく,被告ら事業者が自ら実施したものであって,測定結果をできるだけ低く抑えるために,燃焼物として塩素含有物を徹底して分別し,よく燃える木材のみを投入した上,バーナーを常時稼働させるなど通常の稼働ではあり得ない好条件の下で実施したものであり,また,高濃度のダイオキシン類が発生する炉の立ち下げ,立ち上げの低温時の時間帯の測定はなされていない。したがって,その測定結果は,信用性に乏しく,これによって本件施設の安全性が証明されたことにはならない。

また,被告は,本件施設を設置するに当たり,平成9年改正により規制基準が強化されることを認識しながら,経過措置により上記規制基準の適用を免れるため,平成9年改正直前にすべり込みで本件焼却炉を設置したものである。また,被告が本件焼却炉を設置したのは平成9年改正の施行前であるが,平成9年改正後に,同焼却炉に本件排ガス処理装置を接続させたことにより,炉の性質が大きく変わった。これらの事情を考慮すれば,本件施設を既存施設として経過措置により緩やかな規制基準を適用することは不合理であり,少なくとも本件訴訟においては,経過措置の適用を受けない現行基準を満たす施設であるか否かを安全性の判断基準とすべきである。

しかるところ,本件排ガス処理装置設置後に本件施設において実施した試運転(平成12年8月10日実施)において測定されたダイオキシン類1立方メートル当たり8.1ngという測定結果は,経過措置により既存施設に適用される規制基準値の1立方メートル当たり10ngは下回るものの,現行の規制基準値の1立方メートル当たり5ngは満たしていないから,現行基準の定める最低限度の安全性を満たしていないことになる。

(3) 健康被害発生のおそれ

ダイオキシン類は,極めて強い毒性があり,微量の摂取によっても催奇形性,発ガン性,生殖毒性,免疫毒性など多くの有毒性を持つものである。そして,廃棄物焼却の過程で生成されたダイオキシン類は,当該施設から排出される水分に混じって周辺土壌が汚染される危険があるほか,排ガスに混じって空気中に放出され,広範囲に大気が汚染されることから,当該施設の周辺に居住する住民は,同施設から排出されるダイオキシン類によって健康が害されるおそれが高い。

そして,本件施設周辺の地形,地域環境,原告らの居住地の位置関係等に照られば,本件施設から排出される高濃度のダイオキシン類により,周辺の環境(大気,水質,土壌)が汚染され,付近住民の原告らが重大かつ回復困難な健康被害を受けるおそれが高いことは明らかである。

(4) よって,原告らは,被告に対し,人格権に基づく妨害排除・妨害予防請求権として,本件施設の操業の差止めを求める。

(被告の主張)

(1) 本件施設は,後記アのとおり,被告において設置に当たり許可を受けなかったことに違法な点はない上,後記イ,ウのとおり,平成9年改正により既存施設に平成14年12月1日以降適用される構造基準・維持管理基準にいずれも適合しているから,安全性は満たしているものといえる。

ア 本件施設設置の許可の要否

焼却施設の1日当たり処理能力については,確立した計算方法はないところ,被告の算定した本件焼却炉の処理能力4977キログラムの計算式は,合理的なものであって,原告らの主張する一律の計算方式は全く科学的合理性を欠くものである。実際,試運転の際に,本件焼却炉に積み込むことができた焼却物の重量は4.38トンにすぎず,これにより,本件焼却炉の処理能力は,5トン未満であることが裏付けられた。したがって,被告が本件施設を許可を要しない焼却施設として設置したことに何ら違法な点はない。

イ 本件焼却炉の安全性

(ア) 本件焼却炉において,1次燃焼室と2次燃焼室は構造上一体となっているから,2次燃焼室において,適切に温度管理を行えば,ダイオキシン類は発生しない。実際,同室は助燃バーナーにより800度以上の高温を確保できる構造となっている以上,「燃焼ガスの温度が摂氏800度以上の状態で産業廃棄物を燃焼することができるものであること」という構造基準及び「燃焼室中の燃焼ガスの温度を摂氏800度以上に保つこと」という維持管理基準は満たしているものであって,1次燃焼室の温度のみを切りはなして考えるのは相当ではない。

(イ) また,2次燃焼室に温度計・温度記録計が設けられている以上,「燃焼室中の燃焼ガスの温度を連続的に測定し,かつ,記録するための装置が設けられていること」という構造基準も満たしているのであって,別途1次燃焼室に温度計・温度記録計を設ける必要はない。

(ウ) 2次燃焼室における排ガスの滞留時間は,2.2秒であり,試運転の際にも,2次燃焼室は,温度に変動があるものの摂氏800度以上の燃焼が保たれていることが確認されており,「燃焼ガスが,摂氏800度以上の温度を保ちつつ,2秒以上滞留できるものであること」という構造基準を満たすものである。

(エ) 一酸化炭素濃度計及び記録計は,容易に据え付けられるものであり,被告は,本件施設の操業が可能になる見通しが立てば,いつでもこれを設置する準備はできている。

ウ 本件排ガス処理装置の安全性

(ア) 本件排ガス処理装置は,試運転の際に,燃焼ガスを第2スクラバー出口において摂氏66度から76度まで冷却していることが確認されており,「集じん器に流入する燃焼ガスの温度をおおむね摂氏200度以下に冷却することができる冷却設備が設けられていること」という構造基準及び「集じん器に流入する燃焼ガスの温度をおおむね摂氏200度以下に冷却すること」という維持管理基準をいずれも満たしている。

(イ) 本件焼却炉は,その構造上,一時的に急激に燃え広がることは考えられず,その処理能力に照らして,本件焼却炉内で発生する燃焼ガスや水蒸気が本件排ガス処理装置の吸引能力を超えることはない。たとえそのようなことが起きたとしても,炉内に流入する空気量は本件排ガス処理装置の吸引力によって規制されて燃焼が抑制されることになるから,燃焼の時間が延びるだけであって,燃焼ガスが本件排ガス装置から本件焼却炉に逆流することはありえない。実際にも,試運転の際,被告が主張するような燃焼ガスの逆流による爆発は発生しておらず,本件焼却炉が試運転すら許されない危険な施設とはいえない。

(ウ) プレコート濾過装置(処理能力1分当たり30リットル)は,24時間稼働させることにより,本件排ガス装置内の洗浄水の総量28.8トンを上回る水量を濾過できるから,ダイオキシン類の濃度が濃縮されることはない。

(2) ダイオキシン類測定値について

本件焼却炉の試運転及びこれと同型の焼却炉の試運転において,測定されたダイオキシン数値は,そのほとんどが規制基準値を大きく下回るものであり,その測定結果からも本件焼却炉の安全性は証明されている。

(3) 健康被害発生のおそれについて

被告は,当初から,徳島県から廃棄物処理法等の定める基準に合致するかどうかについて厳しい審査を受け,その指導を受けながら,本件排ガス処理装置を設置するなどの措置を講じてきているものである。また,被告は,今後,徳島県知事から本件施設における産業廃棄物処分業の許可を受け,その操業を開始したとしても,原告ら住民から激しい反対を受けているため,徳島県からその運用に当たって厳しい監督を受けることになる。これらの事情を考慮すると,被告において,行政の規制や指導に反して本件施設を操業させて大量の有害物質を排出させるおそれは高いとはいえない。

第3当裁判所の判断

1  事実関係

証拠(証拠番号は,各項冒頭に掲記する。)によれば,次の事実が認められる。

(1)  ダイオキシン類について(甲13,甲22,乙2,乙35,乙39)ダイオキシンとは,有機塩素系化学物質の一種であるポリ塩化ジベンゾ-パラ-ジオキシンの通称であり,これと同様の化学構造と性質を有するポリ塩化ジベンゾフラン及びコプラナーポリ塩化ビフェニルを併せた化合物群をダイオキシン類と総称している(ダイオキシン類対策特別措置法2条)。ダイオキシン類は,本来,自然界に存在する物質ではなく,物の燃焼や化学物質の合成の過程で,副産物として生成される有毒物質であり,その毒性は極めて強く,微量の摂取によっても,催奇形性,発がん性,生殖毒性,免疫毒性など多くの有毒性を有するとされており,また,食物や大気から人体に摂取されると,容易に体外に排出されず,そのまま体内に蓄積されるため,徐々に人体への影響が表面化し,重大な健康被害を与えるおそれがあるとされている。そして,ダイオキシン類対策特別措置法によれば,地方公共団体が講ずるダイオキシン類に関する施策の指標とすべき耐用1日摂取量は,人の体重1キログラム当たり4pg(ピコグラム。1ピコグラムは,1兆分の1グラムである。)以下で政令で定める値とするとされている(同法6条1項)。

なお,ダイオキシン類は各異性体ごとに毒性の強弱が異なっているため,ダイオキシン類の濃度の測定結果については,毒性等価係数(最も毒性の強い2,3,7,8-四塩化ジベンゾ-パラ-ジオキシンの毒性を1としたときの相対的な毒性を示す係数)を乗じて換算した値(この値を毒性等価量(TEQ)という。)により表記されている。

我が国におけるダイオキシン総排出量の約8ないし9割は,廃棄物焼却施設から排出されていると推計されている。すなわち,ダイオキシン類は,廃棄物焼却施設において廃プラスチックや廃ビニールなど有機塩素系化合物質を含む廃棄物を焼却する過程で,不完全燃焼に伴う未燃有機物質が比較的低い温度域(摂氏300度程度)で飛灰表面において塩化銅などの触媒作用によって生成されるとされている。そして,廃棄物焼却施設で生成されるダイオキシン類は,焼却炉内で摂氏800度以上の高温で完全燃焼により焼却されると分解されるが(ダイオキシン類濃度と焼却炉内の燃焼温度及び不完全燃焼による一酸化炭素濃度との関係は,別紙資料グラフ1,2のとおりである。),焼却炉出口以後の排ガス処理過程において排ガスの温度が200度以下に冷却されないと,再合成が進行する(集じん器入口における排ガス温度とダイオキシン類濃度との関係は,別紙資料グラフ3のとおりである。)とされている。したがって,廃棄物焼却施設においてダイオキシン類の排出を抑えるためには,焼却炉内で発生する燃焼ガスを高温で完全燃焼により処理するとともに,排ガス処理過程において排ガスを十分冷却した上で排出することを要するとされている。

(2)  廃棄物処理法関係法令の改正(乙1ないし4)

ア 改正法令の適用範囲

廃棄物処理法関係法令の平成9年改正により廃棄物焼却施設におけるダイオキシン類抑制のための規制が強化され,同改正後の廃棄物処理法施行規則によれば,平成9年12月1日以降新たに設置される産業廃棄物処理施設について,次の構造基準(後記イ)及び維持管理基準(後記ウとエ(ア))が適用される。

他方,既存施設(平成9年11月30日以前に設置された施設)については,経過措置(廃棄物処理法施行規則附則(平成9年8月29日厚生省令第65号)8条)により,同基準は,平成10年11月30日までは,適用されないが,平成10年12月1日からは,同基準のうち,後記「既存施設平成10年」と記載された基準が適用され,さらに,平成14年12月1日からは,後記「既存施設平成14年」と記載された基準も適用される。また,既存施設において,排ガス中のダイオキシン類濃度に関する維持管理基準は,後記ウ・※の基準が適用される(同附則9条)。

そして,廃棄物処理法によれば,産業廃棄物処理施設を設置しようとする者は,当該施設が構造基準に適合しない限り,設置許可を受けることができず(同法15条の2第1項1号),許可を受けた後も維持管理基準を遵守する義務を負い(同法15条の2の2),これらの基準に違反した場合には,許可の取消,改善命令,使用停止命令の対象となる上(同法15条の3),この命令違反については罰則が設けられている(同法26条2号)。

なお,本件施設は,平成9年改正前の同年6月に本件焼却炉が設置されているため,行政手続上は既存施設として取り扱われることになる。

イ 構造基準(廃棄物処理法施行規則12条の2第5項,4条1項7号)

(ア) 次の要件を備えた燃焼室が設けられていること。

a 燃焼ガスの温度が摂氏800度以上の状態で産業廃棄物を焼却することができるものであること。(既存施設平成10年)

b 燃焼ガスが摂氏800度以上の温度を保ちつつ,2秒以上滞留できるものであること。

c 外気と遮断されたものであること。(既存施設平成14年)

d 燃焼ガスの温度を速やかにaに掲げる温度以上にし,及びこれを保つために必要な助燃装置が設けられていること。(既存施設平成10年)

e 燃焼に必要な量の空気を供給できる設備(供給空気量を調節する機能を有するものに限る。)が設けられていること。(既存施設平成10年)

(イ) 燃焼室中の燃焼ガスの温度を連続的に測定し,かつ,記録するための装置が設けられていること。(既存施設平成10年)

(ウ) 集じん器に流入する燃焼ガスの温度をおおむね摂氏200度以下に冷却することができる冷却設備が設けられていること。ただし,集じん器内で燃焼ガスの温度を速やかにおおむね摂氏200度以下に冷却することができる場合にあっては,この限りではない。(既存施設平成14年。ただし,平成10年以降は,発生ガスを冷却することができる冷却設備が設けられていること。)

(エ) 集じん器に流入する燃焼ガスの温度(・※のただし書の場合にあっては,集じん器内で冷却された燃焼ガスの温度)を連続的に測定し,かつ,記録するための装置が設けられていること。(既存施設平成14年)

(オ) 焼却施設の煙突から排出される排ガスによる生活環境保全上の支障が生じないようにすることができる排ガス処理設備(ばいじんを除去する高度の機能を有するものに限る。)が設けられていること。(既存施設平成14年。ただし,平成10年以降は,生活環境保全上の支障が生じないようにすることができる排ガス処理設備を設置すること。)

(カ) 焼却施設の煙突から排出される排ガス中の一酸化炭素の濃度を連続的に測定し,かつ,記録するための装置が設けられていること。(既存施設14年)

ウ 維持管理基準(廃棄物処理法施行規則12条の7第5項,4条の5第1項2号)

(ア) 燃焼室中の燃焼ガスの温度を摂氏800度以上に保つこと。(既存施設平成10年)

(イ) 燃焼室中の燃焼ガスの温度を連続的に測定し,かつ,記録すること。(既存施設平成10年)

(ウ) 集じん器に流入する燃焼ガスの温度をおおむね摂氏200度以下に冷却すること。ただし,集じん器内で燃焼ガスの温度を速やかにおおむね摂氏200度以下に冷却することができる場合にあっては,この限りでない。(既存施設平成14年)

(エ) 集じん器に流入する燃焼ガスの温度((ウ)のただし書の場合にあっては,集じん器内で冷却された燃焼ガスの温度)を連続的に測定し,かつ,記録すること。(既存施設平成14年)

(オ) 煙突から排出される排ガス中の一酸化炭素の濃度が100万分の100(100ppm)以下となるように産業廃棄物を焼却すること。(既存施設平成14年)

(カ) 煙突から排出される排ガス中の一酸化炭素の濃度を連続的に測定し,かつ,記録すること。(既存施設平成14年)

エ ダイオキシン類濃度に関する維持管理基準

煙突から排出される排ガス中のダイオキシン類の濃度が次の濃度以下となるように産業廃棄物を焼却すること。

(ア) 新規施設

燃焼室の1時間当たりの処理能力が2トン未満のもの

排ガス1立方メートル当たり5ng

同2トン以上4トン未満のもの   同1ng

同4トン以上のもの   同0.1ng

(イ) 既存施設(廃棄物処理法施行規則附則9条)

a 平成10年12月1日から平成14年11月30日までは,処理能力にかかわらず排ガス1立方メートル当たり80ng

b 平成14年12月1日以降は,

燃焼室の1時間当たりの処理能力が2トン未満のもの

排ガス1立方メートル当たり10ng

同2トン以上4トン未満のもの   同5ng

同4トン以上のもの   同1ng

(3)  本件施設の設置に至る経緯について(甲4,甲18,甲34,甲40,甲41,甲45,乙9,乙17,乙28の1ないし7,乙29の1,乙51の1ないし3,乙87,原告D)

ア 被告は,平成8年10月ころから,本件施設(本件焼却炉)の設置事業計画を進め,平成9年1月ころ,徳島県知事に対し,その事業計画書(その内容は後記(4)アのとおりである。)を提出するとともに,大気汚染防止法上の届出(ばい煙発生施設の設置に係る届出)をなした上で,同年2月ころ建設工事に着手し,同年6月ころ,本件施設(本件焼却炉)を完成させた。

ところで,平成9年改正前の廃棄物処理法施行令7条13号の2によれば,産業廃棄物処理施設のうち,廃棄物処理法15条1項に基づき設置に当たり都道府県知事の許可を要する施設は,1日の処理能力が5トンを超えるものと定められていた(なお,平成9年改正により,1時間当たり処理能力が200キログラム以上のもの又は火格子面積が2平方メートル以上のものについては,上記許可を必要とする旨定められたが,経過措置としての附則(平成9年8月29日政令第269号)2条により,平成9年12月1日以前に設置された処理能力が5トン未満の施設については,上記許可を受けたものとみなすとされている。)ところ,被告は,上記許可を要しない1日当たり処理能力5トン未満(4977キログラム)の施設として本件施設(本件焼却炉)を設置した。

イ 被告は,本件焼却炉設置後の平成9年6月19日,その試運転を実施したところ,その際に測定されたダイオキシン類の濃度は,1立方メートル当たり1.0ngTEQであった(なお,上記測定は,行政機関の立ち会いなく行われたものである)。

ウ 原告ら付近住民は,本件施設から排出されるダイオキシン類等有害物質による環境汚染を懸念して,「C会」を結成し,本件施設の設置,操業に反対する住民運動を繰り広げ,被告に対して抗議活動を行ってきた。

エ 被告は,本件焼却炉設置後,徳島県環境整備課から,平成9年改正による規制強化に対応するため,本件焼却炉に排ガス処理装置を設置するよう指導を受け,その指導に従い,平成10年ころ本件焼却炉に本件排ガス処理装置を取り付けた。

オ そして,被告は,徳島県知事に対し,廃棄物処理法14条4項の産業廃棄物処分業許可申請をなすとともに,平成10年5月ころ,ダイオキシン類測定のため,本件施設の試運転を実施しようとしたが,付近住民らが本件施設の敷地内に無断で入り込むなどの抗議行動に出たため,試運転を中止した。

カ その後,原告らの一部は,被告を相手として本件施設の稼働操業禁止の仮処分(当庁平成10年(ヨ)第120号)を申立てたが,平成11年11月5日,同申立の却下決定を受けた。

キ 被告は,長い間,原告ら付近住民の抗議活動に配慮して本件施設の試運転を控え,本件施設の説明会や現地見学会を開催するなどして付近住民の理解を得る努力を継続したが,その理解を得るのが困難な状況となったため,上記却下決定を受けた後の平成12年8月10日,試運転を実施した(その実施状況は,後記(6)のとおりである)。

ク これに対し,付近住民の原告らは,平成12年10月12日,被告に対して本件施設の操業差止めを求める旨の本件訴訟を提起した。

(4)  本件施設の概要等(甲1ないし4,甲6ないし9,甲18,甲23,甲34,甲37,甲45,乙6ない9,乙10の1,2,乙11の1ないし7,乙12,乙34,乙44,乙46,乙55ないし59,証人F,証人G)

ア 本件施設の事業計画の内容

(ア) 処理される産業廃棄物の種類

家屋解体により発生する木くずを主体とし(83.37パーセント),その他に廃プラスチック類(2.23パーセント),紙くず(1.98パーセント),繊維・(11.91パーセント)等を処理する。

(イ) 処理方式

本件焼却炉において,廃棄物を1日1回一括投入によるバッチ燃焼式により焼却する(処理時間8時間)。

(ウ) 1日当たりの処理能力(処理能力とは,単位時間内に計画された条件下において,指定された熱・減量,ばい煙,放流水質等を守り,安全に焼却できる焼却物の量をいう。)

最大4977キログラム(1時間当たりの焼却量622キログラム)

これは,次のとおり,1次燃焼室容量73.92立方メートルに,焼却物の炉内積込み率0.65,焼却物相互間の空間容積率0.7(焼却物中,未燃物を除いた可燃物の容積率),木くず等可燃物の嵩比重1立方メートル当たり0.148トンを乗じて算出されたものである。

73.92×0.65×0.7×0.148×1000=4977

イ 本件施設の設備

本件施設の各設備の配置及び概要は,別紙図面1,2のとおりであり,その主な設備である本件焼却炉と本件排ガス処理装置の構造は,次のとおりである(なお,各設備におけるガス温度,処理能力等の数値は,いずれも被告の設備計画上の数値である)。

(ア) 本件焼却炉の構造

本件焼却炉は,廃棄物を1日1回一括投入する固定バッチ炉形式の間欠運転炉であり,その本体は地下室に設置されており(埋設式),1次燃焼室と2次燃焼室に分けられている。

1次燃焼室は,炉底面及び側部をコンクリート構造物,天井部を水冷構造の上蓋で囲まれており,その稼働に当たり,天井部から廃棄物を同室内に一括投入後,灰出しまでの間に上蓋を閉め,上蓋に設けられた8個の通気口(合計面積1平方メートル)及び上蓋の周辺の隙間(平均3.5センチメートル)から燃焼に必要な空気を自然流入させることにより,同燃焼室に積み込まれた廃棄物を自然燃焼させる構造となっている。そのため,1次燃焼室には,助燃バーナーや燃焼用空気供給のための送風機(押込送風機)等の付帯設備は設けられていない。

1次燃焼室は,自然燃焼により温度が変化しやすいため,燃焼ガスの温度管理は,2次燃焼室において行う構造となっており,両燃焼室は構造上一体となっている。そして,2次燃焼室においては,助燃バーナー(同バーナーは,1時間当たり200リットルの燃料を要する。)が設置されており,同バーナーにより,2次燃焼室内の温度を速やかに上昇させるとともに,これを常時稼働させることにより,燃焼中の同室内の温度を摂氏800度から850度に保つ(同バーナーは,2次燃焼室の温度が摂氏800度以下になると作動し,850度を超えると自動的に停止するように自動制御されている。)。また,2次燃焼室には,熱電対が設けられており,同装置により,同室の燃焼ガスの温度が連続的に測定,記録される。

2次燃焼室内の排ガスの滞留時間は,被告の計画では2.2秒となっているが,その算定に当たり助燃バーナーによるガス増加量が考慮されておらず,これを考慮して同時間を試算すると,1.9秒となり,2秒を下回る可能性がある。

被告は,本件焼却炉の煙突に排ガス中の一酸化炭素の濃度を測定,記録する装置を設けていないが,稼働までに同装置を設置する予定である。

(イ) 本件排ガス処理装置の構造

本件排ガス処理装置には,次のとおり,熱交換機,第1湿式スクラバー,洗浄ブロア,第2湿式スクラバー,活性炭吸着塔,プレコート濾過装置等の設備が設置されている。

a 熱交換器

熱交換機は,2次燃焼室から送られてくる高温(摂氏800度)の排ガスを365度以下まで冷却して第1湿式スクラバーへ送り,他方,第2湿式スクラバーから送られてくる低温(摂氏65.7度)の排ガスを再び250度まで昇温,乾燥させて活性炭吸着塔へ送り込む装置である(上記昇温,乾燥は,活性炭吸着塔のダイオキシン類吸着除去率を高めるために行う措置である)。

b 第1湿式スクラバー

第1湿式スクラバーは,同装置内のステンレスフィルターにアルカリ水をスプレーすることにより,熱交換器を通過した排ガスをさらに摂氏70度から80度まで冷却するとともに,排ガス中の有毒ガスを中和洗浄し,ステンレスフィルターにおいて濾過洗浄し,下部水槽に洗い落とす装置である。

c 洗浄ブロア

洗浄ブロアは,本件焼却炉における発生ガス(同ガス量は,燃焼ガス量(1時間当たり6381N立方メートル)に助燃バーナーの常時稼働によるガス増加量を加えると,1時間当たり7700N立方メートルとなる。)を本件排ガス処理装置内に吸引通風する装置(その吸引能力は,1時間当たり8456N立方メートルである。)であり,洗浄ブロアによる吸引量は,同装置内のファン入口に設けられたダンパーの開閉を調節することにより制御される。

d 第2湿式スクラバー

第2湿式スクラバーは,第1湿式スクラバーから送られた排ガスをさらに65.7度まで冷却するとともに,排ガス中の有毒物質を中和洗浄し,第1湿式スクラバーより目の細かいフィルターにより,細かい有毒物質を除去する装置である。

e 活性炭吸着塔

活性炭吸着塔は,その内部の金網にハニカム活性炭200キログラムが隙間なく敷き詰められており,これに排ガスを通過させて,残存ダイオキシン類を吸着させ除去するための装置である。なお,活性炭は,定期的に洗浄されるとともに,耐用年数前の1年ごとに交換することが予定されている。

f プレコート濾過装置

プレコート濾過装置は,洗浄水(なお,洗浄水は,循環水槽に返送されて循環し,その総量は,28.5立方メートルであり,焼却炉稼働中の水量は,1分当たり3500リットルである。)を珪藻土・粉末活性炭を付着させたステンレス製フィルターにより濾過し,珪藻土・粉末活性炭にダイオキシン類や浮遊物質を吸着させて,汚泥として取り出す装置であり,その濾過能力は,1分当たり30リットル(1日当たり4万3200リットル)であり,これを常時稼働させることが予定されている。

(5)  同種焼却炉の状況(甲31,甲32,乙36,乙37,乙42の1,乙49の1,乙100ないし103,証人F)本件焼却炉と同型の焼却炉(株式会社Aの「A式焼却炉」)は,被告のほか,EとFの施設に設置されているだけであり,平成9年改正以降は,同焼却炉は外気と遮断された構造でないため改造の必要があるとの理由で設置されていない。

上記2基の焼却炉における排ガス中のダイオキシン類濃度の測定結果は,Eの焼却炉において,1立方メートル当たり13ngTEQ(測定日平成9年6月17日),1立方メートル当たり0.28ngTEQ(測定日平成10年10月9日),Fの焼却炉において,3.6ngTEQ(測定日平成9年6月18日),0.014ngTEQ(測定日平成10年9月21日)であったが,これらの測定は,各業者が行政機関の立ち会いなく行ったものである。

その後,Fの焼却炉は,平成9年改正により既存施設に平成14年12月1日以降適用される構造基準,維持管理基準に適合させるため,燃焼室通気口を閉鎖した上で燃焼用空気供給のための送風機(押込送風機)を設置するなどの改造が加えられており,他方,Eの焼却炉は,上記基準が適用される前日の平成14年11月30日をもって使用が廃止されている。

(6)  本件排ガス処理装置設置後の本件施設の試運転の結果及び改造計画の内容(甲14の1ないし3,甲18,甲27,甲33,甲34,乙15,乙91,乙94,証人F)

ア 被告は,平成12年8月10日,徳島県環境整備課・環境管理課職員立ち会いの下,本件施設の試運転を実施し,焼却物として木くず4.38トン(なお,焼却物に廃プラスチック類等有機塩素系化合物は含まれていなかった。)を炉内の基準線(煙道入り口の高さ)まで投入し,これを約8時間かけて焼却した。その結果,本件施設は,燃焼室において摂氏800度以上の燃焼が保たれていること,排ガスの温度が第2スクラバー出口において66度から76度,煙突(活性炭吸着塔)において概ね摂氏250度から300度の間でそれぞれ推移していること,他方,本件焼却炉が着火後,安定燃焼(定常運転)に入るまでの約30分間,黒煙又は白煙が断続的に煙突から排出され,その間,本件焼却炉上部蓋にある通気口からも燃焼ガスの排気があったことなどが確認された。また,排ガス測定の結果,ダイオキシン類の濃度は,1立方メートル当たり8.1ngTEQであったが,一酸化炭素の濃度(連続測定)は,平均が190ppm(総理府令による換算値200ppm)もあり,最高値は650ppmを超えていた。

イ その後,被告は,上記試運転により判明した問題点の解決策として,不完全燃焼による黒煙の発生を防止するとともに,一酸化炭素及びダイオキシン類の排出量の削減を図るため,2次燃焼室において,レンガ積みの絞りを設けて排ガスを撹拌させる旨の改造計画を立て,同計画を進めているが,未だ本件施設の安全性が確認されていないため,現在に至るまで徳島県知事から廃棄物処理法14条4項による産業廃棄物処分業の許可を受けていない。

2  争点に対する判断

(1)  一般に,公害発生の原因となる行為によって,近隣居住者の人格権が侵害される危険性があり,かつ,その程度が受忍限度の範囲内を超えるおそれがある場合には,被害者は,加害者に対し,その侵害行為の差止めを請求しうるものと解する。そして,当該侵害行為が受忍限度を超えるおそれがあるか否かは,侵害行為の態様・程度・継続性,被侵害利益の内容・程度,侵害行為の公共性,公法上の規制基準との関係,被害防止対策の可能性等の諸般の事情を総合的に考慮して判断することになる。

(2)  これを本件についてみると,前記1(1),(2)によれば,ダイオキシン類は,極めて強い毒性があり,微量の摂取によっても,催奇形性,発がん性,生殖毒性など多くの有毒性を有する上,食物及び環境から人体に摂取されると,そのまま体内に蓄積されるため,重大な健康被害をもたらすおそれのある有毒物質であるところ,そのほとんどは,廃棄物処理施設における廃棄物焼却過程で生成されることが確認されたことから,ダイオキシン類排出削減のため,廃棄物処理法施行規則の平成9年改正により,廃棄物処理施設の構造基準(同規則12条の2第5項,4条1項7号),維持管理基準(同規則12条の7第5項,4条の5第1項2号)が強化され,廃棄物処理法により,これら基準に違反する施設は,安全基準を満たしていない施設として,設置申請が許可されない上,許可後,同基準に違反して施設を操業させた場合にも,許可取消,改善命令等の行政処分や刑事処分の対象となる(同法15条の2第1項1号,15条の2の2,15条の3,26条2号)。

したがって,上記構造基準,維持管理基準は,廃棄物処理施設におけるダイオキシン類排出削減のため科学的見地をふまえて定められた最低限度の安全基準ということができるから,これらの基準に違反して操業がなされる廃棄物処理施設は,単に行政法規違反にとどまらず,実質的に相当量のダイオキシン類が排出されるおそれが高いものと推認され,その有害性に照らし,周辺の環境汚染を通じて近隣住民に回復しがたい重大な健康被害を与えるおそれが高いということができる。

(3)  そこで,被告の本件施設に関する計画が上記構造基準に適合するか否か,また,被告において上記維持管理基準に従って本件施設を操業させるものと予測されるか否かについて判断する。

ア 本件焼却炉の安全性について

(ア) 本件焼却炉は,第1燃焼室の天井部にある水冷構造の上蓋に設けられた8個の通気口及び蓋の周辺の隙間から燃焼に必要な空気を自然流入させることにより,同燃焼室内に積み込まれた廃棄物を自然燃焼させる構造となっており,燃焼用空気供給のための押込送風機等は設置されていないところ(前記1(4)イ(ア)),平成12年8月10日の試運転の際,着火後,安定燃焼(定常運転)に入るまでの間に,本件焼却炉上蓋の上記通気口から燃焼ガスの排気がみられた(前記1(6)ア)。他方,本件焼却炉と同型の焼却炉は,E及びFの施設に設置されているだけであり,平成9年改正以降は,同焼却炉が外気と遮断された構造ではないため改造の必要があるとの理由で設置されていない上,Fの焼却炉は,平成9年改正により既存施設に平成14年12月1日以降適用される構造基準,維持管理基準に適合させるため燃焼室通気口を閉鎖して押込送風機を設置するなどの改造が加えられており,Eの焼却炉も同基準の適用される前日の同年11月30日をもって使用が廃止されている(前記1(5))。

以上の事実によれば,本件焼却炉は,「燃焼室が外気と遮断されたものであること」という構造基準(前記1(2)イ(ア)c)を満たすものとはいいがたい。そして,本件施設を同基準に適合させるためには,Fの同型焼却炉と同様,本件焼却炉を密閉式にした上で押込送風機を設置するなどの改造を実施する必要があるが,被告において,操業までにかかる改造を実施する計画はない。したがって,本件施設の操業が開始されると,本件焼却炉の上記通気口及び隙間から何らの処理過程も経ていない高濃度のダイオキシン類を含む燃焼ガスが発生するおそれが高いものと認められる。

(イ) 本件焼却炉において,1次燃焼室は温度が変化しやすいため,燃焼ガスの温度管理は,2次燃焼室において行う構造となっているところ,両燃焼室は,構造上一体となっているから(前記1(4)イ(ア)),1次燃焼室で高温を維持できなくても,2次燃焼室において,高温を維持することのできる構造となっていれば足りるというべきである。

そして,被告は,2次燃焼室に,温度計,温度記録計を設けるとともに,助燃バーナーを設置し,これを常時稼働させることにより,同室内の燃焼ガスの温度を摂氏800度から850度の間で管理する計画(同バーナーは,同温度領域で自動制御される。)であるところ(前記1(4)イ(ア)),平成12年8月10日の試運転の際に同燃焼室において800度以上の燃焼が保たれていることが確認された(前記1(6)ア)。

以上の事実によれば,本件焼却炉は,「燃焼ガスの温度が摂氏800度以上の状態で廃棄物を焼却することができるものであること」,「燃焼ガスの温度を速やかに摂氏800度以上にし,及びこれを保つために必要な助燃装置が設けられていること」,「燃焼室中の燃焼ガスの温度を連続的に測定し,かつ,記録するための装置が設けられていること」との構造基準(前記1(2)イ(ア)a,d,同イ(イ))を満たしている上,「燃焼室中の燃焼ガスの温度を摂氏800度以上に保つこと」,「燃焼室中の燃焼ガスの温度を連続的に測定し,かつ,記録すること」との維持管理基準(前記1(2)ウ(ア)(イ))も満たすものといえる。

(ウ) 本件焼却炉の煙突には,排ガス中の一酸化炭素濃度を測定,記録する装置が設けられていないが,被告において稼働までに同装置を設置する計画であるから(前記1(4)イ(ア)),「焼却施設の煙突から排出される排ガス中の一酸化炭素の濃度を連続的に測定し,かつ,記録するための装置が設けられていること」との構造基準(前記1(2)イ(カ))及び「煙突から排出される排ガス中の一酸化炭素の濃度を連続的に測定し,かつ,記録すること」(前記1(2)ウ(カ))との維持管理基準を満たすものと予測される。

(エ) 本件焼却炉の2次燃焼室における燃焼ガスの滞留時間は,被告の計画では,2.2秒となっているが,その算定に当たり助燃バーナーによるガス増加量が考慮されておらず,これを考慮して同時間を試算すると,2秒を下回る可能性がある(前記1(4)イ(ア))。

本件施設は,平成9年改正の廃棄物処理法施行規則において,既存施設として取り扱われることになるから,「燃焼室において燃焼ガスが摂氏800度以上の温度を保ちつつ,2秒以上滞留できるものであること」という構造基準(前記1(2)イ(ア)b)は適用されない。しかしながら,この基準は,不完全燃焼を防止してダイオキシン類生成を抑制するための重要な安全基準というべきところ,本件焼却炉は,前記のとおり,同基準を満たしておらず,被告において操業までに2次燃焼室の容積を拡大するなどして同基準に適合させる計画もないから,その操業が開始されると,高温度による燃焼時間の不足による不完全燃焼に起因して相当量のダイオキシン類が排出されるおそれが高いものといえる。

イ 本件排ガス処理装置の安全性について

(ア) 被告は,本件施設の集じん器として,本件排ガス処理装置に湿式スクラバー2器を設置しており,熱交換器で摂氏365度以下まで冷却された排ガスの温度を第1湿式スクラバーにおいて摂氏70度から80度まで冷却し,さらに,第2湿式スクラバーにおいて,摂氏65.7度まで冷却する計画(集じん器内で燃焼ガスの温度を速やかに冷却する方式)であるところ(前記1(4)イ(イ)),上記冷却温度に関する計算根拠は不明であるものの,平成12年8月10日に実施された試運転の結果,第2スクラバー出口における排ガス温度が摂氏66度から76度の間で推移していたことが確認されたことからすると(前記1(6)ア),湿式スクラバー2器の排ガス冷却能力は,上記計画におおむね合致しているものといえる。

以上の事実によれば,本件施設は,「集じん器内で燃焼ガスの温度を速やかにおおむね摂氏200度以下に冷却することができる冷却設備が設けられていること」との構造基準(前記1(2)イ(ウ)ただし書)及び「集じん器内で燃焼ガスの温度を速やかにおおむね摂氏200度以下に冷却すること」との維持管理基準(前記1(2)ウ(ウ)ただし書)を満たすものといえる。

なお,本件排ガス処理装置は,計画上,第2湿式スクラバーから送られてくる低温の排ガスの温度を熱交換器において再び摂氏250度程度まで昇温させる構造となっており,上記試運転ではおおむね摂氏250度から300度の間で推移していたことから,原告らは,排ガス冷却に係る上記基準を充たしていないと主張する。しかし,上記基準は,集じん器に流入する燃焼ガス又は集じん器内の燃焼ガスが摂氏200度以下に冷却されることを要求するものであり,上記基準に従い冷却した後に集じん器の湿式スクラバーから排出された排ガスは,同装置において既に中和洗浄されて塩素の含有量が低減しているため,その後,熱交換器で昇温させたとしても,ダイオキシン類の再合成はさほど進まない上,熱交換器出口における水噴射により活性炭吸着塔入口の排ガス温度を低減させる計画であるため,問題はないといえる(甲34,乙56,証人F)。

(イ) 本件排ガス処理装置は,プレコート濾過装置において,洗浄水を濾過してダイオキシン類等の有害物質を汚泥として処理できる構造となっており,上記濾過装置の能力は,1分間当たり30リットル(1日当たり4万3200リットル)であるから,上記濾過装置を常時運転させることにより,循環水槽内の水量28.5立方メートルをすべて濾過することができるところ(前記1(4)イ(イ)f),上記洗浄水は,濾過後も循環水槽に返送されて循環するため,稼働日数の経過により循環水中の浮遊物質の濃縮が進むものの,その流入量と除去量が平衡に達した後は,それ以上濃縮され続けることはない(甲34)。

この点,原告らは,上記濾過装置の濾過能力が,本件焼却炉の稼働中(8時間)に循環する洗浄水の水量3500リットルを大幅に下回るため,濾過しきれない洗浄水の汚染が加速すると主張するが,このように短時間の内に循環水槽内の上記洗浄水が使用困難なほど急激に汚染されるとは考えがたい。

以上によれば,上記濾過装置に安全基準を満たさない欠陥があるとは認められない。

(ウ) 次に,活性炭吸着塔の性能について検討すると,一般的に,活性炭は,排ガス処理装置において,ダイオキシン類を吸着除去するものとして用いられ,その除去効果は,排ガス温度が摂氏200度ないし220度以下で高まるが(乙56,乙58),前記のとおり,本件排ガス処理装置において活性炭吸着塔を通過する際の排ガスの温度は,被告の計画では,摂氏250度であり,上記試運転においても概ね摂氏250度から300度の間で推移しているところ,このように排ガスが高温となる条件のもとでは,活性炭吸着塔のダイオキシン類除去効果はさほど望めないものの,被告は,熱交換機出口における水噴射により同ガス温度を低減させる計画であり,これにより,活性炭吸着塔におけるダイオキシン類吸着除去率を高めることが期待できる。

この点,原告らは,洗浄水中の塩が活性炭の表面に付着して吸着効果を下げると主張するが,焼却物投入時に炉内に循環水を200リットル散布することにより,循環水槽中の塩の濃度が低下して一定以下に保たれることになり(甲34),また,活性炭は,定期的に洗浄される上,1年ごとに交換されることが予定されているから(前記1(4)イ(イ)e),塩の付着により吸着効果が下がるおそれは低いというべきである。

以上によれば,活性炭吸着塔に安全基準を満たさない欠陥があるとは認められない。

(エ) 本件焼却炉は,燃焼用空気供給用の送風機(押込送風機)は設けられておらず,本件焼却炉の燃焼室内で発生した燃焼ガスは,本件排ガス処理装置内に設置された洗浄ブロアにより本件排ガス処理装置内に吸引通風される構造となっている。そして,被告の計画では,上記洗浄ブロアの排ガス吸引能力は,1時間当たり8456N立方メートルであるところ,同数値は,本件焼却炉内で発生する燃焼ガス1時間当たり6381N立方メートルに助燃バーナー稼働による発生ガス増加量を加えた発生ガス総量1時間当たり7700N立方メートルを上回っている(前記1(4)イ(イ)c)。しかし,洗浄ブロアの吸引能力に係る資料が提出されていないため,その算定計算の根拠が不明である上,稼働中の一時的な発生ガスの増加等が考慮されていないため,稼働中に発生するガス総量が洗浄ブロアの上記吸引能力を上回るおそれもある(甲6ないし9,甲34)。実際に平成12年8月10日の試運転の際に,本件焼却炉が着火後,定常運転を開始するまでの間に,焼却室上部蓋の通気口から燃焼ガスの排気がみられた上,煙突から黒鉛又は白煙が断続的に排出されたところ(前記1(6)ア),その原因は,上記洗浄ブロアのダンパーを大きく開いたため,急激な燃焼が起こり,空気の供給が追いつかなくなって不完全燃焼を起こすとともに,発生ガス量が一時的に本件排ガス処理装置の能力を上回ったため,未燃焼カーボン等の排出量が増加したことによるものである(甲34)。

以上の事実によれば,本件排ガス処理装置は,洗浄ブロアのガス吸引能力が十分でないため,「焼却施設の煙突から排出される排ガスによる生活環境保全上の支障が生じないようにすることができる排ガス処理設備が設けられていること」との構造基準(前記1(2)イ(オ))を満たすものとはいえない上,本件焼却炉についても,ガス吸引能力が十分でない本件排ガス処理装置を付加した結果,「燃焼に必要な量の空気を供給できる設備が設けられていること」という構造基準(前記1(2)イ(ア)e)を満たしていないことになる。そして,本件施設をこれらの基準に適合させるためには,本件焼却炉の燃焼室に燃焼用空気供給のための送風機(押し込送風機)を設置するか,又は,洗浄ブロアの吸引能力を上げる等の改造をなす必要があるところ,被告において,かかる改造をなす計画はない。したがって,本件施設は,その操業が開始されると,本件焼却炉の上蓋通気口や煙突から,不完全燃焼による高濃度のダイオキシン類を含む排ガスが排出されるおそれがあるというべきである。

なお,原告らは,本件焼却炉において燃焼ガスの逆流による不完全燃焼により爆発が生じるおそれがあると主張するが,上記試運転時の状況に照らすと,爆発を引き起こすほど大規模の不完全燃焼が生じるとまでは認められないから,上記主張は採用できない。

ウ ダイオキシン類及び一酸化炭素濃度の測定結果について

本件施設は,これまで,本件排ガス処理装置が設置される以前の平成9年6月19日と同装置設置後の平成12年8月10日の2回にわたり試運転が実施され,排ガス中のダイオキシン類濃度が測定されたところ,上記1回目の測定結果は,1立方メートル当たり1.0ngTEQ,上記2回目の測定結果は,1立方メートル当たり8.1ngTEQであり(前記1(3)イ,同(6)ア),これらの測定値は,いずれも本件施設に適用される基準値である1立方メートル当たり10ngTEQ(前記1(2)エ(イ)b)を下回っている。

しかし,ダイオキシン類の測定は,非常にわずかな量の測定になるため,測定条件や検体の採取方法等によって数値が著しく異なるところ,1回目の試運転は,被告が行政機関等の立ち会いもなく実施したものであり(前記1(3)イ),燃焼物,燃焼量等の測定条件の詳細は不明である上,本件排ガス処理装置が設置される前に実施された1回目の測定結果が,同装置設置後に実施された2回目の測定結果よりも優良であるのは不自然といわざるをえない。

また,2回目の試運転は,被告が行政機関の立ち会いの下で実施したものの,その際に用いられた燃焼物は,木くずのみであり,ダイオキシン類の発生原因となる廃プラスチック類等有機塩素系化合物質は含まれていなかった(前記1(6)ア)が,解体家屋を処理する場合,いかに分別を徹底しても焼却物に一定量の廃プラスチック類が混入するのは不可避である上,被告の事業計画においても,燃焼物に廃プラスチック類が2パーセント程度混入することが予定されている(前記1(4)ア(ア))ことからすると,実際の操業においては,廃プラスチック類の混入により,上記測定値を上回るダイオキシン類が排出されるおそれは高いと認められる。

さらに,2回目の試運転の際に測定された排ガス中の一酸化炭素濃度は,平均が190ppm(総理府令による換算値200ppm),最高値が650ppmを超えており(前記1(6)ア),本件施設に適用される基準値100ppm(前記1(2)ウ(オ))を大きく上回るものである。このような数値をみると,本件施設は,実際の操業においても,同基準に適合しない可能性が高いものといえる。そして,焼却施設において焼却過程で生成される一酸化炭素濃度とダイオキシン類濃度との間には,別紙資料グラフ2のとおり相関関係があり,統計上,不完全燃焼に伴い生じる一酸化炭素の濃度が基準値100ppmを超えると,ダイオキシン類濃度の平均値も基準値1立方メートル当たり10ngTEQを超えて増加するとされていることからすると,本件施設は,実際の操業においては,上記基準値を上回る高濃度のダイオキシン類が排出されるおそれが高いものというべきである。

確かに,被告は,上記試運転の後,不完全燃焼による黒煙の発生を防止するとともに,一酸化炭素及びダイオキシン類の排出量の削減を図るため,本件焼却炉の2次燃焼室にレンガ積みの絞りを設けて排ガスを撹拌させる旨の改造計画を進める努力をしている(前記1(6)イ)。しかし,徳島県の依頼により本件施設について精査業務を実施した財団法人日本環境衛生センターにおける検討結果(甲34)によると,上記改造によりある程度の改善効果を期待できるものの,不完全燃焼等の原因は多岐にわたる上,その効果は押込送風機設置による平衡送風に比べて低く,上記改造のみでは十分な効果が得られるか疑問であり,安定処理を確実に行うには,処理対象物や投入量の制限を行うか,本件排ガス処理装置の能力を上げる等の対策を講じる必要があると認められる。

エ 以上によれば,本件施設は,平成9年改正後の廃棄物処理法施行規則においてダイオキシン類排出削減のために設けられた安全基準(構造基準及び維持管理基準)に適合しない点が多い(前記ア(ア)(エ),イ(エ),ウ)。本件施設をこれらの基準に適合させ,ダイオキシン類排出削減を図るには,処理対象物や投入量の制限もしくは本件焼却炉における送風機設置,本件排ガス処理装置の処理能力見直し等の抜本的な対策を講じる必要があるところ,被告において,本件施設の操業に当たり,このような対策を講じる計画はない。したがって,本件施設は,長期にわたり継続的に稼働することが予定されている施設であることからすると,その操業が開始されれば,長期にわたり基準値を超える高濃度のダイオキシン類が排出されるおそれが高いものというべきである。

オ なお,原告らは,被告による本件焼却炉の処理能力の算定は誤っている旨主張する。しかし,焼却炉は,様々な形式,方法があり,その能力を1つの基準で図ることは困難であるため,処理能力について確立した計算方式はない(乙60)ところ,被告の算定した本件焼却炉の1日当たり処理能力4997キログラムは,その算定方法に著しく不合理な点があるとはいえない上(前記1(4)ア(ウ)),前記試運転の際に実際に炉内に積み込むことのできた焼却物の量は5トンを下回る(前記1(6)ア)から,誤りとはいえない。また,処理能力の問題は,その設置に許可を要するか否かという行政取締の基準にすぎず,ダイオキシン類排出に関する判断に直接結びつくものではない。

(4)  証拠(甲12の1,2,甲20,甲21)及び弁論の全趣旨からうかがわれる本件施設周辺の地形,気象条件,地域環境等を考慮すれば,前述のとおり,長期にわたり本件施設から基準値を超える高濃度のダイオキシン類が排出されると,周辺の環境(大気,水質,土壌)が広範囲に汚染されることが予測されるから,その影響を受ける範囲に居住する原告ら周辺住民は,かかる環境汚染により,耐用量を超えるダイオキシン類の摂取を余儀なくされ,将来,重大かつ回復困難な健康被害を受けるおそれが高いものと推認できる。他方,本件施設は,原告ら周辺住民において,かかる健康被害のおそれを甘受すべきほど公共性の高い施設ともいえない。

(5)  以上の事情を総合すれば,原告らは,人格権に基づく妨害予防請求権として,被告に対し,本件施設の操業,稼働の差止めを求めることができるものと解する。

第4結論

よって,原告らの本件請求は理由があるからこれを認容することとする。

(裁判長裁判官 村岡泰行 裁判官 石垣陽介 裁判官 井出弘隆)

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