徳島地方裁判所 平成12年(ワ)73号 判決 2002年10月29日
主文
1 被告は,原告に対し,金670万円及びこれに対する平成11年8月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを5分し,その1を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
請求金額を金825万3700円とするほか,主文第1項と同じ。
第2事案の概要
本件は,ヒラメ養殖を業とする原告が,被告が製造販売する磁気活水器を養殖池の給水管に設置したところ,同池の養殖魚が全滅したことから,上記装置に欠陥があったと主張して,被告に対し,製造物責任ないしは不法行為に基づき,その損害の賠償を求めた事案である(なお,原告は,上記装置を直接に販売したとする分離前相被告A有限会社〔以下,単に「A」という。〕に対しても,本訴で損害賠償を求めていたが,同社とは和解が成立して訴訟が終了している。)。
1 前提となる事実(証拠の表記がないものは,当事者間に争いのない事実である。)
(1) 原告は,ヒラメ養殖を業とするものであり(原告本人),被告は,飲料水用の浄水器の販売業等を目的とする株式会社である。また,Aは,産業廃棄物の有効活用及び無害化処理システムプラントの研究,開発及び販売に関する業務等を目的とした有限会社である(分離前相被告A代表者)。
(2) 被告は,「SV-MAG」との商品名で,磁場に水道水を通過させることによって,水の物性を変化させて活性化した磁気水を造る装置である磁気活水器(以下「本件装置」という。)を製造販売している(乙ロ9)。
(3) Aの代表者であるaは,平成11年6月ころ,本件装置を会社の新規商品として取り扱うことに決め,早速,営業活動を開始して,電話帳で探し当てた原告に売り込みを図り,原告も本件装置の導入を承諾した。そして,aは,同年7月8日ころ,被告から送付された本件装置を,原告の養殖場の生け簀の1つ(以下「本件生け簀」という。)につながる給水管に取り付けた(甲12,乙イ1,証人b,分離前相被告A代表者)。
(4) 上記生け簀ではヒラメを養殖していたが,本件装置を取り付けてから10日くらい経つと,ヒラメの餌の食いつきが悪くなりはじめ,同年8月11日には本件生け簀で養殖していたヒラメが全滅した(以下「本件事故」という。甲2の1,2の2,12,13,証人c,証人b,分離前相被告A代表者)。
2 原告の主張
(1) 被告の責任原因
ア 製造物責任
本件装置には海水で使用すると,魚類に害を与える欠陥があることから,被告は,原告に対し,製造物責任法3条に基づいて,原告が被った損害を賠償すべき義務がある。なお,被告は,本件装置の海水使用は,合理的に予見されない使用態様であると主張するが,本件装置は,魚類をはじめ様々な生物の養殖や様々な成分を含む水に利用されていて,被告自身も現に海水での養殖に利用しようとしており,他の類似製品では海水での養殖に使用されていることからして,本件装置も海水使用は当然に想定されていたところであって,合理的に予見される使用形態といえる。
イ 不法行為責任
被告は,本件装置を海水で使用した場合には,魚類に害を与える危険性があることを把握し,その安全性の許容範囲内での用途に限った販売活動を行うべき注意義務があるのにこれを怠った過失がある。
(2) 損害
給水管に本件装置を取り付けた本件生け簀には,少なくとも子ヒラメが6000匹,親ヒラメが1500匹ほど養殖されており,その総重量は4102.5キログラムである。そして,ヒラメの平均価格が1キログラム当たり2280円であるから,上記生け簀のヒラメが全滅したことによって原告が被った損害は,上記キログラム単価に上記総重量を乗じて算出した935万3700円を下らない。
(3) 損害との因果関係
本件装置を給水管に取り付けた生け簀のヒラメのみが,取り付け後わずか1か月間で全滅しているが,本件装置によって水産動植物に有害である亜硝酸態窒素が発生し,これが水産用基準をはるかに超えるものであることが確認されており,他にヒラメが全滅する理由がないことを考えれば,経験則上,本件装置の取り付けとヒラメが全滅したこととの間には因果関係が存在するといえる。
3 被告の主張
(1) 欠陥の不存在
本件装置は,もともと海水で使用することを前提としておらず,そのことを原告も承知していたのであり,原告が合理的に予見されない使用態様で本件装置を用いたのであるから,本件装置に欠陥があるとはいえない。
(2) 実験目的による無償貸与
本件装置は,海水での使用実験を目的として原告に無償で貸与されたものであるから,原告は,その危険性を認識したうえで使用したのであって,被告には原告主張のごとき注意義務はない。
(3) 因果関係の不存在
本件装置の効能によってヒラメが全滅したのかどうか定かでない。
4 争点
(1) 因果関係の存否
(2) 本件装置の欠陥の有無
第3当裁判所の判断
1 因果関係の存否
(1) まず,原告の生け簀で養殖されていたヒラメが全滅したことと本件装置との間に因果関係があるか否かについて検討するに,証拠(甲1,2の1,2の2,5の1ないし5の4,8ないし10,12,13,乙イ1,13,14,15の1,15の2,25,29の1ないし29の16,乙ロ9,証人c,証人b,分離前相被告A代表者)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 本件装置は,給排水管等にSS対極式永久磁石仕様のマグネットをリング状に外付けで装着して,それによって発生する磁場を通過させた水に物理化学反応を起こさせるというもので,給排水管等に取り付けた場合には,それに付着するスケールやスライム,汚物などを除去して錆や腐食を抑制する効果があるなどとしている。
イ 原告の養殖場には9面の生け簀があるが,そのうちの本件生け簀3面(大型の生け簀が3面に区切られているもの。)に地下水を供給する給水管(100ミリ管)に本件装置(マグネット合計49個)を取り付けたところ,10日くらい経過すると,養殖されていたヒラメの餌の消費量が次第に減少し始めた。さらに,取付け後20日くらい経つと,死亡するヒラメが現れるようになり,そのころに本件装置を取り外したが,取付けから1か月後である平成12年8月11日には,本件生け簀で養殖していたヒラメが全て死亡した。
ウ ヒラメは,水温が25度を超える夏期の高水温期には死亡率が高いとされるが,平成11年8月上旬から中旬にかけての徳島県の気温を見ると,最高で33度に達する日もあったものの,同月前半は日中でも30度を下回る日が多くて猛暑が続いた天候ではなく,また,本件生け簀は,地下水を利用し,これをポンプで循環させることで水温を保つことができる仕組みになっており,実際に本件生け簀以外の養殖ヒラメには被害がまったく発生しておらず,市場への出荷を行っていた。
エ ヒラメは,通常,白い腹の面を上にして死ぬことが多いが,本件生け簀で死亡したヒラメは,そのほとんどが生け簀の底で白い腹の面を下にしたままで死亡していた。また,ヒラメは,酸欠で死亡した場合,背中に斑点ができて白っぽくなり,また,病死した場合には,エラから内臓が飛び出したり,目が赤くなるなどの特徴が認められるが,本件生け簀で死亡したヒラメにはそのような特徴がまったく認められなかった。
オ 本件生け簀では,本件装置を取り付けた後,壁面に生えていた苔がなくなり,また,水の粘性が大きくなった。そして,本件装置を取り付けた給水管の水質を検査した結果,取り付けていない給水管の水と比較して,亜硝酸態窒素が0.10mg/l(以下,単位は同じ。)から0.77と増加しており,海域での水産用水基準として定められた0.06を大きく上回っていることが確認された。
(2) 以上の事実を総合して考慮すれば,本件装置を給水管に取り付けた結果,その磁力の作用によって水質に変化が生じ,それがヒラメの生態に強く影響して,本件生け簀で養殖されていた全てのヒラメを死に至らしめたという因果関係を事実上推認することができ,これを覆すに足りる証拠はない。
したがって,本件装置と本件事故との間には因果関係の存在が認められる。
2 本件装置の欠陥の有無
(1) 以上のとおり,本件装置から発生した効果によって本件事故が発生したと認められ,海水による使用の場合には魚類に悪影響を与えるおそれがあり,とりわけ養殖ヒラメには害を及ぼすと推認されることから,本件装置には海水使用の場合に安全性を欠いており,いわゆる設計上の欠陥があると認められる。
(2) また,証拠(乙イ9,13,14,16の1,16の2,ロ1ないし7,9,被告代表者本人)によると,本件装置は,被告が製造したものであり,これを実用商品化するにあたっては,北海道の牧場に委託して牛の飲料水としてテストしてから,被告代表者などが試飲して確認したが,それ以外に安全性に関する試験を行っておらず,実際に販売活動を開始して販路を拡大していく過程で,ユーザーからの使用報告によってその効能を確認していたこと,本件装置では一般的な性能や取扱上の注意などが明記された仕様書や取扱説明書を作成しておらず,生体に対して安全であることを当然の前提として販売活動を行っていたこと,本件装置のパンフレットには,その適用対象として,マンションやホテルの給水管,外食産業,食品加工工場,プールのほか,植物や農作物の栽培,鶏・牛・豚の畜産を例示として掲げていたこと,本件装置と類似商品の多くが魚類にも利用できるとされていて,本件装置も淡水魚の養殖で良好な結果が得られたとして,海水魚にもその対象を広げようとしていたことが認められ,以上の事実に照らせば,本件装置は,人間の飲料水だけでなく動植物など生体一般の飼育,栽培や養殖に利用することを目的に製造されたものであるにもかかわらず,その安全性について厳格なテストを行わないまま,商品として実用化されて流通に置かれていたものであって,前示したとおり,海水使用の場合に生体に悪影響を及ぼすおそれがあったのにこれを看過し,その点の注意,警告がまったくなされていないことから,警告上の欠陥があることが明らかである。
(3) なお,被告は,本件装置は,海水使用を予定していないものであって,原告がそれを承知したうえで海水使用したのだから,製造物責任法にいう欠陥には当たらないと主張する。しかしながら,前記(2)の事実に照らせば,本件装置は,既に飲料水や生物の飼育,栽培などの用途に用いられる商品として流通に置かれていて,海水での使用も通常予見される使用形態であると認められるうえ,被告が原告に対し,海水使用した場合についての危険性を具体的に告知したと認めるに足りる証拠はなく,仮に,本件装置の取り付けが,売買契約に基づくものではなくて,その前段階の導入するか否かを決めるための試用でしかなかったとしても,前示した欠陥の認定を妨げるものではなく,被告の上記主張は採用できない。
(4) 以上からして,被告は,原告に対して,本件装置についての製造物責任を負い,原告が被った損害を賠償する義務がある。
3 損害
(1) そこで,本件事故によって生じた損害について検討する。証拠(甲2の1,2の2,3の1ないし3の8,4,5の1ないし5の4,12,証人b)によれば,本件生け簀では子ヒラメ約6000匹,親ヒラメ約1500匹を養殖していたと推認することができ,子ヒラメ1匹の重量が平均すれば500グラム程度,親ヒラメのそれが700グラム程度とされ,本件事故発生当時の市場への卸値が控えめに見ても1キログラム当たり2000円は下らないことが認められる。そこで,その総重量である合計4050キログラムに2000円を乗じて算出した810万円が本件事故によって生じた損害額とするのが相当である。
(2) そして,原告とAとの間で,本件事故に関して,Aが原告に対し,解決金として200万円を支払う旨の和解が成立したことは当裁判所に顕著な事実であるから,上記損害額から上記解決金を控除すると,残余は610万円となる。
(3) また,本件事故は,実質的に見て,その原因が被告による不法行為に匹敵するものであるから,本件事故による損害として相当因果関係がある弁護士費用も被告に負担させるのが公平である。そして,上記の損害額やその他諸事情を勘案すると,損害となる弁護士費用としては60万円が相当である。
(4) 以上からして,本件事故による損害の合計は670万円となる。
4 よって,原告の請求は,670万円の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判官 石垣陽介)