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徳島地方裁判所 平成12年(行ウ)12号 判決 2001年8月24日

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告らは、土成町に対し、各自2047万4450円及びこれに対する平成12年2月1日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

第2事案の概要

本件は、土成町長あるいは同町税務保険課長の職にあった被告らが、条例に基づいて土成町納税組合に報償金を交付したのは、違法な公金の支出であると主張して、土成町の住民である原告が、土成町に代位して、被告らに対し、上記支出額の損害賠償を求めた住民訴訟である。

1  前提事実(証拠等を掲記しない事実は、当事者間に争いがない。)

(1)  原告は土成町の住民である。

被告Aは土成町長の職に、被告Bは土成町税務保険課長の職にあったものである。

(2)  土成町には、同町内の納税組合に対する報償金の交付について定めた土成町納税組合報償条例(昭和35年条例第81号。以下「本件条例」という。)があったが、平成12年3月31日限りで廃止された。本件条例2条、5条によれば、同町内の納税組合が納付期限内に町税(町民税、固定資産税、国民健康保険税、軽自動車税)を土成町に納めた場合、土成町は、届出のあった同組合に対し、原則として、納付額の4パーセントに組合の納付率を乗じた額と完納戸数に100を乗じた額との合計額を報償金として交付するものとされていた(甲4)。

(3)  被告A及び同Bは、平成12年1月、土成町内の全納税組合(77組合)に対し、本件条例に基づき、平成11年度分の納税報償金として、2047万4450円を土成町の公金から支出した(以下「本件支出」という。)。

(4)  原告は、平成12年4月3日、本件支出を違法であるとして、土成町監査委員に対し、地方自治法242条1項所定の監査請求をしたが、同監査委員は、同年6月1日、原告に対し、「住民監査請求にかかる監査の結果について(通知)」と題する書面を送付した(もっとも、そこには、本件支出の違法性については何ら言及されていなかった。)。

2  争点

(1)  本件条例が違法であるとの理由で被告らに責任があるか。

(2)  上記(1)以外の理由で被告らに責任があるか。

3  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)について

(原告の主張)

ア 納税貯蓄組合法(以下「法」という。)10条1項は、「国又は地方公共団体は、納税貯蓄組合に対し、組合の事務に必要な使用人の給料、帳簿書類の購入費、事務所の使用料その他欠くことのできない事務費を補うため、予算の範囲内において補助金を交付することができる。

但し、国及び地方公共団体が交付する補助金の合計額は、組合が使用した当該費用の金額をこえてはならない。」と、納税貯蓄組合に対する補助金の支給要件を定め、また、同法10条3項を受けた納税貯蓄組合法施行令(以下「施行令」という。)4条1項は、「納税貯蓄組合は、法10条1項の規定による国又は地方公共団体の補助金の交付を受けようとするときは、毎年10月から翌年9月までの分について、当該期間内に使用した同項の費用の金額及びその費途別の内訳を記載した補助金交付申請書を、その年10月末日までに当該組合の規約の届出をした税務署長を経由して当該組合の主たる事務所の所在地を管轄する国税局長に、又は当該補助金の交付を受けようとする地方公共団体の長に提出しなければならない。」と、交付手続について規定している。

しかしながら、本件条例は、報償金の支給基準について、組合の事務に欠くことのできない事務費でなければならないとか、支給額が組合の使用した事務費の金額の範囲内でなければならないなどとは規定していない。また、本件条例は、報償金の交付にあたり、組合が支出した事務費の金額や、そのうちどの程度が欠くことのできない事務費にあたるかということを、具体的な審査の対象とはしていない。そうすると、本件条例が法及び施行令に違反することは明らかである。

イ 被告らは、本件条例が法及び施行令に違反し、本件条例に基づいて報償金を交付することが違法であることを容易に知り得る立場にあった。特に、神奈川県小田原市が支出した、本件報償金とほぼ同様の奨励金について、横浜地方裁判所が、平成10年1月26日、「納税貯蓄組合法以外の独自基準で補助金を交付するのは違法である。」との判決が下されてからというものは、全国的にも報償金制度の見直しや廃止の動きが広がっていたし、徳島県市町村課税制係も同制度の見直しを県内の市町村に求めていた。

本件条例は、土成町が、法令の範囲を逸脱し、独自の基準により公金を支出するとしたものであるから、その違法性の程度は重大かつ明白である。したがって、被告らはその執行義務がなく、本件支出をすべきではなかった。そうでなくとも、被告Aは、地方公共団体の長として、本件支出の予算に関し、予算を調整して議会に提出する権能を有しているところ、本件支出の予算に関する議会の議決が違法であることを認識していたのであるから、予算の適法性を独自に判断し、再議に付すべき義務があった(被告Bも、本件支出の担当課長として、被告Aから委任を受け補助する立場にあったから、同様の義務を負っていたものといえる。)。

被告らは、上記のような注意義務に違反して本件支出をしたのであるから、賠償責任を負うことは明らかである。

(被告らの反論)

ア 本件条例が法に違反するという点は、争う。

イ 土成町は、県が実施している市町村税務担当課長会議に職員を出席させ、町税行政の適正化のため努力しているが、同会議における説明は、税制改定の内容が主であり、上記横浜地方裁判所の判決内容については口頭の説明で終わっており、その内容も検討を要するといった程度であった。被告らは、このように未だ一般的に納税組合報償条例の違法性が論議されていない段階で、定例議会の議決を得た事項に基づき、本件支出を行ったものであるから、その職務執行について何ら注意義務違反はなく、責任を問われる立場にはない。

また、本件条例は、全国市町村の納税行政の流れに沿って納税の効率化のために制定されたものであり、その内容も、基本的には他市町村の報償条例と同一のものである。被告らは、本件条例を適用すべき義務があり、本件条例が廃止されない限りその適用を拒否することはできない。

ウ 被告Bは、土成町の会計事務や予算調整について補助する立場にはなく、適正な予算を調整、提出する権能も義務もなかったから、本件支出について責任を問われる立場にはない。

(2)  争点(2)について

(原告の主張)

町は、組合に公然と町発行の領収書をもって税の徴収にあたらせていたが、これは、私人の公金取扱を制限する地方自治法243条に違反する。また、町は、組合に対し、公然と当該組合員の税額一覧表を送付していたが、これは、秘密漏洩に関する罪を定めた地方税法22条に違反する。

このような違法行為をしている土成町納税組合に報償金を交付することは、違法というべきである。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)について

(1)  原告は、本件条例が法に違反する旨を主張するので、まずこの点について判断する。

ア 法1条は、その目的について、納税資金の貯蓄を目的として組織される組合等について必要な規制を設けるとともに助成の措置を講ずることにより、その健全な発達を図り、もって租税の容易かつ確実な納付に資させるものとした上で、法10条1項は、地方公共団体が納税貯蓄組合に交付する補助金の目的について、欠くことができない事務費を補うためと規定するとともに、同条2項において、地方公共団体が組合の役員又は組合員の報酬の支払に充てるために補助金を交付することを禁止し、補助金の交付目的を事務費の補助に限定している。そして、法10条3項の委任を受けた同法施行令4条1項1号は、組合が、補助金の交付を受けようとするときは、費用の金額及びその費途別の内訳を記載した補助金交付申請書を地方公共団体の長等に提出するよう義務づけている。

これらの法及び同法施行令の各規定は、地方公共団体が納税貯蓄組合に交付することができる補助金の対象の範囲・限度額や、その交付手続きを明確にし、地方公共団体の財政の健全性を維持しようとしたもので、納税貯蓄組合に対し、実際に要した事務費を超えたり、その補填をはかる目的以外で補助金を交付することを禁止していると解される。そうすると、地方公共団体は、上記各規定に違反して補助金を交付することは許されないというべきである。

イ 証拠(甲4、乙1)及び弁論の全趣旨によれば、本件条例は、納税組合の育成を図るため、納税組合に対する報償金の交付について定めるものとされ(1条)、報償金の交付基準について、納税額割(納付額の100分の4に各納税組合の納付率を乗じて得た額。ただし、口座振替納付にかかる分については、上記の額から、当該振替件数に、取扱金融機関に支払う手数料を乗じて得た額を差し引いた額。)及び完納戸数割(1戸につき100円)を規定していること(5条)、一方で、本件条例は、組合の事務に欠くことのできない事務費を補うことを報償金の支給の要件としていないばかりか、それらの報償金の支出額について組合の使用した事務費の金額を超えてはならないとの制限も設けていないこと、当該期間内に使用した事務費の金額やその費途別の内訳を記載した書面の提出を求める規定が存在しないことが認められる。

そして、本件条例の目的が法の目的とほぼ一致し、上記アのような法の規制が及ぶと解されることからすると、本件条例は、法10条1項、3項、施行令4条1項1号の要件と関わりなく、独自の基準により、組合への報償金すなわち補助金の交付を認めるもので、法10条1項の制限を超えて補助金を交付するものというべきあるから、法及び施行令に違反する疑いがあるというべきである。

(2)  次に、被告らが、本件条例に基づいて本件支出をしたことについて責任があるかについて判断する。

ア 証拠(甲3、5の1、2、乙2)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認定することができる。

(ア) 横浜地方裁判所は、平成10年1月26日、神奈川県小田原市が「小田原市納税貯蓄組合に対する市税取扱奨励金支給要綱」に基づいて同市内の各納税貯蓄組合に交付した市税取扱奨励金について、上記要綱が法及び施行令に違反するとの理由で、違法な支出である旨の判決をした(以下「横浜地裁判決」という。)。

(イ) 徳島県市町村課税制係は、平成10年2月ころ及び平成11年2月ころ、市町村税務担当課長会議において、横浜地裁判決の内容について説明を行い、各市町村が独自に定めている条例、規則等を検討するよう促した。

(ウ) 平成11年11月21日付けの朝日新聞には、納税貯蓄組合法は、組合の事務経費以外の補助は地方自治体に認めていないが、実際には、多くの地方公共団体が納税額の一定割合や一定額を奨励金等の名目で組合に交付してきたこと、神奈川県小田原市が納税貯蓄組合に奨励金を支給したことについて、横浜地方裁判所が平成10年1月に違法とする判決をしたこと、同判決を受けて、複数の地方公共団体が奨励金ないし報償金支出の廃止をし、又は廃止を検討していること等の記事が掲載されていた。

(エ) 徳島県内では、平成11年度も、全49市町村のうち、47の市町村において、納税貯蓄組合に対し、報償金ないし奨励金の名目で、経費以上の金額が交付された。

(オ) 徳島県内の各市町村では、平成12年度以降、納税貯蓄組合に報償金ないし奨励金を交付する内容の条例の廃止が相次ぎ、同年度中には19の地方公共団体が廃止したほか、27の地方公共団体が平成13年度中に、残りの1町も平成14年度中に廃止することを決めている。

(カ) 被告Aは、平成12年9月18日、本件条例を廃止する条例案を、土成町議会に提出した。

イ 原告は、上記ア(ア)ないし(ウ)の各事実を前提として、被告らは、本件条例が違法であり、本件支出を停止すべき注意義務があったにもかかわらずそれに違反したものであるから、本件支出相当額を土成町に賠償する責任がある旨を主張するので、検討する。

まず、横浜地裁判決は、地方公共団体の行政措置である要綱が法及び施行令に違反していたためにその要綱に基づく公金支出が違法とされた事案であるが、要綱は地方公共団体の内部的な規準にすぎず、これが違法であれば当然にこれに従うべきではないといえるのに対し、条例は、議会の議決により改廃されるべきものであって、原則として地方公共団体の長に執行義務があり、その改廃を求めるには法定の手続を経なければならない(地方自治法176条、177条)。そうすると、仮に、被告らが本件条例に違法の疑いがあると認識していたとしても、これが法律に違反することが明白であったというような特段の事情がない限り、被告らが直ちに本件条例を無視して本件支出を停止すべき注意義務があったとみることはできない。この点、原告は、本件支出当時における本件条例の違法性の程度は、重大かつ明白なものであった旨を主張するが、上記のような事情にかんがみれば、そのように断定することはできないというべきである。

そして、上記ア(エ)及び(オ)の各事実によれば、本件支出当時、徳島県内のほとんどの地方公共団体が、各納税組合に対し、土成町と同様に、報償金等の名目で法の許容範囲を超える公金を交付しており、その制度を具体的に見直す動きが出始めたのは平成12年度であることのほか、平成11年度当時は全国的に納税組合に対する報償金交付制度を見直す動きがあったものの、大多数の地方公共団体が同制度を廃止していたというわけではなく、同年度中は存廃の検討期間であったともみることができることからすると、被告らに、本件条例の改廃手続をすべき義務があったとか、本件条例が違法であるとの認識のもとで、本件支出に関する予算案の議決について議会の再議に付すべき義務(地方自治法176条4項)があったなどと評価することもできない。

以上の事情に、上記ア(カ)の事実をあわせて考慮すると、争点(1)に関する原告の主張は理由がないというべきである。

2  争点(2)について

(1)  まず、地方自治法243条違反を主張する点について検討する。

同条は、普通地方公共団体が、法律又はこれに基づく政令に特別の定めがある場合を除くほか、公金の徴収等を私人に委任したり行わせたりすることを禁止するものである。

ところで、法によれば、納税貯蓄組合は、個人又は法人が一定の地域、職域又は勤務先を単位として任意に組織した組合で、組合員の納税資金の貯蓄のあっ旋その他当該貯蓄に関する事務を行うことを目的とし、かつ、政令で定める手続によりその規約を税務署長及び地方公共団体の長に届け出たもので(法2条1項)、組合への加入や組合からの脱退を制限することはできず(法3条)、また、組合の組合員は、納税資金の貯蓄のため組合を通じてする預金をもって租税の納付に充てることができるとされており(法6条1項)、土成町の納税組合がこれと異なるものであることをうかがわせるに足りる証拠はない(証拠<甲13>にも、土成町の各納税組合長は、組合員から納税資金を取りまとめるものとする旨の記載がある。)。そうすると、土成町の納税組合がしているのは、あくまで組合員から納税貯蓄組合預金を集金しているにすぎず、地方税等を徴収しているものではないというべきであるから、土成町の納税組合がしている行為が地方自治法243条に違反し、そのような組合に報償金を交付するのは違法であるとする原告の主張は、前提を欠くものである。

(2)  次に、地方税法22条違反を主張する点について検討する。

同条は、地方税に関する調査に関する事務に従事している者がその事務に関して知り得た秘密を漏らす行為を処罰するものである。そして、「地方税に関する調査に関する事務」とは、地方税の賦課徴収に関連した調査事務をいうと解すべきところ、土成町の納税組合が地方税の徴収事務を担当しないことは、上記(1)のとおりであるから、同条違反を理由として組合への報償金交付を違法であるとする原告の主張も、前提を欠くものといわざるを得ない。

第4結語

よって、原告の請求は理由がないのでいずれも棄却することとし、訴訟費用について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して原告に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村岡泰行 裁判官 松谷佳樹 裁判官 千賀卓郎)

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