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徳島地方裁判所 平成12年(行ウ)2号 判決 2001年9月14日

原告

濱義一(X)

上記訴訟代理人弁護士

井上善雄

被告

(藍住町長) 堀江長男(Y1)

(同町収入役) 久次米武(Y2)

上記2名訴訟代理人弁護士

大道晋

野々木靖人

主文

1  被告堀江長男は、藍住町に対し、金498万5680円及びこれに対する平成12年1月20日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告の被告久次米武に対する請求及び被告堀江長男に対するその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、原告に生じた費用及び被告堀江長男に生じた費用の各13分の12を被告堀江長男の負担とし、原告及び被告堀江長男に生じたその余の費用並びに被告久次米武に生じた費用を原告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

1  被告らは、藍住町に対し、各自536万8174円及び被告堀江長男(以下「被告堀江」という。)については平成12年1月19日(訴状送達の日)から、被告久次米武(以下「被告久次米」という。)については同月25日(同前)から各支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

第2  事案の概要

本件は、被告らが、民生委員(兼児童委員)と懇談会を開催し、また、民生委員との研修旅行を実施し、その費用を公費で支出したことは違法であるとして、藍住町の住民である原告が、藍住町に代位して、上記支出に関与した藍住町長あるいは藍住町収入役である被告らに対し、損害賠償を求めた住民訴訟である。

1  前提事実等(証拠等の掲記のない事実は、争いがない。)

(1)  原告は、藍住町に居住する住民である。

被告堀江は、藍住町長の職にある者、被告久次米は、同町の収入役の職にある者である。

(2)  民生委員は、社会奉仕の精神をもって、地域社会の中で社会福祉上の問題を抱えている人の調査、相談、指導、助言にあたる一方、福祉事務所、児童相談所などの関係行政機関に対する協力活動を行い、社会福祉の増進に努めるもので(民生委員法1条参照)、地域住民の中から選任された者が、無報酬で行うものである(同法10条本文)。

(3)  藍住町における予算執行権限を本来的に有しているのはその長である町長であるところ(地方自治法149条2号)、藍住町補助金交付要綱4条でも、町長が補助金の交付の決定をすべきものとされている(〔証拠略〕)。

(4)ア  被告堀江は、平成10年8月31日から同年9月3日までの間、民生委員39名が実施した北海道研修旅行に、同町職員3名とともに随行した。

この旅行の日程は、以下のとおりであった。

(ア) 同年8月31日

徳島空港から羽田空港経由で稚内空港に行き、宗谷岬を見物して、稚内港からフェリーで利尻島鴛泊港へ渡り、沓形岬公園を見物した後、鴛泊で宿泊。

(イ) 同年9月1日

利尻島内の、姫沼、オシドマリ湖、御崎公園を見物した後、鴛泊港からフェリーで礼文島香深港へ渡り、桃岩展望台、元地海岸、西上泊、スコトン岬を見物して、香深で宿泊。

(ウ) 同月2日

香深港からフェリーで稚内港へ渡り、サロベツ原生花園を見物した後、旭川市内で宿泊。

(エ) 同月3日

午前9時30分から11時まで北海道療育園を視察した後、旭川ユーカラ織工芸館と雪の美術館を見物して、旭川空港から羽田空港経由で徳島空港に到着。

イ(ア)  藍住町民生委員協議会(以下「民協」という。)は、平成10年9月10日付けで、藍住町長である被告堀江に対し、民協の活動事業を実施するためとして、補助金746万1920円(町からの補助金427万2000円、県からの補助金318万9920円)の交付を申請した(〔証拠略〕)。

(イ)  被告堀江は、平成10年9月16日、民協に対し、平成10年度民生委員協議会補助金として概算額746万1920円を、事業計画書に沿って適正な予算執行をすることという条件で交付することとし、被告久次米らの審査を経た上で、同月25日、補助金746万1920円を交付した(以下「本件支出1」という。〔証拠略〕)。

(ウ)  民協は、同月28日、旅行会社に対し、本件旅行の費用670万0420円を支払った(〔証拠略〕>。

ウ(ア)  被告堀江及び藍住町職員3名の本件旅行に関する旅費等について、被告堀江は、旅費(民生委員研修旅行随行)として、被告堀江に19万0020円(日当1万1600円、打切旅費17万8420円)、その他の職員3名に各18万7220円(日当8800円、打切旅費17万8420円)の合計75万1680円を支払う旨の支出命令を、被告久次米らの審査を経た上で発し、平成10年9月28日ころ、同額が藍住町から支払われた(〔証拠略〕。以下「本件支出2」という。)。

(イ)  被告堀江ほか3名は、平成11年12月28日、藍住町に対し、上記(ア)のうち、日当として支払われた3万8000円を利息分(年率5パーセント)2376円とともに返納した(〔証拠略〕)。

(5)ア  被告堀江は、平成10年12月4日午後6時30分から8時30分までの間、民生委員一斉改選に伴い、再任及び新任の民生委員と町関係者との懇親を目的として、料亭「みちよ亭」において、被告久次米のほか、町幹部職員7名及び民生委員46名とともに懇談会を開催した(以下「本件懇談会」という。〔証拠略〕)。

イ  本件懇談会における費用の詳細は、会席料理24万7500円(1人あたり4500円、55人分)、ビール3万7000円(1本500円、74本)、1級酒2万5840円(1本380円、68本)、ウーロン茶1万4750円(1本250円、59本)、カラオケ3000円、消費税1万6404円で、合計34万4494円であった。被告堀江は、民生委員・児童委員一斉改選に伴う懇談会費用として、同町の食糧費から34万4494円をみちよ亭に支払う旨の支出命令を、被告久次米らの審査を経た上で発し、同額が支出された(以下「本件支出3」という。〔証拠略〕)。

(6)  原告は、平成11年8月17日、藍住町監査委員に対し、本件支出1ないし3が違法不当な公金支出であるとして、地方自治法242条1項の規定に基づいて監査請求をしたが、同町監査委員は、同年12月10日、同請求を棄却する決定をし、監査結果通知は、同日、原告に送達された。

2  争点及びこれに対する当事者の主張

(1)  本件支出1の違法性の有無

(原告の主張)

ア 本件旅行は、最終日に1時間あまり、北海道療育園を視察したものであるが、大半は観光に充てられている。また、藍住町には、北海道療育園のような重度障害者施設はなく、将来建設する計画もない。このことに、県内にも同じ施設があることを考慮すると、あえて藍住町から北海道までそのような施設を視察しに行く必要はない。結局、本件旅行は単なる観光旅行である。

イ 本件支出1は、一応、町が民協に補助金を交付し、民協が本件旅行の費用を旅行会社に支払ったもので、形式的には、旅費そのものが藍住町の公費から支出されたものではない。しかし、被告らは、民協への補助金が実質的に本件旅行の支払に充てられることを知りながら交付したこと、上記補助金は、本来であれば民生委員個人の活動に対する実費弁償と使われるべきものであることからすると、本件支出1は目的外流用といわざるを得ず、違法というべきである。

(被告らの反論)

ア 民生委員はボランティア精神に基づいて、無報酬というのが現状である。藍住町としては、民生委員が町の福祉行政にとって必要不可欠な公共的機能及び行政の補完機能を有していることにかんがみ、民生委員の日常活動に要する交通費、通信費等の実費弁償という観点から、藍住町補助金交付要綱に従い、町議会での予算議決を経て、民協に補助金を交付していた。このように、民生委員の活動に関して町が補助金を支出することには、公益上の必要性があり、また、藍住町補助金交付要綱及び議会の議決を経て成立した予算に基づいて支出したものであるから、被告らの本件支出1には違法性はない。

イ 民生委員活動費は、民生委員が日常の活動に要した交通費、通信費等の費用弁償という性格を有するものではあるが、交付された補助金をどのように使用するかは民協に委ねられるべきものである。そして、民協は、各民生委員が個人的に受け取るべき活動費をプールしておき、民生委員の研修、見学、民生委員相互間の理解交流を深めるという観点から、年に一度旅行を行っており、本件旅行も同様の趣旨に基づくものであるから、本件支出1について違法性の問題は生じない。

ウ 北海道療育園の視察は、町内に在宅の重度身障者が多数存在し、民生委員が福祉活動を行う上で大いに参考となるものであって、本件旅行が単なる観光旅行とはいえない。

(2)  本件支出2の違法性の有無

(原告の主張)

本件旅行が単なる観光旅行であることは、上記(1)の原告の主張アのとおりである。そうすると、被告堀江ら町職員が本件旅行に同行する必要性はなく、また、参加自体によって公的目的が達成されたこともない。よって、本件支出2は、違法な公金の支出である。

(被告らの反論)

被告らを含む町職員の随行は、民協からの依頼によるもので、民生委員との意見交換、あるいは、民生委員への再任協力依頼など、町の福祉行政の発展に資する面があり、また、日頃の社会福祉活動に対する慰労という点からも一定の意味があるものであった。その費用は、町条例で定める旅費規程に従い支出したものであって、違法な支出行為ではない。

(3)  本件支出3の違法性の有無

(原告の主張)

ア 本件懇談会において、福祉問題等が討論がされた形跡はない。その上、1人あたり4500円の会席料理55人分に、酒68本、ビール74本のほか、カラオケ代まで提供していたのであるから、明らかに食糧費の趣旨に反する過剰な接待というべきである。よって、本件支出3は違法な公金の支出である。

イ 被告らは、懇談会では率直な意見交換ができると主張するが、公務としての意見交換は、懇談会の前に行われた民協の総会でできたはずである。

(被告らの反論)

ア 平成10年は、同年12月1日をもって民生委員の任期3年の新旧交代時期であり、同月4日、民協の総会に引き続き、料亭において、民生委員の一斉改選に伴う懇談会を行ったものである。このように、本件懇談会の目的は、藍住町長をはじめ、町の福祉関係の担当者と民生委員が、顔合わせを兼ねて、飲食をともにして和やかなうちに率直な意見交換をして、相互理解を深め、今後の福祉行政の円滑な遂行を図ることにあった。

イ 本件支出3は、出席者1人あたり6263円であり、その支出金額、程度、内容からみて社会通念上相当な範囲のもので、費用の支出権限を有する被告堀江の裁量の範囲内の行為であり、違法な支出行為ではない。また、被告久次米は、支出命令に基づきこれを審査して支払ったものであり、同様に違法な支出行為ではない。

(4)  被告久次米の責任

(原告の主張)

被告久次米も、藍住町の収入役としての職にあって、被告堀江と意を通じて不正な公金の支出に積極的に協力した以上、損害賠償責任を負うことは明らかである。

(被告久次米の反論)

被告久次米は、平成10年4月1日に藍住町収入役に就任したものであるが、本件支出1ないし3に関しては、就任前である同年3月に成立した平成10年度予算に基づき支出審査をして支出したにすぎない。しかも、藍住町財務規則では、収入役への事前協議に関する規定はない。結局、被告久次米は、本件支出1ないし3に関して、積極的に協力した立場にはない。

第3  当裁判所の判断

1  争点(1)について

(1)ア  まず、本件支出1の目的について検討する。

前記第2の1(4)アイによれば、本件支出1は、藍住町から補助金として民協に交付されたものであること、民協は、本件旅行の直後に、被告堀江に対し補助金の交付申請を行い、その交付を受けた直後に旅行代金を旅行会社に支払っていること、被告堀江も自ら本件旅行に参加していることが認められる。これらを考慮すると、本件支出1は、実質的には本件旅行の代金に充当する目的でなされたもので、被告堀江もそのことを十分認識していたということができる。

イ  次に、本件旅行の性質について検討する。

〔証拠略〕のほか、前記第2の1(4)アの事実によれば、本件旅行は、徳島を出発した後、直接稚内へ行き、利尻島及び礼文島では観光地と認められる場所を見て回り、最終日に北海道療育園を視察したもののその時間は1時間30分にすぎず、その後も観光施設に立ち寄った上で徳島へ戻ったものであること、北海道療育園は、重度の知覚障害及び肢体不自由が重複している児童を入所させて保護するとともに、治療及び日常生活の援護を目的とする施設であるが、同様の施設は徳島県内にもあることが認められる。これらの事情を総合して考慮すると、本件旅行の大部分は観光地を巡っており、また、本件旅行の本来の目的とされるべき北海道療育園の視察は、旅行全体の中でわずかな割合を占めるにすぎない上、藍住町からわざわざ旭川市へ行って北海道療育園を視察する必要性も見当たらないのであって、結局、本件旅行は実質的に観光旅行にほかならないというべきである。

(2)ア  ところで、地方公共団体は、公益上の必要がある場合には補助金を支出することができる(地方自治法232条の2)。この補助金の交付は、地方公共団体の長らが住民の福祉を増進するために必要と判断して行う財政的援助であるから、公益上の必要性の有無の判断は、第一次的には当該地方公共団体の長らの裁量に委ねられていると解される。しかし、法が公益上の必要性という要件を課した趣旨は、恣意的な補助金の交付によって、当該地方公共団体の財政秩序を乱すことを防止する点にあると解されるから、客観的に公益性が認められない事項についてまで補助金を交付することは、裁量権の逸脱又は濫用として、同条に違反するものと解するのが相当である。

イ  上記(1)イによれば、本件旅行は実質的に観光旅行というほかなく、公益上の必要性は乏しいといわざるを得ないから、特段の事情のない限り、公金を支出することはできないというべきである。そこで、この特段の事情があるかどうかを、被告らの主張を中心として検討する。

(ア) 被告らは、本件支出1は藍住町議会の議決を経て、藍住町補助金交付要綱に従って交付されたものであるから、違法性の問題は生じない旨を主張する。

この点、〔証拠略〕によれば、民協への補助金は、藍住町長が、翌年度の予算案を調整して3月の町議会で議決を経て補助金の総額を決定した上、民協からの補助金交付申請書を受けて、藍住町補助金交付要綱に従って支出されるものであること、民協が被告堀江に提出した平成10年度の民協の事業計画には、「視察研修の実施」が含まれていることが認められ、これらを前提とすると、藍住町議会は、民協が平成10年度に視察旅行を実施することを承知の上で、同年度の補助金額を議決したものと認められる。しかし、地方公共団体の長は、議会への議案の提出や予算の調整及び執行等の権限を付与されていること(地方自治法149条1項1号、3号)からすれば、補助金を支出しようとする事項について公益性の有無を慎重に判断し、これのないことが判明した場合には、自らの判断でその執行を回避するために必要な措置を講ずべきことが義務付けられていると解するのが相当である。そして、前記第2の1(4)アイの事実や、上記(1)に説示したことをふまえると、被告堀江は、本件支出1が本件旅行の費用に充当されることを知っていた上、本件旅行が実質的に観光旅行であったことも十分認識していたと認められ、これらを前提とすれば、被告堀江が本件支出1について支出命令をすべきでなかったことは明らかである。この点に関する被告らの主張は理由がない。

(イ) 被告らは、民協への補助金交付は民生委員個人の実費弁償としての性質を有するものであるところ、このような補助金を民生委員個人がいったん受領し、それを自主的に民協に積み立てて旅行費用を充当した場合には、町の補助金支出自体に違法の問題は生じず、本件支出1及びその後の旅行費用への充当も、上記のような形態による旅行費用支払と実質的にかわるところはないから、本件支出1は違法ではない旨を主張する。しかし、上記(1)アや前記第2の1(4)アイに説示したとおり、本件支出1は、藍柱町から直接民協に交付され、それからまもなくして旅行会社に支払われたもので、民生委員がいったん実費弁償として受領した金銭を民協に提供して積み立てたわけではないから、本件支出1が民生委員に対する実費弁償としての性質を有するとはいいがたい。この点に関する被告らの主張は前提を欠くもので、理由がない。

(3)  以上によれば、本件支出1は公益性の必要性がないといわざるを得ない。そうすると、被告堀江は、本件旅行が実質的に観光旅行であることを認識していたのであるから、本件支出1をするについて公益性がないと判断した上で、本件支出1を回避する議案を上程するなど相当な措置をとるべきであったにもかかわらず、これを怠り、漫然と本件支出1をしたことになるから、本件支出1のうち、藍住町負担分に相当する427万2000円(前記第2の1(4)イ)について、藍住町に対し、不法行為に基づく損害賠償義務を負っていることになる(被告久次米の責任については、下記4参照)。

なお、仮に、本件旅行のうち北海道療育園の視察について公益上の必要性があるとしても、その視察に必要な金額を具体的に特定できない以上、本件支出1全体が違法になることは明らかである。

2  争点(2)について

(1)  本件支出2は、藍住町の旅費から支出されている。

地方公共団体は、その担当すべき行政事務を円滑に遂行するために、合理的な必要性が認められるときは、その長は、自らを含めた職員に出張命令を発することができ、そのような場合には、旅費が支給される(地方自治法204条1項)。そして、出張命令の必要性、相当性の有無等の判断は、地方公共団体が広範な行政事務を担当していることからすると、第一次的にはその長の裁量に委ねられているというべきであるが、出張の目的、態様に照らし、行政出張として妥当性を欠くような場合には、当該旅費の支出は違法になると解するのが相当である。

(2)  そこで、上記(1)の観点から本件旅行の公務性について検討する。

ア まず、本件旅行の態様についてみると、上記1(1)イに説示したとおり、本件旅行は実質的に観光旅行であったといわざるを得ないから、本件旅行の態様が行政出張として妥当性を有するとはいいがたい。

イ 次に、本件旅行の目的について検討する。この点について、被告堀江らは、本件旅行により、民生委員に対する慰労をするほか、福祉行政に対する意見交換をしたり民生委員への再任協力依頼をしたりして、藍住町の福祉行政の発展を図った旨を出張する。しかし、民生委員の慰労や民生委員との意見交換等は、懇談会を設けることでも可能なはずであるから、あえて行政出張としての実質を備えているとはいいがたい本件旅行を実施する必要性は乏しい。結局、本件旅行の目的も行政出張として妥当性がないというべきである。

(3)  以上によると、本件支出2は、行政出張として妥当性を欠く本件旅行について旅費を支出したものとして違法というほかない。そして、上記1(1)のとおり、被告堀江は、本件旅行が実質的に観光旅行であることを認識していたと認められることをあわせて考慮すると、被告堀江としては、本件支出2について妥当性を欠くものと判断した上で、その支出命令をするべきではなかったにもかかわらず、これを怠り、漫然と本件支出2をしたことになる。そうすると、被告堀江は、本件支出2のうち、すでに藍住町に返還された3万8000円(前記第2の1(4)ウ(イ))を控除した71万3680円について、藍住町に対し、不法行為に基づく損害賠償義務を負っていることになる(被告久次米の責任については、下記4参照)。

3  争点(3)(本件支出3の違法性)について

(1)本件支出3は、藍住町の食糧費から支出されている。

地方公共団体の長らが、当該地方公共団体の事務を遂行し対外的折衝等を行う過程で接遇を行うことは、当該地方公共団体も社会的実体を有するものとして活動している以上、許容されるべき性質のものである。もとより、公的存在である地方公共団体により行われる接遇である以上、それが社会通念上儀礼の範囲を逸脱する場合まで、その経費を公金により支出することは許されないが、社会通念上儀礼の範囲にとどまる程度の接遇を行うことは、地方公共団体の事務に随伴するものとして許容されるというべきであり、その場合、いかなる程度の接遇を行うかは、その接遇に要する経費の支出権限を有する者の裁量に委ねられており、具体的な支出が裁量権の範囲を逸脱したものと認められない限り、違法とはならないと解すべきである。

(2)  そこで、本件懇談会が藍住町の行政事務を執行する上で有益であり、本件支出3の額が社会的儀礼の範囲内のものと評価することができるかについて検討する。

ア まず、本件懇談会の有益性についてみると、前記第2の1(2)及び(5)アの各事実や弁論の全趣旨によれば、民生委員は、市町村の福祉行政にとって必要な公共的機能及び行政補完機能を有する存在であること。藍住町における民生委員は1人あたり約600人(世帯数約200世帯)もの担当を割り当てられ、負担が重くなっていることから、民生委員になろうとする者が次第に減少していること、本件懇談会は、民生委員一斉改選に伴い、再任及び新任の民生委員と町関係者との顔合わせを目的とするものであったことが認められる。これらを総合すると、本件懇談会は、藍住町の幹部職員である被告らと民生委員が、社会福祉の問題等について、和やかな場で率直な意見交換をするなどして信頼関係を構築するとともに、被告らが、新任又は再任された民生委員に対し、改めて社会福祉活動に関する協力依頼をするものとして、藍住町の福祉行政にとって有益な会合であったとみることができる。

イ 次に、本件支出3が社会的儀礼の範囲内のものと評価できるかについてみると、本件懇談会における1人あたりの飲食費は6263円であるが、この額は、最近の社会情勢等に照らすと、いささか高額にすぎ、違法とみる余地がないわけでもない。しかしながら、本件懇談会は、上記のように地方公共団体の社会福祉行政に必要な存在となっている民生委員と地方公共団体の幹部職員である被告らが意見交換をしたり、被告らが民生委員に社会福祉活動に関する協力依頼をしたりするもので、有益な会合であるといえること、消費税を控除した1人あたりの飲食費は5965円となることからすると、本件支出3の額が被告堀江の裁量権の範囲を逸脱したものとまではみることができないというべきである。

(3)  以上に対し、原告は、本件懇談会は、単なる慰楽のための会合で、明らかに食糧費の使途に反する過剰な接待であり、その前に開催された民協の総会で懇談をすれば十分である、結局、被告堀江が町長選挙支援の謝礼と準備のためになされたものにすぎない旨を主張する。しかしながら、本件懇談会が、藍住町の行政事務の執行に有益であったと認められることは上記(2)アのとおりであり、また、毎年のように藍住町の食糧費を支出して民生委員との懇談会を開いていたとまでは認められないことからすると、本件懇談会が民生委員に対する慰労の意味しか有さないとか、過剰な接待であるとかいうことはできない。また、〔証拠略〕によれば、藍住町長選挙は平成9年12月ころに実施されていると認められ、本件懇談会が被告堀江の町長選挙と関係を有しているとは認められない。この点に関する原告の主張は理由がない。

4  争点(4)について

(1)  被告久次米は、本件支出1及び2がされた当時、収入役をしていた。

地方公共団体における収入役は、その長の発する支出命令に基づき公金を支出するのであるが、その際に、当該支出負担行為が法令又は予算に違反していないこと、当該支出負担行為に係る債務が確定していることを確認するべきものとされている(地方自治法232条の4)。しかしながら、収入役の支出命令審査権と普通地方公共団体の長の予算執行権とは、それぞれが独立して行使されることとなっており、支出の原因となる支出命令は、長が全責任をもって発するべき性質のものと解されるから、収入役としては、長が支出命令を発している場合には、その内容等に重大かつ明白な瑕疵があり、その費用を支出すること自体が違法となることを認識しながら支出負担行為をしたような場合でない限り、損害賠償責任を問われることはないというべきである。

(2)  そこで、本件についてみると、前記第2の1(4)の各事実によれば、本件旅行の中には北海道療育園の視察が含まれており、純粋に私的な観光旅行であることが明白であるとまではいいがたいこと、被告久次米は本件旅行に随行していたわけではなく、本件旅行が実質的に観光旅行であることを認識していたとまではいえないことが認められる。そうすると、被告久次米が、本件支出命令1及び2の内容に重大かつ明白な瑕疵があることを認識しながらその支出負担行為に及んだものとは認められないから、被告久次米は、藍住町に対し、不法行為に基づく損害賠償義務を負わないというべきである。

(3)  そうすると、争点(4)に関する原告の主張は理由がない。

第4  結語

以上によれば、被告堀江は、藍住町に対し、不法行為に基づく損害賠償として金498万5680円及びこれに対する平成12年1月20目(訴状送達の日の翌日)から支払済みに至るまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務を負っていることになる。

よって、藍住町に代位した原告の本件各請求のうち、被告堀江に対する請求は上記の限度で理由があるからこれを認容することとし、被告堀江に対するその余の請求及び被告久次米に対する請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、64条本文を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村岡泰行 裁判官 松谷佳樹 千賀卓郎)

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