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徳島地方裁判所 平成12年(行ウ)3号 判決 2003年6月13日

主文

1  被告知事が,被告破産者株式会社Y1破産管財人B及び被告破産者Y2破産管財人Bに対し,金7846万6500円の支払を求める請求を怠る事実が違法であることを確認する。

2  被告破産者株式会社Y1破産管財人B及び被告破産者Y2破産管財人Bは,県に対し,各自金7846万6500円及びこれに対する平成12年2月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用中,原告に生じた費用の2分の1と被告破産者株式会社Y1破産管財人B,被告破産者Y2破産管財人B及び被告知事に生じた費用はいずれもこれを3分し,その1を原告の負担とし,その余を上記被告3名の負担とし,原告に生じた費用の2分の1と被告Y3,被告Y4及び被告Y5に生じた費用を原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告知事(以下「被告知事」という。)が,被告Y3(以下「被告Y3」という。),被告Y4(以下「被告Y4」という。),被告Y5(以下「被告Y5」という。),被告破産者株式会社Y1破産管財人B(以下「被告Y1破産管財人」という。)及び被告破産者Y2破産管財人B(以下「被告Y2破産管財人」という。)に対し,金1億1078万9000円の支払を求める請求を怠る事実が違法であることを確認する。

2  被告Y3,被告Y4,被告Y5,被告Y1破産管財人及び被告Y2破産管財人は,県に対し,各自金1億1078万9000円並びにこれに対する被告Y3,被告Y4,被告Y2破産管財人及び被告Y1破産管財人については平成12年2月2日から,被告Y5については同月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,徳島県(以下「県」という。)の住民である原告が,県の実施した公共工事の指名競争入札について,Y2(以下「Y2」という。)の経営する指名業者の株式会社Y1(以下「Y1」という。)が他の指名業者と談合して不当に高額な価格で落札したものであり,県は,上記談合により損害・損失を被ったから,被告Y1破産管財人,被告Y2破産管財人,県知事であった被告Y3並びに県職員であった被告Y4及び被告Y5に対して不法行為に基づく損害賠償請求権又は不当利得返還請求権を有しているにもかかわらず,被告知事は,その行使を違法に怠っているとして,地方自治法242条の2第1項(平成14年法律第4号による改正前のもの。以下同じ。)3号に基づき,被告知事に対し,その怠る事実の違法確認を求めるとともに,同項4号に基づき,県に代位して,怠る事実の相手方である前記被告5名に対し,損害賠償又は不当利得返還を求める事案である。

1  前提事実(当事者に争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実)

(1)  当事者

ア 原告は県の住民である。

イ 被告Y3は,平成5年10月5日から平成14年3月15日まで県知事の職にあったものである。

ウ 被告Y4は,平成7年11月1日から平成10年10月31日まで県土木部長の職にあったものであり,被告Y5は,平成9年4月1日から平成11年3月31日まで県農林水産部長の職にあったものである(以下,被告Y4と被告Y5を併せて「被告職員」という。)(乙ロ3)。

エ Y1は,建設・土木工事の請負等を業とする株式会社であり,県の実施する公共工事の指名競争入札に参加していたものである。

Y2は,長年にわたって県議会議員の職にあり,かつ,Y1の株式(登記簿上の発行済株式総数5万株)を,妻とともに2万株づつ保有していたものである。

Y1は,平成14年1月15日に,Y2は,同年3月29日に,徳島地方裁判所n支部において,それぞれ破産宣告を受け,その破産管財人として,いずれも弁護士Bが選任された。

(2)  請負契約

Y1は,県が平成10年度にn・o地区において実施した別紙公共工事目録記載1ないし8の工事(以下「本件工事」という。)に係る指名競争入札(以下「本件入札」という。)において,本件工事を落札し,県との間で本件工事の請負契約を締結した。そして,Y1は,本件工事を施工し,県から本件工事代金(別紙代金及び損害一覧表記載の代金額)の支払を受けた(甲17ないし24)。

(3)  住民監査請求

原告は,平成11年10月25日,県監査委員に対し,本件工事は,Y1が他の指名業者と談合した結果,落札したものであるから,Y1等に対して上記談合によって県の被った損害の賠償請求をなすよう求める旨の住民監査請求をしたが,同委員は,同年12月22日,これを棄却した(甲1及び2)。

2  争点

本件の争点は,①被告職員の被告適格,②談合の有無,③Y1及びY2の責任,④被告Y3及び被告職員の責任並びに⑤損害額である。

(1)  争点①(被告職員の被告適格)

(被告職員の主張)

本件工事のうち,土木部担当の工事(別紙公共工事目録1ないし3記載の工事)は,被告Y4が県土木部長を退任した後になされたものであり,しかも,同工事に係る入札の執行及び請負契約締結は,県事務委任規則(昭和42年3月28日県規則第16号。以下「事務委任規則」という。)により,n土木事務所長に委任されており,県土木部長であった被告Y4の権限外の事務であった。

また,本件工事のうち,農林水産部担当の工事(別紙公共工事目録4ないし8記載の工事)に係る入札の執行及び請負契約締結についても,事務委任規則により,n農林事務所長に委任され,又は県事務決裁規程(昭和42年3月28日県訓令第160号。以下「事務決裁規程」という。)により,森林整備課長に専決権限が与えられており,農林水産部長であった被告Y5の権限外の事務であった。

したがって,被告職員は,本件工事に係る入札の執行,契約の締結の事務に関与していないことになるから,本件入札における談合を理由とした不法行為による損害賠償請求の相手方にはなりえず,被告適格を有しない。

(2)  争点②(談合の有無)

(原告の主張)

本件入札に際し,Y1が中心となって入札に参加した全ての指名業者の間で,本件工事を予定価格直下でY1に落札させるという談合がなされ,Y1は,かかる談合によって本件工事を落札した。

(被告らの主張)

Y1は,他の指名業者との間で,談合をしたことはない。すなわち,本件入札には,多数の業者が入札に参加しており,その中には,Y1やY2と敵対関係にある業者も含まれていたのであって,このような状況のもとで,Y1が,全業者との間で談合を成立させるのはあり得ないことである。

(3)  争点③(Y1及びY2の責任)

(原告の主張)

ア 談合行為は,競争入札の公正を害する違法行為であるから,Y1は,不法行為に基づき,談合によって県が被った損害を賠償する責任を負う。また,談合によって落札された工事の請負契約は,私法上も無効であるから,Y1は,不当利得として,本件工事の請負契約によって得た利得を県に返還する義務を負う。

イ Y2は,妻とともにY1の発行済株式総数の5分の4を保有するなど,Y1の経営を支配しているものであるが,県議会議員としての政治的地位と権力を利用して県から公共工事の受注を得るために,議員の関係諸企業への関与禁止を定める地方自治法92条の2の規定を潜脱してY1を経営し,その法人格を濫用していたものである。

したがって,Y2は,Y1の本件工事の受注につきY1と実質的に同一の人格を有していたというべきであるから,Y1の談合による不法行為につき,損害賠償責任を負うというべきである。

(被告Y2管財人の主張)

Y2は,Y1から報酬等の金員を受領したことはなく,その経営を支配していたわけではない。

(4)  争点④(被告Y3及び被告職員の責任)

(原告の主張)

ア 被告Y3は,県知事として,被告職員は,入札担当職員として,いずれも本件入札について談合があったことを容易に知り得たにもかかわらず,談合を防止する方策を講ずることなく,Y1らの談合を放任したものであるから,被告Y3及び被告職員には重大な過失があったというべきである。

イ Y1は,前記のとおり,Y2が県議会議員の地位を利用して公共工事を得るために経営していた業者である上,建設業営業許可に係る申請書類や商業登記簿に虚偽の記載をして建設業を営んでいたものであるから,そもそも,指名競争入札に参加する資格を有していなかった。しかるに,被告Y3及び被告職員は,Y1を本件入札に参加させていたものであり,かかる措置は,その裁量権を濫用したものとして違法であるというべきである。

ウ よって,被告Y3及び被告職員は,指名競争入札を適正に執行すべき任務に違背したものとして,Y1らの談合について,共同して不法行為責任を負う。

(被告Y3及び被告職員の主張)

ア 県知事であった被告Y3は,前記のとおり,事務委任規則及び事務決裁規程に基づき,本件入札に係る事務をn土木事務所等の入札執行職員に委任し,又は専決させていたものであり,同事務に直接関与していなかった。被告Y3は,知事在任中,入札の談合を防止するための施策を尽くしており,入札執行職員及び入札参加業者に対し,一般的な指揮監督を怠ったこともない。

被告Y4及び被告Y5も,前記のとおり,本件入札に係る事務に全く関与していなかった。

イ Y1は,長年にわたり県から指名を受け,公共工事を実施していた実績を有していたものであり,談合を予期し得ない状況にあった。したがって,県がY1を本件入札に参加させたこと自体に不適切な点はなかった。

(5)  争点⑤(損害額)

(原告の主張)

Y1は,談合により予定価格に近い高額な代金で本件工事を落札したのに対し,自由競争によって入札が実施されていた場合には最低制限価格に近い価格で落札されていたから,県は,談合により,落札価格と最低制限価格の差額に相当する金1億1078万9000円の損害を被ったことになる。

(被告らの主張)

争う。

第3当裁判所の判断

1  争点①(被告職員の被告適格)について

地方自治法242条の2第1項4号による怠る事実に係る相手方に対する代位請求訴訟は,地方公共団体が怠る事実に係る相手方に対し,実体法上同号所定の請求権を有するにもかかわらず,これを積極的に行使しようとしない場合に,住民が地方公共団体に代位し,上記請求権に基づいて提起するものである。このような怠る事実に係る相手方に対する代位請求訴訟の構造に鑑みれば,同訴訟の被告適格を有する者は,同訴訟の原告により訴訟の目的である地方公共団体が有する実体法上の請求権を履行する義務があると主張されている者であると解するのが相当である。本件訴訟において原告が県に代位して行使しようとする請求権は,被告職員の共同不法行為により県に加えた損害について県が有する損害賠償請求権であり,被告職員は原告により怠る事実に係る相手方として上記損害を賠償する義務を負うと主張されているのであるから,被告職員に被告適格があることは明らかである。

2  争点②(談合の有無)について

(1)  前記前提事実に加え,証拠(甲2ないし5,甲17ないし52,甲57,乙イ1ないし3,乙イ7及び8,証人C,証人G)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

ア Y1は,昭和26年ころ設立して以降,県の発注する公共工事の指名競争入札に継続的に参加していたものであり,平成10年度n・o※地区で実施された入札に参加して,本件工事を落札した(本件入札における予定価格,最低制限価格,落札価格並びに入札参加業者の各順位及び入札金額は,別紙公共工事目録記載のとおりである)。

イ 平成10年当時,県の発注する公共工事の入札は,次の手続で執行されていた。

(ア) 入札執行職員は,あらかじめ当該工事の最低制限価格及び指名業者の名前を公表し,指名された業者は,事前に公表される最低制限価格及び工事内容を基に入札金額を決定して応札していた。

(イ) 入札執行職員は,予定価格(最高価格)と最低制限価格の範囲内において,最低の価格をもって申込みをした指名業者に当該工事を落札させていた。

(ウ) 予定価格は,入札に当たり事前に公表されていなかったが,最低制限価格がおおむね予定価格の3分の2とされていたため,継続的に入札に参加していた指名業者は,最低制限価格から予定価格をおおよそ推測することができた。

ウ 平成10年度にn・o※地区で実施された入札は,Y1が落札した本件入札を除き,入札金額が最低制限価格付近に集中し,くじ引きで落札者を決定していた場合が多かった。なお,このような傾向は県全体でみられたことから,県は,くじ引きによる落札業者選定の弊害をなくすため,平成13年5月1日から最低制限価格を事前に公表しない運用に改めた。

エ これに対し,本件入札は,別紙公共工事目録記載のとおり,落札率(予定価格に対する落札価格の割合)のほとんどが99パーセントを超えており,低いものでも98パーセント台と極めて高く,予定価格の直下で落札されており,しかも,落札したY1以外の指名業者のほとんどが,予定価格以上の金額で応札していた。

オ また,本件入札は,別紙公共工事目録記載のとおり,入札に参加した指名業者の各入札金額が一定の幅で並んでいる傾向がみられるものが多かった。とりわけ,同目録2記載の入札は,第8順位から第16順位までの入札金額が5万円の差額で均等に並び,同目録3記載の入札も,第2順位から第17順位までの入札金額が10万円の差額で均等に並んでいた。また,同目録8記載の入札も,第2順位から第12順位までの入札金額が10万円の差額で均等に並んでいた。

(2)  前記認定のとおり,本件入札は,入札金額が最低制限価格付近に集中していた他の入札とは異なり,予定価格の直下の金額で落札されていたばかりか,指名業者の各入札金額が一定の幅で整然と並んでいたことが認められるところ,このような事態が指名業者間で相談もなしに偶然に生じたと考えるのは困難である。以上からすると,本件入札は,指名業者の間でY1に予定価格直下で落札させる旨の談合があったことが強く推認される。

(3)ア  ところで,本件入札に参加していた株式会社A(以下「A」という。)の代表者であるC(以下「C」という。)も,次のとおり,本件入札について,談合があったことを認める旨の証言をし,同内容の陳述書(甲57)も提出した。すなわち,Cは,「Y1の実質的経営者はY2であり,県議会議員であるY2の影響力は大きく,Aも長年Y2やY1と親しくつきあっていた。本件入札に際し,Aは,Y1の入札担当者から,事前に電話でY1に落札させてほしいとの依頼を受け,Y1が予定価格直下で落札できるよう,Y1の指定した金額若しくはそれ以上の金額で応札していた。Y1が万一入札書の記入の誤りなどで失格になった場合にも,Aが落札してそのままY1に下請けに出せるように,Y1の次順位の金額で応札していたこともあった。なお,県の監査委員から質問を受けたときには,談合の事実を否定したが,当時は,Aも県から指名を受けていたため,談合への関与を認めるわけにはいかなかった。その後,自分のほうからY1に談合をもちかけたが,断られ,そのことが原因でAが倒産したため,正直に談合の事実を話す気持ちになった。」旨証言した。

イ  そこで,Cの前記証言内容の信用性について検討する。

前記証言に至った経緯に照らせば,Cは,Y1に対して敵意を抱いていることがうかがわれるものの,Y1の主謀した談合に関与していた事実のほか,自らもY1に談合を持ちかけたことがあることなど自己に不利益な内容も包み隠さず供述していることからすると,Y1を陥れるためにあえて虚偽の供述をしているとまでは考えがたい。また,談合の方法に関するCの証言内容は,前記認定に係る客観的な入札状況と一致し,何ら不自然,曖昧な点はみられない上,Y1が落札できなかった場合の対処方法に関する証言内容も具体的であって創作によるものとは考えがたい。

ウ  以上の事情を総合すれば,談合に関するCの証言は,十分信用することができる。

(4)  これに対し,被告らは,n地区の指名業者の中には,D株式会社(以下「D」という。)などY1と対立関係にある業者もおり(乙ホ1ないし3),このような状況で談合を成立させるのは不可能であった旨主張する。しかし,被告らが対立業者の例としてあげているDは,別紙公共工事目録記載のとおり,本件入札のいずれにも参加していなかった。むしろ,Dが参加していた他の入札については,入札金額等に談合の存在を疑わせるような不自然な点はみられないこと(甲25ないし34,甲36ないし44,甲47)からすると,Y1は,Dのような対立業者の参加していない入札を選んで談合をもちかけていたと推測することもできる。

(5)  以上で検討した本件入札の状況やCの証言内容に加え,当時Y1の代表者であったEが本件訴訟で証人として呼び出しを受けながら,正当な理由なく出頭を拒絶していることなどの事情を総合すれば,本件入札において,Y1が本件工事を落札するために他の指名業者との間で談合したものと認めることができる。

3  争点③(Y1及びY2の責任)について

(1)  談合行為は,競争入札の公正を害する違法行為であるから,Y1は,不法行為に基づき,談合によって県が被った損害を賠償する責任を負う。

(2)  また,Y2は,Y1の取締役には就任していなかったものの,妻とともにY1の発行済株式総数の5分の4を保有していたものであり,Y1の経営を左右しうる立場にあったところ,談合行為は,発覚した場合に刑事処分の対象になるほか,県から指名回避措置を受けるなどの制裁を受けるおそれのある事柄であるから,Y1の代表者が,大株主であるY2の指示を受けることなく,独断で談合行為を主謀していたものとは考えがたい。むしろ,Bの前記証言に加え,弁論の全趣旨によれば,Y1に落札させる旨の談合は,県議会議員であったY2の指名業者に対する影響力の強さによって実現できたものとうかがわれる。これらの事情を総合すれば,本件入札談合は,Y2がY1の代表者又は入札担当者と共謀してなしたものと推認することができる。

以上によれば,Y2は,本件入札談合について,共同不法行為責任を負うものというべきである。

4  争点④(被告Y3及び被告職員の責任)について

(1)  県では,事務委任規則(乙ロ1)9条に基づき,農林事務所の長に対して請負対象額が1件5000万円以下の工事の施工,入札の執行及び請負契約の締結に係る事務が委任され,また,土木事務所の長に対して請負対象額が1件1億円以下の土木工事の施工,入札の執行及び請負契約の締結に係る事務が委任されている。また,事務決裁規程(乙ロ2)7条に基づき,森林整備課長に対して請負対象額が1件5000万円を超え1億円未満の工事の施工,入札の執行及び請負契約に係る事務の専決権限が与えられている。

かかる規定に基づき,本件工事のうち,別紙公共工事目録1ないし3記載の工事については,n土木事務所長が,同目録4及び5記載の工事については,森林整備課長が,同目録6ないし8記載の工事については,n農林事務所長が,それぞれ入札の執行及び請負契約の締結事務を処理していたものである。

(2)  ア 被告Y3は,県知事として,工事の請負契約締結権限を法令上本来的に有しているものであるが,前記のとおり,本件工事に係る入札の執行及び請負契約締結の事務については,n土木事務所長等入札執行職員が,事務委任規則又は事務決裁規程に基づいて,県知事より委任を受け又は専決権限を与えられた事務として処理していたものであるから,県知事であった被告Y3としては,本件工事につき入札執行職員の違法行為を阻止すべき指揮監督上の義務に違反した場合に限り,不法行為責任を負うと解すべきである。

イ しかし,本件入札において入札執行職員が指名業者の間で談合がなされていることを知りながら入札を執行したなど,入札執行職員による違法行為の存在を認めるに足りる証拠はない。また,県知事であった被告Y3が入札執行職員の違法行為をあらかじめ認識し得たことを認めるに足る証拠もない。

ウ 原告は,被告Y3には県知事として談合を防止する施策を講じるべき義務を怠る過失があった旨主張する。しかし,一般的に地方公共団体の長が談合防止のためにいかなる施策を講じるべきか否かについては,長の広範な裁量に委ねられているというべきであり,本件においても,被告Y3が談合防止のために講じていた施策に著しい不備があったとまではいえないから,上記裁量の範囲を逸脱・濫用する違法な点があったということはできない。

エ 原告は,県が県議会議員であるY2の支配するY1を公共工事の指名競争入札に参加させていたこと自体,知事の裁量権の濫用にあたると主張する。しかし,県議会議員のY2がY1の取締役として直接経営にあたっていたわけではないから,県において地方自治法92条の2(関係諸企業への関与禁止)に違反するものとしてY1を指名競争入札から排除しなければならない義務があったとはいえない。また,Y1が建設業営業許可に係る申請書類や商号登記についてずさんな処理をしていたとしても,その点については別に規制されるべき問題であり,Y1が建設業者としての実態を有していた以上,これを指名競争入札に参加させていたこと自体に違法な点があったとはいえない。

オ 以上によれば,被告Y3は,県知事として,本件入札について指揮監督上の義務を怠る過失があったものとは認められないから,不法行為責任は負わない。

(3)  また,土木部長であった被告Y4及び農林水産部長であった被告Y5は,本件入札に係る事務について何らの権限も有していなかったものであり,事実上同事務に関わったというような事情もみられない以上,本件入札における談合を理由とする損害賠償責任は負わない。

5  争点⑤(損害額)について

(1)  公共工事の入札で談合がなされた場合,通常,現実の落札価格は,適正な競争がなされたと想定した場合の落札価格より高くなるから,本件においても,談合によって形成された実際の請負契約金額(落札価格に消費税額を加えた額)と適正な競争により形成されたであろう想定契約金額の差額相当額が県の被った損害になるということができる。もっとも,入札価格は,当該工事の内容,規模等多様な要因が複雑に影響しあって形成されるものであることに鑑みると,適正な競争により形成されるであろう金額を立証することは,その性質上極めて困難であるから,民事訴訟法248条を適用して,相当な損害額を算定するほかない。

(2)  前記認定事実によれば,本件工事は予定価格の直下(約99パーセント)で落札されたのに対し,公正な自由競争が行われていた他の入札については,おおむね最低制限価格(予定価格の約67パーセント)付近の金額で落札されていた傾向があったとうかがわれるところ,このような傾向に鑑みれば,入札価格形成要因の複雑・多様性を考慮しても,県の被った損害額は,契約金額の20パーセントを下回ることはないものというべきである。そうすると,Y1らによる本件入札談合によって県が被った損害額は,別紙代金及び損害一覧表損害額欄記載のとおり,7846万6500円となる。

(3)  なお,原告は,不法行為に基づく損害賠償のほか,不当利得の返還も選択的に求めているところ,本件工事の請負契約が談合により私法上無効となったとしても,県は,Y1の工事施工によって前記想定落札価格に相当する利得を得ているから,かかる利得と県が支払った代金(損失)について損益相殺すると,県の被った損失額は,結局,上記損害額と一致することになる。

6  被告知事の怠る事実の違法性

以上のとおり,県は,本件入札談合についてY1及びY2に対して不法行為に基づく損害賠償請求権を有するから,被告知事としては,地方自治法240条2項,同法施行令171条,171条の2第3号の規定に従い,上記被告両名に対し,訴訟等により損害賠償請求をなすべき義務がある。しかるに,被告知事は,何ら合理的理由なく,上記損害賠償請求権の行使を怠っているから,その怠る事実は違法というべきである。

第4結論

よって,原告の本件請求のうち,被告Y1管財人及び被告Y2管財人に対し,不法行為に基づく損害賠償請求として,損害金7846万6500円及びこれに対する不法行為の後である平成12年2月2日(訴状送達日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,被告知事に対し,上記損害賠償請求権の行使を怠る事実の違法確認を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないから棄却することとする。

(裁判長裁判官 村岡泰行 裁判官 古田孝夫 裁判官 井出弘隆)

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