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徳島地方裁判所 平成13年(わ)109号 判決 2001年9月27日

被告人に対する殺人,銃砲刀剣類所持等取締法違反,火薬類取締法違反被告事件について,当裁判所は,検察官水沼祐治及び私選弁護人早渕正憲各出席の上審理し,次のとおり判決する。

被告人に対する殺人,銃砲刀剣類所持等取締法違反,火薬類取締法違反被告事件について,当裁判所は,検察官水沼祐治及び私選弁護人早渕正憲各出席の上審理し,次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役14年に処する。

未決勾留日数中90日をその刑に算入する。

押収してある自動装填式けん銃1丁(平成13年押第22号の1),撃発済み薬莢3個(同号の2,6),弾丸2個(同号の3,4),弾丸ようのもの2個(同号の5)及び試射済み弾丸及び薬莢各15個(同号の7,9並びに8のうち線条痕のないもの1個及び弾頭を弾核と被甲に分離したもの1個を除いたもの)を没収する。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人は,高等学校を中退後,暴力団員と交際するようになり,昭和62年ころから平成元年ころにかけて大阪の暴力団員から25口径自動装填式けん銃1丁と適合実包約20発を購入して自宅内等に隠匿し,これまで数回に亘り実包数発を試射していた。

被告人は,不動産取引や手形割引の仲介等により収入を得ていたものであるが,平成8年ころ,本件被害者となる暴力団幹部組員のAと知り合い,それ以降,度々Aに手形を割り引いてもらうようになり,本件犯行時までAに対し手形割引の金利分を定期的に支払っていたが,Aの借金取立ては執拗である上,被告人の持ち込んだ手形を約束に反して決済に回してしまったこと等もあって,次第に,Aに対し嫌悪感を抱くようになり,いずれは同人に文句を言おうと思っていた。そのような折り,多額の借金を負い返済資金に窮していた被告人が平成13年3月26日までにAに支払わなければならない手形割引の金利分12万円を用意できなかったことから,Aは,同月28日,子分のBを付け馬として被告人に同行させ金策させようとした。他方,被告人は上記けん銃と実包を売却して返済資金を用意しようと考え,自宅付近の土手上で試射し発射機能を確認した後,上記けん銃に実包4発を装填し,予備の実包をタオルに包んで知人のC方を訪れ,同人に本件けん銃を担保に融資を依頼したが拒絶され,他からも金策ができず,結局上記12万円を用意することができなかったため,同月29日,Aから同人方に呼び出され,実包4発を装填したけん銃及び予備の実包2発を被告人の自動車の運転席下に隠匿したまま,同車でA方に赴き,同日午後8時30分ころ,本件犯行現場となったA方居間に入った。

Aは,上記居間において,被告人に対して強い口調で上記金利分の支払いを要求したが,被告人の態度が煮え切らなかったことに激怒し,被告人に足蹴りを加えた上,座卓上の灰皿を被告人に向け滑らせて投げつけ,さらに,同居間に立てかけてあった日本刀を取り出そうとしたが,Aの長男及びBの制止により,その場は収まったものの,その際,Aの長男が上記日本刀で手を切ってしまったため,Aは被告人に対し,「どないすんな。息子の手どうけじめつけてくれるんな。」と怒鳴り,長男が負傷したことの責任を厳しく追及した。そのころ,Aの知人のDがAから呼び出されてA方居間に入り,Aと共に被告人に返済を迫った。その際,被告人は,Aから保証人を付ければ返済を猶予する旨言われたため,Aに指示されるまま被告人の元親分のEに保証人になるよう依頼するためEに電話を掛けたが,同人から被告人とは縁を切った等と言われて断られた。その後も被告人は,Aから「わしは許さへんぞ。どないするんな。」等と怒鳴りつけられたが,かねてから嫌悪感を抱いていたAに謝罪して返済の猶予を求める気持ちにはなれず,精神的に追い詰められた状態となり,しばらくの間頭を冷やすため家の外へ出たい旨申し出て,一旦,A方から外に出た。その際,被告人は,Aに対する憤慨の念を押さえきれず,この上はAをけん銃で撃つしかないと考え,同人の殺害を決意し,A方前路上に駐車していた被告人の自動車内から実包4発を装填していた上記けん銃を持ち出し,A方居間へ戻った。

(罪となるべき事実)

被告人は,

第1平成13年3月29日午後9時30分ころ,徳島市a町b番地のc所在のA方において,A(当時56歳)に対し,殺意をもって,所携の自動装填式けん銃1丁(平成13年押第22号の1)で頭部をめがけてけん銃弾1発(同号の4)を発射し,同人の右側頭部に命中させて左側頭部に貫通させ,よって,同年4月3日午後1時10分ころ,同市d町e丁目f番地のg所在のF病院において,同人を頭部射創による頭蓋内損傷により死亡させ

第2法定の除外事由がないのに,

1  同年3月29日午後9時30分ころ,上記A方において,上記自動装填式けん銃1丁をこれに適合する火薬類であるけん銃実包4発(同号の2ないし7)と共に携帯して所持し

2  同月31日午後2時ころ,徳島県板野郡h町i字j番地のk所在の被告人方において,火薬類であるけん銃実包12発(同号8のうち線条痕のないもの1個及び弾頭を弾核と被甲に分離したもの1個を除いたもの)を所持し

3  同日午後3時51分ころ,上記A方東側路上に駐車中の普通乗用自動車内において,火薬類であるけん銃実包2発(同号の9)を所持したものである。

(証拠の標目)(省略)

(法令の適用)

被告人の判示第1の所為は,刑法199条に,判示第2の1の所為のうち,けん銃を適合実包と共に所持した点は銃砲刀剣類所持等取締法(以下「銃刀法」という。)31条の3第2項,1項,3条1項に,けん銃実包を所持した点は銃刀法31条の8,3条の3第1項に,火薬類を所持した点は火薬類取締法59条2号,21条に,判示第2の2,3の各所為のうち,いずれもけん銃実包を所持した点は銃刀法31条の8,3条の3第1項に,火薬類を所持した点は火薬類取締法59条2号,21条にそれぞれ該当するところ,判示第2の1は1個の行為が3個の罪名に,判示第2の2,3は,いずれも1個の行為が2個の罪名にそれぞれ触れる場合であるから,刑法54条1項前段,10条によりそれぞれ一罪として,判示第2の1については最も重いけん銃を適合実包と共に所持した罪の刑で,判示第2の2,3については,いずれも重いけん銃実包を所持した罪でそれぞれ処断することとし,各所定刑中判示第1の罪については有期懲役を,判示第2の2,3の罪についてはいずれも懲役刑をそれぞれ選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により最も重い判示第1の罪の刑に同法14条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役14年に処し,同法21条を適用して未決勾留日収中90日をその刑に算入することとし,押収してある自動装填式けん銃1丁(平成13年押第22号の1),撃発済み薬莢3個(同号の2,6),弾丸2個(同号の3,4),弾丸ようのもの2個(同号の5)及び試射済み弾丸及び薬莢(同号の7)はいずれも判示第2の1の犯罪行為を,押収してある試射済み弾丸及び薬莢各12個(同号の8のうち線条痕のないもの1個及び弾頭を弾核と被甲に分離したもの1個を除いたもの)は判示第2の2の犯罪行為を,押収してある試射済み弾丸及び薬莢各2個(同号の9)は判示第2の3の犯罪行為をそれぞれ組成した物であり,これらはいずれも被告人以外の者に属しないから,同法19条1項1号,2項本文をそれぞれ適用してこれらを没収することとする。

(事実認定の補足説明及び弁護人の主張に対する判断)

1  殺意の有無について

被告人は,判示殺人の事実について,当公判廷において,「殺意というところまで行き着いていません。」「その時は殺そうとは考えていません。」などと殺意がなかったと供述するので,以下,殺意の有無について判断する。

前掲関係各証拠によれば,本件殺人に使用された凶器は,金属性弾丸発射の機能を有する口径0.25インチ自動装填式けん銃であり,被告人は,本件犯行の数日前,自宅付近の土手上において,上記けん銃を1回試射して発射機能を確認し,十分殺傷能力のあることを認識していた上,本件犯行時,家の外から戻り,室内に入るや直ちにかかるけん銃を50センチメートルから1メートル程度の至近距離から被害者の首から頭付近を狙って躊躇なく発射し,その結果,弾丸が被害者の右側頭部に命中して左頭部に貫通したことが認められる。また,被告人は,上記犯行に至る経緯のとおり,かねてから被害者の借金の取立て方法等に不満を持ち,被害者に対し嫌悪感を抱いていたものであり,本件犯行の2,3日前には知人のGに対し,「Aだけは許すことはできない。その辛抱は限界にきている。」などと述べており,被害者に対する憎悪の念を相当募らせ,本件犯行時は判示の経過で精神的に追い詰められていた状態にあったことがうかがわれるところ,かかる状況で,日本刀で脅そうとするなど執拗な借金取立てをした被害者に対し憤激のあまり殺意を抱いたのは動機として不自然,不合理なことではない。

以上のとおり,本件殺人に使用された凶器の性能・用法,被害者の受傷状況,被告人の犯行に至る経緯,動機,態様等を総合的に考慮すれば,被告人が自動車内からけん銃を取り出した時点までに,確定的殺意が生じ,殺意をもって本件犯行に至ったことは明らかである。

2  過剰防衛の成否について

弁護人は,本件殺人の事実に関し,被告人は被害者らによって監禁された上,暴行,脅迫を加えられて攻撃されており,被告人が被害者らから解放されるためにはけん銃を発射するしかないと考えて犯行に至ったのであるから,過剰防衛が成立すると主張するので,以下,この点について判断する。

被告人が被害者方に入った後の状況は,上記犯行に至る経緯のとおりであり,その際,被害者が被告人に対し厳しい口調で返済を迫るとともに,足蹴りを加えるなどの暴行を加えたあげく日本刀を取り被告人を脅迫した上,被告人が保証人を付けるまで帰宅を許そうとしなかった言動は,被告人の身体,自由に対する不正の侵害というべきである。その後,被害者は被告人が一時外へ出るのを許したものの,逃亡しないように見張りを付けていたものであり,継続して被告人に厳しく返済を迫ろうとの意思が強く,外出から戻った後も身体の自由を拘束した状態で暴行,脅迫を加えるおそれも否定できないところであるから,不正な侵害状態は,被告人が外に出たことにより一時中断したとはいえ,本件犯行時までに完全に消失して終了したとまではいえない。

しかし,被害者による足蹴りなどの暴行や日本刀を取り出そうとした行為は直ちにBや被害者の長男に制止され,被害者もそれ以上暴力行為に出ようとはしていなかったこと,被告人は以前債権者のHからも,返済が遅れたときなどには殴る,蹴るの暴行を加えられたり,海に飛び込めなどと罵倒されていたこともあったが,それは格好だけに過ぎないと知っており,本件時も前同様に被害者を恐れる様子はなく,受け流す態度であったことが認められ,被告人が強力な加害行為に出てまで身を守らなければならないほどに抑圧された緊急状態には至っていなかったというべきである。それにもかかわらず,被告人は,外に出ることを許され侵害状態が一時中断した段階になってあえてけん銃使用による攻撃行為に及んだものであり,かかる事情に照らせば,被告人の本件犯行は,侵害行為の程度に比しあまりにも重大で,侵害行為に対応した防衛のための行為とはいいがたい。被告人は,上記認定のとおり,かねてよりAに対し敵意や憎悪の念を相当強く抱いていたことがうかがわれ,他方,本件犯行時,被告人が被害者に謝罪すれば返済を猶予してもらえる余地は十分あったとうかがわれる上,外に出た時点で逃走することも十分可能であったにもかかわらず,そのような措置を講じて侵害回避を試みることなく,あえて被害者の殺害を決意してけん銃を取り出し,被害者方居間に戻るや被害者の対応を待つことなくいきなり同人の頭部に発砲したものであり,かかる犯行に至る経緯,犯行態様を総合すれば,被告人は,被害者に対し日頃から募らせていた憤慨の念を爆発させ,この機に乗じて被害者を殺害しようとの積極的な意図をもって本件犯行に及んだと認められる。

以上によれば,被告人の本件殺人行為は,もっぱら積極的加害意思に基づいた攻撃行為というべきであり,自己の権利を防衛するための行為とみることはできない。よって,本件殺人の事実につき過剰防衛が成立しないのであって,弁護人の主張は採用できない。

(量刑の理由)

本件は,被告人が被害者から手形の金利分の支払いを強く要求されたことに憤激し,所持していた自動装填式けん銃で被害者を射殺し(判示第1の事実),その際,上記けん銃1丁を適合実包4発と共に所持したほか,被告人使用の自動車や同人方においてけん銃実包を所持した(判示第2の各事実)という,殺人,銃刀法違反,火薬類取締法違反の事案である。

まず,殺人の犯情についてみると,被告人は,被害者から執拗に借金返済を要求され,精神的に追い詰められていたという事情がうかがえるものの,被害者に対し謝罪して返済の猶予を求めるとか,外出した際に逃走する等とりうる方法があったにもかかわらず,かねてから被害者に対し募らせていた憎悪の念を押さえきれず,けん銃を取り出すや躊躇なく被害者に向け発射し,相当強固の殺意をもって本件犯行に及んだものであり,その動機は,人の生命を軽視した極めて短絡的かつ身勝手なもので酌量の余地は全くない。また,被告人は,無防備であった被害者に対し,至近距離からその頭部をめがけてけん銃を発射し,弾丸を被害者の頭部に貫通させて殺害したものであり,その犯行態様は,冷酷かつ残虐で悪質極まりない。被害者が銃撃を受けた際の恐怖や苦痛は計り知れるものではなく,未だ働き盛りの年齢にありながら突然生命を奪われた被害者の無念さは察して余りあり,残された遺族の被害感情が厳しいのも当然である。他方,被告人は,被害者遺族に対し現在まで慰藉の措置を全く講じておらず,今後十分な被害弁償をなす見込みも少ない。

次に,銃刀法違反,火薬類取締法違反の犯情についてみると,被告人は,昭和62年ころから平成元年にかけて,さしたる理由もなく暴力団組員からけん銃1丁と20発もの適合実包を購入し,長期間自宅等に隠匿していたもので動機において酌量の余地がない上,本件犯行前に上記けん銃を売却するため自宅付近の土手で試射した後,実包を装填したままで上記けん銃を自動車に乗せて携帯していた際に,これを使用して本件殺人を敢行したものであり,極めて危険性が高く反社会性の強い犯行といわなければならない。近年,けん銃所持,使用の事件が多発し,銃器の蔓延が大きな社会不安をもたらしていることからすれば,かかる犯罪予防のため,本件のようなけん銃使用による凶悪重大犯罪に対しては厳罰をもって臨むべきである。

以上の諸点を考慮すれば,被告人の刑事責任はまことに重大というべきである。

他方,被害者はかねてから被告人に対し厳しい取立てを行い,本件犯行当時も,被告人を怒鳴りつけたり日本刀を取り出そうとするなど行き過ぎた取立てをして被告人を精神的に追い詰めていたという事情があり,本件犯行を誘発した面があったこと,被告人は公判廷において一応反省の弁を述べていること,被告人には妻と幼少の子供がおり,妻は今後被告人を監督していく旨を誓約していること等被告人のために酌むべき事情もあるが,かかる事情を考慮しても,事案の重大性,悪質性に照らせば,相当長期間の懲役刑は免れないところであり,主文の刑を量定した。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑 懲役15年並びに自動装填式けん銃1丁及び実包の没収)

(裁判長裁判官 大串修 裁判官 丸山徹 裁判官 井出弘隆)

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