徳島地方裁判所 平成13年(ワ)119号 判決 2002年9月04日
主文
1 被告は,原告株式会社X1に対し,金597万6610円及びこれに対する平成13年4月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告株式会社X2に対し,金330万4122円及びこれに対する平成13年4月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は,原告有限会社X3に対し,金152万8173円及びこれに対する平成13年4月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告らのその余の請求を棄却する。
5 訴訟費用は,これを5分し,その4を原告らの負担とし,その余は被告の負担とする。
6 この判決の第1項ないし第3項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告株式会社X1に対し4395万5300円,原告株式会社X2に対し656万8776円,原告有限会社X3に対し668万9635円及びこれらに対する平成13年4月12日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要等
本件は,被告の発注する公共工事の指名競争入札に参加していた建設業者の原告らが,被告の町長から恣意的に指名を回避されたと主張して,被告に対し国家賠償法1条1項に基づく損害賠償として,指名回避されたことによる逸失利益等の損害金の支払を求めている事案である。
第3前提事実(争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実)
(1) 原告らは,いずれも被告の町内で建設業を営む会社である(甲2ないし4の各1,2)。
(2) 被告代表者のY(以下「被告町長」という。)は,平成7年4月,被告の町長選挙に当選して町長に就任し,以降,平成11年4月の再選を経て,現在に至るまで被告の町長を務めている。
(3) 被告は,建設工事を発注するに当たり,請負業者を公正かつ適正に選定するために,神山町建設工事請負業者選定要綱(以下「本件要綱」という。)を設けていた(甲1,乙1)。その内容は,次のとおりである。
ア 適格業者の選定は,当該建設工事の標準発注金額に対応する等級の資格を有する業者のうちから選定する。ただし,必要がある場合には,直近上位及び直近下位の等級の資格を有する業者から選定することができる(6条1項)。
イ 建設工事における業者の選定を公正かつ適正にするため,建設工事指名審査委員会(以下「審査委員会」という。)を置く(7条1項)。
ウ 審査委員会は業者の工事施工能力,経営規模,工事成績,信用度,地理的条件,その他の諸条件を審査し,適格業者を選定する(7条2項)
エ 審査委員会の組織は,建設工事費が5000万円未満の場合は担当課長が審査委員となり,5000万円以上の場合は,助役,教育長,参事のほか総務課,建設課等の各課長並びに担当課長が審査委員となり(8条),委員長は助役を充てる(9条)。
(4) 被告では,公共工事発注にあたり町内を6地区(a,b,c,d,e,f)に区分し,原則として当該工事現場の所在する地区内に事務所を有する地元の入札参加資格業者の中から受注業者を選定していた(なお,上記地区割りは,平成11年度に,a・b地区,c・d地区,e・f地区の3地区に統合された)。そして,被告が指名競争入札の方法で公共工事を発注するに際しては,本件要綱に基づき,審査委員会において,当該地区内の入札参加資格業者の中から発注金額に対応する格付けの業者を指名候補者として選定して,その旨を審査表(指名人案)に記載し,町長において,上記審査表(指名人案)に基づいて指名競争入札に参加させる業者を決定していた(証人N,同K,被告代表者)。
(5) 原告らは,いずれも昭和30年代に創業して以来,被告の発注する土木工事について指名競争入札に参加し,特に,地元のf地区で実施される公共工事については,恒常的に入札に参加してきたものであり,平成6,7年ころから,被告より格付A級(区分土木)の入札参加資格を受けていた(甲2ないし4の各1,2,甲5ないし7,甲8の1,2,甲9ないし11,原告ら各代表者)。
(6) ところが,原告らは,平成7年4月より約1年にわたり,被告より恒常的に指名を回避され,同年度に実施された指名競争入札にはほとんど参加できなかった。その後,原告らは,平成8年度以降は,従前と同様に,被告の指名競争入札に参加できるようになった。しかし,原告らは,平成11年4月より再び被告から指名を回避されるようになった。すなわち,平成11年4月から,被告町長の指示により町内の6地区を3地区に統合する措置が実施され,f地区はe地区と統合されたことに伴い,同地区で実施される工事について,f地区の7業者とe地区の7業者を加えた14業者が審査委員会において指名人候補者として選定されるようになったが,被告町長において,上記14業者のうち原告らを含む7業者を審査表(指名人案)から削除し,原告らを指名の対象から排除した。かかる指名回避は,原告株式会社X1(以下「原告X1」という。)に対しては平成13年1月まで,原告株式会社X2(以下「原告X2」という。)に対しては平成12年12月まで,原告有限会社X3(以下「原告X3」という。)に対しては同年9月まで続き(以下「本件指名回避」という),その間,原告らは,被告の公共工事については随意契約による工事の受注を受けていただけで,被告の実施する指名競争入札には全く参加することができなかった(証人N,同K,被告代表者,原告ら各代表者,甲8の1ないし3,甲9ないし11,乙10の1,2,乙14ないし17)。
第4争点
本件の争点は,①平成11年4月以降,被告において原告らを指名回避したことが被告町長の裁量権の逸脱・濫用として違法となるか否か(本件指名回避の違法性),②本件指名回避によって原告らは得べかりし利益を失ったといえるか否か及びその額(因果関係,損害)である。
1 争点①(本件指名回避の違法性)について
(1) 原告らの主張
原告らは,平成6年度までは被告に指名回避措置をとられることはなく,本件地区で実施される公共工事の指名競争入札に恒常的に参加してきたものであるが,平成7年度の約1年間及び平成11年度より約1年数ヶ月の間,被告より事実上の指名回避措置がとられた。
これは,原告代表者らが,いずれも平成7年4月及び平成11年4月に実施された被告の町長選挙において,被告町長の選挙運動を応援しなかったためである。すなわち,上記2回にわたる指名回避措置が町長選挙直後から始まっていること,被告町長は原告らを指名から排除したことにつき合理的な理由を説明していないこと,被告町長は,原告ら以外にも選挙の際被告町長を応援しなかった業者に対し指名回避措置を講じていたことからすれば,被告町長の原告らに対する指名回避の措置は,被告町長を応援しなかった原告らに対する意趣返しとしか考えられないのである。
ところで,被告において本件要綱が定められた目的は,地方公共団体の公共工事の発注に当たっては,政治と土建業者の癒着が問題とされた過去の歴史を踏まえ,指名業者の選定に当たって,政治的な圧力が加わらないように選定手続を公平,公正に実施するためであり,そうであるからこそ,町長を審査委員から除外しているのである。したがって,本件要綱の制定により,被告の町長としては指名審査委員会の指名業者の選定を尊重し,それに対して口をはさまないようにするルールが確立されたものというべきである。
しかるに,被告町長は,本件要綱に基づき指名審査委員会によって作成された指名人案を無視し,前記のとおり,意趣返しのために恣意的に原告らを指名競争入札から排除したものであり,その裁量権に逸脱,濫用があったことは明らかである。
(2) 被告の主張
被告町長は,公共工事の指名競争入札を行うに当たっては,入札業者の工事施工能力,経営規模,工事成績,信用度,地理的条件及び企業の持つ社会性などを総合的に検討して,その都度,工事に適する業者を指名しているものであり,町長選挙において被告町長を応援しなかったことへの意趣返しとして特定の業者を指名回避したことは従前から全くない。したがって,被告町長の指名業者の選定には裁量権の逸脱,濫用はない。
原告らが平成11年4月以降指名業者に選定されなかったのは,本件要綱7条2項に基づき,業者選定の各種条件の評価や総合的判断の結果,業者選定に漏れたに過ぎないのである。また,原告らが指名回避されたと主張する期間にも原告らはそれぞれ随意契約により工事を受注しており,被告町長において意図的に指名回避措置を講じたわけではない。
地方公共団体の長は,その地方公共団体の事務を包括的に管理,執行する地位にあり,それゆえ,指名競争入札の執行等の権限も長の固有の権限というべきところ,被告においては公共工事の発注について助役や担当課長に町長の権限を委譲する規定がない以上,指名競争入札における入札参加者の最終決定は被告町長の権限に属する事項であり,被告町長に広範な裁量権が認められるのであって,助役や担当課長により組織される審査委員会の判断に拘束されることはない。
2 争点②(因果関係,損害)について
(1) 原告らの主張
原告らは,本件指名回避の期間中,一度も被告の指名競争入札に参加することができなかったのであるが,原告らは創業以来長きにわたり被告発注の公共工事を受注して経営を行っていたのであるから,被告の入札に参加することができれば,一定の割合で公共工事を受注できた蓋然性は高いのである。そうすると,下記のとおり,原告らの受注(落札)推定額にそれぞれの利益率を乗じた額が原告らの得べかりし利益であり,本件指名回避と相当因果関係のある損害ということができる。
ア 原告X1の逸失利益
原告X1は,平成13年度の落札額が5189万円であり,この程度の工事は指名回避期間中の平成11年度,平成12年度についても落札が可能であったと考えられる。そして,利益率を平成10年度の決算書に基づき計算すると下記のとおりとなる。
{4630万0666円(完成工事総利益)+1746万2966円(労務費)}÷1億5192万3953円≒0.42
したがって,原告X1が得べかりし利益を算定すると,次のとおり,3995万5300円となる。
5189万円×(1+10/12)×0.42=3995万5300円
よって,上記金額に弁護士費用400万円を加算した金額4395万5300円が原告X1の損害である。
イ 原告X2の逸失利益
平成11年度における本件地区の入札参加資格のある者は14社であるところ,原告X2は,平均的な割合による落札が可能であったと考えられる。そして,利益率を平成10年度の決算書に基づき計算すると下記のとおりとなる。
{4188万9357円(完成工事総利益)+672万3033円(労務費}÷1億5240万9886≒0.32
したがって,原告X2の得べかりし利益を算定すると,次のとおり,596万8776円となる。
{1億5079万7000円(平成11年度の被告発注額)+ (1億4711万6000円(平成12年度の被告発注額)×9/12)}÷14×0.32=596万8777円よって,上記金額に弁護士費用60万円を加算した金額656万8776円が原告X2の損害である。
ウ 原告X3の逸失利益
原告X3も本件地区において平均的な割合による落札が可能であったと考えられる。そして,利益率を平成10年度の決算書に基づき計算すると下記のとおりとなる。
{2738万7702円(完成工事総利益)+992万8885円(労務費}÷9849万8802円(完成工事高)≒0.38
したがって,原告X3の得べかりし利益を算定すると,次のとおり,608万9635円となる。
{1億5079万7000円+(1億4711万6000円×6/12)}÷14×0.38=608万9635円
よって,上記金額に弁護士費用60万円を加算した金額668万9635円が原告X3の損害である。
(2) 被告の主張
指名競争入札による工事の発注においては,適正な競争が行われるのであるから,指名されたからといって,必ずしも過去と同様の割合で落札受注できるものではない。
原告らが被告の発注する工事を受注していないということは,その間に他の工事を受注できる機会があり,それにより利益を得ることができたということになる。すなわち,原告らの平成8年度から平成12年度までの完成工事等の推移は,別表のとおりであり,現に原告X1及び同X3においては,本件指名回避があったとする平成11年度の完成工事高及び営業利益はいずれも前年度を上回っており,特にX3においては,過去3年度と比べて売上及び利益を大きく伸ばしている。他方,原告X2においては,確かに平成11年度の完成工事高及び営業利益は減少しているが,他の原告らはその間,工事高を伸ばしていることや原告X2においても指名回避が続けられたする翌12年度には業績を回復させていることからすれば,平成11年度の完成工事高等の減少は同原告の努力不足によるものであり,被告の指名回避に起因するものとはいえない。以上によれば,本件指名回避と原告らの主張する逸失利益との間に相当因果関係はないというべきである。
また,逸失利益の算定について,原告らは,利益率を一般管理費を含む完成工事高総利益と労務費の合計額を基礎として算出しているが,一般管理費や労務費などの流動的な経費を損害の対象とするのは妥当でない。
第3当裁判所の判断
1 争点①(本件指名回避の違法性)について
(1) 地方公共団体が公共工事を施工するに当たり,民間の建設業者との間で工事請負契約を締結する行為は,地方公共団体と民間の建設業者が対等な立場で行う私法上の法律行為である。したがって,公共工事の発注は,基本的には契約相手方の選択も含めて,契約自由の原則が妥当する領域であり,指名競争入札における入札参加者の指名についても,契約担当者である長の広範な裁量に委ねられている。
もっとも,公共工事等の経費は納税者の税金によって賄われるものであることから,契約締結に当たっては,適正な競争を通じた,公正性,透明性及び経済性を確保することが要求され,契約担当者の恣意を許すものではない。それゆえ,地方自治法も契約担当者の恣意が介入する余地の少ない一般競争入札を原則的な契約方式とし,指名競争入札は工事の請負等一般競争入札が適さない場合に限り,実施することができるとしている(地方自治法234条2項,地方自治法施行令167条)。そして,指名競争入札は,契約担当者が特定多数の者の範囲を決定するに当たり,一部の者を偏重ないし排除する弊害が生じるおそれがあるため,契約担当者たる地方公共団体の長において,あらかじめ,指名競争入札に参加する者に必要な資格を定めることが義務づけられている(地方自治法施行令167条の11第2項)。これを受けて,被告においては,本件要綱を設け,入札参加資格を定めるとともに,業者指名に当たって契約担当者たる町長の政治的影響力が及ぶなど恣意的,主観的な運用がなされないようにするために,助役,担当課長等で構成される審査委員会を置き,同委員会において,業者の工事施工能力,経営規模等客観的な経営事項や地理的条件等の諸条件を審査して適格業者を選定するとしている。
本件要綱のかかる趣旨に照らせば,契約担当者である町長が,審査委員会によって選定された指名候補者を指名から排除し,あるいは審査委員会によって選定されなかった者を指名することは,合理的な理由がない限り,許されないというべきである。特に,従来から競争入札に参加してきた特定の業者を一定期間恒常的に入札指名から排除することは,当該業者の重大な利益に関わるだけでなく,公正な競争による適正な価格形成の妨げになることから,恣意的な運用がなされないようにすることが強く求められる場面である。したがって,従前競争入札に参加してきた業者を審査員会においてこれまでと同様に指名候補者として選定しているのにもかかわらず,契約担当者である町長において当該業者を指名から排除することは,当該業者が業務に関し不正又は不誠実な行為をするなど指名排除を正当とする特段の事情のない限り,裁量権の逸脱,濫用にあたるというべきである。
(2) そこで,被告の原告らに対する本件指名回避の措置が裁量権の範囲内にあるといえるか否かについて検討する。
被告は,入札業者の工事施工能力,経営規模等を総合的に検討して,その都度,工事に適する業者を指名していたのであり,原告らが指名業者に選定されなかったのは上記の総合的判断の結果,業者選定に漏れたにすぎず,その期間,原告らに随意契約により工事を発注しており,原告らを意図的に指名回避したわけではない旨主張する。
しかし,前記認定事実に加え,証拠(証人N,同K,被告代表者,甲8の1ないし3,乙10の1,2,乙14ないし17)によると,被告は,指名競争入札により公共工事を発注する場合には,各地区毎に発注金額に対応する格付けの入札参加資格業者を分け隔てなく指名に参加させており(実際には,格付けが上位の業者でなければ実施できないような工事は少なかったため,当該地区内の全ての入札参加資格業者が指名に参加していた場合がほとんどであったとうかがわれる。),原告らの属するf地区においても,原則として,原告らを含む7業者全てが同地区内で実施される工事の入札に参加していたことが認められる。そして,平成11年度から,被告町長の指示により,町内の6地区を3地区に統合する措置が実施されてf地区とe地区が統合されたものの,両地区で実施される工事について,f地区の7業者とe地区の7業者を加えた14業者が審査委員会において分け隔てなく指名候補者として選定されていたところ,被告町長は,自らの判断で,上記14業者のうち原告らを含む7業者を審査表(指名人案)から削除し,平成11年4月から約1年数ヶ月間にわたり,すべての指名競争入札について上記業者を指名の対象から排除していたことが認められる。また,証拠(乙10の1,2)によれば,上記期間中,原告らより等級の低い業者が指名の対象とされながら,上位を占めていた原告らが指名から排除されており,上記指名回避は,請負工事金額や業者の等級とは無関係になされていたことが認められる。さらに,証拠(甲8の1,甲23,乙1,証人N,同K,被告代表者)によると,被告町長は,被告の町内の他の地区においても,前記地区統合の実施とともに,従前より入札に参加していた業者の一部を一定期間恒常的に指名から排除していたので,被告町内の請負業者で構成される協同組合神山建設業協会から,かかる指名排除の措置に対して,異議の申し入れがあったことが認められる。
以上によれば,被告による上記指名回避は,個々の指名競争入札を実施するに当たり,入札業者の工事施工能力,経営規模に応じて,個別的な事由に基づいて原告らを指名しなかったというものではなく,被告町長による一定の意図,判断の下に実質的な指名停止処置を執ったものであることは明らかである。なお,随意契約は工事金額が少額である等例外的な場合に実施されていたにすぎず,上記期間中,被告が原告らに随意契約による工事を発注していたからといって,指名競争入札における意図的な指名回避措置の存在を否定する事情にならない。
そこで,被告町長はいかなる意図で原告らを指名から排除する措置を執ったかについて検討する。
この点に関して,被告町長は,当該業者を指名の対象とするかどうかはその信頼度等を総合して判断しており,具体的には,工期に遅れたり,工事内容が杜撰な業者は指名から排除していた旨供述する。しかし,原告らの実施した工事が実際に工期に遅れたり,その工事内容に杜撰な点があったと認めるに足りる証拠は全くない。むしろ,平成10年当時の原告らの入札参加資格の格付けはいずれもA級であり,原告らの属するf地区でも上位を占めていた上,本件指名回避がなされた翌平成11年度には原告らの総合評価数値(客観的な経営事項の総合評価点)が上がっていたこと(甲5ないし7,乙10の1,2)からすれば,原告らの業務に関して被告町長が供述するような信頼度の低下があったとは考えがたい。
以上のとおり,被告町長は意図的に原告らを一定期間指名から排除したにもかかわらず,その理由について合理的な説明をしていないことに加え,原告らを含め指名から排除された業者は,被告町長選挙の際,被告町長を積極的に応援していなかったとうかがわれること(原告代表者ら),従前には被告では指名回避措置がとられるようなことはほとんどなかったという状況で,平成7年4月及び平成11年4月に実施された町長選で被告町長が当選した直後から突然指名回避がなされたことなどの事情を総合して考慮すれば,被告町長による本件指名回避は,原告代表者らが,被告町長選挙において,被告町長を積極的に支持しなかったことと密接に関連しているものと推認される。したがって,本件指名回避の措置は,合理的理由に基づくものではなく,被告町長の裁量権の濫用にあたるというべきである。
また,被告町長にそのような意図が明確にはなかったとしても,従来より被告の指名競争入札に参加してきた原告らについて,前記で述べたような指名排除を正当とする特段の事情はみられないのであるから,かかる業者を一定期間恒常的に指名から排除することは,町長に認められた裁量権の範囲を逸脱するものというべきである。
(3) 以上によれば,被告町長による本件指名回避の措置は,指名競争入札の指名に関する裁量権の行使を逸脱,濫用した違法な公権力の行使であるというべきであり,被告は,国家賠償法1条に基づき,これによって生じた損害を賠償する責任がある。
2 争点②(因果関係,損害)について
(1) 前記認定のとおり,被告は,公共工事の発注について地区割り方式を採用し,原則として,当該地区内における参加資格を有する業者を分け隔てなく指名の対象としていたところ,格付Aの入札参加資格を有する原告らも平成10年度まで(ただし,平成7年度は除く)地元のf地区の公共工事の指名競争入札に恒常的に参加し,毎年度,一定の割合で工事を落札し受注していたことが認められる。そうすると,原告らは,平成11年度においても,地元の地区(平成11年度よりf・e地区となった)の入札に参加できれば,従前と同様の割合で同地区で実施される公共工事を受注できた蓋然性は高いということができ,上記割合により算定した受注(落札)推定額にそれぞれの利益率を乗じた額が,本件指名回避と相当因果関係のある損害ということができる。
(2) そこで,まず,本件指名回避期間中における原告らの受注(落札)推定額について検討する。
証拠(甲8の2)によると,本件指名回避がなされる直前の3年間(平成8年度ないし平成10年度)のf地区における被告の公共工事の発注総額は,7億2988万円(平成8年度2億4886万5000円,平成9年度3億2875万円,平成10年度1億5226万5000円)であるところ,上記期間の同地区における原告らの受注総額は,原告X1につき2億0222万円(平成8年度5266万円,平成9年度1億3086万円,平成10年度1870万円),原告X2につき1億0098万5000円(平成8年度3172万円,平成9年度3169万円,平成10年度3757万5000円),原告X3につき4904万円(平成8年度1003万円,平成9年度2755万円,平成10年度1146万円)であると認められる。そこで,原告らの平均受注割合を本件指名回避がなされる直前の3年間(平成8年度ないし平成10年度)による工事受注実績により算定すると,原告X1については0.277(2億0222万円÷7億2988万円≒0.277),原告X2については0.138(1億0098万5000円÷7億2988万円≒0,138),原告X3については0.067(4904万円÷7億2988万円≒0.067)となる。
そして,前記のとおり,平成11年度に地区統合が行われ,f地区はe地区と統合したことから,f・e地区は,原告らを含むf地区の7業者に加え,e地区の7業者が指名候補者となった。そうすると,平成11年以降の受注については,指名候補者が2倍に増加したことを考慮して,従前の受注率(上記平均受注率)の半分の割合により,受注することができたということができる。
他方,証拠(甲8の2,3,乙17)によれば,原告らが指名回避を受けていた期間中に被告のf・e地区において指名競争入札により発注された工事金額の合計は,原告X1が指名されるまでの間2億6169万円(平成11年年度の工事金額1億5797万円に平成12年4月から平成13年1月までの工事金額1億0372万円を加えた金額),原告X2が指名されるまでの間2億1769万円(平成11年度の上記工事金額に平成12年4月から同年12月までの工事金額5972万円を加えた金額),原告X3が指名されるまでの間2億0719万円(平成11年度の上記工事金額に平成12年4月から同年9月までの工事額4922万円を加えた金額)であると認められる。
したがって,本件指名回避期間中の被告のf,e地区における公共工事発注額に上記受注率を乗じる方法により原告らの受注(落札)推定額を算定すると次のとおりになる。
ア 原告X1
2億6169万円×0.277×0.5=3624万4065円
イ 原告X2
2億1769万円×0.138×0.5=1502万0610円
ウ 原告X3
2億0719万円×0.067×0.5=694万0865円
(3) 次いで,原告らの利益率について検討する。
ア 原告らの決算報告書(甲12ないし14,甲25,28,29の各1,2,乙6ないし8,乙24の1,2)によると,本件指名回避を受ける前の3年間(平成8年度ないし平成10年度)における原告らの損益状況の平均値は次のとおりである(なお,括弧書きは完成工事高に対する比率である)。
(ア) 原告X1
① 完成工事高 2億2961万4000円
② 完成工事原価 1億7123万3000円
③ 完成工事高総利益 5838万1000円(25.43%)
④ 一般管理費 4937万8000円(21.50%)
⑤ 営業利益 900万2000円( 3.92%)
(イ) 原告X2
① 完成工事高 1億4076万7000円
② 完成工事原価 9532万9000円
③ 完成工事高総利益 4543万8000円(32.28%)
④ 一般管理費 4060万2000円(28.84%)
⑤ 営業利益 483万6000円 (3.44%)
(ウ) 原告X3
① 完成工事高 1億2420万3000円
② 完成工事原価 8406万3000円
③ 完成工事高総利益 4014万円(32.32%)
④ 一般管理費 4180万4000円(33.66%)
⑤ 営業利益 △166万4000円(△1.34%)
イ ところで,原告らは,被告から工事を受注できるか否かにかかわらず,事業活動を維持するために毎年度,一定の固定費,経常費を支出して営業活動をしているのであるから,原告らの利益率の算定に当たっては,固定費,経常費の支出を前提として完成工事高が増加すれば,どの程度の収益を期待できるかという観点から検討すべきである。
この点について,被告は,一般管理費には人件費等流動的な経費も含まれるから,一般管理費を含む完成工事総利益を基礎に利益率を算定するのは相当でない旨主張する。確かに,一般管理費の中には一部流動費用が含まれることは否定できないが,完成工事高と一般管理費との間には必ずしも明確な相関関係はない上,一般管理費の内訳をみても固定費や経常費の支出がかなりの割合を占めていることからすれば,一般管理費の全てを利益率の算定から排除するのは相当とはいえない。そこで,利益率については完成工事高に対する完成工事高総利益の割合を基礎としつつ,一般管理費については前記のとおり流動的な経費が相当程度含まれていること,企業の収益は経済情勢などに左右されるものであることなどを考慮して,原告らの利益率を控えめに算出することとし,原告X1については,15パーセント,原告X2,同X3については20パーセントをもって利益率とするのが相当である。
なお,原告らは,利益率の算定にあたって,完成工事総利益のほか工事原価に含まれる労務費も算定の基礎に加えるべきである旨主張する。しかし,そもそも,労務費のうち経常費とみられる部分は,給料手当として完成工事総利益に含まれているのであるから,その他,工事原価として計上している労務費は,流動的な費用と解するのが相当であって,これを利益率の算定の基礎に加えるのは相当とはいえない。
(4) 以上によれば,原告らが被告町長による本件指名回避により逸失した利益の額は,下記計算式のとおり,原告X1につき543万6610円,原告X2につき300万4122円,原告X3につき138万8173円である。
ア 原告X1
3624万4065円(受注推定額)×0.15(利益率)=543万6610円
イ 原告X2
1502万0610円(受注推定額)×0.2(利益率)=300万4122円
ウ 原告X3
694万0865円(受注推定額)×0.2(利益率)=138万8173円
(5) 弁護士費用
本件訴訟の内容,審理経過,認容額等を考慮すれば,本件と相当因果関係のある弁護士費用としては,原告X1について,54万円,原告X2について30万円,原告X3について14万円が相当である。
第4結論
以上のとおり,原告らの請求は,国家賠償法1条に基づき,原告X1について597万6610円,原告X2について330万4122円,原告X3について152万8173円及びこれらに対する平成13年4月12日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求は理由がないから棄却することとする。
(裁判長裁判官 村岡泰行 裁判官 石垣陽介 裁判官 井出弘隆)