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徳島地方裁判所 平成13年(ワ)430号 判決 2003年3月14日

主文

1  被告らは,原告X1に対し,連帯して金9060万8044円及びこれに対する平成12年5月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告らは,原告X2に対し,連帯して金165万円及びこれに対する平成12年5月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被告らは,原告X3に対し,連帯して金165万円及びこれに対する平成12年5月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  原告らのその余の請求を棄却する。

5  訴訟費用はこれを3分し,その2を原告らの負担とし,その余を被告らの負担とする。

6  この判決は,第1ないし第3項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  被告らは,原告X1対し,連帯して金2億8050万6347円及びこれに対する平成12年5月7日(事故発生日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告らは,原告X2に対し,連帯して金264万円及びこれに対する平成12年5月7日(事故発生日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被告らは,原告X3に対し,連帯して金264万円及びこれに対する平成12年5月7日(事故発生日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,原告X1(男子中学生)が,被告らの管理する木工所工場内に設置されたエレベーターに乗って遊んでいた際,エレベーター搬器と昇降路の間に身体を挟まれて意識不明の状態となった事故について,原告X1並びに両親の原告X2及び同X3が,上記エレベーターの設置,保存に瑕疵があったと主張して,被告らに対し,不法行為(土地工作物責任等)に基づき,上記事故によって被った損害の賠償を求める事案である。

1  前提事実(争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実)

・ 当事者

ア  原告X1(昭和62年9月26日生)は,原告X2及び同X3の子である。

イ  被告Y1(以下「被告Y1」という。)は,徳島市a町b丁目c番地に所在する木工所工場(以下「本件工場」という。)を所有し,同所においてY木工所の名称で木材加工業を営んでいた。その後,被告Y1の子である被告Y2(以下「被告Y2」という。)は,被告Y1から上記事業の経営を任され,被告Y2において業務の全般を統括管理している。

・ 事故の発生

平成12年5月7日,原告X1(当時12歳,中学一年生)が,被告Y2の長男であるZ(以下「Z」という。)ほか2名の同級生と遊んでいた際,本件工場内に設置されたエレベーター(以下「本件エレベーター」という。)の搬器に乗り込み,Zにおいて昇降スイッチを操作して搬器を上昇させ,2階で停止させた。ところが,その数秒後,Zが再び昇降スイッチを操作して搬器を1階に降下させようとした際,搬器に乗っていた原告X1が昇降路2階の出入口の床面と搬器の出入口の上部枠との間に胸部を挟まれる事故が発生した(以下「本件事故」という。甲11の1)。

・ 後遺障害

原告X1は,本件事故の際,胸部圧迫によって心肺停止の状態となり,その後直ちになされた救命措置により一命はとりとめたものの,意識はもどらず,四肢麻酔,体幹機能障害の後遺障害が残り,平成13年1月22日,両下肢及び両上肢機能全廃により,徳島県から身体障害者1級の認定を受けた(甲3,4)。

・ 損益相殺

本件事故後,原告X1は,被告らから合計1000万円の支払を受けた。

2  争点

本件の争点は,・被告らの責任原因並びに②過失割合及び損害額である。

・ 争点・(被告らの責任原因)

(原告らの主張)

ア 被告らの地位

被告Y1は,本件工場において木工加工業を経営し,その子である被告Y2は,上記事業の管理責任者として,本件木工場を統括管理していたものであり,両名は,本件工場に設置された本件エレベーターを共同して占有していたものである。

イ 瑕疵及び過失

(ア) 本件工場内に設置された本件エレベーター及びその附帯設備には次のとおり,瑕疵があった。

① エレベーター搬器の出入口に戸が設けられていなかった(搬器の出入口が閉じていないと搬器を昇降させることができない装置も備えられていなかった)。

② 2階昇降路の西側出入口に戸が設けられていない上,1階昇降路の出入口の戸が閉められていなかった(昇降路の戸が閉じていないと搬器を昇降させることができない装置が有効に作動しない状態になっていた)。

本件エレベーターは,以上の点で,労働安全衛生法第20条1号,クレーン等安全規則148条,エレベーター構造規格16条1項2号,21条1項4号,30条1項1号の定める安全性の基準を満たさないものであり,通常備えていなければならない安全性を欠いているから,その設置又は保存には瑕疵があった。

(イ) また,被告Y2は,本件工場を統括管理する立場にありながら,上記瑕疵のあるエレベーターを漫然使用していたものであり,本件事故につき,エレベーターの管理を怠る過失があった。

ウ 因果関係

本件エレベーターは,子供等第三者が安易に操作できる状態にあり,他方,本件エレベーターに上記瑕疵が存在しなければ,本件事故は発生しなかったのであるから,本件事故と本件エレベーターの瑕疵との間には相当因果関係がある。

エ 結語

以上によれば,被告らは,土地工作物責任(民法717条)に基づき,被告Y2は,重畳的に一般不法行為責任(民法709条)に基づき,原告らの被った損害を賠償する責任を負う。

(被告らの主張)

ア 被告らの地位

被告Y1は,本件工所において木材加工業を経営していたが,老齢のため平成6,7年ころ,同事業の経営を息子の被告Y2に任せて,自らは同事業から退き,それ以降は同事業に一切関与していなかった。したがって,被告Y1は,本件エレベーターの占有者には当たらない。

イ 瑕疵及び過失の不存在

本件エレベーターに原告が指摘するような労働安全衛生法等に違反する点があったことは認めるが,そのことから,直ちに土地工作物責任上の瑕疵があったといえない。すなわち,瑕疵に当たるか否かは,搬器の使用目的と搬器自体の構造等から具体的に検討しなければならないところ,本件エレベーターは,荷物用エレベーターであり,かつ本件工場で働く者だけが使用する個人施設であること,本件エレベーターの搬器の速度は毎分約8.52メートル(秒速約0.142メートル)という超低速であり,また,搬器の内部床面積は4.36平方メートルの広さである上,上下移動の際,揺れたり振動したりすることはなく,搬器の中にいる者に上下移動の際に危険が生じるというものではないこと,本件エレベーターは昭和51年11月に設置して以来,一度も事故が起きなかったことからすると,安全性を欠くような瑕疵はなかったというべきである。

ウ 因果関係の不存在

本件事故は,原告X1が,Zの制止も聞かずに本件エレベーターに乗り込み,2階から1階に降下する際に搬器から外(中2階)に出ようとしたために発生したものであり,原告X1の無謀な行為によって生じたものであるから,本件エレベーターの瑕疵に起因するものではない。

・ 争点②(損害及び過失割合)

ア 過失割合

(被告らの主張)

仮に本件エレベーターに瑕疵が存在するとしても,本件事故は,上記のとおり,原告X1の無謀な行為によって発生したものであるから,その過失は9割を下回らないというべきである。

(原告らの主張)

原告X1は,本件事故当時,12歳の中学1年生であり,大人と同等の注意義務を負わせるのは酷である。他方,本件エレベーターは,子供等外部の者が容易に操作できる状況であった上,本件エレベーターは元来適正な安全装置を備えていたにもかかわらず,被告らは,安全装置を解除するなど,積極的に瑕疵ある状態を作出しており,その過失は大きいというべきである。

以上によれば,本件事故につき,原告X1の注意不足があったとしても,その過失割合は2割を超えることはない。

イ 損害額

(原告らの主張)

(ア) 入院雑費        37万9600円

平成12年5月7日から平成13年2月22日までの入院日数292日分の入院雑費

(イ) 入院治療費       45万1200円

(ウ) 後遺障害逸失利益  7723万6075円

原告X1は,本件事故により,四肢麻酔,体幹機能障害の後遺障害を残して植物状態となったものであり,労働能力を100パーセント喪失したことになるから,同原告の逸失利益は次のとおりとなる。

569万6800円(平成10年度賃金センサス第1・,第1表,産業計・企業規模計・男子労働者・全年齢平均賃金)×13.5578(満12歳に適用すべきライプニッツ係数)=7723万6075円

(エ) 慰謝料

① 傷害(入院)慰謝料 300万円

② 後遺障害慰謝料  3000万円

(オ) 付添看護費用  2億0343万3790円

① 近親者(1日1万円,入院日数292日)による入院付添看護費(292万円)

② 原告X3が平均余命(平成60年)に達するまでの47年間分の近親者(1日1万円)及び職業付添人(1か月25万7475円)による付添看護費(1億2118万6545円)

③ 上記期間経過後,原告X1が平均余命に達するまで(平成77年まで)の17年間分の職業付添人(1日1万8920円及び1か月1万0875円)による付添看護費(7932万7245円)

・ 住宅改造費用   1045万円

(キ) 介護用機器購入費  185万2269円

(ク) 搬送車両購入費   448万円

(ケ) 原告X1の損害小計(・ないし・の合計)

3億3128万2934円

(コ) 原告X2,同X3の近親者慰謝料

各300万円

(サ) 過失相殺

前記のとおり,原告X1に2割の過失があったことを前提として,過失相殺をすると,過失相殺後の原告X1の損害額は2億6502万6347円,原告X2及び同X3の損害額は各240万円となる。

(シ) 損益相殺

原告X1は,被告らから損害賠償債務の一部弁済として1000万円を受領したから,これを原告X1の上記損害額から控除すると,2億5502万6347円となる。

(ス) 合計

原告らの上記各損害額に相当な弁護士費用(原告X1につき2548万円,原告X2及び同X3につき各24万円)を加算すると,原告らの損害額合計は,原告X1につき2億8050万6347円,原告X2及びX3につき各264万円となる。

第3当裁判所の判断

1  争点・(被告らの責任原因)について

・ 前記前提事実に加え,証拠(甲4,甲11の1ないし13,乙1,15ないし22,33,34,被告Y2)によれば,次の事実が認められる。

ア  本件エレベーターの構造及び利用・管理状況

(ア) 本件エレベーター(積載荷重1330.137キログラム)は,昭和51年ころ,本件工場で木材加工業を営んでいた被告Y1が同工場を増築した際,木材等を運搬する目的で設置したものであり,クレーン等安全規則148条が適用されるエレベーターである。設置当初,1階西側,2階南側,屋上南側に設置された昇降路の出入口には戸(シャッター)が設けられ,ドアインターロックスイッチ(昇降路の出入口の戸を全て閉じていなければ,搬器を昇降させることができない装置)が備えられ,2階昇降路の西側には覆いがあった。

(イ) ところが,設置後まもなく,被告Y1は,荷の積み卸しの際に搬器及び昇降路の戸を開閉する手間を省くため,搬器の戸を外した上,ドアインターロックスイッチをビニールで固定して同装置を作動させない状態にして,昇降時も昇降路の戸の開いたままの状態で本件エレベーターを稼働させていた。また,原告Y1は,木材積み卸しのため,2階昇降路西側の覆いも取り外した上,戸を設けるなどの安全措置を講ずることなく,上記2階昇降路西側を出入口として利用していた。

(ウ) 平成6,7年ころ,被告Y1から上記事業の経営を任された被告Y2も,本件エレベーターについて,上記の状態を改善することなく,搬器及び昇降路の戸を開けたままの状態で従業員に使用させていた。

(エ) また,被告Y2は,本件エレベーターの昇降路1階が本件工場北側道路に面しているにもかかわらず,業務時間外も昇降路の戸を開けたままの状態で放置していた上,休日には同工場のシャッターを閉めていたものの,被告らの家族が同工場内に自転車を駐輪させていたため,上記シャッターの施錠をしていなかった。このため,本件事故当時,本件エレベーターは,被告Y2の子供などが容易に操作できる状況にあった。

イ  本件事故に至る経緯,態様

原告X1は,平成12年5月7日,被告Y2方で同被告の長男のZら同級生と遊んだ後,被告Y2方から外出する際,Zらとともに同所に隣接する本件工場の前に駐輪していた自転車を取りに行ったところ,雨が降り始めたため,同所で雨宿りをしていた。そのうち,同所に設置されていた本件エレベーターに興味を示した原告X1が,休日のため本件工場内に従業員等もいなかったことから,遊びの延長で本件エレベーターの搬器に乗り込こんだ。Zは,当初,原告X1が本件エレベーターで遊ぶことに反対したが,原告X1に押し切られ,やむをえず,同エレベーターを作動させることとし,昇降スイッチを操作して,原告X1を乗せた搬器を2階まで上昇させた後,搬器を1階に降下せさようとした。ところが,本件エレベーターが2階から1階へ降下する途中で,原告X1が昇降路2階西側出入口の床面にうつ伏せになる姿勢で同出入口床面と搬器の出入口の上部枠との間に胸部を挟まれ,本件事故が発生した。

なお,本件事故後,被告Y2がクレーン等安全規則,エレベーター構造規格の基準を満たしていない本件エレベーターを従業員に使用させていたとして,平成12年10月20日,徳島簡易裁判所で労働安全衛生法違反により,罰金20万円に処せられた。

・ 瑕疵及び因果関係

ア  前記認定事実によれば,本件エレベーターは,クレーン等安全規則148条の適用のあるエレベーターであり,設置当初は,昇降路の全ての出入口に戸が設けられていた上,上記出入口のすべての戸が閉じていない場合には搬器を昇降させることができない安全装置が備えられていたほか,搬器の出入口にも戸が設けられていたものであり,同規則を受けてエレベーターの安全基準を定めているエレベーター構造規格(以下「構造規格」という。)におおむね適合していたことが認められる。ところが,本件エレベーター設置後,被告Y1において,木材等の積み卸しの手間を省くため,上記安全装置を作動させない状態にしたほか,搬器の戸を取りはずした上,新たに設けた昇降路2階西側の出入口に戸を設置することなく,同エレベーターを従業員等に使用させていたと認められ,上記措置により,同エレベーターは,構造規格16条1項2号,21条1項4号,30条1項1号の定める基準を満たさないものとなっていたことが認められる。また,その後,経営を任された被告Y2も上記の状態を改めることなく,本件エレベーターを業務に使用していた上,休日も昇降路及び搬器の戸を開けたままの状態で放置していたことが認められる。

そして,構造規格は,エレベーター等を安全に作動させるために最低限満たすべき基準を定めたものというべきであるから,上記の点で構造規格に違反する本件エレベーターは,通常満たすべき安全性を欠いたものと認められ,その昇降が低速度であることを考慮したとしても,同エレベーターの管理に瑕疵があったというべきである。

イ  他方,前記で認定した本件事故の状況からすれば,原告X1は,Zの制止を聞かずに,本件エレベーターに乗り込み,搬器が2階から1階へ降下する際に,搬器から2階床面に出ようとして,搬器と床面との間に挟まれたと推認され,原告X1に重大な過失があったことは否定できない。もっとも,本件エレベーターは,1階昇降路が本件工場北側道路に面して設置されていた上,昇降路の戸は常時開いていたものであり,休日には本件工場のシャッターが閉められていたものの,上記シャッターは施錠がされていなかったことから,被告Y2の子供などが同エレベーターを容易に操作できる状態にあったことが認められる。かかる状況で,被告らが本件エレベーターの前記瑕疵を長期間放置していたことからすれば,本件事故は,被告らにとって全く予期し得ないものであったとはいえない。また,本件エレベーターに前記瑕疵が存在しなければ,本件事故は発生しなかったことも考え併せれば,本件事故と前記瑕疵との間に相当因果関係があることは明らかである。

・ 占有者

前記認定事実に加え,証拠(甲11の1,7ないし13,乙13,14,25ないし32,被告Y2)によれば,被告Y1は,本件工場において,木材加工業を営んでいたところ,平成6,7年ころ息子の被告Y2に上記事業全般を任せるようになってからは,自ら事業に直接関与することはなくなったものの,それ以降も事業による営業利益は被告ら両名で分け合っていたことが認められる。かかる経営実態に照らせば,被告Y1も被告Y2を通じて間接的に上記事業の経営にたずさわっていたものというべきである。

そして,民法717条1項における工作物の占有者とは,工作物を事実上支配し,その瑕疵を修補しえる関係にある者をいうと解されるところ,被告Y1は,前記のとおり,本件工場にエレベーターを設置し,前記認定の瑕疵ある状態にした上,被告Y2に事業全般を任せてからも,共同経営者として,被告Y2に指示するなどして本件エレベーターの修補をし得る立場にあったことは明らかである。したがって,被告Y2のみならず,被告Y1も本件エレベーターの占有者にあたるというべきである。

・ 結論

以上によれば,被告らは,土地工作物である本件工場の一部をなす本件エレベーターの共同占有者として,同エレベーターの瑕疵によって生じた本件事故につき,土地工作物責任を負う。

2  争点②(損害及び過失割合)について

・ 原告X1の過失割合

前記のとおり,原告X1は,Zの制止を聞かずに,遊びの延長で本件エレベーターに乗り込み,同搬器が2階から1階へ降下する際に,搬器から2階床面に出ようとして,搬器と床面との間に挟まれたことからすると,その年齢を考慮しても,本件事故の発生につき原告X1に重大な過失があったことは否定できない。他方,被告らも,本件エレベーターにつき自ら瑕疵ある状態を作出し,これを長期間放置していたことからすれば,本件事故の発生につき被告らにも相当程度帰責性があるものというべきである。

これらの事情を総合して考慮すれば,原告X1の本件事故に対する過失割合は5割とするのが相当である。

・ 損害額

ア  入院雑費          37万9600円

証拠(原告X2)及び弁論の全趣旨によれば,原告X1は本件事故により,平成12年5月7日から平成13年2月23日まで病院に入院して治療を受けたと認められるところ,1日1300円の入院雑費を要したとするのが相当であるから,入院日から退院日前日までの実入院日数292日分の入院雑費は,37万9600円であると認められる。

イ  入院治療費         45万1200円

証拠(甲5)及び弁論の全趣旨によれば,原告X1の入院治療費のうち,平成12年5月分から7月分(最初の3回)の自己負担額は19万0800円,同年8月分から翌13年2月分(4回以降)までの自己負担額は26万0400円であったと認められ,本件事故と相当因果関係のある入院治療費は合計45万1200円であると認められる。

ウ  後遺障害逸失利益    7600万5026円

証拠(甲4,原告X2)によれば,原告X1は,本件事故により,四肢麻酔,体幹機能障害の後遺障害を残して植物状態となり,その後も症状に改善はみられず,平成12年8月30日にその症状が固定したと診断されたことが認められる。

そうすると,原告X1は,症状固定時には満12歳の男子で,その基礎収入として平成12年度賃金センサス第1・,第1表,産業計・企業規模計・男子労働者・全年齢平均賃金である560万6000円が相当であり,本件事故によって,平均就労可能年齢である18歳から67歳までの49年間,得べかりし収入の100パーセントを喪失したことになるから,それに応じたライプニッツ係数を乗じて,その中間利息を控除すると,その逸失利益は,次のとおりとなる。

560万6000円×13.5578(67歳までのライプニッツ係数-18歳に達するまでのライプニッツ係数)=7600万5026円

エ  付添看護費

(ア) 入院付添看護費     189万8000円

前記認定事実及び証拠(原告X2)によれば,原告X1が入院していた292日間,両親である原告X2及び同X3が交替で原告X1の付き添いをしていたと認められるところ,原告X1の受傷の程度に照らすと,少なくとも原告X2ないし同X3のどちらか1名による付き添いの必要があったことが認められる。そして,入院付添看護費としては,1日6500円が相当であるから,本件事故と相当因果関係のある入院付添費は,189万8000円であると認められる。

(イ) 将来の付添看護費   6562万9993円

前記認定事実及び証拠(甲4,14,原告X2)によれば,原告X1は,本件事故により,四肢が麻痺して寝たきり状態となり,意思の疎通もできず,食事は胃管から流動食を注入し,食事,清拭,排泄など日常生活全般にわたり,常時,介護を要する状態にあり,こうした状態は,原告X1(退院時15歳)の余命期間である65年間にわたって続くものと予想される。他方,原告X1の看護は職業付添人の補助を受けながらも両親である原告X2及び同X3が担当しており(原告X2),今後も,少なくとも原告X2及び同X3のどちらか一名が常時,原告X1の付き添いをすることを要すると認められる。そして,介護の内容,程度に照らすと,原告X1の介護のための労力は一般の就労と比べて決して劣らないというべきであるから,原告X3(昭和38年12月21日生)が就労可能年齢の上限である67歳になるまでは,その介護を担当できるものと認められ,介護費用としては,一日当たり8000円とするのが相当である。そして,原告X3による介護が望めなくなった後は職業付添人に依頼せざるを得ないところ,証拠(甲7の1ないし4)及び弁論の全趣旨によれば,職業付添人による介護費用は,一日当たり少なくとも1万5000円を下回ることはないというべきである。そうすると,原告X1の介護費用は次のとおり,合計6562万9993円となる。

① 平成13年から平成43年までの30年間の近親者による付添費

8000円×365日×15.3724(30年のライプニッツ係数)=4488万7408円

② 平成43年から平成78年までの35年間の職業付添人による付添費

1万5000円×365日×{19.1610(65年のライプニッツ係数)-15.3724(30年のライプニッツ係数)}=2074万2585円

③ 合計6562万9993円

オ  慰謝料

(ア) 傷害慰謝料       300万円

原告X1の受傷の程度,治療期間等の事情を考慮すると,本件事故による傷害慰謝料は,300万円をもって相当と認める。

(イ) 後遺障害慰謝料    2600万円

前記の原告X1の後遺障害の内容,程度,同原告の年齢等の諸事情に照らし,同原告が本件事故によって被った後遺障害に対する慰謝料は,2600万円をもって相当と認める。

カ  介護用機器購入費     185万2269円

証拠(甲10の1ないし5,原告X2)によれば,原告X2は,原告X1を自宅で介護するために,特殊寝台,移動用リフト等介護用機器を購入し,その費用として合計185万2269円を支出したところ,上記介護用機器の購入は,必要かつ相当な範囲の支出と認められるから,上記購入費を全額損害として認めるのが相当である。

キ  住宅改造費        800万円

証拠(甲8の1ないし4,甲18,19,原告X2)によれば,原告X2は,原告X1を自宅で介護するために,自宅にスロープやデッキを設置したほか,特別な介護浴槽を設けるなど,原告ら住宅の増改築工事を行い,その費用として合計1045万円を支出したことが認められる。そして,原告X1の後遺障害の内容,程度に照らせば,原告ら住宅の改造は,原告X1を自宅で介護するために必要であったと認められるが,他方,増改築により,原告ら住宅の資産価値も増加したといえるから,上記住宅改造費用のうち,本件事故と相当因果関係のある費用は,800万円と認められる。

ク  搬送車両購入費      200万円

証拠(甲9,原告X2)によれば,寝たきりの状態の原告X1を病院等に搬送するためには特殊改造車両が必要となり,同車両購入費用として448万円を要すると認められるところ,同車両購入により,他の家族の利便性も向上するから,上記搬送車両購入費のうち,本件事故と相当因果関係を有する費用は200万円と認められる。

ケ  原告X1の損害小計(アないしクの合計) 1億8521万6088円

コ  近親者慰謝料      各300万円

原告X1の後遺障害の内容,程度に照らすと,その両親である原告X2及び同X3は,原告X1の生命が侵害されたのと同程度の精神的苦痛を受けたと認められるから,本件事故につき,原告X2及び同X3には固有の慰謝料請求権が認められ,その慰謝料は,各300万円をもって相当と認める。

サ  過失相殺

原告らの上記損害額につき,前記・で認定した過失割合に基づき過失相殺による減額を行うと,過失相殺後の損害額は,原告X1につき,9260万8044円,原告X2及び同X3につき,それぞれ150万円となる。

シ  損害の填補(損益相殺)

原告X1がこれまで被告らから合計1000万円の支払いを受けたことは当事者間に争いのないところ,原告X1の過失相殺後の損害額から,上記損害填補額を控除すると,8260万8044円となる。

ス  弁護士費用

原告らは,本件訴訟の提起,遂行を原告ら訴訟代理人に委任しているところ,本件訴訟の内容,審理経過,認容額等を考慮すれば,本件と相当因果関係のある弁護士費用としては,原告X1について800万円,原告X2及び同X3についてそれぞれ15万円が相当である。

セ  損害合計

以上によれば,本件事故により原告らが被った損害額の合計は,原告X1につき9060万8044円,原告X2及び同X3につきそれぞれ165円となる。

第4結論

よって,原告らの本訴請求のうち,被告らに対し,不法行為に基づく損害賠償請求として,原告X1につき9060万8044円,原告X2及び同X3につきそれぞれ165万円及びこれに対する本件事故発生日である平成12年5月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないから棄却することとする。

(裁判長裁判官 村岡泰行 裁判官 石垣陽介 裁判官 井出弘隆)

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