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徳島地方裁判所 平成13年(ワ)560号 判決 2003年3月26日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用の負担は,原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告に対し,金165万円及びこれに対する平成13年6月18日(不法行為の日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,原告が,暴走行為の取締をしていた徳島県警察の警察官によって暴行を加えられて傷害を負ったと主張して,被告に対して国家賠償法1条1項に基づき損害賠償を求めた事案である。

1  争いのない事実等(証拠等の掲記のない事実は,当事者間に争いがない。)

(1)  原告は,本件事件当時,17歳の高校生であった。

(2)  被告は,徳島県警察を置く地方公共団体である。A警察署司法警察員警部補B(以下「B警部補」という。)は,徳島県警察に勤務する警察官である。

(3)  原告は,平成13年6月18日午前2時50分ころ,原動機付自転車(以下「本件車両」という。)を運転し,原告の後方を追尾する友人らの運転する3台の原動機付自転車とともに,徳島市a町b丁目c番d号先の交差点(以下「本件交差点」という。)へ北方から進入した。

(4)  B警部補は,本件交差点西側に待機していた。

(5)  原告は,右第5指末節骨遠位部に切断があり,同日,C病院で縫合術を受け,その後,入通院して治療を受けたが,同指末節の短縮(右2.0センチメートル,左2.4センチメートル),爪の変形,尖端部の知覚鈍麻が認められ,自覚症状として右第5指末端の痺れ,DIP関節の可動制限の後遺障害が残った(甲1,6)。

2  当事者の主張

(1)  原告の主張

ア B警部補は,原告運転の本件車両をめがけて駆け寄り,すぐ脇を通り抜けようとする原告に対し,右手に持った特殊警棒を振り上げ,金属製でエッジの立っている側を原告に向けて振り下ろし,本件車両の右ハンドルを握る原告の右手小指を殴打し,右第5指末節骨切断の傷害を負わせた。

イ B警部補の行為は,次の理由により,逮捕行為に当たらず,違法な行為である。

(ア) 暴走族を逮捕するためには複数での行動が不可欠であるところ,B警部補は,原告らが本件交差点についたとき,単独で行動している。

(イ) 原告を停止させようとするなら,目に止まりやすい停止灯を使用すべきであるところ,B警部補は,特殊警棒を使用して振り下ろしている。しかし,このような方法は,原告を安全に停止させるものではなく,むしろ,原告を転倒させて生命に危険を生じるおそれがあるものである。B警部補の行為は,客観的に見て制止行為でも,それ以外の逮捕行為でもない。

(ウ) B警部補の行為は,主観的にも逮捕を意図した行為ではない。すなわち,B警部補は,原告運転の本件車両が通過し,停止させられないことが明らかであるにもかかわらず,後続の2台目,3台目の原動機付自転車に対しても同じように特殊警棒を振り下ろしているのであるから,原告らを停止させて逮捕する意図を持っていなかったことは明らかである。

ウ B警部補の行為は,警察官職務執行法7条に違反する。すなわち,疾走してくる原動機付自転車に対して金属製の特殊警棒を,ゴムカバーのない側を向けて振り下ろす行為は,人を殺傷する可能性がある。このような特殊警棒の使用形態は,きわめて危険であり,同法7条の武器の使用に該当する。しかるに,B警部補の行為は,同条の要件を充たしていないから,違法である。

エ 以上のように,B警部補は,原告に対して違法な暴行を加え,その結果,上記傷害を負わせた。したがって,被告は,国家賠償法1条1項に基づき原告の損害を賠償する責任がある。

オ 原告の損害は,次のとおりである。

(ア) 原告は,平成13年6月18日,C病院において右第5指末節骨切断の手術を受け,同月25日まで入院し,同月26日から同年11月1日まで実日数18日間通院して治療を受けた。

(イ) 原告には,本件傷害により他覚的に右第5指末節の短縮(右2.0センチメートル,左2.4センチメートル),爪の変形,尖端部の知覚鈍麻が認められ,自覚症状として右第5指末端の痺れ,DIP関節の可動制限の後遺障害が残った。

(ウ) 慰謝料 150万円

① 傷害慰謝料 50万円

② 後遺障害慰謝料 100万円

(エ) 弁護士費用 15万円

(2)  被告の主張

ア 原告ら9名は,2人乗り又は3人乗りの定員外乗車の状態で4台の原動機付自転車に分乗して暴走行為をしていたが,C巡査部長らの乗車するパトカーA3によって追跡されはじめた時点からでも,5回の赤信号無視,共同危険行為等の走行を繰り返し,同パトカーからの暴走行為中止の警告を無視してパトカーの追跡を振り切る機会を窺っていた。パトカーA2に乗車していたB警部補は,パトカーA3から挟み撃ちにして現行犯逮捕するとの連絡を受け,原告らが進行しつつある地点へ先回りした。B警部補は,車道をパトカーで塞がれた原告らの暴走集団が歩道に乗り上げて逃走することを阻止するために,爆音が聞こえると直ちに,ライトを左手に,特殊警棒を右手に掴んでパトカーから出て,原告らの分乗する原動機付自転車に対して「止まれ,止まれ」と大声で言いながら,特殊警棒を上下に振って停止させて逮捕しようとした。

イ B警部補は,先頭の原動機付自転車については特殊警棒が当たった感触を感じていなく,2台目及び3台目の原動機付自転車については運転者等の腕かどこかの身体に当たった感触を感じている。むしろ,原告らの逃走した前方には斜めに遮るように民家のブロック塀があり,さらに塀際には電柱を支えるワイヤー線とこれを被覆する鋼鉄製筒状のカバーがあり,一部に鋭利な角が露出していることを考慮すると,特殊警棒によって原告が負傷したと断定することはできない。

ウ 特殊警棒は,打撃により致命傷を与えないことを仕様の基準として製作されたアルミ合金製の特殊警戒用具であり,警察官職務執行法7条に規定する武器ではない。特殊警棒は,本来の用途を超えて頭部や顔面を打つ,胸部や腹部を激しく打つなどして使用された場合には,用法上の武器として実質的に武器に準じるものとなり,同法7条の危害要件に抵触する。しかし,B警部補は,制止を振り切って逃走しようとした原告らを阻止しようとしたものであり,危害を与える意図をもって強打したものではなく,特殊警棒を用法上の武器として使用したものではない。

エ 暴走行為は,現行犯逮捕以外に犯罪を立証する方策はないから,その必要性が強く求められるところ,本件はそれに該当する典型的な事案であった。すなわち,原告らは,進路の一部を塞いだパトカーやB警部補らが原告らを停止させて捕捉しようとしていることを認めたにもかかわらず,強引に突破して逃走しようした。B警部補は,原告らを停止させようとして身を挺して進路を閉鎖し,特殊警棒を上下に振って原告らの原動機付自転車を停止させ,原告らを現行犯逮捕しようとしたものである。

仮に,特殊警棒が原告の右手小指に当たって負傷させたとしても,B警部補の行為は,現行犯逮捕に伴い当然に認められる正当な業務行為であるから,違法性を阻却される。

3  争点

(1)  原告が負傷した原因

(2)  警察官の行為が違法性を阻却されるか。

第3当裁判所の判断

1  前提事実

前記争いのない事実等に,証拠(甲3の1,2,4,5,甲4の1ないし4,甲5の1ないし3,甲7,証人B及び原告本人並びに各項目の末尾に記載したもの。)及び弁論の全趣旨を総合すれば,下記の各事実を認めることができる。

(1)  原告は,平成13年6月17日午後11時30分ころ,徳島市e町にあるe公園に友人のE外7人と集合し,原動機付自転車4台に分乗して暴走行為をはじめた。原告は,無免許であったが,Eから原動機付自転車(本件車両)を借りて運転していた。

(2)  徳島A警察署のD巡査部長らは,翌18日午前2時45分ころ,パトカーA3に乗車して警ら中に,徳島市f町g丁目h番地先路上において,原告らの乗車した2人乗りの原動機付自転車3台と3人乗りの原動機付自転車1台が信号無視等の違反を繰り返しながら,道路いっぱいに広がり,蛇行しながら走行してくるのを発見し,追跡して停止を命じた。しかし,原告らが,これを無視してその後も共同危険行為等の禁止に違反する行為を繰り返したので,D巡査部長らは,B警部補の乗車するパトカーA2に対して「違反状況はビデオで撮影済み,停止できれば逮捕したい。」と連絡した。

(3)  徳島県においては,いわゆる暴走族は,小規模なゲリラ的な集団が主流であり,事前情報に基づいた計画的な取締が困難であるので,警ら中に暴走族を発見したパトカーが,後方から採証活動を行いながら追跡し,他のパトカーと連携したうえ,袋小路等に追い込んで挟み撃ちにする方法を取っていた(乙5)。

(4)  B警部補は,パトカーA2に乗車して小松島市との境界付近を警ら中であったが,パトカーA3から,前記連絡を受けて北上し,本件交差点に到着した。B警部補は,パトカーA2を車道に停車させ,原告らの集団が到着するのを待ちかまえたところ,間もなく,原告らの集団がパトカーA3に追跡されて本件交差点に近づいて来るのを発見した。

(5)  B警部補は,同月18日午前3時ころ,右手に特殊警棒を,左手にライトを持ってパトカーA2から下車し,原告らを停止させるために,特殊警棒(先端部を把持していた。)とライトを振りはじめた。

(6)  原告は,パトカーA3に追跡されながら,本件車両を運転して後続する3台の原動機付自転車とともに本件交差点に到着し,脇道に停車しているパトカーA2を認めたが,そのまま突破しようとしたところ,パトカーA2から飛び出しきたB警部補を認めた。原告は,B警部補の制止を振り切って逃走しようとしてB警部補の方向に本件車両を進めた。その後,原告は,痛みを感じたので右手小指を見たところ,先端が剥離しかけていた。

(7)  原告は,直ちにC病院へ行ってF医師の診察を受けたところ,右第5指末節骨遠位部に切断があり,直ちに縫合術がなされ,同月25日まで入院し,同年11月1日まで実日数18日間通院した。原告には,右第5指末節の短縮(右2.0センチメートル,左2.4センチメートル),爪の変形,尖端部の知覚鈍麻が認められ,自覚症状として右第5指末端の痺れ,DIP関節の可動制限の後遺障害が残った(甲1,6)。

(8)  F医師は,原告の負傷部位の切断面に挫裂創等が認められないので,鈍器(角のない丸いもの)様のもので叩かれた状態でできた傷ではなく,鋭利な角のあるもの,先の細いものにより生じた傷であると考えられるが,前記特殊警棒の端が当たったら,角があるので傷害が生じる可能性があると推測した(甲3の3,5の4)。

(9)  特殊警棒は,材質はアルミ合金製,重さは399グラム,長さは収縮時43センチメートル,伸長時72.5センチメートル,直径は先端部17.9ミリメートル,根元部25ミリメートルであり,中程に鍔状のものが取り付けられている(乙3)。

2  争点・について

前記のとおり,原告の傷害は,その程度からすると,鋭利なものによってかなり激しい衝撃を受けたことにより生じたものと想像される。この点について,被告は,原告の負傷の原因として,特殊警棒が原告に当たったというよりは,原告が斜め前方にあった民家のブロック塀か,塀際にある電柱を支えるワイヤー線とこれを被覆する鋼鉄製筒状のカバーの鋭利な角に接触した可能性が強いと主張する。

他方,原告は,逮捕直後から一貫して,警察官に何かでたたかれたような気がしたと供述(甲3の7,5の1,原告本人)しており,また,同乗していたEも,警察官の側を通過する際に,棒が振り下ろされ,鈍い音がしたと供述(甲3の5,甲5の3)している。

ところで,本件交差点付近の状況をみると,証拠(甲3の5,甲7,8の1ないし7,乙1,4)によると,B警部補が特殊警棒を振り下ろしていた地点から前方約10メートル以上離れたところに,民家のブロック塀とその塀際に電柱を支える鋼鉄製筒状のカバーによって被覆されたワイヤー線が存在すること,上記ブロック塀等の材質は固いものの,形状はそれほど鋭利なものではないこと,本件車両は,歩道に乗り上げ,大きくバウンドして上記ブロック塀に当たりかけたが,上記ブロック塀等に激突したり,転倒したことはないことが認められる。

以上認定した事実によると,仮に,原告が上記ブロック塀に当たったとしても,それによって右第5指末節骨切断のような傷害が生じる程度の衝撃を受けたものとは考えられず,むしろ,原告の傷害の部位,程度,特殊警棒の形状等を考え合わせると,原告の傷害は,B警部補によって振り下ろされた特殊警棒が当たったことによって生じたものと推認される。

3  争点・について

(1)  警察官は,現行犯人を現認した場合には,速やかに,検挙または逮捕に当たるべき職責を有しているが(警察法2条,65条,刑事訴訟法212条,213条参照),現行犯逮捕をしようとする場合において,現行犯人から抵抗を受けたときは,その際の状況からみて社会通念上逮捕のために必要かつ相当であると認められる限度内の実力を行使することが許され,たとえその実力の行使が外形上は不法行為に該当しても,正当業務行為として違法性を阻却するものと解するのが相当である。

このような観点から,本件のように,警察官が道路交通の安全と秩序を無視して暴走行為を行う者を現行犯逮捕する場合に,必要かつ相当であると認められる実力行使の方法について検討する。

暴走行為を行う者を現行犯逮捕するためには,まず,疾走する車両を停止させ,その後に逮捕行為に着手する必要がある。したがって,警察官は,単に人を逮捕する場合以上に,犯人の生命,身体に対して危険を及ぼさないように配慮しつつ,自らに対する危険を回避する方法をとらなければならない。逮捕の方法は,状況によって異なるが,一般的には,警察官は,車両の前方に立ち塞がったり,停止灯を用いるなどして停止を命じることが考えられる。しかし,それだけでは逮捕の目的が達成されないばかりか,逮捕行為に危険が伴う状況にある場合には,必要に応じて警棒を使用して停止を求めたり,制圧することも,危険な暴走行為を行う者を逮捕するという事案の性質に鑑みると,相当な方法として認められるものと解される。

(2)  これを本件についてみるに,前記認定事実によると,原告は,信号無視や共同危険行為等の禁止に違反する行為を繰り返し,追跡していたパトカーから停止を命じられたが,これを無視して暴走行為を続け,追い詰められると,進路前方に停止させようとして立っているB警部補を認めたにもかかわらず,これを突破しようとして本件車両を進めたために,B警部補が本件車両を停止させて現行犯逮捕しようとして振った特殊警棒により右指の傷害を受けたことが認められる。

以上の事実関係をもとに検討すると,原告は,疾走する本件車両を前方にいるB警部補の方向に向かって進行させるという危険な方法で逃走しようとしたのであるから,B警部補が原告を現行犯逮捕する目的のもとに,本件車両を停止させようとして特殊警棒を使用することは,危険な暴走行為を行う者を逮捕するために,社会通念上必要かつ相当な限度内の行為であり,現行犯逮捕にともなう適法な実力行使と認められる。したがって,B警部補の行為は,正当な業務行為というべきであり,不幸にして原告に傷害を与えたとしても,違法性は阻却されるものである。

(3)  ところで,原告は,B警部補の行為は逮捕行為でないと主張する。しかし,前記認定のとおり,パトカーA3が原告らの共同危険行為等の禁止に違反する行為を現認して現行犯逮捕の要件に当たると判断し,パトカーA2に現行犯逮捕の協力を依頼し,それに基づいてB警部補が原告を現行犯逮捕するために本件車両を停止する措置をとろうとしたものであるから,B警部補の行為は,現行犯逮捕するために必要なものであったと認められる。

また,原告は,B警部補の行為が警察官職務執行法7条に違反すると主張するが,前記認定のように,B警部補は,本件車両を停止させるために特殊警棒を使用したものであり,ことさら原告を狙って攻撃したものではないから,特殊警棒を用法上の武器として使用したものといえず,したがって,同法7条に違反するものでもない。

4  以上によれば,原告の本件請求は,理由がないのでこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判官 村岡泰行)

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