徳島地方裁判所 平成14年(ワ)46号 判決 2004年5月18日
主文
1 原告らと被告らとの間において、別紙物件目録記載の不動産がいずれも別紙表示の被相続人の遺産であることを確認する。
2 原告らの被告丙川冬子に対するその余の主位的請求をいずれも棄却する。
3 被告丙川冬子は、原告らに対し、別紙物件目録記載1の土地について、別紙表示の被相続人への昭和28年11月27日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 主文第1項と同旨
2(1)(主位的請求)
被告丙川冬子(以下「被告冬子」という。)は、原告らに対し、別紙物件目録記載1の土地(以下「本件土地」という。)について、別紙表示の被相続人(以下「秋子」という。)への真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
(2)(予備的請求)
主文第3項と同旨
第2 事案の概要
本件は、秋子の共同相続人である原告らが、同じく秋子の共同相続人である被告らに対し、本件土地及び別紙物件目録記載2の建物(以下「本件建物」という。)がいずれも秋子の遺産であることの確認を求めるとともに、秋子の兄であり被告らの父である甲野二郎(以下「二郎」という。)の所有名義であった本件土地につき相続を原因とする所有権移転登記手続をした被告冬子に対し、主位的に本件土地は秋子が二郎名義で買い受けたものであると主張し、予備的に秋子は本件土地を時効取得したと主張して、本件土地につき秋子への所有権移転登記手続を求める事案である。
1 前提となる事実(当事者間に争いなし)
(1) 秋子は、平成13年3月5日死亡した。秋子の相続人は、秋子の兄二郎(昭和57年8月12日死亡)の子である被告冬子及び被告甲野四郎(以下「被告四郎」という。)、並びに秋子の姉乙山夏子(平成7年10月4日死亡。以下「夏子」という。)の子である原告らの4名である。
(2) 本件土地は、もと丁谷正男(以下「丁谷」という。)が所有していたところ、丁谷は、昭和28年11月27日、本件土地を代金4万2300円で売り渡した。本件土地には、次のア及びイの各所有権移転登記がされている。
ア 受年付月日 昭和28年11月27日
受付番号 第10059号
原因 昭和28年11月27日売買
所有者 二郎
イ 受付年月日 平成13年7月26日
受付番号 第16557号
原因 昭和57年8月12日相続
所有者 被告冬子
(3) 秋子は、昭和28年11月27日から20年以上の期間、本件土地に居住し、本件土地を占有した。
(4) 本件建物は、本件土地上に、昭和42年3月31日ころ建築された。本件建物には、秋子を所有者とする所有権保存登記(同年5月15日受付第10144号)がされている。
2 当事者の主張
(1) 原告らの主張
ア 本件土地は、秋子が、昭和28年11月27日、丁谷から買い受けたものである。二郎名義の所有権移転登記は、女性である秋子名義で登記すれば財産目的の男性につけ込まれることを恐れ、登記を兄である二郎名義にしたものに過ぎない。
仮にそうでないとしても、秋子は、昭和28年11月27日から昭和48年11月27日までの20年間、本件土地を占有した。原告らは、被告冬子に対し、平成15年11月4日の本件口頭弁論期日において、当該取得時効を援用する旨の意思表示をした。
イ 本件建物は、秋子が、昭和42年3月31日ころ、自費を投じて建築し、その所有権を原始取得したものである。
(2) 被告らの主張
ア 本件土地は、二郎が、昭和28年11月27日、丁谷から買い受けたものである。
秋子による本件土地の占有は、二郎との間の使用貸借契約に基づくもの(他主占有権原)であるうえ、次のような諸事情(他主占有事情)が存するから、所有の意思のない占有であり、取得時効は成立しない。
(ア) 貸借後しばらくは本件土地の固定資産税を二郎が支払い、その後賃料代わりに秋子が負担するようになったこと。
(イ) 電気料金及びNHKの受信料を二郎の子である被告冬子の名義で支払っていたこと。
(ウ) 土地区画整理に伴う清算金を二郎が受領していること。
(エ) 本件土地の権利証を二郎が所持し、秋子からは一度も引渡しや所有権移転登記手続を求められたことがないこと。
(オ) 本件建物の建築請負代金の一部を二郎が負担しており、住宅金融公庫の抵当権も本件土地には設定されていないこと。
(カ) 二郎の子である被告冬子が昭和42、3年ころ本件建物に居住し、平成6年ころから今日まで被告冬子夫婦が「へいかわ」(呉服店)の商号を掲げて本件建物を占有していること。
仮に取得時効が成立するとしても、原告ら自身が本件土地を占有したことはないから、原告らには取得時効を援用できる資格がない。
イ 本件建物は、二郎が建築請負代金の一部を支出したものであるから、二郎の所有であり、仮にそうでないとしても、二郎と秋子の共有である。
第3 当裁判所の判断
1 前記第2の1の事実のほか、証拠(甲1の1から6まで、甲5から10まで、甲12から15までの各1、2、甲17から20までの各1、2、甲22、甲23の1から5まで、甲24の1、2、甲25の1、2、甲34、甲36の1、2、甲38の1から4まで、甲39、甲44の1から5まで、甲45、甲46、甲56、乙1、乙4、乙5、乙6の1から6まで、乙7、乙11の1から3まで、乙12、乙13、乙15の1から7まで、乙16の1から13まで、乙20、乙21、乙23の1から3まで、乙24の1から4まで、乙27から30まで、乙32、原告乙山六郎、被告四郎)及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。
(1) 秋子は、甲野一郎(昭和28年3月5日死亡。以下「一郎」という。)・甲野花子(昭和43年4月21日死亡。以下「花子」という。)の三女として、大正6年3月17日に出生し、一郎、花子、同人らの長男二郎らとともに徳島県板野郡藍住町奥野の生家で暮らし、師範学校を卒業して小学校の代用教員として書道と裁縫を教えるなどしていたが、昭和22年4月に二郎と婚姻した同人の妻甲野春子(以下「春子」という。)との仲が良くなかったことなどから、昭和28年11月、徳島市佐古二番町所在の本件土地に単身転居した。当時、本件土地には木造平家建の古い建物(以下「旧建物」という。)があり、秋子は、実家からの米、野菜等の仕送りを受けながら、他方で、昭和12年ころに患ったリウマチのために手がやや不自由であったものの、自らミシンを使って縫製の内職をしたり、旧建物の一部をパーマ屋に賃貸したり、自らパーマ屋を営業したりして、生計を立てていた。昭和42年3月に旧建物の一部を壊し、鉄骨鉄筋コンクリート造2階建の本件建物に建て替えた後も、秋子は、自らパーマ屋を営業したり、本件建物の一部を自転車屋や寿司屋に賃貸するなどして、生計を立てていた。
(2) 本件土地についての二郎名義の登記済証は、二郎存命中は二郎が、二郎死亡後は春子が所持していた。
(3) 本件土地の固定資産税の納付通知は、当初、所有名義人である二郎に対して送付されていたが、昭和38年5月ころ、二郎は、本件土地につき、秋子を固定資産税の納税管理人と定め、これを徳島市長に申告した。以後、納付通知は秋子に対して送付されるようになり、秋子は、死亡する前年の平成12年まで、本件建物建築後は本件建物についての固定資産税と併せて、本件土地についての固定資産税を納付してきた。
(4) 秋子は、本件建物の建築に際し、本件建物に抵当権を設定して、住宅金融公庫から67万円を借り入れ、これを本件建物の建築工事代金347万6600円(追加工事を含む。)の支払の一部に充てた。同工事代金のうち72万6600円は、昭和42年12月ころ、建築請負業者であるこだま建設株式会社の請求により、二郎が支払った。上記借入金は、昭和60年5月に弁済を完了し、同年8月には上記抵当権の設定登記も抹消された。
(5) 秋子は、旧建物及び本件建物に設置したテレビについてのNHKの受信料を被告冬子名義で支払い、また、旧建物及び本件建物の電気料金については被告冬子名義と秋子名義の2口に分けて支払っていた。
(6) 被告冬子は、昭和43年から翌44年まで、本件建物を間借りし、そこから美容師の学校に通っていた。
(7) 昭和47年5月ころ、徳島都市計画復興土地区画整理事業の施行に伴う換地処分の清算金に関する通知書が、また、同年7月ころ、同清算金の交付に関する通知書が、いずれも本件土地の所有名義人である二郎のもとに届いた。
(8) 秋子は、遅くとも昭和51年ころから、株式会社香川銀行徳島支店等に預貯金を有するようになっていた。秋子死亡時の預貯金の残高は、合計で3000万円余りに及ぶ。
(9) 春子及び被告らは、二郎が昭和57年8月に死亡した後、遺産分割協議を行い、徳島県板野郡藍住町奥野字猪熊<番地略>の土地(二郎の自宅の敷地)ほか同所所在の土地については春子が、同町奥野字矢上前の土地(<番地略>ほか)については被告四郎がそれぞれ取得することとし、いずれも平成3年3月に、一郎の所有名義であった同町奥野字猪熊所在の土地については同人の子である夏子及び秋子の同意を得たうえで、それぞれ相続を原因とする所有権移転登記手続をした。その際、二郎名義の本件土地は、遺産分割協議の対象とされなかった。その後、被告四郎は、平成6年7月、取得した土地のうち自宅のある同町奥野字矢上前<番地略>の土地について、住宅金融公庫に対し、債権額1610万円の抵当権を設定し、また、春子は、平成12年9月、取得した同町奥野字猪熊所在の土地全部について、株式会社阿波銀行に対し、被告四郎を債務者とする極度額9700万円の根抵当権を設定した。
(10) 被告冬子の夫丙川三郎は、平成6年8月ころ、秋子から、本件建物を間借りし、以後同所を自己が経営する呉服店「へいかわ」の事務所として使用している。
2 本件土地について
(1) 原告らの主位的主張(売買)について
不動産登記簿上の所有名義人は、反証のない限り、当該不動産を所有するものと推定すべきであるから、本件土地についても、反証のない限り、二郎が丁谷から買い受けて所有権を取得したものと推定すべきである。
そこで、このような推定を覆すに足りる反証があったかどうかを検討すると、まず、原告らは、秋子の預貯金残高(前記1(8))などからして秋子は本件土地を購入するのに十分な資力を有していたと主張するが、本件土地購入以前の秋子の資力の程度を的確に認定するに足りる証拠はなく、秋子が本件土地購入の時点で既に十分な資力を有していたものとは認定できない。また、原告らは、秋子が本件土地の固定資産税を納付してきた事実(前記1(3))、二郎の遺産分割協議で本件土地が対象とされなかった事実(前記1(9))などからすれば秋子が本件土地の買受人であったことが推認される旨を主張するが、これらの事実は、本件土地の所有者が二郎でなく秋子であったことを推認するのに資する事実ではあっても、原告らが主位的に主張する所有権取得原因事実、すなわち、秋子が丁谷との問の売買によって本件土地の所有権を取得したという事実までをも推認させるものではない(後記(2)アのとおり、二郎からの贈与によって所有権を取得したという可能性も考えられる。)。その他、上記の推定を覆すに足りる事実は認められない。
したがって、原告らの主位的主張(売買)は理由がない。
(2) 原告らの予備的主張(取得時効)について
ア 占有者は、反証のない限り、所有の意思で占有するものと推定される(民法186条1項)から、本件土地についても、反証のない限り、秋子は所有の意思をもってこれを占有していたものと推定される。そして、所有の意思は、占有者の内心の意思によってではなく、占有取得の原因である権原又は占有に関する事情により外形的客観的に定められるべきものであるから、占有者がその性質上所有の意思のないものとされる権原(他主占有権原)に基づき占有を取得した事実が証明されるか、又は外形的客観的にみて占有者が他人の所有権を排斥して占有する意思を有していなかったものと解される事情(他主占有事情)が証明されて初めて、その所有の意思を否定することができるものというべきである。
これを本件についてみると、まず、他主占有権原について、被告らは、秋子の占有は二郎との間の使用貸借契約に基づくものであると主張し、被告らの母春子の陳述書(乙4)の中にもこれに沿う記載があるが、秋子が本件土地に転居するに至った事情(前記1(1))等に照らせば、兄である二郎が本件土地を丁谷から購入し、これを妹である秋子に贈与したという可能性も十分に考えられるから、客観的な裏付けのない上記春子の陳述内容を直ちに真実のものとして採用することはできず、ほかに被告らの上記主張事実を認めるに足りる証拠はない。
また、他主占有事情について、被告らは、秋子が本件土地の固定資産税を賃料代わりに負担していたという事情を指摘し、上記春子の陳述書の中にも秋子がそのような趣旨の発言をした旨の記載があるが、ほかにこれを裏付けるに足りる証拠はなく、直ちに採用することはできない。被告らが指摘するその他の事情も、秋子を真の所有者と仮定したときにこれと明らかに矛盾する事情であるとはいえず、ほかに外形的客観的にみて秋子が二郎の所有権を排斥して本件土地を占有する意思を有していなかったものと解されるほどの事情は認められない。
したがって、秋子は所有の意思をもって本件土地を占有していたものと認められる。
イ 占有者は、反証のない限り、平穏かつ公然に占有するものと推定される(民法186条1項)から、本件土地についても、反証のない限り、秋子は平穏かつ公然にこれを占有していたものと推定されるところ、この推定を覆すに足りる事実は認められない。
したがって、秋子は平穏かつ公然に本件土地を占有していたものと認められる。
ウ 時効の援用に関し、被告らは、本件土地を自ら占有したことのない原告らには時効援用の資格がないと主張するが、自ら目的物を占有したかどうかは取得時効援用の要件とは関係がないから、このような主張は理由がない。
原告らは、秋子自身の時効援用権を相続人としての立場で行使するものと解することができ、また、秋子の遺産確認ないし秋子への所有権移転登記手続を求める限度における時効援用権の行使は、保存行為(民法252条ただし書)として各共同相続人が単独で行うことができるものと解される。
エ 以上によれば、原告らの予備的主張(取得時効)は理由がある。
3 本件建物について
不動産登記簿上の所有名義人は、反証のない限り、当該不動産を所有するものと推定すべきであるから、本件建物についても、反証のない限り、秋子が新築建物の所有権を原始取得したものと推定すべきである。
そこで、このような推定を覆すに足りる反証があったかどうかを検討すると、前判示(前記1(4))のとおり、二郎が本件建物の建築工事代金の一部を負担した事実は認められるものの、これのみから直ちに二郎が本件建物の所有権又は共有持分を取得したということはできず、ほかに上記の推定を覆すに足りる事実は認められない。
したがって、秋子は本件建物の所有権を原始取得したものと認められるから、原告らの主張は理由がある。
第4 結論
以上の次第で、原告らの請求のうち、遺産確認の請求はいずれも理由があるから認容し、被告冬子に対し所有権移転登記手続を求める主位的請求はいずれも理由がないから棄却し、同予備的請求はいずれも理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法61条、 64条ただし書を適用して、主文のとおり判決する。
別紙
被相続人の表示<省略>
物件目録<省略>