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徳島地方裁判所 平成15年(ワ)123号 判決 2006年4月14日

原告

同訴訟代理人弁護士

上地大三郎

被告

医療法人Y1

同代表者理事長

A1

同訴訟代理人弁護士

後藤田芳志

被告

徳島県

同代表者知事

飯泉嘉門

同訴訟代理人弁護士

田中達也

主文

1  被告医療法人Y1は、原告に対し、金55万円及びこれに対する平成12年3月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、原告及び被告医療法人Y1に生じた費用の200分の1を被告医療法人Y1の負担とし、原告及び被告医療法人Y1に生じたその余の費用並びに被告徳島県に生じた費用を原告の負担とする。

4  この判決は、1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第3 当裁判所の判断

1  認定事実

前記争いのない事実等並びに〔証拠略〕及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1)  当事者等

ア  原告は、昭和○年○月○日、A2(以下「原告父」という。)とA3(以下「原告母」という。)との間に出生した男性である。

イ  被告Y1等

(ア) 被告Y1は、県知事から法19条の8に基づき指定病院(都道府県が設置する精神病院に代わる施設)に指定されているa病院を開設する医療法人である。a病院は、1病棟(女性病棟)、2病棟(男子急性期閉鎖病棟)、3病棟(老人病棟)及び5病棟(男子慢性期病棟)から構成され、東西の2階建ての建物である本館の1階に1病棟と保護室、2階の東側に5病棟、西側に2病棟があり、本館の北側に渡り廊下でつながっている3病棟があり、3病棟1階には渡り廊下付近にナースステーションが設けられている(〔証拠略〕)。

(イ) A4(以下「A4元院長」という。)は、平成12年当時の被告Y1の代表者兼a病院の院長で、法に基づく精神保健指定医(以下「指定医」という。)であり、その子であるA5は、現在の被告Y1の代表者兼a病院の院長をしている医師である。A6(以下「A6事務長」という。)は、平成12年当時、a病院の事務長であった。

(ウ) A7(以下「A7婦長」という。)は、平成4年3月21日からa病院に勤務する看護師であり、平成7年に婦長となり、平成11年3月21日に3病棟から5病棟に異動となり、平成12年3月21日に5病棟から1病棟に異動となった。A8看護師は、平成3年3月からa病院に准看護師として勤務しており、平成9年9月当時、2病棟に勤務し、平成10年に看護師の資格を取得した後、同病棟の主任となり、平成11年9月21日に5病棟の主任となり、平成17年6月1日に解雇された。A9看護師は、平成12年3月以前から、a病院に勤務していた看護師である。A10看護師は、平成12年3月以前から、a病院に勤務していた准看護師である。A11(以下「A11准看護師」という。)は、昭和56年からa病院に勤務している准看護師である。

(エ) A12は、平成8年5月から、a病院にパート従業員として厨房で勤務し、平成9年4月から、同病院3病棟で看護助手として勤務し、平成11年4月から、同棟で准看護師として勤務した後、平成12年2月20日、a病院を退職した。

ウ  県知事は、法に基づき、精神病院の管理者に対して、報告等を求め(38条の6)、改善等を命じる(38条の7)などの権限を有しており、被告県は、法に基づく事務を担当する保健福祉部健康増進課を設置していた。

A13(以下「A13課長補佐」という。)は、平成11年4月1日から平成13年3月31日までの間、同課課長補佐兼係長(精神保健福祉担当)の職にあった。

(2)  本件事故に至る経緯等(〔証拠略〕)

ア  a病院への入院まで

原告は、中学校在学中まで、主としてひきつけ等により、大学病院(神経小児科)に通院していた。原告は、高校卒業後、警備会社等に勤務するなどしていたものの、金銭感覚に乏しく、感情の起伏が激しいところなどもみられ、平成9年2月ころ、自宅で生活していた際も原告父が原告の消費者金融のカードを発見し、これを取り上げたことをきっかけとして、急に暴れ出す状態になった。原告の両親は、その居住する地域の民生委員に相談した上、a病院に自宅まで原告を迎えに来てもらって入院させることにした。a病院の指定医であるA14医師は、A6事務長及び看護師と共に、同月22日、原告の自宅に車で原告を迎えに行き、自宅にいた原告を車に乗せようとしたところ、原告が急に暴れ出し、逃げ出そうとしたので、原告を強制的に車に乗せ、原告が暴言を吐くなどしていたものの、a病院に連れて行き、原告を統合失調症(精神分裂病)と診断し、同病院の2病棟に原告を入院(法における任意入院)させた。

イ  入院後から5病棟への転棟まで

(ア) 原告は、a病院の2病棟に入院した平成9年2月22日、不穏状態となり、A14医師の指示により、別紙2保護室収容状況一覧表の番号1欄記載のとおり、保護室に収容された。原告は、保護室を退出した後、2病棟の病室に入室したものの、同月26日、原告父と面会した際、興奮状態となり、原告父を蹴るなどしたため、A14医師の指示により、別紙2保護室収容状況一覧表の番号2欄記載のとおり、再び保護室に収容された。

(イ) その後、原告は、1か月に1、2回程度、a病院を訪れた原告母と面会して話をしたり、電話をかけたり、電話を受けたりし、その際には、早く同病院を退院したい、外出したいと訴えるなどしていたほか、看護師に対し、外出や外泊をしたいと訴えていた。原告母は、平成9年7月25日には、同病院の看護師に対し、原告が外出や外泊をすることにいまだ自信が持てないので、原告に対して外出や外泊を希望するのを控えるように言ってほしいと依頼した。原告は、同病院での入院期間中、一度も外泊や外出をしたことがなかった。

(ウ) 原告は、a病院の2病棟に入院している際、同病院の指示を受け、シーツ係として、1週間に3回、1回当たり数十分程度、シーツの運搬等の作業に従事していた。

(エ) 原告は、平成9年3月には、1病棟の女性入院患者につきまとって、看護師に注意されたことがあったほか、親しくなった他の女性入院患者の体を触ったことなどを理由に、厳重に注意を受け、A14医師の指示により、別紙2保護室収容状況一覧表の番号3ないし5各記載のとおり、保護室に収容された。原告は、平成10年1月7日には、他の患者とマンガ本の件でけんかとなり、同患者から一方的にたたかれることがあり、A8看護師は、原告及び同患者に対し、巌重に注意した。

(オ) 原告は、平成10年7月22日、法45条に基づき、障害等級1級(精神障害の状態が日常生活の用に弁ずることを不能ならしめる程度のもの)の精神障害者保健福祉手帳(〔証拠略〕)の交付を受けた。

(カ) 原告は、平成11年3月8日、2病棟から5病棟に転棟となった。

ウ  5病棟への転棟後

(ア) 原告は、5病棟に転棟後、平成11年3月18日に他の入院患者A15と激しい口論となり、同年5月1日に他の入院患者ら(A16、A17)をどなったり、同月19日に他の入院患者A18のベッドのところに行き、殴る真似や蹴る真似をしたり、同月25日に他の入院患者A16と口論となったり、同年6月2日に女性入院患者A19とキスをしたり、同月9日に女性入院患者A19に抱き付いたり、同月19日に女性入院患者A19にキスをしたりしたため、その都度、看護師らから厳重に注意を受けるなどしていた。A7婦長は、同年3月21日に5病棟に異動後、原告の上記のような行動について、原告に対し、継続的に根気強く指導するなどした。

(イ) 原告は、平成11年6月28日午前11時15分ころ、女性入院患者A19にキスをしていたため、看護師に注意された上、A4元院長の指示により、別紙2保護室収容状況一覧表の番号6欄記載のとおり、保護室に収容された。

(ウ) 原告は、平成11年7月27日午後2時30分ころ、保護室に入室中の他の女性入院患者A20と会話をし、看護師に注意されたにもかかわらず、これを聞き入れなかったため、A4元院長の指示により、別紙2保護室収容状況一覧表の番号7欄記載のとおり、保護室に収容された。原告は、同年8月2日、保護室を退室後に、他の入院患者にタバコをもらって喫煙をしていたため、A7婦長から注意された上、医師の指示により、女性入院患者と話をしないことなどを誓った誓約書を作成した。

(エ) 原告は、平成11年8月9日以降、女性入院患者につきまとって話をしたり、喫煙をしたりし、看護師から注意されたにもかかわらず、これを聞き入れなかったことなどから、A8看護師は、同月12日午前9時30分ころ、右手で原告の左前頭部を殴打し、その際、親指の爪がひっかかって、原告の頭部に傷ができて出血した。A8看護師及び同看護師の上記暴力行為を目撃したA7婦長は、いずれも上記暴力行為のことを看護記録に記載せず、医師等にも報告しなかった(なお、A8看護師は、本件訴訟の係属中に、上記暴力行為を認めるに至り、これを理由に平成17年6月1日に被告Y1を解雇された。)。原告は、同日、a病院の指定医A21の指示により、別紙2保護室収容状況一覧表の番号8欄記載のとおり、保護室に収容された。原告は、同月18日、保護室を退室後、他の入院患者A22のところに行き、ラーメンとタバコを交換するよう迫って同患者を困らせ、同患者と口論となるなどし、看護師から、タバコを中止されている期間中に喫煙すると中止の期間が延びることの説明を受けた上、物とタバコを交換しないよう注意を受けるなどしたものの、これを聞き入れなかった。

(オ) 原告は、平成11年8月20日に他の入院患者との間で物とタバコとを交換したり、同月27日に女性入院患者A23に物を与えたり、同月31日に女性入院患者A23に体を密着させたり、同年9月2日に女性入院患者A23につきまとったりしたため、その都度、A7婦長らから厳重に注意された。原告は、同月11日午後9時ころ、タバコとライターを所持するなどしていたため、看護師は、原告に対し、注意をした上、指定医ではない当直医の指示を仰いで、別紙2保護室収容状況一覧表の番号9欄記載のとおり、原告を保護室に収容し、A4元院長は、同月13日になって、原告を診察した。原告は、保護室に収容されていた同月12日深夜には、ズボンのベルトの金具で右手首を擦るという自傷行為に及んで、右手首を裂傷し、少量の出血をしたことがあったほか、同月16日には、原告母と面会し、保護室から早く出たいと訴えるなどし、原告母から、早く出たいのであればしっかりするようにとたしなめられるなどした。

(カ) 原告は、平成11年9月20日の夜間消灯後、他の入院患者のところに行き、同年10月11日の夜間消灯後、他室に行き、他の入院患者A24との間で、原告が毎晩のように他室に来ることを発端として口論となり、同月13日の夜間消灯後等に、他の入院患者A25と部屋で話をしていたため、別の入院患者A26から苦情が出る事態となり、A7婦長やA8看護師らから注意されたにもかかわらず、これを聞き入れなかった。原告は、同月22日の夜間、何度も看護師の詰所に行き、タバコがもっとほしいと執拗に訴えるなどしたため、看護師は、A4元院長の指示を受けた上、別紙2保護室収容状況一覧表の番号10欄記載のとおり、保護室に収容した。原告は、保護室を退出する際、医師の指示により、共同生活をしていく上で決め事を守ることを約束した上、タバコの本数のことを言ったことを謝るとともに、今後約束を守れない場合には、保護室に入る旨の反省文を作成した。

(キ) 原告は、平成11年10月31日、昼食を取りに来ないで部屋で話をしていて、看護師に厳重に注意され、同年11月13日、原告母と面会した際には、無駄遣いをしないよう細かく注意された。原告は、同月22日午前9時ころ、昨夜消灯後に、他室の入院患者A27のところに行き、食物をしつこくねだったため、別の入院患者A22と口論なったことや、他の入院患者A15と交換したタバコを所持していたことについて、A8看護師に注意された上、A4元院長の指示により、別紙2保護室収容状況一覧表の番号11欄記載のとおり、保護室に収容された。原告は、同月26日、医師の指示により、今後、他の患者に物をもらいに行かないこと、物の交換を止めること、消灯後に他室に行かないことを誓約し、保護室に収容されるときには嫌がらずにおとなしく入ることを誓約する旨の反省文を書いた。原告は、保護室を退室した後、ずっと特定の入院患者A28と将棋ばかりして、同患者を困らせていたことを注意されたことに腹を立てて、他の入院患者らと口論となり、看護師に注意された。

(ク) 原告は、平成11年12月2日、消灯時間後の午後10時ころ、廊下において、ラジカセでラジオを聞くなどして、看護師に注意され、ラジカセを取り上げられたことから、看護師に対し、しつこくラジカセを返すよう訴え、看護師の注意を聞き入れなかった。このため、看護師は、当直の医師の指示を仰いだ上、別紙2保護室収容状況一覧表の番号12欄記載のとおり、原告を保護室に収容し、A4元院長は、保護室への収容後、原告を診察した。

(ケ) 原告は、平成11年12月28日午後8時40分ころ、他室の入院患者のところに行き、食物を欲しがり、勝手に取って行くなどして、他の入院患者から苦情が出る事態となり、看護師に問いただされても、反省することなく、言い訳ばかりしていた。このため、看護師は、当直の医師の指示を仰いだ上、別紙2保護室収容状況一覧表の番号13欄記載のとおり、原告を保護室に収容し、A4元院長は、保護室への収容後、原告を診察した。

(コ) 原告は、平成12年1月4日、他の入院患者A29のベッドの上で別の入院患者A15と碁をしていて、苦情が出る事態となり、その後、昼食の配膳が始まったにもかかわらず、マンガを読んでいたり、同月29日、女性入院患者A30の肩に腕を回し、体を密着させて話をしたりして、その都度、A7婦長に注意されるなどしていた。原告は、A4元院長らから、再び約束を守れなかった場合には、保護室に7か月間収容するなどと言われており、同月31日、A4元院長の指示により、女性入院患者の部屋には行かないことなどを約束し、同約束を守れなかった場合には保護室に7か月間収容されることなどを誓約した書面を作成した。A7婦長は、同年2月4日、原告母から原告に対して電話があった際に、原告母に対し、女性入院患者とべたべたしていることなどの原告の最近の生活状況のほか、院内のルールを守ることができない場合には保護室に7か月間収容されることなどを誓った書面を書いていることなどを告げると、原告母は、A7婦長に対し、原告に理解させるために、しばらくの間、原告との面会を控えることなどを告げた。

(サ) a病院においては、原告らが将棋をする時間を守らなかったことから、平成12年1月ころ、一時的に、将棋をする場所を2階の部屋(デイルーム)から3階の部屋(レクリエーション室)に変更するとともに、将棋の時間を日中に限定するなどした。このため、原告は、他の入院患者(A31、A32)によって、原告のせいで将棋ができなくなったという内容を記載した段ボールで作ったプラカードのようなものを首にぶら下げさせられたことがあった。原告は、同年2月9日、他の入院患者A31から、原告のせいで将棋が制限されたことを理由に土下座をさせられており、これを知ったA8看護師は、その理由を確認した上、他の入院患者A31に対し、口頭で注意するとともに、作業時間中であったのに、原告が将棋の本を2冊所持していたため、これらを預かった(なお、この本は、現在も原告に返還されていない。)。

(シ) 原告は、平成12年2月12日早朝、就寝中の他の入院患者A33を起こしたため、A8看護師は、原告に対し、厳重に注意し、同月14日にも、原告が他の患者に何度も迷惑行動をし、注意されても改善が見られないので、原告の同意を得た上、原告を丸坊主に散髪し、指導した。原告は、同日、A9看護師あてに、原告のせいで将棋ができなくなり、他の人院患者に土下座をして謝ったこと、今後迷惑をかけないよう心掛けること、時間外に将棋をしないことを約束するととともに、これらの約束を守らなかった場合には、保護室に収容されることを約束する旨の書面を作成した。

(ス) 原告は、平成12年2月21日、同室の就寝中の他の入院患者A34のところに行き、ふざけて顔に布団をかけるなどしていたことから、看護師によって、同日午後0時20分から午後3時30分まで、一時的に保護室で反省を促された。原告は、同月27日午後4時ころ、トイレで喫煙していたため、A4元院長の指示により、別紙2保護室収容状況一覧表の番号14欄記載のとおり、原告を保護室に収容した。

(セ) 原告は、平成12年3月10日ころ、他の入院患者から胸部等を殴打されるなどし、a病院の看護師は、同月11日、その報告を受け、原告に対し、湿布をはるなどした。原告は、同月13日、原告母と面会した際、他の入院患者から理由なく暴力を加えられたことなどを告げた。

(ソ) a病院の他の入院患者A35が平成11年2月4日に同病院から脱走しようとした際に負傷し、県立中央病院に転院した後、再度同病院に入院したことがあり、原告は、平成12年3月中旬ころまでには、上記患者からa病院から脱走したことや、県立中央病院の入院生活の様子等を聞いていた。

(タ) a病院の他の入院患者が平成12年3月14日に原告を看護師のところに連れて行き、看護師に対し、原告が喫煙していた旨報告したため、看護師は、原告に確認したところ、原告がこれを否定するなどしたため、原告の言うことを信じることにし、自室に帰るように指示した。原告は、同月17日午後0時ころ、他の入院患者との間で物とタバコとを交換し、A7婦長に問いただされたのに対し、これを隠すなどしたため、注意を受けた上、A4元院長の指示により、別紙2保護室収容状況一覧表の番号15欄記載のとおり、保護室に収容された。原告は、同月26日に診察した医師に対し、反省文を書くので、保護室から出たいなどと述べた。

(チ) A8看護師は、原告が他の入院患者に対して迷惑な行動をとった場合や院内の規則を守ることができなかった場合には、原告と話し合うなど、原告に対し、指導してきており、原告が同年3月27日に保護室を退室した際にも、約30分間、原告と話し合い、原告に対し、注意されたことを繰り返さないよう厳重に注意した。

(ツ) A7婦長は、原告が保護室に収容されていた期間中の平成12年3月21日、5病棟から1病棟に異動となった。

(テ) 原告は、5病棟転棟後も、看護師らの指示を受け、シーツ係として、1週間に3回、1回当たり数十分程度、シーツの運搬等の作業に従事していたものの、平成12年ころ、原告に迷惑行動等が多くみられたため、A7婦長の指示により、上記作業に従事することを止めさせられた。

(ト) 原告は、保護室に収容されている期間中、保護室内や診察室において、医師の診察を受けるなどしていたものの、医師の診察を受けていない日があったほか、シーツの運搬等の作業に従事したこともあった。

(ナ) 原告は、5病棟転棟後も、1か月に1回程度、原告母と詰所で面会したり、原告母から電話を受けたりしており、その際には、原告は、原告母から食料等の日常品を差し入れてもらったり、原告母に女性入院患者のことを話したりしていた。原告母は、原告から日常生活について話を聞いたり、看護師から原告の生活状況を聞いたりしたほか、原告に対し、金銭の使用状況について注意したり、院内の約束を守るように指導したりしており、看護師に対しても、原告に金員をなるべく使わせないように指導するよう依頼していた。原告母は、平成12年2月10日には、同病院を訪れたものの、原告と面会せずに帰ろうとし、医師に指示されて、原告と面会するということがあった。

エ  a病院における処遇等

(ア) a病院においては、入院患者に対し、特段の治療計画等を立てることなく、厨房内で食事の準備や食器洗い等の作業や、寝たきりの入院患者のおむつ替えの手伝いなどの作業に従事させていたほか、衣類の洗濯、食事の運搬、入浴の介助、シーツの運搬や整理、同病院近くの畑でのさつまいもの栽培等の外作業に従事させていた。a病院は、上記のような作業をした入院患者に対し、牛乳1パックを支給するだけであり、報酬等を支給していなかった。a病院は、徳島市農業協同組合川内支所に、上記の収穫したさつまいもを出荷し、平成11年には、69万0924円を得るなどしていた(〔証拠略〕)。

(イ) a病院においては、原告が同病院に入院していた当時、現金を入れてかける公衆電話について、2病棟及び5病棟がある本館2階の鉄の扉で仕切られたところに設置しており(〔証拠略〕)、その扉は24時間開いているわけではなかった。a病院は、閉鎖病棟の入院患者の現金等を管理していたため、同入院患者が外部に電話をかけたいときには、看護師らに対し、その希望を伝える必要があった。医師や看護師らは、入院患者によっては、電話代を使いすぎないよう説得する場合や、電話によって症状の悪化が予想されるときに電話をかけることを制限する場合があった。看護師らは、入院患者が現金を手元に置いたり、他の患者に現金を与えたりしないようにするため、入院患者の現金を管理した上で、入院患者が電話するときに、同人の小銭を持参して、入院患者と一緒に公衆電話のところまで行き、公衆電話に小銭を入れるなどした上、入院患者が電話をしている間、その付近にいて、会話内容を確認し、看護記録等に記録することがあった。

(ウ) a病院においては、入院患者が信書を出す場合、看護師らが入院患者から信書を預かって事務所に持って行く取扱いになっていた。看護師らは、その際には、看護師の立会いの下、患者に開封してもらって封書内の異物の有無について確認していた上、宛名や宛先の文字が判読不能な場合には、患者に確認をし、書き直してもらうことがあったほか、看護師らにおいて、患者から信書の内容の確認を求められるなどしたために信書の内容を確認する場合があった。患者に対して届いた信書については、看護師らの前で、患者に封を切らせて、手紙以外のものが同封されていないか否かについて確認することがあった。

(エ) a病院においては、その病棟内では、基本的に看護師らの詰所において、入院患者とその家族とが面会することになっており、その際には、看護師らが詰所から席を外すようなことはなく、看護師らにおいて、面会の内容を聞いており、看護記録等に記録しておくことがあった。入院患者によっては、詰所以外の場所で、看護師らの立会いなく、その家族と面会する場合もあった。

(オ) a病院においては、原則として、入院患者が不穏状態に陥るなどした場合には、指定医である主治医に連絡をし、入院患者の報告をし、保護室への収容が必要と想定される場合には、主治医が入院患者を診察した上で保護室に収容しており、夜間であっても、同様であり、主治医に連絡がつかない場合には、当直医の指示によって、保護室に収容し、収容後に指定医が診察する取扱いとしていた。

(3)  本件事故の発生と本件事故後の経過

ア  a病院の5病棟は、それまで病室の窓に鉄格子を設けることによって、窓から外に出ることが不可能な仕様となっていたのを、平成12年3月、鉄格子を除去して窓ガラスを強化ガラスに取り替える工事をし、同工事は、同月28日に終了した。

イ  A11准看護師は、本件事故の前日である平成12年3月29日夜間から、a病院において、当直勤務をしており、同日午後9時、原告が他の入院患者と雑談をしていたため、入眠を促した。A11准看護師は、同日午後10時、午後11時、翌30日午前0時、午前1時30分、午前3時及び午前4時30分、5病棟(本館2階西側)の原告の病室(512号室)を巡回し、その際には、原告がベッドで寝ている様子であった。

ウ  原告は、平成12年3月30日午前6時ころまでに、その病室(512号室)の窓を開けようとしたところ、たまたま窓からサッシが外れてこじ開けることができたため、とっさに脱走しようと考え、外のベランダに出て、東側に行き、本館と3病棟との間にある浴室建物の西側付近まで行って、約1メートルの高さの廊下の手すりを乗り越えた上、約4メートル下のコンクリート地面である本件現場(浴室建物西側付近であり、3病棟のナースステーションから約20メートルの距離にある。)に飛び降りた結果、その場に転倒し、うずくまって動けなくなった(本件事故。〔証拠略〕)。徳島県の同日の気温は、同日午前1時が9.8度、午後6時が9.2度であった(〔証拠略〕)。

エ  A11准看護師らは、平成12年3月30日午前6時ころ、他の患者から、原告がいないとの通報を受けたため、a病院内において、原告の所在を探し、同日午前6時30分ころ、本件現場において、うずくまっていた原告を発見した。A11准看護師らは、原告をストレッチャーに乗せて3病棟に搬送し、その際、原告は、痛みや足が動かないことや、悪寒を訴えていた。A11准看護師らが原告のバイタルサインを確認したところ、体温が38.8度、血圧が145/83、脈拍が96であった。A4元院長は、原告を診察した上、原告に対し、ボルタレン座薬を投与するなどした。原告は、同日午前7時30分ころ、牛乳を飲んだ。A11准看護師は、原告父に対し、本件事故について連絡をした。

オ  A4元院長は、平成12年3月30日午前9時ころ、整形外科病院であるb病院に原告の治療等を依頼し、A4元院長の指示を受けたa病院の看護師2名は、同日午前10時ころ、原告をb病院に搬送し、原告は、同病院において、診察等を受け、第1腰椎の骨折があったことなどから、同日午後1時5分ころ、県立中央病院に搬送され、入院し、第1腰椎粉砕骨折、両下肢不全麻痺、右踵骨骨折及び左足関節骨折と診断され、同日午後9時42分ころ、手術を受けた後、リハビリテーションをし、平成13年3月3日、県立中央病院を退院した(〔証拠略〕)。

カ  原告は、平成13年3月7日から平成14年4月30日まで(通院実日数25日)、香川県身体障害者総合リハビリテーションセンター・身体障害者医療センター(高松市田村町〔番地略〕)に通院し、第1腰椎粉砕骨折、不全対麻痺、神経因性膀胱、心因反応及び尿道損傷の治療を受けた(〔証拠略〕)。

キ  原告は、平成13年3月19日から平成14年5月1日まで(通院実日数19日)、香川県立中央病院(高松市番町〔番地略〕)に通院し、平成13年4月3日から同月6日まで、同病院に入院し、脊髄損傷、神経因性膀胱、膀胱炎等の治療を受けた(〔証拠略〕)。

(4)  被告県による実地指導の状況

ア  被告県(保健福祉部健康増進課)は、法38条の6及び旧厚生省通知<2>(〔証拠略〕)に基づき、徳島県内の精神病院に対し、秋ころに前期として、徳島県内の約半数の病院を対象とし、病院の構造設備、医療従事者の状況、入院手続の状況、入院患者の処遇状況等について調査や指導をし、翌年1月から3月ころに後期として、徳島県内の全病院を対象とし、精神保健指定医を同行し、措置入院患者の全員と任意入院患者等のうち必要と認めた者について同指定医が診察した上、前期に未実施の病院について調査し、前期実施済みの病院については改善状況の確認をするなどの実地指導を実施していた。被告県は、実地指導を実施する際には、精神病院に対し、事前に実地指導日を告知し、実地指導調査票を送付しておき、実地指導日に同病院から必要事項を記入した同調査票を提出してもらった上、調査をし、指摘事項、指示事項、改善状況等を確認して、指摘事項については、精神病院に対し、改めて書面により通知するなどしていた。

イ  被告県(保健福祉部健康増進課)によるa病院に対する実地指導の経過等については、以下のほか、別紙1実施指導経過等一覧表記載のとおりである(〔証拠略〕)。

(ア) 被告県(保健福祉部健康増進課)は、平成9年1月8日、平成10年1月13日及び同年9月21日、a病院に対し、実地指導(定期)をし、別紙1実施指導経過等一覧表の番号1ないし3記載のとおり、慢性的な超過収容状態であるので、これを解消することや、院内作業における収入金について患者に還元することや、保護室を使用する場合の診察回数や診療録への記載方法等について、指摘や指示をしていた。

(イ) 被告県(保健福祉部健康増進課)は、平成11年8月20日、匿名の女性A12から、a病院において、患者に、おむつ替えの手伝い、清掃、朝食の準備等をさせているので、被告県において指導してほしいとの電話を受けた。このため、A13課長補佐は、同月30日、a病院を訪問し、別紙1実施指導経過等一覧表の番号6記載のとおり、A4元院長とA6事務長から事情を聴取し、同院長らは、入院患者におむつ替え等をさせていることを認めたので、A13課長補佐は、同院長らに対し、おむつ替え等をさせないよう口頭で指導した。

(ウ) 被告県(保健福祉部健康増進課)は、平成11年9月14日、a病院の職員であると名乗る女性A12から、a病院において、患者におむつ替えの手伝いをさせていることについては改善されておらず、患者が電話をすることも制限されているとの内容の電話を受けた。

(エ) 被告県(保健福祉部健康増進課)は、平成11年10月5日、a病院に対し、実地指導(定期)を実施し、別紙1実施指導経過等一覧表の番号8記載のとおり、指摘をしたほか、入院患者におむつ替えの手伝いをさせていることについて、同年8月30日に指導したにもかかわらず、改善されていなかったので、口頭で厳重に注意し、入院患者の電話についても、必要以上の制限が行われないように徹底するよう指導をした。

(オ) 被告県(保健福祉部健康増進課)は、旧厚生省精神保健福祉課から、a病院の患者の家族と名乗る女性から、a病院において、被告県による実地指導後も、入院患者におむつ替えの手伝いをさせているとの報告があったという内容の電話を受けた。このため、A13課長補佐は、直ちに、a病院に電話をし、A6事務長から、各病棟には入院患者におむつ替えの手伝いをさせないよう指示してあったとの報告を受けたため、同事務長に対し、再度事実を確認するよう求め、入院患者におむつ替えの手伝いをさせないよう指導した。被告県は、A6事務長から、翌13日、実地指導以後におむつ替えの事実はないとの報告を受けたことから、旧厚生省精神保健福祉課に対し、その旨連絡した。

(カ) 被告県(保健福祉部健康増進課)は、平成11年10月14日、a病院に対し、同月5日実施の実地指導の結果について通知し、同月末に改善結果の報告を受けた。

(キ) 被告県(保健福祉部健康増進課)は、平成11年12月8日、匿名の女性A12から、a病院において、おむつ替えの手伝いについては改善されたものの、電話や手紙の制限があるので指導してほしいとの電話を受けた上、翌9日には、旧厚生省精神保健福祉課から、a病院における人権侵害を調査し、その結果を報告するよう指示があったので、同月24日に実地指導(特別)を実施することとした。

(ケ) 被告県(保健福祉部健康増進課)は、平成11年12月24日、a病院に対し、実地指導(特別)を実施し、別紙1実施指導経過等一覧表の番号13のとおり、調査や指導等をした。被告県は、実地指導の際、A4元院長とA6事務長から事情聴取をした後、各病棟において、看護従事者や患者から事情を聴取したほか、関係書類を検討するなどして調査した。その結果、被告県は、おむつ替えの手伝い等については確認することができず、通信や面会の自由についても、必要以上の制限がされているとの確証は得られなかったものの、電話機の設置場所について適当な場所への設置等を求めるとともに、電話、信書、面会に必要以上の制限がされることがないよう周知徹底を図るよう指導した。被告県は、同月27日、旧厚生省に対し、上記調査の結果を報告した。

(コ) 被告県(保健福祉部健康増進課)は、A13課長補佐ほか2名と精神保健指定医によって、平成12年2月4日、a病院に対し、実地指導(定期)を実施し、同指定医が措置入院患者等について診察をするとともに、前回の実地指導における指摘事項等の改善状況を確認し、その結果、同病院の職員に対する実施指導の結果の周知が不十分であったため、その周知について口頭で指導したほか、別紙1実施指導経過等一覧表の番号15の指摘事項欄記載のとおり、指摘等をしたほか、同年3月31日、同改善状況欄記載の事項について、改善状況の報告を求めた。

(サ) 被告県(保健福祉部健康増進課)は、平成12年5月2日、a病院から本件事故について事故報告書の提出を受け、同月9日に、a病院に対する調査をした上、同月26日、同病院に対し、入院患者の人権に十分配慮するとともに、院内事故の防止に万全を尽くすよう通知した。

(シ) A12は、平成12年2月、徳島弁護士会に対し、a病院において入院患者の通信の自由が守られていないことについて、その救済を求める人権救済の申立てをした。徳島弁護士会は、同年9月29日、a病院に対し、入院患者の通信の自由について勧告書を、同年10月2日、徳島県に対し、a病院に対する詳細な調査等を求める要望書をそれぞれ提出した(〔証拠略〕)。

2  争点(1)ア(違法かつ非人道的な処遇の存否)について

(1)  原告は、a病院においては、看護師が患者に対して横柄で威圧的な態度をとって患者を支配するなど、違法かつ非人道的な処遇が日常的、恒常的に行われており、原告に対しても、<1>A8看護師やA9看護師が、直接暴力を振るい、看護師らにおいて、他の入院患者が原告に対して暴力を振るうことを容認するなどし(身体的暴力)、<2>看護師らが、正当な理由がないのに、指定医の診察もなく、保護室に収容し、A4元院長、A8看護師及びA9看護師が、反省文を書くことを強要し(度重なる保護室への収容と反省文の強要)、<3>看護師らが、原告の数少ない楽しみの一つである将棋を禁止し、A8看護師が、原告の髪を丸刈りにし、A10看護師が、原告のタオルを雑巾にするなど、人間としての尊厳を奪うような行動の制限等をし(行動の自由の制限等)、<4>看護師らが、合理的理由がないのに、電話の時間や回数を制限し、原告が電話をする際には必ず立ち会い、a病院にとって都合の悪い電話については途中で切るなどして制限し、手紙の内容についても検閲し、面会も看護師らの詰所で、看護師の立会の下でしか認めない(通信・面会の自由の制限)など、通信や面会の自由を違法に制限しており、原告は、そのような違法かつ非人道的な処遇を受けたことにより、深刻な肉体的、精神的苦痛を被ったのであるから、上記の処遇は違法である、と主張し、A12の陳述書(〔証拠略〕)及びその供述等(以下「A12の供述等」という。)中や、原告の陳述書(〔証拠略〕)及びその供述(以下「原告の供述等」という。)中には、上記主張に沿う部分がある。

(2)  身体的暴力について

ア  前記1の認定事実によれば、A8看護師は、平成11年8月12日午前9時30分ころ、右手で原告の左前頭部を殴打する暴力を振るい、その際、同看護師の親指の爪がひっかかったため、原告の頭部から少量ながらも出血をさせている。このような暴力行為については、その原因が原告において規則や約束を守らないことにあり、その目的が原告を指導することにあったとしても、その態様や原告の負傷の程度に照らして、違法であるというべきである。

イ  原告は、A8看護師による暴力行為について、原告の後頭部を手拳で3発殴打し、これにより後頭部から流血するという態様のものであったと主張し、上記受傷の跡を撮影したものであるとして、脱毛部分のある原告の後頭部の写真(〔証拠略〕)を提出するほか、原告の供述等中にも、これに沿う部分がある。A8看護師は、前記アの暴力行為をし、A7婦長も、これを目撃しながら、いずれも、そのことを看護記録に記載せず、医師等にも報告していなかった上、本件訴訟の当初には、A8看護師において原告に暴力行為をしたことはない旨の平成15年7月11日付けの陳述書(〔証拠略〕)や、A7婦長において原告に対する暴力行為の報告を受けていなかった旨の同月16日付けの陳述書(〔証拠略〕)を提出し、その後、A8看護師において前記アの態様の限りで暴力行為があったことを認める旨の平成17年5月26日付けの陳述書(〔証拠略〕)やA7婦長においてA8看護師による暴力行為を目撃した旨の同日付けの陳述書(〔証拠略〕)を提出し、それぞれ、その旨証言するに至ったものであり、A8看護師やA7婦長は、当初は、原告に対する暴力行為があったことを隠匿しようとしていたということができる。しかしながら、A8看護師及びA7婦長は、本件訴訟において、暴力行為についての原告の主張立証の内容、程度等とは直接関わりなく、前記アの暴力行為があったことを自ら進んで認めた上、原告に謝罪する旨の証言をし、A8看護師は、本件訴訟の審理中である平成17年6月1日に、上記暴力行為を理由に被告Y1を解雇されており、このような経緯に照らせば、A8看護師による暴力行為についての上記A8看護師及びA7婦長の各陳述書の記載及び供述がおよそ信用性を欠くものであるとまではいえない上、同人らの各陳述書や供述中にある暴力行為の態様や負傷の程度についても、必ずしも不合理であるとはいえない。原告の供述等中には、原告がA8看護師から後頭部をげんこつで3発殴られたために、後頭部から血がぽたぽたと流れてくるほどのけがを負ったものであり、看護師によりガーゼをはる処置がされ、後頭部に脱毛部分が生じたとの部分があるものの、げんこつで3発殴る態様の暴力行為によって、血がぽたぽたと流れるほどの負傷をしたり、写真(〔証拠略〕)に撮影されているような脱毛部分が生じたりするとは直ちに考え難く、そのようなけがを負ったのに、ガーゼをはる程度の処置で足りたというのも不自然である上、上記の原告の後頭部の写真(〔証拠略〕)についても、A8看護師による暴力行為と関係があるのかさえ明らかではない。A8看護師による暴力行為の態様についての原告の供述等は、A8看護師及びA7婦長の上記各陳述書及び供述に照らし、直ちに信用することはできず、他に原告の主張する態様の暴力行為があったことを認めるに足りる証拠はない。

原告は、上記のA8看護師による暴力行為のほか、A9看護師も原告に対して暴力行為をしたと主張し、原告の供述等中には、これに沿う部分がある。しかしながら、上記原告の供述等においては、A9看護師の暴力行為の日時や具体的な態様が明らかではないことから、同供述によっては、A9看護師が原告に対して暴力行為をしたと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

原告は、a病院の看護師において、他の入院患者A36が平成10年1月7日及び平成11年秋ころに原告に暴力を振るったこと、他の入院患者A37が平成10年12月11日に原告を急に殴るという暴力を振るい、原告が左眼から頬が腫れ上がるという負傷をしたこと、他の入院患者A32が平成12年1月か2月ころに原告を床に仰向けに倒し、上半身を3回ぐらい足蹴りにするなどの暴力を振るうなどしたこと、他の入院患者A38が平成12年3月10日に顔面を殴打したり、足蹴りにしたりするなどの暴力を振るい、原告に顔面、胸部及び背中の打撲の傷害を負わせたことを認識しながら、これらを容認していた、と主張し、原告の供述等中には、これに沿う部分がある。しかしながら、前記1の認定事実によれば、他の入院患者A36が原告に対して平成10年1月7日に暴力を振るったことがあったものの、その際には、a病院の看護師が同入院患者に注意をし、それ以後、原告の主張によっても、平成11年秋ころまで同患者から暴力を受けたことはなかったのである。原告の供述等中には、同患者から平成11年秋ころに暴力行為を受けたとあるだけであり、その具体的内容等については明らかではないことから、同供述等によっては、上記暴力行為があったと認めるに足りない。そうであれば、上記の他の入院患者A36による暴力について、a病院の対応が不適切であったということはできない。原告の供述等中には、他の入院患者A37が平成10年12月11日に原告に対して急に手を振って殴ったため、左眼まぶた下部が腫れ上がったとの部分があり、a病院の看護記録の同日欄にも、上記患者の行為によって原告が上記負傷をした旨記載があることから、上記暴力行為があったことは認められるものの、その際の看護師らの対応が不適切であったことや、その後、上記患者によって原告に対する暴力行為が繰り返されたことを示す証拠はない。他の入院患者A32による平成12年1月か2月ころの暴力行為については、原告の供述等によっては、原告と同患者との関係や暴力の日時等が明らかではなく、上記暴力行為の存在を認めるに足りない上、看護師が上記暴力行為を認識していたことを認めるに足りる証拠もない。前記1の認定事実によれば、原告が他の入院患者A38から平成12年3月10日に暴力行為を受け、負傷したことはあったものの、看護師らが原告の負傷に対して処置をしている上、同患者によって原告に対する暴力行為が繰り返されたことを示す証拠はないから、看護師らの暴力行為に対する対応が不適切であったということもできない。これらの事情によれば、a病院の看護師らにおいて、他の入院患者による原告に対する暴力について不適切な対応しかせずに、これを容認していたとは認められない。

ウ  以上に述べたところによれば、A8看護師が平成11年8月12日に原告の左前頭部を殴打して傷害を負わせるという暴力行為をしたことは認められるものの、それ以外に、a病院の看護師らが、原告に対して暴力行為をしたと認めることはできず、他の入院患者が原告に対して暴力行為をすることを容認していたと認めることもできない。

(3)  度重なる保護室への収容と反省文の強要

ア  原告は、a病院の看護師において、平成11年6月28日から平成12年3月27日までの間、正当な理由がないのに、精神保健指定医の診察を受けさせることなく、頻繁に原告を保護室に収容した上、保護室への収容中に、医師により毎日診察がされないなど、原告がa病院の規則や看護師らの指導に従わない言動をしてしまうことが知的障害に起因するものであることを理解せず、制裁や懲罰という意味で原告を保護室に収容してきたものであり、このような保護室への収容は、原告に苦痛を与える以外の何物でもなかったのであるから、違法かつ非人道的な処遇である、と主張し、原告の供述等中には、これに沿う部分がある。

前記1の認定事実によれば、原告は、5病棟に転棟後の平成11年6月28日以降、別紙2保護室収容状況一覧表のとおり、原告において、看護師らから問題行動等をしないよう注意を受けていたにもかかわらず、これに従わずに問題行動等を繰り返したことなどを理由として、10回保護室に収容されている。原告は、保護室への収容期間中に、その行動が制約され、保護室から早く出たいと訴えていた上(〔証拠略〕)、a病院の医師や看護師の指示により、何度も反省文等を作成したこと(前記1の認定事実)に加え、自傷行為にも及んでいること(前記1の認定事実)などに照らすと、上記原告の保護室への収容は、a病院の規則等に違反する問題行動等を繰り返したことに対する制裁としての側面をも有しており、原告にとって、保護室への収容は苦痛となるものであったということができる。

しかしながら、法37条1項及びこれに基づく旧厚生省告示によれば、精神病院の入院患者について、その症状からみて、自傷他害のおそれがある場合のほか、他の入院患者との人間関係を著しく損なうおそれがあるなど、その言動が入院患者の症状の経過や予後に著しく悪く影響する場合、自殺企図又は自傷行為が切迫している場合、他の入院患者に対する暴力行為や著しい迷惑行為、器物破損行為が認められ、他の方法ではこれを防ぎきれない場合、急性精神運動興奮等のため、不穏、他動、爆発性等が目立ち、一般の精神病室では医療又は保護を図ることが著しく困難な場合等には、隔離の対象とすることができるとされている上、基本的に、入院患者の隔離の要否については、医師が判断し、12時間を超える隔離については、指定医が判断すべきであると考えられている(〔証拠略〕)。これらの規定等によれば、入院患者を保護室に収容することの要否やその期間等についての判断は、原則として、法に基づく指定医等の合理的な裁量権に委ねられており、指定医等が合理的な裁量権の範囲を逸脱して、入院患者の行動を制限したような場合に限り、違法と評価されると解するのが相当である。

前記1の認定事実によれば、a病院においては、原則として、看護師らは、入院患者が不穏状態に陥るなどした場合、指定医である主治医に連絡をして、入院患者の状態等について報告をし、保護室への収容が必要であると想定される場合には、主治医が入院患者を診察した上で保護室に収容し、夜間等で主治医等に連絡がつかない場合には、当直医の指示により保護室に収容し、保護室への収容後に指定医が診察する取扱いとしており、原告の保護室への収容についても、基本的には、そのような取扱いに従って、指定医が原告を診察した上で保護室に収容していたほか、夜間等に保護室の収容が必要となった場合には、看護師らは、当直医の指示判断を仰いだ上で保護室に収容した後、指定医であるA4元院長等が原告を診察していたということができる(別紙2保護室収容状況一覧表の番号9、10、12及び13)。原告は、a病院の看護師らが指定医等の診察を経ることなく、原告を保護室に収容していた、などと主張し、A12の供述等中には、これに沿う部分がある。しかしながら、前記1の認定事実によれば、A12は、平成9年4月から3病棟(老人病棟)で勤務していたにすぎないから、2病棟や5病棟の入院患者の保護室への収容における医師等の判断について十分に理解していたとは考え難く、その供述内容については、予断や推測を多分に含んでいるものと言わざるを得ないのであって、直ちに信用することはできない。仮に、原告の保護室への収容について、指定医の判断等がなく12時間以上収容されたり、医師において看護師らから報告を受けるだけで、直接原告を診断しないままに、看護師らが原告を保護室に収容したりするといった事態があったとしても、そのような事態については、手続的に適正な取扱いであるとは評価することはできないものの、そのことをもって、直ちに、原告に対する債務不履行又は不法行為として違法であると評価しなければならないものであるとはいえない。原告の保護室への収容後の指定医による診察の状況(〔証拠略〕)に照らすならば、本件において、上記手続を欠いたことを違法であると評価すべき事情があるとはいえない。

前記1の認定事実によれば、原告は、女子入院患者と風紀を乱すような行為をしたり、女性入院患者につきまとったりするような行動や、夜間消灯後に他の入院患者のところに行き、食物等をねだるなどの迷惑行動をしたり、a病院における規則や指示に違反して、喫煙中止の指示に従わなかったり、他の入院患者と物々交換をするなどしてタバコ等を入手したり、喫煙の時間や場所を守らずに喫煙したりするなどの行動等をしたため、看護師らから、上記のような行動を慎むよう再三にわたり注意や指導を受けていたにもかかわらず、上記のような行動を繰り返していたものであり、看護師らによる注意や指導だけでは効果がない状態であったことがうかがわれる。原告が保護室に収容されたのも、別紙2保護室収容状況一覧表の各理由欄記載のとおり、いずれも、原告が上記のような行動をして、看護師らから注意や指導を受けたにもかかわらず、これに従わないことを理由とするものである。上記の女性入院患者に対する行動については、精神疾患を抱える女性入院患者の心身の状態に悪影響を与え、その治療効果を阻害する可能性があるほか、性的な被害を生じさせる危険性もあり、上記の他の入院患者に対する迷惑行動については、他の入院患者の睡眠を妨げることなどにより、同患者の心身の状態に悪影響を与え、その健康を害する可能性があり、他の入院患者に対する迷惑行為として放置することができないものということができ、タバコの交換や喫煙等についても、これを放置するとa病院内の秩序が乱れ、その結果、原告と他の入院患者との間の人間関係の悪化を招く危険性がある。上記のような原告の行動は、女性入院患者や他の入院患者の心身の安全を確保し、同患者らや原告自身に対する治療目的を達成するために弊害となるものといわざるを得ない上、他の入院患者からも苦情が出ている状況にあったのであるから、a病院にとって、原告の上記の行動等を止めさせる必要性が高かったものということができる。原告にとっても、上記のような行動を繰り返すことは、自らの精神状態の悪化を招いたり、他の入院患者との人間関係の悪化により、円満な院内生活を送ることが困難となったりするおそれが大きいものと考えられ、原告に対する治療や原告の社会復帰のためにも、原告の上記の行動等を止めさせることは有益であると考えられる。a病院の医師らにおいて、看護師らから注意や指導を受けても上記のような行動を繰り返す原告を保護室に収容して、他の入院患者を原告の行動による悪影響から保護するとともに、病棟のような他の入院患者との接触がない状況において、相当程度の期間、自らがした行動等について深く考えさせ、反省させる機会を設けることは、それが原告にとって精神的苦痛となるものであり、原告に対する制裁的な側面を有することを否定することができないとしても、上記の隔離の事由に照らして必ずしも不合理であるとはいえない。また、原告が看護師らから再三にわたって注意や指導を受けたにもかかわらず、上記のような行動を繰り返していたことにかんがみれば、原告に対する指導が厳格なものになるのはやむを得ない面がある上、別紙2保護室収容状況一覧表によれば、原告の保護室への収容状況についても、平成11年6月28日以降、平均すると1か月1回程度であり、1回の収容日数も最長でも11日であることなどに照らせば、収容日数についての医師の判断について裁量権を逸脱したものと評価することはできない。原告は、a病院の医師が原告の状態について、実際には知的障害であるのに、統合失調症であると誤診した上、原告の問題行動等が知的障害に基づくものであることに配慮せず、制裁的に保護室へ収容したことは違法であると主張する。しかしながら、a病院の医師が原告を統合失調症であると診断したことが誤診であると評価するに足りる証拠はない。仮に、原告が知的障害であったとしても、原告が上記のような問題行動等を繰り返していたことにかんがみれば、原告に対して他に適切な対応手段があったとは考え難く、原告を保護室へ収容する判断をしたことが裁量権を逸脱したものであると認めることはできない。

前記1の認定事実によれば、原告が保護室に収容されている期間中、1日に1度も医師による診察がされていない日があり、このような取扱いについては、特に、収容日数が長くなるような場合には、適切であるとはいえないとしても、看護師らが原告の状況を把握していること、原告の状態が医師の診察がないことにより特段悪化したとはうかがわれないことからすれば、上記のような取扱いがされていたからといって違法であると評価すべきものとまではいえない。

そうである以上、a病院における原告の保護室への収容について、医師が合理的な裁量権の範囲を逸脱して、原告の行動を制限したものではなく、違法とはいえない。

イ  原告は、a病院の医師や看護師らが、原告に対して、保護室に収容すると脅迫し、規則違反があった場合に収容されることを承諾する旨の反省文を書くことを強要したことは、違法かつ非人道的な処遇である、と主張し、原告の供述等中には、これに沿う部分がある。

前記1の認定事実によれば、原告は、医師の指示により、平成11年10月28日、同年11月26日及び平成12年1月31日に、それぞれ、原告が今後規則違反等をした場合には保護室への収容を承諾する趣旨を含む反省文を作成しており、平成12年1月31日作成の反省文においては、原告が女性入院患者のところに行かないなどの約束を守れなかった場合には、保護室に7か月間収容されることを承諾する趣旨の内容が含まれており、これらの原告作成の反省文の内容からすれば、原告に対して反省文を書かせることは、原告に自らの問題行動の意味を理解させ、今後問題行動等を繰り返さないためにはどうしたらよいかを考えさせるという反省文の本来的な意味から外れた面があることは否定することができない。

しかしながら、既に説示したとおり、原告が看護師らから再三にわたって注意や指導を受けたにもかかわらず、問題行動等を繰り返していたことからすれば、原告に対する指導の一貫として反省文を書かせ、その内容として、今後問題行動をした場合には、原告にとって苦痛な保護室に収容されることを承諾する意思を表明させることも、原告に対して問題行動等を繰り返すことが悪いことであるということを直接的に理解させるための一方法であると理解することができないわけではなく、原告に対して上記のような内容の反省文を書かせたからといって、当不当の問題を超えて違法であるとまではいえないというべきである。

ウ  以上に述べたところによれば、a病院における原告の保護室への収容や反省文の作成について、医師や看護師らの行為が違法であるということはできない。

(4)  行動の自由の制限等

ア  原告は、法が、精神病院に入院中の患者について、原則として行動の自由を保障し、医療又は保護のために必要がある場合に限って、例外的に行動の自由を制限することを許容しているにすぎないにもかかわらず、a病院において、原告に対し、その数少ない楽しみの一つである将棋を禁止したり、看護師や他の入院患者において、原告の首にプラカードを掛けて、見せしめにしたり、看護師において、他の入院患者が平成12年2月9日に原告に土下座をさせたことを見過ごしたり、A8看護師において、原告の将棋の本を取り上げるなどしたり、原告の意に反して、原告の頭髪を丸刈りにしたり、A10看護師において、原告に無断で、原告のタオルを雑巾にしたりして、原告の人間の尊厳を奪い、その人格権を侵害するようなことをしたのであり、このような取扱いは違法である、と主張する。

しかしながら、前記1の認定事実によれば、原告は、将棋をする時間を遵守することができないことなどにより、他の入院患者等に迷惑をかけるような事態となっていたのであり、そのような状態の下において、原告が将棋をすることを禁止ないし制限することは、やむを得ないというべきであり、違法とはいえない。原告が、他の入院患者にプラカードを首に掛けられたり、他の入院患者の前で土下座をさせられたりしていたことがあったものの、看護師は、これらの行為を止めさせ、その後に同様の行為が再発したことがなかったのであるから、これらを見過ごしたとはいえない。

A8看護師において原告が所持する将棋の本を預かったことについても、将棋の本を所持しているのが適当ではないと考えられる作業時間中に所持していたために預かったものであるから、不適切であるとはいえず、原告が将棋をすることを禁止ないし制限されていたことや、その後間もなくに本件事故が発生したことにかんがみると、現時点で将棋の本が原告に返却されていないからといって、そのことについて同看護師に責任があるともいえない。A8看護師において原告の頭髪を丸刈りにしたことについても、嫌がる原告を無理矢理丸刈りにしたような事情はうかがわれず、かえって、原告自身において問題行動等を繰り返したことから、その反省を示すために納得して受け入れた可能性もあるのであって、違法とまではいえない。A10看護師が原告のタオルを雑巾にしたことについては、これを認めるに足りる証拠がない。

イ  以上に述べたところによれば、a病院の看護師らにおいて、原告の人格権を侵害するような行動の制限等をしたとはいえない。

(5)  通信・面会の自由の制限

ア  原告は、a病院において、電話について、合理的な理由がないのに、電話の時間や回数を制限され、電話の際には必ず看護師の立会があり、同病院にとって都合の悪い電話については途中で切られるなどして制限され、手紙について、その内容を検閲され、同病院にとって都合の悪い手紙については原告に無断で捨てられるなどし、面会についても、病室ではなく看護師らの詰所ですることとされ、必ず看護師の立会があり、看護師に会話内容をすべて把握されるなどしており、通信や面会の自由が違法に制限されていたため、違法かつ非人道的な処遇について、外部に訴える手段を奪われていた、と主張し、A12の供述等や原告の供述等の中には、これに沿う部分がある。

イ  前記1の認定事実によれば、a病院においては、原告の入院期間中、公衆電話の設置位置、入院患者が電話をかける場合の方法、電話をかける場合の看護師らの付添い等の理由から、患者は、24時間自由に、看護師らに報告することなく、かつ看護師らの付添いもなしに、外部に電話をかけることができない体制となっており、通信の自由や秘密が完全に保障されていたとはいえない面がある。

しかしながら、a病院の看護師らは、入院患者が電話をかけることを希望した場合には、入院患者によっては一定の場合に制限をする場合があったものの、基本的には電話をかけさせていたということができ、患者が電話をかける際に付き添うことについても、現金管理の必要性に基づくものであるほか、患者が電話で外部に迷惑行為をしていないことを確かめるとともに、患者の会話の様子を確認して、その状態を把握するためであると考えられ、必ずしも不合理であるとはいえない。原告についても、原告母等に電話を掛けることを希望した際に、看護師らが理由もなく、制限したり、原告の両親等から原告に電話がかかってきたにもかかわらず、これを取り次がないようなことがあったことはうかがわれず、入院当初には、電話で、原告の両親に退院や外出をさせるよう訴えたりしていた上、その後も、電話で、原告母に対し、日常品を要求したり、日常の様子を話したりしており、上記のようなa病院の電話についての体制によって、原告が電話することを実質的に制限されていたとは考え難い。

前記1の認定事実によれば、a病院においては、入院患者が信書を出す場合において、a病院の看護師らが入院患者の同意もなく、その信書の内容を確認するようなことをしていたとはいえない。A12の供述等中には、A7婦長等が入院患者の信書の内容を確認していたとの部分があるものの、前記1の認定事実によれば、看護師らは、入院患者から依頼を受けて信書の内容に目を通す場合もあることから、A12の供述等によっては、a病院の看護師らが入院患者の信書の内容を検閲していたとの事実を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

前記1の認定事実によれば、a病院においては、その病棟内では、入院患者とその家族とは、基本的に看護師らの詰所において面会することになっており、その際には、看護師らが詰所から席を外すようなことはなく、その意味で、病棟内では、患者とその家族だけで面会することは困難であったということができるものの、入院患者によっては、詰所以外の場所で、看護師らの立会いなく、患者とその家族だけで面会することが可能であるということができる。原告についても、原告母等と詰所で面会しており、その際には、看護師らが立ち会っていたものの、これにより原告と原告母等の会話が制限されていたことをうかがわせるような事情はなく、かえって、原告は、原告母に対し、女性入院患者と親しくしていることを話したり、本件事故のあった平成12年3月には、他の入院患者に暴力を振るわれたという病院の管理責任が問題となり得ることも話したりしているのであり、これらの事実に照らすと、原告において、原告母等との面会の際に、自己の本心を述べる機会が奪われていたとは考え難い。

ウ  以上に述べたところによれば、a病院において、原告が電話、信書による通信や面会の自由を違法に制限され、処遇に対する不満を外部に訴える手段を奪われていたとはいえない。

(6)  前記1の認定事実によれば、a病院は、入院患者をおむつ替え等の作業に従事させるなどしており、被告県による実地指導等においても、入院患者をそのような作業に従事させることを止めるよう指導を受けていたのであり、原告についても、a病院に入院した後、同病院の指示により、シーツ係として、1週間に3回、1回当たり数十分程度、シーツの運搬等の作業に従事していたものである。a病院において、入院患者に対し、治療計画等に基づかずに、作業に従事させることは適切であるとはいえない。しかしながら、原告を上記のようなシーツ運搬作業に従事させたことについては、その作業内容、時間、回数等のほか、原告において同病院に入院していた当時、格別苦痛になっていたことをうかがわせるに足りる証拠がないことからすれば、原告を上記のようなシーツ運搬作業に従事させていたことを、違法であると評価することはできない。

(7)  精神病院においては、精神疾患の治療等を目的として入院した患者に対し、医学上適切な治療をすべき義務を負うとともに、その入院期間中に、入院患者の具体的な事情をふまえて、病院の施設構造上の問題、病院の職員による処遇、他の入院患者との関係、自傷行為等によって、入院患者の心身が害されることなどがないよう適切な配慮をすべき義務を負うというべきである。

以上に説示したところによれば、A8看護師による原告に対する上記の暴力行為については、原告の心身に直接危害を加えたものであるから、上記義務に違反したものとして違法であるということができる。

しかしながら、上記の暴力行為以外のa病院における原告に対する処遇については、必ずしも適切とはいえない面があったとしても、原告に対する入院生活上の指導等として不合理なものであったとまでいうことはできず、違法なものとは評価することができない上、a病院における原告に対する処遇内容を全体的にみるならば、同病院における処遇が原告にとって精神的な苦痛を感じさせるものであったとしても、原告が自ら問題行為等を繰り返していたことに対するやむを得ない措置であったということができるのであって、a病院の処遇が全体的にも、違法であったと評価することはできない。本件事故が発生した平成12年の当時において、原告が他の入院患者に迷惑行為をしたり、a病院の規則を守らなかったりしたために、看護師らから厳重に指導を受けた、保護室に収容されたほか、原告と他の入院患者との関係が悪化したために、原告が他の入院患者から暴力を振るわれる事態が発生するといった事情があったとしても、看護師らがその都度対処しており、他の入院患者が原告に対して継続的に暴力をふるったり、嫌がらせをしたりするまでの事態には至っていなかったのであるから、a病院において、原告の心身が害されることなどがないよう適切な配慮を怠ったとはいえないというべきである。

(8)  以上によれば、被告Y1は、原告に対し、a病院のA8看護師が前記の暴力行為をしたという限りにおいて、債務不履行責任又は不法行為責任を負う。

3  争点(1)イ(被告県の責任)について

(1)  原告は、県知事において、精神病院の管理者に対して入院患者の症状や処遇について調査等をする権限(法38条の6)や、入院患者の処遇が違法である場合には、精神病院の管理者に対して処遇の改善のために必要な措置を採ることを命じる権限(法38条の7)を有しており、被告県(保健福祉部健康保険増進課)において、a病院における入院患者への処遇が法律上適正を欠くことを認識していたにもかかわらず、a病院に対する現実の実地指導等においては、その実施回数や、予告期間を設けていることや、聞き取り調査の方法や、改善指導の方法等の点において、不十分ないし不適切な実地指導しかしていなかったのであるから、県知事において、a病院に対する指導監督権限を適切に行使しなかったものとして国家賠償法上違法である、と主張する。

しかしながら、行政庁が規制等の権限を適切に行使しなかったことが、被害を受けた者との関係において国家賠償法1条1項の適用上違法となるか否かについては、行政庁の規制等の権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その行使の方法が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くか否かによって判断されるべきである。法は、精神障害者の医療や保護等を行い、精神障害者の福祉の増進等を図ることを目的とし(1条)、精神病院における処遇等が適正に行われるように、精神病院の管理者に対して、入院患者の行動を制限することができる場合を示すほか(36条)、厚生労働大臣(旧厚生大臣)において入院患者の処遇について必要な基準を定めることができることとし(37条)、精神病院の管理者が従うべき処遇の基準を示すとともに、厚生労働大臣(旧厚生大臣)及び都道府県知事に、一定の場合には、精神病院の管理者に対して、入院患者の処遇について報告を求めたり、その職員や指定医を、精神病院に立ち入らせ、入院患者やその他の関係者に質問させたりする権限(法38条の6)、精神病院の管理者に対し、処遇の改善のために必要な措置を講じることを命じる権限(法38条の7第1項)、精神病院の管理者が上記命令に従わない場合には、精神障害者の入院に係る医療の提供の全部又は一部を制限することを命じる権限(同条3項)を与えて、事後的にも、精神病院の管理者が上記の処遇の基準に従っているか否かを調査した上、指導することができることとし、精神病院の入院患者に対する処遇等が適正に行われるよう確保しようとしたものということができる。このような法の趣旨からすれば、都道府県知事の精神病院の管理者に対する調査や指導の権限については、第一次的に、精神病院における入院患者の処遇等について問題があるなどした場合に、精神病院に対する調査や指導をすることができるようにしたものと理解することができるのであり、それ以上に、都道府県知事等に対し、精神病院における入院患者の処遇について、日常的に監視すべきことを求めるような性質のものとは考え難い。

前記1の認定事実によれば、被告県(保健福祉部健康増進課)は、毎年秋ころを前期として、徳島県内の約半数の精神病院に対し、入院患者の処遇状況等について実地指導をし、翌年1月から3月ころを後期として、全精神病院を対象とし、指定医を同行して、実地指導をしており、a病院に対しても、<1>別紙1実地指導経過等一覧表の番号1ないし4記載のとおり、平成9年1月8日、平成10年1月13日、同年9月21日及び平成11年1月29日に、実地指導(定期)を実施して、慢性的な超過収容状況、院内作業の収益還元、保護室収容時の診察回数や診療録への記載等について問題点を把握し、その問題点の指摘や改善の指導をし、<2>同一覧表の番号5及び6記載のとおり、平成11年8月20日に匿名の女性A12からa病院において入院患者におむつ替え等の手伝いをさせているとの告発を受けたため、同月30日にa病院を訪問し、A4元院長等から事情聴取をした上、入院患者におむつ替え等の作業をさせないよう指導し、<3>同一覧表の番号7及び8記載のとおり、同年9月14日にa病院の職員であると名乗る女性A12から入院患者におむつ替えの手伝いをさせていることが改善されておらず、入院患者の電話についても制限されているとの電話を受けたため、同年10月5日にa病院に実地指導(定期)をした際に、入院患者におむつ替えの作業をさせないよう厳重に注意したほか、入院患者の電話についても必要以上に制限が行われないように指導し、<4>同一覧表の番号9記載のとおり、旧厚生省(精神保健福祉課)から、上記の実地指導後にも入院患者におむつ替えの手伝いをさせているとの電話を受けたため、a病院に電話をし、おむつ替えの手伝いをさせないよう指導をし、<5>同一覧表の番号11ないし13記載のとおり、同年12月8日に匿名の女性A12から、入院患者の電話や手紙の制限があるので指導をしてほしいとの電話を受けるとともに、翌9日に旧厚生省からも同様の指示があったため、同月24日に実地指導(特別)をし、入院患者の通信や面会の自由が必要以上に制限されないよう周知徹底を図るよう指導し、<6>同一覧表の番号15記載のとおり、平成12年2月4日にも、実地指導(定期)をし、病院の職員に対する実地指導の結果の周知徹底を図るよう指導するなどしている。このような被告県(保健福祉部健康増進課)のa病院に対する調査や指導の権限の行使の経過等にかんがみれば、被告県は、a病院に対する実地指導を通じて、入院患者に対する処遇上の問題点を把握し、その指摘や改善の指導をしてきた上、内部告発者である匿名の女性A12からa病院における入院患者の処遇上の問題点の指摘を受けたときには、その都度放置することなく、a病院に対して訪問や実地指導をし、上記の問題点の指摘や改善の指導をしてきたということができる。被告県において、a病院について、緊急を要するような処遇上の問題点を見過ごしたり、問題点を発見しながら、これを放置したとは認められない。被告県によるa病院に対する実地指導等については、予告期間を設けずに抜き打ちで実施する方法等、より処遇の実態を把握し得る可能性のある方法等があったと考えられるとしても、被告県において、a病院における入院患者に対する処遇上の問題点の調査を怠ったり、その問題点があることを認識しながら、これを放置したりしたと評価することはできないというべきであり、前記のとおり、法が被告県に認めた実地指導の権限が精神病院における入院患者の処遇について日常的に監視すべきことを求めるような性質のものではないことに照らすならば、被告県によるa病院に対する指導監督権限の行使の方法が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くとは認められないというのが相当である。

(2)  以上によれば、県知事によるa病院における入院患者の処遇等についての指導監督権限の行使の方法が、国家賠償法1条1項の適用上違法であるということはできないから、被告県は、原告に対し、同条項に基づく責任を負わない。

4  争点(1)ウ(被告らの責任と原告の損害との間の因果関係)

(1)  以上に説示したところによれば、a病院における原告に対する処遇については、A8看護師が原告に対して平成11年8月12日に暴力を振るった点に限り違法であると評価することができるので、同暴力行為と原告が本件事故により被った損害との間に因果関係が認められるか否かが問題となる。

しかしながら、A8看護師による原告に対する暴力行為により、原告が少なからず苦痛を受けたと推測することはできるものの、そのような暴力行為が1回限りにとどまっている上、本件事故の発生日から約7か月前の出来事であることからすれば、A8看護師による前記暴力行為が本件事故の発生を招いたとはおよそ考え難い。A8看護師による前記暴力行為があった後のa病院における原告に対する処遇状況や原告の状態からみても、原告の行動に格別注意を要するような事情があったこともうかがわれない以上、a病院において、原告の行動に対する配慮を欠いたともいえない。そうである以上、A8看護師による上記暴力行為と原告が本件事故により被った損害との間に因果関係があるとはいえない。

加えて、前記1の認定事実によれば、<1>本件事故は、原告が、平成12年3月30日の深夜から早朝にかけてのいずれかの時間に、病室の窓をこじ開けて外のベランダに出た上、2階病棟から約1メートルの手すりを乗り越えて約4メートル下のコンクリート地面である本件現場に飛び降りるという原告の非常に危険かつ無謀な自発的な行為により発生したものであること、<2>原告は、本件事故の発生前、a病院から脱走を試みたことはなく、保護室への収容期間中の平成11年9月12日にズボンのベルトの金具で右手首を擦るという自傷行為をしているものの、原告が自傷行為に及んだ理由は必ずしも明らかではない上、1回限りにとどまり、その後本件事故に至るまで自傷行為に及んだことはなく、その具体的な兆候があったこともうかがわれないこと、<3>原告は、本件事故前にa病院から脱走を試みて県立中央病院に転医したことがある他の入院患者A35から話を聞き、漠然と、a病院を脱走して県立中央病院に転医することを考えるようになっていたものの、具体的な日時、方法等について計画を立てていた形跡はなく、本件事故は、数日前に終了した工事によって病棟の窓から鉄格子を除去され、原告が病室の窓を開けようと試みたところ、たまたま窓をこじ開けることができたので、とっさにa病院から脱出しようと思い立ったという非計画的、突発的なものであると推認するのが相当である。<4>a病院においては、年号が平成になってから、平成11年2月4日に入院患者が脱走しようとして負傷するという事故が1件発生しているだけであり、脱走事故等が頻繁に発生していたわけではないことなどの事情が認められる。これらの事情を併せ考慮すれば、本件事故は、原告が、たまたま病室の窓が開くという偶然の状況において、非計画的、かつ突発的に病室から外に出た上、2階から地面に飛び降りるという原告の非常に危険かつ無謀な行動により発生したものと認めるのが相当であり、a病院において、入院中の原告が上記のような行動に及んで本件事故を発生させることを予測することは到底不可能であったといえる。

(2)  以上によれば、a病院における違法な処遇(A8看護師による暴力行為)と原告が本件事故により被った損害との間に因果関係があるとはいえない。

4  争点(1)ウ(損害額)

(1)  既に説示したところによれば、a病院における原告に対する処遇のうち、A8看護師の原告に対する暴力行為の点に限り、違法であるということができるものの、当該暴力行為と原告が本件事故により被った損害との間に因果関係は認められない。

原告は、a病院における原告に対する処遇による損害として、明示的には、原告が本件事故により負った傷害に起因する損害を主張するにとどまっているものの、原告の主張を全体的にみるならば、原告の慰謝料請求の中には、上記のA8看護師による暴力行為自体によって原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料の請求も含まれていると認めるのが相当である。

前記1の認定事実によれば、原告は、a病院に精神疾患の治療を目的として入院していたのであるから、医師や看護師等から、適切な治療や看護を受けることを期待していたものと考えられる。それにもかかわらず、原告は、看護師であるA8看護師から左前頭部を殴打するという暴力行為を受け、その際に頭部に傷ができて出血するという負傷をしたものであり、治療を目的とする病院において、医療従事者が患者に対して暴力行為をすることは許されないことは明らかであるから、A8看護師による上記の暴力行為を受けた原告は、受傷自体に加え、上記期待を裏切られたことにより精神的苦痛を被ったということができる。しかも、A8看護師やA7婦長は、本件訴訟の当初、A8看護師による上記暴力行為を隠していたものである。他方で、A8看護師による原告に対する暴力行為については、原告が問題行動を繰り返したことに対する指導として行われたものであり、原告にも原因がないわけではない上、A8看護師は、本件訴訟において、原告に対する暴力行為を認めるに至り、原告に対する謝罪の意思を表明している。これらの事情を併せ考慮するならば、A8看護師による暴力行為により原告が被った精神的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料額は50万円と認めるのが相当である。

(2)  原告は、被告Y1に対する損害賠償請求をするため、原告代理人に対して本件訴訟の提起、追行を委任することを余儀なくされたものであり、本件事案の性質や内容、審理状況、認容額(50万円)、その他諸般の事情を斟酌すると、被告Y1の不法行為ないし債務不履行と相当因果関係にある弁護士費用相当額は5万円と認めるのが相当である。

(3)  以上によれば、原告は、被告Y1に対し、不法行為(民法715条)又は債務不履行に基づく損害賠償として、55万円を請求することができる。

5  争点(2)ア(転送義務違反等)について

以上に説示したとおり、原告の被告Y1に対する主位的請求については55万円の支払を認める限度で認められるにすぎないので、原告の被告Y1に対する予備的請求について検討する。

(1)  原告は、a病院の職員らにおいて、本件におけるような事故が発生した場合、早期に発見する義務を負うにもかかわらず、適切な病室の巡回を怠ったため、平成12年3月30日午前1時ころに発生した本件事故につて、同日午前6時30分まで本件事故を発見することができなかった、と主張し、原告の供述等中にも、これに沿う部分がある。

しかしながら、原告の供述等によっても、原告が病室の窓をこじ開けて外に出た時刻について、他の入院患者が寝静まったころであるなどというだけであり、午前1時ころであることについては、時計を見て確認していないのであって、必ずしも具体的根拠が明らかではない。前記1の認定事実によれば、当直勤務をしていたA11准看護師は、平成12年3月29日午後10時、午後11時、翌30日午前0時、午前1時30分、午前3時及び午前4時30分に、原告の病室を巡回しており、その際には、特段の異変に気付かず、原告と同室の他の患者も、同日午前6時まで原告が脱走したことに気付いていない。原告が病室の窓をこじ開ける態様で外に出ている上、同日の徳島県の気温が10度を下回っていたことなどからすれば、原告が午前1時に脱出しながら、A11准看護師や原告の同室の他の患者が約5時間も原告が脱出したことに気付かなかったというのは不自然であるとの感を否めない。本件事故において、原告は、a病院の2階から約4メートル下のコンクリート地面に飛び降りたのであるから、相当程度の衝撃音が発生したものと考えられ、本件事故が発生したのが他の入院患者が寝静まっていた午前1時ころであったのであれば、本件現場から約20メートルの距離にある看護師の詰所にいる者が気付いた可能性もある上、原告が午前1時ころに飛び降りて負傷しながら、気温が10度を下回る中、約5時間も、約20メートルの距離に看護師の詰所がありながら、助けを呼ばなかったとも考え難い。これらの事情によれば、本件事故が発生したのが午前1時ころであるという原告の供述等については直ちに採用することはできず、他に本件事故の発生時刻が午前1時ころであることを認めるに足りる証拠はない。かえって、上記の事情によれば、本件事故が発生したのは、他の入院患者から通報があった午前6時に近い時間ころであった可能性もあるということができる。

前記1の認定事実によれば、a病院の職員らは、午前6時ころ、他の入院患者から原告がいないとの通報を受け、原告を探し、午前6時30分ころに本件現場で原告を発見している。本件事故の発生時刻が午前1時ころであると認められない以上、a病院の職員らにおいて、本件事故の発見が遅れたとはいえない。

(2)  原告は、a病院の医師らにおいて、本件事故により負傷した原告について、適時に適切な医療を施すことができる医療機関に転送する義務を負うにもかかわらず、a病院の看護師らが本件事故を発見した際に直ちに同病院の医師に報告せず、同病院の医師らにおいても、本件事故の発見から約4時間後の同日午前10時ころになってb病院への転送の指示を出したにすぎないから、原告について適時に適切な医療を受ける機会を喪失させ、上記転送義務に違反した、と主張する。

前記1の認定事実によれば、a病院の職員らは、平成12年3月30日午前6時30分ころに原告を発見し、原告をストレッチャーに乗せてa病院の病棟に搬送した上、ボルタレンを投与するなどして経過を観察した後、A4元院長が、本件事故が発見された約3時間半後に、整形外科病院であるb病院に原告の治療を依頼し、その1時間後である午前10時ころ、同病院の看護師2名が付き添って、原告をb病院に搬送している。前記1の認定事実によれば、本件事故後の原告の負傷状況については、原告が痛みや足が動かないことなどを訴えていたものの、その具体的な症状は必ずしも明らかではなく、医学上、当然に脊髄損傷を疑うことができ、直ちに適切な医療機関に転送して措置を施さなければならないような状態であったとまで認めるに足りる証拠はないから、a病院の医師や職員らにおいて、本件事故により負傷した原告について、直ちに、脊髄を損傷していると疑わず、直ちに他の医療機関に転送しなかったからといって、必ずしも医学上不適切であったとはいえない(原告が提出したA39医師作成の鑑定書(〔証拠略〕)中においても、本件事故により負傷した原告について臨床的に脊髄損傷を疑うことが可能であり、できる限り早く転送した方が良いというにとどまり、本件において、a病院の医師や職員らが、直ちに他の医療機関に転送しなかったことが不適切であるとの意見が示されているわけではない。)。また、既に認定説示したとおり、本件事故が発生したのは午前1時ころではなく、むしろ午前6時に近い時間であった可能性もあり、そうであれば、原告が主張する原告の脊髄の二次的損傷を防止するための適切な措置であるメチルプレドニゾロンの大量療法等を十分に施すことができる受傷後8時間以内(〔証拠略〕)に、原告を適切な医療機関といえるb病院に転送したということができる。

そうである以上、a病院のA4元院長において、原告について適時に適切な医療機関に転送すべき義務を怠ったとはいえない。

(3)  以上によれば、a病院の職員らにおいて、本件事故を発見することが遅れたとはいえず、同病院の医師らにおいて原告について適時に適切な医療機関に転送すべき義務を怠ったとはいえないのであるから、被告Y1は、原告に対し、転送義務違反等を理由として、債務不履行又は不法行為責任を負わない。

原告の被告Y1に対する予備的請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

第4 結論

以上によれば、原告の請求は、被告Y1に対する主位的請求のうち、慰謝料及び弁護士費用相当額として55万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成12年3月30日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、被告Y1に対するその余の主位的請求及び予備的請求並びに被告県に対する請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法61条、64条本文を、仮執行の宣言について同法259条1項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 阿部正幸 裁判官 大西直樹 髙橋信慶)

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