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徳島地方裁判所 平成16年(行ウ)4号 判決 2005年8月29日

原告

同訴訟代理人弁護士

林伸豪

川真田正憲

小倉正人

被告

徳島市交通局長 Y

同訴訟代理人弁護士

木村清志

篠原健

和田雅弘

同訴訟復代理人弁護士

瀧誠司

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第3 当裁判所の判断

1  認定事実

前記争いのない事実等並びに〔証拠略〕及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1)  市交通局の組織等

ア  市交通局は、徳島市が地方公営企業法に基づき自動車運営事業(徳島市営バス)を経営するために設置した地方公営企業であり、被告は、市交通局の管理者の地位にある者である。

イ  市交通局においては、その職員に対する懲戒として、免職、停職、減給及び戒告という地方公務員法上の懲戒処分があるほか、文書訓告、口頭注意及び口頭訓告といった事実上の懲戒処分がある(〔証拠略〕)。

(2)  原告の経歴等

ア  原告は、民間バス会社にバス乗務員等として勤務した後、平成7年4月1日、市交通局に入局し、それ以後、バス乗務員として勤務している。

イ  原告は、市交通局に入局後、本件接触事故を除き、別紙事故一覧表のとおり、市交通局のバス運転業務に従事する際に有責事故を発生させたものの、本件懲戒処分を受けるまで、前記(1)イの懲戒処分を受けたことはなかった(〔証拠略〕)。

(3)  原告の組合活動等

ア  都市交の組合員の一部は、都市交を脱退し、その脱退した組合員が中心となって、平成9年7月25日、公営労組を結成し、現在、A委員長が公営労組の委員長に就任している。

イ  原告は、平成7年4月に市交通局に入局した後、都市交に加入していたものの、その後脱退し、平成10年12月に公営労組に加入し、現在、公営労組の副委員長に就任している。

(4)  本件接触事故の発生等

ア  原告は、平成15年11月6日、39号車に乗車し、12時40分に万代車庫を出庫して徳島駅に向かい、徳島駅で乗客を乗せて徳島駅と南海フェリー乗り場との間を循環して、16時に万代車庫に戻り、中休みをした後、再度出庫するなどの「7乙勤務」に従事した(〔証拠略〕)。

イ  原告は、平成15年11月6日12時35分ころ、万代車庫において、以下のような位置関係で、39号車を左にハンドルを切りながら前進して4番レーンを通って洗車場に移動させた際、39号車の右後部を479号車の左後部に接触させ、39号車の右後部については金属部品がずれたり、擦過痕が生じたりするなどの損傷を、479号車の左後部については金属部品が一部剥がれてずれたり、擦過痕が生じたりするなどの損傷を生じさせた。原告は、本件接触事故の発生後、市交通局にこれを報告することなく(原告が本件接触事故を発生させたことを認識していたか否かについては争いがある。)、39号車を洗車場に移動させて洗車した上で(乗車したままの自動洗車)、7乙勤務に従事した(〔証拠略〕)。

(位置関係)

別紙図面(略)のとおり、5番レーン南側に39号車があり、その前方の同レーンに停車中のバス(「徳島〔番号略〕」。以下「347号車」という。)があり、39号車右横の6番レーンに同方向に並列して停車中の479号車があり(別紙図面と異なり、479号車の方が39号車よりやや前方に出ていた。)、39号車の左中央横の4番レーンには給油機を保護するために工事用フェンスが39号車と並列に置かれていた。39号車と347号車との前後の車間距離は約2メートル60センチメートルであり、39号車と479号車との左右の車間距離は約1メートルであり、39号車の左側面と上記フェンスとの距離は約1メートル30センチメートルであった(検証結果)。

ウ  市交通局の事故係の職員であるB(以下「B事故係」という。)は、平成15年11月6日15時30分ころ、479号車に乗車予定であったバス乗務員が同車後部に損傷を発見した旨の報告を受け、479号車を確認した結果、本件接触事故が発生したことを認識した。B事故係は、原告が16時ころに7乙勤務の中休みで万代車庫に帰還した後、原告に対し、本件接触事故について質問した。これに対し、原告は、本件接触事故を発生させたことを認めるような発言をしなかったものの、これを否定するような発言をすることもなく、その後他の職員が39号車の右後部に損傷があるのを発見したことから、更に、B事故係から39号車が479号車に接触したかどうかについて確認されると、原告は、本件接触事故を発生させたことを否定するような発言をしないままに、B事故係から、本件接触事故の報告書を提出するように指示を受け、本件接触事故を発生させたことを認めるに至った。原告は、16時30分から17時までの間、C営業課長及びD営業課輸送係長(以下「C営業課長ら」という。)から、本件接触事故について事情聴取を受けた際、C営業課長らに対し、本件接触事故を発生させたことに気付かなかった旨弁明をするとともに、そのやり取りを密かに録音していた(〔証拠略〕)。

後日、原告は、市交通局に対し、本件接触事故を発生させた旨の報告書(以下「原告提出報告書」という。)を提出したものの、同報告書中に、原告が本件接触事故を発生させたことに気付かなかったとの事情については記載しなかった(〔証拠略〕)。

エ  原告は、平成15年11月7日9時から9時30分までの間及び同月10日14時から14時15分までの間、C営業課長らから事情聴取を受け、その際にいずれも本件接触事故を発生させたことに気付かなかった旨弁明をしたほか、本件接触事故を発生させたことについて謝罪するような発言をするとともに、そのやり取りを密かに録音していた(〔証拠略〕)。原告は、C営業課長から、原告提出報告書に加えて、更に本件接触事故について報告するように指示されたことから、同月14日、追加の報告書(以下「原告追加報告書」という。)を提出し、同報告書中には、原告が本件接触事故を発生させたことに気付かなかったことなどを記載した。

オ  市交通局は、万代車庫内の工場において、修理担当者に本件接触事故による接触部位である39号車の右後部及び479号車の左後部の各損傷部分について修理させ、その修理に要した費用として、39号車について2万円(人件費1時間5000円×1.5時間+材料費等1万2500円)、479号車について3万円(人件費5000円×2.5時間+材料費等1万7500円)の合計5万円を要すると算定した(〔証拠略〕)。39号車及び479号車の上記各損傷部位について被告が外注により修理をした場合、39号車には4万2000円、479号車には6万3000円の合計10万5000円の修理費を要するとの見積書がある(〔証拠略〕)。

(5)  本件懲戒処分

ア  C営業課長らは、本件接触事故の発生状況や原告に対する事情聴取の結果等を踏まえて、原告が本件接触事故を発生させ、市交通局に損害を与えたにもかかわらず、直ちに報告することを怠ったこと、その際にこれに気付くのが当然であることを認定し、原告の反省も十分ではないことを理由として、停職3日とするのが相当であると判断し、平成15年11月14日付けで、その旨の顛末書を作成した(〔証拠略〕)。

イ  被告は、前記アの顛末書等に基づき、原告に対し、平成15年11月25日、地方公務員法29条1項1号及び2号、同法及び徳島市職員の分限及び懲戒に関する手続及び効果に関する条例7条に基づき、同日から同月27日まで停職を命ずる本件懲戒処分をした上、その処分理由説明書として、以下のような記載がある本件処分理由説明書を交付した(〔証拠略〕)。

(本件処分理由説明書の処分理由)

(ア) 原告は、本件接触事故を発生させ、損害を与えたが、報告をせずに出庫した。このことは、いわば当て逃げであり、その後の上司への対応を含めて、バス乗務員としての資質に疑問が及ぶ不祥事であると認められる。

(イ) 原告は、平成13年11月にも本件接触事故と同様の事故を起こしたにもかかわらず、今回反省の態度が十分ではない。

(ウ) 以上によれば、原告について、職員規程59条1項1号、9号及び10号に規定する職員の懲戒処分(停職)に該当すると認められる。

ウ  被告は、本件懲戒処分をするに際し、停職期間である3日のうち2日については原告の公休日と重なるように配慮し、その結果、原告の給与について、実質的に1日分の1万0256円の減額がされ、平成15年の冬季の賞与について、7万3515円の減額がされた。

(6)  市交通局における事故の状況等

ア  市交通局においては、平成6年度から平成15年度までの間に合計817件、1年平均で約82件の有責事故が発生しており、バス乗務員1人当たりの有責事故件数の1年平均は0.56件となる。原告の上記期間中の有責事故件数は、合計10件で、1年当たり1件となる(〔証拠略〕)。市交通局のバス乗務員の中には、有責事故を発生させたことがない者が少なからずいる。

イ  市交通局においては、平成14年11月12日に自損事故が発生し、同事故を発生させた覚えのある者は名乗り出るように掲示していたところ、約1か月後になって名乗り出たバス乗務員に対し、同年12月11日、自宅謹慎(無給扱い)5日としたことがあった。同年には、バス乗務員として適格性に欠けると判断された2名が普通退職した(〔証拠略〕)。

2  職員規程59条1項に該当するか否かについて

(1)  職員規程59条1項は、職員が、<1> 過失又は怠慢により事故を発生するに至らしめ、徳島市に損害を及ぼし、又は他人に迷惑をかけたとき(1号)、<2> 器具、器械の整備又は執務上の措置を怠ったとき(9号)、<3> 諸規程に違反したとき(10号)などに該当する場合には、停職、減給又は戒告の処分をすることができる、と規定している。

前記1の認定事実によれば、原告は、39号車を移動させる際に、同車両の後部を他の停車中の車両等に接触させないように後方等を十分に確認する注意義務を負うにもかかわらず、これを怠り、本件接触事故を発生させたものであり、その結果、39号車及び479号車の接触部位はいずれも損傷し、市交通局において上記各損傷を修理し、その修理費用については合計5万円相当と算定することができる上、事故が発生した場合には直ちに市交通局に報告する義務を負うにもかかわらず、原告は、本件接触事故の発生について報告せず、上記報告義務に違反したものということができる。そうだとすれば、原告は、少なくとも過失により本件接触事故を発生するに至らしめ、徳島市に損害を及ぼすとともに(1号)、執務上の措置を怠った(9号)ものと認めることができる。

(2)  これに対し、原告は、本件接触事故については、修理費をほとんど要しない軽微な物損事故にすぎず、同事故により、徳島市には実質的に損害が発生していないから、原告が同事故を発生させたことは職員規程59条1項に該当しない、と主張する。

しかしながら、本件接触事故により生じた車両の損傷については修理を要するものである上、市交通局がその工場内において上記損傷の修理をした場合であっても、本件接触事故が発生したことによって修理に費用を要したと評価すべきであるほか、本件接触事故の処理のための事務等が増加したことは明らかである。上記修理費用については5万円と算定され、同金額は路線バス2台が1日走行した場合の平均売上げに相当するものであること(弁論の全趣旨)からすれば、決してわずかな金額であるとはいえないものである上、被告が外注により修理をした場合には合計10万5000円の修理費を要するとの見積書もあることからすれば、上記算定金額も不合理とはいえない。そうである以上、本件接触事故の結果、徳島市には実質的に損害が発生していないということができないことは明らかである。

原告の上記主張は採用することができない。

(3)  以上によれば、原告が本件接触事故を発生させたことなどは職員規程59条1項に該当する。

3  事実誤認の有無について

(1)  本件接触事故の認識等

ア  前記1の認定事実によれば、本件接触事故は、日中、万代車庫内において、原告が、別紙図面のとおり、5番レーン南側にあった39号車の前方約2メートル60センチメートルの車間距離に停車中の347号車があり、39号車の右横の6番レーンに同方向を向いて並列に約1メートルの車間距離に停車中の479号車があり(前記認定のとおり、39号車よりも479号車の方が前方に出ていた。)、39号車の左中央横約1メートル30センチメートルの距離のところの4番レーン上に工事用フェンスが置かれている状況において、39号車のハンドルを左に切りながら前進して、347号車を避けて洗車場に移動させようとした際、39号車の後方を確認する注意義務を怠ったために、39号車の右後方を479号車の左後方に接触させ、39号車の右後部については金属部品がずれたり、擦過痕が生じたり、479号車の左後部については金属部品が一部剥がれてずれたり、擦過痕が生じたりするなどの損傷を生じさせたというものである。本件接触事故の際には、上記のとおり、原告が運転していた39号車の付近には、前や左右に車両やフェンスが数メートル程度に近接し、その周囲を囲まれるような状態であったことからすれば、原告が39号車を移動させる際には、当然に39号車を付近の車両等に接触させないように常に注意を払ったはずである。原告は、39号車のハンドルを左に切って前方の347号車を避けて前方に移動させようとしたのであるから、その際に39号車の後部が右側に振れることを意識し、39号車の右後方に特に注意を払うべき状態であったということができる。上記の本件接触事故による39号車及び479号車の損傷態様及び程度からすれば、39号車と479号車とが接触した際には、ある程度の接触音や衝撃が生じた上、その接触音等はほんの一瞬にとどまらなかったと推認することができる。本件接触事故が公道上ではなく、万代車庫内で発生しており、同車庫内において格別騒音等が発生していたことをうかがわせる事情もなく、そのような接触音は、原告が39号車を移動させる際にブレーキやエンジン等により音が生じていたとしても、接触音の大きさや音質の違いなどによって十分に認識することができたものと考えられる。衝撃についても、緩衝装置を備えたバスの構造や、本件接触事故当時、39号車の進行速度は徐行に近い低速であったといえることに照らし、39号車の運転席でハンドルを握っていた原告において容易に感知し得るものであったと考えられる。仮に、接触音や衝撃によっては、上記接触に即時に気付かなかったとしても、39号車及びその周辺のバス等の位置関係からすれば、原告としては、バックミラーや目視により、常に左右後方の様子を確認していたであろうから、本件接触事故が発生したのが日中であり、後方の視認状態が困難であるような事情がなかったことなどに照らし、本件接触事故を視認することができたと考えられる。これらの事情を併せ考慮すれば、原告は、本件接触事故の発生の時点で、同事故を発生させたことに気付いていたと認めるのが相当である。原告は、本件接触事故を発生させたことに気付いていたにもかかわらず、直ちに報告せず、報告義務に違反したということができる。

イ  これに対し、原告は、本件接触事故によって大きな衝突音が発生したのであれば、万代車庫内にいた者であれば容易に気付いたはずであること、車両に接触痕が残るので本件接触事故を隠そうとしても不可能であること、原告が本件接触事故以前に意図的に事故の報告を怠ったことがなかったこと、本件接触事故の発覚後、これを否定して責任を免れるような発言をしたことを認めるに足りる証拠がなく、かえって本件接触事故の当日から一貫して、本件接触事故を発生させたことに気付いていなかったと主張していたことなどからすれば、原告が本件接触事故を発生させた際にこれを認識していなかったことは明らかである、と主張する。

しかしながら、本件接触事故による接触音や衝撃が万代車庫内にいた者に気付かれない程度のものであったとしても、39号車を運転していた原告にとって気付く程度のものであることは十分に考えられる。市交通局において発生した接触事故については、その事故を発生させた者がしばらく判明しなかったことがあるなど(〔証拠略〕)、事故を発生させた者が報告義務を怠り、事故の隠匿を図ろうとすることがあり得ることは否定できない。

原告が、本件接触事故前に意図的に事故の報告を怠ったことがないことや本件接触事故後から本件接触事故を発生させたことに気付かなかった旨を弁解していたこと(原告提出報告書には記載がされていなかったものの、原告追加報告書には記載がある。)によっても、本件接触事故については上記報告を怠ったことを否定するに足りる事情となるものではない。

原告の上記主張は採用することはできない。

ウ  以上によれば、原告は、本件接触事故を発生させたことに気付いており、それにもかかわらず、直ちに報告せず、報告義務に違反したものである。

(2)  本件懲戒処分の処分理由等

前記(1)に認定説示したとおり、原告は、本件接触事故を発生させたことに気付いており、それにもかかわらず、直ちに報告せず、報告義務に違反したものであるといえるから、本件懲戒処分の処分理由に事実誤認があるとはいえない。

なお、仮に、原告が本件接触事故を発生させたことに気付いていなかったとしても、本件懲戒処分の処分理由に事実誤認があり、本件懲戒処分が処分理由がないものとして違法になるものではないというべきであるので、以下念のため付言する。

前記1の認定事実によれば、本件処分理由説明書には、本件懲戒処分の処分理由として、原告が本件接触事故を発生させた際に、これを報告せずに出庫したものであり、このことはいわば当て逃げであり、その後の上司への対応を含めてバス乗務員としての資質に疑問が及ぶ不祥事であること、原告が平成13年11月にも本件接触事故と同様の事故を起こしたにもかかわらず、今回反省の態度が十分ではないことが記載されている。このような記載からすれば、本件懲戒処分の処分理由としては、原告が過失により本件接触事故を発生させたこと、原告が本件接触事故の発生について直ちに報告する義務に違反したことを原告の直接の非違行為とし、加えて、本件接触事故後の原告の上司への対応、原告の反省の態度等の事情をも併せ考慮したものと認めることができる。前記1の認定事実並びに〔証拠略〕及び弁論の全趣旨によれば、被告においても本件接触事故の発生状況等から、原告が本件接触事故を発生させたことに気付いていたはずであると認定した上、これを前提として本件懲戒処分をしたということができるから、上記報告義務違反については、主として、原告が本件接触事故に気付きながら意図的に報告しなかったことを理由にしたものであると認められる。もっとも、前記(1)に認定説示したとおり、本件接触事故については、これを発生させた時点で、通常はこれに気付くはずであるということができるものであること、運転業務に従事するバス乗務員であるならば、なおさら気付くのが当然であるということができること、仮に、本件接触事故のような事故を公道上で発生させながら、これに気付かずに走り去ったとすれば社会的に厳しい非難を受けることは確実であると考えられることなどからすれば、仮に、原告が上記報告義務を故意に果たさなかったのではなく、過失で果たさなかったものであったとしても、その責任の重大さに変わりはないものということができる。被告において、原告が本件接触事故を発生させたことに気付いていなかった場合には、本件懲戒処分をしなかったことをうかがわせるような事情も見当たらないから、本件懲戒処分の処分理由としては、過失により報告しなかった場合をも包含するものと認めるのが相当である。そうである以上、仮に、原告が本件接触事故を発生させたことに気付いていなかったとしても、本件懲戒処分が対象とする原告の非違行為の内容や態様が問題となるにすぎず、本件懲戒処分の処分理由に事実誤認があるということはできない。

(3)  以上のとおりであるから、本件懲戒処分が、処分理由に事実誤認があるものとして違法であるということはできない。

4  裁量権の濫用の有無について

(1)  原告は、本件接触事故の態様や結果、同種事故に対する過去の処分内容との比較等によれば、原告の事故歴や勤務成績を考慮したとしても、免職の次に重い停職処分とした本件懲戒処分は重すぎるというほかはなく、本件懲戒処分は、被告が裁量権を濫用したものとして違法である、と主張する。

(2)  本件接触事故の態様、結果等

ア  本件接触事故の過失内容

既に認定説示したとおり、本件接触事故は、原告が39号車を移動させる際に右横に停車中の479号車があったにもかかわらず、後方を確認する注意義務を怠ったことにより、39号車の右後方を479号車の左後方に接触させたものである。バス等の大型車両の運転においては、重大な事故を招きかねないことから、特に、後方を十分に確認することは基本的な注意義務であるということができる。本件接触事故は、原告が、自ら運転する車両の近辺に他の車両等があるという接触の危険性が高いといえる状況において、上記のような基本的な注意義務に違反したために発生したものであり、仮に、公道上で上記のような注意義務を怠ったとすれば、重大な被害が発生しかねないものということができるから、バス乗務員としての過失は重大であるというべきである。

イ  本件接触事故の結果

既に認定説示したとおり、本件接触事故の結果、39号車及び479号車の接触部位がいずれも損傷し、市交通局が同損傷について合計5万円相当の費用が算定される修理をしたのである。その修理費用の金額については、市交通局において発生した他の事故に対する金額と比較した場合には、必ずしも多大な損害を及ぼした事故であるとはいえないとしても、前記2に説示したとおり、決してわずかな損害にすぎないということはできない。

ウ  報告義務違反

(ア) 前記3(1)に認定説示したとおり、原告は、本件接触事故を発生させたことに気付いており、それにもかかわらず、直ちに報告せず、報告義務に違反したものである。このように意図的に報告義務を果たさず、発生させた事故を隠匿することは、いわゆる当て逃げ行為であり、極めて重大な非違行為であるといわざるを得ない。

(イ) なお、仮に、原告が本件接触事故を発生させたことに気付いていなかったために報告義務を果たすことができなかったとした場合には、意図的に報告義務に違反するよりも、過失により報告義務を果たせなかったという点において上記違反の態様はより軽度であるとはいえる。しかしながら、バス乗務員としては、万が一バス運転業務中に事故を発生させてしまった場合には、これを直ちに認識し、これに対する措置を採ることが必要不可欠であり、特にバスによる事故の場合には重大な事態を招きかねないのであるから、事故を発生させたことに気付かず、事故現場から離れてしまい、事故に対する措置を採ることができなくなるようなことは絶対にあってはならないことである。バス乗務員にとって、事故を発生させないように注意するとともに、事故を発生させてしまった場合には直ちに認識することも同様に重要であるというべきである。本件接触事故については、市交通局の万代車庫内で発生したものであるものの、仮に、公道上で本件接触事故と同種の事故が発生したのであれば、市民等に被害を被らせながら、これに適切な措置を採らなかったということになり、人身事故ということになれば被害が重大であり、事故を発生させたことに気付きながら放置するという当て逃げやひき逃げと同様に、社会的な非難を受けるものと考えられる。これらのことからすれば、原告が本件接触事故を発生させたことに気付いていなかったすれば、それは、バス乗務員として、極めて基本的な事項を果たすことができなかったものであり、その適格を欠くと評価されてもやむを得ない事態であるというべきである。

(3)  原告の事故歴等

前記1の認定事実によれば、市交通局のバス乗務員には、有責事故を発生させたことがない乗務員が少なからずいる上、同乗務員1人当たりの有責事故件数も平成6年度から平成15年度の平均で0.56件であるのに対し、原告は、市交通局に入局した後に本件接触事故を含めて10件、1年当たり約1件の有責事故を起こしており、他のバス乗務員と比較して、多くの有責事故を発生させているものと評価することができる。さらに、原告が発生させた有責事故については、別紙事故一覧表のとおり、平成13年4月3日には、バスのドアで乗客の手を挟んで負傷させるという人身事故を発生させており、同事故については乗客にも過失があったとしても、原告においてドアの開閉に対する注意を欠いたものと評価せざるを得ない事故ということができるほか、同年11月28日は、万代車庫内において、車両をバックする際に給油機に衝突させるという事故を発生させ、約70万円弱もの損害を発生させたものであり、同事故については、本件接触事故と同様に、後方確認という基本的な注意義務を怠ったために発生した事故である。原告は、他のバス乗務員と比較して、多くの有責事故を発生させたばかりか、基本的な注意を欠いて重大な事故を発生させており、バス乗務員として成績不良と評価されてもやむを得ないものということができる。

(4)  原告の上司への対応や反省の態度

既に認定説示したところによれば、原告は、本件接触事故を発生させたことに気付いていたにもかかわらず、本件接触事故後、C営業課長らの事情聴取を受けた際等において、本件接触事故を発生させたことに気付かなかったとの不合理な弁解を繰り返し、上司に対して不適切な態度をとっていたのであるから、本件接触事故等について十分に反省しているとはいえないことは明らかである。

仮に、原告が本件接触事故を発生させたことに気付いていなかったとしても、本件接触事故後にC営業課長らの事情聴取を受けたときの原告の態度等に加え、原告が本件接触事故による損害が軽微なものであると主張しているなどの事情を併せ考慮すれば、原告は、本件接触事故を発生させて市交通局等に対して損害を発生させたことについて真摯に謝罪していたとは認められず、その後も、本件接触事故に対する認識の有無にかかわらず、本件接触事故が基本的な注意義務に違反したために発生したものであり、わずかとはいえない損害を与えたという重大な事態であること、過去に有責事故を発生させ、しかも、再び同種の基本的な注意義務違反による事故を発生させたということを適切に理解し、真摯に反省する態度を示したと認めるに足りないことからすれば、原告は、本件接触事故に対する正しい認識を欠き、反省していないと評価されてもやむを得ないものというべきである。

(5)  本件懲戒処分の内容

本件懲戒処分は、市交通局において2番目に重い懲戒処分である停職処分としたものであるものの、その期間については3日間にとどまる上、そのうち2日については原告の公休日と重なるようにして行われたものであり、原告の給与について実質的に1日分の減額がされたにとどまるなど、原告に対する配慮がされているものということができる。本件懲戒処分が重きに失するということはできない。

(6)  同種事故に対する処分等との比較

前記1の認定事実によれば、市交通局においては、自損事故を発生させながら約1か月後に名乗り出たバス乗務員に対して自宅謹慎(無給扱い)5日としたほか、同年には、バス乗務員としての適格性を欠くと判断された普通退職したバス乗務員が2名ほどいたのである。前記(2)ないし(5)に説示した事情に加え、近年、公務員の適正さに対する国民の目が厳しくなっていることなどを考慮するならば、本件懲戒処分の内容が、他の同種事故に対する処分内容と比較して不当に重く、平等原則に違反するようなものとは認められないというべきである。

(7)  前記(2)ないし(6)に説示したとおり、本件接触事故の態様、原告の事故歴、原告の上司への対応や反省の態度、本件懲戒処分の内容、同種事故に対する処分との比較の事情を併せて考慮するならば、本件懲戒処分は、不当に重い処分であるとはいえず、被告が裁量権を濫用した違法があるということはできない。

5  不当労働行為に該当するか否かについて

(1)  原告は、本件懲戒処分が、原告が公営労組の組合員ないし副委員長であることをもって不利益な取扱いをしたものであり、不当労働行為(労働組合法7条1号)に該当する、と主張する。

しかしながら、本件懲戒処分については、既に認定説示したとおり、裁量権の濫用等の違法はなく、相当な根拠に基づくものであるということができるのであって、本件懲戒処分が、原告が公営労組の組合員ないし副委員長であることを理由にされたものであると認めるに足りる証拠はない。

原告の上記主張は採用することはできない。

(2)  以上のとおりであるから、本件懲戒処分は、不当労働行為に該当するものではなく、違法ではない。

6  以上に説示したとおり、本件懲戒処分には、違法となる事由がないから、適法である。

第4 結論

以上によれば、原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 阿部正幸 裁判官 大西直樹 髙橋信慶)

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